こんな家に住んでいるというのに、その判子屋の娘が芽兎めうだという事実が何とも信じ難いものだ。
重き歴史を積み重ねた家にいながらにして、当の本人は秋葉カルチャーに染まる現代っ子というのだから不思議という他ない。
ちなみに、芽兎めうがゲームの練習のために使っているドラムはこの店の倉庫の奥から引っ張ってきたものらしい。歴史をまたいできた骨董品は元より、ドラムセットまでしまわれているこの店の倉庫には一体どれだけのものが、どれだけの歴史が詰め込まれているのか、もはや想像もつかない。
「こっちめうーっ」
「あ、おじゃまします」
芽兎めうに手招きされるがままに上がり込む。家の中に入るとまた一段とこの空間の雰囲気に圧倒されそうだ。
幸いなのか、今は芽兎めうの家族は不在のようだ。余計な緊張感がなくて助かるところだが、むしろいなかったのはそれを事前に見計らってのことのように思える。いないからこそ招き入れたと考えるべきか。
「家に招くのが目的だったのか?」
それだけなら何とも回りくどい話だ。何せ、芽兎めうの家はいつも寄っている喫茶シャノワールからそう離れていない。わざわざ賭け事をするまでもなく、ちょっと歩けばいいだけの話。
「……違うめう。めうのお願いは、まだ言ってないめう」
どうも先ほどから言葉を濁す。芽兎めうののど奥に何かが突っかえているようだ。
普段はゴリラ並みの体力を見せ付けているくせに、その草食動物みたいにひ弱そうな華奢な腕をたたんで俯く。
「めぅ……」
ほんの数歩、そっと身を寄せてきたかと思えば両肩から首をひょいと掴まれ、刹那、芽兎めうの瞳が視界いっぱいに広がる。
ふわりと甘い匂いが香り、口元にやわらかい感触が残った。
茹でだこのような真っ赤な顔が、一歩二歩と遠ざかる。なんだろう、と指先で唇となぞると、ほんのりと湿っていた。
あまりの一瞬のことに理解が遅れる。
「えへ……えへへ、しちゃった、めう」
うるんだ瞳が恥ずかしげに床をなぞる。
その顔ときたら泣きそうなくらい熱っぽく、芽兎めうもまた指先で唇を何度も触れてはたった今のことが現実だったのかどうかを確認していた。
今、芽兎めうにキスされたのか?と脳内の処理がズレる。つまりは、そういうことなのか?
どうしようもなく目を泳がせていた芽兎めうが、俯いたまま、二度目の体当たり。今度は腹下まで潜り込んでくる。その小さくて細い腕を腰から背中までまわしてくると、そのピンクの頭を胸にこすりつけてくる。
そういえば汗の臭いとか大丈夫だっただろうか。お互いにさっきまでそれなりに運動していたし、タオルか何かでぬぐわないと、などと考えが乱されてきた。
だって、こんな近づいて、こんなに接触してこられたら、こんなにも、心臓の音が聞こえてしまうくらい密着されてしまったら。
トクントクンと、どちらのかは分からない音が大きく響いてくる。どうしよう、こんな大音量、外にまで聞こえてしまうんじゃないかとさえ思えてくるくらい。
「……聞こえるめう? トクン、トクンって」
不意に、行き場を失って宙を舞っていた腕を掴まれ、その手の先が、芽兎めうの胸元に押し当てられる。
服越しでもはっきりと分かるくらいに、トクントクンと高鳴る音が手を通して伝わってきた。
多分それは芽兎めうの胸が中学生にして発育がそれほどよくはないせいなのも含まれるのかもしれないが、触れない方がいいか。
しかし、この状況どうしたらいいのか。芽兎めうは自分の体を寄せて抱き、さらには片手を自分の胸に押し当てて。その耳まで真っ赤な俯いた顔はうかがい知れない。
ふと頭のてっぺんをなでてみる。汗がにじんでいたものの、さらりとした髪は滑るように流れ、ピクンと芽兎めうの背中が震える。
うなじまで届いた手を肩に回し、芽兎めうの首をかしげ、そして覗き込むように言う。
「お願いって、何かな?」
白々しくも問う。
覗き込んだ顔は見られまいと真横にそらされていたが、火照る頬も涙を溜め込んだ瞳も隠しようがない。
むすんだ唇も言いたげな言葉を選ぶように、開けず、不満げにむくれている。見た目どおり可愛らしい仕草だ。それはもう、いたずらしてやりたくなるほどに。
片手指先で顔をこちらに向けてやるのは容易かった。抵抗もなかったから。
先ほどの先制攻撃の仕返しといわんばかりに、そのまま頭ごと寄せて、奪う。
あんな一瞬でキスした気になったつもりでいるのなら、やはり子供と言わざるを得ない。うさぎのじゃれつき程度とは違う、息を詰めるような間を置く。
「ん……っ」
すると、あまりにも無防備だったから、芽兎めう自身に押し当てられていたもう片方の手をするりと脇へとまわし、服の下側まで潜り込ませる。
くすぐったさからか、横腹から芽兎めうの身体がもどかしく震える。その手が直に肌に触れると、今度はよりはっきりと芽兎めうの鼓動が伝わってきた。
少しは抵抗するかと思っていたが、吐息が甘く感じられるくらいには長く、また平坦ともいえる芽兎めうの胸板から乳首の位置をその指先で把握できるくらいには十分すぎる猶予がもらえた。
「ん、ふぁ……、ぁ……」
口を開放してやると、それはもう、とろけて恍惚とした表情で、ひくひくと呼吸もままならないくらいだらしなく口を開きっぱなしのまま、今にもよだれをこぼしそうななさけない顔をしていた。
隙だらけなくらい放心しているのをいいことに、服の中にすべりこんだままの手で、すべすべとした肌の上をすべらせながら、ピンポイントで把握していた乳首の先端を指の腹でピッと刺激してやる。
しゃっくりのような小刻みな吐息をもらしたかと思えば、その口元に笑みが浮かぶ。
「ぁつい、めぅ……」
悦んだ口調でそんな言葉をこぼす。
よほど身体が敏感なのか、それとも体力も既に限界に近かったのか、芽兎めうの身体からは汗が吹き出し、腰が抜けたように、足元から力が抜けて崩れていく。落とさないように、そっと手で支えながら、床までゆっくりとおろす。
ちょっとさすがにいたずらが過ぎただろうか。
「むひゅぅ……ん」
くったりと、小さな身体が横たわる。
「すっごい……テクニシャン、めう……」
「お前が感じやすいだけだろ、淫乱ピンク」
「めう、そんなエッチじゃないめう……。ちょーぜつすけべえテクニックのせいめう」
相変わらずの負けず嫌いだ。そんなへなへなの状態でよく言い返せるものだ。
「何にしてもそんなグロッキーじゃどうしようもないな。そろそろ帰……」
「ま、待つめうっ! めう、まだ……、まだ……」
力なくぬくりと起き上がってくる。ゾンビかこいつは。おもむろに服に手をかけ、スカートも脱ぎ、大分肌を露出させてくる。おそらく誘惑のつもりなのだろうが、はたして、ちゃんと意識ははっきりしているんだろうか。
「すえぜんくわずば……めぅ」
さすがに起き上がれはしても立ち上がる気力まではないのか、床を這うようにして、足にしがみついてくる。寄りかかっているというが正しいか。
振り払うのも簡単なくらい、よれよれしている。しかしかといって、芽兎めうを蹴飛ばすなんてことはできるわけがない。
「キスくらいで卒倒しかけた奴が何言ってんだか」
「むむぅ……、い、今のはちょっとよそーがい過ぎて驚いちゃっただけめう」
「子供のくせに、あんまマセたこと考えるなよ」
「めう、そんなに子供じゃないめう。この後のこともちゃんと分かってるめう!」
どうにも意地っ張りすぎるウサギのようだ。