TSして親友と結ばれそうだったのにキモおじさんに寝取られた 作:運命は、英語でいうとディスティニー
──side.結月(春)
内田のおかげで、俺は少しずつ現実を受け入れることができた。
勇気を振り絞って、外に出ることにする。
内田も仕事を休んでついてきてくれることになった。
「でも、これじゃさすがにな」
「これはこれで、グッと来るけどね」
「殴られたいのか?」
朝起きてからそのままの恰好だった。
下はパンツしか着ておらず、Yシャツだけだ。
こんな彼氏Yシャツしているような状態では外に出られないので、
オーバーサイズのパーカーとスキニージーンズに着替える。
会社を無断欠勤しているため、鬼のように通知が鳴り響いていたスマホは、無視する。
内田から簡単に事情は話してくれたみたいだけど、今の状況を自分で詳細に説明できるわけがないからな。
というわけで、まずは内田と一緒に近くの病院に向かった。
向かいながら、俺は先ほどのやり取りを思い返していた。
ずっと一緒。
内田は、ずっといっしょって言った。
ふふ。
かなり時間のかかる検査の結果、俺は正式に性別が「女」になっていると診断された。
やはり、原因不明の「性転換病」だったそうだ。
思春期の男女が罹患することが多いが、成人であってもかかる人はいるらしい。
いかんせん、分かっていないことが多すぎるのだ。
世界中の研究機関が躍起になって研究しているが、何も分かっていない。
唯一分かっていることは。
これから先、二度と元に戻ることはできない。
少なくとも、戻った症例はない。
不可逆な性転換。
精子が作られることはなく、その代わりに卵子が作られる。
男性ホルモンが作られる割合は一気に少なくなり、
女性ホルモンが作られる割合が一気に多くなる。
つまり、生理も来る。
妊娠だってする。
ホルモンバランスの影響で、メンタル面も不安定になりがちになるだろうということだった。
もう、男には戻れない。
希望すらもない。
その事実に、俺は少なからず落胆した。
「あまり、気を落とすな。ちゃんと俺が側にいるからな。」
「うん……」
身長もかなり縮んでいたようだ。
男の時は180cm近くあったんだが、今は165cmくらい。
それでも女性としてはかなり高い方だというが、やはりショックだ。
病院から簡易的だが、女性用の下着と生理用品が提供された。
あくまで臨時のものなので、きちんと自分で自分に合うものを用意するように看護師さんに言われた。
ちなみにその時、看護師さんに突然「いい彼氏さんですね」なんて言われた。
「あの人、なに勘違いしてるんだろうな。俺らはただの友達なのに」
「え? ああ…そう、だな」
即否定する内田に、モヤモヤする。
もしかしてもうメンタルが不安定になってるのかな。
医者から診断書をもらい、その足で役所に行って、戸籍を変更する。
こんな病気がある昨今、いつの間にか楽に性別が変えられるようになったのだろうか。
医者の診断書さえあれば問題ないようだ。
その最中、どうしても気になったのは。
手続きの完了を待つ間、俺に熱心に浴びせられる好色な視線だ。
俺の顔を見て、視線はすぐ胸元まで下りてきて、少し止まって、次はなめ回すように足を見る。
──怖い。
内田もその視線にすぐ気づいたのか、俺を遮るように間に入ってくれた。
すると、男は気まずそうにしながら逃げていく。
こんなとき内田の存在は本当にありがたい。
女はいつもこんな視線に晒されてるのか?
ふん。ばかめ、お前が見ていた女は、元男だぞ。
変な言い訳をしつつ、恥ずかしいような、悔しいような複雑な気持ちで手続きを終えた。
妙な気分だった。
「ふう。今日は、本当にありがとな」
「お安い御用さ。また困ったことがあったらいつでも言えよ」
道中、休憩がてら公園のベンチに腰掛け、自販機で缶コーヒーを2人で飲んだ。
に、苦い……。
コーヒーなんて、毎日のように飲んでいたのに。
もしかして味覚も変わってるのか。
「内田。今度お礼させてくれよ、ちゃんとさ」
「そんなの気にすることないのに。じゃあ、いつかこのコーヒー代だけ返してくれ」
「それだけぇ? 普通、もっとなんかあるだろ? それなら……そう、自販機ごと返してやるよ」
「いつからお前は、キャリア組になったんだよ」
二人で笑いあう。
会話をしながら、俺は内田の顔をずっと見ていた。
目元にできたクマと男のくせに長い髪型が非常に気になるが、ちゃんと色々清潔感に気を使えば、元の顔立ちはむしろイケメンな方なのだ。
ひげとか伸ばしたら似合いそうな感じなのだ。
それなのにどうもこいつは、昔から自分に自信がない。
ちゃんとすれば、かっこいいのに。
でも、これ以上あんまりかっこよくなられても困る。
だってあんまりイケメンになっちゃったら会社の連中からモテちゃうかもしれないし……。
「じゃ、俺はそろそろいくよ。もうしばらく会社は休んでおけ。俺からも言っておくから」
「分かった、ありがとう。じゃあ、また連絡する……内田っ?」
それはきっと、なんとなくだったんじゃないかと思う。
突然、内田にそっと頭を撫でられた。
ポン、と手を頭に置くような感じじゃなくて。
愛おしそうに、優しく撫でられる。
それは男友達にするにしては、少し距離感を見誤っているような気がして。
俺は、少し、嬉しくなった。
「ばっ! お、お前! まさか、
つい強がってそんな風に言い返してしまったが。
きっとただの男友達に撫でられたとしたら、もっと露骨に嫌悪感を露わにしたと思う。
でも内田にされるのは、嫌じゃない。
もっと撫でてほしいとすら、思った。
頭を撫でられてから、心臓が早鐘を打つように激しく鼓動している。
顔が耳まで熱くなっていくのが分かる。
ドキドキ、してる?
内田に対して?
俺の中で───何かが始まっていく、そんな予感がした。
──side.内田(春)
「わ、悪い。つい、な。それじゃあ、また」
焦った俺は、顔も見ることもできずに、あわててユヅの元から立ち去る。
挙動不審に見られなかっただろうか。
───ああ、やってしまった。
完全に無意識だった。
親友だったユヅがいきなり女に、しかもあんなとんでもない美人になって、俺も戸惑った。
でも、今一番つらいはずのあいつに、それを決して悟らせまいと必死になった。
隣に歩く美女の横で、勃起だけはしないように頭で般若心経を唱えていたくらいだ。
最後の最後に、自身の欲情に負けた。
最悪だ。
最低のやつだ、俺は。
ユヅの家の扉を開けた時、泣き腫らしたあいつの顔が、俺も辛かった。
美人になって、それでも中身はあいつで、気の合う親友で、どうしても助けてやりたいと思った。
外に出てもどこかビクビクして怯えるあいつが、俺と話すときだけに見せる笑顔が愛おしかった。
話してる間もじっと俺を見つめてくるあいつを、可愛いと思った。
『
今まで男として生きてきたのに、急に女扱いされるなんて、誰だって屈辱だ。
俺だけはそうするまいと思っていたのに。
───ああ、後悔先に立たずだ。
今後もあいつとは上手くやっていきたい。
それは勿論、友達としてサポートする形で、だ。
次は、上手くやろう。
俺は家に帰る道すがら、いっそ貞操帯でも買おうかと真剣に検討していた。
──side.結月(春)
──あれから、また2週間が過ぎた。
この2週間で、生活に必要なものを買い集めた。
1週間前には、あっさり仕事にも復帰した。
内田は文句ひとつ言わずに、また何度か買い物に付き添ってくれた。
ブラやショーツ、キャミソールといった下着類、生理用品。
それから、女性用の服なんかもたくさん買った。
職場復帰もしたことだしな。
女になって、職場でスーツを着る機会はもうほとんどないだろうし。
「えっと、本当にごめん。付き添ってもらってるのに」
「い、いや…俺もちょっと、気まずいなと思ってたから」
さすがに下着を売ってる店に行くときは、内田には外で待っていてもらった。
男の頃ならそんなの気にしなかったけど、やっぱりなんか恥ずかしかった。
きちんと測った俺の胸のサイズは、78cmのBカップだった。
大きすぎず、小さすぎないサイズ感だ。
いざ自分が女になれば、動いた時の揺れがあまりないから過ごしやすい。
決して貧乳なんかじゃないぞ。
人並み、平均点のサイズなのだ。
職場に復帰してから、改めて今まで感じなかった視線が気になる。
てか、女になって思う。
めちゃくちゃ分かりやすい。
「おい」
「す、すいません先輩。先輩があんまりにも美人になってたんで、つい」
あ、今話しながら胸元見たな、とか。
今めちゃくちゃお尻見てたな、とか。
こちらが気付いて目を合わせようとすると、すぐ逸らされるから手に取るように分かる。
男子諸君、気を付けたまえよ。
こっちだって、考えてしまうんだぞ。
もしかしてどこか変なのかなとか、元男って思われてるのかなとか。
それを内田に聞けば、そんなことはないって言ってくれるけど。
見られてるのは、別の理由だろ──と。
まあ、美的感覚に乏しい内田の証言はあてにしてない。
そういえば、内田からはあまりそういう視線を感じないな。
なぜだろう、むっつりスケベのくせに。
──もしかして、俺に興味がない?
そこで俺は、ハッとして自分の胸を見下ろす。
も、もしかして、そういうことなのか……?
くそ、このむっつりおっぱい星人めが。
それから、やっぱり俺と同じになった女性の職員たちと話す機会が増えた。
俺に女の厳しい世界はしんどそうだなーとかってかなり警戒していたんだが。
「え!? あの結弦くんなの? 可愛すぎるッ!! お目くりくり! お人形さんみたい! これからたくさんお化粧とか女性の身だしなみってやつを叩き込んであげるから、覚悟してね!」
「本当に美人になったねー。女の世界って厳しいから、妬み嫉みなんかでいじめられたら、すぐ私に言うんだよ。ぶっ殺してやるから」
「ねえねえ、内田くんとはもう付き合ってるの?前から仲良かったもんね~!」
「自分のこと、まだ俺って呼んでるの?そっかそっか、そんなすぐ心の整理つくわけないよねえ」
といった具合に、思ったよりも遥かにフレンドリーに受け入れてくれた。
どちらかというと、もみくちゃにされてしまったという方が正しいかもしれないが。
女性としての悩みを全て内田に話すわけにはいかないから、正直助かります。
俺は精神的には男のつもりなので、女性用の下着を身に着けるのはまだ罪悪感がある、とか。
胸の圧迫感とか、全然慣れないし。
ちなみに内田と付き合ってる云々のことは全力で否定した。
顔が真っ赤になったせいで、全く信じてもらえなかったが。
この2週間で俺はつくづく痛感させられた。
女性は、ただ日々を送るだけでこんなに大変だったんだ。
これに加えて、月に1度生理なんてものも来るんだから、しんどさのバーゲンセールです。
こりゃ、情緒不安定にもなるわけだ。
…………
今日はいつも付き合ってもらっているお礼に、内田と俺のおごりで自動販売機───ではなく、居酒屋に飲みに行った。
久々に内田と、ゆっくり飲めた気がするなぁ。
その帰り道。
別にいいのに、心配だからと家まで送ってくれている内田と二人で歩く。
なんだかんだ、少し酔っぱらった。
酒も弱くなったのかな。
酔っぱらった勢いも手伝って、半分独り言のような感覚で、ここ最近ずっと考えていたことを、俺はつぶやく。
「なあ、俺さ」
「ん?どうした、ユヅ」
「これから先、ずっと女として生きていかなきゃいけないんだとしたらさ」
「ああ」
「もし、今後好きな人ができたときはさ、その相手は女か? それとも男、なのか?」
「……」
今日は内田の仕事が終わってから出かけたので、帰る頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
通勤帰りのたくさんの車が、ライトで道路を眩く照らしながら通り過ぎていく。
暗い空を見上げると、空高く立ち並ぶビルの航空障害灯が、赤信号のように光り輝いていた。
春になってから……女になってから、ずいぶん時間が経って、もう桜も散って。
これから、夏がやってくることを予感させる。
でも、夜はまだ少し肌寒い。
ふう、と息を吐くと、粉雪のように白くなった吐息が、黒い世界の中に溶け込んでいく。
「……どうしたんだ? お前が俺に恋愛相談なんてな」
「俺だって、色々悩むことがあるんだよ」
身体が女になったからといって、性的志向まで変えなきゃいけないわけじゃない。
でも、それでもやっぱり男は女を好きになり、女は男を好きになる。
それが自然の摂理ってもんだ。
動物としての本能ってもんだ。
俺の心も、身体に従って変わっていくのか?
俺は───内田のことを、どう思ってるんだ?
そして内田は、俺のことを、ただの男友達と思っているのか?
「そんなの、これから考えていくしかないだろ」
「え?」
「まだお前は女になって2週間やそこらだ。焦って結論を出す必要があるのか?」
「──それ、は」
……。
焦る必要は、確かにない。
だけど、俺は。
俺は内田と一緒にいると胸が高鳴っていく、ずっと一緒にいたいと思う、この気持ちの正体を知りたい。
職場の男の先輩に一度「お前美人になったなあ」なんて下心満載で頭を撫でられたときは、本気で嫌悪感と羞恥心でいっぱいになって、本当に辛くなったんだ。
内田が、同僚の女の子と楽しそうに話しているのを見て、胸がきゅっと苦しくなったんだ。
こいつだけは、女になった俺への態度を変えなかった。
こいつだけは、変わった俺を見て、すぐ俺だと分かってくれた。
こいつにだけは、頭を撫でられても嫌じゃなかった。
こいつにだけは、俺のことだけを見てほしい。
──だから、だから俺は……。
いや。
「……
「! ……ああ。ああ、そうだな。俺も、それがいいと思うよ。俺も、協力する」
決意したことを言い切って、恥ずかしくて、ドキドキして、顔が熱い。
そうだ。
きっと、
内田のことが、
内田の隣に、ずっといたい。
彼女、として。
そう頭で認めた瞬間、すっと胸に落ちた。
内田が
鈍感なやつだ。
だったら。
無理矢理にでも意識させてやろうと思う。
女を磨いて、内田に振り向いてもらえるように。
すると、内田が手が、すっと
───な、なんだっ?
でも、あったかい。
ドキドキする。
内田の顔を、見れない。
「なあ、ユヅ」
「な、なんだよ?」
少し大きく張り上げた、内田の声が響く。
「見てみろよ。月、綺麗だな」
いわれて、内田を見ると、空を見上げていた。
気づけば、辺りには道路の街灯も、車のライトも、ビルの光もない。真っ暗だ。
一緒に、あたしも夜空を見上げて……。
すぐに、満天の星空の中に、欠けるところがなくほど円く、星空よりも綺麗に光り輝く月がそこにあった。
何の音も、光も、喧騒もない。ただ一面の、たくさんの星空が視界いっぱいに広がって、その中にぽつんと、けれど強く存在感を持った、美しい満月。
月を見ていると、不思議な気持ちになる。
悲しくないのに、涙が出てしまいそうな。
暗い夜の道しるべとなってくれる、頼もしくてあったかくなるような。
───きれいだな。そう思った。
あたしは勇気を出して内田の肩に、自分の身体をくっつける。
「お……あたしの名前さっ」
「う、うん?」
「結月。結ぶに、月で、結月にしたんだ。どう? ……かわいい?」
可愛らしく、小首をかしげて、尋ねる。
内田は何も言わない。
ちょっと不安になって、横目に顔を見ると、内田はまだ空を見上げたまま。
月の光に照らされた内田は……いつもの仏頂面を、真っ赤に染めていた。
その顔を見て───ああ、好きだな───って、そう思った。
そうして、二人でしばらく夜空を見て、実にゆっくり家まで送ってもらった。
そして。
去っていく内田を見送って、ドアに手をかけようとしたときのことだった。
突然、声をかけられた。
「お嬢さん、すごくきれいだねえ。前に見かけたときから、気になってたんだよ。もう帰るのかい?」
───4~50代だろうか。
でっぷりと肥えた腹に、ハゲ散らかった頭。
一瞬浮浪者かと思うほどに膨れ上がった不細工な顔。
元男の俺から見ても、実に不愉快極まりない
「え、あ、ありがとうございます? まあ、はい。ここが家ですので」
まさか、わざわざ声をかけて「きれいだね」なんて言うとは思わず、少しびっくりする。
「じゃあ、今日はもう暇ってことだ! よかったら今から君の家でお茶でもしないかい?」
「え……? い、いやいやあんた何言ってんだ?」
なんだ、こいつ。
ふう、ふうと汗まみれで鼻息を荒くする男に、全身が逆毛立つ。
生理的に無理、というやつだ。
まさかとは思うが、今あたしをナンパしてるのか?
改めて、男の顔をよく見る。
───そうだ。
こいつ、女になったばかりの時、役所で俺のことをじっとりと見てきた男だ。
瞬時に身の危険を感じ、今すぐこの場を離れなければと、脳が危険信号を鳴らしている。
「君さぁ、元々、男、だったでしょ?」
「!」
踵を返しそうとしたとき、男はニヤニヤしながらそう言った。
「なんで分かる? って顔だねぇ。それだけ美人なのに、その自信なさげな所作、上品さに欠ける歩き方、それから、その話し方なんかを見てるとね。僕がきちんと、君に女の子ってものを教育してあげるよ。そのままじゃ、これから女として生きていくのは色々と大変だと思うがねえ。」
まあ、そうなのかもしれない。
ついさっきこれから女として生きると決意したところで、まだまだあたしは、女になって数週間のひよっこだ。
そう思われても当たり前だと思う。
だとしても、何を馬鹿なことを言ってるんだ。こいつ。
こんないかにも今までモテてきませんでした、と全身で言ってるような風貌のやつに、女の何がわかるというんだろう。
「余計なお世話だ。あんたみたいな、気持ち悪い奴と話すだけでこっちは気分が悪いんだよ。それじゃ。」
きっぱりと言い切って、すぐに家の中に入る。
一刻も早く、こいつと距離を置きたい。
買ったばかりのスニーカーが、靴擦れして痛む。
女になってから余計にそう感じるのかもしれないが、あまりに気持ち悪すぎて吐きそうだ。
おえ。
せっかく内田との距離が縮まった気がして、ぽかぽかした気持ちで帰ってきたのに、台無しだ。
「…………」
後にして思えば。
このときあたしは、他人から見れば自分が美人に見られているという自覚がどうしてもなかった。
内田のことばっかりで。
そこまで深く考えていなかった。
もしれっきとした女だったなら、こんなことがあれば、自分なりにちゃんとした自衛を考えたんだろう。
あたしはそんなこと、頭の片隅にもなかった。
だからあんなくだらない奸計に、引っかかってしまったのだ。
そして、翌日の昼頃。
部屋でうたた寝しているとふいに呼び鈴がなった。
こんな遅くに宅配?
でも、特に何も頼んだ覚えはない。
「はーい…ッ!?」
扉を開けると、昨日俺に声をかけてきた、あの男がニヤニヤしながら立っていた。
え、やばい。
───さすがに、しつこすぎだろ。
これは、こいつは完全に、ストーカーだ。
扉を閉めて、早く警察に連絡を……!
そう思った瞬間。
「あ~、ちょっと待って。内田くん。内田智紀くん。知ってますよねえ?彼、どうなっちゃってもいいのかなあ~?」
今、なんて?
内田?
なんでこいつから、内田の名前が出るんだ?
「何、言ってる。内田、がなんだって?」
「僕はサイバーテック社の営業をやってるんだ。君も名前くらい聞いたことあるだろう?初めまして、藤田です」
サイバーテック社っていうと、うちの取引先の一つだ。
フジタって、内田がよくやり取りしているあの営業の?
でも、こいつがその藤田であると証明するものもない。
信用する理由にはならない。
「それで内田が、なんだっていうんだよ」
「まあまあ、落ち着いてよ、佐藤結弦くん。ああ、今は名前が変わって、結月ちゃんだったかな?」
わざわざ変えた名前まで、知られている。どうして、どうやって。
名前を呼ばれたことで、急に血の気が引いていく。
あたしのことをどこまで知ってるんだ、こいつ。
「彼ねえ、どうやら会社の金を横領してる疑いがあるみたいんだよね。しかも、結構な金額を。これってさあ、シンプルに犯罪でしょ?このまま彼を警察につき出したら、当たり前に逮捕だし、クビ、だよねえ。」
何を言ってる。
内田がそんなことするはずがない。
嘘だ。
「証拠は、」
「証拠なら、これさ。」
あたしの言葉にかぶせるように、タブレットを見せてくる。
確かに会社の伝票システムにアクセスし、会社の売上を一部、別の口座へ移すログが残っているのが分かった。
でも、これだけでは内田の犯行だという証拠にはならない。
「そう言うと思ってね。これ見てよ。ログに残ったIPは彼の自宅のPCからだねえ。VPNやら色々使ってログがバレないようにしてるけど、僕にも色々とツテがあってさ。あくまで社外の別の人間のハッキングに見せかけるつもりだったみたいだけど、無駄だったね」
そんな。
まさか、内田が、そんなことをするやつだったのか───?
裏切られたような思いで、ズシンと胸が重くなる。
「なんでこのことを俺に?」
「分かる? 今なら、僕ならこれをもみ消せるのさ。すぐにこの事件は外部からのハッキングによるものということになるだろう。君、内田くんとは仲よかったよねえ。たしか、大学の頃からの付き合いだったっけ?」
──まさか。
まさかこいつは、内田をダシにして、あたしを?
「これは内田くんのためなんだよ。君がほんの少しの間、僕と
「……俺が無理だと言ったら?」
「その時は仕方ない。このまま内田君の所業を、会社に密告するだけの話さ。簡単だよ。僕のこの端末で連絡するだけですぐにでも、だ」
もし返答を誤ったら、きっとこいつはすぐにでも内田のことを会社に公表するんだろう。
でも、分からない。
全てはあたしを手籠にしたい、こいつの手による工作で。
内田はただこいつの策略に巻き込まれただけ、という可能性のほうが高いんじゃないか。
その可能性も示唆させる証拠。
実際に、会社の口座からはお金が引き出されているのかもしれない。
でも、IPやログだなんて、そう見せかけるための偽装が行われていても何らおかしくない。
この証拠を会社の上層部に提出すれば、単なる一社員のクビなんて、仔細を調査することなどなく容易く切られるだろう。
ただ、そのすべてを確かめる
「クソ野郎が……」
「いいねえ。その反抗的な態度、目。まだまだ男の子だねえ。結月ちゃん? さて、どうするのかな? 彼を見捨てるのかい?」
「分かった……好きにすればいいだろ」
藤田は、にやりと口角をあげて、分厚く舌苔の溜まった汚い舌でペロリと唇を舐めた。
あーあ。