「すみません、喧嘩は他所でお願いします」
「んァァ!?」
「そうですよ。喧嘩ダメ」
二人と、ギャラリーの視線がまとめてこっちに向けられる。
少しでも緩衝材になれれば儲けものだが、いやな板ばさみだ。
「あのー、こっちですよ」
くいくいと招くように手を振って、店員を呼び込む。
さすがにこれで現状を察したのだろう、ハッと理解した店員が駆け込んできた。と、同時に後ろで縮こまりそうだった少女に向こうへ行け、と指でジェスチャーを送り、物分りよく少女はその場からこそこそと去っていくのを見届ける。
特にこのゲームはボタンも大きくバネの調子に左右されるし、見た目が可愛いゲームなので子供でもプレーすることはあるため、乱暴に扱われがちで本当にメンテナンスの酷いところとなると無反応だってありうる。
店員の登場により不良は面倒くさそうな顔をし、親衛隊も勝利BGMでも流れているような顔をしている。あれはもう放置しておいていいだろう。
さて、ついでだから逃げてしまおう。無関係です。無関係です。通行人ですよ、と。
そそくさ、割とあっさりとその場から離れることはできた。
だが、これでのうのうとあの場所でゲームをする気分ではなくなってしまった。まだまだ終わっていない課題が残っていたというのに、さてどうしたものか。まあ、考えはまとまらずとも、店を出るしかないだろう。心惜しくも、名残惜しくも、出口へととぼとぼ足を進める。
外の光が思っていたよりも眩しく感じる。中はかなり薄暗かったから仕方のないことなのだが。
「あの……、ありがとう、めう」
ふと視界の下の方にピンク色の何かが見えた。
ちょっと見下ろすとそこにはちょこんと小さな小さな小動物のような少女がいた。
間違いなく先ほどのゴリラだろう。こんな派手派手しい格好を見間違えようもない。それにしても本当に小さいな。こんなしおらしくしゅんとして上目遣いになるとゴリラというよりもウサギのようだ。
「別にお礼いわれるようなことしてないと思うが。お礼言うならあっちの方なんじゃないか?」
と、入り口ごしに店内で店員と言い争っている連中を横目に見る。
「それでも助かっためう。めう、本当は怖かっためう……」
「こっちの方は中学生とかあんま来ないし、夕方近くなると嫌な客も結構増えるから一人はやめた方がいい。えっと」
「めう、芽兎めうめう」
「は? めうめうめうめう?」
「違うめう。めうの名前めう。芽兎めう、って言うめう。木の芽のめーに、兎のうーで芽兎めう」
めうめう、めうめう言っててよく分からんが、どうやらこのゴリラもといウサギもとい中学生は芽兎めうという名前らしい。
ハンドルネームなのかプレイヤーネームなのかは知らないが随分と変わった名前だ。というか、これも上り詰めて精神が逝ってしまった方の人種なのではないだろうか。喋り方も大分おかしいし。
「そうか、芽兎めうか。悪いけど、まだ昨日追加のストーリー終わってないから」
この近くであれが稼動している店があったかな、などとぼんやり思いながらだったせいかもハッと普通の人には通じようもないことを口走っていることに気づく。何か訂正すべきだろうかと思った。
「トイサイダー村の新規入居者めう?」
が、芽兎めうにはあっさりと通じてしまう。お前はドラムのプレイヤーじゃなかったのか?
「まだ動画しか見てないんだ。ちょっとこの店には戻りづらいし、EDくらいまでは進めたいんだが」
「そりは悪いことをしためう……」
「いや、別にめうが悪いことをしたわけじゃないだろ?」
「ふみゅみゅ……」
なんとなくばつの悪そうな顔で芽兎めうが俯く。
「あ、あの、ぽぷぷなら、倉野川のチャスコにあるめう。すぐ近くめう」
「倉野川? 隣の駅か。チャスコはたしかさくら野高校のすぐ近くだったかな」
ぽぷぷ、というのはよく分からないが話の流れに沿っているのならおそらく名前も似ているし、目的のもので間違いないだろう。
場所は別に遠くはない。倉野川といえば寂れた田舎のイメージしかなかったが、最近都市開発計画が進んでいるらしく、町おこしも頻繁に行われていて結構賑やかなことになっているらしい。噂しか聞いていないが、町おこしするためだけにアイドルまで呼んできたとか何とか。その辺はあまり詳しくはない。
そうか、あっちの方にも一応そういう場所があったのか。これは渡りに船という奴なのかもしれない。
「めうのホームめう。あっちなら案内できるめう」
たまには言葉に甘えるのも、悪くはないか。
※ ※ ※
「ここめうっ!」
案内された先は田舎というイメージには全く不釣合いな結構大き目のショッピングセンターがそこにあった。
というか、ここに来るまでに通りかかった町並みも田舎のそれとは違っていた。いや、正確には開発が進んでいる最中といった方が正しいか。
「さ、行くめう!」
芽兎めうがやたら改造された自転車を駐輪場に置くと積極的にも腕を引っ張ってきた。
人懐っこいものだ。ついさっき出会ったばかりの見ず知らずの人にこうも馴れ馴れしくて危機感知能力は大丈夫なのだろうか、最近の中学生は。
余談ながら、先ほど芽兎めうがここまで案内するのに使っていた自転車は見た目以上に色々とゴテゴテとしていた。芽兎めう本人はもちゃちゃと呼んでいたが、音楽が流れる自転車なんて初めて見た。
なんでも、全部自分で改造したらしい。今時の中学生というよりかは芽兎めうが特別に行動力が高いだけなのかもしれない。
案内される道中でも自転車を転がす芽兎めうに色々と話を聞いていたが、今日やっていたドラムのゲームをより上手くなるために、本物のドラムを引っ張り出して、あの自転車のように自分で改造やらメンテナンスしながら練習しているらしい。
いくらなんでもここまでアクティブな女の子は見たことも聞いたこともない。
「ぽぷぷ♪ ぽぷぷ♪ あんみつビームでクルパめう~♪ ク・ル・パ♪ ク・ル・パ♪ C・L・P♪ C・L・P♪」
上機嫌に鼻歌交じりでとんでもないことを口走る芽兎めうに先導されつつ、ショッピングセンターの中を突き進んでいく。一体彼女はなんでこんなにも機嫌がいいのだろうか。まるで無理やりそれっぽい態度を振舞っているんじゃないかとさえ思えてくるくらいだ。
まあ、音楽ゲームを極めている奴は大概が孤独との戦いみたいなところはある。
仲間内で互いを高めあうなんてことはそうそうない。
一緒に遊んでいるような友人同士でも、ちょっと付き合ってはくれてもすぐに飽きて帰ってしまうか、上手いプレーを眺めるだけで終わってしまうというのもよくある話。
インターネットの世間では、それっぽく付き合うこともあるだろうけれど、音楽ゲームで仲間をつくることはごくまれと言ってもいい。きっと芽兎めうは同じ趣味を持つ仲間を見つけたことが嬉しかったのかもしれない。
とはいえ、こんな愛想よく、明るく元気に振舞って、擦り寄ってこられるとやはり何処か無理をしている気がして忍びない。まるで壊れそうなガラス細工を落とさないように落とさないようにと両手で抱え込んで必死になっているみたいで、むしろこちら側が申し訳なく思えてくるくらいだ。
「ぽぷぷあっためうっ!」
くいくいと引っ張られるままに、やれやれとついていく。
パスケースを取り出し、ようやく目当てのゲームを開始する。
「さて、と」
ここであえて難しい譜面は選ばない。店によって筐体のメンテナンスの状態は大幅に変わることもある。