※この作品はR-18です。

プリキュア SS   作:扇 漱真

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プロフィールです。ほぼ一次創作みたいになっちゃった。

ソラ・ハレワタール(学校では一応、晴渡 ソラと名乗っている)(17歳 吸血鬼)

『青の護衛隊』3番隊隊員。十歳の時に入隊し、訓練を続けていた。ソラシド市で起きたビル倒壊事件『エンジェルフォール』の被害者の1人。その事件で親を亡くし、親族も県外に居ることから『青の護衛隊』の司令であるシャララに引き取られ、その後は一緒に暮らしている。エンジェルフォールのような事件を二度と起こすまいと、正しい秩序を守る為に日々精進している。シャララの事は施設内では「司令」、プライベートでは「お母さん」と呼んでいる。

『青の護衛隊』の中では近接戦闘はトップクラスに強い。標準装備である『多目的特殊装甲展開装置【ガントレット】』を完璧に使いこなせている。本人はまだまだだと明言しているが、ソラ程の実力者は護衛隊の中にはそうそう居ない。とシャララは絶賛している。それ故にソラが使うガントレットには特別機構があり、両腕のガントレットを合わせると自分の身長を越えるほどの大剣を作ることが出来る。護衛隊の技術開発が作った特注品である。

今回の件でましろとは半同棲を開始。最近はましろの血を吸う事を躊躇い、自分で苦しんで欲しくないとましろに怒られる。



虹ケ丘ましろ(17歳 人間)

ソラシド高等学校に通う普通の華の女子高生。勉強もスポーツも家事もそつなくこなす普通な子。『エンジェルフォール』の被害者の1人。この事件の後、夜な夜な怖い夢を見るようになってしまった。だが、ソラとの出会いにより運命が変わる。自分が死ぬかもしれない状況でも動じなくなっていく。ソラにちょっと怖いって言われてる。

両親は海外勤務、アパートに一人暮らしをしていて、管理人のおばあちゃんとは大の仲良し。幼馴染のあげはとは小学校から同じ。面倒みの良い姉のような存在。

今回の件でソラとは半同棲を始めた。最近の悩みはソラが血を吸う事を我慢して飢えた状態で血を吸われながら抱き潰されること。首にはキスマークと噛み跡がびっしり。付けちゃダメとはあまり言わない。


シャララ・アナカラー (吸血鬼 36歳)

『青の護衛隊』の司令を務めている女性。『エンジェルフォール』から一人になったソラを引き取り女手一人で育て上げた。ソラの要望にはなるべく答え、なるべく一緒に居るように努力してきた。その甲斐あってかソラはシャララを慕うようになり、シャララの背中を追うように成長してくた。そのおかげが、ソラの事になると少し面倒くさくなる。卒業式に出席すると必ず泣くタイプ。

この世界での『青の護衛隊』は警察の公安課と同じ動きをする。しかし、吸血鬼関連の事件は全て回される。



あげは (人間 18歳)

ましろの幼馴染。ソラシド高等学校三年生。福祉科。

アリリ

『青の護衛隊』の副司令。陰ながらシャララをサポートする。


ソラまし 吸血鬼パロ 『その牙は思いに飢えて』

その時、私が見ていた月の空。その日の月はとても紅くて綺麗だった。だから、この出会いはまるで仕組まれていたかのような展開だった。でも、この全てが偶然だったとしても私は多分、この運命からは逃れられないと思っていた。

 

「ソラ…ちゃん。君は…」

 

目の前にいる吸血鬼がそう言っている。

 

「やはり、貴方が…『そう』でしたか。ましろさん」

 

これはとある人間ととある吸血鬼の物語。

 

・・・・・・*

 

「行ってきます。パパ、ママ」

 

この世界には、『人種』が存在する。

それは『吸血鬼』と『人間』。この二種類がこの世界に混在している。『吸血鬼』はどうやらこの世界とは別の世界からやって来たらしい。けれど、悪い人たちという訳ではなく、私達『人間』と共存している。

 

「行ってきます、おばあちゃん」

「はい。行ってらっしゃい。ましろさん」

 

普通吸血鬼と聞いたら人間の血を吸って生きているなんて事も思う人が多いけれど、何故だかこの世界の吸血鬼の人達は生き物の血を吸わなくても生きていけるらしい。どういう原理かは学校では教えてくれない。社会に出ても関係ないって先生は言ってた。

 

「あ、おはよう〜、ましろん」

「おはよう、あげはちゃん」

「今日も可愛いね〜」

「もう、冗談はよしてよ」

「いやいや、ホントだって。あ、お疲れ様です〜」

「おはようございます。今日もご安全に」

「ありがとうございます」

 

そして、もう一つ。この世界には警察とは別に吸血鬼の人達だけで構成された『青の護衛隊』というものが存在する。実際の活動は何をやっているのか分からない所だけど、なんだか警察の人達と連携して街の治安を守っているのだとか。

私も昔、この『青の護衛隊』に助けられた事がある。あれはなんの事件だっただろうか。確か、ソラシド市の名物になるはずだった『ソラシドエンジェルビル』が倒壊してそのビルから落下していた所を助けてもらった、みたいな事をパパから教えてもらったような気がする。幼い頃の記憶だからかなり曖昧でほとんど覚えていない。

その事件は『エンジェルフォール』と呼ばれて、史上最悪の事件として名を残している。犯人は吸血鬼の人達。ビルを占拠してこの世界への不満を吐き出していたらしい。って言われてる。何はともあれこの事件のおかげで、『青の護衛隊』が出来上がったんだって。

 

「三年生は明日から実習だっけ?」

「うんそうなの〜。あぁんしばらくましろんと会えなくなるの寂しい〜」

「あげはちゃん、県外に行っちゃうもんね。頑張って」

「一週間なんて長いよ。せめて二日がいい〜」

「あはは…」

 

いつもの調子のあげはちゃんに私は苦笑を漏らす。校門前へたどり着き、ちょうどよくチャイムが鳴る。今日も何も無い平和な一日が始まろうとしていた。

 

・・・・・・*

 

「失礼します」

 

冷たい鉄の扉を開ける。その部屋はとても張り詰めていて部屋に入るだけで自分の背筋がピン、と引っ張られてしまう程に緊張する。それほどの重要な要件で呼ばれたわたしは今にも声が震えてしまいそうだった。

 

「来たか、ソラ」

「はい。青の護衛隊 3番隊 ソラ・ハレワタール、到着しました」

 

パソコンの画面を閉じ、バインダーを置く所作だけでこの人の威厳が見える程に高い存在。そう、この人が『青の護衛隊』総司令のシャララ司令。

 

「急に呼び出してすまないな。君に任務の司令が出た」

「任務?わたしはまだ単独では行動出来ないハズですが…」

「あぁ、だが、今回は潜入任務。君の様な年齢の者なら好都合なんだ」

「はぁ…して、その任務とは?」

「『エンジェルフォール』の生き残り。それを見つけた」

「っ…!?」

 

『エンジェルフォール』。その単語を聞いただけで心臓を掴まれた気分になった。史上最悪の吸血鬼災害事件。それを発生させない為に我々が結成されたと言われる程の大事件の生き残り。そんな者がまだ居たなんて想像もしていなかった。しかし、わたしもこの事件に巻き込まれてシャララ司令に助けられた身、その恩返しをする為にこの部隊へ入隊した。

 

「お前、また恩返しなんて考えてるな?」

「へぇ!?い、いやそんなおこがましい事は微塵も…」

「ふふっ、分かりやすいな。相変わらず。昔の事は気にしなくていいと何度も言ってるだろう」

「そ、それは出来ません。助けてもらったこの命、恩を返すために全力で使います!」

 

わたしの言葉にシャララ司令はポカンを口を開けてしまった。な、なにか変な事を言ったでしょうか?わたしは結構当たり前な事を言ったつもりなんですが…。

 

「あっははは!そうか、そうだな。お前はそういうやつだ。ならばこの任務。受けてくれるな?」

「はい。ソラ・ハレワタール、その任務を了承します!」

 

・・・・・・*

 

「は〜い皆席に着いて、ホームルーム始めるよ」

 

担任の先生が教室へやってきた。私も皆も席に着いて先生も教壇に立つ。

 

「ホームルームの前に、急で悪いんだが転校生を紹介する」

 

先生の一言に教室中は歓喜の声を上げた。

 

「ええ!ほんとに!?」

「どんな子ですか!?」

「イケメン!?」

「可愛い!?」

 

皆の湧き上がる声に先生もタジタジで待てと静止するように手を上げた。

 

「今回来た子は、田舎から上京してきた子だからあんまり詰め詰めに質問すんなよ〜。さ、入ってきて!」

「し、失礼しますっ!」

 

少し大きめな声と共に入ってきたのは私と同じ身長ぐらいの青髪の女の子。サイドに髪をまとめていてその立ち姿はちょっとぎこちないというか固いというか、緊張してるのが分かりやすく伝わってくる子だった。

 

「ソ、あ、晴渡ソラ、と言います!よろしくお願いしますッ!」

 

深々と頭を下げてなんて礼儀正しい子なんだろうって思ったその子の瞳はこれからの学生生活に輝いていた。なんだか、新入生を見ているようで私もつられて微笑んでしまった。

 

「んじゃ、席は〜…虹ケ丘の隣な」

「は、はいっ!」

 

先生が私の方を指差すと、ちょっとロボットみたいな動きで私の隣にやってきた。緊張してるのが表情もちゃんと固い。

 

「よ、よろしくお願いします」

「うん、よろしく。晴渡さん」

 

・・・・・・*

 

そこから授業が流れていってお昼の時間。晴渡さんも一緒に食べようと誘って屋上へ連れて行った。向こうの学校じゃあんまり皆で食べるって言うことをしなかったとかで、まだ緊張していた様子だった。

 

「そういえば自己紹介、まだだったよね?私、虹ケ丘ましろ。よろしく」

「はい、改めまして、わたしは晴渡ソラです。よろしくお願いします」

 

そう言って、握手を交わした。大きくて暖かな掌。よく見ると瞳は青色で真っ直ぐな眼差し。なんだか、正義感に溢れてるようなそんな気がした。

円を囲むように並んだ皆が晴渡さんへ挨拶していく。一人一人丁寧に挨拶を返す晴渡さんはとっても律儀だ。しかも嬉しそう。前の学校で、あんまり友達が居なかったようでこんなに挨拶されたのは初めてです。と照れてしまっていた。

 

「晴渡さんはどうしてこっちの学校に?」

「えと、色々事情がありまして…」

「も、もしかして聞いちゃいけなかった?」

「いえ!そんな事は無いです!『エンジェルフォール』関連の話なので…その手の事件の支援を受けられるこのソラシド高等学校に来たってだけで…」

「出たその事件。この市町、あの事件の近辺だからって被害者支援するようになったんだっけ?」

「アタシ達は当時全然違う所に居たから分かんないけど、ビルが倒壊したんだっけ?」

「そうそう、凄い人がそのビルから落ちたとか」

「そして、吸血鬼の人達が意図的に起こしたんだよね」

「本当に酷い事件でした…」

 

晴渡さんが暗くなって俯くと皆は慌て始める。

 

「ご、ごめん!晴渡さん!そんなつもりじゃ…!」

「そ、そうそう!今はそのおかげでアタシ達出会えたんだからさ!」

「『エンジェルフォール』…」

 

確かその事件の時、私はそこに居て、誰かに助けられて、今もこうして生きている。

 

「私もその事件の時、そこに居たんだよね…」

「え」

 

晴渡さんの目の色が変わった。まるで獲物を見つけた獣のように、探していたものが見つかったかのように。学生とは思えない目力に私は少し狼狽える。

 

「それ、詳しく聞いていいですか?わたしもあの事件にいたんです」

「う、うん。いいよ。あんまり覚えてないけど…」

 

 

・・・・・・*

 

 

手がかりのような物は見つからなかったが、『エンジェルフォール』の被害者は見つけることができた。あの『虹ケ丘ましろ』という人がシャララ司令が言っていた、生き残りなのだろうか。

話を聞いて分かったこと。あの人の名前は『虹ケ丘ましろ』さん。ソラシド高等学校二年生。親御さんは海外で働いていて、今は祖母が管理しているアパートで一人暮らしをしている。『エンジェルフォール』の事件の時は五歳。今が十七歳だから、十二年前。ほとんどわたしと同じだ。

あの時助けられたのはわたしだけじゃなかったんだ。でも、ましろさんはあくまで被害者。身元を調べても吸血鬼じゃない。むしろ狙われる側の人だ。なら、ましろさんは『天血者』という可能性がある。なら、シャララ司令が言っていた『生き残り』の意味が分からない。吸血鬼特有の血の匂いもしない。やっぱり『天血者』なのかな…。でもだとしたら、採血して施設で調べないと何も分からない。とりあえず、今日の事をシャララ司令に話して、わたしの意見を言おう。

その後のことはシャララ司令に───

 

「晴…さ…」

「でも違う可能性も…」

「晴渡…ん!」

「だとしても…」

「ソラちゃん!」

「ふぇ!?」

 

しまった、自分の考え事に夢中になってた!?ましろさんに呼ばれているのに気づかなかった。えと、なんだっけ?放課後に学校の案内してくれる約束をしていたような。

 

「は、はい!ましろさ……っあ、に、虹ケ丘さんっ!」

「え、あぁ…ふふっ、「ましろ」でいいよ。名前で呼んでくれた方が分かりやすいんだよね。私」

「あ、なら…ましろ…さん。それならわたしの事も名前で呼んでいいですよ。苗字はなんだか慣れなくて」

「そうなんだ。じゃあよろしくソラちゃん」

「っ…!」

 

そよ風に絆され、夕焼けに照らされたその笑顔にはつい目が惹かれてしまう。なんて眩しい人なのだろう。こんなに笑顔が眩しい人も『エンジェルフォール』の被害者だなんて信じられない。辛い過去があったろうに、どうしてこの人はこんなに明るいのだろうか。

 

「放課後の約束、覚えてる?」

「は、はい。校内の案内ですよね。お願いします」

 

 

・・・・・・*

 

 

「で、ここが放送室。うちの学校は───」

 

まずい…会話が頭に入ってこない。あの事件の生き残りの吸血鬼が居るとするなら必ず人の血を欲して襲いに来るはず。しかもそれは、普通の人間の血じゃない。『天血者』の血だ。そう呼ばれる人達の血は吸血鬼に特別な力を与えてくれるらしいけど…わたし自身血を飲んだことないから分からない。

そもそもそういう人間がホントにいるのかどうかも分からない。現代の吸血鬼は生まれながらに特効薬を摂取する。それは陽の光の下でも生きられて、血を飲まなくても生きられるようにする為の薬。その効力が何らかの影響でなくなり、暴走したと言われてるのが『エンジェルフォール』の犯人の吸血鬼達。その生き残りが居て、事件を起こしたのだとしたら何かしら証拠は出てくるしこっちの捜査でも何か引っかかるはず。それなのに───

 

「ソラちゃん?聞いてる?」

「え、あ、ご、ごめんなさい!聞いて…ませんでした」

「大丈夫?転校初日で疲れちゃったのかな?」

「っそんな事ないですよ。ただあちらこちらに目が忙しくて…」

 

惨めな言い訳を並べながら焦って目が泳ぐ。こういう状況わたしが一番苦手な状況、心理戦はまだ慣れてなくて察せられないように誘導するのはまだ未熟でどうしようもない。ましろさんはずっとわたしを見て固まってる。

まずいまずいまずい。これ以上怪しまれると色々と…

 

「そっか、なら少し休憩しよっか」

「へ?」

「え?」

「あ、あぁ!はい!お願い………します」

 

なんか一人で勝手に舞い上がって慌てて…馬鹿みたいだ…。

 

・・・・・・*

 

「はい。どうぞ」

「あ…ありがとうございます…」

 

その後は学校の自販機のある広場に移動して、買ってきてもらった飲み物を受け取り申し訳なく思いながらましろさんを見つめ返すと彼女は微笑んで頷いてくれた。

 

「色々いきなりだったからびっくりだったよね」

「ぁ…いえ、そんな…」

 

あまり慣れていない。同年代との交流。いつもは教官がわたし達を指導してくれて、その間に交流なんてものはなかった。守る為、戦う為の技術を学んで来て訓練生との間なんてただの競争相手。手を取り合うよりも、出し抜いて潰し合う仲だった。だから、こうして面と向かって話をされるとまだ緊張してしまう。

 

「ましろさんは凄いですね。あんな事件があったのにそんなに元気に暮らしていられるなんて」

「う〜ん…実はそうでもないんだけどね」

「え?」

「あの事件の日からよく怖い夢を見るようになっちゃったんだ。もし助けて貰えなかった時みたいな夢」

「……夢ですか」

「うん。私もそんなに強くは無いよ。怖いものは怖いし、痛いものは痛い。あの時だってただ助けてって泣いてたばかりだし、自分じゃ何も出来なかった」

「……」

 

怖いんだ。ちゃんと。それなのにクラスの皆からは信頼されてて、常に笑顔が絶えない。そんな人なんだ。

 

「あの時…何も出来なかったのはわたしも同じです。怖くて何も出来なくてずっとその場で立ち尽くして泣いてました。わたしの家族はその事件で亡くなってしまって、今まで育ての親代わりをしてくれた人達の所で暮らしてました。上京を機に一人暮らしになったんですが」

「ソラちゃん…」

「でも、あの時わたしを助けてくれた人…ヒーローが居たんです。だからわたしはその人みたいになりたい。みんなを助けられる人に。理想論だってのはわかってます。でも、そうでもないと、この命が無駄になってしまう。何のために生きていて、ただ道を歩くだけじゃダメなんだって。そう思うんです」

 

シャララ司令がわたしを助けてくれた。だからわたしはあの人を目標にして、あの人の様に生きたい。そうすれば、きっと父さんも母さんも、生き残ったわたしを誇りに思ってくれるはず。そう信じてる。

 

「………そっか。凄いねソラちゃん。志って言うのかな。生きる目標があるんだね」

「そんな大したものじゃないですよ。わたしがただ一人で言ってるだけですから」

 

 

「それなら私は何にもないままで生きてるって事になっちゃうかな」

 

 

ポツリ、とましろさんが呟いた言葉はわたしの世界を停止させた。思い返せばそうだ。今の今まで自分語りをして勝手な押し付けるような言い方をしていた。同じ体験をしたが、違う境遇で育ったわたし達。志も、思いも、環境も、何もかも違う。だから今のましろさんの言葉でわたしは全身に冷や汗と鳥肌が立った。

 

「い、いえ!違います!そういう意味で言ったんではなくて!わたしは───」

 

必死に弁解しようにも既に後の祭り。ましろさんは下を向いたまま肩を震わせている。

 

「っ…っっ…」

「で、ですからこれは…その…言葉の彩というか…」

「ふふっ…ふふふっ…」

「……ましろさん?」

「あっはははは!ソラちゃん、慌て過ぎだよ〜!」

「え…?え…?え、え?」

「ごめんごめん。今のはソラちゃんを立てようとしたの。自分を卑下しただけ。だってソラちゃん、同年代との会話あんまり慣れてなさそうだったから」

「はぇ…?」

 

勢い余って立ち上がっていたわたしは再びその場にへたり込む。

 

「ソラちゃん、本当に田舎っ子なんだね」

「ヘ…ハイ…ソウデス…ハイ」

 

いたずらに笑う彼女の顔はとても少女らしい顔で、わたしには少し眩しいものだった。この人が人を魅了をする理由が少しだけ分かった気がする。こんな簡単に誰とでも打ち解けられるのだろう。自然体で話してくれるのだろう。もう友達の作り方すら忘れたわたしにこんなにも。

 

「ごめんねソラちゃん。ほらほら立って」

「はいぃ…」

 

手を引かれてゆっくりと立ち上がる。わぁ…お手手綺麗で柔らかい…顔綺麗…。

 

「もう大丈夫そう?」

「はい…大丈夫、デス…」

「も〜ホントに〜?」

 

おかしくて笑っちゃう、と彼女はまたはにかんだ。同性なのにこんなにも惹かれてしまう。まだあって一日も経ってないのに、これ男性だったらわたしもうイチコロですよ?いや今もなんですが。

 

「じゃあ、改めて。ソラシド高等学校へようこそ。ソラちゃん。これから友達としてよろしくね」

「友達…いいんですか!?友達として!」

「うん。もちろん。席も隣だし困った事があったらなんでも言って。出来ることがあるなら協力するから」

「あ、ありがとうございます!ましろさん!わたし友達って、初めてで…」

 

初めての友達。しかもちゃんとした同年代の友達。な…なら、ちゃんと言っておかないといけないことがある。

 

「あ、あのましろさん。実はわたし、吸血鬼側の人間でして…」

「うん。知ってるよ?」

「ぅえ!?」

「何となくそんな気がしてた。人に慣れてなさそうだったから。でも関係ないよ大丈夫」

「えぇぇ……そんなあっさり…」

 

 

・・・・・・*

 

 

それからというもの。ましろさんのおかげで学校の人達とも打ち解けられ、自然と会話できることが多くなった。

このソラシド高等学校の全校生徒の一割は吸血鬼。それも普通家庭で生まれた人達。本当は細分化されている別々の学校にされる事が多いのだが、このソラシド高等学校だけは特例で少数の吸血鬼の生徒の受け入れを可能にしている。それもこれも、学校側と警察、青の護衛隊との連携があってこそ。新しい時代を開ける学校となるのだろう。

 

「ソラちゃん。ちょっといい?」

「はい、なんでしょう?」

 

放課後、帰り支度をしているとましろさんから呼び出されてついて行ってみると、とある資料室に着いた。扉を開けると大きなダンボールが幾つも置かれている。

 

「もしかして、片付け頼まれたんですか?」

「そうなの〜。でも一人じゃ厳しいからお願い!手伝って!」

「もちろん!力仕事は任せてください!」

「ホントに!?じゃあ、お手伝いお願いします」

「はいっ!」

 

そう言って、私もやるぞ〜、と髪をまとめ始めたましろさん。ポニーテールから覗く綺麗な項はなんだか見てはいけないものを見ているような気分になってしまった。

 

「ん?どうしたの?」

「い、いえっ!なんでもありません。これを運べばいいんですよね?」

「そう。上の棚にお願い」

 

転校初日から数日。この学校の中では特に異変などは起きていない。少しシャララ司令の勘を疑い始めてきた。偶然にもその事件に居合わせた『ましろさん』に出会いはしたが、それっきり、聞き込みしても、当たりを探索しても、学校を調べても、以前『エンジェルフォールの生き残り』の吸血鬼の手がかりなんて何も無かった。

潜入捜査は地道な作業。明日はシャララ司令への定期報告の日だから、報告内容はまとめておこう。

 

「痛っ…!」

「え、ましろさん?」

「ごめん、紙で指切っちゃったみたい」

「大丈夫ですか、今絆創膏を……」

 

ましろさんの血。これも一つの報告事例にあるもの。『天血者』かどうかの調査。この血液を護衛隊の施設に届ければ調べることが出来る。

 

「先に血を拭いちゃいますね」

 

ティッシュで傷を拭い、絆創膏を貼る。血液は手に入れた。後はこれを護衛隊の施設へ送付する。そうすればましろさんが『天血者』だった場合、狙われる可能性がある。幸いにもましろさん以外の人で『エンジェルフォール』に関わった人は居ない。これで結果が出ればこの人を監視すれば良いことになる。そうすればこの任務も大分分かりやすくなるだろう。

 

「………」

 

しかし、この人の血は何故こんなにも色濃く見えて、美味しそうに見えるのか。

 

「ましろさんの…血…」

 

その鮮血はとても綺麗で───

その鮮血はとても鮮やかで───

ほかの何にも変え難い極上の血液に見えて───

 

「ソラちゃん?」

「っ!?んくっ、はい、これで終わりです!」

 

口の中に溢れそうになった唾液を飲み込み、慌ててティッシュを袋へしまう。薬は聞いてるはずなのに、この魅力。わたしがおかしいのか。それとも……。

 

「後はっ…これで最後っ…ふにゅっ…だねっ…!」

「ああぁ!ましろさんそんな大きいのはわたしが持ちますから!」

 

 

・・・・・・*

 

 

「さて…」

 

スマホに提示された待ち合わせ場所へ到着した。時間としては十分ほど早い。やはり私情は捨てれないなソラの事になると。ソラを学校へ送り出して数日が経った。子供頃から育ての親として代わりをしてきたつもりでいたが、数日ソラを見たいだけでこんなに心配になってしまうとはな。

 

「情に流されすぎだ…私は」

「司令〜!」

 

自分を鼻で笑うと、元気な声が聞こえてきた。学生服を着て走りながらで手を振るその姿は本当に我が子のようで。目に入れても全く痛くない。

 

「すみません。遅れました!」

「こ〜ら、街中では司令と呼ぶなと言ってるだろう」

「あ、すみません。癖で…えへへ」

 

ついついそのえへへな頭を撫でてしまいそうになる手を引っ込めて、心を切り替える。

 

「それで、報告したいことがあるんだな?」

「はい。わたしなりに調べた結果を言いたいのですが…まずは何処かに入りましょう」

「ん?あぁ、そうだな。何処がいいか…」

「この辺なら、学校の人達に教えてもらったオススメのカフェがありますよ。人に話を聞かれづらい場所もあります」

「ん?そうか。ならそこにしよう」

「はい、こちらです!」

 

意気揚々と手を引かれてしまった。まるで親子…いや、考え過ぎか。それではソラの両親に申し訳ない。今はただこの背中を見守るとしよう。

 

・・・・・・*

 

「以上が報告になります」

「ふむ、事件の被害者か。興味深いな」

 

丁寧にまとめられた報告書を見ながら名簿を漁る。全校生徒をしらみ潰しに調べてくれたらしい。全く何処にこんな体力があるんだか。

 

「虹ケ丘ましろ。わかった。この人の身元を調べて見よう」

「あと…これの検査もお願いします」

 

そう言って差し出してきたのは袋に入った血のついたティッシュ。不思議そうに受け取り覗くがなんでもないただのちり紙だ。

 

「これは?」

「ましろさんの血液です。奇跡的に指を怪我した時に採取した物です。もし、ましろさんが『天血者』であるなら、今探している『生き残り』にも狙われる可能性があります」

「わかった。調べておこう。しかし、いつにも増して懸命だな」

「えと…それは…その、初めての友達なんです」

「友達…?」

「はい。学校へ来て、初めて出来た友達で。だから、ちゃんと守ってあげたくて」

 

照れながらも真剣な言葉を連ねるその顔にまた私はソラの成長を感じる。

 

「あぁ、そうだな。守ってやらないとな」

 

さて、私のこの言葉はどちらの意味なのか。ソラを見てるといつも通りではなくなってしまうな。本当に。

 

「あれ…?あれ?」

「ん?どうしたソラ」

「筆箱を学校に忘れちゃったみたいです。取りに行ってきます。お金は払っておきますからそれでは!」

「え、いやいいこれぐらい……」

 

あっという間に店から出ていってしまった。思い立ったらすぐなんだアイツは。しかし、こちらの話を伝え損ねてしまったな。『生き残り』が学校に潜伏している可能性は無くなったが、生徒が襲われる可能性は高くなってしまった。やはり伝えなくて正解か。余計な仕事を増やす訳には行かない。ソラには生徒を守ってもらった方がいい。今はこの『虹ケ丘ましろ』という人の血液検査だな。

 

「ん?」

 

と、取り出しスマホからタイミングよく副司令のアリリからの着信。

 

「私だ。どうした?」

『司令。緊急出動の要請です』

「何?」

 

緊急出動と言う割にはアリリの声が落ち着いている。確かに街中のサイレンは鳴っていない。それどころか、目に見える警察も動いていない。ということは…

 

「政府から直々にか」

『はい。事を荒立てたくないそうで』

「チッ…」

 

責任を取りたくない責任者共め。公安と同じ動きができるからと言ってこれだ。いいように使われすぎだな。私達も。もう少し待遇を変えてもらう必要がある。

 

「それで、状況は?」

『はい。ソラシド市の総合病院が何者かに襲撃されました』

「総合病院?事態の沈静化は面倒臭いな。相手の目的は何だったんだ?」

『輸血室の血が丸々無くなっていたそうです』

「血液……相手は吸血鬼か」

『可能性は高いと言えます』

 

吸血鬼も生物。本能には抗えないな。となると、公共施設が襲われた。だから、輸血パックを所持している場所が次のターゲット。保険関係の施設。それから……吸血鬼の人間を支援出来る場所か。

 

「っ!?」

『司令?』

「学校か……。アリリ、今から戻る。現場の指揮は私が取る。お前は鑑識のツバサとベリィベリーを呼べ。調べて欲しいことがある」

『了解』

 

頼むソラ。無事でいてくれよ。

 

 

・・・・・・*

 

 

「もぉ〜!すっかりこんな時間だよ〜!」

 

先生の頼み事を全て引き受けてしまって片付けていたらもう下校時間を過ぎて門限の時間になっていた。とりあえず、用件は全部片付けて先生への報告は終わってる。後は帰るだけ。学校にはもう誰もいないはずだから少し小走りで下駄箱へ駆けていく。

 

「あれ?」

 

階段をおりている途中、違和感を感じて廊下を見ると保健室の扉が開いていた。先生が閉め忘れたのだと思い、扉へ歩を進める。

 

「やっぱり開いてる。閉めてこうっと」

 

そう言ってドアノブに手をかけた時だった。一瞬視界が何かに遮られたように暗くなった。不思議に思い私は顔を上げてしまった。

 

【お?美味そうな人間、見〜っけ♪】

「……え?」

 

 

・・・・・・*

 

 

「こんな時間まで、大変だね〜」

「いえ、こちらこそ無理なお願いを聞いてもらってありがとうございます」

「いいんだよ。ワシはここで待っているから取っておいで」

「はい!」

 

係員さんに事情を話したら快く学校を開けてくれた。下駄箱へ自分の靴を入れる時、違和感があった。一足だけ外靴が置いてあった。自分のクラスの下駄箱だ。

まだ、学校の中に人が居る?誰だろう?

と、名前を覗く。

 

“虹ケ丘ましろ”

 

あれ?ましろさん。まだ帰ってなかったんだ。居るとしたら教室かな。もう十九時過ぎてるし、今の今まで先生の頼み事をやっていたと想像すると頬に汗が垂れた。帰りに呼んでこよう。いつまでも学校に残ってるもの悪いですからね。

 

「あった」

 

自分の机から筆箱を取り出す。案の定忘れていた。これで今日の宿題が出来る。後は、ましろさんを探して一緒に帰ろう。でも、教室には居なかったから居るとしたら何処だろう。職員室かな。

 

「ん?」

 

階段を下りると、保健室から物音がした。デスクライトぐらいの明るさが見える。あぁ、そうだ。ましろさん指怪我しちゃってたから帰りに絆創膏貰いに来たのかな。もう一枚あげてればよかったですかね。

 

「ましろさん?───っ!?」

【あぁ?】

 

そこいた黒い影。明らかに人間ではない生物。人の体躯よりも倍はあろう巨体。人を軽々手で握れるほどに巨大化した四肢。皮膜の薄い翼。間違いない。

 

「吸血鬼ッ!」

 

私は踏み込んで正拳突きを出す。が、それもあっさり止められてしまう。

 

「ぐっ…!」

【なんだぁ?今日は人間の方が多く来るな。そっち目的にするべきだったか?】

「何故こんな所に!しかもどうやって!」

【バレないように動くぐらいはどんな吸血鬼でも出来んだろう。血が欲しかっただけだよ俺は】

「普通の吸血鬼なら血は要らないはずです!」

【その考え、おかしいよな?なんで普通の吸血鬼は血を吸わないんだ?】

「は?何を…」

【俺達は本来、生き血を啜る生き物だ。なのに人間に溶け込もうなんておかしいのさ。俺達の方が力も強い。頭脳も優秀なのによぉ?】

 

コイツ、『生き残り』か?それとも、ただ組みするだけの反政府の吸血鬼か?

 

【俺達は本来の姿を取り戻したいんだよ。エンジェルフォールの再来と共にな】

「っ!そんな事させませんッ!」

 

わたしは吸血鬼を睨みつけると、何がおかしいのか奴は嘲笑う。

 

【で?今のお前に何が出来る?お前は俺より弱いだろ?】

「……」

 

わたしもその態度が気に食わない。深く息を吐き、止められた拳に再度力を込める。

 

「はっ!」

【うぉぁ!?】

 

力を受けた吸血鬼は後ろへ倒れる。わたしだって吸血鬼。その程度なんて言われないように訓練は重ねている。例え素手でもこの程度の相手なら戦える。

 

【んだよお前同類かよ。人間だったらコイツと一緒に連れてこうと思ったのにな】

「コイツ…?」

 

一体誰のこ───

 

「ぁ……ぅ……」

「ッッ!?」

 

ズルリと、吸血鬼の掌から腕が垂れた。この学校の制服。スカートを履いているから女子生徒のはず。その長い髪には見覚えがある。

そして、その指に夕方に貼り付けた『絆創膏』。

 

「ましろさんっ!!!」

【んぁ?】

 

わたしは咄嗟に気絶しているであろうましろさんを助けに行ったが吸血鬼に止められてしまった。わたしの焦った表情がおかしいのかまた奴は嘲笑う。

 

【っはは、お前コイツの知り合いか?悪ぃな、この獲物に先に目ぇ付けてたんだろ。この絆創膏がその証拠だ。傷つけて後で襲う気だったんだろ?】

「ッ…!!」

 

今、コイツはなんて言った。

獲物?獲物と言ったのか。

なんでこうこの手のタイプは馬鹿な考えしか出来ないんだ。だから、わたしは悪人が嫌いなんだ。人の良いとこ悪いとこはあれど、少なからず更生しようする人達はいる。けれど、いつまで経ってもこういう人種は居なくならない。だから、わたしは『青の護衛隊』に入った。

 

「その人は…獲物じゃない……」

【ぁ?じゃあなんだよ】

「“友達”だッッ!!」

【ガッ…!】

 

すぐさま、掴まれた腕を外し、奴の顔面に回し蹴りを食らわせる。本気で誰かを蹴り飛ばしたのは久しぶりだ。数歩後ろに仰け反るも奴はまだ余裕がある。

 

【ッハハ、へぇ、友達ね。随分と可愛い友達だな。キレイな肌、肉付きもいい。こりゃあ十年後にはいい女になるぞ。それにコイツの血は他の人間とは違う匂いだ】

 

その汚らしい手で果実を転がすようにましろさんを弄ぶ。その手つきを見るだけで吐き気がする。

 

「その手を離せッ!吸血鬼ッ!」

【おおっと】

 

っ飛べる!なんてすばしっこい。

 

【悪いがコイツは俺が貰う。よぉく味わって食べないとなぁ。クッハハハハ、じゃあな吸血鬼】

「っ待て!!」

 

窓を突き破り、吸血鬼は去って行く。警報が鳴る。わたしが全速力で追いかけても追いつかない程に速い加速。闇夜の空に姿は消え目で追えない。っくそ、まだ目が効かない。慣れるまでに時間がかかる。けれど、追えない訳じゃない。わたしはスマホを取り出してさっきの騒動で吸血鬼へ取り付けたGPSを見る。

 

「山の方へ向かってる。やっぱり人気のないところに住処があるのか!」

 

走って追いかけられるスピードじゃない。そういう時はちゃんと道具を使えと教わった。辺りを見回す。学校近くなら『青の護衛隊』の仮拠点となる場所がある。となれば、“アレ”を使える。それなら追い付ける。

 

「お?筆箱もういいのかい?」

「はい!係員さん、ありがとうございました!!」

 

 

・・・・・・*

 

 

【さて、諦めた頃か?……ん?】

 

吸血鬼が後ろを向くと、そこに見えたのは『青の護衛隊』専用のバイクに乗ったソラの姿。

 

「逃がさない…!」

【っは、追ってくるか。余程馬鹿だと見えるな】

 

街中の道路をを堂々と駆け抜けてくる。吸血鬼は元々なりふり構うことなく街中を飛んでいる。おかげで街中はパニック状態。だが、二人はそんな事は関係ない。一方は逃げ切る為、一方は友達を助ける為。周りの事など考えていない。

 

 

・・・・・・*

 

二人のレースチェイスの最中、事態を隠しきれなくなった病院へ赴いていた司令の元へ通信が入る。

 

『司令!』

「どうした?」

『街中で犯人と思しき吸血鬼を発見!護衛隊の隊員が一人、吸血鬼を専用バイクで追っています!』

「隊員は誰だ?」

『ソラ隊員です!』

「何!?」

 

・・・・・・*

 

【しつこいな、コイツでどうだ?】

 

吸血鬼は街中の看板を破壊し道路へ突き落とす。

 

「なっ!?」

 

驚愕しつつも、しっかりとハンドルを握り落ちてくる障害物と目の前にいる車を躱していく。ソラの動体視力でギリギリ躱せる弾幕量。瓦礫、車、破片、様々な物が飛んでくるが、何とか無傷で突破する。

 

【っはは、躱していくか。面白い】

 

吸血鬼は飛んでいる最中に立体駐車場へ侵入。ソラはすぐさまGPSを確認。距離は離れていない。反応が戻って来た。再び上を見上げるソラ。ましろを握るその手とは逆の手に車を一台掴み振りかぶっている。

 

「まさか!?」

【そぉらっ!】

 

案の定そのままぶん投げてきた。ソラは急いでハンドルを切り、車体を傾け低い姿勢を作る。なんとか投げつけられた車をやり過ごし、地面を殴打。その勢いで斜めにした車体を戻す。なんとも現実味のない行動に吸血鬼は驚愕する。だが、次に目に飛び込んできた景色の方に余計に驚いた。

 

【あぁ!?】

 

なんと、ソラは先程の車のドアを持っている。すれ違いざまに引きちぎったとでも言うのだろうか。やり返すと言わんばかりに既に振りかぶっている。

 

「はぁァっ!」

 

ブーメランの容量で投げ飛ばしてきた車のドア。その速度に反応するまもなく吸血鬼は直撃、とてつもない威力にやられて空中でバランスを大きく崩した。相当なダメージになったのか掴んでいたましろを離してしまう。

 

「ましろさんっ!」

 

それを見逃すことなくソラはバイクを加速。吊り橋の鉄骨を昇り、勢いを付けて吸血鬼へ向かってバイクごと飛び立った。

そして、そのままバイクを乗り捨て吸血鬼へ激突させる。ましろはしっかりと空中で受け止めてソラと吸血鬼は近くの廃工場へ落ちていった。

 

 

・・・・・・*

 

 

「ましろさん!ましろさんっ!」

「ん……っ…ソラちゃん?」

「よかった。無事ですか?ましろさん」

 

目立った外傷はない。濃い血の匂いもしない。怪我は無いはず。恐らく吸血鬼と相対した時に驚いて気絶したのだろう。ソラはましろの無事に胸を撫で下ろす。次いで、落ちていった吸血鬼の方を見るとバイクがしっかりと激突しており、廃工場の機械に直撃、小さい爆発を起こして火の海に包まれている。

 

「ソラちゃん…ここ…は?」

「すみません。色々事情がありまして今から説明している時間はありませんのでまずは安全な場所に……」

【何処に逃げるって?】

「っ!?」

 

殺気を感じて振り返る。さっきまで火だるまだった吸血鬼がそこに立っていた。あの程度では吸血鬼は死なない。恐らく今目の前にいる吸血鬼はソラのように人として生活していない。本物の吸血鬼の生活している。生き血を啜り、常軌を逸した力をつけている。人を傷つける吸血鬼だ。

 

【お前ばっかり美味そうな人間をやるかよ】

「この人はわたしの“友達”です!もう貴方には渡しません!」

【生意気な!】

 

吸血鬼の繰り出す殴打。人を握れる程の大きな拳、しかしソラは怯む事なく咄嗟にましろを後ろへ下げ、その拳を片手で受け止める。その拳が当たった感触はまるで動かない壁を殴りつけたように。ソラはしっかりと仁王立ちで踏ん張る。

 

【何!?】

「はっ!!」

 

ソラはすぐさま押し返し、本気の飛び蹴りを食らわせる。

 

【うごぁっ!】

 

いとも簡単に突き飛ばされたその巨体はまた瓦礫の中へ放り込まれた。

自分よりも大きな吸血鬼と相対するその姿をみてましろは圧倒されている。ソラが吸血鬼である事を再び自覚したと同時にソラの着ている制服には見覚えがある。バイクを取りに行くついでに完全装備でましろを救出に来たソラ。今は『青の護衛隊』の制服に身を包み、両腕に装備を取り付けている。

 

「ソラちゃんってもしかして……」

「ましろさん、失礼します」

「へ?………ひゃぁ!?」

 

ソラはましろを抱え近場の高台へ跳躍。物陰へましろを下ろすと、いつも通りの優しい声で宥める。

 

「とりあえず今はここに居てください。奴は貴方を狙っています。わたしだけが奴の前に行けば目標はわたしだけになるはずです」

「でも、それじゃソラちゃんが…」

「大丈夫です。わたし、強いですからっ!信じてください!」

 

グッと拳を作り、笑顔で答える。きっとソラの知っているヒーローならこんな時こんな風に笑うはずだ。

それでも心配そうなましろを見ながら踵を返すと、耳にインカムを取り付け吸血鬼の元へ降り立った。

 

「要救助者一名を確保。前方の吸血鬼を本作戦の対象と断定。ソラ・ハレワタール、殲滅を開始しますッ!」

 

両腕に取り付けられた篭手のような装備『ガントレット』を締め直し眼前の敵へ向かい合う。

 

【お前…護衛隊の連中か…!】

「本部、応答願います!本部!司令!……やっぱり繋がらない。一人で何とかするしかない、か」

 

自身の二倍はあろう巨体。しかし、臆すること無くソラは敵へ立ち向かう。相手は倫理観のない吸血鬼。放っておけばどれ程の被害を出すか分からない。現状インカムでの通信が繋がらない以上援軍は期待出来ない。例え一人でもここでこの吸血鬼を止める。

 

「八ッ!」

 

ソラは踏み込んで吸血鬼へ肉薄する。

 

【死ねよ!】

「遅い!」

 

吸血鬼も迎撃態勢。翼を広げて大きく右手を振りかぶっている。しかしソラも右腕のガントレットから、装甲を引き出し、カタールを形成。迫ってきた拳を跳躍で避けると同時に斬撃を加える。

 

【っぐぅ!】

 

痛みを堪えつつ吸血鬼は振り返るも、既に着地したソラはもう一撃加える為に両手のガントレットからカタールを引き出して踏み込んでいた。次いで脚部へ横一閃。関節部を直接切りつけたので吸血鬼は膝から崩れ落ちる。

畳み掛けるように今度は両腕のガントレットからアンカーワイヤーを射出。吸血鬼の胸部に差し込み、ワイヤーを巻き取ると同時に跳躍。勢いを乗せた回し蹴りとサマーソルトのコンボ。

 

【っ…ぐぅぅ…!】

 

流石にこれだけ食らわされたダメージが蓄積されてたのか、吸血鬼の方は肩で息をしているように見える。先程までの余裕は少しずつだが無くなってきている。しかし、ソラは気を緩めない。ここで完全に仕留める気で構える。

 

(追い詰めているからこそ油断しない事。攻撃を加えた相手に対して気をそらさない事。残心の心構えを忘れない事。)

 

師の教えを心で反芻し、しっかりと相手を見据える。

 

【………お前、生意気だなヤッパリ】

「お褒めに預かりまして。悪人には容赦するなと教えられてきましたから」

【悪人?ならお前は善人なのか?】

「それを決めるのは貴方を倒してからでしょうねッ!」

 

ソラは正拳突きの構えで踏み込む。

 

「はっ!」

【そうか】

「なっ!?」

 

ソラの正拳突きを避け上へ飛ぶ吸血鬼。すかさず射出したアンカーワイヤーすらも弾かれソラはまた構え直す。

よく見ると吸血鬼の手には何か注射器のようなものが握られている。そしてそれを掲げた。

 

「あれは…?」

【なら見せてやるよ。俺が本当の“吸血鬼としての善人”としての姿をなぁ!】

 

吸血鬼はそれを自身に刺す。真っ赤な液体が注入され吸血鬼は高らかに叫んだ。

 

【これが天血鬼だッッ!】

「ッ!」

 

謎の閃光と共に吸血鬼の体が変化。肥大化していた四肢は普通の人間のサイズに戻り、翼が一回り大きくなった。悠々と空中に浮かぶその姿は本物の吸血鬼のよう。

 

(『天血鬼』……ってまさか、あの注射器に入っていたものって…!?)

【いくぞ!】

 

吸血鬼は振りかぶり、ソラへ向けて手刀を振り下ろした。その腕は鞭のように伸縮しソラへ向かってくる。ソラは驚愕しつつもガントレットからひし形のシールドを展開。伸縮した腕を受け止めると、まるで削られるかのように火花が散る。

 

「ぐっ…ぅぅぅぅ!!」

 

なんとか受け止めるも衝撃で数メートル後退した。攻撃を受け止めるだけでこの威力。さっきまで普通の肉弾戦だけだった吸血鬼が肉体を伸縮出来るまでに進化。

 

(肉体変化まで…『天血』の影響か!?)

 

明らかに強くなっている。実力も雰囲気も、ソラの数段上になっている。

 

【さっきの女はどこだ!?】

 

伸ばした触手のような腕を右往左往させ辺り一面を破壊する。攻撃範囲が広すぎてソラも迂闊に動けない。

 

「きゃぁぁ!」

「っましろさん!」

【そこか!】

「させないッ!」

 

ましろへ向かった触手を弾き、そのままアンカーワイヤーを射出する。アンカーが天血鬼の体に刺さりワイヤーが動きを止める。

 

「貴方の相手はわたしです!」

【黙れ弱小吸血鬼………がっ!】

「っい!?」

 

ぐん!、とワイヤーを引かれ天血鬼の方へ体が持っていかれる。そのままラリアットの構え。ソラは咄嗟に防御の体勢を取りはしたがとてつもない威力の殴打の衝撃がソラの全身を襲う。そんな事考えを与える暇もなくそのまま殴り飛ばされて地面へ叩きつけられた。鈍い音と共に地面にクレーターが出来上がる。

 

「がっ…は…!」

「ソラちゃん!」

【お前のその血は俺が貰う!】

 

天血鬼は再びましろへ狙いを定めて襲いかかる。が、いくら羽ばたいても前へ進まない。まさかと思い先程叩きつけた地面を見ると、ソラがまだ寝そべりながらも踏ん張っていた。

 

「っぐ…行かせ…ないっ…!」

【っは、気絶しなかったか】

「わたしの…“友達”に手を出すな…!」

 

ましろにとって聞き慣れている単語が出てきた。

“友達”。それはましろにとって当たり前で、ソラにとっては特別な言葉だった。ソラシド高等学校に来るまで、護衛隊の施設の中で育ったソラは友達と言える者は居なかった。そして、この学校に来て初めて出来た友達、それがましろだった。

 

「ソラちゃん…どうして…」

【どうしても嫌か。ならお前を殺してからだ】

「っ…ぐ…!」

 

降り立つ天血鬼。その鉤爪が嫌に鋭く見えてきた。体のダメージが大き過ぎて立とうとすると激痛が走る。しかし、狙いは自分に絞ることができた。今のうちにましろが逃げる時間稼ぎの策を考える。ゆっくりと歩を進める天血鬼に焦るソラ。そんな短時間に策など思いつくはずもなく既に目の前に天血鬼が居た。

 

「くっ…」

【死ねクソガ───ぅぐあ!?】

 

天血鬼が腕を振り上げた瞬間、突然奴は苦しみ出した。胸元を抑え膝まづく。まるで膨張しているかのように体が脈打っている。

 

【っ…!が…!ぁ…!なん…だ…!?】

(今のうちに…!)

 

ソラは痛む体に鞭を打ち立ち上がる。天血鬼を飛び越す跳躍でましろの元へ向かう。

 

「ましろさん!手を!」

「…うんっ!」

 

今にも崩れ落ちそうな足場からましろを抱き上げ、廃工場の奥へ駆け抜ける。今のうちにましろだけでも安全な場所へ運び、自分の事だけを考えられる戦場を作るつもりだ。

しばらく走り、一番奥の廃工場の屋上へ向かった。

 

「ここなら護衛隊のヘリで回収してもらえるはずです。あと、これを持っててください」

「これは?」

「救助者用の発信機です。離さないでくださいね。きっと直ぐに護衛隊のヘリが来てくれるはずです」

「うん、わかった。でもソラちゃんは?」

「わたしは奴を止めないといけません。ここなら奴から大分離れてますから安全なはずです」

 

では、とソラは立ち上がるも再び体に激痛が走り膝から崩れ落ちると同時に大量の吐血。ましろは驚愕しすぐさま傍へ駆け寄る。

 

「ソラちゃん!」

「っ…は…大丈夫…です。これぐらい…っ」

(さっき叩きつけられた時、内蔵がイカれたか、っくそ)

 

立つことすらままならない。視界も霞んで見えづらい。内属破壊も大量出血は生物共通の死因。いくら人間より強い吸血鬼でも、血が無くなれば戦えない。

 

(このままじゃ…)

【ーーーーー!!!!!】

「…!」

「な、なに?」

 

気配を探り、悪寒がやって来た。目の前から何か来る。予感がそう告げている。

 

「ましろさん!伏せて!」

「きゃぁっ!」

 

爆音と轟音。それと同時にやってきたのはさっきの天血鬼の触手。さっきの場所から大分離れたハズなのにピンポイントでソラとましろを狙ってきた。なんとかギリギリ反応はしたが、右手のガントレットが破壊され同時に腕も抉られて使い物にならなくなった。

 

「っぐぁぁぁぁぁぁあああああああ!!」

「ソラちゃん!?大丈夫!?ソラちゃん!」

「…ぅぐ…ましろ…さんっ…わたしの事はいいので、早くっ…逃げて…!」

「出来ないよそんなこと!友達を置いてなんて!」

「ッでも…」

【ーーー!!!!!】

 

咆哮と共に天血鬼が姿を現した。ここまでボロボロにされているのにまだ奴は動いている。しかし、完全に『天血』に飲まれ、自我が無くなっている。ただただ暴走した悪魔のような吸血鬼と化している。

 

(こんなの…どうすれば…!)

 

 

・・・・・・*

 

『司令!ここです!』

「っなんだあれは!?いや、まずは救助者の捜索!第二部隊はソラを探せ!」

『『了解!!』』

 

・・・・・・*

 

暴走した吸血鬼なんてどうしようもなくなってしまい途方にくれていた時、ましろは何か閃いたように口を開いた。

 

「もしかして、私の血を飲めばソラちゃんは戦えるの?」

 

ましろから悪魔のようなセリフが出てきた。ソラな驚愕し激しく首を横に振る。

 

「そ、そんなこと出来ません!護衛隊の一人としてそんな事───」

「でも、ダメって言わないんだね」

 

そう言ってましろは腕を差し出した。その目はしっかりとソラを見据えている覚悟のある瞳。しかし、ソラも立場上そんな事をすればどういう扱いを受けるかなど一目瞭然だった。しかし、現状を打開できる策で一番有効なものはこの策しかないのもソラは薄々感じていた。

 

「このままじゃ二人ともやられちゃうんだよね?だったらそうならないように協力出来るなら私も協力するよ!私はそらちゃんみたいに戦えないけど…でも、私の血でソラちゃんが戦えるようになるなら喜んで差し出すよ!」

 

ましろの強い言葉にソラは気圧される。しかし、脅されているのではない。託されている。『天血者』であろう者の血液。ソラの予想が正しければ確かにこの状況を打開出来る。しかし、それと同時に自分にどんな症状が訪れるかは分からない。もしかしたら、向こうのように理性が無くなって暴れ出すかもしれない。

 

「ましろさん…」

 

不安と焦りが混じった顔でましろを見つめ返す。さっきはつい自分は強いと息巻いていた。だが、今度はましろの方が強くなってしまった。諦めない心とかそういうものに近い志の強さ。だが、秩序を犯す不安と、自分への未熟さの不安が混じって中々答えが出せない。

 

「私も何もない自分になりたくないから。だから協力させて。私でも誰かの助けになるって信じてみたい」

「でも…そんな事したら…」

「大丈夫だよ。失敗したらまた次考えよう?それに私、ソラちゃんの事を信じてるから」

「っ……!」

 

不安がるその手を繋ぎ、目を合わせる。こんな切迫した状況なのにまるで二人きりのような感覚になる。それほどに今のましろは優しく暖かい。

 

「分かりました。貴方の血で貴方を助けます」

「うんっ!」

 

そう言ってソラはましろの腕を掴む。瞳の色を紅に変えその鋭利な牙でましろの腕にしっかりと噛み付いた。

 

「痛っ……」

 

言葉にしたが、その場で堪えた。少し食いしばる程の痛み。流れる血をソラはしっかりと飲み込む。

 

「っぐ!」

「ソラちゃん!」

 

血を飲み込むと先程の天血鬼の様に体が爆発しそうな程に鼓動する。使い物にならなくなった腕が一呼吸の間に完全に元通りになり、体の傷が完全に消えた。

 

「これがっ…『天血者』の血…っ!」

 

不思議そうに自分の体を見るがまだ鼓動は体を叩く。段々と気分が良くなって来た。今なら誰にも負けない。誰にも遅れを取らない。そんな気分が襲ってくる。逆に恐ろしくなるが体が暴れたくてどうしようもない。

 

「凄い…!これが…!」

「ソラちゃん?どうしたの?」

 

瞳が完全に紅に代わり、髪が伸びる。肉体が変化しているその異様な雰囲気にましろは気圧される。だが、ソラはずっと笑っている。まるで欲しいものを手に入れた子供のように。

 

【っ…はは…ありがとうございます。ましろさん】

「ソラちゃん…?何を言って───きゃぁっ!」

 

ましろの言葉を聞くこと無くソラは外へ跳躍。破壊されたガントレットを持って反対腕のガントレットと結合。複雑な機構を経て、それはソラの身長よりも大きい大剣と成る。

 

【〜〜〜〜〜〜!!!!!!!】

【自我も理性も無くなってる。嗚呼、この血に呑まれたのか。哀れですね】

 

ソラは大剣を担ぐとこの力を存分に目の前の獲物でこの力を存分に試すことができる事に口を歪め、歩を進める。

 

【さて、どちらが本物のなのか…】

 

次第にその足は速度を増す。

 

【勝負ですよ吸血鬼ッ!】

 

駆け出し、踏み込み、斬り込む暁の眼光の一閃。その肉体に阻まれた斬撃はまるで鉄。だが、強度はそれ以上。鉄と鉄が擦れる音と火花を散らして斬り抜ける。

 

【ーーー!!!】

【っは、喚くだけならッ!】

 

・・・・・*

 

「なんだあれは、ソラか?」

『司令!奥の廃工場の屋根に人がいます!救助者のビーコンの反応も見受けられますので、恐らく彼女がソラ隊員の言っていた…』

「だろうな、まずは彼女の安全の確保だ!」

『了解!』

 

・・・・・・*

 

【ーーー!!!】

 

暴走した天血鬼の攻撃を舞うように躱していくソラ。別段天血鬼の攻撃範囲も攻撃力も落ちた訳ではない。むしろ先程よりも攻撃は激しくなっている。それと同時にソラも身体能力が増していく。

 

【やっぱり、ただの獣に成り下がりましたか】

 

顔色一つ変えずに攻撃全てに反応出来る。

飛んできた瓦礫を蹴り飛ばし、敵の攻撃を見切り、その大剣で触手を切り刻む。本来、吸血鬼のあるべき姿を取り戻したソラは既に相手よりも更に上の次元にいた。

 

【その血に呑まれるような程度がしれた者が、そんなものを使うからですよ】

 

暴走した天血鬼は既にソラを目で追えていない。

 

【血を求めるだけなら、人を襲うのが正解でしたね。おそらく貴方はその血の力を試す為に持たされたのでしょう】

 

トン、と小さな音を立てて着地。次いでその大剣を構えて低い姿勢をとる。狙いは首筋、一太刀で斬り込む一閃を食らわせるつもりだ。

 

【そんな低俗はわたしが処す】

【〜〜〜ーーーー!!!!!!!!】

 

暴走した天血鬼は自身の体から無数の触手を生成、それ一本一本が骨を変形させた刃となり襲い来る。それと同時にソラも踏み込んでいた。迫り来る触手を意に介さず天血鬼へ迫って行く。自身の前に来る触手は高速で切り裂き道を切り開く。

 

【終わりだ】

 

駆け抜けた一撃。袈裟斬りで天血鬼の体は真っ二つになる。

 

【ーーー!!!!!】

 

大きな悲鳴を上げながら、天血鬼はその場に崩れ、散った。この世界の吸血鬼は命が尽きると、その場で朽ち果てるように塵になる。先程までのソラもかなりギリギリの状態だった。だが、今は違う。

 

【凄い…これが…天血…】

 

全て破壊出来る。

全て自分で解決出来る。

あの血があればもっと強くなれる。彼女から全ての血を奪えば自分が強くなれる。

 

【くっ…はははっ…】

 

ソラはすぐさまましろの元へ戻り、目の前に降り立つ。ましろは困惑しながらもソラへ近寄った。

 

「ソラちゃん!無事だったんだね!よかった…」

【天血者…】

「ふぇ?何?ソラちゃ───」

 

目が合った途端、ましろの顔は恐怖に染まる。ソラの瞳が先程の吸血鬼と同じ雰囲気を纏っていた。血を求める愚かな生き物として、本能のままに生き血を啜る醜い生き物の瞳。

 

【天血を…!】

「っ……」

 

ソラが一歩近づく。

ましろが一歩下がる。

 

【もっと、あの血を…!】

「ソラ!」

 

そこでシャララが追いついた。

 

「ソラ!止まれ!」

 

シャララはその場で銃を向けた。意味の無い行為なのは分かっている。銃程度では死なない相手なのだから。だが、目の前で起こりうるであろう光景に目を向けたくなかった。だが、そんなシャララの予想とは裏腹にソラの動きに違和感を覚えた。

 

「まさか…」

【グゥゥゥ…ゥゥ…!】

「ソラ…ちゃん…」

 

ソラの腕はましろの目の前で止まった。本来ありえない事がシャララ達の目の前で起こっている。人の血を飲んだ吸血鬼が目の前の人間を手に掛けることに抗っている。暴走した吸血鬼は大概見境なく人を襲い、喰らい尽くす。しかし、今のソラはそれにすら抗っている。

 

【ゥゥ……!ゥ゙ゥ゙ゥ゙……!!!】

「ソラちゃん。大丈夫、大丈夫だよ」

【ゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ゙ゥ゙…!!!!】

 

苦しみ出した表情と紅くなった瞳の色が戻っていく。

深い青から鮮やかな青へ。

 

「私はソラちゃんの事を信じてるよ。自分を信じてって言ってくれたソラちゃんの事を信じてる」

【グ…ゥ゙ゥ゙…!】

 

地面に膝を着き、痛む頭を抑え込む。ソラの頭に何かが浮かんでくる。目の前にいる少女の顔。その笑顔。その泣き顔。その心。自分を信じて、血を与えてくれた大切な人の顔。思い出せ。目の前にいる人が一体誰なのかを。

 

【ま゙しろ゙…さんッ…」

「うん。私だよ。ソラちゃん」

 

抗い続けている。本来の。吸血鬼としての本能に。

 

「無…事、です、か?」

「うん。ソラちゃんのおかげで何ともないよ」

「そっか…良かっ……た…」

 

ソラはその場で気を失った。ましろも疲労が溜まっていたのか同時に気絶した。まるで状況が分からないシャララは辺りを見渡した。だが、先程の吸血鬼の痕跡が幾つか残っている。これを調べれば何が起こったのかは分かるはず。通信も取れず、監視カメラがあるような場所じゃない。『青の護衛隊』による、手探りの捜査が始まった。

 

「まずは二人を病院へ運べ!医療班以外は被害状況の把握を最優先だ!」

「「了解!!」」

 

 

・・・・・・*

 

 

それから数日、目覚めた時にはもう既に病院の中だった。私は貧血や過労その他を含めて外的損傷は殆ど無く、無事に退院。医師の先生の話によると状況を見てもほぼ無傷だったことは奇跡に近い状態だったらしい。一方ソラちゃんの容態は教えて貰えず、別室で治療をされているらしい。なので今私は普通の学校生活に戻っていた。

 

「いや〜、びっくりしたよ。ましろんが急に入院なんてするからさ」

「うん。ごめんねあげはちゃん。心配させちゃって」

 

ソラちゃんは今は学校へ来ていない。護衛隊の人に話を持ちかけても内部の事情は部外者に話せないと頭を下げられてしまった。

ずっとソラちゃんの事が気になって頭から離れない。私を命懸けで守ってくれた事に対しての感謝を未だに伝えられていない。これからもっと、ソラちゃんの事を知りたかったのに。今はそんな願いも叶わない。

 

「失礼」

「ん?」

「はい?」

 

そこに現れたスーツの男の人。

 

「自分はこういうものです」

 

見せられた手帳には『青の護衛隊』の称号。

 

「虹ケ丘ましろさん。ですね?」

「………はい」

「数日前に起きた廃工場爆発事件に関する情報を提供していただきたい。ご同行を」

「ましろん…」

 

あげはちゃんが心配そうに見つめてくる。でも、私もそこへ行きたかった。そこにいけばソラちゃんに会える気がした。

 

「分かりました」

 

歯車がなにかに噛み合った気がした。

 

 

・・・・・・*

 

 

「失礼します」

 

扉を開けると、そこに座っていたのは凄く綺麗な女性で美女という言葉が似合う人だった。制服を身にまといその小さい所作からもその人の威厳が伝わってくる。あの時、ソラちゃんを止めた女の人。

 

「来てくれたんだね。虹ケ丘さん。さぁ、そこへ掛けてくれ」

「っはい…」

 

言われるがまま目の前の椅子に座る。

 

「体の具合はどうかな?ソラの現場に居合わせたんだ。無事で居ただけでも奇跡だ」

「ぁ、いえ、そんな…事はないです。むしろ、ソラちゃんの方が心配で…」

「………そうか」

 

優しい子だな。と彼女は呟いたように聞こえた。

 

「自己紹介が遅れてすまない。私はこの『青の護衛隊』の司令を務めている。シャララというものだ。ソラの上司も務めている。君をここへ呼んだのは、今回君がとった行動でどうしても避けられない事実が出来てしまったからなんだ」

「私…の…?」

「あぁ、きみのせい、という言い方は不本意だが、そういう事だ」

「もしかしてソラちゃんが私の血を飲んだから…ですか?」

「察しが良くて助かるよ。その通りだ」

 

ドクン、と心臓が跳ねた。ソラちゃんが今学校へ来ていない理由が私自身にあるのだとしたら、もしかしたら取り返しのつかない事をしたのかもしれない。もう二度と陽の光を浴びる事が出来ないのかもしれない。様々な憶測が一瞬で頭の中を過ぎった。

あの時はあぁするしかなかったと言えば嘘になる。きっとソラちゃんを見捨てて私だけ逃げていればこうはならなかったかもしれない。でも、あんなに苦しそうだったソラちゃんを見捨てることなんて出来なかった私の中途半端な行動が、ソラちゃんを危険に晒しているのかもしれない。

冷や汗が止まらない。目の焦点が合わない。吸血鬼さんに襲われている時は無我夢中で必死だったから何ともなかったけど、今こうして考えてみると死地にいた私はあの時どうかしてたのかも。

 

「そう、怖がらないでくれ。今のソラは死にそうになっているわけじゃない。本来の姿を取り戻そうとしているから苦しんでいるんだ」

「どういう事ですか?」

「我々吸血鬼は、本来産まれたら直ぐに特別な特効薬を摂取する。それは生き物の血に何も影響されなくなる薬だ。血の匂いを嗅いでも、血を飲んでも、普通の人間と何ら変わりなく生きられるようにする薬。それを使っている。だが『天血者』である君の血はその薬すらも効かないんだ。しかもそれを飲んでしまった。だからソラは人の血の味を覚えてしまったんだ」

「あの…その…ごめんなさい…『天血者』ってなんですか?」

「奴も使っていただろう。我々で言う“特別な血”だ。君の中に流れているその血液がな」

「っ…」

 

また心臓を掴まれたような気がして、胸元で祈るような手を作ってしまう。

 

「『天血』は………そうだな。人間で言う麻薬みたいな物だ。特別な効果があり、依存性がある。極わずかな人間の中に流れる特別製の血液だ。現在確認出来ている『天血』を持った人は全世界に五百人と居ない。しかもそれは先天性の物なんだ」

 

シャララさんは小さくため息を吐いて頭を抱えた。

 

「『天血』の厄介な所は、その依存性の方なんだ」

「依存性…何故ですか?」

「特別な効力があるのならそれに対抗しうる薬を作ればいいのだが、依存性だけはどうしても拭えない。『天血者』の血を飲んだものはどれだけ血に触れない生活をしても限界が来るとまた血を求める吸血鬼に戻してしまう事。それが厄介なんだ」

「もしかして、またあの時のソラちゃんみたいになるって事ですか?」

「そうだ。君の血が無くては生きられなくなってしまった」

「っ…」

 

私がソラちゃんを本物の吸血鬼に変えた。その事実が突き刺さる。そのせいで今ソラちゃんが苦しんでいる。私が身勝手な事をしてソラちゃんを助けたつもりになっていた。でも実際はソラちゃんの心をねじ曲げるような事をさせた。

 

「ソラちゃんは…い、今どうなって…?」

「自宅謹慎にしている。向こうもそれを望んでいた。自分で解決するつもりなのだろうがそれは無理だ」

「そう…ですか…」

 

私のせいで…。

 

「だが、君が血を分け与えてくれたおかげで被害は最小限ですんでいる。アレを放置したら恐らくソラシド市の状況は最悪だったろう」

「そんな…全部偶然ですよ。たまたま私がそこにて、たまたま上手くいったってだけで…」

「本当にそうかな?」

「え?」

「確かに現場にいたのは偶然かもしれない。けれど、血を分け与えたのは自分で決めた事であって、偶然では無いはずだ。違うかな?」

「それは…」

「いやすまない。意地の悪い言い方だったな。今の私から言えることは、どうかソラとの運命を受け入れて欲しい。それだけなんだ」

 

シャララさんは立ち上がると私に対して深々と頭を下げた。

 

「え…シャララさん!?」

「どうか、ソラを助けてやって欲しい。君が血を分け与えてやろうと相手なのだとしたら、少しでも協力して欲しい。押し付けがましい事だとは分かっている。だが………それでも………頼む」

 

大人の人が私に向かって頭を下げている光景なんて初めて見た。でも、ソラちゃんが苦しんでいるのに私が何もしないわけが無い。それに、私だってソラちゃんの事を助けたい。確かに、血を分け与えると言ったのは自分から。それは悪意でも情けでもない。それだけは確かだった。

 

「顔を上げてください。シャララさん。私もソラちゃんの事を助けたいです。せっかく救ってもらったのにまだありがとうも伝えられていません。だから、協力させて下さい。ソラちゃんの為に」

「っ…!そうか、ありがとう。恩に着る」

 

その時のシャララさんの表現はまるでソラちゃんの母親の様な表現だった。そして、ソラちゃんの家の合鍵と住所を貰い『青の護衛隊』の施設を後にした。

 

・・・・・・*

 

「失礼します。………司令?」

「………はぁ」

「お話になったのですね。彼女に」

「……あぁ」

「心中お察しします。ですが───」

「どうしよう!娘の友達に娘を受け入れてと言ってしまった!どうしよう!!これダメだったら私のせいになるんだよな!?どうしよう!!!」

(しまった、そっちの心配か。めんどくさ)

「おい、お前今めんどくさいって思ったろ」

「まさか」

 

・・・・・・*

 

「ここ…かな?」

 

たどり着いた一件のアパート。見るからに普通のアパートで別段何も違和感を感じない。

 

「ソラちゃん…?」

 

言われるがままにソラちゃんの住むアパートへやって来てしまった。合鍵を借りて扉を開けると薄暗い部屋が続いている。きっと、カーテンと窓も閉めて、電気もつけてないんだ。玄関から部屋へ上がる。生活感が無いと言えば嘘になるけどまるで何も置いてないかのような錯覚をするほど綺麗に揃えられた家具や置物。リビングへ続く扉を開けるとそこには、布団に被さって何かから隠れているソラちゃんがいた。

 

【だ…れ…?】

「ソラちゃん。私、ましろだよ」

【ましろ…さん?】

 

布団の隙間から覗く瞳はあの時のように紅く染まっている。顔色は悪くないように見えるけど、何かに絶望しているようにも見える。あれから数日、私達は顔を合わせていなかった。だから、この顔を見るのも久しぶり。

 

【なんで…?】

「シャララさんから聞いたんだ。ソラちゃん今すごく苦しんでるって、それを助けてあげられるのは私だけなんだって」

【ましろさん…】

「ソラちゃん、今も苦しんだよね?だから私の───」

【ッ…!!】

 

頬へ伸ばした手が弾かれた。布団が捲れたおかげで見えたその顔はやっぱり何かに怯えているように見えた。

 

【わたしに…触らないでください…!】

「……え」

【今のわたしがどんな状態なのか、知ってますよね】

「……うん。シャララさんから全部聞いたもん」

【っなら尚更!なんでわたしの所に来たんですかっ!】

 

再び布団で自分を守る様に被さった。

 

【わたしは…ましろさんにとんでもない事をしたんです!】

 

声も震えている。怒ってるからじゃない。

 

【だから…っ…わたしの前にっ…来ないでくださいっ…!】

 

泣きそうな声だ。やっぱり私を傷つけたと思ってるんだ。実際は無傷だったし、ソラちゃんの噛み跡なんて残ってなかった。でも、あの時血をあげたのは私自身の意思だ。それは何にも揺るがない、変えられない事実。

 

「そんな事ないよ」

【………え?】

「確かにソラちゃんは私を傷つけようとしたけど、実際私は何ともないし、あの時ソラちゃんは自分で思いとどまってくれた。理性なんか無くしてない。私の信じたソラちゃんはずっとそこにいてくれたよ?」

【……でも】

「でもじゃないよ。私は私の意思でソラちゃんに自分の血を捧げた。だからソラちゃんは悪くないよ。私はソラちゃんを信じたから、絶対助けてくれるって信じてたから、血を飲もうって提案したんだよ」

【っ…でもっ…っでもぉ…!】

 

縋るように、許しを乞う罪人のように。ソラちゃんは私へしがみつく。怖くて震えてる。ソラちゃんの事はあんまり知らないけれど、きっとこの子にとって吸血というのはこれほどに自分を追い詰める行為だったんだろう。

 

「納得いかなくてもいいよ。でも、自分を責めないで。例えソラちゃん自身が許せなくても、私はソラちゃんの全部を許すよ」

【っ…ひっ…っっ…あ゙ぁ゙〜〜〜!!】

 

 

・・・・・・*

 

「落ち着いた?」

「………はい、取り乱してすみません。ましろさん」

 

泣きじゃくったソラの顔は妙に子供っぽく見えて、袖で涙を拭うと恥ずかしそうに顔を逸らす。一人で抱えて、何も解決しないのはお互いに知っている。『エンジェルフォール』で学んでいる。だから、誰かの為に動くことができる。ましろもソラも。

 

「えと、じゃあ…血、飲むよね?」

「……はい。頂きます…?」

 

お互い返答の正解が見つからないまま、ソラはましろを自分の膝に乗せる。

 

「え、腕からじゃ…ないの?」

「え、あ、いや!そのっ、く、首からだと思ってしまって…」

「ち、違うよ!嫌って訳じゃないんだけど、前は腕から吸ってくれたから…」

「首からの方が血が多く飲めるんです。動脈が大きい部分が多いので」

「そ、そっか…わかった」

 

互いの考えがあらぬ方向に向いていたが、ましろが納得して、顔を赤らめながらも服をずらしてその首筋を露わにする。

 

「いい、よ…」

「っはい…噛みます、ね?」

「んっ…」

 

ぷつり、と肌が切れる感触と一緒にやって来た首筋の痛み。滴る血を小さく喉を鳴らして飲むソラの顔は落ち着きを取り戻していた。さっきまで泣きじゃくっていたせいでまだ目元が赤い。これでソラはしばらく血を飲まなくて済む。

 

「……?」

 

母性なのか、なんなのか、不思議とソラの頭を撫でてしまうましろの手。血を吸うソラがなんだか子供のように見えてしまった。もう満足したのか、ソラは申し訳なさそうな顔をして首筋から口を離した。

 

「ありがとうございます。多分もう大丈夫です」

「ん、そっか。ぁ、目の色、戻ったね」

「はい。多分血が欲しいと紅くなるんだと思います」

「そっか…そっか、よかった」

 

なんとも言えない雰囲気が二人の間を包む。血を飲む関係上、上に乗ってしまったましろは居た堪れない。やるべきことが終わったあとの挙動が分からない。帰るべきなのか、もう少し話すべきなのか。しかし沈黙の中、先に行動に出たのはソラだった。

 

「ひゃっ」

 

無言でましろを抱き寄せる。顔を胸に埋めているせいで表情が分からない。それよりも、自分の鼓動が聞かれていないか心配になる。自覚してしまったそれが漏れてしまっていないか心配になる。

 

「え、と…ソラちゃん…」

「………」

 

窓の外は藍色で。二人きりになるには長すぎる時間が始まった。月明かりの部屋で引力で引かれ転がるように、二人はベッドへ落ちる。どちらからともなく、ただ重なるように見つめ合う。

 

「好きです。ましろさん」

「…………ぇ?」

 

ふと発せられた声は、果てしなく広い言葉だった。意味を拾う為には大き過ぎて多すぎる言葉だった。

 

「ソラ…ちゃ───」

 

表現が曖昧になりそうな息遣いは二人とも同じ。血を欲しているのか、目の前の体を欲しているのか、慰めの心を欲しているのか、その時の二人にはどうでもよかった。人肌に溶かされて絡まった指はどうしようもなく解けない。一度のキスでもまだ足りない。血も体温も鼓動も。

だが、それでもましろは自分の顔を腕で隠す。

 

「ましろさん?」

「まっ…て、今顔見ないで…絶対変だから…」

「そんなことないですよ」

 

名前すらも呼ぶ事に抵抗なんてない。少し狂った関係で繋がる二人の体。血を啜られる事に興奮する日が来るなんて思いもしなかったましろ。M気質な自分を嫌悪する。ソラに出会ってから少し狂い出した様にも思えるチューニング。人肌を少し触れ合いさせるだけでこんなにも簡単にその温度に身を任せてしまう。

 

「…んっ」

 

首筋にやって来たキスと服の中を弄る手。好きなんて言われたのは実際初めての事だった。友達として見ていた人からの告白なんて戸惑うに決まってる。なのに、ソラの言葉は何故か自然と受け入れられる。

 

「っは…」

 

見上げた先の紅い瞳が自分を欲している。触れたいとか、感じたいとか、そういう瞳の色。血が足りない訳じゃない。だが、欲しがるその瞳はましろにも伝わっている。

 

「綺麗で、可愛いですよ。ましろさん」

「ソラ、ちゃ……んっ」

 

言葉を遮ってしまう。言葉足らずではなく、今は要らないと言っているように。

 

「ぁ…ん…ふ、ぁ…んちゅ…んっ…っっ…」

 

キスはより深くなり、ベッドの上がついに二人だけの空間になる。絡んでいた指が解かれて包む様に腕を回す。大きな手に感じる温もりのせいでましろの瞳が垂れてきた。二人が動くと聞こえる布が擦れる音。下着の上から触られるだけで一人でシテいる時とは全く違うほどに心地良い。

 

「ん…っは…ぁ…はぁ…」

 

顔を見たくなったのかソラは口を離す。唾液が二人を繋ぎ、息遣いが間を漂う。眠いのに眠くない。互いの体にスイッチが入る。さっきの告白のせいで、ソラはもう止まれない。ましろは受け入れたがっている。

 

「ごめんなさい…ましろさん…もっといいですか?」

「ん…いいよ。ソラちゃんなら…」

 

両腕を広げて迎え入れる。今度はもう容赦はない。しっかりとキス以外の愛撫がやってくる。服の中でブラの留め具を外され、直で触られる。暖かくて大きな手、片方は突起を摘まれ、片方は吸われてしまう。

 

「ぁ…っ…んんっ…」

 

舌で転がされて、指で少し引っ張られ、弄ぶ。まるで爪弾かれるように。ましろはその刺激に身体を震わせる。

 

「んっ…ちょ、ソラちゃんっ…なんでそんな上手なの…っ…んぁっ、ひっ…!?」

 

そうして、股の間から突然やってきた少し強めの刺激。その方へ目を向けると、ソラの膝がましろのソコを突いている。小さく膝を押付けてくるその動き方はましろがそういう反応をすると分かっている動き方。

 

「ココ、良いですよね?」

「っ…」

 

胸の突起から口を離してわざとらしく舌の唾液を見せつけてくる。その妖艶な表情にましろの下腹部が少し締まる。

もっと、されたい。もっと、見てほしい。体がそう訴えてくる。スルスルと足を撫でられ、スカートに手をかけられる。漏れそうな声を必死に抑えるましろを見てソラの中に何か支配欲のようなものが溢れてくる。

 

「分かりますよ。わたしもよく一人で触りますから」

「ちょ、それって……ひゃぁん!」

 

油断した瞬間に、少し強めに膝を押し付けられた。あは、とソラはましろの反応を嘲笑う。さっきからソラの様子がおかしい。まるであの時のように強気な性格になっている。

 

「声、凄く可愛いです。ましろさん。食べちゃいたいぐらい」

「やだ…耳元っ…でぇ…喋らないでっ…てばぁ…!」

 

ちゅ、とわざとリップ音を鳴らし耳にキスを落とす。組み伏せられて逃げられないましろはソラの獲物同然。極上の獲物を逃すまいとマーキングの意味も込めて再び首筋へ牙を突き立てた。

 

「は、ぁんっ…!」

「んむ…じゅ…ぢゅぅぅ…」

 

痛くは無い。だが、それとは別な気持ち良さ。血を吸われると力が抜けていく。得体の知れない恐怖とソラがそばに居る安心感が混ざっておかしくなりそうだった。血を吸われながらも愛撫の手は止まることなく、痛みを感じているのか、快感を感じているのか、安心を感じているのか、ましろは何も分からなくなる。

 

「ソラ…ちゃ…」

 

名を呼ぶ声も啜られる音にかき消される。このまま吸われ続けて死ぬのだろうか。頭がだんだん働かなくなってきた。目の前にいる生き血を求める血呑み子が美味しいと言ってくれている。それが嬉しく感じるのも、きっと───。

 

「本当に美味しいです。ましろさん。全部吸い尽くしたいぐらいに」

 

暗くなった部屋に灯る紅い瞳。見つめられると何も出来なくなる。首筋に着いた血を拭いましろの唇に塗る。そして味わうようにやってくるキス。見上げは光はまだ消えそうにない。

 

「やっ…まっ、て…ソラちゃ、そこダメ…っ!」

「大丈夫ですよ。痛くはしませんから」

 

もう既に首に痛みを感じている。ましろは言い返したいがソラの指がましろの膣に入っている。片方の手が膣の中を弄び、片方の手が陰核を摘んでいる。ましろ自身もその同時の責めはやった事が無く、うつ伏せのまま快感を逃せない体勢を作られ必死にベッドのシーツを掴んで意識を失わないように耐えている。

 

「ふーっ!…ぐっ…!んぅ、やだ、ゃだそれぇ…!」

「好きですよ。ましろさん。すごく可愛いです。出会った時からずっと…」

 

耳元で囁かれる吸血鬼の甘い言葉。枕に顔埋めてその快感に身を焼かれ、瞳がチカチカと光を照らしてくる。

 

「もう限界ですよね?これ結構キクんですよ。無理しないで曝け出していいですからね」

「ふ〜っ…!ふ〜っ…!ふぐっ、ソラちゃ、もうィく…!わた、し、イク…!!」

「はい、どうぞ、ましろさん」

「お゙っ───!? っ……っ……あ゙っっ───!! ッ───!!?? っ〜〜〜〜〜〜!!!」

 

ましろの膣へ一気に指を差し込み、陰核指で潰し、また首筋に噛み付いて血を吸い出す。その同時に襲ってきた快感がましろを限界へと導いた。白目を向きかけ、枕を噛み締め足をピン、と伸ばしてその快感を全身へ押し付ける。

 

「〜〜っはぁ!はぁ…!はぁ、はぁ…はぁ…」

 

無くなった酸素を必死に取り込むましろの目は少し虚ろでだらしなく、艶やかな表情だった。

 

「ましろさん。好きです。大好き」

「そら…ちゃ、ん…」

 

吸血鬼から飛んでくる止まないキスの雨と呪いのように吐かれる言葉をただただ耳の中に取り込んで紅い瞳を見つめ返すしか出来なかった。

 

 

・・・・・・*

 

 

『そうかそうか。丸く治まったなら何よりだ』

「ねぇ、お母さん。その言い方なんかやだ」

 

ましろさんに事情を説明して心配になったとお母さんはわたしへ電話をかけてきた。かなり動揺していたハズなのに、大丈夫だよと、一言かけたら妙にすっからかんな声に戻ってしまった。

 

「お母さん絶対ニヤニヤしてる」

『何を言うんだ。自分の娘の恋愛事情だぞ?育て親なら大好物に決まってる』

「そういうの、余計なお世話って言うんだよ」

『いいじゃないか、娘の成長を祝うのも親の務めさ』

「彼氏なんていた事ないくせに」

『私の事はいいんだよ。お前の事の方が大事だからな。ところで、隣で寝てるましろさんからは何もないのか?』

「「っ!?」」

『お、動揺したな。今夜はちゃんと泊めてやれよ』

「お、お母さんっ!」

『っははは!お前がこんな時間に一人で女の子を歩かせるわけないだろう。お見通しだ』

「うぅ〜……」

 

悔しい。全部ちゃんとわかってるお母さんの思考が。

 

『まぁ、二人でちゃんと決められたなら、私は何も言わないさ。しっかりな。ソラ』

「……うん。ありがと。お母さん」

『さ、ましろさんに代わってくれ』

「わ…わかった。ましろさん、シャララ司令です」

「あ、うん…はい、お電話変わりました。ましろです」

『無理をさせてしまってすまないな。ましろさん』

「いえ…そんな。ソラちゃんの方がずっと辛かったと思いますから」

『………私以外でソラにそんな風に言ってくれる人は君ぐらいだよ。雑になってしまうがソラの事をよろしく頼む。君が支えてやって欲しい。すぐに突っ込む癖はまだ抜けてないからな』

「ふふっ、はい。こちらこそです」

『とにかく、今日は本当にありがとう。それだけだ』

「はい。ソラちゃんに戻しますね?」

『あぁ』

「ま…ましろさんに何言ったの?」

『何も、ただよろしくとな。さ、私も仕事に戻る。お前のせいでまだまだ山積みな事が多いからな。報告は纏めてする。来週の月曜日に出勤してくれ。それまでは有給だ』

「えぇ!?いやわたしはもう復帰出来るよ!」

『ダメだ。これは親としての命だ」

「……うん。わかった」

『おやすみ。ソラ』

「うん、おやすみなさい。お母さん」

 

そう言って電話を切る。最後のおやすみなさいもいつものお母さんだ。ましろさんも少し心配そうな顔をしている。怒られたと思っちゃったのかな。

 

「だ、大丈夫だった?怒られたりしたの?」

「いえ、そんなことないですよ。暫く休んでくれってお母さんが」

「そっか、そうだよね」

「ましろさんこそ、体は大丈夫ですか?その、わたし多分やりすぎたと思うのですが」

「あ、うん。平気だよ。ちょっと腰抜けちゃってるけどあとは何ともないから」

 

必死に布団で体を隠しながら真っ赤になって手を横に振る。噛み跡が見える。マーキングじゃない。本当の噛み傷。

 

「あの…ましろさん。順番が逆というかいろいろ飛んでしまったのですが、これだけは伝えさせてください」

「?、うん。何かな?」

 

わたしはましろさんの手を握り、真っ直ぐに見つめた。

 

「わたしは貴方の血を飲んでしまった。だから貴方が居なくては生きていけません。さっきの好きという言葉も嘘じゃありません。ましろさんの優しさにわたしはずっと惹かれていました。だから、これからもわたしと一緒に居てくれますか?」

「───!」

 

ましろさんは少し目を見開いたが、直ぐに潤んだ瞳へ変わる。

 

「うん。これからも、末永くよろしくお願いします」

「はい。わたし、ソラ・ハレワタールは生涯を尽くして貴方を守ります」

 

これは、とある物語。

 

「……そういえばソラちゃんて、『ソラ・ハレワタール』って言うんだね」

「今更ですか!?」

 

とある恋をした一人の吸血鬼と恋をした一人の少女の始まりのお話。

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