※この作品はR-18です。

プリキュア SS   作:扇 漱真

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ユキまゆ この時間が許すまで。

「はぁ……っ……んっ……!」

 

 二つの熱が混じり合う。

 夜のベッドの上。

 

「ユキ……」

 

 かけられる吐息の熱と絡み合う体の熱がずっとわたしを苛んでいる。

 

「やぁっ……ぁ……んっ……ま、ゆ……」

 

 貫かれる視線の元。

 まゆの瞳の鋭さはわたしの体をいつも刺す。

 

「…………ごめん、ユキ」

 

 しかし、今日は少し違っていた。

 

「なに……まゆ?」

 

 静かに見据える冷たい瞳。

 まるで何かに冷めたよう。

 

「もういいや。飽きた」

「え───?」

 

 劈くように耳が死んだ。驚いて目が見開いた。

 わたしの愛液で濡れた指がわたしを指している。

 

「もうなんか……どうでもよくなって来ちゃった」

 

 何を言っているのか分からない。

 ここまでしておいて、放っておくのは無いと思う。

 

「もう終わりにしよう。ユキ。私とユキは違うんだ」

 

 まゆの最後のセリフだけが、わたしの耳に残っている。

 

 

 …………

 

 

「っ……」

 

 ビクリと、体が揺れる。浅い眠りから何かの気配で意識が覚めた。体の感覚的には別に何も無い。だが、気配を感じる。誰かそこにいるのかしら? 

 感じ取れるものを見るためにわたしはそっと目を開けた。

 

「ん……んぅ……?」

「あ……ごめん、ユキ。起こしちゃった?」

「ん……大丈夫」

 

 毛布を持ったまゆが居た。辺りを見るとまゆの部屋。下を見るとまゆのベッドの上。

 あぁ、『人』の姿で寝ていたのね。通りで起きるのが怠いわけだ。しょぼくれた目を擦り、気怠い人の体をゆっくり起こす。腕を動かすのも怠い。頭を動かすのも怠い。まゆの声を聞くのも怠い。瞳に景色を入れるのも怠い。あぁ、これはそういう事だ。

 

「最悪ね……」

 

 目覚めが悪い。昼寝で眠りが浅かったせいか。それとも、あの夢のせいか。体を動かそうにも、頭を働かせようにも、どうにもぼーっとしてしまう。

 

「ユキ……まだお眠?」

「ん……」

 

 なんともなしにまゆの手を握る。わたしよりも今は暖かい手。ポヤポヤしているのがまだ抜けないがさっきよりはだいぶ意識が覚醒してきた。

 

「眠いなら一緒に寝てあげる?」

「そんなのいいから……」

 

 少し半寝のわたしにまゆは寄り添ってくれる。暖かい。本当にこのまま二度寝してしまいそう。まゆが隣で寝てくれるなら変な夢も見なくてすむのでしょうけど。それだったら、今ここに居るまゆを見ていたいのもある。だから眠らない。

 

「いい……寝ない」

「そっか……」

 

 何か言いたげな顔でわたしを撫でるまゆ。

 言いづらいことなんてなかったはずだけれど、もしかしてわたし、眠っている間に変な事でも言ったのかしら? 

 

「ねぇ、まゆ。わたし変な寝言言ってた?」

「んぇ!? なんで急に!?」

「なんで貴方が慌てるのよ。わたしはわたしの事を聞いているのよ? もしかして……何か言ってた?」

「え……あ……いや……その……」

 

 しどろもどろのまゆを見て大体を察する。何か言っていたらしい。しかもあまり人に言えないようなことだ。まゆはこういう時分かりやすいから有難い。

 訳の分からない戯言のような寝言を言っていたであろう自分に呆れてしまう。こんな自分でもさっきまで見てた夢の内容が鮮明に頭に残っているから。

 

「言えないならいいわ。別に気にしてても仕方ないし」

「ぁ……うんっ。そうだね……」

「……」

 

 パタパタと慌てて手で顔を扇ぐまゆ。小さくため息を吐いて自分の掌を見る。

 

「まだ慣れないわね……」

 

『人』になってからまだそんなに日が経って居ない。

 まだこの感覚には慣れていない。

『人』として生きるのは難しいものだ。

 

 

 …………

 

 

「ごめ〜ん! こむぎ! 今日先生のお手伝いがあるから少し待ってて!」

「私も手伝いに行くから、ユキもこむぎちゃんと待っててくれる?」

 

 そう言われ二人に合掌を見せられた放課後の教室。わたしとこむぎは顔を見合せて頷いた。

 

「うん! わかった!」

「えぇ」

「ごめんね〜、すぐに戻ってくるから!」

「じゃあ待っててね」

「行ってらっしゃ〜い! ……なにしよっか? ユキ」

「そうね……あ、折り紙なんてどう?」

「わぅ? なにそれ?」

「やってみる?」

「うん!」

 

 そうして、なんとも珍しくわたしとこむぎの二人の時間が訪れた。別段やる事も無いわたし達は教室の隅で折り紙で暇つぶしをしていた。

 

「違うわよこむぎ。ここを折るの」

「わぅぅん……難しい〜……」

「いいじゃない。上手になっているわ」

「ほんと? えへへ〜」

 

 コロコロ変わるこむぎの表情を見ているとまるで妹でも出来たみたいに少し心が浮いてしまう。勉強以外は真剣に取り組むこむぎを見ていると不思議とわたしも見栄を張って頑張ろうとしてしまう。それだけはこの子の凄い所だと思っている。少し天然なのがまたに傷だけれどね。

 

「わぅ? ユキ、あの子たち何してるの?」

「ん?」

 

 こむぎが窓を覗くとそこには、三人の生徒がいた。まゆ達じゃない。ほかのクラスの生徒だ。

 スコップで土を掘り、何かを埋めている。少し見続けると最後に名前を書いた札をのようなものをその掘り場所に立てた。どうやら、この学校で飼っている動物が一匹に亡くなったようだ。あの生徒達がやっていることはその埋葬だろう。

 

「誰か、亡くなったみたいね。今お墓を作ってあげてるんでしょ」

「居なくなっちゃったの?」

「そうね。もう此処には居ないわね」

 

 その泣いている生徒達を見るこむぎの表情は見たことがないものだった。不思議そうで、真剣で、悲しそうな、そんな表情。

 

 

「こむぎ達も、いつかあんな風に死ぬのかな?」

 

 

 グシャリ。

 折り進めていた折り紙が一気に崩れてしまった。この子は突拍子も無いことを無垢な心で言い放つ。わたしにとってそれが心臓に悪いものだった。

 

「なによ急に。らしくないわね」

「いろはがね。言ってたんだ。ぜつめつした動物達は皆『天国』って所に行ったんだよって」

 

 天国。ありきたりな常套句で通したのね。流石いろはね。しかし、そのこむぎの顔は少し納得していないような顔だった。

 

「ね、ユキ。『天国』って本当にあるのかな?」

「っ……」

 

 ただその場で視線を合わせただけなのに、そのこむぎの顔に気圧される。純粋で、無垢なこの犬のこういう所が少し苦手だ。わたしはつい視線をこむぎから逸らしてしまった。

 

「それでね、悪い事をした子達が行く所は、『地獄』って言うんだって」

「……そうね。そう聞くわ」

「こむぎもね。いろはと一緒になるまでは皆の事が嫌いだったよ。ぜんぶぜんぶ怖くて、ぜんぶぜんぶ嫌いで、最初はいろはのことも怖くて信じられなかったんだ。何回か噛んだし、引っ掻いたこともあったよ」

「…………そう」

「だから、こむぎも死んだら地獄に行くのかな?」

「……わたしには……わからないわ」

 

 脳裏に浮かぶ。自分の過去。

 似た体験をした自分の過去。

 まゆに似た体験をさせた苦い思い出。

 苦しくなって、眉を潜めて目を閉じてしまった。

 

「もし本当に『天国』があって、こむぎもそこに行っていいってなったら、ニコガーデンみたいな所がいいな」

「……どうして?」

「天国って皆がニコニコしてて楽しく暮らしてる場所だよって、いろはが教えてくれた! それ聞いたらなんだかニコガーデンみたいだな〜って思って!」

 

 そうして、またこむぎは笑顔に戻った。しかし、窓へ視線を返すとまたさっきのように読み取れない表情へ戻る。

 

「そうすれば、いろはも笑ってくれるよね」

「……え?」

「悟といろはが一緒になって、こむぎが死んでも天国に行けば、いろははずっと笑ってるよね!」

 

 

「───っ馬鹿な事言わないで!!」

 

 

 今のこむぎ全てに悪寒が走った。寒気に似た何か。恐怖のような、おぞましいもののような、こむぎから聞きたくない言葉を聞いたような。そんな寒気。だから、私はつい声を荒らげてしまった。叱るように、遮るように、こむぎの心を拒否してしまった。

 

「ユキ?」

 

 首を傾げるこの子の顔は、本当にただそう思っているだけの顔。何にも裏も表もない顔。わたしはそれが怖い。この子の自然を自然のままに受け止められるその心が。抗おうともしない。この子はそういう意味で純粋だ。

 

「っ───はぁ……ごめんなさい。こむぎ。大声を出して」

「ん〜ん。大丈夫だよ」

「でもね。こむぎ。今の話はいろはの前じゃしちゃダメよ」

「んぇ? なんで?」

「いきなり天国に行くなんて話をしたらいろはは悲しむでしょう? だからダメ」

「わぅ……たしかに。うん! わかった!」

 

 またわたしはため息を吐いて椅子に座る。

 この子は本当に純粋で無垢。だからこそ、言葉も選ばない。真っ直ぐに伝えてくれるけれど、直線的過ぎて置いていかれる。見据えているようで目の前しか見てない。それがこの子。この子はそういう子だ。

 

「お待たせ〜! こむぎ!」

「あ! いろは! おかえり!」

「ユキもごめんね。退屈だったでしょ?」

「別に平気よ」

「よし! じゃあ皆で帰ろう!」

「わん!」

 

 犬組の背中を追いかけて、わたしとまゆも続いて歩く。さっきの話を思い出し、悪寒がしたわたしは、堪らずまゆの手を掴んでしまった。

 

「ユキ?」

「ごめんなさい。まゆ。今は、繋がせて」

「う……ん? いいよ」

 

 別に隠す必要もないのに、わたしはこの手繋ぎを誰にも見られたくないと家に着くまで願っていた。

 

 …………

 

「ねぇ、ユキ。何かあったの?」

 

 家に着くなり、カバンを置くとまゆが心配そうにこちらを覗いてきた。

 

「別に……なんでもないわよ」

「だって、今日ずっと顔が暗かったよ?」

 

 緩い予想を当てられそうになり、まゆの策略に引っかかりそうになる。

 

「私にも話せないこと?」

「ん……」

 

 頬をなぞったあどけない指。見ていられないまゆの顔。見れば再び思い出す。こむぎとの会話を。あの夢さえも真に受けてしまう。まるで正夢として見せられた予知夢のように。

 

「貴方が聞いた寝言の事よ」

「ぁ……」

 

 思い出したように口を隠したまゆ。

 やっぱり何か言っていた。しかも聞いて欲しくないことなのは絶対だ。まぁ、実際の所は関係ないけれど、何かあったと言われればそれとこむぎとの会話だ。

 

「今日、こむぎがね。わたし達のこのまま死ぬのかなって。言っていたの」

「え」

「なんかそれが引っかかって。昨日見た夢を思い出しちゃったの」

「私が……ユキの前から居なくなったんだよね?」

「……」

 

 やっぱりそういう寝言を言っていた。

 

「行かないで。って言ってたよ?」

「……そう」

「私と居るのそんなに不安?」

「……別に」

「私は何処にも行かないよ?」

「……えぇ」

「ユキは私の事嫌いになの?」

「……そんなわけないでしょ」

 

 淡い夢の中の結末なんて知らぬまま。まゆの言葉に自分の言葉を重ねていく。まゆの策略。どうしてもわたしの口から言わせたいらしい。

 

「なら、なんでそんなに───」

「なら、わたしの言いたいことは分かるでしょう?」

「ちょ、ユキ……ッ」

 

 傍に居てと、抱きしめても。今も聞こえているのはまゆの鼓動。わたしの声じゃない。ベッドへ引き込むように倒れても、まゆは未だに訳が分からないと顔を歪めている。

 

「分からない? まゆ」

「いや……その……シたい……の?」

「えぇ、今は不安なものが張り付いてるから」

「こむぎちゃんの話? それとも、夢の方?」

「両方よ」

 

 そう言って、わたしはまゆへ口封じ。触れて良い? とも聞かないでただ縋るようにまゆへ擦り付ける。

 今はここに居る。そう感じたいからただ自分の唇を擦り付ける。泣きそうになったのは秘密のままわたしはまゆへ浸隠す。

 

「まゆ」

 

 名前を呼ぶのは安心したいから。結んだ髪を解かれて、まゆもサイドテールを解いた。

 

「今日は随分やる気ね?」

「ゃ……だって、ユキが誘ってくるから」

「ふふっ、確かに」

 

 ひけらかして顔を作る。息を飲んだまゆの顔が面白い。何度もしているはずなのにこの子はずっと初な反応。からかいがいのあるわたしの好きな人。

 触発されてしまったのかもしれない。悟といろはに。幸せそうに手を繋ぐのも、幸せそうに歩くのも、わたしは最近知った出来事だから今は感じていたいのかもしれない。

 

「んっ……」

 

 まゆが重なって、わたしの上になる。やっぱりスるよりはサれる方が好きなんだとこの時わたしは自覚する。不安な時、必ずそばに居たのは全部まゆ。それは逆も同じ。

 

「今日は甘えただね。ユキ」

「そうね。今日は、ね」

 

 こればかりは何度しても足りなくなる。すればするほど欲しくなる。『人』に成ってからはずっとこう。ある種の中毒だと思う。

 

「っ……ぁ……」

 

 布と布が擦れる音。

 ベッドが軋む音。

 誰かを抱いて横たわる感覚。

 手を繋ぐ感触。まゆの体温。

 全てが総て、わたしをわたしにする。名もないわたしを拾ってくれたまゆの心を感じる距離。

『この時間が許すまで』。わたしは手放す気などない。

 

「ふ……っく……」

 

 まゆはわたしの首筋が好きだ。吸う時も『深く吸う』時も、全部最初は首筋から。首筋へのキスには何かしら意味があったはずだが、そんな事は忘れた。他の誰かにされても意味が無い。まゆがしないと意味が無い。

 

「ま、ゆ……っ……」

 

 のめり込むように、まゆが縋り付いてくる。わたしが離すまいと手で抑え込む。

 まゆに触れられる度にわたしの心は跳ねてしまう。嬉しいよりはただ興奮してるだけだと思う。

 

「ユキ……綺麗……」

 

 とろんとした瞳で見つめてくる。わたしもまゆの温度と体の熱で瞳が垂れる。綺麗と言われただけなのに、こんなにも心が踊って、蕩けていく。この感覚だけは忘れたくない。

 繋いだ手も、絡んだ指も、擦り合う足も、触れる肌も、全部まゆじゃないと落ち着かない。

 依存してるのはわたしの方だ。あんな夢を見てまゆに醜く縋って誘い込んで。される事は全部嬉しくて、見てくれるのも嬉しくて。どうしようも無い猫のよう。

 

「……っ……ァ……んっ……!」

 

 わたしの服の中にまゆの手が入ってきた。脇から撫でるように入れられると少しわたしは驚いて体を弾ませる。脇腹を撫でられるのはよくあることだけど、この姿の時だけはどうも感じ方が違う。

 慣れていない声を上げてしまいそうになり、つい口を甲で抑える。失敗したと思いながら、まゆを見つめると当然笑っていた。

 

「今、声出ちゃったね」

「その顔……やめてくれる?」

 

 目線を合わせられないと顔を逸らしてみせる。我慢なんてしなくていいのに、声は癖で我慢してしまう。

 

「声聞きたい」

「っ……やめてっ……」

 

 ユキの足りないよ、とまゆはわたしを組み伏せる。

 

「駄目、止めてあげない」

「っ……」

 

 こんな事されて嬉しがっているのは異常だと思う。でも、今のわたしにはそれを拒む理由は無かった。だから、寄り添ってくるまゆを受け入れた。

 

 …………

 

「そっか……たしかに居なくなるのはいやだよね」

「だから、言いたくなかったのよ」

 

 事後、まゆはわたしを撫でながら話を聞いてくれた。その手はいつもとは違う。子供をあやすような手つき。

 

「でも、大丈夫。私は勝手にユキの前から居なくなったりしないよ」

「……本当に?」

「もちろん」

 

 背中を向けていた体をまゆの方へ直し目線を合わせる。するとまゆはいつもの優しい笑顔になる。

 

「いつまでも、ね? ユキ」

「……えぇ、そうね。まゆ」

 

 見つめる二つの月夜の瀬。

 まるで世界が二人のよう。

 まゆの愛が欲しいだけ。

 わたしは寂しがり屋の猫のよう。

 あなたの愛がまだ足りない。

 だからずっと見つめていて。

『この時間が許すまで』。

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