《アスラン……!》
「キラ!」
フリーダムの懐へ入り込めたのは千載一遇のチャンスだった。
ハルバートモードで反撃の隙は与えない。ジャスティスのラケルタビームサーベルの斬撃を囮に、キラがビームシールドによる防御を選択した刹那、アスランは真下から脚部ビームサーベルを見舞った。
ベストタイミング。
その一撃が、コンマレベルの機体の精密操作によって鮮やかに回避されてしまう。
ーうまい……!
《来るぞ、アスラン!》
「ちぃ……!」
カガリのフォローで、アスランはジャスティスを大胆に後退させた。そうしなけば、フリーダムの腰部レールガンに零距離でコックピットを直撃されていただろう。VPS装甲がダメージを無効化するだろうが、機体への衝撃は避けられない。その隙を見逃してくれるキラではない。
自動照準と先読みを織り交ぜたフリーダムのビームライフルの雨が前方から降り注ぐ。
「やるな、キラ……!」
シールドと最小限の回避でやり過ごす。だが、その間にジャスティスのインターフェイスはフリーダムを見失った。
《上だ! アスラン!》
全天周囲モニターの彼方、カガリの声で弾かれたように天を仰ぎ見たアスランの視線の先に、流星と化したフリーダムが不規則な高速移動を繰り返しながら、ハイマットー全武装を開放するフルバーストの体勢に入ったのが見えた。
《マルチロック……ラクス、ドラグーンを》
《承知いたしました、キラ》
ロックオンされた……!
アスランはバーニアをフルスロットルで加速させ、強烈なドライブラインを描いてジャスティスをフリーダムへ肉迫させたが、キラとラクスの照準を外すことができない。
ビームライフルはすでに破壊されている。突貫するしかなかった。
アスランは戦略的に追い詰められていた。サブパイロットとしてのラクスが、ここまで厄介な存在だとは……!
《フリーダムの過去の実戦データから、予測射線は入力してある。メイリンのお墨付きだ、それで六割は回避できるはず》
「ありがとう、カガリ」
だが、それでも60%か。
《当たれえぇぇーッ!》
「キラあぁぁーッ!」
モビルスーツの一個小隊を易々と殲滅するフリーダムのビーム放射が、ジャスティス一機に向けて放たれた。
凄まじい密度の射線を抜けて、ジャスティスがフリーダムへ迫る。オートロックを隠れ蓑に、マニュアルで発射されたカリドゥスの一撃がジャスティスのレフトアームを爆散させ、コックピットを激しく振動させる。だが、アスランは構わず前進した。カガリのリモート操作による回避運動がなければ、やられているところだった。
「キラ!」
《アスラン……!》
死線を潜り抜け、さらに右脚を被弾したジャスティスは、眼前にフリーダムを捕捉した。すでに振りかぶった後のビームサーベルは袈裟斬りの体勢に入っている。
そのジャスティスの右腕が手首からちぎれて飛び、サーベルはコントロールを失った。
真下からの狙撃。
射撃を終えたドラグーンが一機、こちらをロックオンしている。コックピットをやられなかったのは、またしてもカガリの咄嗟の機転によるものだった。
ーラクスか!
残った左脚のビームサーベルを蹴り上げるよりも早く、フリーダムの放った横薙ぎのビームサーベルの煌めきが爆ぜ、ジャスティスのコックピットをブラック・ダウンさせた。
「アスラン君って、面白いわね」
オノゴロ島。
モルゲンレーテ社のブリーフィングルーム。
キラとの戦闘シュミレーションを終えたアスランへ、エリカ・シモンズはモニターを見せながら言った。
「パイロット能力を明確に数値化することは難しいんだけど……」と、エリカは前置きする。
「キラ君は、常に安定した高い操縦技術でフリーダムのポテンシャルを引き出してるわ。ほとんど欠点のつけようがないけど、複雑でピーキーなフリーダムの火器管制にラクスさんのフォローが入ることで、全武装開放直前のわずかな硬直もシームレスになってる」
「ホントに、アコードの能力は使用してないのか?」
アスランの隣で、カガリは一応確認した。
「相手の心理状態を読む、ということであれば、しておりません。シュミレーション前にラクスさんが公言した通り、アコードとしての能力は封印しているようです。測定していた脳波にも揺らぎは見られませんでした」
にもかかわらず、あの速度の意思疎通をキラと交わすのか。
「ただ、空間認識能力についてはキラ君のサポート中に限って拡大している傾向が見えます。本人たちにその気はないのかもしれませんが、集中力の高まりがお互いの意識をリンクさせているのでしょう」
エリカは、カガリの隣に立つキラとラクスへウィンクを送った。
「ハートで通じ合ってるってことかしらね」
「まぁ……」と、ラクスが顔を赤らめる。
「ザラ一佐の場合、キラ君と比べてメンタル面を含めたパイロット能力の乱高下が激しすぎるのよ。キラ君の能力値が常時80をキープしているのに対して、あなたの場合はそれが日によって95だったり50だったりする」
エリカの指摘は的を得ている。事実、前回実施した戦闘シュミレーションでは、アスランがキラを撃破していた。
「昨日と今日で、何が違うのかしらね?」
エリカの探るような眼差しに、アスランとカガリはそれぞれ別方向へ視線を逸らした。
オーブ同盟国との晩餐会にカガリが着ていく服装のことで二人がもめたのは、昨夜のことだった。ドレスコードの指定がフォーマルだったため、カガリは淡いクリームカラーのドレスを選んだのだが、両肩が露出していることにアスランが難癖をつけたのである。
「それは……肌が見えすぎなんじゃないか?」
もちろん、アスランからすればよかれと思ってつい口にしてしまっただけなのだが、胸を強調したドレスでもなく、カガリは目に見えて不機嫌になった。
「父親みたいだなっ」
公務で多忙な中、なぜカガリがわざわざドレス姿を披露したのか、その意味をアスランは考えない。
(……まぁ、別に期待はしてなかったけどさ)
カガリは横目でキラとラクスの様子を観察した。
二人は今日も、互いにやわらかな表情で言葉を交わしている。公に外へ出られないラクスが、メイリンからオペレーターや火器管制のノウハウについて訓練を受けていることを、カガリは知っていた。
全幅の信頼と、努力。
ラクスがキラにするように、自分ももっとアスランに身を委ねることができれば、彼の役に立てるだろうか。
「明日は隊長と俺のタッグですね!」
部屋の隅のモニターで観戦していたシン・アスカが、悪そうな笑顔をアスランに向けた。「ボッコボコにしてやる」とその目は言っていた。
アウラたちアコードが引き起こした一連の事件。あの時のような抜き差しならない事態を招かないために、戦闘データの収集を兼ねて仮装空間での様々な模擬戦を発案したのはエリカ・シモンズである。明日はキラ・シンのツーマンセルに対して、複座式で搭乗するアスラン・カガリとルナマリアのチーム戦の予定だった。
「ちょっと……大丈夫なんでしょうね、アスラン?」
ルナマリアがアスランに近づき、不安そうに耳打ちした。
「大丈夫って……」
「キラ隊長はまだしも、モビルスーツ戦でシンに負けるの、やなんですけどっ」
その様子を遠巻きに見ていたメイリンへ、カガリがそっと歩みを寄せた。
「なぁ、メイリン……」
「? どうされました?」
「キラとラクスみたいに、アスランともう少し連携取る方法、ないかな? システム組み替えるとか。なんとか、アスランの足引っ張らないようにしたいんだ」
メイリンは、真剣な眼差しを向けるカガリの両手を取り、胸の前で力強く握り締めた。
「いいアイデア、ありますよ、カガリさんっ」
ふふふ……と笑うメイリンの瞳の奥が怪しく光った。
中に入り、ドアを後ろ手に閉めた瞬間、それは起こった。
部屋の入口脇に設置されたセキュリティサインがオレンジのエラーコードを示したのだ。
明日の模擬戦に向けて、今日の反省を踏まえた打ち合わせがしたいーそうカガリに相談されて、アスランは彼女のプライベートルームを訪れていた。
「ん……?」
振り返ってドアノブを捻ってみるが、動かない。
センサーの誤作動か?
おかしなことはそれだけではなかった。警備へ連絡をとるために取り出した携帯端末も、電波帯が遮断されて使用できなかったのである。
「アスラン……」
背後からカガリの声がして、アスランは振り返った。
「カガリ、どうもオートロックの誤作動みたいなんだ。ドアが開かなく……」
アスランは目を見開いたまま、動きを止めた。
胸の谷間を大胆に露出させたパールグリーンのドレスに身を包み、恥ずかしそうな表情でこちらを見つめるカガリが、息がかかるほどの距離に立っていた。
「……な、って……て、か、カガリ!?」
胸元に視線が吸い寄せられ、アスランは慌てて顔全体を右に逸らした。
「明日の打ち合わせは……!?」
「メイリンに……言われたんだ。お互いのことをもっとよく知れば、戦闘の時も、ラクスとキラみたいに、もっと呼吸が合って有利だからって」
「だ、たからって、なんでドレスなんだ!?」
動揺するアスランの手を、カガリは思いきり引っ張った。二人の足がもつれ、部屋の奥へ向かって大きくたたらを踏む。
こういう時、アスランは必ず自分をかばってくれることを、カガリは知っていた。背中に両手を回してくるアスランにわざと抱きつき、くるりと前後を入れ替えて、カガリは部屋の奥へさらに踏み込んだ。
それは下手なダンスのようだった。
長い距離をもつれたまま、よく倒れずに進んだものだ。アスランをベッドの上に押し倒しながら、カガリはそんなことを考えて、恥ずかしさを紛らわせた。
(あぁ、そうか)
カガリの部屋の外、二人の短い叫び声を聞いたメイリンは、ドアにぴったりと当てていた右耳を離した。
(そっかそっか……これが◯◯◯しないと出られない部屋ってやつかぁ)
ドアのオートロックを明日の朝まで開かないよう時限式のプログラムへ書き換えた張本人は、満足そうにカガリのプライベートルームから離れていった。
「す、好きだろ、こういうの?」
豪奢な布に包まれた形の良いバストが眼前に垂れ下がり、アスランは小さく息を呑んだ。
おそらくカガリは、下着をつけていない。
「肩が少し出てるくらいなんだっ。私は、お前の前ならこういう大胆な格好だってできるんだからな!」
顔を赤くしながら、そんなことを言うのは反則だとアスランは思う。
「か、カガリ……」
「このドレスがイヤなら、お前が気に入りそうな服を、今日はたくさん、用意してあるから……」
ベッドの脇、姿見の横にあるクローゼットに、カガリは視線を流した。中には、メイリンとラクスがキャッキャッうふふしながら選んだ様々なコスチュームが収納されている。
「だ、ダメだ、カガリ。こういうのは、ちゃんと、次の休暇に時間をとって……」
そう言いながら、腰とお尻にちゃっかり添えられたこの両手はなんなんだ。
「いやなのか……?」
カガリの潤んだ瞳が、艶やかに揺れた。
そこがアスランの限界点だった。
「カガリ……」
「あ……」
背中から抱き寄せられて、カガリの体がベッドに沈み込む。そのままアスランの無防備なうなじへ、カガリは頬をすり寄せた。
「ん……ふ…ぁ……アス、ラン……」
互いの胸を密着させながら、二人はやさしく、激しく、ゆっくりと、唇を絡めたー。
大型ディスプレイにスコアが表示された瞬間、モニタールームにどよめきが走った。
「すご……」
ルナマリアの口から自然と称賛の言葉がもれる。
ウォーミングアップで行なったシュミレーターでの射撃テスト。歴戦のパイロットたちの実戦データを読み込ませたアカツキ改を標的にしたそのテストで、アスランはキラの二倍のスコアを叩き出した。
「くそ……」
面白くないのはシンだった。
元々射撃よりは近接戦闘を好むシンのスコアは、キラよりもさらに低い。
「すごいね、アスラン。戦略ちゃんと立てないと、僕らもすぐに撃墜されちゃうかも」
戦績に頓着しないキラが、笑顔を浮かべる。
フォーメーションの見直しを始めるキラとシンを尻目に、キーボードを打つ手を止めたエリカ・シモンズが、組んだ両手を口に当てた。
(やっぱり、アスラン・ザラが最強か……)
「水分補給、終わったか、アスラン?」
コックピットの外からカガリがうれしそうに覗き込んできて、アスランははにかんだ。
「あぁ。感覚が冴えてる。このまま行こう」
カガリの笑顔を見て、アスランの頭はさらにクリアになった。カガリが傍で支えてくれる。これなら、キラとシンのエースタッグにも負ける気がしない。
「了解だ」
カガリはコックピットに入ると、抱きつくようにアスランの両肩に手を添えた。
「昨日は、久しぶりに、その……気持ち……。い、いや……うれしかった」
「あ、ああ……」
その会話が、よくなかった。
カガリが顔を赤らめて、二人は同時に視線を逸らす。カガリはそっぽを向いたまま、アスランが横に用意しておいたエクストラシートに腰掛けた。
「え……?」
アスランが間の抜けた声を出したのは、その時だった。カガリがディスプレイを操作して、シートをアスランのパイロット席の前に移動させたのである。
カガリの爽やかなブロンドヘアーの香りが、アスランの鼻先を掠める。
「カガリ……?」
「あれ? 言ってなかったか? 隣合わせのペアシートはキラとラクスで充分データが取れたらしいから、今日は私が前でアスランが後ろの複座式だぞ。急ごしらえだから、かなり距離が近いけど、まぁ大丈夫だろ。前が見えにくいなら、シートの位置をもう少し下げてみるけど……」
カガリは手際良くコックピットのハッチを閉じた。そこで初めて、カガリはアスランの異変に気づいて振り返った。
アスランは全天周囲モニターの前方を一点見つめしながら、鼻血を一筋、流していた。
「!? な……!?」
つられてカガリもアスランの視線の先を追う。
シュミレーションモードに切り替わるまでの間、三百六十度をカバーするモニターは一時的に暗転する。パイロットシートの明かりが全天モニターの鮮やかな漆黒に反射して、コックピットの前面にカガリとアスランを映していた。
ただの複座式のコックピットだ。だが、アスランが何を想像したのか、カガリにはすぐにわかった。彼女の顔が、耳まで真っ赤に染まっていく。
昨晩、姿見の前。ベッドサイドに腰掛けて。
カガリが前で、彼女を背後から抱き抱えた、アスランが後ろだった。
「ば、バカ! お前、何思い出してる!」
「いや、ち、違うんだ、カガリ!」
アスランの言い訳は、溢れた鼻血と共に口から顎を伝ってパイロットスーツにいやらしい染みを作った。
「真面目にやれ!」
「そんなこと言ったって!」
二人が言い争いをしている内に、全天モニターは擬似的な宇宙空間を映し出し、遥か前方に威圧的に佇むフリーダムとディスティニーの姿を捕捉した。
《ちょっと、アスラン! なに痴話喧嘩してるのよ!》
「待ってくれ、ルナマリア!」
《勝負だあぁぁーッ! アスランッ!》
「シン! ちょ、待っ! いきなり分身はっ……うわあぁぁッ!」
激しく爆裂するシュミレーターの仮装空間を、エリカは組んだ両手に顎を乗せたまま神妙な面持ちで凝視していた。
「アスラン君って……」
隣に立つメイリンへ、エリカは同情するような視線を送った。
「めんどくさいわねぇ……」
「ですよねー」
二人が同時についたため息が、モニタールームに響き渡った。
了