夜。
篠ノ之箒は自室のベットに腰掛けて虚空を見つめていた。もうかれこれ数時間はこうしている。
因みに今いるのはここ数年ほとんど帰ってなかった自宅の自室だ。いつもは織斑一夏の家に入りっびたしだったが、今日、今だけは自分だけの時間が欲しかった。
(一夏、、、。)
今箒の身体も心もフワフワだった。気がついたら宙に浮かんで、そのまま飛んでいってしまいそうなぐらいに。
お風呂に入って、ご飯を食べて、ベットに腰掛けてもずっと一夏の事を考えてばかりだった。いつものような熱焦がれるような熱い気持ちではない。何かこう、、何と言うのだろうか?箒にはこの感情が言葉では説明できなかった。
箒はふぅと、ため息をつく。
(このままぼーっとしていても埒が明かないな、、、。)
とりあえずリビングに行って、緑茶でも飲んでおこう。あ、あれ?そういえば自宅のお茶の場所ってどこだったっけ?いや、そもそもうちにあったのは緑茶だっただろうか?なんか両親がほうじ茶飲んでいたような気がする、、、。そう頭がグルグルとしていた時だった。
コンコン、とドアがノックされる。
『箒ちゃん?入るわよ?』
「は、はい!大丈夫です!」
箒が佇まいを直すと、ドアがゆっくりと開いて、妙齢の女性が入っていた。手には湯呑みが二つ置かれたお盆を持っている。
「箒ちゃん大丈夫?最近元気が無いみたいだけど、、大丈夫?」
頬に手を当てて心配そうに息をつくのは、雪子さん。箒が小さい頃からお世話になっている叔母さんだ。
「い、いえ、大丈夫、、、大丈夫です。」
「本当?ここ数日心ここにあらずって感じだったけど、、、何でもいいから話してみない?」
「いえそれは、、、ちょっとオカルト的な話なので、、、。」
「あら箒ちゃん。納涼の時期はとっくに過ぎてるわよお?」
雪子さんはじっと箒を見つめていたが、、やがてふっと微笑んだ。
「そんなに気を詰めていても仕方ないわ。少し休憩にしましょう?」
箒は差し出された湯呑みに口をつける。口当たりのいい甘さが口いっぱいに広がり、跳ねている心が次第に落ち着いてくる。
「これは、、いい茶葉を使ってますね。」
「ええ。参拝客さんからの貰い物なのよ。」
箒がふうっと息をつく。そしてチラリと雪子さんを見つめる。
昔から、この人に怒られたり、叱られたりしなかった。一度たりとも。
『だって、悪いことをしたと自覚があるのならそれで充分でしょ?』
そんな事を言われるたびに恥ずかしくなる。この人は私の味方なのだと、心から思える。
「箒ちゃんならきっといつか話してくれるわね。私、待っているから。」
ーーああ、こうやって頬を撫でられると、ざわつく胸が静まっていく。
「そうそう。箒ちゃんにお友達が来てるのよ?」
「え?」
思わず惚けた声を出してしまう。誰だろう、、、もしかして一夏?いや、一夏はまだ恋人でーーって、まだってなんだまだって。
「お待たせしているから呼んでくるわね。」
パタパタと出ていく雪子さん。ど、どうしよう。まだ心の準備が出来ていないのに。
「、、、こんばんは、箒。」
「ーー鈴?」
栗色のツインテールが眩しい、同じ恋人の仲間が、そこにいた。
「、、、悔しいけど美味しいわね。」
「そうだろうそうだろう。日本でも有数の茶葉の産地かららしいからな。」
「い、言っとくけど、チャイも美味しいからね!」
「はは。そうだな。いつか飲みに行ってみたいものだ。」
「そうね、、みんなと一緒に、、。」
そう言って二人で黙り込む。そんな未来は果たしてくるだろうか。まだ心の準備が出来ていない。
「ねぇ、、、。」
鈴が遠慮がちに声をかけてくる。
「一夏の話、、、本当だと思う?」
その言葉にズキリと胸が痛む。だけどーーここでは逃げてはダメだ。
「一夏は真面目だからな。こんなトンチキな冗談は言わないだろう。」
「そうね、、アイツは昔から、、。」
そう言って二人して言葉に詰まる。チラリとお互いを見ると、目が宙を泳いでいた。
「ねぇ、、、。」
鈴が恐る恐るという風に口を開く。
「どうした?」
いや、聞かなくとも分かっている。鈴はおそらく
「これから一夏とどう向き合うつもり?」
「、、、、、。」
分からない。こればっかりは。
「ずっと、、、好きだったんだ、、、。」
ポツリポツリと言葉を紡ぐ。
「小学校の頃助けられてからずっと、、、ずっと想い続けてきたんだ。」
思い出すのは小学校の頃。周りの男子達から「大女」と揶揄われてきた自分を背に、男子達に立ち向かってくれたあの少年を。だから好きになった。側にいたいと思った。
そんな少年を自分から奪った"彼"を、本当は糾弾しなければならないだろう。お前は私から織斑一夏を奪ったのだと。
ーーしかし。
「なんでだろうな、、、憎いはずなのに、、、アイツを、、嫌いたくない。」
今までの思い出が、玉のように溢れ出してくる。一緒にご飯を食べた事、並んで登下校をした事、遠足、体育祭、文化祭と一緒に全力で学校行事を楽しんだ事、、
そして、いつも隣で笑っていてくれたあの笑顔ーーー
例え初恋の相手とは違うとも、彼は一緒懸命に私たちを愛してくれた。私たちを、必要としてくれた。
そして、、、私も彼に知らず知らずのうちに惹かれていたんだ。
「答えは出たみたいね。」
鈴はニカっと笑う。それに私はー力強い笑みで返した。
「ああ。このままなぁなぁで終わらせる訳にはいかない。アイツにーーー織斑一夏に伝えなければいけない事がある。」
「その勢よ!」
私たちはコツンと拳をぶつけ合う。もう迷わない。どんな決断になろうとも、、、前に進まなければいけないんだ。
「そうと決まれば腹ごしらえよ!ラーメン食べに行きましょ!!」
「こんな時間にか!?いや、待て鈴。」
箒は恐る恐る鈴を見つめる。
「その、、鈴はいいのか?あの一夏は、、、。」
「そうね、、、。」
鈴は箒に向き合うと、真剣な表情を向ける。
「初恋が実る訳じゃないわ。今回のは流石にレアケースだと思うけど、とても悲しい事だってある。だけどーーーその分だけ嬉しい事もやってくるものよ。」
そして、笑みを浮かべた。
「私もアイツに想いをぶつけてみるわ。あの一夏と同じくらい素敵なアイツに!」
「全く、、、敵わないな。」
それしか言えなかった。