スーパーミネルバ級MS惑星強襲揚陸艦ミレニアム。
食堂兼レストルーム。
古いブルーノートに耳を傾けながら、バーカウンターに男が四人。
弾むようで弾まない、それは静かで真摯なカルテット。
「それで、相談って、またルナマリアのこと、シン?」
「う、ぅ……。そうなんです、隊長」
「なんだ、お前また怒られたのか?」
「うるさい、アスラン!」
「まぁまぁ、落ち着けよ。景気づけにクイっと一杯いっとけ」
「おっさん……やっぱアンタいい奴だな」
「誰がおっさんだ」
「オレ、女ゴコロってやつが全然わかんないんです……」
「何があったの?」
「それは、そのぉ、ごにょごにょ……」
「シンが恥ずかしがるなんて、珍しいな」
「僕もアスランも、全然経験豊富じゃないよ。そういう相談は、ムウさんの方が適任なんじゃないかな」
「めんどくさそうな相談を俺にふるな」
「アスランはともかく、隊長はラクスさんとわかり合ってる感じがするじゃないですか。羨ましいっスよ」
「む……。俺とカガリだって、お互いなんでも知ってるけどな。ほくろの数とか」
「おっさん! もう一杯ッ!」
(なんでオレンジジュースであんなに酔っ払えるんだ?)
「別に、うまく付き合おうとしなくてもいいんじゃないか、シン?」
「うっさい、アスラン! ずっと恋人のことほったらかしてたアンタなんかに、言われたくない!」
「あぁ、もう、わかったわかった」
「いつも空回りしてごめんって、自分の気持ちを正直に伝えてみるのはどう?」
「してるつもりなんですけど……」
「お前、そんなんで夜の方はちゃんとリードできてるのか?」
「ずーん……」
「ムウさん……」
「あ、いや、悪い」
(おいおい、相談ってそっちのことかよ……)
「そういうおっさんは、ラミアス艦長とうまくやってんのかよ?」
「え、俺か?」
「言われてみれば、ムウさんとマリューさんが二人っきりの時って、どんな風にすごしてるのか、気になりますね」
(う……。言えない……。犬っころみたいに純粋な目で舌出しながら見てくるシンが想像もできないようなことしてるとは……)
「そ、そういうのはだな、お前さんが尊敬してるキラ隊長に教えてもらったらどうなんだ?」
「え……?」
「お願いします、隊長ッ!」
「…………………………。
そういうのは、みんな自分と相手の二人だけの秘密だと思うから、人から言われてどうこうするようなものじゃないと思うよ」
(その変な間はなんだ?)
「隊長、なんか、目が怖いっス」
「しかし要領を得ないな。具体的に何が原因でケンカしてるのか、もう少し詳しく話してくれないと話が進まないだろ」
「それは、そのぉ……。男同士では意外となかなか話しにくいことというか……」
「いいよ、シン。無理に話さなくて」
「隊長……」
「仕方がない。腹減ってないか? 色々材料あるみたいだし、夜食でも作ってやろうか、シン?」
「アスラン……」
「意外そうな顔をするな。俺だってカガリのために、いつでも飯くらい作れるようにしてる」
「なら、僕はサラダとデザートを作るよ」
「料理覚えたのか?」
「最近、ラクスと二人で一緒にご飯作ってるから」
「じゃあ、俺はこのままシンの口に合うノンアルコールのカクテルでも作るかね」
「おっさんまで……」
「なんで泣くの、シン?」
「だって、オレだけなんにもできなくて……」
「一緒に作るか、シン? 料理は覚えておいて損はない」
「うぅ、アスラン……」
「仲直りにも役立つしね」
「はい、隊長……っ!」
(なんの青春ドラマなんだか……。この調子じゃあ、そっちはもっとヤバそうだな、マリュー)
※
オーブ首相官邸。
アスハ代表のプライベートルーム。
カガリの誘いで、テーブルに並んだカクテルやリキュールをたしなみながら、ほのかに頬を紅潮させた女性が五人。
酒は人を狂わせる、それは甘く激しいクインテット。
「最近、アスランとはどうなんですか?」
「え? ど、どうって?」
「ちゃんと連絡とってるのかなって。アスラン、また最近カガリさんの写真見る時間増えてますよ」
「あのバカ……。いや、ちゃんと定期的に時間とってモニターで顔見て話ししてるから。お前だって知ってるだろ、メイリン」
「ちなみに……あっちの方は、どうなんですか? ほら、今日みたいに久しぶりに会えた時とか」
「あぁ、お姉ちゃん、ズルい。もうその話いっちゃう?」
「な……!? そ、そそそいうお前たち姉妹の方はどうなんだ!?」
(あ、逃げた)
「わたし彼氏いませーん。お姉ちゃんはさ、なんかまたシンにぷりぷり怒ってなかった?」
「ギクっ!」
「あら、その話、面白そうね」
「ぜひお聞きしたいですわ」
「乗ってこないでくださいよ、ラミアス艦長もラクス様も」
「いつも仲良さそうなのにな」
「まぁ、そのぉ、なんていうか、シンの方がまだまだお子さまっていうかですね……。えへへ」
「イケない、とか?」
「どストレート……」
「でも、体の相性って大事よ?」
「まぁ、そ、そんな感じです。シンってやっぱり、経験少ないみたいで。ヘタクソなんですよ」
「ふーん、経験ねぇ……。お姉ちゃん、彼氏いたことあったけど、手つないだくらいですぐにアグネスさんに取られてなかったっけ?」
「なによ、メイリン?」
「べっつにぃ……」
「それはお辛いですわね」
「ラクス様? なんか、酔ってません?」
「そういうの、ラクスとキラは大丈夫そうだよな。心も体も相性良さそうっていうか」
「ラクスさんと二人きりの時って、キラ君どんな感じなのかしら?」
「せっかくなので、わたくしとキラの日常もお話しいたしましょうか?」
「聞きたい聞きたいっ」
「……そう、あまり皆さんの前ではお見せしていないと思いますが、二人きりの時はお互いずっとくっついていますわ。手をつないでいるか、抱きついているか。お風呂も一緒に入りますし、湯船の中で後ろからキラに抱きしめてもらいながら、たくさんキスをします。キラは胸が好きなので、たくさん触ってもらっているうちにお互いの呼吸も乱れてきて、体を洗い合った後は髪を乾かすのももどかしく、キラはわたくしをベッドに運んで、舌をたくさん絡めた後は、そのまま体中にキスをしてくれます。もちろん、わたくしもキラの好きなところに奉仕をして、手をつなぎ、見つめ合い、お互いの名前と愛をささやき合いながら、あんな体位やこんな体位を……。
……なんてことは、わたくしとキラだけの秘密ですわね。キラの甘い笑顔は、わたくしだけのもの」
(わたくしとキラも、皆さんとそれほど変わりはありませんわ。休日はキラのバイクで海まで出かけて、海辺でお弁当を食べた後、手をつないで渚を散歩する程度で……)
「ラクス様、本音と建前が逆です」
「うふふ、うふふふふ……」
「なんか口から変な汁垂れてます、ラクス様!」
「私はラミアス艦長の話も聞きたいぞ」
「え、私?」
「フラガ大佐、大人って感じですもんね。なんていうか、寝る時もずっと名前呼びながらやさしく抱きしめてくれそう」
「あー……そ、そうね。私は立場上、あんまり艦から離れられないから、非番の時は二人でのんびりご飯作ってお酒飲むことが多いかな」
「おぉ〜、大人の余裕ですね」
「失礼します、艦長」
「ラクスさん?」
「キュピーン」
「え? あ、まさか! アコードの!?」
「……艦長、隠し事はいけませんわ。お召し物を何度も変えながらなんて、わたくし、思いつきませんでした」
「え、なになに!? ラクス様、ラミアス艦長の中、覗いたんですか?」
「昨夜はセーラー服に、ナースに、バニー? ですか。とても勉強になりました。ぜひキラにも試させていただきます」
「ちょ、ちょっと待って! 違うのよ、昨日はムウがどうしてもって言うから、仕方なく」
「そういえばラミアス艦長、ラクス様が着てるような東洋のデザインの服、今朝モニターに映して見てらっしゃいましたよね」
「きゃあぁぁーッ! それもちが、違うからっ!」
「どのコスチュームが一番悦ばれたのか、ぜひわたくしたちにご教授を」
「あ、ほら、ラクスさんっ。ポケットから落ちてましたよ、これ!」
「! あぁ! これは、キラ……!」
(なんだ、あれ? なんでラクスはハンカチ口に当てて赤くなってるんだ?)
(隊長のハンカチらしいです。ああやって定期的に充電するとか)
(なにを?)
(うーん……養分?)
「でもやっぱり、キラさんやムウさんに比べると、アスランはダメですよねぇ」
「え? い、いや、そんなことはないぞ、メイリン」
「あーそれ、シンから聞いた。戦闘中にアスハ代表の破廉恥な姿想像してたとかって」
「いや、だから! あれはちゃんとした戦略で……」
「前の大戦でもふらふらしてたもんね、彼」
「艦長……」
「はぁ……」
「ら、ラクスまで……!」
「だいたい、モビルスーツの中にモビルスーツを隠すっていう発想が変態ですよね。むっつりっていうか」
「お前ら、いい加減にしろッ!」
「あらあら」
「確かにアスランは変態だし、いっつもふらふらしてるし危なっかしい奴だけどっ! アスランはっ! アスランはな……ッ!」
「アスランは……?」
「……すっごく、やさしいんだよぅ……」
「おぉ〜」
「ヒューヒュー」
「で、ルナマリアさんは?」
「え……?」
「なんかうまくいってないみたいな感じだったけど、そのあたりもう少し詳しく聞かせてもらおうかしら?」
「そうだそうだ。人のことばっかりはやし立ててないで、そっちの話も聞かせてもらおうか!」
「あの、みんな目が据わってるんですけど……」
「ラクスさんに頭の中を覗かれる前にゲロした方が自分のためよ?」
「ホントに私なんて大した話ないですから。昨日もシンとケンカしたばっかりだし。皆さんみたいにラブラブってわけでもないし」
「ズルいなぁ、お姉ちゃん」
「メ、メイリン?」
「お姉ちゃんだって、シンとイチャイチャラブラブしてるじゃない」
「あんたね、何を言って……」
《……あっ……やっ……シン、だめ……声、でちゃう……ん……》
「ぃ……!?」
「おぉ」
「これは……」
「な……。そのボイスレコーダーは、まさか……」
《はぁ……はぁ……オレ、がんばるから……声、もっと……はぁ…あっ……聞かせて、ルナ……っ》
《んっ……シン……好き、大好きっ……私、またっ……あっ! あッ! あぁぁーッ!》
「う……ぁ……」
「最新鋭の艦だからねぇ。監視カメラとか、無理にセキュリティ切るとすぐに自動復旧かかるんだ。盛り上がって確かめなかったお姉ちゃんたちが悪い。でも食堂でなんて、お盛んだねぇ、お姉ちゃん? シンがめちゃくちゃ勉強してきて骨抜きにされたから、それが嬉しくて恥ずかしくて『シンのくせにナマイキッ!』って、怒っちゃったんだよね?」
「だ、だって! シンのやつ、してる時に一度も『好き』って言ってくれなかったんだもん!」
「あらあら」
「なんて可愛い理由」
「でも、軍艦の食堂でだなんて、大胆よねぇ」
「あの、その……ほんの出来心だったんです。一回だけですから」
「その次は更衣室でしてましたよ?」
「メイリンッッッ!」
「規律違反で軍法会議ものだな」
「あぁぁ……」
「抑え切れない愛の鼓動。わたくしは素敵だと思いますわ」
「ちなみに、許可さえいただければ映像も閲覧可能です」
「ラクスさん」
「謹んで、承認いたします」
「酒の肴は揃ったわね。さぁ、シン君と仲直りする方法、もっとじっくりお話ししましょうか、ルナマリアさん?」
「ひいぃっ! 覚えてなさいよ、メイリぃぃーンッ!」
(いいなぁ。わたしも彼氏欲しいなぁ……)
※
《野郎ども。姫様たちのお迎えの時間だ》
ヒルダからの通信で、キラたち四人はカガリのプライベートルームを訪れた。
「うわっ、なんだこれ。酒くさっ!」
ヒルダは親指で室内を指差した後、早々にミレニアムへ引き返していき、中を覗き込んだシンが小さく悲鳴を上げた。
死屍累々。
中央のソファーの周りで、ラクスたち女性陣がそれぞれあらぬ方向へ倒れ伏したまま、動かなくなっている。
「あぁ、よかった、皆さん来てくれて」
ただ一人、メイリンだけがソファーの端にちょこんと腰掛け、飲み直していた。キラたちに気づいて、満面の笑顔で振り返る。
「そんなにたくさん飲んだのか?」
呆れ顔のアスランに、メイリンは困り顔を返す。
「飲んだっていうか、調子に乗って飲ませちゃったっていうか、えへへ」
「まったく……」
「ごめんなさい」
キラはソファーの端に投げ出した両手に突っ伏しているラクスの前で片膝をついた。
「大丈夫、ラクス?」
「はい、キラ……」
キラがお姫様抱っこの要領で抱き上げると、ラクスはうっとりした表情でキラの首へ両手を回して、抱きついた。
「お水、飲もうね」
「口移しでないと、飲めません……」
「わかった。部屋に戻ってからね」
「はい」
笑顔で見つめ合ったまま、キラとラクスが部屋を後にする。
「ほら、行くぞ、マリュー」
「ムウ……」
カーペットの上で大の字になっていたマリューは、屈み込んだムウの胸元へ両手で飛びついた。
「うわっ。こら、倒れる。ここは宇宙空間じゃないんだぞ」
「またいなくなったらイヤだから、離さない」
「ったくもう、しょうがないな」
ムウはマリューを抱き寄せながら起き上がると、やさしく唇を重ねた。
たっぷり五秒、お互いを味わった後、くちづけの名残りを惜しむようにまっすぐ見つめ合う。
「さっきうまいカクテルができたんだけど、シャワー浴びて、部屋で飲み直さないか?」
「いいわね」
ふらつくマリューの肩を抱きながら、ムウも部屋を出ていく。
「大丈夫か、カガリ?」
アスランはソファーで寝ているカガリの肩をやさしく揺らした。
メイリンが立ち上がった際、膝の上で横になっていたルナマリアが頭を上げようとしたので、メイリンは彼女の頭をペチンと叩いてたしなめた。
〝シンと仲直りしたいんでしょ? きっかけ作ってあげるから、お姉ちゃんは寝たふりしてて〟
キラたちが来る直前、妹に言われたことを思い出し、ルナマリアは慌ててもう一度目を閉じて、ソファーに頭を投げ出した。
「うぅん……アスラン……」
「起きそうにないな」
「わたし、手伝います」
「すまない、メイリン」
メイリンが寝言を繰り返すカガリへ肩を貸して起き上がらせ、膝をつき背中を向けて待機していたアスラン目掛けてやや乱暴に放り投げる。
カガリをおんぶしたまま立ち上がったアスランがほんの数秒動かなかったのを見て、背中の胸の感触を確かめているなーとメイリンは思った。
「三十四回です」
「なんの数字だ?」
「酔ったカガリさんがアスランの名前を呼んだ回数ですよ。ラクス様の『キラ……』といい勝負でした」
「そうか……」
「ちゃんとカガリさんとの時間取らないと、ダメですよ? 一国の首長なんて、大変どころじゃないんですから。愚痴はアスランの方から聞いてあげなきゃ。時間ないならハグだけでも、女の子はうれしいもんなんですからね」
「そうだな」
「ちょっと、もっとちゃんとおぶってくださいよ」
「いや、だって……胸、当たりすぎるから」
「そういうの、ホントめんどくさいです」
「すまん」
「そのすまんもめんどくさいです」
メイリンはカガリをぐいぐいとアスランへ押しつけた。アスランは顔を赤らめながら、カガリの両脚をしっかりと抱き留める。
起きているのか夢うつつか、カガリはむにゃむにゃとしあわせそうにアスランの名前をつぶやき、彼に深く抱きついた。
「ルナ」
アスランたち三人が退室した後、シンはソファーで横になっているルナマリアの前に屈み込んだ。
声が近い。ルナマリアはきゅっと目を閉じながら、自分の顔のすぐそばにシンの息遣いを感じた。
「寝てるのか?」
夜食を食べながらキラたちから受けたアドバイスを、シンは思い出す。
〝言葉にして、ちゃんと伝えなきゃ〟
「ルナ……」
好きだ……という言葉を、シンは呑み込んだ。
隊長みたいにするんだ、オレは。
シンは息を止め、ルナマリアの耳元に顔を近づけ、ありったけのやさしさでささやいた。
「愛してる」
「ぇ……」
ぶるっと震えて、ルナマリアは思わず目を見開いた。
「え! ふえぇっ!?」
「お、起きてたのか、ルナ!?」
二人同時に、顔中が真っ赤に染まる。撃墜スコアと同じように、顔の赤さもいい勝負だ。
「バっ……バカあぁぁぁーッ! なんでそれ、昨日言ってくれなかったのよ!?」
〝恥ずかしいからって、あまり好きって言葉にしてないんじゃないのか、シン?〟
(アスランの言う通りだった……)
「悪かったよ。ごめん」
「……だっこ。バツとして、ちゃんと運んで」
腰が抜けて立てなくなっていることを、ルナマリアは秘密にした。
「わかった」
「おんぶやだ」
「え?」
ルナマリアは無意識に、緩く握りしめた両手を胸の前に当てながら、シンを見上げた。
「肩貸してくれるのもや。隊長とラクス様のがいい、お姫様だっこがいい」
駄々をこねるルナも可愛いと、素直にシンは思う。
シンはルナマリアを横から抱きかかえると、少しよろめきながら立ち上がった。
「あのさ……。オレ、ちゃんとルナのこと、好きだからな」
「ん……。知ってる」
そっぽを向いたまま、シンは部屋の外へ出た。
「……もしそこまで酔ってないなら。……部屋、来る?」
「……うん」
我慢できなかった。
シンの首に回した腕を引き寄せて、ルナマリアはシンの唇を奪った。
「ん……」
いつもより顔が熱いのは、きっとお酒に酔っているせいだろう。
恥ずかしいから、そういうことにしておく。
了