ガチヤバメンヘラ淫乱ビッチになる話です。
【死ネタあり、激しいプレイの描写があります。ご注意ください】
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ユカちゃんは藝大日本画科を目指す高校三年生の女装男子。
だが本当は日本画ではなく、本当に好きなことである服飾の道に進みたいと思っていた。
葛藤を抱えたまま受けた日本画科一次試験当日、ユカちゃんは画板に大きな×をつけて退室してしまう。
すると、もともと女装にも反対していた両親から「何のために美術の道を歩んだんだ」「いい加減に女装を辞めて普通になれ」と言われ、部屋のものを服やメイク道具も含めてすべて捨てられてしまう。
何もかもに嫌気がさし、冬の小田原で入水自殺を図ったが、駆け付けた八虎に助けられる。
二人ともびしょぬれで、時間も遅いため、近くの旅館に一泊する二人。
八虎は油絵科の試験を翌々日に控えており、泊まった先でも絵をかいていた。
自暴自棄になって海に飛び込んだこと。それを友人である八虎が自らも飛び込んで助けてくれたこと。
八虎はまっすぐ自分の目標を見据えており、本当に好きなことから逃げて日本画科を勉強していたユカちゃんにとっては本当にありたい姿であったこと。
そんな八虎が、自分なんかのために遠くまで来てくれて、隣にいてくれること。
その頼もしさ・やさしさが、"好きなこと"を捨てられ、今まで歩んでいた人生を捨てようとしていたユカちゃんの心に深く染み込んだのであった。
色々なことが積み重なり精神的に限界を迎えていたユカちゃんは、温かみを与えてくれた八虎に誤った恋心を抱いた。
いや、それは依存したい気持ちともいえるだろうか。
「今日は……来てくれて、ありがとう」
服を脱ぎ、全裸で迫るユカちゃん。
「こんなことでしか、自分には返せない、から……」
しかし、八虎は翌々日に二次試験を控えている身。ユカちゃんを助けこそすれ、今晩ユカちゃんと一緒に溺れられるほどの余裕はないし、そういう性的嗜好もない。
当然ながら拒否されるユカちゃん。結局、その日は何事もなく朝まで眠るのであった。
その後八虎は藝大油絵科に合格し、晴れて藝大生として苦難の道を歩んでいく。
しかしユカちゃんは、一度は死を志し、そしてそれを自身の理想ともいえる友人に救われた身。
自殺企図と、そこから救ってくれた友人との一泊は、すり減っていたユカちゃんの心に一生の跡を残してしまった。
春になり、家を出て一人暮らしを始めたユカちゃん。
好きだった服飾デザイナーを始め、SNSで依頼を受けてこなしていく。
しかし、服を作るのにもお金はかかるし、家を借りるのにもお金はかかる。服飾だけで食べていくことは、この春まで高校生だったユカちゃんにはとても厳しいものであった。
必然的に、持っている才能はその美貌だけ。ユカちゃんはパパ活を始めた。
夜の新宿を歩き、お金を持っていて優しそうで、自分を買ってくれそうなパパを探す。
パパは何人もできた。お金をもらい、その身体を売っていくユカちゃん。
生きていくのにもお金がいる。親から絶縁されたユカちゃんにとって、そうして自分を抱いてお金をくれるパパたちは、あの日抱いてくれなかった八虎と重なって見えた。
あの日、八虎がユカちゃんに溺れて抱いてくれていれば、ここまでは堕ちなかったかもしれない。しかしそれは、今となってはわからないことである。
今は思い出の幻影となってしまった八虎とパパを重ねて、自分を救ってくれるヒーローに愛されて抱かれる妄想に溺れるユカちゃん。
パパに抱かれるためなら、どんなことだってした。衣装もメイクも気合を入れて、自分なりの”一番かわいい”でパパに会った。
パパが喜んでお金をくれれば、それだけ幻想の八虎は自分を温かく受け止めてくれるのだと感じた。
パパが喜ぶメイクや話し方を研究して実践した。
パパが喜ぶようなセックスをした。どこをどう責められたら喜ぶのか、どんな順番でどのように誘って、どのようにパパに主導権を渡せば喜んでくれるのか、四六時中考える始末であった。
パパが喜ぶので、抱かれていないときに性感帯を開発した。
今では女性のそれとほとんどかわらない、ぷっくりとした乳首は、普段の生活では常に勃起して、服の上から透けて見えるだけでなく、服と擦れることですぐに射精してしまうほどに敏感になっていた。当然胸は真っ平であったが、乳首だけは女性のそれと違わない様子であった。ふだんからブラジャーをする必要があった。
当然アナルも開発していた。大きなものをすんなり入れられるのはもちろん、パパが喜ぶように括約筋を締めあげながら、娼婦顔負けの腰遣いで中に射精してもらえるように練習していた。見事に縦割れており、そこには無駄毛の一本もなかった。
前立腺は開発のし過ぎで、完全に性感帯の一つとなっていた。女性でいうGスポットと同じで、そこを擦られて何回かノックされると、たちまち射精してしまうほどに敏感な器官になっていた。
これだけ開発して、自分がパパから精液を搾り取ることに特化した身体になっていくことが、ユカちゃんにとっては誇らしかった。それはつまり、幻想の八虎を喜ばせることができる自分になれたということであった。
ユカちゃんがどんなに大きな思い・幻想を抱いてパパ活をしようと、パパからすればお金を払ってセックスするだけの男娼なのである。
中にはユカちゃんのことは酔狂で買ったパパもいた。
性欲にまけてユカちゃんを抱いたものの、行為が終わった後は気持ちの悪いゲイの男性にしか見えず、冷たくあしらうパパもいた。
また、男としてのユカちゃんを受け止めて抱いてくれるパパの中にも、手荒い行為をする人はいる。乱暴なプレイの跡は、開発しきったユカちゃんをしても、お尻が痛くなることもあった。
しかし、ユカちゃんの心の傷は想像以上に大きいものであった。
扱いが雑になるにつれて、むしろそうした乱暴なプレイの方が興奮するようになっていたのである。
これは、乱暴なプレイであればあるほど、"それだけ激しく自分を求めてくれている"と錯覚しているためであった。
さらに、乱暴なプレイの後は謝りながら多めにお金をくれるパパが多かったことも、この錯覚に拍車をかけていた。
幻想の八虎が激しく自分を求め、その後自分を労わってくれて、より多くの援助をしてくれる。この甘美な妄想から、ユカちゃんはそれを妄想と気づくこともなく、抜け出せずにいた。
また、痛みを感じることで不思議と身体が発情するようになっていた。それは、一度入水自殺を図ったときに、死を目前にして脳内麻薬が分泌され、快感を得たことをユカちゃんの無意識が覚えていたためであった。激しい体験によって脳を焼かれたユカちゃんは、本人も気づかないうちにマゾヒズムの扉を開いていたのであった。
激しく暴力的なセックスそのものの痛みによる快楽と、そうしたセックスはつまり激しい愛情の裏返しだという妄想は、不幸なことに合致してユカちゃんの身体と心を蝕んでいた。
パパは何人もいたが、より激しいプレイをするパパを好むようになっていった。
そうした、自傷行為に近い状態のセックスを好むマゾヒズムは、ユカちゃんの性生活をより一層淫らで悲惨なものにしていった。
ユカちゃんの方から、よりスリリングで逸脱したセックスを望むこともあった。
もともとはホテルでのセックスが多かったが、パパから誘われて、自宅でセックスすることも増えてきた。セックス中毒に近い精神状態のユカちゃんは、それがホテル代を浮かせるため、ユカちゃんの住所を抑えて何かあった時に使うためといった発想には至らなかった。むしろ、それだけ濃厚で爛れた関係になりたいのだろう、それだけ自分を愛してくれているという、自分本位な妄想に駆られていた。
ユカちゃんの住んでいたマンションから「不特定多数の人を家にあげないように」と警告されたため、ユカちゃんは家にあげるのをやめた。しかし、こうした公序良俗に基づいた警告も、ユカちゃんにとっては"幻想の八虎との幸せな関係をさらに燃え上がらせるために用意された障害"としか認識できなくなかった。
小田原の一件よりも以前から、男性が好きという性癖は一貫している。そうした性癖を持ち、行為に及ぶための人気のないところ、いわゆるハッテン場を使うことに、特に抵抗はなかった。家でもホテルでも愛を確かめ合えないのであれば、外で行えばいいのである。
場所をわきまえないようになれば、必然的に行為の内容もエスカレートしていった。避妊具をつけない方が、より一層愛を感じられるという、危険な妄想にユカちゃんは飲まれていった。
このころになると、すでに援助しているパパたちも逸脱している人が多かった。不特定多数との性交渉においては、妊娠だけでなく感染症のリスク予防のためにコンドームの着用が推奨されることは当然常識ではあるが、そうした常識を意図して踏み倒すようなパパだけが今のユカちゃんを支えていた。いや、支えていたのではなく、使っていたといえるかもしれない。
ユカちゃん側も、もはやお金のためというより、心の隙間を埋めるためにパパ活している有様であった。心の隙間と言ったが、ユカちゃんの心には、幻想の八虎とのセックスでしか満たされない、ぽっかりとあいた大穴があった。激しいセックスをしている間以外は、何をしていても満たされることはなかった。常に寂しさと肉欲がユカちゃんを包んでいた。
パパのちょっとした思い付きで、夜の街をほとんど裸のような恰好で徘徊したり、街で見かけた男性をナンパしてセックスに誘ったりすることもあった。すでに金銭の援助という当初の目的を忘れ、パパに満足してもらうためならどんな命令にも従う、調教されてしまったDV被害者に似た思考となっていた。
パパに無茶な要求をされて放り出されることや、その要求に従って普通の娼婦ではやらないような変態じみた行為をすることでも、ユカちゃんは興奮するようになっていたのである。
道行く一般人から軽蔑されることや、無茶な要求にこたえられないことでパパから折檻されることも、ユカちゃんの倒錯した甘美な妄想を補強する要因であった。
時折、自分がもう後戻りのできないところまできているような感覚に襲われ、急激に不安感に駆られることもあったが、パパとの激しく逸脱したセックスを思い出すことで、そうした不安感すらも妄想と興奮の糧として発情してしまうのであった。
一度味わってしまった刺激は、今度は乗り越えるべき目標となってしまう。刺激を追い求めることは満たされることのない旅路である。さらなる激しい快感を追い求めた末に、現在ではSMを通り越した危険なプレイを行うに至っていた。
どんな痛みも苦しみも、所詮は小田原での入水を思い出すための疑似行為でしかないのである。死が目前に近づけば近づくほどその快楽は増し、その行為を共に乗り越えたことで、ユカちゃんの心は偽りの愛で満たされるのであった。
窒息という行為は危険な行為である。一歩間違えれば重大な後遺症を残すうえ、窒息で意識が飛ぶことが癖になってしまう人も多い。ユカちゃんはまさしくその"癖になってしまった"人であった。
最初は思い付きで行った首絞めセックスであった。しかし、加減を間違えて意識を失ったことで、小田原での思い出が引き起こされ、結びつき、ユカちゃんの心を燃やしてしまった。今では気を失うまでの首絞めは標準プレイのひとつとなってしまった。
ユカちゃんにとって、首を本気で締めてくれるパパは、そして意識を取り戻したときにそばにいてくれるパパは、危険な行為と快楽を共有したパートナーであり、自分に生きる実感を与えてくれる存在であった。
こうした行為に限界はなく、安定もない。
首絞めにはまり、意識を失う行為にもはまれば、さらにエスカレートしていくのは当然である。
今では両手を縛り、抵抗できない状態にして、顔を水に押しつけることが、ユカちゃんの心を満たし安心を与えてくれる"愛のある"プレイであった。
一度の行為で気を失うのではなく、水に顔を抑え込んでは、気を失う前に持ち上げられ、また息を止めて水に浸けられるという一連の流れを何度も繰り返す。傍から見ればスパイ映画の拷問や尋問にしか見えないが、これがユカちゃんにとっての愛なのである。
両手を後ろ手に縛られ、アナルを好き放題突き上げられながら、窒息寸前まで息を止めるのを繰り返す。気を失う瞬間のアナルの締まり具合と、暴れていた美少年が全身をこわばらせた後動かなくなるという様子が、現在のパパには好評であるようだ。
死を覚悟した脳は、子孫を残すためか、最後の希望をかけて射精の指示を出す。
だらしない顔のユカちゃんは、気を失っていながらも、勃起したちんちんから精液をびゅるびゅると吐き出すのである。
目が覚めたユカちゃんは、意識をはっきりと取り戻すまでのぼんやりした状態で、自らの精液と、アナルに注がれたパパの精液を感じて、愛を確かめる。
ユカちゃんはこれからも、ありもしないパパの愛を求めて、気を失うまで続く一連のプレイを繰り返すだろう。
パパとの行為が一線を越えるのが先か
はたまた真の友人である八虎が気付いて、また海に飛び込んでくれるのが先か
その答えはわからないまま、今日もユカちゃんは夜の街に繰り出すのであった。