ひとりぼっちのアリス
ちょっとした村の中心からちょっと離れたところにぽつりと建つ、ちょっと小さくて小綺麗な家にその家族は住んでいた。あいにく裕福な暮らしではないが、貧しいと言えるほどのこともなく、それなりにほどほどの日々を送っていた。
母は服を仕立てては馬車で町まで売りに行き、父は同じ馬車に乗って町の中央通りにある役場へ働きに出かける。残されてお留守番をしているのはこの家でたった一人の女の子。兄も姉も、弟も妹もいない、ひとりぼっちのアリスだけ。
ひとりぼっちのアリスは今日もひとりぼっちでお留守番。
両親とも遠い遠い町に出かけているから帰ってくるのも夜の遅い遅い時間。
ご飯にはパンもある。牛乳もまだまだ腐ってない。戸棚の奥にはチーズがあることもアリスはちゃんと知っている。ひとりぼっちは寂しいけれど、アリスはひもじい思いをしない。決して贅沢な暮らしじゃないけど、アリスはそれなりに健やかに過ごせていた。
ひとりぼっちのアリスがパンをかじり、牛乳でコクコクと流し込み、ちょっぴりだけチーズをつまむ。寂しいなんて口にも出さない。出す相手もいやしないのだから当然だが。
ひとりぼっちの家でできることはそんなにはない。スカートの裾のパンくずはたいて、コップを洗って片付けて、あとはお庭を駆け回って、その後にのんびりとひなたぼっこするくらい。
そうやって今日も時間は過ぎ去っていき、お日さまは山の向こうへとさようなら。代わりに食べかけのチーズみたいなお月様がやってくる。
ひとりぼっちのアリスは今夜もパンをかじり、牛乳を飲み干して、誰もいないベッドの中。
「おやすみ、アリス」
誰もいない部屋、誰でもない自分に言い聞かせるように、アリスはそっと呟いて、目を閉じた。こうして、いつもと変わらない一日は、いつもと変わらずまた終わろうとしていた。ただ、今日はいつもとは、ちょっぴり違った夜になる。
少なくとも、ひとりぼっちのアリスにとっては。
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アリスはふと、目が覚めた。辺りはまだまだ暗く、朝には早い。
それでもアリスは何故だか目が覚めてしまった。
ちょっと寝つきが悪かったのかもしれない。そう、思ったアリスは水でも飲もうとベッドから降りた。こんな夜はちょっと水を飲んだ方がいい。そんなことをいつだったか母に言われたのを思い出したから。
しかし、何かがおかしいと気づいたのはそのときだった。
周りが暗かった。夜なのだから暗くて当然なのだが、不思議なくらいに暗かった。何せ、アリスの目には自分の体とベッドくらいしか見えない。こんなことってあるだろうか。月明かり、星明りがあれば、壁だって床だって少しくらいは見えるはず。それなのに、アリスの周りだけが全部、全部真っ暗。
遠くを見ても、アリスの持っている絵本がいっぱいある小さな本棚だって見えないし、父に買ってもらった素敵な服がいっぱい入ってる大きなクローゼットも見えない。ここは本当に自分の部屋なのだろうか。アリスはそんな不安さえ覚えてきた。
きっと暗闇に目が慣れていないだけに違いない。そう思うことにしたアリスは、ベッドを離れ、転ばないようにそっとそろりと何も見えない暗闇に向かって歩き出した。本当はベッドに戻ってもう一度眠ってもよかったのかもしれないけれど、一度目が覚めてしまったアリスにはそんなことも思いつかなかった様子。
一歩、また一歩。恐る恐る二歩、三歩と足が前に進む。こんなに部屋は広くなかったはずだ。本当に目の前は全部真っ暗なのだろうか。四歩、五歩、六歩。アリスの早足がとことこと暗闇を踏みしめていく。
もう数歩ほど歩いたところで、アリスの目の前に扉が見えた。見覚えのない扉だ。
何にも見えない暗闇の中に、壁もないのにポツンと立っている不思議な扉。
振り向くのも怖くなったアリスは早足を駆け足に変えて、扉の元へぴゅんと飛んでいった。怖い、怖い、怖い。暗い、暗い、暗い。扉へ、扉へ急げとアリスは走る。
大きくもなく、小さくもない、ごくごく普通の木でできたチョコレートのような黒い扉。
アリスが金属製のノブをまわすと驚くほど軽く、まるでアリスを迎え入れるかのように扉はワッと開いた。