わたしは周囲に流される人間だ。元々はそうじゃなかった気がするけど、きっかけがあってそうなった。
高校生の時である。人気のある、いわゆるイケメンから告白された。とても光栄な話なんだろうけど、どうしてもわたしの好みではなかったし、その時は恋愛に興味がなかったから、断ってしまった。
それがきっかけ。わたしは女子を敵に回すことになった。どうやらわたしは、男をもて遊ぶ悪女、ビッチということで、陰湿なイジメに遭うことになったのである。
今思えば、それはただのくだらない妬み・嫉妬だ。だけどそんなこと関係なかった。わたしはその時の事がいまだに忘れられなくて、周囲に意見をあわせるような、そんな人間になったような気がする。
大学で付き合った男もそう。イケメンで、人気のある男だった。告白されて、流されるままに、付き合うことになった。好きじゃなかったけど、それは仕方のないことだった。わたしは祝福された。美男美女でお似合いだね、と。素敵なカップルだね、と。
その度に胸が苦しくなった。
だけど付き合い始めれば、好きになれるかもしないとも思えた。だけど現実は甘くなかった。
どれだけ一緒にいても、恋愛感情が芽生えることはなかった。セックスも相性が良くなかった。
わたしはどうしたらいいか、わからなくなった。しかも不思議なことに、セックスが気持ちよくないと、気持ちの良いセックスはなんだろうと、興味が湧いた。性欲というものが出来たのだ。そんな時だった。鈴野くんに会えたのは。
初めての一目惚れだった。同じ電車という以外、接点がなかったけれど。いつも見られているのは気づいていたから……わたしも、なにかアプローチしようと思った。
そうして、鈴野くんに出会えて……。何度も、一つになれた。だけど、ホテルに連れていった時、本当は胸がとてもバクバクしていたし、ビッチだと思われるんじゃないかっていう不安があったりもした。けど、大人だと見られたくて、なんでもないことのように装っていた。
けれど、わたしは大人なんかじゃない。今だ中途半端に、大学の彼氏に別れを切り出せないでいる。また周囲から白い目を向けられるんじゃないかって。そう考えて、勇気を出せないでいる。
わたしはひどい人間で、子供なのだ。
★
「考えすぎじゃない? むしろ、ちゃんと別れているわけじゃないのに、他の男とよろしくやっていることの方が、問題だと思うけど」
「ううっ。まったくもって、その通りだね……」
大学の帰り道。高校時代からの友人——彼女は味方してくれていた、数少ない人——恵里とカフェでコーヒーを飲みながら、相談をしていた。
「わたし、不誠実だよね……」
「まあでも、仕方ないんじゃない。これからきっちりしていくしかないよ」
「う、うん」
「あと麗さあ……」
「なに?」
「声大きすぎだって。音もすごいし……なに、そんなにすごいの? 年下の彼?」
「ご、こめんね。うるさくして」
「いいっていいって。どーせ隣、私だけだし? で、どうなの?」
わたしは頰が熱くなるのを感じた。視線も合わせられない。
「す……」
「す?」
「すごい……」
恵里はひょおー、と声を上げた。
「すごい、いただきましたー! あとモジモジして恥ずかしそうにしてる麗、エロ可愛い! その爆乳のくせして、まだまだピュアだね!!!」
「恵里、声、大きいってば……」
心なしか視線集めている。しかも爆乳、なんていうから胸を見られている気がした。なんか恥ずかしくなって縮こまると、むにゅ、とさらに胸が強調される。悪循環だ。
ちなみに、友達の恵里もかなり大きい。爆乳だ。
「まあ、早く別れちゃいなさい。好きじゃないのに付き合ってもしょうがないって。それに別れたら、年下の彼と心置きなく付き合えて、思いっきりヤリまくれるよ! やったね!」
「だから恵里、声大きい……すごい内容だから」
「けど、あいつと別れるの、ちょっと苦労するかもねー」
「え?」
「麗の彼氏なんて、どうせおっぱい好きでしょ? その爆乳は手放したくないと思うなー」
「こじれる……かな。もう、ほとんど会ってないけど」
「最近連絡来た?」
「この間、鈴野くんと一緒の時に、来ていたみたいで。ほとんど自然消滅したけど、やり直さないかって……」
「ヤリ直さないかパターンかあ。やっぱ麗のおっぱいが好きなんだねえ」
「そ、そんないやらしい意味じゃないと思うけど……」
「そういう意味だとおもうよ?」
「抱きたいってこと?」
「そう。私、事情を知っているからなー」
「???」
「ま、とにかく。勇気を出して、別れること! 私も協力するからさ」
「いいの?」
「もちろん! なにがあっても、私はアンタの親友だからね! 一肌脱ごうじゃない!」
そう言ってサムズアップする恵里に、わたしは感謝した。
★
恵理の予想は残念ながら当たってしまった。別れ話を切り出しても、彼は引き下がらなかったのだ。わたしは自己嫌悪に陥った。そもそも好きじゃなかったのに、付き合ったのが悪いのだ。気持ちを偽ったのが、原因なのだ。だからこうやって、なにもかもが中途半端になる。男を弄ぶビッチと言われても、仕方なかったのかもしれない。
脳裏には鈴野くんがよぎる。それでも、こんなわたしを好きだと言ってくれた人がいるから。初めて好きだと思える人が出来たから。ここでまた、流されてはいけないのだと、決心を固めた。大丈夫。親友の恵理は後押しして、味方してくれているのだから。
この日。わたしはいつも通り、大学からの帰りアパートの階段を昇った。
「よう」
びく、と驚きで体が震えた。彼が扉の前にいたのだ。住所は知られているし、こういうのも覚悟していたのだけど……。
わたしは毅然と、真っ直ぐに告げた。
「……勝手に来ないでよ」
「冷たいなあ。まあ随分長い間連絡とってなかったから、冷めるのはわかるけどさ」
「わたし、好きな人が出来たの」
「それさ、本当なのか? そりゃお前、見た目だけは良いけど。マグロ女じゃん? セックスも含めてさ」
「へ、変なこと言わないで」
下品である。でもこの人は、わたしが流されるままの人間であることを、見抜いている。だからこういうことを平然と言えるのだ。
だから、わたしは変わらないといけない。そうじゃないんだって、証明しないといけないのだ。
「なら、これから試させてくれよ? この後、暇だろ?」
「っ!」
腕を掴まれ、扉の前まで引っ張られる。抵抗したが、彼はハンドバッグの中にまで手を突っ込もうとした。
「鍵、どこだよ? なんだかんだ、お前ってこうやって強引にされるのが好みなんだろ?」
「ち、違うから! やめて!」
「素直になれよ。ほら、鍵を渡せ」
強くなろうとした。大きな声を出そうとした。だけど、実際に口にしたのは――違う言葉だった。
「助けて――鈴野くん!」
そして――嘘みたいな奇跡が起きた。
「離してください。宮倉さんが嫌がっています」
彼の腕を掴んで止める、鈴野くんが現れた。
★
宮倉さんは目を丸くして僕を見上げた。男も驚いたように僕を見る。
「へえ……? 男が出来たってのは、本当だったのか。けど、苗字読みの上にさんづけかよ、なーんか女々しいな」
「うっ」
痛いところを突かれる。だけど、宮倉さんを思う気持ちは本物だ。自信を持たないと。
「そんなこと、アンタには関係ない。手を離せ」
「おー、怖い怖い。わかったよ、これ以上騒がれたらかなわねーしな」
男はおちょくるように言って、両手を挙げた。その目は僕をバカにしているように見えた。
「鈴野くん、どうして、ここに……?」
「宮倉さんが助けを求めたから――って、言いたいですけど。実際は、呼ばれたんです。それで近くに待機していて」
「呼ばれた……?」
そんなやり取りをしていると、男があーあ、と冷めたようにため息をついた。
「にしても、マグロ女のお前が二股とはねえ。意外とビッチだったんだな」
「っ……!」
「俺、かわいそー。みんなに慰めてもらおうかなー」
宮倉さんが体を強張らせる。こいつ、暗に言いふらそうって言っているよな。
僕がなにか言おうとしたが、隣の部屋から一人の女性が現れる。
「――人のこと言えないでしょう? 麗がそういうのに弱いってわかって、脅そうと悪あがきすんじゃないわよ、見苦しいったらない」
「恵理……」
宮倉さんの友人だ。恵理さんは携帯を持ちながら、メッセージアプリを見せる。
「アンタだって私を口説こうとしたり、大学の女に片っ端から声かけているじゃない。最近、評判悪いんだからね。見た目が良いから最初はモテたようだけど。大方、本性がバレて女にフラれ始めたから、麗のところに戻ろうとしたんでしょう?」
「ぐっ……お前、こいつの隣に住んでいたのか」
「そうよ。また来ようとしてもムダだから。私が守るし……この子もいるようだしね?」
恵理さんが横目でちらりと僕を見た。男は大きく舌打ちをする。
「くっだらねえ。どいつもこいつも……」
悪態をつきながら、僕にわざとぶつかり階段を降りる。頭に血が昇った僕は飛び掛かろうとしたが、宮倉さんに抱き止められたので、毒気を抜かれた。
カンカン、と階段を降り、男が去っていくと緊張が解けた。まあなにはともあれ、なにも起きなくてよかった。
「ごめんね、麗。黙っていて。この間部屋に来た時、帰り際鈴野くんに声かけていたの。事情説明してさ、いざという時は二人で助けようって決めていたの」
「……そう、だったんだ」
「そ。で、部屋の前にあいつがうろついてさ。それで鈴野くんを呼んだわけ」
「ありがとう、恵理。わたしを助けてくれて……」
「いいの、いいの。まあでも……お礼は鈴野くんしてもらおうかなー?」
「鈴野くんに……???」
首を傾げる宮倉さん。対して、恵理さんはニコニコと小悪魔的な笑みを浮かべている。
「エッチすごいみたいだから。私にも……してもらおうかな?」
思わず、頬が赤くなった。つい、恵理さんの大きく膨らんだ胸元へ視線が吸い込まれてしまう。と、ここで同じように顔を赤くした宮倉さんが僕を抱きしめた。宮倉さんの爆乳が視界を埋め、呼吸が出来なくなる。く、苦しい!
「だ、ダメ! なに言っているの! いくら恵理でも、絶対に渡さないんだからっ!」
「えー? 良いじゃん。先っぽだけでもいいからさー」
「先っぽだけでもダメ!」
「減るものでもないでしょ?」
「減らなくてもダメなの!」
「もうー。麗ったら、欲張りー。あんなに気持ちよさそうにしていたら、気になるじゃん」
「わ、私と鈴野くんだからなの! 相性なんだから!」
「うわー。純粋かよ……」
そんなやり取りの中でも、僕は爆乳のせいで中々呼吸が出来ずにいた。おっぱい地獄は幸せだけど、生理現象には敵わない。早く、離してほしい……。