さすがのアリスも答えに言いよどむ。というよりかは、帽子屋の言葉の半分も理解しようもなく、できなかったからだ。カラスとは何だったのか、書き物机とは何だったのか、アリスの中で組み上げられていた定義というものが積み木のように崩れては、元の形には戻りそうにもなかった。
「イヌがニャーと鳴けばネコで、ネコがワンと鳴けばイヌさ。理屈的な言葉にまどわされてはいけないよアリス」
三月ウサギがアリスの耳元でヒャッハッハと、それはそれは驚くほど耳障りなくらいの大音量で高笑いをする。
「言葉なんぞに意味などありはしない。観測こそが定義を結ぶのである。決して情報に騙されてはいかん! この目に映る真実こそが、この耳を震わす真実こそが、紛れもない現実なのだ!」
代わる代わる、二人が口を開き、アリスの頭をゆさぶるような会話を交わす。怒ったらいいのか、笑ったらいいのか、それとも泣いてもいいのか。どうするべきか、どうしないべきかさえも、アリスには考えることができなくなっていた。
どんな言葉を発したら正解なのか。そもそも自分の中にある言葉に意味そのものがあるのか。アリスののど奥に言葉が詰まってそこから先に出てこようとはしてこない。
「さあさ、アリス。お茶のおかわりはいかがかな?」
三月ウサギからティーポットを差し伸べられるも、アリスの手元には最初からティーカップどころか、ソーサーもない。手を添えられたところで、受けるものは何もない。口に注ぐ以外にどうしようもない。
「ハーブにするかい? レモンにするかい? ああ、コーヒーもあるよ。砂糖は? 一杯? 二杯? 三杯?」
ぐいぐいと遠慮なしに言い寄られて、アリスもとうとう口火を切る。
「もう! お茶なんてまだもらってないよ!」
その態度ときたら、帽子屋も三月ウサギもきょとんとしたもの。ネズミなどアリスの声が聞こえていなかったかのように相変わらずも眠りこけたまま、ぐっすりすやすやだというのに。
「もう、と申されたか。アリスはもうと申された」
「アリスは牛なのかい? 牛はアリスなのかい? もうもう」
アリスのキンとした言葉に何も堪えなかったのか、それどころか二人ともアリスを茶化すよう。平然と飄々とした態度を崩すことがない。
「もう! 違うってば!」
小さな顔を桃みたいに赤らめては、アリスもプンと怒る。
「まあま、まあま。お茶を飲んで落ち着くといい。砂糖は? 四杯? 五杯? 六杯?」
「おや? ミルクがないぞ。一杯もない。これではミルクティーも飲めないではないか」
「そらそうさ、牛なんて飼ってないもの」
アリスの気など知れたものではなく、帽子屋は自分の手元のティーカップの中、飲みかけのストレートティーをうとましく眺め、三月ウサギはティーカップの中身にミルクが入ってないのを見つめている。
「いいや、ならん。断じてならん。わがはいはミルクティーしか飲めないのだ」
豹変したように、帽子屋が怒鳴る。それはそれは顔を真っ赤にするほど。手に持ったティーカップから中の紅茶が周りに飛び散るほどだ。
「なら牛からミルクを絞るといい。牛ならそこにいるだろう」
そういって三月ウサギはティーポットの注ぎ口の先をアリスに向けて指差すように突きつける。
「わたし、牛じゃないよ」
戸惑う顔で、アリスがおそるおそる答える。アリスの前には怒った帽子屋の怖い目が光って見えていた。
「アリスはもうと申された。牛はもうと鳴く。ならばアリスは牛である。間違いのないこと」
「ち、違うよ……わたしは」
「じゃあ、答えてみるといいさ。アリス。キミは誰だ?」
「え?」
「そうだ、アリス。お前はなんだ? アリスが牛ではないというのならアリスは誰だ?」
すぐに答えられたはずなのに、アリスはその答えが出なかった。本当にアリスは自分がアリスだったのか分からなくなっていた。
そもそもアリスは何故アリスというのだろうか。アリスがアリスであると証明するためにはアリスはどうあるべきなのか。
考えれば考えるほどに、アリスの頭の中はぐちゃぐちゃになる。かき混ぜられたミルクとティーがミルクティーとなって、二度とミルクとティーに戻らなくなってしまうように。
帽子屋は帽子を被っているから帽子屋で、三月ウサギは長い耳を持っているからウサギ。ならアリスはなんだろう。アリスって誰なんだろう。
アリスがアリスであるためにアリスとしてアリスらしい振る舞いをしたくてもアリス自身がアリスのことをアリスではない誰か以上に知らないというのなら、本当のアリスを知っているのはアリスではない他人ということ。ならば、その他人がアリスを牛だというのであればアリスは牛なのではないのか。だってアリスがアリスのことを分かっていないのだから。アリスが牛ではないことをアリスは証明できない。
とうとうアリスは自分が牛ではないか、という結論にさえ辿りつこうとしていた。
「やっぱり、アリスは牛だったんだ」
「もうぅ……」
この三月ウサギの言葉が確信だと言わんばかりに、とろんとした顔でアリスがまた鳴く。今度は怒るようなそれではなく、牛のようなそれだ。間違いない、自分は牛なんだ、とアリスはようやく理解した。
そうだ。そういえば、アリスは牛だった。
耳も牛のものだし、鼻にも金属の輪っかもついてる。そもそも手の先はヒヅメだし、スカートの下からは尻尾も生えているし、どうしてこれを牛以外と見間違えようか。誰がどう見たって牛でしかない。
どうして今までそんなことにも気付かなかったのだろう。どうして今まで自分が牛じゃないだなんて思いこんでいたのだろう。三月ウサギが牛だというのだからアリスは牛であるはずなのに。
「それじゃあアリス。ミルクをもらおうか」
「もうぅぅ……」
アリスはそうとしか答えられなかった。何故ならアリスは牛なのだから、もうと鳴くだけ。
サッと帽子屋がアリスの背に回り込むと、服の前をいともたやすくはだけさせる。すると幼く小さい胸が露わになる。滑りそうな白い肌に、不釣合いな突起がそこにあった。それはピンク色をした、指先ほど伸びたアリスの乳首。人差し指と親指で摘むには丁度いい大きさ。
背中越しに、帽子屋はアリスの長い乳首を両側から摘む。それがあまりにもキュッと抓られるように強かったせいか、アリスは「んもぅ」と鳴き、身体を少し仰け反らせた。
帽子屋の手はそれだけで止めようとはしなかった。コリコリと固いものをほぐすように指先でアリスの乳首を弄り続ける。時折、潰すように抓ってみたり、伸ばすように引っ張ってみたり、少しずつ変化を加えながらも、アリスの小さくも長い乳首が帽子屋の指の思うまま、くにくにと形を変える。
「ずいぶんと出が悪いですな」
「んもぅぅ……んんもぅ♥」
そうやって乳首が弄られる度に、こみ上げるような刺激がアリスの身体をくねらせる。もどかしく、何かが胸の中に集中していくような熱い感じ。潤んだアリスの瞳は、溜め込まれたそれから早く開放されたいと訴えかけるかのよう。
「早くわがはいのためにミルクを出すのである」
帽子屋の指が、アリスの乳首をキュッと摘む。
すると、ようやくして、アリスの身体が小動物のようにふるふると縮まったかと思ったその刹那、アリスは自分の胸の中にこみ上げてきたものを、ピュッと噴き出す。一滴か二滴か。一度出てからはもう抑えようがなかった。
「んもぅぅぅ♥ もおうぅぅ♥」
アリスの乳首の先から真っ白いミルクがピュウピュウと勢いよく噴き出してくる。
帽子屋の指が蛇口のように、アリスの乳首をちょいとひねるだけで「んもぅ♥」と一声、アリスはミルクでテーブルの上をビチャビチャにさせつつも、目の前に置いてあったポットの中にそれを注ぎ込む。
刺激にただただもだえていただけのアリスは、それがようやく気持ちのいいものなんだと分かったのか、背中の帽子屋にねだるように、こびるように、「もぅもぅ♥」と声を張り上げる。それはもう、よく懐いた家畜のよう。
帽子屋もそれを理解してかしないでか、指先に力を込めて、しごくように前後に擦る。アリスの身体はビクンビクンと震えては、ミルクの勢いもまた一層増していく。アリスはもはや、もうもうとしか鳴くことはないが、おそらくきっと、「もっともっと絞って」と繰り返し繰り返しせがんでいるに違いない。
アリスは自分は牛なのだから、それが当然のこと。そう思って疑わなかった。
涙を溜めて潤んだ瞳のアリスの顔は至福のような笑みと、家畜のようにだらしないよだれをこぼしながらも、またピュウピュウと勢いよくミルクを出して、またもうもうとねだる。
それがどれだけ続いたことか。
アリスのミルクでポットの中身が満たされる頃には、ミルク瓶を何本かこぼしたくらいの量がテーブルに広がり、テーブル下までボタボタとたれている。まるでそれはミルクの海のようになっていた。
その一方で、絞り切ってすっかり疲れてしまったのか、アリスは椅子の上に座ったまま、背もたれに身体を預けるようにくったりとしていた。
そんなアリスをよそに、自分の席に戻った帽子屋はティーカップにミルクを注ぎ、スプーンでくるくると軽快にかき混ぜては色と香りをたしなみつつも、ご機嫌にミルクティーをこくこくとのど奥に流し込む。
「うむ。やはりミルクティーは至上の美味なのである!」
そんな言葉も聞こえてるのかどうか。どこを向いてるとも分からない上の空のアリスは力なく腕を持ち上げると、その指先を自分の乳首にあてがい、ぼんやりとしたままキュッと強く摘む。ピクリと一瞬身体を震わせて、胸からまたピュッとミルクを噴き出し、「もぅ……」と消え入りそうな、心地よさの余韻に浸るような、そんな鳴き声をあげて、また腕をだらんと垂らした。
今にも寝入りそうに、うとうととしたアリスを横目に、お茶会はまだまだ賑やか。
「おやすみ、アリス」
誰かが呟いたそのときには、アリスはもう目を閉じて、すやすやと小さな寝息を立てていた。