「えぇぇぇ!? ソラってまだましろと付き合ってないの!?」
と、エルが大きな声を上げる。場所はスカイランド城、エルの自室。報告会という名のエルの構ってタイムに来ていたソラ・ハレワタールと夕凪ツバサ。そこで恋バナという話題を振られてソラは正直に答えてしまった。顔を真っ赤にして俯くソラとは裏腹にツバサとエルは驚いて顔を見合わせている。
「い、意外でした。もうそういう関係なのかと……」
「エルも……」
「うぅ〜……そんな目で見ないでくださいよぉ……わたしだって色々あるんですから……」
指を突合せてるソラの顔は乙女の顔そのもの。意外にも何事にも挑戦出来るヒーローガールは恋愛は経験不足だったらしい。しかし、そんな弱気なソラをあまり見ない二人はむしろ逆に興味を惹かれてしまう。
「もしかしてもしかして! なんか告白する計画とか立ててるの!?」
「ま、まさか、一度振られてるとか!?」
「それかそれか! ましろの方から来るの待ってるとか!?」
「そ、それは流石にダメですよソラさん! 思いは自分から伝えないと!」
「まままま、待ってくださいぃぃ〜!」
…………*
昨日のエルの構ってタイムは質問攻めを何とか乗り越えてお開きになった。普段誰にも言わないようなことを二人に話したおかげか心が少し軽い。
「いや……やっぱり話しちゃいけない二人に話してしまったような……」
そう考えていてももう遅い。何はどうあれあの二人が自分のことを言いふらすような人じゃないのは分かっている。
あれから、アンダーク帝国との戦いから三年。ソラはスカイランド城の精鋭部隊。ましろは高校へ進学と、二人は二人の道を歩み始めていた。それのせいで会える時間が少なくなって、ましろとの時間の尊さに気づいた。何も無い時にはましろの事だけを考えるようになってしまった。この気持ちに気づいたのはいつだろう。そんな事は忘れてしまった。気づけば好きになっていて、四六時中考えるようになっていた。以前は友達として最高の人だった。だが今は違う。隣にいて欲しい。そばにいて欲しい。独り占めしたい。と、そんな邪な考えだけが過ぎるようになった。
「ましろさん……」
見上げた空は果てしなく。青過ぎる。手をかざしても届かない掴めない光。ソラはきっとそんな人を思っている。
これは、とある二人の物語。
恋をしたヒーローともう一人の少女のお話。
…………
「虹ケ丘さん。一緒に帰ろう?」
「あ、うん。いいよ」
ふと窓際から空を眺めていたら、後ろから同級生が声をかけてきた。二つ返事で返すとカバンを持って廊下へ出た。
ここはソラシド市の高等学校。ましろが進学した高校だ。至って普通の高校に進学したましろはアンダーク帝国と戦っていた時とは違う。普通の学生生活を送っている。
「虹ケ丘さん、じゃあね〜!」
「うん! また明日!」
また明日。と自分の言葉を反芻する。そういえばソラちゃんにはもう言ってないな。同級生を見送った顔が暗くなる。また明日、より、次会える日まで、ソラを見送る時の言葉はそんなニュアンスの言葉が増えてきた。会える頻度はほんの少しずつ減ってきている。そこ度に段々と増えていくのはソラの事を考える自分。今どこで何をしているのか、怪我はしていないか、次に会えるのはいつなのか、どこを見てもどこにいても考えてしまう。
「ソラちゃん……」
名前を呼んでもそこには誰もいない。独りの帰り道。進学してから新生活に忙しいのもあってミラーパッドだけでの連絡が増えた。顔は見れるものの実際にそこにいるものとは違う。あれだけ毎日そこに居たのに今は違う。こんなにも焦がれている事を自覚した瞬間、ましろは何故か顔が熱くなった。
「うぅぅ……私、ソラちゃんの事好き過ぎだよぉ……」
誰にも話していない自分の気持ちは閉じ込めたままソラに会う度に気づかれたくないと、ついよそよそしくしてしまう。そんな日々がもう2ヶ月も続いている。せっかく休みの日に来てくれているというのに、どうも距離の測り方が分からない。こんな事を考えていたらあっという間にソラが来る週末になっていた。
…………*
「ソラちゃん、おかえりなさい」
「っ……はい。ただいま戻りました。ましろさん」
ましろに悟られないよう笑顔を作り手を振ると、後ろの客人もましろへ挨拶をする。
「やぁ、久しぶりだな。ましろさん」
「シャララさん!? どうして……?」
「いやすまない。諸事情でな。明日までだが滞在する事を許して欲しい」
シャララの困ったような笑顔を向けるとましろは途端に慌て出す。
「えと……それはおばあちゃんが……」
「シャララさん。話は聞いています」
そうこうしてる内にヨヨがやって来た。
「お部屋まで案内しますよ」
「ありがとうございます。急なお願いを聞いてもらってすみません」
「いえいえ、それよりましろさん。お鍋の様子は大丈夫かしら?」
「え? ……あ! お鍋!」
「あ、ましろさんわたしも手伝います!」
と、ましろとソラは家の中へ走り出した。二人の背中を見送ったヨヨとシャララは苦笑を浮かべて顔を見合せた。
…………*
昼食後の後片付けの時間。シャララが手伝うと提案するもましろは『お客様なので私がやりますよ』と、止められてしまった。綺麗に平らげたオムライスの皿を持っていかれ、入れ替わるようにあげはが食後の飲み物を持ってきた。
「どうぞ。シャララさん」
「あぁ。ありがとう。しかし相変わらず仲良しだな。あの二人は。こうして見るとむしろ姉妹に見えるよ」
シャララが嬉しそうに微笑むとあげはは少し神妙な顔になる。
「仲良し……だといいんですけどねぇ」
「? 、どういう事だ?」
「ちょっと、距離感が分からなくなってるみたいで。あの二人」
困ったような笑顔を向けるあげはを見てシャララは何かを察した顔になり肘杖をつく。
「……そうか、そういう事か」
「ソラちゃんから何か聞いてました?」
「いや、最近ソラがましろさんの話をしなくなっていたのを少しだけ気にしていたんだ。思い出話が無くなったのかと思ったが、そういう事か」
シャララの話によるとスカイランドでのソラは何処と無く心ここに在らずな様子で何をするにも上の空であったようだ。珍しくベリィベリーもシャララへ直々に相談に来るほどで考えすぎだと思っていたらしいが、どうやらそうもいかない様子。ソラは知らない所で本気で悩んでいたらしい。シャララは少し唸りながら考えるとあげはへ視線を返した。
「そうだな……少し話を聞いてみるのもいいかもしれない」
「中を取り持つってことですか?」
「いいや。悩みとして話を聞くだけだ。心の内に潜めてるものは言葉にした方が楽になる。相手に聞かれたくない話ほどな。あの子達は今、子供と大人の中間にいる。そのせいで互いの向き合い方が分からなくなっているのだろう」
「あるあるですね」
「私達はそれを分別する力があるが、彼女達にはまだ難しい。子供の素直さか大人の振る舞いか。相手に直接影響が出てしまうこと程、慎重になってしまうからな」
「子供みたいに素直でもいい、なんて簡単には言えますけど今のましろん達は難しく受け取っちゃうでしょうからね」
「では、私はましろさんを借りようか。ソラから散々話を聞かされているからな」
「じゃあ、私はソラちゃんですね。ましろんからずっと話を聞かされてますから」
言って二人は立ち上がる。
「ましろさん。少し良いだろうか?」
「はい、なんでしょう?」
「少し歩きたいのだが私はこちらの街並みがまだよく分かっていない。道案内が必要なんだ。どうか頼めないだろうか?」
「た、隊長! それならわたしが……」
「いいや、ましろさんに頼みたいんだ。どうだろう?」
「ぇ……ぁ……道案内で……いいなら」
「ありがとう」
「じゃあましろんは私とこーたいっ」
「うん。よろしくねあげはちゃん」
…………*
「…………」
真っ直ぐな目で皿を洗う手を止めているソラ。先程出かけたましろの事を気にしているのかずっと手が動かない。シャララと嬉しそうに扉を開けていたのが見えた。自分以外の他の誰かに笑顔を向けているのが面白くない。そんな感情がほんの一瞬だけ湧いた。
少しむんつけているように見えるソラ。あげはは小さく笑うとソラへ問いかける。
「手、止まってるよ。ソラちゃん」
「え!? ぁ……ごめんなさい……」
「ましろんとなんかあった?」
「っ! ……ぅぐっ……」
肩が上がってしまった。もう察せられたので顔を歪めてしまう。隠そうにも隠しきれないその思いはどうやら外面にまで出ていたらしい。
「やっぱりね。二人とも何かあったんだ。ははっ、ほんとわかりやすいなぁソラちゃんは」
「み、未熟です……他の人に悟られてしまうなんて……」
悔しそうに落ち込んで俯く。余程深刻な問題なのか珍しくソラの顔が暗い。ましろとの関係がこんなにも拗れるような事は滅多になかったはずなのに、最近の二人は互いに何かを隠している。それはまるで開いてはいけない扉。見られてはいけない世界。扉の向こうを見たいのか、その世界を知りたくないのか、今のソラはハッキリとしていない事だけは確かだった。
「やっぱり喧嘩?」
「いえ……そんなことじゃないです……」
それもそうかと、あげはは自分で納得する。喧嘩している割には話しているし、距離も近い。シャララの言う通り、傍から見ればいつも通りの二人だ。
「ましろんの事?」
「っ……!」
再度、驚いたように肩を揺らした。それと同時に顔を赤くする。あげははそれを見て確信した。二人の問題を。
「なるほどね。それは重大な問題だね」
「あげはさんっ!」
揶揄われたのを察したのか赤面のままあげはの方を向いた。しかしあげはは戯けて誤魔化した。
「でもそれは伝えて大丈夫なんじゃないの?」
「でも……あの時とは訳が違いますよ……あげはさん」
前に学校へ行くことになった時。その時もましろと一緒に居たい、とそう伝えた。だがそれはあくまでましろやエルを守る為。そして、自分がましろのいる世界に馴染めるようになる為、だが今は違う。ましろへの告白だ。二人の関係に関わるような話だからソラはずっと俯いている。
「う〜ん……そっか……」
あげはは唸り考える。
「あ! そうだ!」
「?」
「最高のシチュエーションなら用意できるよ。ソラちゃん」
「し、シチュエーションですか?」
「コレ見て」
と、スマホを差し出されその画面を覗くとそこに書いてあったのはソラシド市の夏祭りの記事。
「これは……夏祭りですか?」
「うん。皆で行こう? 楽しいお祭りで一緒に遊べば、きっと二人のモヤモヤもなくなると思うんだ。ソラちゃんとましろんが抱えてるソレって喧嘩とかじゃないんでしょ?」
「そ……そう……なんですが……」
俯くソラの顔。ましろも同じ顔をしていた。どうすればいいか分からないと言うよりはその先を心配している顔。普通じゃないと分かってはいる。当たり前じゃないのもわかっている。けれど、互いを思い合えているのならそれはきっと答えになる。
「だって……普通では……ないじゃないですか。女の子を好きになる女の子って……」
ソラの言葉にあげはは少し焦りを漏らした。確かに世間一般では男女の交際が普通だ。同性の交際はそうそう滅多な事じゃない。むしろ、蔑まれる可能性だってある。でも、二人の間にはそんな程度のことは意味もないほどに思い合ってるのも事実。あげははふっと頬を緩めると首を横に振った。
「ソラちゃん。それが怖いのも分かる、もしかしたらましろんが傷つくかもしれないってのも分かるよ。でも、そんなになるまで抱えちゃったら意味ないよ」
「……あげはさん」
「好きな人にはちゃんと好きだって伝えないと。後々、絶対後悔するよ。それは、ヒーローとしてどうかなのかなって私は思うな」
「ぅ……」
「確かに普通じゃないかもしれない。でも、好きだって気持ちは真実なんでしょ? だったら、自信持っていいんだよ」
「…………」
それでも浮かない顔をするソラにあげは少しお手上げ気味になってきた。あげはの言うことはわかっている顔。だが、まだ自分の中で納得が言っていない様子。その要因を作っているものはあげはには分からなかった。
「これを伝えたら……ましろさんを傷つけてしまうかもしれません」
聞いてみれば至極真っ当な悩み。告白というのは今までの関係とは違うものに成り代わってしまう。それが断られたとなれば尚更だ。最悪の方向に変わってしまった時の方が辛い。それでも、後押ししたいと思ったのはあげはの願いだった。
「私はそれでも、大丈夫だと思うよ。ソラちゃんが歩んできた道もこれからの行先も、きっとその隣にはましろんがいると思う。だって二人はずっと助け合ってきたじゃん。私達と一緒でも、二人きりでも。それでもましろんとソラちゃんは特別だからね」
「特別……」
「だから、私は二人は大丈夫だと思うよ。そんなに悩む事じゃないって」
あげはの真っ直ぐな瞳にソラも自分の目を輝かせる。
「いいんでしょうか、そんなことを望んで」
「もちろん! 少なくとも、二人を間を邪魔するものは何も無いと私は思うな」
「あげはさん…………わたしやってみます。ましろさんとちゃんと向き合いたいです!」
「よし! その調子だよヒーロー! それじゃまずはお皿洗いを終わらせるよ!」
「はいっ!」
…………*
ましろが提案したソラのランニングコースを散歩中、ましろはずっと抱えていた質問を投げた。
「それで、シャララさんはどうしてこちらに?」
「ん? あぁ、ちょっとした休暇だよ。働き詰めだとどうも言われてしまってね」
シャララの苦笑の顔を見るに誰に言われたのか想像するのも簡単だった。それと同時にシャララにつられてましろも苦笑する。
「忙しいんですか? スカイランドの方は」
「いや、言う程じゃない。ただ私の仕事を進めたがる癖が抜けないだけだ」
「そうですか」
そう言ってましろはまた前を向く。先程までの表情とは違う。ソラといる時は遠慮がちだった顔も今は普通の顔だ。シャララは少し探りを入れようとしたが、良い質問が思い浮かばない。だが、そんな遠回りな事をしても意味が無い。自然と会話に含ませる方がいいだろう、とシャララは話題を切り出した。
「ソラとはより仲良くなったんじゃないか?」
「え? あ〜……はい。そう、ですね」
「ずっとましろさんの話題を聞かされるよ。少し羨ましくなってしまうほどね」
「え、そ、そうなんですか? もぅ〜、ソラちゃんてば……」
「ソラにとって君は特別なんだろう。そう思えるよ」
「特別……」
その単語を口にした瞬間、ましろは俯いた。我ながら上手く切り出せたとシャララは思う。こうした心理戦もシャララの方が得意。素直なましろへは酷い手を使ったと考えるのもまた事実。
「私ってそんな感じなんですかね」
「私はそうだと思う。君の話をしている時のソラは特別顔が明るい」
「……」
「何かあったのかな?」
ここで本題へ切り替える。シャララの質問にましろは少し眉間に皺を寄せて頷くような首を横に振るような素振りをとる。
「多分……これは私の中の問題……なんだと思います」
「どういう事なのかな?」
「私……ソラちゃんの事……好き、なんです」
好きという単語を出した瞬間ましろの顔が一気に暗くなった。普通は逆に明るくなるはずなのにましろは沈んでしまった。本人曰く、その気持ちに気づいたのはごく最近のこと。ソラが自分以外の他の誰かに囲まれているのを見た時、それとは違う心が現れたと言う。しかし、それを持つのは醜いと感じてソラへ引け目を感じていると言う。
「それは良い事なのではないのかい?」
「私にとっては……そうだと思います」
ソラに対する思いは人としてごく自然な事。けれどその思いを告げた時、ソラの世界とましろの世界はきっと一変する。普通の友達では無くなってしまう。ソラへ振り向こうとしてその瞬間をずっと自分勝手に見逃してずっと逃げてきた。取り返しがつかなくなる前にこの気持ちだけはどうにかしないといけない。ましろの心を縛り付けているものはソレだった。
「逃げてばっかりの私にあの子を好きになる資格なんてないですよ……」
偽ってばかりの自分を見せてしまった。ソラから来てもずっと逃げてきた。その優しさが、眩しさが怖くてずっと逃げてきた。隣に立ってもお互いに何を考えているのか分からない。そんな現状に。
「それでも、ソラは君へ手を伸ばしているように見えるな。私には」
「え……?」
「君がそんなふうに辛そうな顔をしているのだから、ソラは手を差し伸べたくなるものだろう? 互いの気持ちを言葉にしていないのなら通じ合わないに決まってる。私達はテレパシーを使える訳では無いからね」
「それは……そうですけど」
「逃げ続けた自分が汚れているのだと思うのなら、向き合わないといけないよ。ソラにも、そんな自分にもね」
「……」
「自分の価値は自分で決められる。けれど、それは決めつけになってはいけない。あくまで自分の基準を作るだけだ」
「私も、望んでいいんでしょうか……今もこんなに幸せなのに、これ以上なんて……」
俯くましろへシャララはしっかりと頷いた。
「君達はその年齢でその年齢らしからぬ経験をした。だから、君達にはこれからどうか生きて、笑って、泣いて、経験して欲しいんだ。少しでも多く。その歳で誰かに暴力を振るう事を、戦う事を、知ってしまった君達にはこれから普通の女の子としての経験もして欲しい」
「でも……私が好きなのはソラちゃんです。女の子が女の子を好きになるのはきっと……」
「それもまた経験だ。隣に立って欲しい人が必ずしも異性である必要はない。好きなんだろう? ソラの事が」
シャララの好きという言葉にましろは顔を赤くした。だが、今度は俯くことなど無い。疑心暗鬼にシャララに向き合った。まるでそれ以上言わないでくださいと訴えるように。
「それでいい。今はそれでな」
別に逃げているわけじゃない。シャララは付け足してましろの前を歩き出した。後を追うようにましろも続いた。その時のましろの顔は少し晴れていた。
散歩も終盤に差し掛かり夕暮れになってきた。すれ違う人々が浴衣姿に変わっている。シャララは首をずっと傾げていた。
「あれは……なんだろうか?」
「あ、それは今日の夜に始まるソラシド市の夏祭りですね。皆で行こうってあげはちゃんと話してたんです。シャララさんも一緒にどうですか?」
「いいのか? では、お言葉に甘えるとしようか」
「はいっ!」
…………*
「わぁ! ましろ綺麗っ! それ新しい浴衣?」
「うん、ありがとうエルちゃん。エルちゃんの浴衣も似合ってるよ〜」
「えへへ〜」
純白の浴衣を身にまとい、天使のような笑顔を向ける。それとは裏腹にソラはそんなましろを見つめられずにいる。胸の高鳴り、自分への嫌悪、独占欲、自分の醜さ、色々混ざって後ろめたさを感じるからだ。
「ソラちゃん」
「っ……はい、ましろさん」
正面を向いても目が泳ぐ。それはましろも一緒だった。髪を弄りながら、浴衣……どうかな? 、と目線を送ってきた。いやにましろが積極的でソラはいつも通りになれない。せっかくあげはがきっかけを作ってくれたというのにどうも臆病になる。
「凄く似合ってますよ、いつもより綺麗に見えます……」
「本当に? ありがとうソラちゃん。ソラちゃんの浴衣も似合ってるよ」
「はい、ありがとう……ございます……」
向けられた笑顔ですら今は少し不快に感じる。心に引っかかるこのトゲが無くならない限りはずっとこうなのだろう。この時のソラにはましろが何を考えているか一切分からない。揺れ動いたこの鼓動。今もしましろへ伝わったらどんな顔をされるのだろう。その笑顔は消えるのか、それとも膨らむのか、ソラはただただ純白の天使の笑顔を呆然と眺めることしか出来なかった。
…………*
「さぁ、着いたよ〜!」
「わ〜い! お祭り〜!」
「凄い人ですね。去年よりも多いのではないですか?」
「うん。今年は花火に力を入れてるみたいだから観光客の人達が多いのかも」
エルとツバサがあちこち見回しながらどんどん前へ進んでいく。あげは達はついて行くのが精一杯だった。はぐれないようにツバサとあげはとエルはしっかり手を繋いでいる。
「エルちゃん何食べる?」
「チョコバナナ食べたい! シャララも行こう!」
「えちょ、プリンセスッ!? ちょっと!」
楽しそうな皆を他所に、ソラの気分は上がらない。今は皆よりも一歩引いた距離を歩く。なぜだか、前にもこんなことがあった気がする。その時もたしか、気持ちを素直に伝えられなかった。いつまでも変わらない未熟な自分に嫌気がさしてため息を一つ零すソラ。そんな中、ましろがソラへかき氷を持ってきた。
「はい。ソラちゃんの分」
「え、いいんですか?」
「なんだかさっきからあんまり話さないから。美味しものたべよう?」
「あ……はは、ありがとうございます、ましろさん」
手渡されたイチゴ味のかき氷。ましろが食べるソーダ味のかき氷。一口食べると冷たい甘さが広がった。だが、この気持ちは晴れることなく、この熱は収まることは無い。美味しいね、と微笑みかけてくれたましろへ上手な返しが出来ただろうか。二人は歩を進めエル達を追いかけていく。
こうしてる間にも着々と花火の時間が迫っている。お祭りの最後の演目が花火になっていて、その時間が終わればまたいつもの日常に逆戻り。あと10分。自分が決めた事を行える時間まで、迫るタイムリミット。
「っ!」
「ソラ……ちゃん?」
「わたしとっ……来てくれませんか?」
「ふぇ……?」
覚悟を決めて咄嗟に掴んだ腕を引き、少し真剣な顔で見つめる。さっきまでの迷いのある顔ではない。何か真剣な顔。
「伝えたい事があります」
「う、うんっ」
「なら行きましょう」
ましろの手を引き、あげは達の事など気にすること無くその場を後にする。焦っているような急いでいるような、けれど強くは引かない。痛い力で引っ張ることなく離したくないと掴み続ける。手の握り方を忘れた大人のような、むんつけた子供のような導き方。
手を引かれながら、ましろの目に入るのはソラの背中だけ周りの背景など見えずひたすらのソラの後ろ姿を目で追っていた。不思議と惹き込まれるその見えない表情と背中。嬉しいような怖いような、耳まで赤くしたソラを見てましろも引かれて赤くなる。これから先の事を想像してしまう。
…………
「ここです」
そうしてたどり着いた先は人気のないベンチが一つ置いてあるだけの場所。花火の時間まであと5分。意を決して連れてきたはいいが、ましろは何を伝えられていないから何も分かっていないような表情。だが、嫌がるような素振りもない。むしろ、何かを待っていたような表情。ソラはそれでも、とましろへ面と向き合った。
「ましろさん、わたしの話……一方的な話なんですが、聞いてくれますか?」
ソラが先に話題を切り出した。不安そうな顔を見せられるがましろは微笑んで頷いた。これから話す事がなんであっても向き合うと決めた。ソラ気持ちを知りたい。ましろの気持ちを知りたい。二人の間に嘘はなかった。
「うん。私もソラちゃんと話したい。だから聞かせて欲しい」
それと同時に始まった打ち上げ花火。二人は一度花火へ視線を送り再び顔を見合わせる。話題は思い出話。今まで起きたこと、そしてスカイランドで自分が何をしていたのか、ミラーパッドでの連絡では話しきれないことを話した。その話をしている時のソラの柔らかな表情にましろも自然と口角が上がっていた。二人でゆっくり振り返る。アンダーク帝国との戦いを、お互いに出会ってからどんな風に成長したかを。そして、お互いがお互いを想いあっている事を。
ソラがましろを好きであるという事は変えられない事実である事を。
全てが終わったあの日から千の夜をこえて、ようやく見つけ出した自分の答え。とても単純で当たり前な事。ソラは自分の胸に手を添える。少しだけ鼓動が加速しているのがわかった。でもそれは動悸じゃない。心が昂っている証拠なのだ。
「本当に色んなことがありましたね。それもこれもあっという間に」
「ほんとだね。そらちゃんと出会ってから退屈な日なんてなかった気がするよ」
視線を合わせて再び自覚する。ソラの中にある恋心。純粋な好きという気持ち。誰にも変えられない真実。
「だから、気づいたんですわたし。その中でもっと大切な事に」
「大切な事……?」
確かに今それを言葉にするのはとても怖い。でも、それでも、伝えなくてはいけない。この気持ちは絶対に嘘なんかじゃないから。
ましろが小首を傾げるのを他所に、ソラはすぅっ……と、息を深く吸い込みましろへ向けてまっすぐ姿勢を正してしっかりと目を見据える。
「ましろさんっ! わたしは、あなたの事が好きですっ! だからっっ……わたしの恋人になってくださいっ!!」
相手の目をしっかり見据えて一世一代の告白。自分で見つけた一番素敵な事。ソラは打ち上がる花火の如く胸を高鳴らせ言葉を紡いだ。これ以上もこれ以下もない。隠すことも無い。ただ真っ直ぐに嘘偽りの無い言葉を伝えた。
「……」
のだが……ましろは突然の事に目を見開いているだけだった。タイミングも何もかも完璧だったはずだ。とソラは今までのシチュエーションを反芻する。どこに不備があった? 欠陥があった? じわじわと脂汗を滲ませると、一拍遅れてましろが吹き出した。
「ぷっ……ふふっ……ソラちゃん真っ赤で変な顔っ……っっ……」
「なっ!? そこで笑っちゃうんですか!?」
「あっははは! だぁって、あんまりにも真っ直ぐなんだもん」
ひとしきり笑った後、ましろは涙を拭い見つめ返した。
「本当に、真っ直ぐだよソラちゃん。さすが私のヒーローさんだよ」
「ましろさん?」
ソラがましろのセリフに困惑していると、ましろは微笑んでうん、と頷いた。
「私も、ソラちゃんと同じ気持ちだったんだ。でも、言えなかった。言ったら違う世界になっちゃうんじゃないかって不安だったの。ずっとこのままじゃいられないんじゃないかって。でも、私もソラちゃんとちゃんと向き合いたかった。それなのに先を越されちゃったよ」
「ましろさんも……ですか?」
「うん。でもそんな不安も無くなっちゃった。だって、こんなに真っ直ぐな告白されるんだもん。ありがとうソラちゃん。私も、ソラちゃんの事が好き。大好きだよ」
「ましろ……さん…………ぁ」
涙を浮かべる程笑ったその笑顔は、どんな花火よりも華やかに咲く笑顔。ソラは再びましろに恋をしているのだと思い知らされた。それと同時に受け入れて貰えた事に喜びを感じて目頭が熱くなった。違和感を感じながらも瞳から落ちてくる雫を止められなかった。
「ソラちゃん?」
「いや、その……っ……ごめんなさ……っ……なんか……っ、急に……っ……」
ましろへ想いを告げることをどれだけ恐れていただろう。自分の想いを伝えて、もし相手を傷つけることになってしまったらどうしていただろう。向き合いたいのに素直になれず、真っ直ぐに相手を思いやれない日々が続いていた。そして、挙句自分勝手に独りぼっちは嫌だと、隣にいて欲しいと、泣き出してしまった時は心が折れそうにもなった。そんな自分の心を無傷のままで相手を愛そうとしたソラ。
千の夜をこえて、ようやく伝えたこの想い。
ずっとずっとましろも待っていた。
ずっとずっとソラも伝えたかった。
互いの思いは重なっていたが、それのせいで互いが見えなくなっていた。だが違った。重なっていた想いに気づけなかっただけだった。しっかり言葉にして伝えるだけだったのに、こんなにも長い時間をかけてしまった。
必死に涙を拭うソラの手を、そっとましろは自分の手と包み込んだ。
「伝えてくれてありがとう、ソラちゃん。これからは友達じゃなくて、恋人として、末永くよろしくね」
「っっ……はい……はいっ! ましろさ───」
柔らかく、穏やかに、優しく塞がれた。やってきたのは夏を感じるソーダの味。花火で照らされたましろは少し照れくさそうにはにかんだ。
「これは、私からの返事。受け取ってくれてありがとう。ソラちゃん」
感極まって、止まりかけた涙がまた溢れてきた。
幸せの鐘のように咲き誇る花火。そして二人はそのまま花火が終わるまで、その日が終わるまで、繋いだ手は離さなかった。
結んだ掌は暖かに、優しい光が灯る場所。
夜空へ浮かんだ星々が二人の時間を作りだす。
これは、ひと夏の思い出。
素直に向き合えないヒーローと、素直に向き合いたい少女の瞬く千の夜をこえた一夜のお話。
二つの愛が芽生えた、儚い夜明けの果ての話。