翌朝。
「やちよさん!未来さん!」
いろははみかづき荘に駆けこんできた。
「なに、どうしたの?突然来て…」
「ここ…これ、見てください!」
いろはが見せたのは昨日と同じ数字の紙。
『19』~『11』まである。
「目が覚めたら枕元に置いてあって…なんなんですかこれ…」
「やはりカウントダウン…」
未来は思ったことを口にする。
「私も調べてみるわ。こういう時のための『神浜うわさファイル』だからね」
「やちよさ~ん!」
いろははこれで助かったと喜ぶ。
「…書いてないわね」
調べた成果はなかった。
「やちよさん…」
先程と違って落ち込むいろは。
「もしかしたら最近生まれたうわさなのかもしれないわね」
「環さん、なにか心当たりはない?紙が落ちてくる以外でいつもとは違う現象を見たとか引っかかることはなんでも構わないわ」
「なんでも…ですか…」
そう言われていろはは昨日の出来事を思い出す。
「フクロウ印の給水屋さん…」
「給水屋?」
「昨日、喉が渇いた時に目の前に現れて…無料で配ってる水だったから1杯もらったんです。でもその後です。紙が落ちてくるようになったの」
「いろは、君はもう少し警戒心を抱いた方がいい」
「すみません…」
申し訳なさそうに謝るいろは。
「とりあえず知り合いの魔法少女何人かにメッセージを送ったけど誰も知らないそうだ」
「そうですか…あの…私、もう一度行ってみます。あの給水屋さんのところに!」
「私もなにか噂が広まってないか調べてみるわ」
「はい。ありがとうございます!」
「なにか分かったら連絡を取り合いましょう」
「はい。分かりました!…あ」
今、『10』と書かれた紙が落ちてきた。
絶望へのカウントダウンが止まらない。
「ったく…24かよ」
未来の呟きは小さく消えたのだった。
◇◇◇
神浜市立大学。
未来が窓際の席で頬杖をついていると窓の外…正門前に奇妙なものがいた。
それは人ではない…人型の使い魔のような存在だった。
「あれは…」
未来は魔力操作で視覚と聴覚を強化する。
…参京区の学生の間ではもっぱらのウワサ!…
その使い魔のようなものは目の前の女子生徒に対して何か言っていた。
しかもその女子生徒はそれに対してまるで普通の人間と話すように接していた。
「…やちよ?」
未来が視線をずらすとやちよが正門前で様子を伺っているのが見えた。
とりあえず未来は女子生徒と使い魔のようなものの会話に耳を澄ませる。
「だからそんな話信じろって言われてもね~」
…アラもう聞いた?ダレから聞いた?…
「全く、さっきから同じことばかりしゃべくりやがって。アンタ、いったいなにもんだ?」
そこに中学生くらいの赤髪の少女が割り込んできた。
「あの…何ですか?私の友達に用ですか?」
「友達ぃ?なに訳の分かんないこと言ってんだい?」
怪訝な顔をする赤髪の少女。
すると、使い魔のようなものが突然消えた。
「っ!消えやがった!」
「…あれ?私今まで誰と話してたっけ?」
女子生徒はさっきまで目の前にいた存在を忘れていた。
「おい。マジで言ってんのか?」
「あの…何か用だっけ?」
「…………別に用なんてねぇよ。悪かったな。引き留めて」
赤髪の少女は少し黙った後、そう返した。
女子生徒は首を傾げながらもその場を後にした。
「…」
未来はその様子を観察していた。
使い魔のようなものが消えた後も魔力を探ったが反応が無かった。
そもそもあの使い魔のようなものからは最初から魔力を感じなかった。
「あの使い魔が噂を話して回っている…フクロウ印の給水屋で水を飲むと紙が落ちてきて…19…11…8時間…睡眠時間…1時間ごと…まだ情報が足りないな」
未来は学校の帰りにいろはが言っていた給水屋がいたところに来てみた。
「魔力は…やはり感じないか」
そう簡単に足跡は辿れないようだ。
◇◇◇
万々歳。
未来が万々歳に来ると、やちよが目の前にいる金髪ツインテールの少女に対して目を細めていた。
「お、こいつやちよじゃん!すげ~有名な奴!」
開口一番、失礼な少女だった。
「お前は…やちよの男!」
「未来だ」
指を差してきた金髪ツインテールの少女に対してそう返す未来。
「環さん」
「は、はい!」
「すぐにこの子と解約しなさい」
「そんな突然⁉」
やちよの言葉に驚くいろは。
「あなたも有名よ。深月フェリシア」
「だろ。強い傭兵としてだろ?」
フェリシアと呼ばれた少女は満足げに返す。
「いえ。悪い傭兵としてよ。それも針が振り切れて測定不能なぐらいね」
「なんだと~!」
やちよの評価に噛みつくフェリシア。
「そう…なんですか?」
いろはがちょっと信じれないといった感じで訊く。
「魔女と見れば目の色を変えてブレーキなしに暴走する。強さは折紙付きだけどその暴走で味方を苦境に追いやることもある危険人物」
「なんだよそれ!」
納得出来ない態度を取るフェリシア。
「確かにちょっとは迷惑かけてるかもだけどさ!」
「それに報酬次第じゃ寝返ることも多々あり、魔法少女に敵も多いから関わっていいことはないわよ」
「うぐっ…」
痛いところを突かれた反応をするフェリシア。
どうやら図星のようだ。
「暴走は…確かに」
「既に環さんも経験済みじゃない。ほら返してらっしゃい」
まるで捨て猫を拾ってきた娘を諭すような口調のやちよ。
「そう言われても私…どうしよう…」
「オレはやだぞ!だってごはん~!」
「ごはん?」
駄々をこねるフェリシアの言葉にひっかかるやちよ。
「あ、私が作ってあげるって」
「また随分と安いのね」
「あの…私がフェリシアちゃんと一緒にいますから」
「さっすがいろは!偏屈ババアとは違うな!」
「…こいつ」
フェリシアの罵倒にこめかみをピクピクとさせるやちよ。
未来はここで口を挟むと話がややこしくなるので黙ってこれまでの経緯を整理していた。
どうやらいろはは給水屋を探す途中で同じ被害者のフェリシアに遭遇し傭兵の契約を結んだようだ。
「やちよはババアじゃないよ!ギリ未成年だよ!」
「はぁ?誰だよお前」
口を挟んできた鶴乃に対してフェリシアが怪訝な顔をする。
「最強の魔法少女、由比鶴乃とはわたしのことだ~!」
「はっ、知らねぇしどうせ自称最強だろ?」
「なにぃ!」
「あ?やるってのか!バキボコでガンッだぞ!」
「言ったな!それならわたしだってね!」
フェリシアの挑発に鶴乃が乗っかり言い合いとなる。
「頭の悪い会話だな」
思わず呆れる未来。
「はいはいはいはい。とりあえず二組で行動しましょ。環さん、彼女のこと拾ったならちゃんと面倒見なさいね」
「おい!ペットじゃねぇぞオレ!」
「あ、はい!もちろんです!」
抗議するフェリシアを無視していろはが返事する。
「なら俺はいろはと一緒に行動するよ。少し心配だしな」
「あ?」
視線を向けられたフェリシアは睨み返すが、未来はすぐに視線を外した。
とりあえず方針としては噂を広めていた使い魔のようなものを見つけ次第連絡するということになった。
◇◇◇
まずはスーパーで聞き込みをすることになったのだが、
「パスで」
フェリシアが拒否した。
「それにオレ、お前についてくって言ったけど手伝うとは言ってないしな~あぁ、喉乾いた…」
何とも自分勝手な言い分である。
「…ジュース買ってあげよっか?」
「マジで⁉」
「じゃあ手伝ってくれる?」
「もちろんだ!」
「(まるで飼い主とペットだな…)」
未来がそんなことを考えていると左手に魔力の反応が来た。
「っ!」
それはフェリシアも同様のようだった。
表情が段々と険しくなっていく。
「昨日の魔女だ!」
フェリシアは勢いよく店を飛び出していった。
「ちょ、ちょっと!ジュース買わないよ!」
「魔女がいんだからそんなのどうでもいいんだよ!」
「も~~~~~~!!」
いろはは頬を膨らまして不満を露わにした。
◇◇◇
結界の中にいたのは緑の指に鍵をひっかけた魔女だった。
「りゃああああ!!」
薄紫の衣装、首にはマフラー、頭にはヘルメットのような帽子にゴーグルで鬼のような角が生えていて、手には背丈の倍以上あるハンマーを持って振り回している魔法少女姿のフェリシア。
「ガンガンガ~ン!」
その攻撃力はかなりのもので魔女を追い詰めている。
しかし、
「じゃまぁ!」
「ふぁっ!」
フェリシアの攻撃がいろはに当たりそうになる。
「ちょ、フェリシアちゃん!ちゃんと周りを見て!」
「ずりゃあっっ!」
いろはの声はフェリシアの耳に届いていなかった。
連携など度外視、完全な個人プレー。
魔女を睨みつけるその目はまるで親の仇でも見るかのようだった。
「りゃあああああ!」
「っ!フェリシアちゃんの攻撃が…」
フェリシアが振り回したハンマーがいろはに直撃しようとしていた。
それを未来は間に割り込んで魔力を纏った裏拳で弾いた。
「未来さん!」
「あっ!」
そこでフェリシアはようやく自分の過ちに気付いた。
「ダメだよ…フェリシアちゃん、冷静になって戦わないと…魔女を倒したい気持ちは分かるけど…だけど誰かと一緒に戦うなら…周りを見ないと…もっと評判が悪くなっちゃうよ」
いろはの言葉を受けたフェリシアは顔を俯かせる。
「あ…ご、ごめんね。私、言い過ぎたかも…」
「…仕方ねぇじゃん…」
フェリシアが小さく声を発した。
「仕方ねぇじゃん!」
今度は大きな声で怒鳴り始めた。
「こいつが…こいつが…こいつが父ちゃんと母ちゃんを殺した魔女かもしんねぇじゃん!」
「…それってこの結界の魔女が…」
「わかんねぇ…それはわかんねぇけど…どの魔女が殺したか知らねぇけど!でも…知らねぇから!ずっと本気じゃなきゃダメなんだ!オレは逃がさねぇ…見つけた魔女はぜってぇに」
フェリシアはずっと戦っていた。
魔女を手当たり次第に倒し、終わらない戦いを繰り返した。
「はぁ…」
未来はため息をついた。
「少し頭を冷やせ」
フェリシアの頭にポンと手を置いた後、前に出る。
「いろは、援護しろ。合図を出したら大技で決めろ」
「はい!」
未来の指示にいろはが応える。
未来は足に魔力を集中してダッシュする。
魔女が光弾を放ってくるが、いろはが光の矢で全て撃ち落とす。
ならばと魔女が攻撃を振り下ろしてくるが未来はスライディングで真下に滑り込み魔女の体を蹴り上げた。
「今だ、いろは!」
合図が出た。
「ストラーダ・フトゥーロ!」
いろはの光の矢が1本から数本に分かれて魔女に炸裂し撃破した。
結界が解かれて元の景色に戻った。
「ねぇ、フェリシアちゃん…さっきの魔女ってまさか…」
「分かんねぇ…ま、もう倒してるかもしんねぇし倒してねぇかもしんねぇけど…」
「そんなの終わりがないよ…」
「いいんだよ別に…オレはそのために魔法少女をやってんだから…」
それは諦めにも聞こえた。
「フェリシア、ソウルジェムを出せ」
「な、なんだよ!」
「バ~カ、魔力を回復させるんだよ」
「先に言えよ」
フェリシアは怒りながらソウルジェムを出す。
「おい、グリーフシードは?」
「そんなものは必要ない」
未来は左手をソウルジェムにかざすと魔力の穢れが吸収されていく。
「なんだこれ…」
初めて見る現象にフェリシアが驚く。
「ああ、お前は見るの初めてか。まあ、俺の能力みたいなもんだ。ほら終わったぞ」
「…」
輝きを取り戻したソウルジェムをフェリシアは見つめる。
「いろはも」
「あ、はい!」
いろはもソウルジェムを出して魔力を回復させてもらった。
「あ、なんだあいつ!」
突然フェリシアが指差した先、そこには前に未来が見た使い魔のようなものがいた。
「あいつは…」
「連絡入れておかないと!」
いろはが慌ててやちよに連絡する。
「おい、あれ使い魔か?」
フェリシアが疑問を口にする。
「いや魔力を感じない」
未来が否定する。
「じゃあ、なんなんだよ!」
「わ、わからないよ…」
なぜかフェリシアに詰められるいろは。
「静かに。何か話してる」
未来は魔力で聴覚を強化しながら声を潜める。
使い魔のようなものはこう言っていた。
…アラもう聞いた?誰から聞いた?
ミザリーウォーターのそのウワサ
むかし懐かしママチャリの、荷台に乗った保冷箱
おじちゃん1杯くださいなって
貰った水を飲んだなら
ゴクゴクプハーッって気分は爽快、元気も一杯!
けれどだけども、それはまやかし
飲んだ水はヤバい水!!
24時間経っちゃうと
水に溶けた不幸が災いを引き起こすって
参京区の学生の間ではもっぱらのウワサ!!
モーヒサーン!…
「おい…これって…」
「うん。私達が飲んだ水のことだ」
「あのおっちゃん、悪い奴だったのか」
「悪い人っていうか、うわさの一部でしかないんだよ。幻みたいなものだと思う」
「幻…」
未来が呟く。
これで納得した。
給水屋の痕跡を追えなかったのは最初から幻だったから、ないものは追えない。
「わけわかんねぇよ」
頭を使うのは苦手なのかフェリシアが弱音を吐く。
「紙の数字が時間なら…私達に残された時間ってあと5時間もない」
「ってもまぁ、十分不幸な目には遭ったし今さらどうでもいいけどな」
「おい、あいつ行っちゃうぞ?」
「あ、追いかけないと!」
「えぇ、追いかけんの?」
面倒くさそうな顔をするフェリシア。
「いやあいつは…」
「行かせない」
未来が何か言おうとしたその時、突然黒いローブを纏った2人組が目の前に立ち塞がった。
声からして女性だ。
「こい」
「ひゃっ!」
「わっ!おい、離せよ!」
ローブの女はいろはとフェリシアを路地裏に連れ込んだ。
未来もそれを追う。
「こんなところに引きずり込んでなんですか!通してください!」
「戦うつもりはない」
「どけっつってんだろ!コノヤロー!」
「ちょっと、待って!」
魔法少女に変身して攻撃を仕掛けるフェリシアに相手が慌て始める。
「どんだけ喧嘩っ早いんだ…」
呆れる未来。
「おい、いろは!こいつらめっちゃ弱いぞ!このままやっつけていこうぜ!」
「その必要はないわ。今さら行ったところであいつには追いつけないから」
「やちよさん…」
「連絡を受けたと思ったら妙なのに捕まったわね」
「そうだよ。いろはちゃんになにしたの!」
路地裏にやちよと鶴乃が駆けつけた。
「七海やちよ…由比鶴乃…環いろは…明日川未来…ちょうどいい」
「なにがちょうどいいの!…はっ、もしかしてなにか私達に言いたいことが?」
「その通り」
「っていうことは…あの変な奴に手を出すなってこと?」
「その通り」
ローブの女は定型文のような返事をする。
「それで話し合いをしたいっていうこと?」
「全て言われてしまった…」
セリフを全て取られてしまったローブの女がショックを受ける。
「鶴乃ちゃん、すごい…」
「えっへん!」
褒められて胸を張る鶴乃。
彼女はこう見えて頭が回るのだ。
「それで何を話し合いたいの?」
「これ以上、うわさに手を出すのはやめて欲しい」
「そう言われても理由がまるで見えないわ。これじゃ話し合いっていうよりも…」
「脅し…みたいだな」
やちよの言葉を未来が紡ぐ。
「その通り。うわさを消してもいいことはない。手を引いて欲しい」
「無理な相談ね」
「そんな風に顔を隠す奴の言葉なんて聞けないな」
やちよと未来が並び立つ。
「…今回のミザリーウォーターのうわさも…ですか?」
「そうだ」
「でも私達、もう巻き込まれてるんです。勝手に不幸になれってひどいと思います」
「どうせこのままだとあんたたちが守ってるウワサに私達が辿り着くってそう思ってるんだよね?だから急に出てきたんでしょ?」
「…」
図星なのかローブの女は口をつぐんだ。
「ニヒッ」
鶴乃が勝ち誇った笑みを浮かべた。
「手を引く気はないんだな」
「フェリシア、耳を貸しなさい」
やちよがフェリシアの近くに行く。
「あ?なんだよ?」
「そこ、なにを話してる?」
ローブの女が目をつける。
「あなた達を潰そうって話していたところよ」
「争いは避けられないか…」
「どういう理由かは分からないけど、あなた達は野放しにはできない。人に危害を与えるようなうわさを守る…それに正当性なんてないはずよ」
「そうだそうだ!人が不幸になるのを見てるだけなんて私にはできないよ!」
「ドカーンっとやっちまおうぜ!」
フェリシアが飛び出してハンマーを振るった。
直撃を受けたローブの女は壁に叩きつけられた。
「へへ、このオレに勝てると思ったか!」
「くっ、分かっていた…だからこそ交渉しようと…」
「交渉になってなかったけどね」
「そこでだけどさ」
「なんだ?」
「オレがそっちについたら形成逆転だと思わね?」
フェリシアがとんでもないことを口にした。
「フェリシアちゃん!」
「どういうことだ?」
ローブの女が意図を探る。
「それなりの報酬があるなら寝返ってやるって言ってんの」
「なに言ってるの!一緒に調べてたのに!」
「はぁ?オレは傭兵だぜ?」
「生活が大変なのは知ってるよ。でもだからって!」
「…分かった。それなりの報酬は用意する」
「い~ね!つ~わけでオレは今からこっち側!悪いないろは!」
フェリシアはこちらに向いて対面する。
「…本気なの?」
いろははショックを受けた顔をする。
「退きましょう」
「やちよさん…でも!」
「私達の目的はあくまでうわさ…彼女達を無理やり退けることじゃないわ」
「…分かりました」
いろはは渋々納得した。
「じゃあな!元気でやれよ!」
フェリシアは全く悪気のなさそうな笑顔で手を振っていた。
未来は何も言わなかった。
◇◇◇
「フェリシアちゃん、まさか本当に…」
いろはは路地裏を離れた後も現実を受け入れられなかった。
「報酬をもらって戦う以上、一度受けたことは最後までやり切る。そんなプライドも人によってはあるのかもしれないけど…彼女はそうじゃなかったのよ」
「でも信じられない…というより信じたくないです」
「本当にお人好しなんだからあなたは…」
「それがいろはの良いところでもあるけどな。今回はそれが裏目に出たっていうだけだ」
いろはを慰める未来。
「環さん………そうね、お芝居はここまでにしましょうか」
「へ?」
やちよの言葉にいろはが呆けた顔をする。
「今までのはお芝居よ」
やちよの表情が真剣な顔からいたずらっ子のような笑みに変わる。
「え、え…」
いろはは話についてこれなかった。
「追加の報酬を約束してフェリシアに動いてもらったわ。恐らく今頃、相手の拠点を調べてるはずよ」
「そ、そんな…やちよさん…ひどい!」
まんまとハメられたいろはは文句を言った。
「だってみんなに伝える余裕なんてなかったもの」
「そうですけど…すぐに言ってくれたらいいのに」
「ごめんなさい。少し楽しんでしまったわ」
「あ、あんまりです…あ、未来さんは…」
いろはが未来の方へ向くと顔を背けて肩を震わせて笑いを堪えていた。
「ちょ、未来さん気づいてたんですか⁉」
「まあ、やちよの考えてることだからな…プフッ…」
「言ってくださいよ!」
「だっていろは、ピュアだから演技なんてできないだろ。知らない方がリアリティ増すと思ってな」
「もぉ!みんなして、もぉ!///」
いろはは顔を赤くして未来の胸をポカポカ叩く。
それからいろはの機嫌を直すまで時間がかかった。
◇◇◇
「戻って来ませんね。フェリシアちゃん」
いろは達は駅の改札口でフェリシアを待っていた。
「そろそろ戻ってきてもいい頃なんだけど」
タイムリミットは2時間を切っていた。
「このままじゃ、ただ不幸になるのを待つだけね」
「発信機でも付けておけばよかったな」
「来ないのかな?」
「お~い!おっまたせ!」
現れたのはフェリシアではなく鶴乃だった。
「鶴乃ちゃん!」
「ずっといなかったけど、どこに行ってたの?」
「アハッ、フェリシアの後を追ってたんだよ。さすがにあの評判じゃ信じ切るのは怖いな~って。やちよにも言われてね」
「そうか。よしよし」
「えへへ~」
未来に頭を撫でられた鶴乃は笑顔を浮かべる。
犬なら尻尾を振っているだろう。
「それで…フェリシアちゃんは?」
「さあ…途中までは追えたけど見失っちゃったから…」
「鶴乃ちゃんが戻ってきたのにフェリシアちゃんが来ないって…」
「よっぽど向こうの報酬がよかったのかしらね」
「まだ寝返ったってわけじゃないです。もしかしたら捕まってるのかも」
「そんなタマじゃないと思うけど」
「それより早くいこ!もう時間がないでしょ!」
「そうね。鶴乃、途中までで構わないわ。案内してちょうだい」
「あいあいさー!」
鶴乃は笑顔で敬礼して応えた。
◇◇◇
「鶴乃ちゃん、本当にこっちで合ってるの?なんかずっとジグザグに移動してるけど…」
「屋根伝いに移動しながらこっそり追いかけてたんだよ~。だから直線距離でしか分かんなくって…そうだ!4人で屋根伝いに移動する?」
「そんなことしたら周りにどんな目で見られるか…」
「それに…あの………パンツ見えちゃうよ///」
いろはがチラチラと未来を見ながら恥ずかしそうに言った。
「ほ…考えてなかった!アッハハ!」
「未来!」
やちよがキッと未来を睨みつける。
「なにも言ってないだろ!」
「想像してたでしょ?」
「それは…まあ、少し…」
「やっぱり!」
「どうしろってんだ!」
「後で覚えておきなさいよ」
「安心しろ。お前のパンツは俺が守る」
「そんな話はしてない!」
未来とやちよの痴話喧嘩はしばらく続いた。
◇◇◇
鶴乃に先導されて辿り着いたのは公園だった。
「お、ここまでくれば見失ったところまで近いよ!方向は合ってる!」
「不安だな」
「さあ、ここから先はあんまり分からないけど場所はかなり絞り込めてると思うよ!」
「ええ、急いでウワサの場所を突き止めましょう」
「そうはさせねぇよ」
現れたのはフェリシアだった。
「フェリシアちゃん!なにしてたの?ずっと待ってたのに!」
「そりゃ悪かったな」
「ほら、もう演技は終わりにしてこっちに戻って来てよ。さっきの人達の場所を…ウワサの場所を教えて」
「それはできねぇな」
そう答えるフェリシア。
なにやら様子がおかしい。
「どうして?」
「もう演技じゃねぇもん」
「やっぱりよほどいい報酬を提示されたってことかしら」
「んまぁ、そんなところだな。1人で生きていくには十分なちょ~いい条件だからな」
フェリシアが笑顔で応える。
「それに…これだけあったら誰も裏切る必要もねぇし」
「所詮はプライドもなにもない報酬第一の傭兵ってことね。一緒に行動すれば見直す点もあるとは思ったけれど思い過ごしだったようね」
フェリシアの行動を非難するやちよ。
「なんとでも言えよ。敵になにを言われようがオレは痛くも痒くもねぇから」
「本当に報酬に目が眩んだの?」
いろはは今でも信じられないといった顔をしている。
「な~んか変な感じ」
鶴乃が首を傾げた。
「鶴乃ちゃん?」
「フェリシア、自分の状況分かってないんじゃないかな?」
「やっぱりそう思うよね?」
「うん。人のこと言えないけどさ。行き当たりばったりで何も考えてなさそうなんだよね」
「うん。今回のうわさのこと、ちゃんと理解できてないと思う」
「なにごちゃごちゃ言ってんだよ。そっちからこねぇならオレからズガンといくぞ」
フェリシアが魔法少女に変身してハンマーを構える。
「相手はこう言ってるけど?」
「フェリシアちゃん!もう2時間もない間に本当に不幸になっちゃうよ!それでもいいの?」
「またそれかよぉ。今さら不幸になろうがオレには何ともないからな。父ちゃんと母ちゃんが死ぬ以上の不幸なんてあってたまるかよ」
「私もね…妹がいなくなってるの」
いろはが突然語り始める。
「だからなんだよ」
「それはね…私にとっての不幸だよ。でもね…それだけが不幸じゃない。不幸っていろんなことがあると思うの。いなくなった妹になにかあるかもしれないとかやちよさんや鶴乃ちゃん、未来さんになにかあるんじゃないかとか」
「ハッ…」
いろはの言葉をフェリシアは鼻で笑った。
「オレには家族も仲間もいねぇよ。関係ねぇ話じゃん」
「でもそれだけじゃない!ずっと変わると思うの…自分にとっての大切なことって…フェリシアちゃんにはないの?今大切なものって…ねぇお願い、ちゃんと…ちゃんと考えてみて」
「あぁ?…ぬいぐるみ…とか。牧場で父ちゃんと母ちゃんに買ってもらった…牛の…」
フェリシアは少し考えた後、そう口にした。
「それがなくなったらどうするの?」
「はぁっ⁉や、やだ!あれ、オレの宝物だぞ!」
「だから不幸ってそういうことだよ!」
「っ!」
いろはの説得にフェリシアが押され始める。
「お願いだから自分から不幸になろうとしないで!もしも、その牛さんが傷ついちゃったりしたら…またフェリシアちゃんが傷つくことになる…私、見たくないよ…これ以上、フェリシアちゃんが不幸になる姿なんて」
「いろは…」
フェリシアは構えていたハンマーを下ろす。
「ねぇ、だから一緒に!」
「うん…」
いろはの説得が通じたのかフェリシアが変身を解く。
「オレ、宝物をなくしたくねぇ…奪うような奴の味方にだってなりたくねぇ…これ以上迷惑だってかけたくねぇ!だから、いろはについてく!」
「フェリシアちゃん!」
「ヘヘッ…」
「あなた、ご両親がいないの?」
やちよがフェリシアに訊いた。
「それがどうしたんだよ?」
「いえ…」
やちよがバツが悪そうな顔をする。
「う、うああああん!」
すると突然、鶴乃が号泣し出した。
「ちょ、なんだよ…なんでお前が泣くんだよ!」
「だって…大変だと思ってね…だから傭兵やって…うえぅ…」
「大げさだよ。オレだってペラペラ喋るくらいへ~きな話だよ…別に…」
わんわん泣く鶴乃をフェリシアがなだめる奇妙な光景をよそに、未来はいろはに声をかけた。
「いろははすごいな」
「え?」
「自分の不幸より他人の不幸のことを考えられるなんて普通はできない。当事者なら尚更な」
「そんな…私は必死で…」
謙遜するいろは。
「(お前は本当にすごいよ)」
未来はいろはという人間を1つ理解出来たような気がした。
◇◇◇
フェリシアに案内されたのは魔女の結界のような場所だった。
「それじゃあフェリシアちゃん、道案内お願いね!」
「ああ、任せとけ!あいつらのこと、バキボコにしてやろうぜ!」
いろはに頼まれたフェリシアは元気いっぱいに応える。
これが本来の彼女なのかもしれない。
「…ありがとな、いろは」
「へ?」
「オレ、自分で勝手に傷つかずに済んだし…もっと嫌な奴にならなくて済んだからな!」
笑顔でお礼を言うフェリシアに案内されてやってきたのは学校だった。
「参京院教育学園って…学校が拠点なの?」
「つ~か、もうちょい先だな。今日は休みで生徒もいないし入るのは余裕だろ」
「…?」
最後尾を歩く未来はもう一つの魔力の気配を感じた。
周囲を見渡しても誰もいなかったのでとりあえず先に進むことにした。
フェリシアの先導で校庭を越え、地下水路から敵の拠点に入っていく。
途中いろはがコウモリに怯えたり、鶴乃が騒いだり、タイムリミットが迫っているのに緊張感がない時間があった。
「そこにいるのは誰だ?」
当然、敵にも見つかった。
「深月フェリシア、まさか報酬を自ら捨てるとは…」
「へ~んだ!オレだって人の宝物奪うような奴にはなりたくねぇからな!」
「どうあっても退くつもりはないんだな」
「ええ、当然でしょ?こちらも譲る気は一切ないわ。あなた達の素性も目的も知らずに譲るなんて…そんな都合のいい話はありえないでしょ?」
「…対象者以外に公言するのは控えるように言われているが不毛な争いを避けられるのなら言わなくてはいけない」
「あら、聞かせてくれるのね」
「ああ、私達は『マギウスの翼』だ」
「マギウスの…翼?」
「私達の上に立つマギウスの目的を果たすため、彼女達の翼となる集団のことだ。その中でも私達は黒羽根と呼ばれている」
「その目的ってなんなの?」
「魔法少女を救うこと。マギウスはこの神浜市で魔法少女を呪縛から解放する。私達はその助力となるために活動をしている。魔法少女解放のためにもうわさを消されてはならない」
「魔法少女を解放するってどういうことですか?」
「それにうわさを守れば成立する理屈も分からないわ」
「それは…」
やちよの指摘に言葉が詰まる黒羽根。
「その理屈も分からずに手伝ってるってわけ?大した忠誠心ね」
「やちよ、こいつらは下っ端だ。どうせ大した情報は持っていない」
未来がやちよの肩に手を置いて前に出たその時、
「なにチンタラしてんだよ!」
突然、現れた赤髪の魔法少女が黒羽根に奇襲をかけた。
「ぐっ…」
黒羽根が地面に倒れる。
「相手のご高説なんざ聞いてる暇あるのかい?残りあと…おっと…」
いろは、フェリシア、赤髪の魔法少女の上から紙が落ちてきた。
紙には『1:00』と書いてあった。
「ちょうど1時間…それもご丁寧にタイマーで刻んでくれるらしい。解放だからなんだか知らないけど先にやることがあんだろ?」
「あなた…佐倉さん!」
やちよが赤髪の魔法少女の名を呼ぶ。
未来が感じた魔力の気配も彼女だったようだ。
「お前!」
「あの時の!」
フェリシアといろはも面識があるようだ。
「あの後でようやく自分の身に起きたことが分かったよ。途中であんたらを見かけて追いかけてきて正解だな」
「くっ…お前は…」
黒羽根がなんとか起き上がる。
「悪いけどあたしはこいつらみたいに余裕をぶっこくつもりはないんでね。話ならウワサとやらを片付けてからにさせてもらうよ」
「戦わざるを得ないか」
黒羽根が戦闘態勢に入る。
奥から増援もやってきた。
「話が分かる奴は好きだよ。さあ、遠慮はいらねぇ…かかってきな!」
「佐倉さん、ここは協力しましょう」
やちよが赤髪の魔法少女の横に並ぶ。
「本来なら断りたいところだけど、この状況なら仕方ないよな。一つよろしく頼むよ!ところであいつは大丈夫なのか?魔法少女じゃないだろ」
「大丈夫よ。だって…」
ドンッ!
「ガハッ!」
大きな衝撃音がした後、黒羽根の1人が吹っ飛ばされた。
未来が掌底で吹っ飛ばしたようだ。
「強いから」
やちよが自信に満ちた笑みで言った。
「なにもんだ。あいつ…」
赤髪の魔法少女はなぜか未来のことが気になったが、今は戦闘に集中することにした。
戦闘は一方的でほとんどは未来が倒してしまった。
周りは死屍累々(死んではいないが)の光景が広がっていた。
「くっ…うぅ…」
黒羽根の1人が地面で呻き声を上げる。
「魔法少女の解放…それがあなた達にとってどれほど魅力なのかは分からない。だけどね…理屈を聞かれて詰まるほど理解もないものに…そのマギウスとやらに協力するあなた達の気が知れないわ」
「あなたほどの魔法少女なら分かるはずだ…七海やちよ…魔法少女を解放するとはどういうことなのか…それに縋る気持ちも…」
やちよの正論に黒羽根はそう返した。
「ええ、理解はできるわ。ただ他人を巻き込むようなうわさを利用してまで私は救われたいと思わない」
「いつまでそいつと話してるつもりだい?チンタラしてたら先に行っちまうぞ!」
赤髪の魔法少女が先へ進んで行く。
「やちよさん、早く行きましょう!」
「ええ」
いろはに言われてやちよも先に進んだのだった。
ついに現れた赤髪の魔法少女。
フルネームはまだ明かしません。