そのすれ違いが起こったのは、ミリアリアからの電話が原因だった。
《アスハ代表が、今度みんなで海に行かないかって》
「海?」
携帯端末を耳に挟みながら夕食の洗い物を片付けていたキラは聞き返した。
《うん。オーブ近海にアスハ家が個人で所有してる無人島があるんだけど、ちょうどミレニアムも寄港するからさ、みんなで休暇取らないかって》
「僕はかまわないけど。ラクスはもう知ってるのかな?」
《さぁ。でも、アスハ代表がもう伝えてるかもね。詳細はメールで送っとくから、確認しておいてね》
通話が切れ、タオルで手を拭きながら、キラは先ほどラクスと交わした会話を思い返していた。
〝今度、海へ泳ぎに行きましょう、キラ〟
水着を買いに行きたいーと、ラクスは言っていた。つい先ほどのことだ。
浴室から聞こえてくるラクスの楽しそうな鼻唄に、キラは小首を傾げた。
試着室の中で、ラクスは浮き足立っていた。
なにしろ、キラと二人で泳ぎに行くための水着選びだ。それなりに人目を忍んで暮らしている自分たちにとって、のんびり出かけられる機会はなかなかに得難い。忘れられない思い出にするためにも、キラが一番喜んでくれる水着を選ばなければ。
それにーとラクスは思う。
これはリベンジでもあった。
以前、カガリとアスランを交えてショッピングに出かけたことがあったが、その時のファッションショーでは、キラはラクスのどんな服装を見てもにこにこした表情で「いいと思うよ」を繰り返すだけだった。
あの頃よりも、二人の心はさらに通じ合っている。
ー絶対に、似合ってるって言わせてみせますわ。
「ま、まだかな、ラクス……」
もじもじした様子のキラの声が、試着室の外から聞こえてくる。店内に並んでいるのは女性用の水着ばかりだ。こういう場所は苦手なのだろう。
「お待たせしました、キラ」
カーテンの隙間から顔だけ覗かせたキラに、ラクスは両手を後ろ手に組んだまま、体を斜めにして試着した水着を見せる。
ワンピースタイプの露出の少ない水着だった。少し前屈みにしたのは、腰つきを強調するためだ。ラクスにしては、とても大胆なポーズだった。
「すごく……可愛い、ラクス」
思ったよりもストレートな感想が届いて、ラクスは頬を赤らめる。
「あ、ありがとうございます」
気を良くしたラクスは、それからさらに二着ほど水着を交換した。
腰にショートパレオがついたセパレートタイプの水着の後は、胸の谷間が大胆に強調されたビキニをお披露目する。
問題はそこで発生した。
「これはどうですか、キラ?」
「あ……う、うん。いいんじゃないかな」
「こちらは、キラ?」
「うん……ラクスが、いいなら……」
大胆な水着になるほど、キラの表情は無表情になった。無感動な瞳でラクスが着ている水着を一点に見つめながら、すん……と拗ねたような音が試着室に響く。
「キラ……? もしかして、私と泳ぐのは、いやですか?」
「え?」潤むラクスの瞳に、慌てた様子でキラの表情に感情が戻った。
「ちが……! 違うんだ、ラクス! こういうのは、みんなの前で着るのは、大胆すぎるんじゃないかって!」
「みんなの前……?」
「あれ……?」
「……?」
ラクスがカガリから海水浴のことを聞かされていないことがわかって、キラは顔中を真っ赤に染め上げた。
「私は、キラと二人で泳ぎに行くための水着を選んでいただけですわ」
ラクスは人気の少ない海岸をリサーチ済みだったので、こんな露出の大きい水着姿をキラ以外の男性の目に晒すつもりはなかった。
「ごめん、ラクス。僕は、てっきり……」
クスクスと、ラクスがやさしい笑い声をもらす。
「おっちょこちょいなキラ」
察しのいいラクスは、そこでキラの反応を思い返す。
「もしかして、キラ?」
キラがなおも顔を赤らめたまま、目線を下に逸らす。
ラクスは少しいじわるをして、胸の谷間がキラの視界に入るように腰を曲げてから、彼の顔を覗き込んだ。
「こういう水着が、お好きですか?」
「う…ぁ……」と、キラは呻いた。
「好き、っていうか……。そういう大胆なのは、家の中だけにしてほしいっていうか……」
「家の中?」
「だから、その……よ、夜の……」
ベッド……という言葉の後はごにょごにょと聞き取れなかったが、ラクスはその意味にようやく気づいて、彼女の頬も桜色に染まった。
俯きながら、目線だけを上げてこちらを見つめるキラは、叱られた少年のようだった。
時々、ラクスにしか見せない表情を、キラはする。
「わかりましたわ、キラ」
それがうれしくて、たまらなくて、ラクスもまたキラにしか見せない純真無垢な笑顔を、彼に返した。
「ラクス……」
狭い個室でよかったと、キラは思う。こんなだらしない顔は、ラクス以外には見せられない。
結局、ラクスは最初に試着した一番露出面積の少ない水着を購入した。
店を出たところで、キラはそっと息を吐き出す。
こういう女性向けのお店は、キラにとって刺激が強すぎた。着替えを待っている間も目のやり場に困って、居た堪れなくなってしまう。
「どうする、ラクス? 少し早いけど、近くでお昼ご飯でも……」
振り返ったキラの手を、ラクスはむんずとつかんだ。
「え……?」
「次はランジェリーショップですわ、キラ」
むふぅ〜、とかわいらしい鼻息を吐き出して、ラクスは変装用の丸メガネの奥からキラキラと眩い眼差しをキラへ向けた。
「いや、ちょ……ラクス!?」
「大胆な下着は初めてですが、それがキラの好みなら、私、恥を忍んでがんばります!」
まったく忍ぶつもりがなさそうな声で、ラクスは快活に言い放った。
水着であそこまで赤面したのだ。あれ以上に耐えられる自信が、キラにはなかった。
狼狽えるキラの手を引いて、ラクスが力強く歩き出す。
真夏のショッピングストリートの人混みに、キラの可愛らしい悲鳴は呑まれて消えた。
了