さくら野地区とは打って変わって、こちらはまるでタイムスリップでもしたかのように、商店街のそこかしこに昭和臭が漂っている。見るもの見るものがどれもこれも古臭い。そこら辺の民家一つを無作為に選んでもどれも丸ごと歴史的建造物として博物館に寄贈できる価値がありそうなくらいだ。
まさか今どきこんな場所が現存していただなんて驚きだ。よりにもよって、開発の進んでいる町のすぐ隣にだ。これこそ倉野川に持っていた田舎のイメージそのままだった。
「めうちゃんが新しいおともだちを連れてくるなんてめずらしいですね」
シャノワールの看板娘らしきメイド姿の店員がおどおどした口調で言う。それにしてもこんな古風な喫茶店でメイドさんとは不釣合いな気はする。いや、いっそのこと一週回って女中さんっぽいから有りといえば有りなのか。
「ちょっとゲーセンで知り合っためう」
芽兎めうは常連なのか、よほど顔見知りなのかメイドに気さくに話しかける。
店に入って突然メイドが現れるものだからそういう店なのかと思ったけれども、別に「おかえりなさいませ、ご主人様」みたいな若干白々しい接客態度でもなく、むしろ心からおもてなしするような温かい対応だったし、これもまた時代の流れに取り残された古きよき喫茶店の姿なのかもしれない。
「勝負を持ちかけたんですが、まあ負けてしまって。ちくわパフェ奢らせてもらってます」
「まあまあ……、めうちゃんやはり強いのですね」
「でも圧勝でもなかっためう。とんでもない強敵、ライバル現る!めう」
そう言いながらも興奮気味においしそうにちくわパフェを食べ進めていく。見た目よりおいしいのだろうかこれは。
「そういえばめうちゃん、今日はイブちゃんと一緒じゃなかったのですか?」
「……めぅ」
ちくわでも詰まらせたのかのように、芽兎めうの言葉がピタリと止まる。
「途中まで一緒だったけど、途中で別れちゃっためう」
「そうなんですか」
そういえば、さっき不良にからまれる前に金髪の女子高生と一緒にいた気がする。確か先に帰ってしまっていたが……、まあその辺は金髪の子が白状というわけでもないだろう。
ああいう場所に慣れていないとやはり独特の空気は居心地が悪いこともあるし、何より芽兎めうほどの廃人に付き合うには色々なものが足りないことだろう。
なんだかんだで、むしろあれだけ付き合ってくれたのだから十分付き合いがいい方だし、あっちの店に滞在していた時間はそれなりだったわけで、その上で、さらに隣町の別な店にまで付き合う芽兎めうの方がいっそ異常と思っていい。本当によくもまあ、赤の他人を連れてホームに来ようと思えたものだ。
ふと、芽兎めうの首が斜めに傾げて、瞳の先が明後日を向く。その表情は「ありり?」と疑問を浮かべているかのよう。
「どうしたの? めうちゃん」
「んー……、なんでもないめう」
一瞬、芽兎めうと目があったような気がしたが、すぐさま芽兎めうの視線はちくわパフェに戻り、残ったクリームをスプーンで何度も何度も引っ掻き回しては口元に運んだ。
どうも様子がおかしい気もするが、今日だけで大分遊んでしまったし、疲れてきたのかもしれない。気が付けば外は夕暮れ。いくらゲームとはいえ、下手すれば普段運動不足であれば大の大人だって汗だくでへたばっているくらいだ。心なしか、顔も赤くなっているようにも見える。やはり少し無理に付きあわせてしまったに違いない。結局なんだかんだいっても芽兎めうは中学生、かよわい女の子に変わりない。
「それじゃ、日が暮れてきたのでそろそろ失礼します。お会計を」
「はい、お粗末さまです」
「もう、帰っちゃうめう?」
ほとんど空っぽに近いパフェとぼんやり格闘していた芽兎がハッとしてこちらに向き直る。
「ああ、今日は付き合ってくれてありがとうな芽兎。また今度会えたら会おうな」
「うん、また今度。また勝負するめう~!」
会計済ませて店を出ると、芽兎めうもメイドさんも揃って見送りに出てきた。そこまでしなくても、と思ったがこれもまた田舎ならではの風情というものなのだろうか。
振り向き様に何度か手を振る。その度に、遠くなっていく芽兎めうが何度もこちらに手を振り返す。
いじらしいというのはこういうのを言うんだろうか。ゴリラだのゲーム廃人だのと思っていたが、何のことはない、単なる普通の女の子じゃないか。
日向美商店街を後にして、駅に辿り着く頃には日はすっかり沈んでしまっていたが、薄暗い駅のホーム、寂しげなはずの雰囲気の中で、何故か不思議と大きな満足感のようなものをお土産にできたような、そんな心地よい気分だった。
※ ※ ※
あれから、芽兎めうと再会するのは実に早かった。
というのも、店でゲームをやっている限りは、ゲーム廃人たる芽兎めうも当たり前のように店に現れるのでほぼ必然のようなものだ。これほど高いエンカウントも早々ないだろう。
相変わらずのスーパープレイを魅せるゴリラっぷりには驚かされるが、負けてばかりもいられるものかと、年下相手に意地を張りつつ、会う度会う度に勝負をけしかけ、けしかけられの日々が続いた。
勝ったり負けたりのいたちごっこばかりだが、やはり互角の相手とも言い難く、さすがに芽兎めう相手に勝ち越すのはなかなかに難しい。ここのところはまるで、毎日のようにちくわパフェを奢ってばかりいるような気がする。
芽兎めう自身も味を占めているのかどうかはさだかではないが、顔を見る度に開口一番、今日のちくわパフェの話から切り出してくる。
まったく、あんな珍妙なパフェのどこがいいのか、皆目見当付かない。しかし何はどうあれすっかりシャノワールの常連客になってしまった感は否めない。
そろそろご近所で変な噂が立っていないか不安になるところだ。何せ、毎日のようにちくわパフェを年下に奢り続けているようなものだし、よく分からないスキャンダル染みた噂が好きな連中が飛びついてきてもおかしくはないだろう。
いや、もしかして、ひょっとすると、もうとっくに変な噂が蔓延してしまっているのかもしれない。その辺は、あまり深く考えない方が精神衛生上いいだろう。
今日もまた、自販機のドリンクを片手に一休みしていると、けたたましい轟音の鳴り響くこの空間に、あの声が聞こえてくる。振り向けば、相変わらず小さくて、ピンク色の髪で、やけに都会を意識したかのような派手派手ファッションをした芽兎めうが立っていた。
今日で何杯目のちくわパフェになるだろうか、などと考えていると、思い耽るような曇った顔で言い放ってきた。
「今日は本気出すめう! 勝った方は負けた方に何でも命令できる権利が得られるルールで真剣勝負めう!」
いつになく勝気な態度で張り切っている。こちらが本気を出そうが出すまいが、いつも勝ち越ししているくせに何を言っているのだろう。むしろ芽兎めうに本気を出されてしまったらまぐれでも勝てるような気さえしない。
それに、今回に限って、賭けの内容が違う。さすがにあれだけ沢山奢ってきたものだから、とうとうちくわパフェに飽きたのだろうか。芽兎めうの性格からしてそれはなさそうだが。
「ああ、いいよ」
断る理由は特にはない。
「だが、何で勝負するんだ? オバピリ完走でもするのか?」
「ぽぷぷ! ぽぷぷで勝負めう! ライセンス神コースの完走スコアで勝負めう!」
またこいつは酷い無茶振りをしてくるものだ。
並の人間なら完走の時点で逃げ出す。