※この作品はR-18です。

プリキュア SS   作:扇 漱真

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また記憶喪失話です。
ごめんなさい。
ソラましは最後の方です。


ソラまし 記憶喪失

『あぁ、ソラ。すまないな。急に呼び出して』

『シャララ隊長。お話とはなんでしょう?』

『要件はソラシド市への出張だ。どうやら、ダークエナジーの溜まり場があるかもしれないんだ』

『ダークエナジーの溜まり場……ですか?』

『あぁ、元アンダーク帝国の幹部がな。ソラシド市にそれらしい場所ができている可能性が高いと言われてな』

『なら早く確かめないと!』

『まて、この情報が本当かどうか分からない。それに、向こうが裏切りたくて嘘を言っている可能性もある。探り合いをかけてきたのかもしれない』

『まだ合併して日が浅いですからね……。まだそういうのがあるんですか……』

『二つのものが一つになると言うことはそういうことだ。探り合いも読み合いも、上手に折り合いをつけて対処しなくてはならない』

『そう……ですよね』

『しかし、ソラシド市に危険があるのは確かだ。ソラ、これを頼めるか』

『分かりました。お受け致します』

 

 …………*

 

「おまたせ、ソラちゃん」

「はい! では、行きましょうか」

「うん」

 

 今日はソラちゃんがソラシド市に帰っている。と言うよりも、しばらくソラシド市に居てくれるみたい。どうやら、スカイランドの親衛隊としての任務も兼ねているみたい。

 話によると、あの決戦以来このソラシド市にはダークエナジーが集積している場所があるらしい。平和の条約を結んだ元アンダーク帝国の人達が懸念しているダークエナジーの危険性を示唆した所、そんな話が出てきたようで。

 そのダークエナジーの残存の確認と、対処。それが今日ソラちゃんに予定を開けて欲しいと頼まれた理由だった。

 

「今日はありがとうございます。ましろさん。急な話に対応してもらって」

「ううん、大丈夫。私もやること無かったし。でも、二人だけで大丈夫かな?」

「もちろんです! ましろさんに何かあればわたしがお守りしながら戦います!」

「う〜ん……それじゃぁ私がいる意味ないんじゃないかな〜……」

 

 そうこうしてるうちに目的地の山の奥まで来た私達は辺りを見渡して見る。

 

「ほんとにココ?」

「はい。報告書の地図によれば、ここだと……ん?」

 

 とソラちゃんが何かを見つけたように指を指した。

 

「あそこ……誰かいませんか?」

「ふぇ?」

 

 指を指した所を見ると、ツバサくんと同じくらいの少年が木の枝の上に座っていた。こんな所に子供一人なんておかしいと私達は顔を見合せた。どこにでも居る子供のような体付き。服装も黒を基調にしてる位であとは何もおかしい所は見当たらない。

 

「とりあえず。声をかけてみましょうか」

「うん。こんな所に一人でいるのは危ないもんね。一緒に下山しようか」

 

 そう言って私達はその子へ歩みを進める。

 

「あの〜! そんな所に登ってたら危ないですよ〜!」

「もしかして迷子なのかな? 一緒に帰ろう?」

「ん? 僕のこと?」

 

 銀の髪を揺らして、黄緑色の綺麗な瞳がこちらを向いた。女の子にも男の子にも見えるその風貌はなんとも不思議な雰囲気だ。木の上からヒラヒラと手を振っている。明らかに子供じゃない雰囲気に私達は顔を見合せてしまった。

 

「ぼく、お家はどこかな?」

「家? 家なんて無いよ? 僕はここで生まれたんだもん」

「「え?」」

 

 よっ、と軽やかに木から降りてきたその子は私の前に走り寄ってきた。そして、ミラージュペンを見るなり目を輝かせる。

 

「わぁ! 何それ何それ!? キラキラしてる! 羽みたいな形してるね! これ何?!」

「あ、え、わっ……わっ……ご、ごめんね。これは大事なもので……」

「ねぇそれさぁ───」

「っ!?」

 

 子供はさも当然のようにどこからか身の丈よりも大きな大鎌を出現させた。

 

「切ってみてもいい?」

「ましろさんッ───!!」

 

 殺気に似た何かを感じたソラちゃんが咄嗟に私を庇ってくれた。咄嗟に避けたが、その鎌の一撃は空を割く。後ろにあった大木がまるで紙のように切り裂かれ倒れた。

 

「貴方は一体……!?」

「僕? 僕は……なんかランボーグ? って言うみたい」

「ランボーグ!?」

 

 私達は驚愕して急いでミラージュペンを構える。その子は自分を『ランボーグ』と名乗った。よく分からないけど、ふわふわと踊るように飛び跳ねて鎌を振りかざす。ただならない雰囲気。これもしかして、ソラちゃんの言ってたダークエナジーの溜まり場……なのかな? 

 

「あっははっ! 青いお姉ちゃんと白いお姉ちゃん。僕と遊んでくれるの?」

「貴方は何者ですか! 何故こんな所に!」

「え〜? だから言ったじゃん。僕はここで生まれたんだって。ただそれだけだよ」

「え?」

「もしかして、ソラちゃんの言ってた事が当たりだったってこと?」

「かもしれませんね。彼を止めましょう、ましろさん!」

「う、うんっ!」

 

『スカイミラージュ!!』

 

 …………

 

「あっははは! すご〜い! はや〜い!」

「っ! この! その武器を離しなさい!」

「や〜だよ! これは僕のだもんに〜!」

 

 スカイがとめどなく攻撃を繰り出しているのにランボーグと名乗る少年はひらりひらりと躱していく。完全に見切られている。スカイの攻撃を見切る相手などそうはいない。

 

「スカイ! 援護するよ!」

 

 プリズムが幾つかの光弾を展開、速射しスカイの後ろから不規則な軌道を描きランボーグへ飛んでいく。

 

「ん?」

 

 ランボーグが気づいた時には既にプリズムの光弾が目の前あった。

 

「あぁ、そういう?」

 

 ニヤリ、と笑うとその大鎌を風車のように回転させて光弾を全て防ぎ切った。

 

(この子……できる!)

「お姉ちゃん達強いね。いっぱい戦ってきたんだろうね」

「もちろんです! 貴方のようなものには負けません!」

 

 後隙逃さずスカイは振りかぶり、拳へ浄化の力を収束させる。

 

『ヒーローガール……スカイパンチッ!』

 

 蒼い拳の一閃がランボーグへ向けて放たれる。

 

「へぇ?」

「なっ!?」

 

 大鎌を翻し、その刀身で『スカイパンチ』をあっさりと受け止めた。スカイは驚きはしたがあまり動揺が見えない。それを不審に思ったランボーグは後ろを振り返る。

 

「今だっ!」

 

 ランボーグの後ろには最大まで力を貯めた『プリズムショット』。スカイに気を取られ過ぎた。先程飛ばしてきた光弾の幾つかはこのプリズムショットに変化していた。ここまで力を貯めているのに気づかなかった。鎌はスカイへ向けている。振りかぶっても間に合わない。

 

「プリズム!」

『プリズムショットッ!』

 

 プリズムが手を下ろすと、最大出力の光弾が降り注ぐ。

 

「ッ───!」

 

 ランボーグは口を大きく三日月形に歪め笑い、手を突き出した。

 

「うゎぁ!?」

「スカイッ!」

 

 爆風で煽られながらも地面に何とか着地したスカイ。駆け寄るプリズムと体勢を整える。二人は見上げて爆煙が晴れる頃、ランボーグは姿を現した。

 

「あっははは! 凄いじゃん白いお姉ちゃん! 今のマジで危なかった!」

 

 ランボーグは生きている。傷を見るに左腕は明らかに使い物にならなくなっている傷だがその程度。最大出力の『プリズムショット』を食らっても片腕をもぐ程度の傷しか与えられなかった。

 

「でもまぁ、お姉ちゃん達はその程度って事だよね」

 

 何かを嘲笑うかのように再び大鎌を構えるランボーグ。その鎌にはアンダークエナジーが収束していく。何か違うその雰囲気にスカイに悪寒が走った。

 

「でも気になるから見せてよ。その『記憶』」

「え……?」

 

 黒いエネルギーを纏った大鎌の横一閃。スカイは咄嗟に身を翻して斬撃を避けたが、その余波は衝撃波となってプリズムの方へ向かっていた。

 

「しまった! プリズム!」

 

 衝撃波の弾速が早く、プリズムでは反応できない。地面に着地したスカイは迷わずプリズムの方へ踏み込んだ。手を伸ばし、プリズムと自分の位置を入れ替えるように割って入る。

 

「スカイ!」

「がぁっ!?」

 

 斬撃が刺さったような感覚。

 切られたのではなく体に刻まれたような感覚。

 アンダークエナジーのようなものが体に流れ込んできてその膨大なエネルギーの量に耐えられず、スカイはその場で気絶してしまった。

 

「スカイッ! スカイッ!! ───っ!?」

 

 そして、そのままスカイの体の中から光の線のようなものがランボーグの掌へ集まっていく。光の球体が出来上がった頃、ランボーグは満足そうに頷いた。

 

「うんうん。なるほどなるほど。これが青いお姉ちゃんの『記憶』か」

「あの光が、ソラちゃんの記憶……?」

「うんうん、よく分かったよ。お姉ちゃん達の言ってること、僕はランボーグで合ってるみたいだね」

 

 その光の玉を鎌へ取り込むと、振りかざしプリズムへ向ける。

 

「さて、白いお姉ちゃんのも見せ───ぐぁ!?」

 

 急にランボーグの体が跳ねたかと思うと、苦しみ出して膝を着いた。

 

「く、そ、時間切れか……! あの……場所へ……行かなきゃ……!」

 

 ランボーグは鎌で空間へ裂け目を作りだすと、そのままその中へ入っていった。

 

「ぐっ……っまた遊ぼうね白いお姉ちゃん。次はちゃんと記憶を見せてね」

 

 そう言って、ランボーグは目の前から消えた。空間の裂け目も同時に消えて気配すらも無くなった。

 プリズムは呆気にとられていたが、変身解除し気絶しているスカイを揺さぶった。

 

「ソラちゃん……ソラちゃん! 大丈夫!?」

「ぅ……っ……」

 

 まだ息はある。急いでソラを抱えると自宅まで大急ぎで走り出した。

 

 

 …………*

 

 

「ん……んん……?」

「あっ! ソラちゃん! 良かった!」

 

 目が覚める。

 見知らぬ天井。

 聞きなれない声。

 視線を向ければ見知らぬ人。

 

「わ……たしは?」

「あのランボーグと戦ってやられちゃったんだ。でも、向こうもなんだか苦しんで帰ってったから逃しちゃったけど……」

 

 ランボーグ? 戦った? 

 この人は何を言っているのでしょう? 

 ソラ……ソラはわたしの名前。

 でも、この人は……誰? 

 

「あの……」

「なぁに? ソラちゃん」

 

 

【貴方は……誰……ですか?】

 

 

 …………

 

「…………え?」

 

 目の前にいる人はまるで信じられないような顔をしてわたしを見ている。知らないものは知らないのだから仕方ない。そもそも、ここは何処で、この人は誰? 

 わたしには何も分からない。何がなんなのか。

 

「ソラちゃん、覚えてないの?」

「覚えてな……い? 何のことですか?」

 

 頭の中を探っても目の前の人の事なんて何も出てこない。そもそも空を見上げてもスカイランドじゃない事は明白だった。得体の知れないものが空を飛んでいる。まるで鉄の塊のようなものが。

 

「あの……っ……」

 

 言葉が出てこない。自分のことは分かる。でも、相手のことが分からない。名前も、顔も、雰囲気も、わたしには分からない。

 

「……そっか、そういう事か」

「え?」

「ごめんね。急に訳わかんないよね。えと、自己紹介いいかな?」

「はい。お願いします……」

「私は虹ヶ丘ましろって言います。ここ、ソラシド市に住んでる学生です。よろしくお願いします」

 

 そう言って深々と頭を下げた。『虹ヶ丘ましろ』さん。その声は少し震えてるように聞こえたがあまり気にしなかった。

 

「はい、よろしくお願いいたします……」

 

 これが、『今のわたし』の目覚めだった。

 

 …………*

 

「ソラさんが記憶喪失!?」

「しーっ! 声が大きいよ少年!」

 

 ソラちゃんが記憶喪失になってしまってから私は涙を堪えながら、急遽来てもらったツバサくんとあげはちゃんに事の経緯を伝えた。ツバサくんは酷く動揺していたけど、あげはちゃんは何かと冷静だった。すごいなぁあげはちゃん。こんな時も動揺しないなんて……。

 

「それで大丈夫なの?」

「え、あうんっ、ソラちゃんは───」

「そうじゃなくて! ましろんの方だよ」

「え……? 私?」

 

 言葉に詰まった。表現するなら大丈夫と大丈夫じゃないの間ぐらい。でもそれを端的に伝える言葉がない。綴るものもない。だから俯いて表情で表すしかない。でも、それをするときっと二人に負担をかける。

 

「多分……大丈夫。ソラちゃんが記憶を無くした理由は明白だからきっとあのランボーグを倒せば……元に戻ると思う」

「ましろん……」

「いや、でもその予想は合っているかも知れません。ランボーグの攻撃にやられたと言うことはそれを倒せば戻る確率は高いですね。すぐにでも調査に行きたいですが、僕とあげはさんだけでも戦力的に充分じゃないかも……」

「うん。ソラちゃんとましろんを相手取れるとなると骨が折れそうだね」

「それなら、私も……」

「ましろさんはソラさんの側にいてあげてください」

 

 ツバサくんは分かっていたかのように私の言葉を遮った。戸惑う私の顔を見るなり微笑んで首を横に振る。

 

「ごめんなさいましろさん、言葉が足りませんでしたね。まずは調査です。ソラさんにすら敵わない敵ですから、慎重に行きましょう。それに今のソラさんにはましろさんが必要なはずです」

 

 ツバサくんの言葉に私はたじろいだ。でも、ツバサくんの言う通りだ。多分、今戦いになってもソラちゃんの事が気になってそれどころじゃなくなるもん。二人を顔を見るに恐らく私の心の中は全部筒抜けなんだな。

 

「ごめん……ありがとう。ツバサくん」

 

 

 …………*

 

 

「というわけで、ソラシド市巡りだよ! ソラちゃん!」

「へ?」

 

 どうやら、エルちゃんのお世話は出来るみたいでソラちゃん抜きの三人別室で話をしている間ソラちゃんにはエルちゃんのご飯を頼んでいたけど、私の呼び掛けにソラちゃんは首を傾げる。

 

「こ、この街を……ですか?」

「う、うんっ! そう! そうすればなにか思い出すと思って!」

「はぁ……」

 

 会話してるのに綺麗な流れるような動きで、ミルクを飲み終えたエルちゃんの背中に優しくリズムを送る。けぷ、とエルちゃんが小さく声を出す。

 

「とりあえず、エルちゃんのお散歩ついでに街まで行こうか」

 

 なんとな〜く無理やりな気がするけどそれはそれとして買い出しついでに街へ繰り出した。

 

 …………*

 

「わぁ、わたしの知ってる世界じゃない……ですね」

 

 まぁ、そうだよね。と思いながらもソラちゃんはしっかり私の後ろを着いて来る。なんか最初にこっちの世界に来た時とは別な反応。お淑やかというか、落ち着いてるというか、本当に私の知ってるソラちゃんじゃないみたいな。

 

「あれ、わかる?」

「す、すごい、階段が動いてます……!」

「あれは?」

「す、すごい、箱が動いてます……!」

 

 エスカレーターも、車も、全部見た事ない景色だと目を輝かせている。もう異世界に来た人の反応で私も少し頬に汗を垂らした。最初から始めたて知っているゲームのようでなんだかやるせない。手順通りに進めれば元に戻る。なんて、そんな事を考えながらソラちゃんに向こうへ行こうと催促する。

 

 

 …………*

 

 

「ましろさんの話だとこの辺りですよね」

「そうだね。木も倒れてるし」

 

 ソラはましろへ任せてツバサとあげはは現地調査に来ていた。ツバサも今回は一緒に出動させられていたが、まさか自分が出ることになるとは思ってもいなかった。

 

「戦った後がそのままだ。浄化されてないからでしょうか」

「多分……そうだと思うけど、そもそも、その探してるエナジーの溜まり場って何処?」

 

 更地になっている森の中心で二人は辺りを見渡し、そちらこちらへ歩を進める。そうして、ツバサは思いついたように口を開く。

 

「まさか、そのランボーグそのものが正体だったり……」

「そんな単純な話かな?」

「単純な話だと思います。報告に上がった場所に行ってあのランボーグに出会ったということは、ランボーグそのものにエナジーが完全に収束している可能性が高いです」

「でも、ランボーグってどこかへ行ったんでしょ? それはどうするの?」

 

 あげはが長かけるとツバサは考えるように唸る。

 

「一時的な回復の為に身を隠した……とか?」

「まぁ、そう考えるのが妥当だろうね。アンダークエナジーの探知機とかないの?」

「そんな便利なものはありませんよ。あったら直ぐに使ってます」

「だ〜よね〜」

 

 困ったと頭を掻きながら辺りをもう一度見回す。すると、ツバサは手帳を開き、サラサラと何かを書き連ね始めた。

 

「なにしてるの?」

「今ある仮説を書いてます。古典的ですが、これを一つ一つ潰していきましょう」

「ん、了解」

 

 

 …………*

 

 

「ソラさん。この景色は分かるかしら?」

「はい、スカイランドのお城です」

「これは?」

「はい。それは───」

 

 買い物から帰ってきて一通り分かったことは、私達とソラシド市、そしてプリキュアの事だけが抜けていることがわかった。だから、今おばあちゃんにスカイランドの景色を見せてどこまで覚えているか確認してもらっているところ。

 私の事を『虹ケ丘さん』と呼ぶソラちゃんは本当に別人のよう。あげはちゃんの事も、ツバサくんの事も、忘れている。きっとあのランボーグから抜かれたのは『ソラちゃんの大切な人達の記憶』なんだと思う。

 

「……」

「えぅ……」

 

 おばあちゃんの質問に真面目に答えているソラちゃんの顔はいつも通り。むしろ、スカイランドの話の方がしゃんとしている気がする。すっぽりと抜けてしまったその記憶にはもう私のことなんて無いんだなって分かってしまう。自覚しないようにしてたから余計に辛い。

 

「え〜ぅ……」

 

 エルちゃんが頬っぺたを触ってきた。エルちゃんにすら悲しそうな顔をさせてしまっている私はごめんね、とエルちゃんの優しく抱き締める。

 

「虹ヶ丘さん」

「っ……あ、うん。終わった?」

「はい。スカイランドの事は大丈夫です。やっぱりこっちの世界の記憶が全部無くなってるようで……」

「そっか。でも、ゆっくり思い出していけばいいよ。焦んなくて大丈夫だから。じゃ、私は夕飯の準備するから。エルちゃんお願い出来るかな?」

「はい。分かりました」

 

 取り繕った笑顔を貼り付けて、私は足早にソラちゃんから離れる。あまり悟られなくないから顔を伏せる癖が出てきてしまった。

 分かってる。分かってる。直ぐには戻らないのは分かってる。1番焦っているのは私なのもわかってる。戻らない事を考えない。戻るように考える。消されたんじゃなくて、奪われたんだから。

 

「大丈夫……大丈夫……」

 

 私の昔の悪い癖。自分に言い聞かせて、不安を無理矢理押し潰す。無意識にやってたことだからまだこの癖が抜けてない。

 

「……虹ケ丘さん」

「ただいま〜」

「ただいま戻りました」

 

 そうこうしてるうちにあげはちゃんとツバサくんが帰ってきた。

 

「おかえり二人共。どうだった?」

「報告に上がっていた場所はありませんでしたが、ある程度正体は掴めた気がします。もう少しまとめたら後で共有しますね」

「うん、ありがとう。何から何まで……」

「いえ、それよりも……」

「ソラちゃんはどう?」

「うん。やっぱりこっちの世界の記憶が無くなってるみたい。スカイランドの事は覚えてるって」

「だから、僕の事も忘れてしまったんですね」

「けど、昨日よりは進歩してる。このまま解決まで行ければいいね。ましろん」

「うん……そだね……」

 

 …………*

 

「疲れた……」

 

 虹ケ丘さんの言う『元のわたし』に戻るために色々連れ回されたから体に疲れが乗ってきた。ベッドに腰かけるだけでこんなにも安心するとは思わなかった。

 

「……一人の方が楽だな」

 

 未だに慣れない感覚がへばりついてる。ふわふわと浮いているような。自分が自分じゃないような。一挙手一投足全てが違和感にまみれていて気持ち悪い。早くこんなことは終わらせたい。思い出せるものならなんでも……

 

「ん?」

 

 と、わたしの部屋の机の上。一冊のノートが見えた。

 

「ヒーローノート……なにこれ?」

 

 そこにはわたしの字で様々な書かれていた。格言や志、今日あった良い事。悪い事。気を付けなきゃいけないこと。そして、ヒーローであるべきこと。ヒーローとしての心得、心情、志。わたしの夢……。

 

「『ヒーローになる』……」

 

 どういう事かサッパリで意味がわからない。わたしはこんなものになろうとしているのか。何も分からない。歯車が噛み合わない感覚。見ていると余計に自分が自分じゃないみたいで虫唾が走る。

 

「これが……わたしなの?」

 

『ヒーローは困っる人を見捨てない』

 

「……」

 

『ヒーローは一人を恐れない』

 

「……」

 

『ヒーローは失敗を恐れない』

 

「……これ」

 

 見開きに一ページに大きく描かれた絵と隣のページの文字。見慣れない姿の人と聞きなれない言葉。

 

「ふたりは……プリキュア?」

 

 

 …………*

 

 

 時間は少し過ぎて夜の9時半頃。ツバサくんが今のソラちゃんの状態をまとめてくれたらしく私とあげはちゃんに共有したいと自室へ呼んでくれた。もちろん、ソラちゃんには内緒で話している。

 

「今のソラさんは今自分が生きている上での根幹となるものも無くなってる可能性があります」

「生きてる上での根幹……?」

「ソラさん。少し性格が変わってるように思えませんか?」

「あ……うん。少し大人しくなったような……っ!?」

「そう。ヒーローとしての在り方も無くしてるようですね」

「でもっ、それはソラちゃんがスカイランドにいた頃からだよね!?」

「えぇ、そのはずなんですが、どうやらプリキュアに変身する方法も忘れてるとなると……」

「志そのものが無くなったって事?」

「恐らくは……」

 

 確かに、ソラちゃんからヒーローという単語を聞かなかった。それどころかそういう素振りすら見えなかった。今日の行動を見ていつも通りじゃないのは分かっていたけど、まさかそこまで深刻な問題になっているとは思いもしなかった。

 

「本当に戻るのかな? ソラちゃん」

「分かりません。でも、唯一の救いは記憶を奪った相手が居るということです。それを倒すことが出来ればきっと……」

 

 ツバサ君の真剣な瞳に感化されて私も強く頷いた。希望の道がまだ残っているのなら今はそれに向かって走るだけだ。きっとソラちゃんならそうしてる。でも、今そのソラちゃんは頼れない。私達だけで解決しなくちゃいけない問題になってしまった。

 

「ましろさん? 大丈夫ですか?」

「っ……!」

 

 思考を遮るようにツバサくんの声で我に返る。

 

「だ、大丈夫……大丈夫だよ。でも、ちょっと考えさせて……」

 

 それで、その日は解散になった。私は一人部屋でゆっくり考えようとして部屋へ歩いていると、ふととある場所で足が止まった。

 

「ソラちゃん……」

 

 ソラちゃんの部屋。今は一人にしてあげた方が良いって言われたけど、私がそうじゃなくなってきた。それはきっとダメな事だって分かってるのに。

 

「……」

 

 キィ、と小さく扉が鳴く。部屋の中は電気はついてなくて月明かりがベッドで眠っているソラちゃんを照らしている。

 音を立てないようにベッドに座り、ソラちゃんの寝顔を覗く。寝ている姿は本当にただのソラちゃんで記憶をなくしているとは思えない。

 

「ソラちゃん……」

 

 私のせいでこうなってしまった。だから、私が解決まで導かないといけない。そう思ってしまうのが今の思考。そんな事ないって皆は言ってくれるけど、そうしないと私が収まらない。規則正しい寝息を立てるその唇にまた触れれば元に戻るのかな。

 

「もしそうなら……私は……」

 

 ギシ、とベッドが軋む。いつものようにゆっくり近づいて、ソラちゃんの上に被さる。いつもなら逆なんだけど、今日は違う。まるでお姫様に目覚めを告げる王子様。やっていて我ながら気が引ける。それでも、もしこれで目が覚めて、元に戻るなら……

 

「……」

 

 でも、やっぱり出来ないよ。そんな無理矢理な方法なんて私は望んでないもん。きっと今のソラちゃんでも受け入れてくれるのは薄々わかってる。きっとなんの疑問も抱かないでそのまま受け入れてくれる。でもそれは違う。『今のソラちゃん』にするとの、『私の知ってるソラちゃん』にするのとじゃ意味が変わってくる。

 

「ごめんねソラちゃん……っ……」

 

 髪を撫で、零れた雫を見逃して、私はすぐさま部屋を出た。

 

 

「…………泣くぐらいならわたしにも話してくれてもいいじゃないですか。虹ケ丘さん」

 

 

 

 …………*

 

 

 

「おはようございます。虹ケ丘さん……って何作ってるんですか?」

「ん? くもパンだよ」

「くも……パン?」

 

 彼女はなにかの生地を捏ねている。トレイを見ると既に何個かは形になっている。くもパン……あぁ、雲か。確かにそういう形をしている。

 

「エルちゃんのおやつにちょうどいいと思ってさ。ソラちゃんも食べる?」

「いいんですか?」

「うん。もちろんだよ。一緒に食べよう」

 

 そう言って微笑んだ虹ケ丘さんの顔を見た時わたしの脳裏に誰かが浮かぶ。

 

『__ラ__ゃん』

 

「っい!?」

「ソ、ソラちゃん!?」

 

 突然やってきた激しい頭痛。一瞬だったが、膝から崩れ落ちてしまった。心配そうに虹ケ丘さんが駆け寄ってくるのを静止して立ち上がる。

 

「ごめんなさい大丈夫です。一瞬だけでした」

「それなら……いいんだけど……」

 

 今のは一体なんだ? 誰か……見えた? 誰だったんだ。今のは。やっぱりこの人はわたしにとって何かあるんだ。何か、記憶を取り戻せるほどの大切な何かが……。

 

「あの……何か手伝える事ありますか?」

「え……と、じゃぁ──」

 

 …………*

 

「はい。エルちゃん。あ〜ん」

「んぁ〜……んっ! ましろのくもぱん! おいしぃ!」

「そっか〜、よかった〜」

 

 えへへ〜、とエルちゃんを撫でている虹ケ丘さん。確かに美味しいこのパンはどこか懐かしさを感じる。記憶が無くなる前は沢山食べていたと聞いたが、それはよく分からなかった。

 

「ソラちゃんもどう? 口に合うかな?」

「はい。とても美味しいです」

「お、美味しそうなの食べてんね〜」

 

 そう言って、少し眠たそうな聖さんがリビングへやってきた。昨日は遅かったのは少し寝癖が目立ってる。

 

「あげはちゃん、おはよう」

「おはようございます」

「うん、おはよう二人とも。私も貰ってい〜い?」

「もちろん。あ、飲み物持ってくるね」

「ありがと〜ましろん」

 

 くもパンを口に運んでもぐもぐと美味しそうに頬張る。そして、虹ケ丘さんが台所へ行ったタイミングを見計らい、聖さんへ近づいた。

 

「あの、聖さ───んむっ」

「ノンノン、あげはでいいよ」

「え……ぁ……ぁげはさん、あの一ついいですか?」

「うん。いいよ」

 

 パンを食べながらあげはさんは肘杖をつく。

 

「虹ケ丘さんって……わたしにとってどんな人なんですか?」

 

 それを聞いたあげはさんは意外だったと言うかのように目を見開いていた。

 わたしなにかおかしな質問したかな? ちゃんと知りたいから聞いたんだけどなぁ。

 

「そっかぁ。ソラちゃんにとってのましろんか〜」

 

 唸りながら天井を見上げる。そして、思いついたように目線を戻す。

 

「『ヒーロー』かな?」

「ヒー……ロー?」

 

 またそれだ。あのノートにも書いてあった。あれはなんなんだろうか。わたしはそんなものを目指しているわけじゃないのに。記憶が無くなる前のわたしは一体なぜヒーローを目指しているたのだろう。そのヒーローであるわたしと虹ケ丘さんはどういう関係なんだろうか。

 

「ソラちゃんはね。ましろんを変えてくれた人なんだ」

「あの人を……?」

「今のソラちゃんには実感無いかもだけど、今のましろんはソラちゃんから『前に進む勇気』とか『誰かを助けたい気持ち』とか、色んなものを教えて貰ってるはずだよ」

「わたしから、ですか?」

 

 言われたとおり実感がなく、首を傾げるとあげはさんは優しく頷いた。そして台所で飲み物を用意している虹ケ丘さんに再び目線を合わせる。どうにもそういう風には見えないし、そんな勇気あるような人には見えない。どちらかと言えば受け止めてくれる人のように見える。

 前に進むよりも、背中を押してくれる人。

 立ち向かうよりも、一緒に戦ってくれる人。

『今のわたし』からはそんな印象だった。

 

「どう? なんか思い出した?」

「え、ゃ、急に言われても……」

「ん〜っ! そっかー、ダメか〜!」

「えぇ……」

「なになに? 何の話?」

「んぇ〜? ましろんのパン、美味しいね〜って」

「もぅ〜、ほんとにそんな話してた?」

「してたしてた〜!」

 

 

 …………

 

 

 その夜、ソラはまた部屋で一人ベッドの上で天井を眺めていた。やっばり一人の方が楽でいい。とふと目を閉じると昨日の記憶が蘇る。

 

『ソラちゃん……』

 

 ましろの顔が目に浮かぶ。実際に見た訳では無いが、確実に涙を流したのは覚えている。頬に残った涙の感触も、顔を合わせた時に垂れてきた髪の感触も、ずっと張り付いて離れない。怖いぐらいにずっと残って覚えてる。でも、これは昨日の事じゃなく、『前にも触った事のあるような感触』。きっと、自分の頬を撫でるとそれはまだ鮮明に残っている。

 

「…………」

 

 もしかして、これを深く確かめれば記憶が戻るのではないか。邪な気持ちよりも先走った気持ちが出てしまった。少しでも記憶が戻るキッカケになるのなら、自分はそれを試したい。この心の引っ掛かりが無くなるのなら、早くそれを取り除きたい。だが、今からソラがしようとしていることは相手の気持ちがこちらに向いていないと出来ないこと。昨日のましろの様子を見るに、可能性はあるが実行に移すには少し覚悟がいる。

 

「っ……!」

 

 でも! 、とソラは立ち上がり、ましろの部屋へ向かった。

 

 

 …………*

 

 

「ソラちゃん」

「こんな夜分にすみません。今お時間大丈夫ですか?」

「うん、いいよ」

 

 と、ましろはソラを部屋へ招き入れる。性格通りの部屋の内装と雰囲気。どこか懐かしさと安心を覚える。部屋を見回すソラを他所にましろはベッドへ座り手招く。招かれるままソラはましろの隣に座る。

 

「それでどうしたの?」

 

 いざ聞かれると困るのはこちらだった。しかし、口を開けば困るのはましろの方。そんなことはわかっていた。だから、話題の切り出し方が分からなくなった。どうすれば自然な流れで昨日の夜の出来事を聞けるのか分からない。今日、当の本人はまるで無かったように振舞っていたから、尚更聞けない。考えるよりも先に行動した結果だ。

 

「ぇ……と……ぁの……ですね」

「ん?」

 

 目が泳ぐ。顔を見れない。振り向いたら尚更口が閉じそうで怖い。しかし、早く話題を出さないと不審がられてしまう。若干泣きそうになりながら、ソラは意を決したようにましろの正面へ向いた。

 

「き、昨日の……夜なんですが……」

「うん。昨日の夜?」

「虹ケ丘さん。わたしの部屋に来ましたよね?」

「え゚」

 

 まるで、オノマトペと声を掛け合わせたようなセリフがましろの口から飛んできた。次の瞬間ひっくり返った亀のように手足をあたふたさせて瞳が渦巻きを巻き始めた。どうやら、図星らしい。わかっていたことだが、ソラの質問の答えはイエスだったようだ。

 

「お、起きてたの? あれ?」

「えぇ……まぁ……あんな堂々と部屋に入ってこられると」

 

 ましろは恥ずかしそうに顔を隠して深いため息をついた。ため息を吐きながら体が沈んでいるように見えた。でも、頭はとんでもない速さで左右に振っている。理由はわかっているが、流石にあそこまでされて自分とは何ら関係の無い存在だとは思えない。それこそ、恋人だとでも言わない限りは。

 

「虹ケ丘さんとわたしってどんな関係なんですか? あそこまでするのですから、それこそ普通じゃない様な……」

 

 まだ顔を隠しているましろへ問いかけると今度は顔から湯気が出てきた。鉄に水を掛けたような音を立てながらふぇぇ〜〜、とましろが唸る。可愛いと可哀想の境界線。かける言葉が見つからないから見つめるしなかった。

 

「やっぱり……言った方がいい?」

 

 湯気が消えて数分。意を決したように恐る恐るソラの顔を覗いたましろはまだ顔が赤い。そんな恥ずかしい関係なら無理にでも言わなくていいとは言おうとしたが、自分の答えが目の前にあるのならそれを知りたいと思うのまた事実。ソラは表情を強ばらせつつも頷いた。ましろはましろでそうだよね〜……。とまだ何かを躊躇っているようだった。

 

「ソ……ソラちゃんと私はね……」

「はい」

「こ、恋人同士……なんだよ?」

「え」

 

 恋人。予想とは違う答えがやってきた。逆に両思いとかその程度かと思っていたが、どうやら違うらしい。ましろが言うにはソラはましろの恋人のようだ。しかし、言われてもイマイチピンと来ないのは自分が記憶を無くしているから。無くなったものは帰らない。それがこの世界。取り戻しでもしない限りは。

 

「なら、やっぱり昨日のような事はいつもしていたんですか?」

「いつも……じゃないけど。してはいたかな……」

 

 してたのか……。とソラは顔を伏せる。恥ずかしとかではなく分析的に伏せた。確かに恋人同士ならあれぐらいは普通のことなんだろうけど、記憶を取り戻してない自分にするメリットがないと思った。だが、しようとしたという事はそういう事なのかもしれない。

 

「もしかして、キスすれば戻るんですかね?」

「ふぇ!?」

 

 ソラの質問にまたましろは湯気を弾むように上げる。そしてまた手を振り出した。何かを誤魔化したいのか、それとも遠ざける理由を探しているのか。目はずっと泳いで、決意が決まらない。焦れったくなったソラは否応無しにましろの肩を掴み組み伏せた。

 

「ソ、ソラちゃん……!?」

「ごめんなさい。虹ケ丘さん。貴方から仕掛けてきたことですので」

「だ……だからって……!」

 

 ましろはソラの下で両手で顔を隠して視線を遮る。初々しいカップルがベッドの上に上がるとこうなる。しかしソラは事情が違う。一刻でも早く『皆の知ってる自分』に戻りたいのだ。しかしましろも事情が違う。受け入れ難い状況で置いてきぼりなソラの手を引いている。だから、少しでもソラは近づきたい。そのましろへ、手を引いてくれる人へ。だから、躊躇っていられない。引き戻せるのなら。

 

「わたしを見て───ましろさん」

「っ!?」

 

 名前を呼ぶ。それが最適解だと思った。肩を弾ませたましろは恐る恐る覆い隠していた顔を覗かせる。そこには知ってる人の知らない顔。記憶を無くしていてもこういう時の顔は同じようで、ましろは自然と緊張が解けてしまった。

 

「い……ま……」

「忘れてください」

「でもっ……!」

「これは、わたしのわがままですから」

「まっ───」

 

 全部夜のせいにして、忘れたいたいから。溶け込む世界の中で。確かめたそれは記憶が戻るとかじゃない。きっと、いつかの自分の中にあったもの。忘れていたものが蘇る訳でもないのに、ただましろを求めていたからソラの心はきっと何も変わらない。

 

 そう。変わらない。

 

 そのはずなのに。

 

「嫌っ……!」

「っ!?」

 

 最中に拒まれた。突き飛ばす様な手つきで離される二人の間に出来た溝はシンとした空気を作った。体が震えているましろと突然の事に唖然としているソラ。数秒固まった後、ましろは思い出したように慌て出す。

 

「っ、ぁ……違っ……ソラちゃ……!」

「……いえ、分かってます。『今のわたし』と『虹ケ丘さんの知ってるわたし』は違う。今はそれを確かめたかったんです。ごめんなさい。こんな事いきなり。ありがとうございました。虹ケ丘さん」

「待っ……」

 

 掴みかけた左手。既に踵を返して見えないソラの顔。

 違う。違うのソラちゃん。

 言葉は届かず聞こえない。すれ違ってしまった感覚。しかし拒んだ事は事実で、変えられない。瞳の端に涙を浮かべたましろはそこで固まって部屋を出ていくソラの背中を見送った。

 

 …………*

 

「ん……」

 

 よく眠れなかった。そう言える程目覚めが悪い。日差しが眩しくて目を開けたくない。昨日の記憶がずっと張り付いて現実味が出てこない。ソラちゃんが確かめたい事ってキスしたら記憶が戻るかどうかだったんだよね。きっと。

 

「……」

 

 唇をなぞり感触を思い出す。昨日は結局私が拒んだせいでしなかった。前は当たり前にしてた事なのに、『今のソラちゃん』とは違うと思ってしまった。だから拒んだ。そこにいる人が別人みたいで怖くなった。ごく自然な事だとは思う。でも、不自然な感覚が残ってる。処理し切れてないのがよく分かる。

 

「朝ごはん作らないと……」

 

 そうして、リビングへ降りて行けばそこにはあげはちゃんが作った朝ごはんの用意をしているソラちゃんがいた。

 

「虹ケ丘さん……」

「っソラちゃん……」

 

 気まずい雰囲気が二人の間を作った。

 

「お、ましろんおはよう。ご飯出来てるよ」

「ぁ……うん。ありがとう」

「ご用意は出来てますから、食べましょう」

 

 向けられた笑顔はいつも通りでましろが介入できる余地がなかった。

 

「ソラちゃん……!」

「はい……?」

 

 つい引き止めてしまった。だが、そこから先の言葉が見つからない。口を開閉し言葉を探す。かける言葉がないのを察してかソラがふっと頬を緩めた。

 

「わたし、決めたんです。これからを作るって。今が分からなくてもこれからなら学べます。だから……『これから』よろしくお願いします。虹ケ丘さん」

「っ……」

 

 言わせてしまった。と、自責の念にかられた。前に進むと決めてくれた顔なのに何故だか後ろ向きに見えてしまう。影があるように見えてしまう。孤独のままに進もうとしている気がしてる。今のソラをそう見てしまうのはきっと自分のせいなのだとましろはずっと心にのしかかっている。

 

「ソラちゃん……」

 

 また背中を見送る。ずっとましろはその位置だ。いつまで経っても、隣に立てたと思ってもすぐに追い越される。ずっとそれのループだ。そこから抜け出せない。

 違う。と首を横振る。今回こそ、自分自身で解決する。目に光を灯して、ましろは前へ進んだ。

 

 …………*

 

「これで、買い物は全部ですかね?」

「うん。今日の晩御飯はお鍋だよ」

 

 そうして、午前中の買い物。昼と晩の分の食材を買い込んで二人は街中を歩いていた。あのランボーグと出会ってまる二日。未だに動きはない。多少なりともパトロールに似た事はしているが、それでもまだ出会わない。居場所も分からない。あの森にはまだ行っていない。今日にでも探索へ向かうかとましろは考え込む。

 

「あの……ましろさん。あれ……」

「ん? なに? ソラちゃ───っ!?」

 

 ソラが不思議そうに指を指した。その先に目線をやるとましろの顔が青ざめる。そこにいたのはあの忌まわしい存在。銀色の髪と黄緑の瞳。あの時とは違う。ローブのような黒装束に身を包みそこに立っている。

 

「や、白いお姉ちゃん。青いお姉ちゃん」

「貴方……」

 

 ランボーグ。まるで普通の人のようにそこに居た。当たり前であるかのように周りの人々は普通に通り過ぎていく。しかし、ましろへ放つ殺気だけは消しきれない。油断しているとすぐにでも襲いかかってくる。それだけは確信出来た。ミラージュペンに手をかけ身構える。今はソラに説明している暇などない。

 

「酷いなぁお姉ちゃん。僕はお姉ちゃん達を探してたんだよ?」

「奇遇だね。私達も貴方の事を探してたの」

 

 探していた。ましろの言葉を聞くとランボーグは表情を明るくした。

 

「そうなんだ! よかった〜。話が早く済みそうだよ。僕も全部思い出したからさ」

「全部思い出した……? 何を言ってるの?」

「うん。僕が生まれた理由だよ」

「生まれた理由……?」

 

 うん、とランボーグが頷くと辺りを見回す。こんな道の真ん中で恐らくそれなりに長い立ち話になることを予見してかすぐ横にあったベンチを指さした。ましろは無言で頷くとソラと一緒に距離を開けて座る。

 

「ソラちゃん。危なくなったら逃げるんだよ」

「っ……でも」

「なんでもだよ。今は説明出来ないから」

「はい……」

 

 初めて見るましろの表情。かなり真剣な顔付きで対面の少年へ対して睨みを利かせている。それに、腰に着けたミラージュペンから手を離さない。

 

「じゃあ、自己紹介から始めようか。僕の名前は『カマランボーグ』。スキアヘッドが自分達が負けた時の保険で作ったランボーグだよ」

「あの人が……?」

 

 この『カマランボーグ』は、スキアヘッドが自分達が負けた時の保険として起動するように設定したランボーグ。アンダーク帝国が敗北し、スカイランドへプリキュア達が帰還した時、ソラシド市の奥底で復活し再度アンダーク帝国を復権させる為に創り出したランボーグ。

 

「そして、僕の使命はアンダーク帝国の復活とプリキュアの排除。一人は記憶を消して戦力を奪った。あと四人。白いお姉ちゃんと他に三人いるはずだよね? お姉ちゃんの仲間達が」

「っ……」

 

 ランボーグの瞳には火がついている。目的を見つけてそれを成し遂げる本物のランボーグのそれだ。

 

「そんな事聞いてどうするの? 正直に話す人なんていないよ」

「そりゃあ勿論分かってる。でも、今僕がここで暴れたらそんな態度でいられるかな?」

「…………」

「虹ケ丘さん……」

 

 ましろの顔に汗が垂れる。心理戦ではなく完全な脅し。動こうが動くまいがどちらにせよ相手が有利。

 

「青いお姉ちゃんの記憶によれば、お姉ちゃん達二人が相手取るのが1番めんどくさい。だからお姉ちゃん達を削っておきたいんだ。そうすれば少しは楽になる」

(わたしの……記憶?)

「どうして、何もしないで私達の目の前に現れたの?」

「思い出したから話したかっただけ。ちゃんと目的を伝えた上でお姉ちゃん達を倒したかったんだ、あとはまぁ……お姉ちゃんがほんとにプリキュアかどうか確かめたかっただけ」

(プリキュア……またその言葉……)

 

 のほほんと話すランボーグに対してましろは表情を崩さない。すぐにでも余計な動きがあれば応戦するつもりだ。そんな鋭い視線を感じてかランボーグは小さく笑う。

 

「そんな睨まないでよ。僕は暴れたりしないよ」

「そんなこと……」

「そう。僕は、ね」

「っ!?」

 

 ランボーグから悪寒を感じたあと、ましろ達の目の前に現れた巨大なランボーグ。

 

『ランボォォォォォグ!!』

「なっ!?」

「なん……ですかこれは……!?」

 

 巨大な鎌を持った巨体のランボーグ。しかし、本体は隣にいるはずなのに別個体が同じ武器を持って現れた。ましろ達の焦りの表情を見るなり少年は愉快そうに笑う。周りの人々は悲鳴を上げて逃げて行く。だがそれも関係なしに巨大なランボーグは暴れ出す。

 

「ソイツは僕の余剰エネルギーで生まれた個体。お姉ちゃん達のよく知るランボーグだよ。さて、お姉ちゃんは戦えるかな?」

 

 ましろの事などお構い無しに巨大なランボーグは暴れ出す。目の前にあるものを手当り次第に破壊していく。しかし、ましろは動じていない。しっかりと少年へ視線を返し、力強く見据える。こうなることは分かっていた。だから、あらかじめ呼んでいた。自分の仲間を。

 

「そうだね」

「ん?」

「私一人じゃこの状況をどうにも出来ない。でもそれは、貴方の相手が、私一人だけ、だったらの話だよ」

「は?」

 

 そして、現れる。巨大なランボーグの後ろに二人の影。

 

『ひろがるッ……ウィングアタック!』

『ひろがるっ……バタフライプレスッ!』

「っ……!?」

『ランボォォ!?』

 

 オレンジの閃光とピンクの蝶の型。バタフライの攻撃で巨大ランボーグは吹き飛び、ウィングの攻撃はカマランボーグには当たらなかったが、回避行動をさせたおかげでましろから距離を開けることが出来た。

 

「ましろん!」

「お二人共、ご無事ですか!?」

 

 ましろの目の前に現れるウィングとバタフライ。そしてましろの手にはスマホ。どうやら話の最中に二人を呼んでいたらしい。カマランボーグがそれを察すると嘲笑するように笑った。

 

「っは、見えないように呼んでたか。やるね。白いお姉ちゃん」

「ナイスタイミングだったよ、ましろん」

「3人で迎え撃ちましょう」

 

 二人が構えをとる中、ましろはの顔はそうじゃないと前を向いている。

 

「ごめん二人共、あの子は私一人で戦うから、二人はあっちをお願いできるかな」

「えっ!?」

「ましろん?」

 

 優しい光の戦士へと姿を変え、プリズムは二人の前に立つ。

 

「今回だけはやらせて。私は、私の責任を取りたいの」

 

 ソラが記憶を無くしたのも自分を庇ったせい。そういう風にずっと思い込んでいた。だから、その尻拭いが出来るのなら今しかない。一対一の状況を作れるなら、あのランボーグは一人で対処しないといけないとずっと考えていた。

 

「勝算はあるの?」

「分かんない。でも、私がやらないといけないんだ」

 

 自暴自棄になってはいない。目にはちゃんと光があって意思もある。バタフライはそれを理解すると提案を止めようとしたウィングに割って入る。

 

「バタフライ……!」

「わかった。やられないでねプリズム」

「うん。ありがとう」

「行くよ、ウィング!」

「……っはい!」

 

 二人が巨大なランボーグへ飛び立ったのを見届けるとカマランボーグがやれやれと立ち上がり、その大鎌を出現させる。プリズムはそれを気にせず、ソラの方へ視線を向けて笑顔を作る。

 

「ソラちゃん」

「え……と……」

「置いてきぼりにしちゃってごめんね。危ないから何処かに隠れてて。すぐに終わらせるから」

「は、はいっ」

 

 そう言って、カマランボーグの方へ向き直る。ソラはましろの言葉を受け取り物陰へ走り去っていく。

 

「結局一人? 三対一じゃなくていいの?」

「私だって戦える。プリキュアの……戦士の一人だよ」

 

 プリズムの瞳に一筋の閃光が走る。

 

 

 …………*

 

 

 ソラは目の前の光景に驚愕している。空に舞う白い閃光と地を這う黒装束。空気すら切り裂く斬撃をその白い少女は避けている。閃光が瞬いた瞬間、黒装束の少年が吹き飛ばされる。追撃をかけるように壁にクレーターが出来るほどの正拳突き。瞬きの合間に距離を離されて大鎌からの複数の黒い斬撃。それは蛇のような軌道を描き白い少女へ向かう。少女は光弾を横に展開すると黒い斬撃を一つ一つ相殺していく。

 

「やるね! プリキュアのお姉ちゃん!」

「ソラちゃんの記憶は返してもらうよ!」

 

 今度はプリズムの攻撃。再度光弾を展開してカマランボーグへ向けて射出する。一つ一つが不規則な軌道を描き四方八方から飛んでくる。

 

「甘いってば! ……!?」

 

 カマランボーグはその大鎌を振りかぶり一回転。しかし光弾は鎌の間合い一歩目前で止まる。完全に予測していなかった動きに鎌を振るったカマランボーグはバランスを崩す。

 

「っ!」

 

 後隙を逃さずプリズムは跳躍。右足による蹴りを繰り出すもカマランボーグはしっかりそれを鎌の柄で止める。思い切り蹴り放ったはずだが、カマランボーグは平然している。

 

「こんなに戦えるんだお姉ちゃん。すごいね……っと!」

「きゃぁ!」

 

 プリズムの足を押し退けて、そのまま地面へ叩き落とす。そして鎌を大きく振り斬撃を飛ばしてくる。

 

「っ!」

 

 光弾を当て相殺。次いで、留めていた光弾もランボーグへ着弾。煙が晴れるのを待たずに二度目の跳躍、そして二度目の全力の回し蹴り。が、それもまた受け止められる。

 

「っ……!」

「だから、効かないって言ってんで……しょッ!」

 

 再び地面へ落とされ受身をとる。顔を上げると既にそこにはランボーグが武器を振りかぶっている。

 

「っ!」

 

 細かい光弾を幾つか並べその鎌を斬撃の軌道を逸らし炸裂した衝撃で後退。すかさず自動追尾の『プリズムショット』を生成し幾つかランボーグへ向けて飛ばす。先程のモノとは威力が上がっている。しかしそれすらも意に介さずランボーグはその武器を風車のように回して相殺する。

 

「それ結構厄介だね。もしかして無限に作れる?」

「っ……はぁ……はぁ……」

 

 言いながら鎌を担ぐランボーグはまだ息が切れていない。プリズムの攻撃は一長一短。単純な攻撃だけのプリズムの方が長引くと不利になる。しかも相手の実力は未知数。突発的なことすらも対処しないといけない。単純に手数で押しに行くか、それとも一撃必殺を狙うか。スカイがいないこの状況でプリズムが取れる選択肢はかなり限られてくる。それに前に撤退した時のような時間制限が無くなっている。さっきまでアンダークエナジーを用いた攻撃を何度も行っているのに前のような苦しさが見えない。強くなっている確実に。そして、何かを察したようにカマランボーグは嘲笑う。

 

「何か考えてるね」

「……だったら?」

「そうだな〜……じゃあ一つ。この前みたいな息切れは僕にはもうないよ」

「っ……!」

「青いお姉ちゃんの記憶を読み取って自分の力を理解した。ランボーグという存在と生まれた意味、そして自分の仕組み。アンダークエナジーの消費が僕の弱点それを補える場所も手に入れたからね」

「それが前に言ってた『あの場所』ってことなんだね」

「そうだよ、だから僕はもう君には負けないよ」

「本当にそう?」

「は?」

「こうしてる間にも向こうのランボーグが倒されて、三対一になる可能性だってあるよ。その時は余裕じゃいられないと思うけど?」

「そっか……そうだね……じゃあこんなのはどう?」

 

 すると、カマランボーグは空間を切り裂いた。突如現れる空間の裂け目から何かを取り出す。

 

「っ!?」

「はい、こんなの」

「え? あ、え? 虹ケ丘……さん?」

 

 そこから連れ出されてこられたのはソラだった。

 

「ソラちゃんッ!」

「はい、隙あり〜」

 

 慌てて踏み込んだ所を容赦なく振り下ろされる大鎌。まるで体を切り裂かれたかのような感覚がプリズムを襲い膝から崩れ落ちる。しかし、その体は致命傷ではなく、ただ体に切り傷を作るだけだった。

 

「っが……は……」

「あれ? やっぱり切れないか。プリキュアの力ってすごいんだね。生身じゃないと殺せないっぽいし。難しいねお姉ちゃん達と戦うの」

「っ……ぅ……ソラちゃんを……っ……離して……」

 

 痛む全身を、怯える心を、塞ぎながらプリズムは立ち上がる。

 

「そんなにこの人に価値があるかい? 記憶を無くして、お姉ちゃん達の事も覚えてない。自分の事も守れない。プリキュアにも変身できない」

「あうっ!」

 

 言ってカマランボーグはソラを投げ飛ばす。

 

「こんな風にしたらどう……かなっ!?」

 

 カマランボーグは周りの建物を一掃。そしてその瓦礫の軌道にに空間の裂け目を生成する。

 もちろんその行先は──────

 

「ッ───ソラちゃん!」

「あ……あぁぁ!!」

 

 砕けた岩が上から降ってくる。今のソラじゃ防ぎようもなく、ただ情けなく体を縮めるしか無かった。そんなことはわかってる。だから、プリズムは駆け出した。ソラを庇うために。自分のヒーローを守る為に。戻ってくると信じて。

 

「……?」

「ぅ……ぐっ……ぃっっ……」

「に……虹ケ丘……さん?」

 

 縮こまった体に何も異常がない。目を開くとそこには瓦礫を庇って傷だらけで血を流しているプリズムがいた。

 

「ソラちゃん……っ……大丈夫?」

「そんな……虹ケ丘さん、なんで……?」

「だって、ソラちゃんだもん。どんなになっても、記憶がなくなっても、君がソラちゃんだって事に変わりはないから」

 

 ましろはずっと守られてきた。ソラの役に立ちたいと願い始めたのはいつからか。シャラランボーグの時にはソラを信じて戦った。でも、あの時は自分じゃ解決出来なかった。皆がいて、ソラが帰ってきて、ようやく集結した。敵に騙された時も、ソラがましろを肯定してくれたから、前を向く事が出来た。だから、ましろは少し負い目を感じていた。

 理由なんてなんだって良かった。ただ今のソラを守れるのなら。それだけで良かった。

 

「だからソラちゃんは、そのままでいいんだよ」

 

 ましろは一緒に戦うのでは無く。

 ソラの隣に居るだけだった。

 ソラの背中を追って、ソラの背中を見ているだけで、隣に立つことなんて出来ていなかった。ソラの成長を見る度にそう感じていた。

 

「へぇ、守るんだ。そんな使い物にならない人を」

「そ、そうですよ虹ケ丘さん! わたしなんか─────」

「それでもいいのッ!」

 

 ましろから聞いた事のないほどに大きな声が響く。

 

「っ……!?」

「それでも……っ……いいのっ……」

 

 そんなボロボロになってまで。

 そんなに血を流してまで。

 自分の事を覚えていない存在を何故守ろうとするのか、この時のソラには理解出来なかった。

 敵の言葉に涙を流し、崩れる瓦礫から自分を庇い、ソラをソラだからと肯定し、自分の為に尽くしてくれる、それが何故なのか、この時のソラには理解出来なかった。

 

「今のソラちゃんが分からなくても……っ、ソラちゃんは……私の、ヒーローだから……っ! だから、今度は私がソラちゃんを守ってみせる!」

 

 儚い泣き顔を自分に晒し、それでも尚歩もうとするその姿を、ソラは何処かで見た気がした。

 例え相手が敵だろうと、慈しむ心を忘れない優しい光のような人を、ソラは何処かで覚えているような気がした。

 頭の奥で誰かが呼んでいる。心の中で何か見そうな気がする。ソラは今にも爆発しそうな感覚に陥っている。

 

「私だって……ヒーローなんだッ!」

「ヒー……ロー……?」

 

 自身を鼓舞しプリズムは立っているのもやっとの傷で眼前の敵へ向かって構える。

 

「いいね。盛り上がってきた!」

「っ───!」

 

 ランボーグが肉薄し、その大鎌を振るう。幸い大きな獲物での一撃はプリズムでも見切れる程のスピード。体を捻り、命を刈り取る刃を躱す。

 

「このっ……!」

「ん? ……おっとっ!」

 

 プリズムは後隙を逃さず裏拳。だがランボーグはそれを読んでいる。しかし、プリズムも避けられるのは分かっていた。だから、繰り出した拳の掌から細かくした『プリズムショット』を展開する。

 

「当たれッ!」

 

 プリズムの号令と共に、数発の光弾は不規則な軌道を描きランボーグへ向かう。が、ランボーグもすかさず、大鎌を風車のように回転させ光弾を防ぐ。防ぎきった瞬間、大鎌を持ち直し構えている。その斬撃の軸線にはプリズムが居る。

 

「させないッ!」

 

 咄嗟にプリズムは前へ出て、振りかぶった大鎌の柄を抑え振れないように固定。もう片方の手には『プリズムショット』を纏わせた拳を構えている。

 

「ハァっ!」

「うぉっと!」

 

 ランボーグはすぐさま距離を取る。地面に叩きつけられたプリズムの拳は地面を抉るように爆発させた。円形に数メートルのクレーターを作るほどの威力。プリズムは本気で戦っているのがランボーグにも分かる。

 

「いいねいいね、お姉ちゃん。それぐらい殺す気で来てくれないとつまんないよ」

「ソラちゃんの記憶は返してもらうよ! 絶対に!」

「フゥん? そんなボロボロなのに?」

 

 確かにランボーグの言う通り、プリズムは既に立っているのがやっとの状態。身体中が悲鳴をあげている。手足の感覚が少しだけないのがわかる。けれど、目の前の敵を逃す訳にはいかない。大切な人の記憶を玩具のように扱うモノにだけは負けられない。

 

「そんな状態じゃ相手にならないよ? 白いお姉ちゃん」

「うるさい! それなら早くソラちゃんを元に戻してよ!」

「あっはは、怒りっぽいんだね意外……っと!」

 

 動く度に傷が痛む。体が軋む。踏ん張ろうにもギリギリで視界も少し霞んできた。息をするのも辛い。それでも、負けられない。大切な人の記憶を取り戻さないといけない。例え自分を犠牲にしたとしても。

 

「虹ケ丘さん…………っ!」

「ん?」

「ぇ……?」

 

 ソラはそんなプリズムを見て居ても立っても居られず、二人の間に割って入る。

 

「これ以上はやらせません!」

「ソラちゃん……!?」

「何? いきなり」

 

 ソラ自身何がしたいのか分からない。でも、こうするべきだと思った。成すべきことだと思った。

 皆が言う、皆が知っている記憶のある自分ならきっとこうするだろうと思った。

 

「この人をこれ以上傷つける意味はありません!」

 

 手足も、声も、震えてる。でも、きっとこうするはずなんだ。『皆が知っているソラ』なら。

 

「これ以上するならわたしが相手です!」

 

 ヒーローは一人を恐れない。

 

「わたしだって、虹ヶ丘さんを守ってみせる!」

 

 ヒーローは失敗を恐れない。

 

「わたしだって、ヒーローだから!」

 

 ヒーローは困ってる人を見捨てない。

 

「ソラちゃん……」

 

 そう教わった。だからそうだと思った。

 理由なんてその程度。でも自然と体の震えが止まった気がした。その気持ちが止めてくれた気がした。相手がなんだろうと、きっと『皆が知っているソラ』ならこうする。

 

「あっそ、じゃあ……死ねよッ!」

 

 ランボーグが鎌に青いアンダークエナジーを収束させて全力で振り下ろす。勇気を出して前には出たが為す術も無く、ただ怯えるしかなかった。お守り代わりに持ったミラージュペンとやらも何も反応しなかった。そうして、その鎌の鋒が、ミラージュペンに触れた瞬間──────。

 

 

 …………*

 

 

「っ! …………?」

 

 切り裂かれた感覚がない。そんな合間もなく殺られたのか。そう錯覚してしまう程に優しい感覚。不審に思い目を開けば、そこは何も無い空間だった。

 そして、目の前に浮かんいる小さなステッキのようなもの。たしか、ましろ達も同じ様なものを持っていた。

 

「あれ……あれ? ない……?」

 

 よく見ると手に持っていたあの不思議な羽根の形のペンがない。ペンは消えたが目の前にある『スカイミラージュ』と呼んでいたもの。

 

「これを……」

 

 手に取れば分かるのだろうか。

 無くした志。今まで見えなかった世界。

 ましろ達の世界が。思い出せない思い出が。

 手を伸ばしたその先に。記憶のある自分が。

 そうして、スカイミラージュに指が触れた瞬間───

 

「う、あああぁぁぁぁぁ!!??」

 

 頭の中に一気に流れ込んでくる記憶。

 

『これから、友達としてよろしくね』

 

 知らない思い出が知っている思い出へ変わっていく。

 

『私だって一緒に戦うよ!』

 

 ましろと握手をした事も、ましろとパンを作った事も、ましろの友達になった事も、ましろと手を繋いだ事も、ましろと互いの思いを伝えた事も。

 

『私なんかなんて、言っちゃダメ』

 

 そうだ。思い出した。

 自分の名も、志も、力も、大切な人も、守りたい人も。全部。そう今のソラはヒーローを目指している。そして、守るべき人がいる。その人が今、自分の為に傷ついて、涙を流している。

 

『ソラちゃんはやっぱり私のヒーローだよっ!』

 

 それならば、自分のするべき事は一つ。

 その涙を拭い、流させない事。

 

「っ!」

 

 ソラは目の前にあるスカイミラージュを手に取った。

 

『スカイミラージュ! トーンコネクト!』

 

 開け放たれた青空へ。ソラは再び羽ばたいた。

 

『ひろがるチェンジ! スカイッッ!!』

 

 

 …………*

 

 

「っ……ぐっ! 何、僕の攻撃が弾かれた?」

 

 ましろの目の前には一人の戦士が立っていた。

 自分の前にひろがるような空の青。

 一目で理解出来た。だから、瞳から涙が滲んできた。

 

「っ……ぁ……」

「本当に色んなことがありました。だから、それを今更無かったことになんてさせません」

「ソラ……ちゃ……」

 

 ましろの目の前に現れた。

 ましろを救ったヒーロー。

 広がる青空のツインテールに片翼のマントを靡かせる。

 ましろはその後ろ姿を知っている。

 ずっとずっと待っていたその後ろ姿を。

 

「ソラ……ちゃん?」

「はい。ただいま戻りました。ましろさん」

 

 振り向いて膝を着きましろと目線を合わせる。ましろに向けるその笑顔をましろは知っている。ソラが帰ってきたと実感出来る笑顔。じわじわと心が溢れて来るように目に涙を浮かべてすぐさまソラへ抱きついた。

 

「よかった……よかったよぉ……!」

「はい、ありがとうございます。ましろさんのおかげで戻れました」

 

 抱きついたましろをあやすように頭を撫でる。そして、その背中を見る。さっきまでの戦闘でできた傷。自分を庇ってできた傷。

 

「すみません。未熟なわたしの為にあなたをこんなに傷つけてしまって……」

「っ……ううん! こんなのどうってことないよ! ソラちゃんが戻ってきてくれたんだもん!」

 

 泣き顔でぐちゃぐちゃなましろをソラは微笑んで頷いた。

 

「ふふっ、ありがとうございます。でもましろさんは休んでいてください。その傷はあげはさんに治してもらいましょう。深手では戦えないでしょう?」

「そんなこと言ったらソラちゃんだって……」

「いえ、いいんです。だってわたしは……」

 

 そう言って、ソラは掌を見る。大切な人が守ってくれた。自分をヒーローだと励まして守ってくれたこの掌。たった一人でこの敵に立ち向かってくれたソラのもう一人のヒーロー。だから、守り抜いてくれたこの掌の数え切れない消えなくなった傷跡が自分の証。

 

「わたしは、ましろさんのヒーローですから」

「っ……!」

「さぁ、ヒーローの出番です」

 

 そう言って、スカイは立ち上がり眼前の敵へ向き合った。

 

「なに? なんで戻った?」

「正直わたしにも分かりませんが、戻ったのなら好都合です。これでようやくあなたを叩きのめせる」

 

 スカイは握り拳をランボーグへ向ける。ランボーグはその姿勢を見るなり呆れたように視線を視線を明後日の方に逸らして鎌を担ぐ。

 

「へぇ〜。一度負けておいてよく言うね。もう一回記憶を無くしてあげようか?」

「もう、わたしはわたしを見失ったりしません。あの時は油断しましたが今度はそうは行きませんよ」

 

 低く姿勢を取り、その青い眼光を光らせる。

 

「おいでなさい! 今度は、わたしの番です」

 

 

 

 …………*

 

 

 

 元に戻ったソラの瞳。その真っ直ぐな視線にランボーグは怪しい笑みを浮かべる。

 

「へぇ……なら、お言葉に甘えてッ!!」

 

 語尾と共に、ランボーグは片手にエナジーを収束させた光線。

 

「っ!」

 

 スカイは同時にランボーグに真っ直ぐ踏み込んで、その光線を片手で防ぐ。爆発的に拡散した光線は周りの建物を焼き切りなぎ倒して行く。ある程度間合いが詰まった所で、光線を避け、ランボーグに殴打を繰り出した。大鎌の柄で止められはしたがランボーグは後方に仰け反ってしまった。

 

「なっ!?」

「はぁっ!!」

 

 さらに踏み込んで追撃の殴打。ランボーグの鎌の柄に同じ威力で叩き込む。勢いよく吹き飛ばされたランボーグを追うように地面を抉り、踏み込む。

 

「ち……! こんなっ……!!」

 

 スカイは吹き飛ばされたランボーグと同時に着地。すかさず連続でランボーグへ拳を振るう。ランボーグも何とかギリギリで捌いて大鎌を振るう。が、流石にその大きな獲物ではスカイを捉えきれない。悔しそうな顔をするランボーグ。静かな闘志を燃やすスカイ。その瞳が気に入らないと、ランボーグの黄緑の目が紫へ変わる。

 

「っあぁぁ!!」

「っ!?」

 

 紫へ変化した刃を一周させる。同時に飛んできた衝撃波をバク転で躱してスカイは体勢を整える。

 

「そうか……そうなんだ。これがお姉ちゃんの本気なんだね」

 

 ランボーグの雰囲気が変わった。銀色の髪が色褪せて、身の丈よりも長かった鎌の持ち手が短剣のような持ち手に変化している。しかし、その刃の長さは変わらない。鈍い紫色を帯びている。アンダークエナジーがランボーグを覆っている。さっきまでの遊びの雰囲気じゃない。スカイは頬に汗を滲ませる。

 

「だったら、僕も本気でお姉ちゃんを殺すっ!」

 

 顔を上げれば狂気に満ちた笑顔。鎌を左右に振り回し、斬撃の衝撃波を展開。そのスピードと全く同じ速度でスカイへ踏み込んできた。そしてランボーグが鎌を持ち替えると刃が展開、大型の剣となり振りかざす。

 

「っ!」

「は!?」

 

 左右に逃げ場がない。前からはランボーグが斬りかかってきている。左右の斬撃は時間差で当たるよう軌道を描いてある。だから、スカイは全力で前へ踏み込んだ。冗談に見えるその行動にランボーグは怒りを露わにする。

 

「だったら望み通りに真っ二つだ!」

 

 振り下ろされる鎌から変形した大剣。地面にクレーターが出来る程の力で振り下ろされた斬撃はスカイ諸共小規模の爆発を起こした。

 

「スカイッ!」

「これで……っ!?」

 

 爆発の霧が晴れてそこにあった景色は真っ二つになったスカイでも、臓物が飛び散った残骸でもない。片腕で大剣を受け止めるスカイの姿だった。慌てて剣を引こうにもとてつもない握力で握られた剣は離せない。

 

「っしま……」

「はぁっ!」

 

 そのまま握った剣を逆に引き寄せられランボーグは腹部に強烈な正拳突きを食らう。

 

「ぅぐぁっ!」

 

 あまりの激痛に武器を離してしまう程に浮き上がる。

 

「せぃっ!」

 

 すかさず浮いた所を後ろ回し蹴り。水切り石のように地面に数回跳ねて吹き飛ばされる。

 

「ぐっ! ……っ! なん……だよそれっ!」

 

 前回のスカイは間合いにはいられなかった。ランボーグのペースにかき乱されていた。だが今は違う。取り戻した自分の意思とましろへ返さねばならない想いがある。ここまで未熟な自分のために尽くしてくれたましろへ、全てを。

 

「今のわたしは全力ですよ」

 

 青い瞳に光を宿し、構えをとる。

 

「あっそ!」

 

 ランボーグは地面を叩くと幾つかの巨大な瓦礫を作り出す。そして、武器で空間を切り裂き、裂け目を作る。瓦礫をその中へ放り込むと裂け目を閉じた。

 

(閉じた……? 何を……)

「よそ見!」

 

 ランボーグは剣を構えスカイへ踏み込む。斬りかかってくる斬撃を避け、受け止め、受け流しつつ、さっきの瓦礫の行方を探る。しかし周りを見ても無い。あの空間へしまった可能性がある。それなら、今度はどこから出てくるかだ。ランボーグの顔を見る限り笑っている。だから単に瓦礫を飛ばしてくるような単調なマネはしてこないはずだ。

 

「考えても無駄だよ、見えないのは避けられないでしょ!?」

「何を言って……っ!?」

 

 悪寒を感じて後ろを向けばそこにはさっきの瓦礫。スカイは防御の体勢が間に合わない。ランボーグの言う通りに見えなかった。完全な背後からの攻撃。前からはランボーグ。後ろからは巨大な瓦礫。完全な挟み撃ち。しかしそれは、戦っているのがスカイ一人だけだの場合だ。

 

『プリズムショット!』

 

 掛け声とともに飛んできた浄化の光が瓦礫を破壊する。支援をしてくれたのはもちろん。後方にいるプリズムだった。

 

「プリズム!?」

「行ってスカイ! 瓦礫が私が対処する!」

「はいっ!」

「今更増えた所で!」

 

 ランボーグの斬撃とスカイの徒手空拳の応酬。そして、見えない角度から開く次元の裂け目から出てくる瓦礫はプリズムが全て対処する。向かってくる斬撃は捌いて、後隙を逃さず拳と蹴りを差し込む。ランボーグもその攻撃を避けてはいるが、段々と余裕がなくなってきた。次元の裂け目から見えない角度で出している瓦礫はプリズムの攻撃で砕け散る。

 

(だったら!)

 

 ランボーグは一瞬プリズムに視線を送ると、プリズムの上に裂け目が開いた。当然その中からは巨大な瓦礫が落ちてくる。プリズムは反応はしたものの、迎撃までは出来ない。

 

「しまっ……」

「っ!」

「きゃぁっ!」

「なっ!?」

 

 咄嗟にスカイが足元にある砕けた瓦礫を足ですくい上げ、蹴り飛ばしプリズムへ迫っていた瓦礫を破壊した。

 

「見なくても助けられるのかよ、くそっ……こんな……がぁっ!」

 

 一瞬動揺した所にスカイの鋭い蹴りが入る。

 

「こんな……っ……僕が……っ!?」

「あなたが存在する理由は聞きました。その計画と……プリズムの涙はわたしが止める!」

「何わけわかんないこと言ってんのさ…………これで死ねよっ!」

 

 ランボーグは空中へ飛び上がり振りかぶった。そしてその剣にアンダークエナジーを纏わせる。黒いエネルギーの刃が三本、六本、と増え倍増していく。

 

「くらえッッ!」

「っ!」

 

 薙ぎ払われた夥しい数のアンダークエネルギーの刃は蛇のような軌道を描き無慈悲にもスカイへ迫っていく。前に出ようにもこの密度では避けようがない。スカイが迷っていると、後ろから呼びかけられる。

 

「スカイ!」

「プリズム!?」

「使って!」

「! 、はいっ!」

 

 振り向いたと同時にすかさず撃ち出される最大出力の『プリズムショット』。スカイはそれを受け取り自身の拳に纏わせる。信じてくれた人の思い。守りたい人の力を手に入れ、スカイは真っ直ぐにランボーグへ踏み込んだ。

 

「貴方を倒して、ここで終わらせる!」

 

『プリズムショット』と『スカイパンチ』を掛け合わせた一撃。浄化の光がスカイの全身に纏われ白色の翼となる。

 アンダークエナジーを纏った刃が赤黒く変色し、さらに巨大な剣となる。

 

『ヒーローガールッ……』

「これで死ねぇッ!」

『……スカイパンチッ!!』

 

 羽ばたく空へ穿つ正拳が、スカイに迫り来る攻撃すらも貫通してランボーグに直撃する。

 

「ッはああああぁぁぁぁ!!」

 

 淡い白の閃光が蒼い一撃と共にランボーグを貫いた。

 

「僕が……負ける……?」

「ましろさんにした事も、わたしの記憶も全て返していただきました。だから、ここでさよならです」

『スミキッタ……か、なるほど。こういう気分なんだね』

 

 振り返ると澄み切った青空に羽ばたく一人の戦士。以前とは比べ物にならないほどに強い戦士。ランボーグは自身の愚かさに絶望し浄化の光と共に消え去った。

 

「……っと! プリズムッ!」

 

 着地と同時にスカイはプリズムの元へ駆け寄る。

 

「スカイ……痛っ!」

「待って! 動かないでください! わたしが運びますから」

 

 痛んだ傷を抑えるプリズムの元にスカイは颯爽と受け止める。スカイに抱き抱えられると同時にプリズムは変身解除。相当なダメージを負っていたらしい。

 

「すぐにあげはさんの所へ。行きましょう、ましろさ…………ましろさん?」

 

 ましろはスカイの言葉に耳を貸さずただひたすらにスカイを見つめていた。

 

「えと……ましろさん?」

「ホ……ホントニソラチャン?」

「っは、はい。わたしですよ……って、ましろさんちょ、ちょっと頬っぺたつつかないでください。ちょっとぉ……」

 

 戻ってきたソラを見て安心したのかましろはじわじわと目に涙を浮かび始めた。

 

「ほんと……にっ……ひっ……戻ってきたんだね……っ……ぐすっ」

「ま、待ってくださいそんな傷で泣きだしたら痛みますから今は───」

「うわぁぁぁぁぁん!!! よかったよぉぉぉ!!!」

「ぃ痛いだだだだ! ちょちょちょ力強いですましろさん首締まってまぃだだだだだだ! な、なんでぇ!? 怪我してるんですよね!?」

 

 …………*

 

「ましろさん!」

「ましろん!」

 

 泣いてるましろを必死にあやしていると、他の所でランボーグ達を食い止めていたあげは達がやってきた。

 

「あげはちゃん……よかった。皆も無事だったんだね」

「戦ってる最中にランボーグが急に消えて……」

「ソラさんは?」

「はい。ここにいます」

「え?」

 

 ツバサとあげははソラの返事を聞くと恐る恐る近づいて頬をペチペチと軽く叩き、ちょっぴり抓り、うにょうにょと撫で回す。

 

「ホ……ホントニソラチャン?」

「あ、あげはさん。わたしですソラですよ。戻ってきましたよ。ってこれさっきもましろさんにやられましたよ〜」

「ホントに……?」

「は、はい。ほんとです」

「ホントにソラさんですか?」

「は、はい。ホントですよ」

 

 二人は溢れそうで抑え込んでいた気持ちを解放するように目に涙を一気に浮かべた。

 

「わ! でじゃぶです!」

「「よかったぁぁ!!」」

「ままま待ってください! 三人同時はやめてぇぇぇぇ!」

 

 

 …………*

 

 

『以上が、今回の報告になります』

『あぁ、ありがとうツバサ……いや賢者様。と言った方がいいかな?』

 

 ソラの無事を確かめた後、四人は家へ戻りツバサは一旦今回の事件をシャララへ報告していた。

 

『やめてください。シャララ隊長にそんな……』

『何を言う。今回の事件が解決したのは君のおかげでもある。胸を張ってくれ。それで、倒したランボーグとその出現場所はどうしたんだ?』

『はい。ランボーグは消滅を確認。地図に指定された場所にはアンダークエナジーの湖のような物が出来上がっていました。それも我々の力で浄化済みです』

『そうか、それなら良かった。今回ばかりは皆に頼りっぱなしだったな。ありがとう』

 

 むず痒そうに頬を染めるとツバサは頷いた。

 

『で? その一番の被害者たるソラ隊長は何処に?』

『あ〜……え〜っとですね……』

『?』

 

 シャララの質問にツバサは頬を掻く。

 

『多分、一番心配かけた人に言い訳作りをしてると思われます』

『ふふっ、そうか。それなら隊長には頑張ってもらわないとな』

 

 鏡に戻ったミラーパッドを見て、シャララは立ち上がる。

 

「さて、君の言うことは正しかったようだね。バッタモンダー」

 

 横を向くと、そこには牢屋に投獄されたバッタモンダーが居た。

 

「だから、本物の情報だって最初から言ってたでしょ。まぁ、疑うのが普通だけどね」

「どうして、この情報を我々に教えたんだ?」

 

 シャララの質問にバッタモンダーは目を伏せた。

 

「……さぁ、なんでだろう」

「…………。わかった、理由はどうあれ問題は解決した。君を釈放する。そして、君の協力に感謝する」

「はっ、この僕に? まぁいいけどさ」

 

 立ち上がり牢屋を出ると足を止めた。

 

「なんだ?」

「いや、まだその言葉に慣れなくてね」

 

 シャララはその言葉にふっ、と口を緩めた。

 

「どうせすぐに慣れるさ。これから歩んでいく中でな」

 

 

 …………*

 

 

「あの〜……ましろさん。いい加減機嫌直して貰えると……」

「やっ」

「ぇ〜……」

 

 ランボーグを浄化してその日の夜。ソラはベッドの上でましろに抱き着かれ身動きが取れずにいた。ソラが帰ってきてからましろはすっかり甘えモード。それはそれで嬉しいのだが、こうも離れられないとなにも出来ない。帰ってきてご飯とお風呂を済ませてからはずっと離して貰えない。

 それはそうだ。ソラがらしくない発言を数多く残し、あまつさえましろに対しても雑に反応していたのだからこうもなる。

 

「ましろさん……」

 

 顔も合わせてくれない。ただひたすらにしがみついている。寝ようにも寝られないし、慰めようにも聞いてくれない。鼻をすする音は止まったものの、頬にはまだ涙の線が見える。それを見る度に罪悪感に苛まれる。

 

「すみません。わたしが未熟だったばかりに。色々取り計らって助けてくれたんですよね? ましろさん」

「……」

「記憶が無かった時の事は全て覚えているんです。ましろさんがわたしの為に一生懸命頑張ってくれた事、色々尽くしてくれた事、わたしにもう一度立ち上がる勇気をくれた事。本当にありがとうございました。ましろさん」

「…………っ」

 

 ほんの少しだけソラを抱きしめる力が強まった。効果ありか? 、とソラは心で思うが、それはそれで恥ずかしいので誤魔化すようにましろの頭を撫でる。

 

「なにかして欲しい事はありますか? 明日はお休みですしましろさんに付き合いますよ?」

「……いま」

「へ?」

「今がいい」

「い、今……ですか?」

 

 ソラが困惑したように小首を傾げると、ましろは少しむくれた顔で目を合わせてきた。

 

「ソラちゃんが帰ってきたって言う証拠が欲しい」

「証拠と言われましても───っ!?」

 

 そんなソラには目もくれず、ましろはソラの手を自分の胸へ押し当て、ずいっ、と顔を突き出してきた。

 

「……え?」

「……して」

「……え?」

「えっちして!」

「えっ!?」

 

 少しヤケクソ気味にましろは言い放つ。しかし、いきなりこんな事を言われてしまうとソラも反応に困ってしまう。掴まれていない方の手がずっとましろの前をうろついている。

 

「大体今回はソラちゃんが悪いんだよ私の事を庇ったりするからこんなことになっちゃって記憶が無くなった時私ずっと泣きそうだったんだよみんなの事覚えてないしプリキュアに変身できることも覚えてないしそれにそれに私の事苗字で呼ぶし手も繋いでくれないしよそよそしくしすぎだし一緒に買い物行った時も微妙に物理的に距離感空いてたしましろさんって呼んでくれなかったし一緒に料理した時なんてあんまり話してくれなかったしくもパン作る時だってエルちゃんに付きっきりだったしそれにそれに───」

「わわわ、分かりました! 分かりました! わたしが本当に悪かったです! でもあの時は本当にああするしかなくてですね…………ましろさん?」

 

 また涙を浮かべている。さっきまでずっと堪えていたであろう事が次々と流れ込んでくる。ましろの胸に押さえ付けられている手が痛い。こういう時ばっかりましろの力はソラのように強くなる。それほど心配をかけたし、それほど迷惑もかけた。ソラには自覚はあるもののあっさり償えるものじゃないのも分かっていた。

 

「私、本当にソラちゃんが戻ってこないんじゃないかってずっと不安だったんだから」

 

 ポツリ、とましろは俯いて呟いた。顔を埋めて擦り付ける。こうなるとソラはましろに対して弱くなる。自分のした事を思い出せば当然の事なのだが、ましろがここまで悲観的になるのは久しぶりに見た。そのせいで事の重大さを改めて実感した。絡めた指は戻らない。ずっと掴んで離さない。頭を撫でても機嫌なんて直らない。

 

「なら、証拠が欲しいんですよね」

「ふぇ? ……きゃっ」

 

 ふわりとましろを仰向けに寝かせ上になる。胸に押し付けられた手はそのままにほんの少しだけ力を入れる。ましろの背筋に走る悪寒に似た快感。ソラの目付きが変わったように見える。夜の床の上。いつもましろを見下ろすソラはその鮮やかな蒼を深い蒼へ染める。

 

「どうすれば、許してくれますか?」

「っ───」

 

 胸に当てられていた手がゆっくり舐めるようにましろの頬へ触れる。その手に自分の手を重ね蕩けた瞳で見つめ返す。これは二人の時間の合図。何も言わなくともソラには伝わるサイン。

 

「分かりました。ちゃんと帰ってきたって教えてあげますね」

「っ……うんっ」

 

 ゆっくり重ねる唇。拒んだ時とは違う。

 しっかり首に腕を回して受け入れた。

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