「勝負は一回こっきりっ! 雨が降ろうと槍が降ろうと一発勝負のガチンコバトルめうっ!」
コースとは決まった4曲を連続でプレーするモードだ。途中でミスするとゲージが削れていき、ゲージが空っぽになってしまうとその場で強制終了。生半可な腕前では下手すれば最後まで曲を完走することがない極めて厳しいモードだが、よりにもよって芽兎めうの提示したコースはおそらくこのゲームで最もクリア難度が高いであろうコースだ。
おそらくという言い方も曖昧なのだが、実はこのゲームのコースなるものは製作スタッフがテストプレイしていない疑惑もあり、全体的にかなり難易度がおかしなことになっている。一曲目は簡単にクリアできても二曲目で即落ちなんてことも全然ありうるくらい、明らかに選曲チョイスをミスっているコースもあるくらい。
仮にも腕前を認定するためのライセンスという名前がついておきながらも後半の難易度の跳ね上がり具合の酷さはネットでも物議をかもしているほど。上級者バイバイだ。
「怖気づいためう?」
「……いいや、受けて立つよ」
正直、怖気づいているし、受けて立つ覚悟はないが、芽兎めうを前にして尻尾を巻くのも忍びない。本気でといっているのだから、本気で相手をするしかない。
コースモードはネットワーク対戦とは違い、個人プレイモード。リアルタイムにスコアが比較されていくわけではないので、最終的な相手のスコアは曲が終わるまで見る余裕がない。まあ、普段のネットワーク対戦もさほどスコアを比較して見る余裕はないのだが。
ついでにいうと、休憩を挟む時間もそれほどない。1曲が終わると直ぐに次の曲が始まってしまう。連続で高難度の曲をこなす必要があるため、体力と集中力がどれだけ続くかも今回の勝負の鍵だが、やはり相手はあのゴリラだ。始めから敵う気はしない。一体どうしてこんな勝負を持ちかけてきたのだろう。
さすがの芽兎めうも実力の差ぐらい分かっているはずだ。本気を出してしまえば圧倒的だと。その上で、この賭けをするということは、まさかちくわパフェ百杯で足りるようなお願い事じゃあるまい。
「さ、始めるめう」
「ああ」
互いにゲーム筐体の前にパスケースをかざす。最短の操作でモード選択画面へ移動し、そのコースの選択直前まで進む。
「スッタートめうっ!」
そして、ゲームが開始される。
1曲目はクラシックを激しくさせたような忙しい曲が流れ、まるで流星のごとく譜面が降り注ぐ。初心者には手の届かない領域だが、これでも前座にしても弱い部類だ。スコアは大体並ぶが、やはり芽兎めうの方がリードしていた。
2曲目、まるで花園のように優雅な曲。しかし目まぐるしく曲調が変化していき、降りかかる譜面は見てるだけで重く感じるほどに物量で押しつぶしてくる。まるで先ほどの曲を嘲笑うかのよう。ここでもまた芽兎めうに引き離される。
3曲目となるとサーカスを彷彿とさせるようないかにも楽しげなピアノな曲。にぎやかに、そして激しく、変化の激しいピアノの旋律に誘われる。さながらそれは中身の見えない箱の中を考察するような思いだ。
突然、曲がシーンと静まり返ったかと思えば、悲鳴のような声と猫の鳴き声。その次の瞬間には、わけのわからないものとしか形容しようのない何かが舞い降りてくる。ここで飲まれてしまえば、ゲージは瞬時に空になってしまうだろう。
見失わないように、食いつかんばかりの勢いで、怒涛のそれに立ち向かう。そうして、なんとかこの3曲目も乗り越えるも、安堵などしていられなかった。
この時点でスコアの差は歴然としている。ここから芽兎めうに勝つには、次に控えている曲でカンストでもしなければ不可能だろう。あるいは、途中で芽兎めうがゲージを空にしてクリア失敗してしまうか。
だが、そのどちらも有り得ないだろう。前者などそれをなしえた人間がこの世界に一人として存在しない。後者に至っても同じこと。何せこのコースは最後のライセンスの課題コースのようなもので、芽兎めうは合格しているどころか、評価を意味するトロフィーも金色に輝いていた。
クリアできなければ黒トロフィー、クリアできて銅トロフィー。ミスが少なくなれば銀トロフィーになり、さらにミスが少なければ獲得できる金トロフィー。それを獲得した芽兎めうが途中落ちなどするはずがない。
そもそもまともにクリアできる人間さえ、そう多くはない曲だ。これだけの差をつけられて、勝ち目など万に一つさえない。
だが、無情にも曲は始まる。
その曲は、美しいピアノの旋律に始まる。さながらプレイヤーが演奏しているかのよう。
これまでの曲とは打って変わって、この瞬間だけ、クラシック公演のような世界観に包まれる。
音楽が世界そのものを作り変えていくかのように、旋律は流動的に変容し続ける。
優しくもあり、激しくもあり、人生を表現しているような、音楽。
それをほんの数個のボタンだけで演奏させようというのだから土台無茶な話だ。
曲が終盤に差し掛かり、いよいよ本番のときが訪れる。ここから先は、どうしようもないくらいに降り注いでくる。鮭の産卵とでも表現すればいいのだろうか、あらゆるプレイヤーを葬るピアノの旋律が譜面という形となり、今、襲い掛かる。一瞬でも気を抜くことはできない。気を抜いたならその圧倒的な物量に、ゲージは瞬時に溶けて消える。
集中が途切れたら負ける。
油断したら終わる。
命を費やすほどの覚悟で挑まなければ。
「あー、めうめう見つけたーっ!」
「むっきゅーーーっん!?」
なんだ、何が起きた? いや、意識を向けてはいけない。集中、集中せねば。
曲が加速していく。そして、息をつく間に終幕。
スコアが表示される。かろうじてクリアできた程度のスコアだ。
これで芽兎めうに勝利するには、無理というものだろう。
芽兎めうのゲーム画面に映し出された今の曲のスコアは……、71503? 随分と半端なスコアだ。いっそ少なすぎるくらいだ。ということは、どういうことになるのだろう。
コース全てのスコアの合計が表示される。
なんだ、この結果は。
あろうことか、僅差で芽兎めうの負け。それどころか、黒トロフィー。つまり、途中で芽兎めうがクリア失敗したことになる。
「まりりいっきなし後ろから目隠しとかびっくりするめうっ! ぁー……めうのスコアが……、あーめう」
「ご、ごめん、めうめう! 丁度ゲームプレイしてたから話しかけるのにいいかなって思っちゃったの……」
「こりはただのゲームじゃないめう、ぽぷぷめう。今まさに戦場の最中だっためう。むきゅん……、勝利は目前だったのに、まりりのせいで逆転負けめう!」
「大丈夫だよっ! 失敗は成功の母! めうめうは失敗という経験を得たんだよっ!」
「このスイーツのちゃんねー本当におっかないめう……」
なんだ? 芽兎めうの方を見ると見覚えのある女子高生が芽兎めうを後ろからがっちり抱きしめていた。
確か、芽兎めうの知り合いだったか。この子もシャノワールの常連の一人で、芽兎めうとちくわパフェを一緒に食べている光景を何度か見かけた気がする。
しかし、まさかこんな終わりとは誰が予想しただろうか。
暗黙のルール以前にマナーの問題だ。
ゲームをプレイしている人間の妨害を行うなど言語道断。
相手が相手なら血を見るレベルの喧嘩に発展したっておかしくないくらいだ。
芽兎めうの態度を見る限り、驚くほど寛容に接しているので、よほど仲がいいのだろう。