「いかがでしたか、メイリンさん」
オーブ首長官邸の廊下を並んで歩きながら、ラクスは隣のメイリンに声をひそめた。
「ふっふっふっ……」
いかにも悪そうな口調で、メイリンが含み笑いをもらす。
「いいの入ってますよ、ラクス様」
「見つかりましたか?」
「データをサルベージするのに苦労しましたけど、探し物は私の手の中に……」
「本当に、よろしいのでしょうか?」
「合法的に入手できるように、色々手を回してますから、ラクス様はご心配なさらずに」
ハッキングの女王ーメイリン・ホークの瞳の奥が妖しく煌めいた。
◯
ー今日のラクスは機嫌が良さそうだな。
ふと考えてから、キラは小さくかぶりを振った。
ありがたいことに、ラクスは自分といる時はいつもしあわせそうだし、機嫌が悪いことなんてほとんどない。
ただ、今日のラクスは珍しかった。
キッチンで夕食の洗い物を片付けながら、キラはリビングでくつろいでいるラクスを見た。
彼女はソファーに浅く腰掛けながら、ローテーブルに立てた携帯端末を楽しそうに眺めていた。太ももの上に両肘を立て、組んだ両手の甲に顎を乗せながら、ニコニコと画面に視線をやっている。ここからでは音声は聞き取れないが、何度も繰り返し観ているようだ。
身分を明かせない二人に通信用のプライベート端末が支給されたのは、カガリの計らいによるものである。その携帯端末のロック画面やホーム画面にキラの写真をデコレーションすることに、最近ラクスは夢中なようだった。
ーとはいえ……。
いったい何を観ているのだろう? 動物の映像でも流しているのだろうか。
嫉妬している自分が情けない。
キラは洗い物を済ませてキッチンクロスをシンクの上にかけた後、そそくさとラクスの隣に腰掛けた。
「何観てるの、ラクス?」
キラが覗き込もうとした途端、ラクスは端末をひょいと持ち上げて背中に隠してしまった。
「だめですわ、キラ。これは私の宝物です。お見せできません」
いたずらっぽく、ラクスは笑う。
「気になるったら」
ラクスの背後から聞き覚えのある男性の声が聞こえてくる。何か、怒鳴っているようだ。
「アスラン……?」
《それで世界を一人で背負った気になって、思い通りにならなきゃ放り出すのか!? 大したヒーローだな!》
ギクリとして、キラは目を見開いた。
「見せて、ラクス」
「あ、いけませんわ、キラっ」
ラクスに抱きつきながら、キラは彼女の腰から両手を後ろに回した。ゆるくもつれ合い、ラクスをソファーに押し倒す形になる。
ラクスの顔の横に、彼女の端末が落ちる。
その画面には、壁にもたれかかって項垂れながら、ポロポロと涙を流しているキラが映っていた。
「これは……」
キラの顔が、見る間に真っ赤に染まる。
《ラクスに……会いたい……》
どこでこんなものを。
「メイリンさんが、アカツキ島の地下施設の防犯カメラに記録が残っているかもしれないと、探してくださったんです」
〝あの時、凄かったんですよ、キラさんもアスランも〟
興奮した様子で、メイリンはラクスとカガリに言った。
アルテミス要塞へ救出に来てくれる前、キラが皆の前で何を語ったのか、ラクスは知りたかった。
《ただ隣で笑っていてほしいだけなのに……僕にはもう、どうしたらいいのかわからない……!》
キラの叫びに、ラクスの頬はとっくにピンクに染まっている。
「お守りにしたいのです。離れていても、キラの声が聞けるように」
ダメですか? と小首を傾げるラクスが愛らしく、キラはうっと言葉を詰まらせた。
「でも、これだけでは不充分ですわ」
ラクスが端末を持ち直し、胸のあたりに掲げて背面のカメラをキラの顔へ向けた。
「寝る前の、あれ……欲しいです……」
「い、いいけど……」
キラは赤い顔のまま、ラクスへそっと顔を近づけた。
「口にしたら、その……。スイッチ、入っちゃう、から……」
「はい……」
やさしく、キラがラクスの唇を奪う。
「デザートは……明日の朝に食べよう」
デザートは、キラで充分ですわ。
頭に浮かんだそんな台詞は、とろけるようなキラの言葉にかき消された。
《愛してる、ラクス》
《私も、愛しています、キラ》
……?
カガリとメイリン、ミリアリアの前にティーカップを並べながら、ラクスはようやく様子がおかしいことに気づいた。
自分のことを棚に上げたアスランが偉そうにキラに説教している映像があるらしいからぜひ観たいーとカガリが言い出し、資料の提出のために訪ねてきたミリアリアも加えて、その映像を鑑賞することになったのはつい先ほどのことだ。
ラクスがティータイムの準備を終えて戻ってきたら、三人は目を点にして、テーブルへ立てたラクスの携帯端末の画面を喰い入るように見ていたのである。
「ラクス様、これ……」
覗き込んでみて、ラクスは思わず「ふぇ……!?」と可愛らしく声を張り上げた。
動画が連続再生される仕様になっていたらしい、小さな画面の中で、キラとラクスが深いくちづけを繰り返しながら、お互いの服の中を淫らにまさぐっている映像が流れていた。
そもそもラクスには情事まで撮影する意志はなく、この映像が残ったのは、キラからの愛のささやきに舞い上がって録画ボタンを切り忘れてしまったことが原因なのだが、キラからの「愛してる」は保存して何度も見返したかったし、ラクスの中でせつなく歪むキラの表情もばっちり映っていたので、ラクスはデータを消さなかったのである。
「はわわわわッ!」
ラクスは慌てて携帯端末をテーブルから取り上げて背中へ隠した。妙な場所にラクスの手が触れ、キラとラクスの吐息が大音量で公務室に響き渡る。
《ん……このまま、ソファーで……ラクス……》
《はい……。キラの、全部……ください》
「い、いけませんっ!」
さらにパニックになったラクスは、携帯端末を頭上へ振り上げた。
だが、これを破壊したらせっかく編集した膨大な数のキラの写真まで全てダメになってしまうことに思い至って、そのままピタリと動きが止まる。
その時、ラクスの指先がまた画面に触れて、再生箇所を切り替えた。
《はぁ……はぁ……ラクス……ッ!》
《あっ……んっ……キラ……っ!》
「ふおぉぉ……っ」
頬をピンクに染めながら口元を三角形にしたカガリたち三人の視線が、ラクスの頭上の画面へ釘付けになる。
「すご……二人とも」
ミリアリアが洩らした一言で、口元をふるふると波うたせ、茹で蛸のように真っ赤になったラクスの頭から「ぽふん」と湯気が立ち昇った。
《ラクス! ラクス!》
《キラ! キラ!》
「わ、私、お夕飯の準備がありますので、本日は失礼いたしますわっ!」
見たこともない俊敏さで、ラクスは部屋の外へ走り去っていった。
キラとラクスの逢瀬の余韻を残して、三人はしばらくポカンと動けなかった。
(アスランのやつ、ああいうのも好きかもな。どうしよう、今夜あたり……)
(あ、なんか……変な空気)
鼻息荒く腰の横で拳を握りしめるカガリを、メイリンとミリアリアはじとっと横目で睨めつけた。
了