TSして親友と結ばれそうだったのにキモおじさんに寝取られた 作:運命は、英語でいうとディスティニー
──side.内田(秋)
美しい赤黄色の
今日はほのかに暖かい気温で、空には鰯雲が広がっていた。
俺はいつものように仕事をさぼって、タバコに火をつける。
昨今の禁煙推進の波は、当然のように我が社を飲み込み、今まで当たり前のようにそこにあった喫煙所は、突如物置と化した。
いわゆる全面禁煙である。
しかし、この喫煙所は会社のビルの敷地内の、その片隅にある。
なぜ俺がここでタバコを吸えているのか。
それは、俺を含む一部のヘビースモーカーが、文字通り命をかけて会社に立ち向かった結果、厳しい制限付きだが、
団結して、がんばろうだ。
それにしても、イライラが止まらない。
ちょっと仕様書に間違いがあったくらいで、烈火の如く怒ったあげく、
2時間も叱責を食らわせてきた営業のクソデブ親父のハゲヅラが思い出される。
こっちが下手に出てるからっていい気になりやがって。
煙を深く深く吸い込む。
イライラが収まる様子はない。
最近、おろそかにして伸びてきた無精ひげをさすった。
ところで、俺は仕事中にたばこを吸うのは、必ず10分以内で終わらせると決めている。
せめて自分の欲求を満たしたら、さっさと仕事に戻る。
これが俺の流儀なのだ。
ふと、時計を見た。
時計の針は、吸い始めてから30分以上経っていることを差し示している。
…………
「おぉエエああーッ!?」
あぁあ……ぁぁぁぁ……ぁぁ………─
俺は喉の一体どの部分から出たのかすらわからないような悲鳴を上げた。
プレハブの外から、やまびこのように声が返ってきた。
あああ、全く時計を見てなかった。
よほどハゲ親父のことがトサカに来ていたらしい。
早く仕事に戻らないと、殺される。
もし仕事をサボってここに来ていたとバレたら、間違いなくここは撤去されるだろう。
そうなれば、俺は
それだけこの喫煙所には、みんなの思いが詰まっているのだ。
5本目に突入しようとしていたたばこを灰皿へブチ込み、足早に喫煙所を出る。
プレハブの扉を開けた勢いそのまま、飛び出していってすぐ、目の前に人がいることに気づく。
俺はもう止まれない。
まずい、ぶつかる──!
「あぶなっ!」
「ぎゃふんッ」
…と思ったら、その相手はぶつかる寸前のところで立ち止まった。
俺はというと、緊急停止しようとした足がもつれてその場で転げまわったあげく、
顔面から地面に突っ込み、うちあげられた魚のようにのたうち回っていた。
「ぐぉぉおおおっ……ってユヅか……わ、悪いな、俺が急に飛び出したから…」
その様子を実に冷ややかな目で見守るこの女は、佐藤結月。
今は名前を変えて「結月」になったが、半年ほど前までは「男」で「結弦」という名前だった。
約10万人に1人が発症する、後天的に性染色体に異常が起こる「性転換病」という病気。
春の桜が舞い散るあの日、彼は発症して、「女」になった。
「もう、ちゃんと前見て歩きなって、あたしいつも言ってるよね? てかまたタバコ吸ってたの?」
少しほっぺを膨らませて、ジト目で睨まれる。
透き通った色白な肌、ややツリ目な大きな瞳に、完璧に配置された鼻と口元。
モデルのようにすらりと長い手足で、スタイルは抜群。
シルクのようにさらさらで栗色のロングヘアー。
10人いたら、10人全員が太鼓判を押して「美人」と評価する容姿。
男のころの面影がまるっきりないわけじゃない。
それでも初見でこの女が元男だとわかる人間はいないだろう。
秋らしい淡いベージュのオフタートルネックニットに、黒のスキニージーンズがよく似合っている。
ゆったりめで淡い色のタートルネックが、ふんわりとした女性らしさを演出する一方、黒のスキニーのおかげでぐっと
スキニージーンズが、細身で長い足にぴったりとフィットして、キュッと小さめだが存在感のあるお尻を強調している。
実にキュートである。
これが女神か。アーメン。
心の中で十字を切る。
「……タバコは禁煙してるけど、イライラするとどうしてもやめられなくてな」
「あっ。さてはあの営業のせい? ……ふーん。じゃあしかたないか。今回は特別に許してつかわそう。」
「ありがたき幸せです。姫君」
「何それ。ふふ、全然似合ってないね、そのセリフ」
ところで、昔からタバコを蛇蝎のように嫌っているユヅが、なぜこんなところにいたんだ?
まあいいか。
会社へ戻る道すがら、二人で横に並んで歩きながら話す。
…ユヅと一緒に戻れば、遅くなっても怒られることはあるまい。
ユヅとは会社の同期だ。
仕事の愚痴を言い合って飲みに行ったり、出かけた時には金がもったいないからと、
一つのベッドに身を寄せ合って寝るくらいには仲の良い男友達だった。
同期で同い年なのに俺よりも落ち着きのある大人で、クールで。
でも良くも悪くもハッキリ物を言う男らしいタイプだった。
そんな”彼”だったが、今は口調や仕草も女らしく振舞っている。
もちろん、この半年間にたくさんの紆余曲折はあったのだろう。
自分なりにちゃんと向き合い、最終的に女として生きると決断した。
それが”彼女”の得た強さなのだ。
でも、それは……。
「さっきあたしが送ったメッセージ、見た?」
「悪い。まだ見てないな」
「やっぱり。タバコ吸う暇があるならケータイ見てよ。あんたらしいけどさ。今週末暇だったら飲みに行こって送ったんだよ」
「そうだったか。そりゃ悪かった。今週末はもちろん暇だ。どこの店がいい?」
「ふふっ。うん。じゃあ、新しくできた焼き鳥がおいしい居酒屋がいいなあ」
俺はこの半年間、ずっと彼女を支えてきたつもりだ。
友達として、当たり前のことだと。
まあ、正直言って。
恋愛として好きになりそうになったことなんて、今までに何十回もある。
普通に考えたらこんだけ美人で距離の近い女を、俺にだけ向けられる笑顔を、好きにならないほうが難しいと思う。
でも、男から恋愛感情を向けられるなんて、逆の立場なら耐えられない。
───ありえない。
気持ち悪い、とさえ思うだろう。
だから、だから俺は、こうして気持ちに蓋をしてきた。
……本当に、それだけか?
「…ユヅ、なんか首元赤くなってるぞ。虫刺されか?」
「えっ? あッ!? え、えーっと…ほら、まだ部屋に虫がいたみたいでっ? 刺されちゃったんだよね」
「そうか、相変わらずおっちょこちょいで、可愛いな」
「…そういうことを臆面もせず言うの、ほんと、
含みを持たせるように。
あんたらしい。
ユヅにとって、俺はまだ単なる男友達なんだろうか。
今まで聞いたことがない。
いや、聞けない。
「そんなことよりあんたさ、あたしにばっかりかまってると、その、彼女、とか。つくれないんじゃないの?」
「え? ……あぁ。俺みたいなやつを好きだっていう人なんて、いるわけないだろ。」
「そんなことは、ないと思うけどな」
急に変なことを言い出して、妙にしおらしい。
いつもなら「あんたみたいな陰気臭いやつなんて無理無理っ!」とか嬉々として言ってくるのに。
そういうことなら、俺だってたまにからかってやろう。
「そうか? じゃあ、ユヅは俺の彼女になってくれるか?」
「えっ……?」
目を見開いて、驚いた顔をした後。
かすかに紅潮した顔で、切ないような、悲しいような。
そう、もう取り返せないと思ったものが、目の前に現れたような──
そんな顔をして、それから。
「それって、もしかして告白?」
ユヅは真剣なまなざしで、そう言った。
なんだ? 逆にからかわれてんのか?
彼女が何を考えてるのか、何もわからない。
───何も。
「あぁ、そうだ」
気づけば、俺はそう答えてしまっていた。
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──side.結弦(春)
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スマホのアラームの音が鳴り響いている。
ずっと鳴り続けていたような気もするし、ついさっき鳴り始めたような気もする。
頭にガンガンと響いて痛い。というか、身体中が痛い。
朝から体調が悪いと、最悪の気分だ。
風邪でも引いただろうか。
喉もカラカラです。
仕事から家に帰って、すぐ寝てしまったのか、
中途半端に脱ぎ捨てたスーツが、ベッドの脇に転がっている。
カーテンから漏れ出る日の光が眩しい。
シャワー浴びて、準備して、今日も仕事に行かないと。
「ふわぁ~~。ねむったいなあ……。」
まどろみながら、大きなあくびをすると、違和感を感じた。
「んあ? あ、あー、あ。なんか、声が…変?」
聞き慣れない女の声がする。なんだ?
てか、でも、自分の喉から声が出てる……よな。
あれ?
「これ、俺の、髪?」
たしかに短いスポーツ刈りとかは好きになれず、全体的に長めの髪ではあった。
でも、こんな、いくらなんでも、肩までのばしたことはない。
一晩で、伸びたってか? 冗談だろ。
ただでさえ寝起きで混乱していた頭が、渦を巻く。
──まさか。
夢だろ?
──おちつけ、おちつけ、おちつけ。
何の悪夢だよ、これは。
仕事のことなんかすっかり頭から消え失せて、脂汗が滲み出る。
前髪が汗のせいで重たく顔に張り付いているのがわかる。
洗面所に向かおうとして、立ち上がる。
背も縮んでるのか、上手くバランスが取れない。膝に力が入らない。
自分の体が、自分の体じゃないみたいだ。
───夢なんかじゃないぞ、って俺に知らしめるような現実感が襲い掛かる。
見慣れたはずの部屋が、いつもよりどんよりしているように感じた。
昔見た映画に出てくる、霧に包まれた町。
廊下を歩くだけで、軋む自身の足音に、一寸先の暗闇に、何が起こるかわからない恐怖や不安が、灰が積もるように重なっていく。
とうとう、洗面所にたどり着いた。
そして、震える手でなんとか電気をつける。
「……誰だよ、お前…」
鏡に向かってそう言うと、頭がおかしくなるという。
いや、もうおかしくなってるのかもしれない。
陶器のように真っ白に透き通った肌、肩まで伸びた栗色の髪、驚きで固まってるものの、どこか俺の顔の面影を感じる、鏡の中の『女』に向かって。
俺は呟いていた。
ついに立っていられなくなって、へなへなと床にへたりこんだ。
Yシャツから覗いた太ももが、すね毛のなくなった足が、白くてまぶしく見えた。
胸…は、確かに膨らみはあるけど、それほど大きいってわけじゃなくて、少しほっとする。
そこまで確認して、さらにそっと股間に手を触れてみる。
───やっぱり、ない。
昨日まで確かにそこにあったはずの、男の象徴は、綺麗さっぱりなくなってしまっていた。
はは、は……。
あまりに現実感のない出来事の連続に、思わず笑いがこみあげてくる。
なんだよこれ。
なんでこんな、ことに。
ど、どうしよう、どう、したら。
まさか、最近流行ってるってニュースでやってた性転換病? なんで俺が?
たしかあれは、思春期の男女にしか関係ないんじゃなかったか?
てか、会社は、友人たちは、役所の人は、俺のことを俺だと認識してくれるのか?
確かに面影はある。が、他人から見ればもう完全に別人だ。
なにせ、"男"が、"女"になっているのだから。
絶対に信じてくれるわけがない。
ここは現実で、漫画やアニメではないんだ。
何を言ったって、どうしたって。
きっと、もう、誰も、俺のことを。
俺だと認識してくれなくなるんだ。
前までいた男の俺は、この世界からいなくなってしまったのだ。
次から次へと襲い掛かってくるどうしようもない不安と孤独感に押しつぶされそうになり、ずっと我慢していた涙を、こらえきれなくなった。
心臓をぎゅっと握りしめられたみたいに、胸が痛い。
涙が止まらない。止められない。
──誰か、誰か助けて……っ。
俺は転がるようにしてベッドに向かい、スマホを握りしめた。
メッセージアプリを開き、一番上にいるやつのプロフィール画面で、通話のボタンをおそうとして……やめた。
だめだ。こんなこと、誰にも話せるわけない。
スマホをぎゅっと握りしめたまま、震えが止まるように、小さくなった身体を自分で抱きしめる。
布団に潜り込み、そのままぎゅっと目をつぶった。
すると。
───ピンポーン
え……。
だれ……?
もしかして──
飛びつくように、玄関まで走って、扉を開けると。
「内田ぁ……ッ!」
「お、おいおい、なんて顔してるんだ。お前、ユヅ、か? もう大丈夫だぞ。」
「な。───な、んで俺のこと、俺だって分かるんだ…? こんな、いきなり俺、女になって」
「俺とお前、一体何年の付き合いをしてると思ってるんだ? 面影だってあるし顔見りゃすぐお前だって分かるよ。それにさ……」
「お前が、女になろうと、男になろうと、ユヅは、ユヅだ。
なんにも変わらないよ。俺の、友達だ。ずっと一緒、だろ?」
変わらない。
友達。
───ずっと、いっしょ。
もう誰にも、信じてもらえないと思っていたのに。
恐怖や不安や孤独感が、一気に霧散していくのが分かった。
その代わりに、ぽかぽかとした温かい感情が広がっていく。
「起きてから、こんなことになってて、ずっと不安で……誰にも信じてもらえないと思って……お前が来てくれて、本当によかったっ……」
すっと頬を涙を伝う。
今度は、不安や孤独の涙じゃなくなった。
「でも、いっつも仏頂面でクールな佐藤くんが、涙ぐしゃぐしゃで、俺の顔見た途端に安心しきった顔しちゃって。そういうとこ、可愛いやつだなあ」
「はぁっ!? おま、別に泣いてなんてないし! …………ありがとう」
こいつ、こんなにかっこいい声も出せたんだ。
内田の低くて胸に響くような声に、安心感が込み上げてくる。
俺は、こいつに救われたんだ。
こいつと友達でいられて、本当に良かった。
これからも、ずっといっしょにいてくれたら。
───そう、思った。
NTRってバックストーリーが大事だと思うんですね。
要は過程が必要なわけです。もう少しお付き合いください。