※この作品はR-18です。

青春ディプライヴ   作:松本まつすけ

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変わる自分と、羨望:ライラの視点

 私は憂鬱な気分でベッドから足を下した。確か今日は午後からスーパーのシフトが入っている日だ。ちょっと張り切ってシフトを増やしすぎちゃったかも。

 

 別に働くのが嫌というわけじゃない。今年から始めたばかりのパートタイマーなのだから、そのときは何処かウキウキした気持ちを持っていたはず。

 

 でもなんでかブラックのように思えていた。それはそれまで私が仕事というものに関わってこなかったからそう感じるだけなのかもしれないけども。

 

 二十三歳にもなって一人暮らしの無職は論外。少しでも日銭を稼がないと。

 

 せっかく給与の高いバイトリーダーになったんだから年下の子たちの示しになるように頑張っていかないといけないって分かっているんだけど、上手くいかない。

 

 ちょっとミスしたら「ライラさん、この失敗はないですよ」と言われちゃうし、分からないことがあっても「ライラ先輩、そのくらい自分でやりましょうよ」だ。

 確かに私は他のバイトのみんなからしたら年上かもしれないけど、支えあっていくってことを知らないものかなぁ、なんて。

 

 ま、人と支えあうなんて今まであまり考えたこともなかったけどね。

 

 なんか、ここのところ、不思議な感覚だ。日々が目まぐるしいというべきなのか何なのか、あっという間に時間が過ぎちゃってる感じがしてしまう。

 ほんの少し前までは周りのみんながやってくれていたような気もするのだけど、上の立場になった今、そうもしてはいられない。

 

 その点、チーフはとても優しい人だ。大体の仕事はこなせるし、分からないことは全部教えてくれる。三十二歳くらいだったっけ。人間ってあのくらいになるとなんでもできるようになっていくのかなぁ。

 

 二十後半とか三十代なんて年食ったおじさんおばさんと思っていたのもつい最近のことだったようにも思う。いざ二十代になってみると、意外と差がないもんだ。

 本物のおじさんとなると店長くらいだろうか。白髪生えてたし。

 

 私が今年入る前までは五十代や六十代の人たちがいっぱいいたと聞いて驚きもした。今では高校生だらけの中で、私が一番の年長さんなのだから。

 上の三十代の正社員さんたち世代には迷惑かけてばかりだけど、本当は私がやる仕事もいっぱい任せちゃってるのが何だか悔しい。

 

 本当におかしいなぁ。どうして今まで私は真面目に生きてこなかったのだろう。

 大学にまで入っておいてパートタイマーしかできることがないなんて。しかも、それすらも今は満足にできていないとか、ありえないのでは。

 こういうの、なんていうんだっけ。こうえん矢のごとし?

 

 ありえないといえば、もう一つ。

 

「んむむむむぅ……、なんでぇ? どうしてぇ?」

 

 私の腰回りをきうきうと締め付ける感覚。昨日まで着ていたお気に入りが入らなくなっている。これはありえなくない? 無理に引っ張ったらとうとうビリっと破ける音が聞こえてきてしまったので諦めた。

 

 私はドカ食いする派でもないし、そんなに間食もしてなかったと思うんだけど、ここ最近で急に肥えてきたような気がする。太りやすい体質だったのかな。

 年を食うと痩せにくくなるなんて聞いたことはあったけど、まだ私もギリギリ二十代前半だしなぁ。これはかなりショックが大きい。

 

 ダイエットとか気にしてなかったけどしなきゃならない年頃かぁ。やっぱり急に年をとってしまったように感じちゃう。それだけ私ものんびり生きてきたということなのだろう。悲しいけれども。

 

 はぁ、憂鬱。今日も後輩たちに嘗められないように頑張らなきゃ――……。

 

 ※

 

 ※ ※

 

 ※ ※ ※

 

 やらかしてしまった。発注を間違えてしまうなんて初歩的なミスを。チーフがカバーしてくれたのはいいけれど、給与は減らされるらしい。そらそうか。

 

 それにしてもチーフも凄いよね。私と同い年の二十八歳なのに、テキパキと仕事をこなせててベテランのオーラが凄い。それに引き換え、私ときたら……。

 

 バイトリーダーという肩書きはあるものの、年下の誰にも慕われていない。

 私なんかの指示を受けたくないというのがヒシヒシと伝わってくる。

 今回の件でまた信頼落としちゃったんだろうなぁ。

 

 アルバイトのみんなは私よりも十歳くらい年下な子ばかりなのに、一番の先輩の私は足を引っ張ってばかり。私ももうあの子たちと同じ失敗をしても許される年じゃないんだ。しっかりしないと。

 

 ついこないだまであの子たちの中にいたような気もするんだけど、そんなはずないよね。仮にそうだったとしても、頼りない私に愛想を尽かしたとしか。

 

 私もチーフくらい真面目に頑張れたらよかったのに。

 あの人は美人だし、スタイルのいい方だし、三十代ばかりの正社員さんたちの中でも人気があるみたい。羨ましいなぁ。

 

 私なんて最近凄く疲れやすくなった気がするし、なんだか急に太り始めてきたような気もする。こんなにおなか出てなかったと思うんだけど、ぷにぷにだ。

 三十手前にして年を感じるなんて、老けやすい体質なのかな。

 

 早いところ結婚相手を探さないといけない年頃になってきちゃった。

 三十超えてからだとさすがにヤバいよね。そうでなくともこれ以上ぽっちゃりさんになったら誰が私と結婚してくれるっていうのか。

 

 なんだかなぁ。学生の頃だったら男の方から寄ってきてたのに、どうしてあの頃に彼氏をさっさと作っちゃわなかったんだろう。青春を素通りしてきたみたい。

 スマホ見ても学生時代の友人のアドレスなんて一つも残ってない。どうしてみんないなくなっちゃったんだっけ。全然覚えてない。

 

 私ってそんなに友達いなかったっけ。自分でも分かっていないくらい自分勝手に生きてきたツケが回ってきたのかな。覚えていないということはそういうことなのか。

 

 いつの間にかぼっちになっちゃった感じがする。

 

 私は今まで二十八歳までどうやって生きてきたのだろう。不思議だ。

 ちゃんと高校は卒業したし、そのあとに大学にも進学して、気付いたらスーパーのパートタイマーになっていて、それで……、別に不思議なことなんてないのに。

 

 嗚呼、時間が経つのって恐ろしい。こんなにも早いんだ。

 いつまでもチーフを含む正社員の人たちがいるわけじゃない。自分でどうにかできるようにならないとこの先やっていけないよね。あ~あ、頑張らなきゃ――……。

 

 ※

 

 ※ ※

 

 ※ ※ ※

 

「早川先輩、またここ計算間違えてますよ」

「あ、すみません。やり直します」

 

 大学生のアルバイトの子に注意されて、私はまた書類を書き直す。こんな簡単なことなのにどうしてできないんだろう。

 

「早川さん、この在庫は何処に置くんでしたっけ」

「ええと、確か三番倉庫、だったかな?」

「しっかりしてくださいよ、正社員なんですよね?」

 

 次から次へと声を掛けられて、私は目が回りそうだった。そりゃあ私がチーフやってるんだから仕方ないことなんだけれども。全然処理しきれていないのが現状だ。

 

 上からの目も厳しくなっているのに、下からも不満の声ばかり上がってくる。

 これが板挟みという奴だろう。正社員もそう多くないし、下のアルバイトは学生さんばかりなのだから真ん中にいる私しか回す人がいないのは分かる。

 

 もっとできる人を雇ってほしいと思うも、逆にそうなったらそうなったで私の立場がなくなってしまうだろう。正社員の私が下っ端に回ってどうするんだという話。

 三十過ぎてもまだ学生気分でいるなんて私くらいのものだ。

 

「早川さん、明日のシフトの穴埋めはできてるの? このままだと回らないわよ」

「ごめんなさい、これから電話掛けますぅ!」

 

 みんな名字でしか私のことを呼んでくれない。もっと気さくにライラって呼んでもらってもいいのに。そういう感覚もやっぱり学生気分なのかな。

 でも、ちょっと前までライラで呼ばれていたような気もするのだけど……。

 

 だんだん周りのみんなも私に対して厳しく当たってきているような気がしてしまうのは、私がいつまで経っても立派な社会人として働けてない証拠か。

 

 その点でいうと、有仙さんは凄いなぁ。

 あの人、二十四歳だっけ。私より八つも年下なのに要領がいいというか。

 バイトリーダーなのに既に私なんかよりずっと仕事ができる。

 むしろ、あの人にこそチーフを任せるべきでは。

 

 下の名前は喜久子なんて今どきの子にしては古風な名前だし、貫禄がある。なんなら私のライラなんて名前の方が今どき風な感じか。こんな変な名前だからアルバイトの子たちに笑われてるんじゃないよね、まさか。

 

 私が有仙さんと同じくらいの年の頃って何をしてたっけ。全然思い出せない。

 昔は周りのみんなが何でもやってくれたようなことばかり思い出す。きっとこんなだから今みたいな私になってしまったんだ。

 ずっと人任せで生きてきたバチが当たったに違いない。

 

 三十代なんてまだまだ若いとは思うんだけど、バイトの子たちには私もおばさんにしか見えないっぽい。まあ、そりゃそうか。私服のセンスもババ臭いって言われたときには本当にショックだったけど、服も下着も若い子からしたらそう見えるか。

 

 いっそアダルティって言ってもらえると助かるんだけれども、別に私も大人の魅力があるわけでもないしね。こんな肉付きがむちむちしたおばさんの何処がアダルティだというのか。これで加齢臭が出てきたらいよいよ本格的におばさんね。

 

「早川さん! 何をぼんやりしてるんですか!」

「はい! ごめんなさい! ちょっと考え事してましたぁ!」

 

 私って、いつからこんな大人になってしまったんだろう――……。

 

 ※ ※ ※

 

 残務処理を片付けて、スーパーの事務所から出ると、外はすっかり深夜だ。

 夜遅くなるまで仕事が終えられないのも私が鈍臭いからだろうか。

 

 今日も何回「早川!」と怒鳴られたか分からない。

 

 こんな時間だというのに大学生さんご一行はカラオケボックスの前で屯しているし、顔を真っ赤にした若いサラリーマンたちも楽しそうにワイワイとしている。

 

 夜の街はギラギラとして眩しいのに、何故か心寂しい気持ちに駆られる。

 

 私の青春ってなんだったっけ。あんな風にみんなと楽しく過ごせていたときってあったっけ。あったような気もするし、なかったような気もする。

 今だって、すぐに電話で呼んで遊べる友達もいないのだから曖昧だ。

 

 一所懸命仕事をしたつもりにはなったけど、結局まだまだミスも多いし、上からも下からも怒られてばかり。成長しないまま大人の階段を上ってきた気分だ。

 

 私がもっと若かったら、もっとできたことが多かったのでは。

 若いころにもっと色々なことをしてきたら今とは違っていたのでは。

 おかしいな。なんだかおかしい。まだ自分が青春の中にいるような気がして、心が辛くなっていく。

 

 でも現実ではそんなことはない。

 私ももう三十二歳になったし、スーパーの正社員として、レジのチーフを任されているし、学生さんや新人社員とはさすがに離れている。

 

 そりゃあもちろん、上の世代からしてみれば青春はまだまだこれからだ、って言われるかもしれないけども。何もないまま大人になってしまった私に、新しい出会いや挑戦なんてあるのだろうか。

 

 今さらになって思う。青春とは人と人とのつながりでできているのだと。

 若いころは勝手に色々な出会いやつながりがあったから勘違いしていたけれど、そのひとつひとつを大事にしないまま大人になるとあっさり切れてしまうものなんだ。

 

 一度切れてしまったつながりを戻すことは簡単なことではないし、今の年になって新しいつながりを求めることも土台、簡単なことではない。

 私がもっとしっかりとした大人だったならよかったけれど、ただ無駄に年を重ねていっただけの何もない私と誰がつながろうと思うものか。

 

 有仙さんみたいな人になりたかったなぁ。

 真面目だし、仕事もこなせるし、その上美人でスタイルもいい。

 バイトリーダーどころかチーフにもなれるし、きっと他の職場に行っても何でもできちゃうんだって思える。

 

 まだ有仙さんも二十代だから若い子の輪の中に入れるのも羨ましい。

 どうして……、どうして私はいつの間にか大人になってしまったんだろう。

 

 今からでも頑張れば、こんなおばさんの私でも青春を取り戻せるのだろうか。

 暗い、薄暗い気持ちを抱えたまま都会の明かりに照らされ、私は独り帰路に就く。

 

 一歩一歩、足取りが重いのは、私が肥えているせいだけとは思いたくない。

 

 きっといつか何処かに、私みたいな人とつながってくれる人もいるよね。

 そんな一縷の望みでも持たないと、今の私は心が潰れて消えてしまいそうだった。

 

 こうして、夜の街に私は消える――……。

 

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 ※ ※

 

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