※この作品はR-18です。

もしグリフィスが女だったら   作:葛轍偲刳

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シャルロット姫のお茶会に招かれたら

【Phase-000】

 

 王城の、それも後宮に招かれる機会というものは例え貴族であろうと滅多にあるものではない。後宮は王族の生活の場であり、すなわち限りなく私的な空間である。

 無論、王族である以上は完全に公私を分けるというのは難しい。王国の最上位者と誼を通じようとして、貴族の側から王族を招待するというのは日常茶飯事でもある。しかし、王族の側から個人的な関係を結ぶことを望まれるほどに親密な相手でもない限り、わざわざ後宮にまで招かれる相手というのは極めて稀だろう。

 そうでないなら公的な謁見の場で用件を伝えれば済む話であるし、そもそも王族が自ら接見するまでもなく侍従なり侍女なりを遣わして用を済ませる方が簡単なのだから。

 

「本日はわざわざのお招きの栄に浴する機会を賜り、感謝に堪えません。ご機嫌麗しゅう存じます、シャルロット王女殿下」

「まあ、どうかそのような堅苦しいお言葉を使われず、お気を楽にして下さいませ、グリフィス様」

 

 すなわち、現在のところミッドランド王国の国主たる国王その人を除けば唯一の王族直系であるシャルロット姫が自ら望んで後宮にまで客を招くというのは、まずもって政治的な意味合いが極めて強い出来事となる。

 王族その人からの寵愛もしくは格別な親愛の情を受けるということは、宮廷の発言力においても大きな意味を有する。現在のミッドランド国軍における最大級の実力者であるグリフィスであっても、あるいは同性の身の上でもなければ後宮にまで足を踏み入れることは許されなかったかもしれない。例えシャルロット姫本人がそれを望んだとしても、周囲の思惑がそれを許さないということはありうるからだ。

 

 色とりどりの季節の花がふんだんに咲き誇る庭園の一角に、優雅かつ上品な所作の侍女が茶器を手にして最高級の紅茶を淹れる。茶請けの菓子もまた、庶民が口に入れるどころか目にする機会すらあるはずもないほどに王族専属の菓子職人が手間暇をかけて作り上げた逸品である。

 

「先だっての舞踏会では叔父様…ユリウス将軍がお亡くなりになった知らせが入ったので、グリフィス様とのお話しも途中のままでした。私、年の近い同性の友人もあまりいないので、グリフィス様とのお話しはとても楽しかったのです。それが、あんなことになってしまって…」

「いえ、ユリウス将軍閣下の急死は軍のみならず、ミッドランド王国にとって極めて重大なる損失であり、陛下にとっても殿下にとっても痛恨事であることは承知しております。私との会話を楽しんでいただけたのは光栄ですが、それも国事と引き換えに出来るものではございません」

 

 茶を入れる侍女の耳をはばかってか、グリフィスの答えは丁重ではあったものの、空疎な建前論から一歩も外に出るものではなかった。そうと悟ってか一旦シャルロット姫は口を噤み、侍女が茶を淹れ終わるのを待ってから小さく手を振った。

 周囲に控える王族付の侍女達が深々と頭を下げ、しずしずと音もなく離れていく。二人の会話が聞こえぬほどに距離を置くのを確認してから、改めてシャルロット姫は小さな吐息を漏らした。

 

「失礼しました、グリフィス様。確かに私的な茶会の場とはいえ、王城の後宮にまでお招きしておきながら気を楽になさって下さいとは無理なお話しでした。あの場でグリフィス様が一言でも失言をなさっていれば、侍女達があらぬ噂を流しかねないと気付かなかった私の落ち度です」

「こちらこそ、お気遣いを頂戴し恐縮です。姫様に親しくしていただくのは光栄であることに変わりありませんが、やはり私の出自を気になさる方々も宮廷に少なからずいらっしゃるのは事実。貴族の縁者が数多くいらっしゃる侍女の中にも、私と姫様が親しく語り合うことそれ自体が内心で癪に障ると思われている方がいても不思議ではありますまい」

 

 ふわりと柔らかく微笑むグリフィスの美貌に、やや頬を染めてシャルロット姫は思わず見惚れそうになる。

 

「…以前からグリフィス様は同じ女としても憧れてしまうほどお美しい方でしたが、このところはその美貌にますます磨きがかかっていらっしゃるようです。もしかして、どなたかと恋でもなさっておいでなのですか?」

 

 とても平民の生まれとは思えぬほど完璧な所作で茶器を口に運ぶグリフィスは即答を避け、ゆっくりと茶を口に含むことで間を置いた。

 

「…そのようなことをお訊きになるということは、何やら私にまつわる噂でもお聞きになられましたか」

「――…あ。その…はい。実は、そうなのです。最近のグリフィス様は、まるで恋をなさっておいでのように、日に日に美しくなっておいでのようだ、と。そして、そのお相手は…」

 

 シャルロット姫は恥ずかしげに口ごもり、グリフィスの様子をやや上目遣いに窺った。

 

「姫様のお耳を汚すような邪推を噂する不届き者が後宮にまでいるとは、困ったものです」

「い、いえっ…、いいえ、別にそのような邪な風聞を聞いてしまったというわけでは、ないのですが…」

 

 思わず声を大きくしそうになった姫君が口元を手で覆い、淑女らしからぬ振る舞いをしそうになった自分の失態に表情を陰らせる。

 

「すみません、グリフィス様の想い人がどのような御方なのかと気になってしまって…」

「いえ、大丈夫ですとも。秘め事というほどに隠しているわけでは別にありませんので。ですが、まさか後宮の姫様の耳にまで届いてしまっているとは。こういった風聞は城下においては盛んに噂されるものですが、王城の侍女でも噂好きの方は少なくないのですね」

「それはもう、グリフィス様の噂となれば誰もが興味津々になるというものです。しかも、そのお相手が鷹の団でも最強と謳われる…」

 

 とはいえ、その声はあまり遠くまで届かぬように低められてはいたものの、色恋にまつわる会話には熱が篭もっていた。

 同じ後宮に住んでいたとはいえ、継母である血の繋がらぬ王妃とは折り合いが悪く、こういった話題で盛り上がる相手がいなかったのも事実なのだろう。

 

「――…ふむ、話が弾んでおるようだな」

 

 が、背後から穏やかな声がかけられると、慌てて口を噤んだシャルロット姫はおそるおそる後ろを振り向いた。

 

「お、お父様!」

「これは陛下、ご無礼を」

「良い、良い。今は王としてではなく、娘とその友人の茶会を邪魔しに来た父親としてここに来ただけのこと」

 

 即座に席を立って最上級の礼をする二人に向かって、ミッドランド王国の国王その人は柔らかく微笑んだ。

 

「とはいえ、政務の仕事がちょうど一段落ついたので、軽い息抜きぐらいは許してもらいたい。茶の一杯を所望しても良いかな?」

「もちろんですわ、お父様」

「陛下の御心のままに」

 

 シャルロット姫が目で合図すると、再び近付いてきた侍女が国王のために椅子を引き、茶器に湯を注いで新たな一杯を淹れ始める。

 

「それで? 今はどのような話をしておったのだ?」

「あ、それは…」

 

 娘の話を中断させてしまった父親が話の続きを促そうとするものの、シャルロット姫としては色恋話を父親の前で再開させるのも気が引けたのだろう。少し気まずげに目を伏せると、グリフィスがさりげなく話を引き取った。

 

「姫様には兄弟姉妹がいらっしゃらず、私にもそのような者がおりません。ですので、もし兄がいれば、弟がいれば、などと他愛のない話に興じておりました」

「ほほぅ、そうであったか」

 

 ごく自然に別の話題を持ち出すグリフィスに感謝の目を向ける娘を視界に入れたまま、丁寧に梳き整えられた顎髭に手をやった国王は小さく嘆息した。

 

「余には弟がおったが、シャルロットには兄弟も姉妹もおらぬ。確かに、幼い頃から寂しい思いをさせてしまったとは思っておる。せめてあともう一人、別の子供が生まれておれば…そう思ったことがないわけではない。そうであれば、あるいはシャルロットにも今少し自由に振る舞う余地もあったかもしれん。王族に生まれついた者の定めと言ってしまえばそうだが…、ままならぬものよな」

「お父様…」

「幼い頃より、弟であるユリウスの方が兄よりも遙かに頑健であったし、剣の才能も兵を率いる器量も優れていた。戦場では兄である余を何度も助け、救ってくれた。もし余に万一のことがあっても、ユリウスさえいてくれればシャルロットを助け、足りぬ部分を補ってくれると信じられた。だというのに、余を置いて勝手に逝ってしまいおって…」

 

 シャルロットの顔を見てはいるものの、むしろ国王は娘の顔を通して別の誰かの面影を想っているように遠い目をしていた。

 冷たい玉座から離れることも許されず、孤独に国を背負わねばならぬ王の陰鬱とした表情を前にしているグリフィスは沈黙を守る。国王が追従や返答を求めているわけではなく、余人が口を挟めばかえって不興を買うであろう。この場合、国王が求めているのが別のものであるのは明白だった。

 

 膝の上に置かれた枯れ枝のように骨張った皺の目立つ手に、白く細い小さな手が重ねられる。

 

「お父様、まだ私がお側におります」

「おお…、シャルロット」

 

 娘の手を握る父の目に涙が滲む。凍死寸前まで冷え切った手が、ようやく温もりを感じられたように。

 

「正直、いつも厳めしい叔父様はどこか苦手でしたし、お義母様とも…同じ後宮にいて、話そうと思えば顔を合わせる機会はあったのに、あまりお話しすることもありませんでした。私の方でも避けてしまっていたのではないかと、今になって後悔しております」

「うん、うん」

「ですから、お父様。せめてお父様とは、そんな悲しいお別れはしたくありません。どうかこれからも、公務でお忙しい身とは存じておりますけど、こうして会いに来て下されば嬉しいです」

 

 傍から見ている分には、それは老境に入りつつある孤独な父と優しい娘の心温まる麗しい会話ではあった。

 少なくとも表面上は、それ以外の何物も存在してはいなかった。目を伏せたグリフィスは口元に微笑を浮かべたまま、その心温まる会話を無言で聞いていた。

 

「――姫様、シャルロット姫様…!」

「アンナ?」

 

 下品にはならぬ程度に、しかし足早に後宮の入り口から近付いてくる侍女の声にシャルロットが振り向いた。

「政治学と経済学の先生がいらっしゃって、先程からお待ちになっておられます。そろそろお戻りになりませんと…」

「もうそんな時間なの? せっかくグリフィス様とお話ししていたところなのに」

 

 難解で退屈な学問の教師の話を聞かされているより、何倍も楽しい時間は瞬く間に終わりを告げた。

 明らかに立ち去りがたい様子でなかなか動こうとしないシャルロットの様子に、一人娘に甘い父親は苦笑交じりに首を振った。

 

「やれやれ…――グリフィス卿」

「はっ」

「過日の狩猟祭における働き、改めてご苦労であった」

「お父様?」

 

 いきなり何を言い出すのかと目を丸くする娘を横目に、王は居住まいを正すグリフィスに声をかける。

 

「ことにシャルロットの危機をその身をもって庇った献身と忠義、余は今も忘れてはおらぬ」

「過分なお言葉、痛み入ります。むしろお側にありながら王女殿下を矢に晒してしまった失態をご寛恕頂ければ幸いでございます」

「うむ。それに関してだが…そもそも、シャルロットの馬が不意に茂みから出てきた獣に驚いて駆け出したのが事の発端と聞いておるが、それに相違ないな?」

「はっ」

 

 王は顎髭を撫でながら、もっともらしく頷いた。

 

「余と比べるべくもないとはいえ、残念ながらシャルロットの馬術の腕はあまり上達せなんだようだな。まあ、後宮から滅多に外に出ぬともあれば致し方ないが…」

 

 恥ずかしげに俯く娘に優しく笑いかけると、父親は娘と親しい友人に頼み事をする口調で続けた。

 

「そこで、グリフィス卿。卿が多忙を極める身であるとは承知の上で、ここは一つシャルロットに馬術を改めて教えてやってはくれぬかな?」

「お…父様!?」

 

 ぱっと顔を上げたシャルロットが嬉しそうに口元を綻ばせる。

 

「陛下の命とあらば」

「無論、これは余のたっての命である。勅命であるとしても良いぞ。王族用の馬場を使うように。また、それに伴い鷹の団には馬場周辺の警護も命じる。後宮までの出迎えから馬場までの送迎、そして稽古が終わってシャルロットが後宮に戻るまで、グリフィス卿自らの厳重な警護体制に期待するものである。異存はあるか?」

「ございません」

「お父様!」

 

 深々と頭を下げたグリフィスの横を小走りで抜けたシャルロットが父親に飛びついた。

 

「お父様! ありがとう、お父様! 優しいお父様が大好きですわ!」

「これこれ、はしたないぞ。あまりはしゃぐものではない」

 

 優しく娘を窘めつつも、老いた顔をクシャクシャに綻ばせた王は娘との久しくなかった触れあいに上機嫌を隠せなかった。

 そんな父娘の交流を、グリフィスは慎ましげに沈黙を保って見ていた。ひたすらに黙って見つめ続けていた。

 

■□■□■□■□■

【Phase-001】

 

「それでは、グリフィス様。ご機嫌よう」

「シャルロット様も」

 

 機嫌を直した姫が後宮に戻っていくのを礼と共に見送ったグリフィスは、しかしそこでまだ王が政務に戻ることなく留まっているのを見て、その場に膝を折った。

 

「失礼いたしました、陛下」

「良い。先にも言った通り、今は私的な場に過ぎぬ」

 

 立ち上がるよう臣下に促した王は、気を取り直すように冷めかけた茶を口に含み、その渋さに少しだけ顔をしかめた。

 淹れ直させるべきかと視線だけで窺うグリフィスに向かって首を振ってみせると、王は静かに手の中の茶器を受け皿に戻す。

 

「グリフィス卿。先の王妃の一件は未だに詳細が知れておらぬ」

「はっ」

 

 それもそのはず、調査にはグリフィスに加担したフォス大臣が一枚噛んでいる。王妃と共に焼死した貴族達はいずれも保守派の重鎮であり、その中には宮廷でも何らかの役職に就いている者も少なくなかった。当然ながら、それらのポストの後任に就きたがる有力な貴族など幾らでもいる。

 ポストに就く口利きなり、推薦なりにグリフィスが一筆したためても良いと囁けば、実質的にそれらの貴族はグリフィスの味方である。前任者の横死にグリフィスが絡んでいるなどという風聞など、そんな噂が存在するというだけで口利きや推薦が無意味となるのだから、煙が立つ前に彼らが勝手に踏み消してくれる。

 

 ただし、それらはあくまで宮廷内部における話。市井に流れる噂はまた別である。

 

「昨今、城下に穏やかならぬ噂が流れておるとの報告がある。知っておるか?」

「陛下の耳を汚すが如き、不届き千万なる卑語の類いでございましょうか」

 

 娘が入っていった後宮を見やり、王は嘆息した。

 

「あるいはチューダーの手による流言やもと疑ってはおるが…、何にせよ、放置もできぬ噂ではある」

 

 曰く、王妃は先だって急死した将軍ユリウスと不義密通していた。

 曰く、王妃はユリウス将軍の死がチューダーによる謀殺であるとして、チューダーとの講和に強硬に反対していた。

 曰く、王妃はそのために同じく講和に反対する貴族らを糾合し謀を巡らしていた。

 曰く、王妃は戦争終結の立役者となったグリフィスを自分より若く美しい同性として妬み、陥れようとしていた。

 曰く、曰く、曰く――。

 

「チューダーとの戦が終わったとの一報は民を熱狂させたとは申せ、それは一口の美酒を含んだが如きもの。すぐに酔いが醒めれば後には苦い現実が待っております。長い戦で荒れ果てた国土の再建は未だ端緒についたばかり。民草が平穏の恩恵を実感するには、まだまだ時間を要するかと」

「然り。グリフィス卿の言には余も同意するところだ」

「すなわち、此度の流言飛語は民草に沈殿せし鬱憤の裏返しと見るべきでしょう。長き戦に疲れ果て、かといってそれら不満の捌け口も碌になく、憤懣をぶつける手頃な相手として、死去されたばかりの妃殿下が題材とされたに過ぎませぬ。こう申し上げては憚りがございますが、妃殿下はミッドランドに生まれた御方というわけでもなく、また城下の民にとってはご尊顔を拝する機会も決して多くはなく、それゆえに――」

「…ゆえに、死した妃は既に弁明も否定も叶わぬ身。たまさか流れた噂に好みの尾ひれをつけて触れ回るには好都合であった、か」

 

 苦々しく笑う王は、再び嘆息を漏らす。

 

「確かに妃は、とかく気位の高い女であった。王妃としての務めこそつつがなく果たしてはくれたが、この国に心から慣れ親しんでくれていたかと言えば…、余の目から見ても些か、な」

「いずれ時が過ぎれば民も聞き飽きた噂など初めから無かったかのように忘れ去りましょうが、陛下の憂慮なさるところは、やはり王女殿下でいらっしゃいますか」

「うむ。血の繋がりもなく、また折り合いが良くはなかったとは申せ、それでも王妃は王妃。王族の名誉を汚すが如き風聞が耳に入れば気分を損ねよう。せっかく晴れやかな笑顔を見せてくれたばかりだというのに、また娘が気鬱となっては余としても望むところではない」

 

 グリフィスは僅かに目を細めた。ある意味で、国事よりも娘の機嫌を優先しているとも聞こえなくもない王の言葉に、しかし口に出しては何も言わずに、軽く一礼する。

 

「陛下の気鬱の種を放置するは廷臣が務めに悖るというもの。陛下、臣に一つ腹案がございます」

「聞こう。忠臣の提言に耳を傾けるは王の務めなれば」

「戦が終われば、無駄な兵を養う余裕など国庫にはございませぬ。長らく不足している民の働き手の数を補うためにも、徴兵した民を軍から村々に送り返し、再び国土を耕す役目に戻ってもらわねば」

 

 王は一つ頷き、尋常ならざる軍才のみならず政治にも優れた識見を見せる才女に続きを促す。

 

「続けよ。グリフィス卿の言、余は至言であると認める」

「はっ、陛下の寛大なお言葉に感謝いたします。――ここで問題となるは、戦が終わってもなお軍が養うには憚りがあり、かつ軍の外に放つには危険に過ぎる者どもの存在かと」

「……」

「狼藉略奪は戦の常とは申せ、財を奪われ身内を害された民にとっては何ら慰めになるものではございませぬ。それが敵軍であればまだしも憎悪を滾らせるのみで済みましょうが、もしそれが…」

「グリフィス卿」

 

 王が言葉を遮った。じっくりと、何かを見定めようとするかのように、ギョロリと据わった眼差しでグリフィスの顔を見据える。

 

「よもやとは思うが、卿は『あの』黒犬騎士団と事を構える覚悟でおるのか?」

「ご賢察、恐れ入ります」

 

 丁寧に頭を下げるグリフィスに、王は渋い顔になった。

 

「…確かに、あの罪人どもは極刑にも値する蛮行を敵国ならず我が国の民にまで一度ならずしでかしておる。厳罰を求める声も廷臣達を中心にひとかたならず何度も上がっておる。余も、あの者どもを好んでおるわけでは決して無い。だが――」

「ワイアルド」

 

 ぽつんとグリフィスが短く囁いた声に、王は肩を震わせた。まるで背筋を冷たい手で撫でられたように顔を青ざめさせ、空になった茶器を見下ろす。乾いた喉を潤そうとして口の中の唾を飲み、二度、三度と咳払いをする。

 

「…グリフィス卿も、あの蛮人と面識があるか」

 

 無言で目礼して首肯の意を示す将軍に、王は深い溜め息を吐いてみせた。

 

「であれば、余の憂慮するところも理解できるであろう。…あの蛮人は、およそ人とも思えぬ。いや、あるいは本当に人ではないのかもしれぬ。そうとしか思えぬのだ。何故、何時、一体どのようにしてあの男を罪人として捕らえるに至ったのか、誰があの男を捕らえられたのかと、余は廷臣に調べさせたこともある」

「……」

「が、記録に残っている限りでは不明であった。おそらく、戦で焼けてしまったのであろうとは思う。戦で焼き滅ぼされた街の罪人がたまさか生き残り、そのまま他の街の牢獄へと移送され、その街もまた戦に巻き込まれ、再びまた別の街へと…そのようにして幾つもの街を流れる罪人の例もないではない。ゆえに、あの男がどこで生まれ、どのような経緯で罪人として繋がれることとなったのかは余も知らぬ」

「しかし問題はそこにはなく、あの男を討つには多大な兵の損失が見込まれるという一点にのみあるのではございませんか、陛下」

 

 声に出しての答えは無かった。そして、それは肯定の意味であった。

 

「逆に申し上げれば、あの男さえ討つことが叶えば黒犬騎士団など軍とは名ばかりの烏合の衆に成り下がります」

「理屈の上では確かにそうだが…」

 

 深々と溜め息を吐いた王が、改めてグリフィスを見遣る。

 

「本当に、あの男を討つと申すか」

「はい、陛下。未だ鷹の団を身分賤しき傭兵の集まりと見る向きも一部にはございますれば、その傭兵ごときが誉れ高き白鳳騎士団を名乗るを厭う貴族の方々もまた少なからずいらっしゃるかと」

「…だからこそ、鷹の団が率先して黒犬騎士団を誅伐して全軍の綱紀を糾し、自らその範となる…か。確かに、軍の一部にあってもその軍律が緩んでいるとは承知しておる。チューダーとの戦が終われば、国軍の再編と兵数の削減もいずれは避けては通れぬであろう、ともな」

 

 王の膝の上に置かれた手の人差し指が、ゆっくりと上下して指先が何度も膝を叩く。

 

「悪逆なる黒犬騎士団とその頭目たるワイアルドが討滅されたと広まれば、かの罪人どもに狼藉を受けた民は拍手喝采して陛下のご聖断を褒め称えましょう。天網恢恢疎にして漏らさず、悪を成した罪人は必ずや罰を受けるのだ、と。さすれば、王族を貶めるが如き噂もまた陽光を浴びた薄氷の如く消え失せるかと」

「そして、その功績を成したグリフィス卿の立場もまた盤石なものとなろうな。ワイアルドを討つ手柄も、かのボスコーンを討った若き勇者のものとなる、か?」

「……」

「ふふ、余の目も節穴ではない。鷹の団の切り込み隊長とグリフィス卿が宴の席で特に親しげであったとの話は既に耳にしておる。もし首尾良くワイアルドを討った暁には…、そうさな、かの勇者には女伯爵たるグリフィス卿と婚礼の儀を挙げても釣り合いが取れるであろう子爵位への昇爵の他に、いずれ適当な領地の授与も検討せざるをえんな」

 

 それがガッツの望む褒賞ではないどころか、逆に嫌がるばかりだろうとはグリフィスも承知していたが、深々と頭を下げる。

 

「陛下の御高配には感謝の言葉もございません」

「良い。グリフィス卿の忠言と働きには今後も期待しておる。我が国の柱石として、これからも余を支えてくれ」

「はっ」

 

 

■□■□■□■□■

【Phase-002】

 

 鷹の団の宿舎、その幹部用に確保された一棟は質実剛健を旨とするかのように、無駄な壮麗さや華やかな装飾などとは無縁だった。むしろ、他の団員達が使う棟よりも一回り小さいせいで、それだけを見れば初めて訪れた者は幹部用の建物だとはわからないかもしれない。

 いざとなれば防衛拠点ともなるように、屋上には矢避けの背の高い胸壁が巡らされ、常に監視の兵も交代で置かれている。全ての窓には頑丈な鋼鉄製の鎧戸も取り付けられている。そこに立て籠もるのが鷹の団の精兵ともなれば、攻め手の兵数が同じであればまず手も足も出まい。

 

「があぁっ、あー、クソ、面倒くせぇっ!」

 

 そんな宿舎の一室で、千人長の一人であるコルカスは机に両肘を突いて頭を抱え込みながら悪態を漏らした。その左右には書類の束がうずたかく積み重ねられ、決済を待っている。

 

「やってもやっても終わらねぇじゃねえか! なんなんだよ、これは。本当にグリフィスはこれを一人で片付けてたのか?」

「むしろ、お前がそんな風に面倒がってやらなかった分をグリフィスが助けてくれてたんだ。感謝しろ」

 

 淡々と、冷静に言い返すキャスカは書類を検め、必要な数字を書き込み、最後に署名して決済済の書類の上に新たな一枚を重ねる。既に彼女の机にはほとんど書類が残っていない。

 

「な、なぁ、キャスカさんよ。ほんのちょっとでいいんだ。ちょっとだけ、手伝っては…」

「今日の分を全て片付けるまでは飯抜きだぞ、もちろん酒も無しだ」

 

 無情な答えにコルカスは顔を盛大に引き攣らせ、助けを求めて周囲を見回す。ピピンは文字通り黙々と書類と向き合っている。リッケルトは指折り数えて計算に間違いが無いか検算しながら、コルカスの視線に気付くと苦笑しながら首を横に振った。

 

「おい、ジュドー。おいってば」

「悪い、コルカス。ここでお前を手伝うと、今夜キャスカと一緒に飯を食う約束を反故にされちまうんだ」

 

 最後の頼みの綱もダメとなり、コルカスは憤懣を籠めて吐き捨てた。

 

「かーっ、女が出来た途端にコレかよ! ホント付き合いが悪くなりやがったな、ジュドー! 見損なったぜ、男同士の友情よりも女が大事ってか!?」

「…ほぉ、その男同士の友情を育むために、こういう店に通う必要があるんだな。コルカス」

 

 が、無言で頬を掻くジュドーに代わって反撃に出た女千人長が指先に摘まんで軽く掲げて見せた、どこか見覚えのある複数の紙片を目にしたコルカスは思わず蛙が踏み潰される時のような低い鳴き声を漏らした。

 

「うげっ」

「…王都の複数の酒場からツケの取り立てが3件に、さらに娼館からの請求書も1件。私も知らない間に随分と派手に遊んでくれていたようだな。これだけの金があれば、鷹の団が遠征するのに必要な糧食の半月分は優に賄えるぞ」

「あ、い、いやぁ、それは、その…ほ、ほら、ここのところ新兵もかなり増えてきただろう? オレは昔からいる連中と新兵との親睦を深めるためにも、だな…」

「それでも、これほど金を使う理由になるのか? お前の給金から差し引いてやってもいいぞ?」

「おい、待て! そりゃねえだろ、幾ら何でも!」

「グリフィスの決済を待つまでもなく、私の方で却下してもいいが?」

 

 顔色を蒼くしたり赤くしたりと、そのたびに鼓動を過剰に跳ねさせるコルカスの心臓を救ったのは穏やかな美声が響いたからだった。

 

「その辺で勘弁してやれ、キャスカ。コルカスは、オレやお前じゃ出来ない大切な仕事をしてくれているんだ」

「グリフィス…」

 

 戸口に立ったドレス姿は、たったいま城から戻ってきたばかりであることを示していた。

 

「グリフィス、姫様とのお茶会は終わったのか?」

「ああ、ご機嫌取りは無事に終わったよ」

 

 ジュドーの問いに軽く答えると、グリフィスはキャスカに手を差し出す。その手の上に渋々キャスカが請求書を乗せると、紙片に記された金額を一瞥したグリフィスは小さく頷いた。

 

「コルカス、この金はオレが手配して処理もしておく。今後もやり過ぎない程度に新兵や仕事の終わった奴らを連れ出して、適当に羽根を伸ばさせてやってくれ」

「お、おう。任せとけ」

「グリフィス、いいの?」

 

 深い安堵の溜め息を漏らしたコルカスを横目に、キャスカが軽く抗議するような口調で問いかける。

 

「別に風紀が云々とまでは言わないけど、幾ら何でも無駄遣いが過ぎるんじゃ…」

「キャスカの言いたいこともわかるが、コルカスの仕事は大切だ。このぐらいは必要経費だよ」

「…そんなに?」

「今更だが、オレやキャスカは女だからな。まだ傭兵団だった頃からの古参はともかく、特に正規軍に組み込まれてから入ってきたような下っ端の兵達では遠慮して、なかなか言いたいことや愚痴も言えずに腹の中に飲み込んで不満を溜めてしまっている部分もある。だけど、コルカスは古参も新入りも区別せず気軽に酒場に誘って、親しげに肩を組んで一緒に安酒を酌み交わす。そして一緒に悪酔いして、翌朝の二日酔いで痛む頭を抱えながら『また一緒に呑みに行こうぜ』と笑うわけだ」

 

 うんうんと頷いてみせながら大袈裟に腕組みをするコルカスに微笑みかけると、グリフィスは面白くもなさそうな顔で話を聞いているキャスカの肩に手を置いた。

 

「そういうコルカスだから新入り達も安心して愚痴を口にできるし、日頃の些細な不平や不満だって遠慮無く言える。ジュドーもその辺りは何かと目を配ってくれているが、下っ端の連中が一番に頼りにしているのは実はコルカスの方だ。オレでは、なかなかそうしようと思っても出来ることじゃない。コルカスがいなかったら、鷹の団の空気は風通しも悪くなり、士気も落ちる。そういう組織は徐々に腐っていくものだ。だから、コルカスはオレ達に欠かせない大切な仲間なんだ」

「へへ、へへへ…」

 

 皆の前で大っぴらに自分の存在意義を認められて、コルカスはしかし喜びの表情を素直に出すのは憚られたのか、鼻の下を軽く指で擦ってから横を向き、そこで何かに気付いたように鼻息を吹いた。

 

「オレのことは良いけどよ、グリフィス。あの馬鹿はどこで何をやってんだよ。オレ達がチマチマ面倒な書類を片付けている間、あの馬鹿はまたどっかで段平を振り回して遊んでやがんのか?」

 

 一人分だけぽっかりと空席のままの机に向かって吐き捨てたコルカスに、しかし顔を上げたリッケルトが不思議そうに首を傾げた。

 

「あれ、なんでコルカスが知らないの? ガッツなら今朝早くから新兵達の行軍演習と実戦訓練も兼ねて、王都周辺の村落を荒らしてる盗賊団討伐に出かけてるよ。戻るのは多分、今夜から明日の朝ぐらいだと思うけど」

「あ? なんだよ、それ。オレは聞いてねぇぞ」

「討伐参加の希望者を募る書類なら、三日前にはお前の机の上に置いたはずだぞ。見てないのか? 新兵以外の参加は義務じゃないから、別にお前が提出しなくても誰も気にしなかっただけじゃないのか?」

 

 キャスカがコルカスの机の上の書類の山を指差すと、慌てて振り向いたコルカスは気まずげに半笑いの表情で言い訳した。

 

「…あー、えっと、そ、そうだっけか? す、すまねぇ、ちゃんと見た、いや、見たような、気もしなくもねぇ、ような…」

「他にも見てない書類がまだあるんじゃないか? さっさと今日中に片付けないと、またそうやって恥をかくことになるぞ」

「ぐっ、ぐぐぐ…」

 

 悔しげに呻いても反論の余地は見つけられず、渋々と机に戻るコルカスはまだ不平の呟きを口の端から漏らしつつも書類仕事に向き合い始めた。――が、それも宿舎の外から幾つも響く馬の嘶きと、歓声混じりのざわめきが漏れ聞こえてきたことで再び手が止まる。

 

「なんの騒ぎだよ?」

「もう戻ってきたのか。また随分と早かったな」

 

 入り口の方を振り向いたグリフィスの声の語尾に重なって、荒っぽく扉を開く音と重く硬い軍靴の底が大股に床を踏みつける足音が立て続けに響く。

 誰も何も言わずとも、気配だけでそれが誰かを悟った皆がそれぞれ異なる反応を見せる。

 

 コルカスは何度も忌々しげに舌打ちを漏らし。

 リッケルトは目を輝かせて椅子から腰を浮かせ。

 ピピンは片付けた書類を揃えて整えながら頷き。

 ジュドーは器用に片方の眉を上げて。

 ――そしてキャスカは、グリフィスの横顔を見ていた。

 

「お帰り、ガッツ。随分と早かったが、そんなにオレと少しでも離れるのが辛かったのか?」

 

 輝くばかりの笑顔を浮かべたグリフィスを。

 

 

■□■□■□■□■

【Phase-003】

 

「別に。いたのが盗賊とは名ばかりの雑魚だっただけだ」

 

 ぶっきらぼうに返事をしたガッツは、行儀悪くも机の上に尻を乗せると右足を左膝の上に乗せて片肘を突き、頬杖を突いたまま面白くもなさそうに部屋の様子を眺める。

 その身に纏った鎧には点々と返り血の跡が斑となっており、全身には未だ戦場の残り香ともいうべき鉄錆と潮が混ざり合った臭気が色濃く纏わり付いている。ここにいる全員が今更それに気圧されたりするわけもなかったが、いかにも不完全燃焼と言わんばかりの不機嫌そうなガッツの様子に、迂闊に声をかけられなかった。

 当然ながら、口火を切ったのはグリフィスである。

 

「こちらの被害は?」

「手柄に逸って真っ先に突っ込んだくせに、融けかけた雪と泥に気付かずすっ転んで足を挫いた間抜けが一人。敵の腹に突き刺した剣を抜くのに手間取っている間に、別の敵に盾で顔をぶん殴られて前歯を折られた馬鹿が一人。それだけだ」

「死人は?」

「いねぇよ。言ったろ、雑魚だったって」

「聞くまでもなかったか。それで、最終的に何人を生け捕りに出来た?」

「…あー、わかんねぇ。途中までは数えてた。確か7人か8人ぐらいだったはずだ。最後の連中が降伏した後、オレは後始末を任せてこっちに戻ってきたから…」

 

 それを聞いて何事かを考え込み始めたグリフィスに代わって、キャスカが腰に手を当てる。

 

「それで、またお前は自分勝手に一人で帰ってきたのか」

「違ぇって。オレが一人で粗方をさっさと片付けちまったから、暇を持て余した他の連中が『後始末は自分達がやるから先に戻ってグリフィスに報告してくれ』って、むしろオレが背中を押されたんだよ」

「なあ、それってガッツが気を遣われただけなんじゃないのか。早くグリフィスに顔を見せて安心させてやれ、みたいな感じでさ」

 

 余計な一言を口にしたジュドーは、しかしガッツに満面の笑顔を向けられて失敗を悟った。軽くからかうつもりが逆に虎の尾を踏んでしまったと悟り、慌てて撤退しようとする。

 

「あ、オレは書類を外に届けてくるわ。悪いが急ぎの用を思い出したんで…」

「おい、ジュドー。ちょっと付き合えよ。確か、今夜はキャスカと二人きりで飯を食いに行くんだろ? その前に体を動かしておいた方が美味い飯が食えるぜ?」

「…怪我するほどの激しい運動は勘弁してくれよ。頼むから」

「だったら、おいピピン。一緒にどうだ? ジュドーと二人がかりなら、オレもそれなりに歯応えを感じられそうだ」

 

 獰猛な獣がじゃれついてくるように、好戦的な誘いが立て続けに面子を呼ぶ。

 

「……」

 

 席から立ち上がったピピンが了解の意を込めて一つ頷きを返し、処理が終わった書類の束をキャスカに差し出した。

 

「ピピン、何か問題はなかった?」

「無い。…何も」

 

 ぼそっと呟くように返事をした巨漢が、太い首をゆっくりと横に振る。キャスカも頷きを返し、軽く全体に目を通して書類が揃っているのを確認し、グリフィスに目を戻す。しかし、まだ何かを考え続けている様子に思い直したように書類を小脇に抱えた。

 

「ジュドー、あまり遅くならないでね」

「おう、わかってる。約束の時間は守るさ」

「ねえガッツ! オレも! オレも一緒に行ってもいい?」

「なんだ、仕事は終わったのか?」

「オレの分は終わった!」

「なら、いいぜ」

「やった!」

 

 飛び跳ねるリッケルトは、そこで気付いたように後ろを振り向いた。

 

「コルカスは? 行かないの?」

「…オレはまだ終わってねぇ。さっさと片付けねぇと、そこの小姑から飯と酒抜きを言い渡されてるんでな」

「誰が小姑だ」

「うるせぇよ。…それに、」

 

 机から顔を上げたコルカスは戸口でこちらを見ているガッツの目と一瞬だけ視線を合わせると、低い声で吐き捨てた。

 

「…いや、何でもねぇ。さっさと行っちまえよ。そいつがそこに立ってると、部屋の中が血生臭くてかなわねぇ。気分が悪くなる」

「そうか、仕事の邪魔をして悪かったな」

 

 短く挨拶をしてガッツ達が外に出て行くと、それを見送ったキャスカは控え目にグリフィスに声をかけた。

 

「グリフィス。考え事をしながらでもいいから、そろそろ着替えないと。私も手伝うから…」

「…ん、ああ、そうか。そうだな、そうするか」

 

 まだ思考に意識を割いたままなのか、普段よりも心ここにあらずのグリフィスの背に手を添えながらキャスカは肩越しにコルカスへ目を向けた。

 

「夕食の前に、もう一度様子を見に来るから。それまでは出来る範囲で進めておいて。どうしても無理そうなものは別にしておいてくれれば、私の方でも見てあげられるし」

「ったく、この世話焼きが。てめぇはオレのことなんか気にしてねぇで、ジュドーのためにせいぜい身綺麗に着飾っとけばいいんだよ。そっちの方がよっぽど大事だろうが」

 

 相変わらずの憎まれ口を叩く仲間に、キャスカは少しだけ口元を緩める。

 

「その、ジュドーがどういうお洒落な服が好きなのか…とか、コルカスは知ってる?」

「馬鹿が。そんなことオレが知ってるわけねえだろ。…だが、気になるんならジュドーを連れてガストンのところにでも行け。てめぇが新しく仕立てる予定の服について意見を聞く振りをしてあれこれ質問してみせりゃ、ジュドーは嘘で誤魔化すようなヤツじゃねぇからな」

 

 それだけで済ませればキャスカもまだ素直に礼を言えるのに、そこで余計な一言を付け加えるのがコルカスという男だった。

 

「ま、野郎が意中の女に好みの服を贈るなんざ、大概その服を脱がせて裸に剥いてヤりてぇよって意味だけどな」

「……」

 

 思わず頬を赤らめたキャスカに向かって、コルカスは荒っぽく手を振ってみせる。

 キャスカとグリフィスが着替えのために出て行くと、急にガランとなった部屋で独り机に向かうコルカスの耳に、外で鋼のぶつかりあう音が断続的に聞こえてきた。

 

「……」

 

 コルカスは無言で羽ペンの先をインク壺に突っ込み、やや乱雑に数字を書き殴る。

 外から響く重い音。ガツン、ガツンと激しく鋼が打ち合う音は、鍛冶屋が鉄を鍛える音にも似て。

 

「…馬鹿が」

 

 ボソリと呟く。

 

「オレ達はもう貴族様だ、てめぇも貴族になるんだぞ。今さら血と泥にまみれてまで自分から危険な戦場に突っ込んでいく必要がどこにある。高い酒を呑んで美味い飯を食って、いい女を腕に抱いて面白おかしく安楽に生きりゃいい。安っぽく下らねぇ命を張ってまでクソ重い段平を振り回す必要がどこにある」

 

 誰に聞かせるわけでもなく、ただ腹の中に仕舞っておけない憤懣を言葉にして吐き出す。

 

「オレ達はグリフィスじゃねぇ。グリフィスみたいにはなれねぇ。なろうとするべきじゃねぇ。オレは、オレ達は…ちっぽけな虫けらみてぇなもんだ。悠々と空を飛ぶ鷹を、地べたを這いずりながら眩しく見上げるのがせいぜいなんだよ」

 

 苛々と乱暴に名前を書き殴った書類を脇に除け、次の書類を目の前に置く。

 

「…だっていうのに、…なんで、それがわからねえんだ。あの馬鹿は。てめぇは、何があろうと絶対にグリフィスにはなれやしねぇんだよ。いい加減わかれよ、大馬鹿野郎が」

 

 苛立ちと憤懣と、憎悪と敵意と、――そして自分でも気付かぬほどに極々僅かな羨望と嫉妬を潜ませて、コルカスは安いインクが滲む書類を睨み付けた。

 

 

■□■□■□■□■

【Phase-004】

 

「いてて…」

「大丈夫? もしかして、どこか怪我でも…」

「大丈夫さ。いや、ホントだって。ホントに怪我はないんだ、怪我は。ただ体のあちこちがガタピシ言ってるような感じでさ。オレも年かねぇ?」

「そんなことを言うのなら、貴族様みたいに顎髭でも長く伸ばしてみたら? もうちょっとは年上に見て貰えるかもよ?」

「なるほど、それもそうか」

 

 夜の王都の通りを歩くキャスカは、隣のジュドーが軽く肩を回しながら微苦笑を浮かべる様子を見て内心で胸を撫で下ろした。

 

「でも、最近のガッツは、なんていうか、こう…いやらしい剣を使うようになってきてさぁ…」

「いやらしい?」

「あー、昔のガッツの剣は力任せに振り回すばかりでさ、そういうところをグリフィスに突かれて負けたりもしたわけだけど。で、大分そういうところが減ってはきたとは言っても、基本的にガッツってあんまり駆け引きだの、フェイントを織り交ぜてきたりだのってのは、そんなにしない方だったんだよ。真っ直ぐっていうか、正直っていうか」

「ああ、うん。それなら何となくわかるかも」

 

 指先でそばかすの浮いた鼻の頭を軽く掻きながら、ジュドーは苦笑する。

 

「でもさ、ここのところのガッツはグリフィスからそういうのを習ったのか、戦場でグリフィスの剣を盗み見て少しずつ覚えたのを使う気になったのかは知らないけど、明らかに一つ一つの動きが変わってきててさ。今日もピピンの戦槌を一つ一つ丁寧に受けて、流して、すぐに切り返して、って技巧を意識して使うようになってきてて…」

「……」

 

 キャスカは思わず自分の手を見下ろす。

 ピピンの戦槌は時に破城槌のように城や砦の頑丈な門扉をも破壊して突破するための代物で、当然ながらキャスカでは振り回すどころか持ち上げるのも難しいほどの重量がある。そんなものを正面から喰らえば鎧を着ていても内臓が破裂するし、兜を被っていても頭蓋が砕ける。剣で受ければ刀身が折れるし、辛うじて刀身が持ちこたえても剣を持つ手首を傷めるのが目に見えている。

 

「私はドルドレイ要塞の攻略で別行動だったから直接は見てないけど、あのボスコーンとの一騎打ちで、ガッツも何か変わったとか?」

「かもなぁ…」

 

 頭の後ろで手を組んで胸を反らすと、ジュドーは横目でキャスカを見る。

 

「そんなわけで、俺もいつもと違う戦い方を意識させられたよ。ピピンと連携しながら位置取りを考えて、ガッツの背後をとるように回り込んで、そこを迎え撃ってくるガッツの段平を避けながら足を止めずに中距離から投げナイフで牽制したり、逆に二刀で切り込んだり…いやー、今日はなんか疲れた。最後の方はピピンも息を切らして肩を上下させるくらい疲れてたもん」

「そんなに疲れてるのなら、食事は別の日にでも…」

「いやいや、疲れてるからこそ美味いモノを喰いたいんだって。せっかく奮発して高い店を予約したんだし、今日は腹一杯喰ってやるぞって気分だよ」

 

 そう言いながら、さりげなくジュドーは立ち位置を変えた。

 視界の端で、裏路地の暗がりから向けられている敵意の視線を自分の体で遮るように。

 

 先日の凱旋で鷹の団は王都でも顔と名を知られる存在となった。注目を浴びる存在となれば、当然ながら善意のみならず悪意を向けてくる存在も必ず出てくる。

 単純に、自分よりも目立つ存在が気に食わないという者もいれば、抑圧された貧しい者達にとっては羨望と嫉妬を向ける対象にもなる。

 同じ女でもグリフィスは伯爵に叙爵されてからは一人で街中を出歩く機会はほぼなくなったが、それに比べればキャスカはまだ狙いやすいようにも見えるだろう。

 

「…ガッツに比べると、オレもまだまだ細く見えるもんな」

「え?」

 

 何気なく呟いたジュドーに、キャスカは目を瞬かせる。

 

「どうしたの、いきなり」

「いや、もう少しオレも気合い入れて体を鍛えようかな、って。ガッツも鷹の団に入ったばかりの頃はオレとそんなに変わらなかっただろ? 背丈もだし、体つきも。それが今じゃ、ガッツと並んで立つと妙に貧弱に見られるんだよね、オレの方ばっかり」

 

 小さく肩を竦めて冗談半分、ぼやき半分に苦笑いするジュドーの顔をまじまじと見て、そしてキャスカは思わず噴き出しそうになる口元を手で抑えた。

 

「ジュドー、そんなこと気にしてたの?」

「そんなことって言うけどさ」

「気持ちはわかるけどね、私もグリフィスと並ぶと何故か男に見られることが多いから」

「あー…そりゃまた、なんとも御愁傷様な話で」

 

 二人は顔を見合わせてクスクスと笑い合う。いかにも親密そうな雰囲気の二人に、通りを歩く他の人々も微笑ましく見守っている。

 

「よっ、お熱いねぇ、お二人さん」

「鷹の団の千人長さんか、仲良く逢い引きとは羨ましいね」

 

 すれ違った酔っ払いの二人組から軽くからかいのヤジが飛んできて、肩を竦めた二人は再び歩き出す。

 ジュドーが横目でチラッと確認すると、幸いにも裏路地からの悪意の目の持ち主は既に姿を消していた。いちいち取り合うのも馬鹿馬鹿しいが、かといって無視もできない。ピピンほどの大きな体が欲しいとは言わないが、もしガッツほどの精悍な体つきの戦士が傍にいれば、そうそうキャスカにも手を出そうと思う者も現れないだろう。そういう意味では、先程のぼやきも完全に冗談というわけでもない。

 

「話を戻すけど」

「ん?」

「私も、確かに最近のガッツは変わったような気がする。前みたいな…いや、違う。どこか以前とも違う気がする」

 

 戦いぶりだけではなく、明らかに何かが違うというのはキャスカも感じている。

 昔のように独断専行を繰り返していた頃の狂犬じみた扱いにくさは影を潜めたが、より上昇志向が強まったというべきか。特に強さへの執着心は、傍から見ていても一種の狂気すら感じるほどに。

 

「もう戦争は終わったはずなのに、どうして大人しくしていられないのか。変だよね」

 

 呆れたように笑って首を振るキャスカは、しかしそこで同意の声が返ってこないことに気付いて顔を隣に向けた。そこで何かを考えているように首を捻っているジュドーの真剣な顔つきに思わず黙り込む。

 

「…ジュドー?」

「多分、キャスカも薄々気付いてるとは思うけど」

「え?」

 

 並んで歩きながら、さりげなくジュドーの手がキャスカの肩を引き寄せる。傍目から見れば親密な恋人同士が体を寄せ合っているようにも見えるだろう。実際、周囲が違和感を覚えている様子はない。しかし、潜めた声の囁きはそんな甘い語らいとは別物だった。

 

「最近の書類をよく見てればわかるだろ? 鷹の団が今も購入し続けてる糧食に武具の数。目立たないように複数の商人から少しずつ買い求めてはいるけれど、ドルドレイで損耗した分の補充にしては、ちょっと多すぎるし、今後に備えての備蓄にしては矢玉や軍馬の数もおかしい。明らかにグリフィスは次の戦闘に備えてる。それも、かなり規模の大きな戦闘だ。そこらの夜盗だの盗賊だのの掃討戦にしては準備が入念すぎる」

「……」

「これは半分オレの勘だけど。購入した兵糧の量からすると、国外への遠征みたいな長期間の行軍は想定してない。目的地はおそらくミッドランドの国内だ。でも、撃てば損耗するのが前提の矢玉や戦闘中の乗り換えにも使う予備の軍馬の数は相当な量だから、相手は確実に軍隊規模。おそらく数だけなら鷹の団にも匹敵する」

「ジュドー、それって…」

 

 二人は、その先を続けられなかった。

 それはつまり、ミッドランドの軍隊が同士討ちをする、すなわち内乱の可能性をすら示唆するものだ。日が落ちてもなお賑わいを見せる王都の通りにあって、二人の周囲だけが奇妙に静かだった。キャスカはジュドーに身を寄せ、ジュドーはキャスカの肩を抱く手に力を込める。

 

「…グリフィスは、もう『次』を見ている。きっと、そのためにガッツも我武者羅に剣の腕を磨いてる。そうでないと二人の動きが説明できない。多分だけど、それぐらいしないと危険だとあの二人が判断するほどに、その次の『敵』は手強いんだろう」

 

 だから、もっと鍛えないと。そうしないと、自分は好きな女さえも守れない。そう思うジュドーは、しかしそんな内心を見せまいとして、あえて明るい声を装った。

 

「まあ、でも、それは後のことだ。今日はともかく一緒に美味い飯を食って、英気を養おうぜ? 戦うにも何をするにも、腹が減っては何とやらって言うしな」

「……」

「……。あれ? キャスカ?」

 

 ふと足を止めたキャスカに一歩遅れて、ジュドーも立ち止まる。一歩先に出た足の分、ジュドーは斜め前から覗き込むようにキャスカの顔を見る。その視線から逃げるように、キャスカは目を伏せ、視線をさまよわせる。

 

「…食事、だけ?」

「え?」

 

 ポツリ、と。蚊が鳴くように微かな声を耳にして、ジュドーが思わず聞き返す。

 

「……」

「キャスカ?」

「…食事だけ、で…いいの?」

 

 目を逸らしたキャスカは、もともと褐色の肌のせいで顔色の変化は見慣れないと傍目にはわかりにくい。しかし、戦友として長い付き合いのジュドーの目には、今のキャスカが短く切った黒髪の間から覗く耳まで赤くしていると見て取れた。

 

「……」

「…その、ほら。…今日、コルカスが」

「コルカス…が?」

「コルカスが、グリフィスに処理させた、でしょ? 酒場と…その、」

「…あ」

 

 思わず。

 ジュドーとしては半ば八つ当たりであるとは百も承知の上で、思わず脳裏に浮かぶ戦友の顔を思い切り殴りつけたい誘惑に駆られた。

 

「べ、別にジュドーがそういうところに足繁く通ったりとか、誰かに入れ揚げてたりとか、そういう話は聞いたこともないし、だからどうとか言うつもりも、ないんだけど」

 

 慌てたように早口で、しかし囁くような小声で必死に言い募るキャスカを前にして、ジュドーが思わず内心で襟首を掴んで喉を締め上げてやりたくなった戦友は、ピピンでもリッケルトでもなかったのは事実だ。つまるところ日頃の行いのせいである。

 

「でも、ジュドーも男だし、その、そういうことに全く興味がないはずもないし…その、だから、」

「あ、あのさ、キャスカ。そ、そういうことは、また別の日にでも…」

「だから、その、グリフィスと、ちょっと話をして」

「え?」

 

 何とか話を逸らそうとするジュドーだったが、予想外の話の流れに思わず再び聞き返してしまう。

 グリフィスとキャスカは女である。女同士で話をすることは何もおかしくはない。その話題がどういうものかなど、同じ鷹の団でも男連中には知る由もない。

 

「だから、グリフィスも…ガッツと…だから、私とジュドーの、ことも」

「え、あの、キャスカ? グリフィスとガッツのこととオレ達に何の関係が…」

「だから、ガッツは、ああだから、剣のことばっかりで、ガッツも娼館に通ったりするなんて想像もつかないけど、でも、やっぱり男だし」

「……」

「…だから、グリフィスが、そういうことはどうしてるのかな、って…気になって」

 

 そこで、そっとキャスカがジュドーに抱きついてくる。

 普段は男装に近い服装で通している上、グリフィスが女としてはあまりに例外的なほど、ほとんど非人間的なまでに完璧な体つきと美貌を兼ね備えているために割りを食っているが、それでも立派に人並み程度はある胸の膨らみがジュドーの胸板に押しつけられる。

 

「もし、男に浮気をされたくなかったら」

 

 思わず硬直してしまうジュドーの耳に、囁いているのは確かにキャスカの声であるはずが、まるで耳元で話しているのがグリフィスであるかのような言葉が聞こえてくる。

 

「他の女に目を向ける余裕もなくなるくらい、例え他の女から誘惑されてもその気になれなくなるくらい、徹底的に搾り取ってやれば浮気なんかすることも出来なくなる、って」

 

 いかにも合理的で、そしてガッツに執着するグリフィスらしい言い草ではあった。しかし、それはあくまでガッツに固執するグリフィスだからこその言い分だろう。

 キャスカと自分に、そこまで深い関係性があるとは思えない。そう思ってしまったのは、誰とでも適度な距離感で付き合うジュドーならではであり、また、そうであるがゆえに気付かなかった。これまでがそうであるからといって、今後もそうであり続けられる保証などないということに。

 

「ジュドーは、私が他の男と寝ても平気?」

「っ!?」

 

 衝動的に『そんなわけねぇだろ!』と怒鳴りつけそうになる自分を、ほとんど無理矢理に押さえつけたジュドーの肩が跳ねた。

 

「…平気じゃないなら。ジュドーが私に嫉妬してくれているのなら。…なら、私は…」

「キャス、」

「私は、いいよ」

 

 言われてしまった、というべきか。それとも、言わせてしまった、というべきだろうか。

 どちらにしても、ジュドーは自分の甲斐性の無さに我ながら呆れ果て、両手で頭を抱えた。

 

「…キャスカ。そういうことはさ、出来れば二人きりの時に言って欲しかったな」

「だって、こうでもしないとジュドーは上手く躱して逃げるだろうって、グリフィスが」

「……」

 

 確かに、今のような衆人環視の状況でもなければ、例え二人きりの時に切り出されたとしても、自分はいざという時の踏ん切りをつけられずに適当に言葉を濁して決断を先延ばしにしていたかもしれない。いや、きっとそうする。

 何事も小器用で適度にこなせる反面、そこから先の深みには足を踏み込めずに逃げてしまう自分の臆病さと不器用さをジュドーはよくわかっていた。

 

「ジュドー」

「わかってる。ああ、いや、違う。そうじゃない」

 

 今回も、告白の時と同じく最初から最後までグリフィスにお膳立てされて、キャスカに切り出してもらって、そうでもしてもらわなければ次に進むことも出来ない自分が何とも不甲斐ない。

 

「悪い。わかってなかったのはオレの方だな。つくづくオレはグリフィスには敵わないらしい」

 

 そして、そのグリフィスに並ぼうと今も足掻いているガッツにも。

 

「別に私は、ジュドーにグリフィスと並んで欲しいとは思ってないけど。あの馬鹿みたいになって欲しいとも思ってないし」

「いや、そういうことじゃないんだけどさ」

 

 自分が好きな女に、自分の力だけで告白することも、自分から口説こうとすることも出来ず。そして誰かに背中を押してもらわないと、あるいは女の方から言ってもらわなければ次に進むことも出来ないのかと。情けないにもほどがある。

 

「…ほら、ジュドー。行こう?」

 

 内心でほぞを噛むジュドーの手を取り、キャスカが促す。まだその顔は羞恥の赤みを帯びてはいたが、それでも手を握って、先に進もうと誘う。

 

「ああ、うん。そうだな、行くか」

 

 口でなら勇ましいことも言える。小賢しいことも言える。しかし、いざとなれば自分からは何も出来ない。そんな自分の手を引いて、時には叱咤してくれるキャスカが自分には眩しかった。

 キャスカの手を握り返しながら、ジュドーはその横顔に見惚れる。そして、心の隅で考える。

 

 自分はグリフィスの下につくと決めた。グリフィスの指示に、その命令に従って戦うと決めた。――だけど。もし、――もしも。

 もし、自分が死ぬ時が来たら。死ぬ時を、自分で選べるのであれば。自分の命の使い道を自分で決められるのだとしたら。その時は。

 グリフィスのためではなく。自分は、キャスカのために戦って死にたい。キャスカの命を守ってから、その腕の中で死にたい。

 例え、それがキャスカの決して望むことなどではなく、むしろ怒らせ悲しませることになるとわかっていても。それでも、自分はそうしたい。

 

「なあ、キャスカ」

「うん?」

「…ああ、うん。その、なんだ」

 

 やっぱりオレは、お前が好きだ。

 出来れば、この王都の通りでも周囲を憚ることなく、そう言いたくて。

 喉まで出かかったその言葉を、しかしジュドーはいつものように飲み込んだ。

 

「あー、いや、なんか…腹、減ったよな」

「もう、何を子供みたいなことを言ってるんだか。だったら、早く行こう」

 

 呆れたように、けれど少しだけ嬉しそうに微笑むキャスカに、小さく笑い返す。

 

 ――この気持ちを口にするのは、もうちょっとだけ後で。

 

 もし…そう、もしこの後で二人きりになれたなら、きっとその時にでも。

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