性的いじめに遭う話
俺が自殺しようと思ったとき、側にいてくれた遠野。
俺に「自分らしく生きること」を教えてくれた遠野。
そして、俺が初めて恋をした女の子である遠野。
そんな遠野は、携帯を持っておらず中学卒業と同時に音信不通になってしまった。だが、それでこそ遠野らしい気もする。
人生は一期一会だが、きっとまたいつか会えるだろう。
いつかまた会えたとき、今度は王子様の重たいマントを着た俺ではなく、ありのままの裸の俺を見てほしい……。
そんな思いも抱きつつ、俺は自分らしく生きるようにしていた。これが俺の「好き」であり、生き方なんだーーーーー
虐めが始まったのは高校に入学してからだった。
遠野と会ってから手入れを欠かさずに必死で伸ばした髪の毛。
入学前に念入りに調べた、かわいい制服。
成長に伴って男になっていく体を、さりげなく可愛く仕立てるメイク。
こうした俺の「自分らしさ」は全て、入学初日から目をつけられる原因となった。
入学初日の自己紹介で、勇気を出して「自分らしく」自己紹介をしたら、ある不良から下品な野次が飛んだ。怯まずに言い返すと、その不良はすごく不機嫌そうな顔をして出て行ってしまった。
ソイツは治安の悪い地域の中学校から上がってきた奴で、自分の不良仲間とともにこの高校に入学したらしかった。悪い噂の耐えない奴で、昔の漫画に出てくるような良いヤンキーじゃなく、ただただ危険な人物として知られていた。
入学初日から徒党を組んで大声で駄弁り、クラスの雰囲気が凍っていたのを覚えている。
その不良に目をつけられたことで、その後クラスの皆からは距離を置かれるようになった。皆その不良と関わりたくないから、俺が話しかけても無視するようになってしまった。
恐れていたことはすぐに起こった。部活紹介の日、美術部の見学に行こうとしていた俺は、突然不良に囲まれた。
いくら俺が男とはいえ、相手が複数の男では抗えなかった。隙を見て逃げようにも囲まれていて無理だった。
校舎の隅の空き教室に連れてこられると、例の不良がいた。生意気な態度をとったことへ、土下座による謝罪をしろとのことだった。
断ろうとした次の瞬間、みぞおちを殴られた。激しい鈍痛と吐き気に、思わずお腹を押さえて倒れ込みそうになる俺に対し、奴らは容赦がなかった。謝罪で許すつもりもなかったのだろう、最初からこうして暴力で「わからせる」ことが目的だったのだ。
倒れ込んだ俺の横腹に手加減のない蹴りが入る。
両腕を抱えられ無理矢理引き起こされると、今度は顔を何度も何度も殴られた。「虐めの時はバレないように服のあるところしか殴らない」というのは、ある程度社会性の残っている不良のすることだ。彼らのような限度を知らない人たちにとっては、むしろ跡の見える暴力は見せしめの効果があるようだ。
みっちり1時間、暴力の嵐だった。傷のないところはないくらいだった。途中、隙を突いて逃げようとしたのが悪かった。教室の扉には外から鍵をかけられていて逃げられなかった。逃げようとした罰として、両足もバットで痛めつけられた。骨折はしていないようだが、すさまじい捻挫だ。1週間はスタスタとは歩けないだろう。今にして思うと、俺が無意識のうちに膝上まで隠すストッキングを履くようになったきっかけかもしれない。
散々暴力を振るって疲れたのか、奴らはタバコを吸って休憩し始めた。俺は横たわりながら全身の痛みに耐えていた。
そんなとき、不良の下っ端が戯れに俺の股間を蹴ってきたのが問題だった。散々暴力を受けたが、それまでで一番の激痛だった。股間を押さえて悶え苦しむ俺を見て、彼らは俺が女装男子であることを思い出したようだ。
そこからは早かった。あっという間に服を剥ぎ取られ、あざだらけの全裸にされてしまった。嫌がる俺を無理矢理押さえつけ、全裸の写真を何枚も撮られた。
不良が、生意気な奴を全裸に剥きあげたら、後やることは当然ひとつしかない。奴らの録画する前で、無理矢理オナニーさせられた。もう散々暴力で痛い思いをしたあとで、内心早く帰りたかった。早くこの場から離れたかった。その一心で俺はチンコを扱いた。
しかし、あれだけ殴られた後だし、人に見られながらなんて当然慣れてるわけじゃない。早く終わらせたい俺の意思とは裏腹に、気持ちよくなるどころか勃ちすらしなかった。
必死でチンコを扱き上げる姿を嘲笑っていた不良たちも、全然進展しないことで苛立ち始めていた。いつの間にか準備していたスタンガンを見せつけて、「早くイかないとチンコスタンガンの刑だぞ」と脅してきた。
もう俺はなりふり構っていられなかった。いつも通りのオナニーを始めた。チンコを扱く手を左手に替えて、右手で自らのアナルを犯し始めた。不良たちの爆笑する声が遠くに聞こえる。習慣とは恐ろしいもので、いつものアナニーにしたらみるみるうちに勃起して、一分とかからず射精してしまった。
俺が反抗する気力もなくなり、怯えるようになったのを見て彼らも満足したらしい。最後、床に出した自分の精液を舐めとれと言われ、俺は全裸のまま四つん這いになった。ぼんやりとした頭で「こんなオナニーまで動画を撮られて、これからどうやって生きていこう……」なんて考えながら、白濁液を舐めとっていた。自らの分身は想像していたよりも苦かった。
全部舌で舐め終わる頃、股間に激痛と灼熱感を感じた。不良の一人が戯れに、四つん這いの俺の股間にスタンガンを当てたと気づいたときには、もう意識は飛んでいたーーーーー
目が覚めると、俺は空き教室で一人全裸でうつ伏せで倒れていた。窓の外を見ると日も暮れ始めていた。
携帯を見ると、今日の俺の痴態が全部送られてきていた。「逆らったら、ばらまくぞ」と言うことなのかもしれない。
俺は冷静になった頭で、泣きながら脱ぎ捨てられた服を着て、帰宅した。
次の日から、もう俺が不良に虐められているのは公然の事実となった。
教室でパシりやカツアゲをされても誰も止めない。冗談で殴られることもあったが、周りは見て見ぬ振りだ。
当然だ。友達がいないのだから。学校で唯一の拠り所にしようと思っていた美術部も、部活紹介にいけなかったことで入部のタイミングを逃してしまった。本当は後からでもいつでも入部できるが、気まずさがあったこと以上に、美術部に自分と不良という面倒事を持ち込みたくないという思いがあった。こうして俺は、高校生活がただただ虐められる三年間になることが確定してしまった。
俺が公然と虐められるようになると、だんだんと周りもその環境に慣れていった。最初は不良でない人たちは無視しかしなかったが、徐々に虐めに参加するようになってきた。
「男のくせに女の格好なんかしてんじゃねぇよ」
「キモいんだよ」
「さっさと死ねば?」
女子のこうした陰口悪口は、直接浴びせられるようになるまでそう時間はかからなかった。
女子の虐めは暴力こそないものの陰湿だった。トイレの個室で上からバケツで水をかけられるだとか、机に落書きされるとか、ロッカーの中を水浸しにされるとか、鞄をトイレの便器にぶちまけられるとかーーー後を引くような虐めが多かった。
もちろん女子の中にも直接虐めてくる子はいた。
「その汚ぇ顔、洗ってあげる~~笑」等と言いながら、突然顔に濡れたぞうきんを押し当ててきたり、汚れたモップを服に押し当ててきたりするのだ。
女子の虐めと同様に男子の虐めもあった。こちらは基本的には暴力やカツアゲで、不良と同じだがスケールの小さな虐めをされることが多かった。あの日まではーーー
ある日、放課後に女子グループに虐められて、全身ゴミまみれで放置されたことがあった。もう慣れたものだったが、帰ろうとすると知らない男子に話しかけられた。
「あまりにも酷い虐めだ」
「そんな格好で帰ったら親御さんも心配する」
「まずは服を洗おう」
なんてまくし立てられたが、高校入学以来初めての優しい言葉だった。お言葉に甘えて、近くにあるという彼の家にお邪魔してシャワーと洗濯機を借りることになった。
これが悪夢の始まりだった。シャワーをしていると、その男子が突然入ってきて俺に抱きついてきたのだ。
「ずっと前から好きだった」
「あんな言葉でホイホイ着いてきたんだから、これは同意だよね?」
自分と同じ「男」が吐く最低な言葉に吐き気を催した。必死で抵抗しようとしたが、もう俺の体は暴力で怯える体にされてしまっていた。ちょっと男子が大声を出すだけで、肩がすくんで震えが止まらない。その日はされるがまま犯された。悲しいことに俺の処女は、さえない男子の口車に乗せられて喪失した。
無理矢理口に押し込まれ、喉の奥まで突かれる。肉体的にも心理的にも気持ちが悪くて、何度も吐きそうになった。
そのあとは俺のアナルに無理矢理ローションを塗りたくられ、強制挿入された。乱暴な、愛のない処女喪失はただただ痛くて苦しかった。自分のことしか考えてない動き。アナルを犯されながら、チンコを触られ扱かれる。不快の一言だった。
無理矢理中に出され、写真を撮られた後、解放された。綺麗になった服とは裏腹に、今度は服の中に取り返しのつかない汚れがついたように感じた。
その男子に犯されているとき聞いたが、校内には俺の隠れファンクラブがあるらしかった。といっても、その男子のようなファンしかいないらしく、本当の意味でのファンは一人もいないようだった。
その男子は俺の痴態をファンクラブ内で共有したみたいで、次の日からはそうしたファンからの性的な虐めも始まった。
体操服や上履きに白濁液がついてたり、弁当の箸やリコーダーにがものすごく臭くなっていて明らかに舐めた形跡があったり……もちろん痴態の写真をダシに脅されて、トイレで犯されることもあった。誰一人として愛のある、またはテクニックのある人はいなかった。犯された後は常にお尻が痛かったし、お腹も壊していた。
犯された後は下着を奪われることも多かった。替えの下着を用意すると、替えの下着にも精液をつけられたりだの、替えの下着の数だけ一日何度も犯されたりだの、虐めはエスカレートする一方だった。
男子からの性的虐めに気づいた不良が、「ならもう脅しの意味はないか」と勘違いして、最初の暴力や強制オナニーの動画を公開したことで、さらに虐めは進んだ。
「虐めていいやつ」から、「虐められて然るべきな、キモいオカマ」に変わってしまった。
「なんとなくムカつくから殴らせろ」
「今日はムラムラしてきたから犯らせろ」
といった理不尽な理由で無理矢理連れて行かれ、授業が受けられないことが日常的になった。
下着だけでなく制服もとられるようになった。酷いときには全裸で服を持って行かれ、そのまま全裸で帰れと言われたことすらあった。日付を超える時間まで待って、誰にも会わないように祈りながら全裸で帰る羽目になった。
この全裸露出が受けたのか、昼間もやらされるようになった
授業中に連れ出されては全裸に剥かれ、校内散歩させられ録画された。もはや俺のオナニーは動画の締めとして日常のものとなっていた。
ある時不良の一人から、パパ活をするように命令された。俺のお小遣いとバイトだけでは満足な額のカツアゲにならないらしい。それに、今まで散々撮られた痴態が一部の界隈にウケているんだそうだ。
当然暴力もあって逆らえなかった。パパ活とは名ばかりの援交、というよりも男娼だ。なんなら受け取った金は全部不良たちのもとに流れるんだから、もはや奴隷といってもいい。
このおかげで、日中は学校で虐められ、放課後は知らないおじさんに犯されるという地獄のような生活が始まった。
家に帰れない日も何度も続いたが、それは問題にならなかった。すでに家の中でも俺の存在は無に等しかったからだ。
高校一年生の四月に、虐めについて打ち明けたことがあったが、何の役にも立たなかった。
「お前が普通じゃないのが悪いんだろう」
「自業自得だ」
「育て方を間違えた」
と散々なことを言われた。それ以降、家で声を発したことはない。自室と玄関と風呂とトイレ以外、リビングにすら立ち寄ったことはない。家の中で安らぎを感じたことは、高校入学以来一度もなかった。
パパ活で会う人達は俺を金で買ったという優越感?がある。今まで以上に傲慢で自分本位なプレイばかりだった。
「お前みたいな顔とケツマンコだけが取り柄のクズを金で買ってやったんだ、ありがたく思えよ」
「口とアナルで精液を懇願するしか能のないゴミクズだもんなぁ、お前」
「精液便所として使っていただけて、社会貢献できて良かったな笑」
「女ならまだ玉の輿とかあるけど、お前はそれすらないもんな。一生男娼としてチンポしゃぶって生きていくしかないな。頑張れよ笑」
散々罵倒されて、お尻を引っぱたかれて、無理矢理もののように扱われて、中に出してもらって……肉体以上に精神が、尊厳が踏みにじられていった。
まだ高校生活は半分以上残っている。まだまだ虐めはエスカレートするかもしれない。もう正直限界だ。いっそ、このまま周りから蔑まれることに幸福を感じた方が楽かもしれない。
……いや、俺はまだ諦めない。どんなに味方がいなくて、どれだけ奴隷のような扱いをされようと、遠野とまたいつか会うまでは、諦めたくない。
「自分らしく」生きていくと、誓ったんだから。
遠野が別の高校で普通に暮らして、普通に彼氏が出来ているのを知って脳が破壊されるのは、また別の話☆