フレネミーなクズ女に人生終了させられる話です
皆さんは、「突発性人格排泄症」という病気を聞いたことがあるでしょうか。
突然前触れもなく、おしりから人格ゼリーという、色のついた半透明なゼリーを排泄してしまうという、奇妙な病気です。
人格ゼリーは本人の人格そのものらしく、排泄した後は本人は全く意識がありません。
出したゼリーを口から飲ませてあげると意識を取り戻しますが、その間の記憶は一切残らない。
ものすごくまれな病気で、原因も不明で、治療法は今のところないんだそうです。
実は私の知り合いが、この病気なのです。
その子の名前は……一応身バレが怖いので、仮名としてウン子としておきます(笑)
ウン子は幼稚園のころからの幼馴染でした。家も近く、家族ぐるみの付き合いをしていました。
ウン子の家は、お父さんが海外出張で全然いないので、実質母子家庭の二人暮らしでしたが
ウン子のお母さんが資産運用をするなどして、裕福に暮らしていました。
ウン子はものすごく頭が良くて、幼稚園の頃から明らかに他の子と一線を画していました。
両親とも有名大学を出ていて、ものすごくハイスペックな人たちなのだと聞きました。
小学校受験をする予定でしたが、「親友の○○ちゃん(私のこと)と一緒に行きたい!」と駄々をこねて
一緒の公立小学校に通うことになりました。
はっきり言って、幼稚園の時点で、私はウン子のことが内心嫌いでした。
頭もよくて、足も速くて、おうちは大きいし何でも買ってもらえるし、顔もきれいでした。
明らかに、自分とは違う階級の人なんだと、本能で理解していました。
ウン子のそばにいれば美味しいお菓子が食べられるから、適当に相槌を打って友達のふりをしていました。
しかし、釣り合わない人のそばで親友面されるのもつらく、毎日毎日劣等感にさいなまれ、心の奥底で嫉妬の念が燃え上がっていきました。
小学校に上がってからもウン子はいつもクラスの中心で、何をやらせても完璧でした。
学芸会では主役のお姫様を、運動会ではリレーのアンカーを。
常に「主役はこの子、自分はおまけ」という雰囲気を感じていました。
しかし、忘れもしない、小学校4年生の時、ある日の授業中にその事件は起きました。
いつものようにすました顔をして授業を受けている真面目なウン子が、板書のために立ち上がった時
「あっ!!!」と、急に大きな声を上げたと思ったら
突然ブリュリュリュリュ!という脱糞音とともに、スカートからゼリーを垂れ流して、椅子に倒れこみました。
クラス内が騒然としたことを覚えています。
その時は、担任の先生もそんな病気のことは知らないので、アタフタしていました。
いくら呼び掛けても、目を開けたまま虚空を見つめて反応はないし、床はゼリーまみれだし、とにかく大惨事でした。
結局、保健室に連れて行くと、養護教諭が「突発性人格排泄症ではないか」とのことで、ゼリーをかき集めて病院へ連れていかれました。
その日の授業は終わりで、早退になったことが嬉しかったです。
後日、ウン子が復帰する前に、「突発性人格排泄症」の特別授業がありました。
・前触れなく、突然人格ゼリーを排泄してしまうこと
・人格ゼリーを口から飲ませてあげないと、意識が戻らないこと
・意識のない間のことは全く覚えてないこと
・子供のうちに発症して、何度か人格排泄をしてしまうが、大人になれば勝手に治ること
・人格排泄はストレスで生じやすくなる傾向があること
こうした話を受けて、みんなで温かくウン子の復帰を迎え入れようとのことでした。
私は、自分では完全に敵わないと思っていたウン子が、こんな無様で滑稽な病気にかかってしまったことを受けて
内心抱腹絶倒していました。これからの人生は、楽しいことがたくさん起こるような予感がしました。
私は、私にできる範囲でこの病気のことを調べ上げました。
ほどなくして、何事もなかったかのようにウン子は復帰しました。
クラスのみんなも最初は優しく迎え入れました。
私は、ウン子の親友として、くさい青春劇みたいなやり取りを交わして、親友ごっこを続けていました。
「これからも、何があってもずっと一緒だよ!」
言ってて、笑いをこらえるのが大変でした。
これからは、私が感じてきた劣等感を何倍にも膨らませて味合わせてあげるんだから。
その後も何度か、といっても月に1回程度の頻度で人格排泄をしていました。
そのたびに私が人格ゼリーを回収して、飲ませてあげていました。
クラス内で、私が"ウン子の優しい親友"、”ウン子の人格ゼリー回収係”として扱われるのはすぐのことでした。
ウン子の親や病院からも感謝され、信用を勝ち取りました。
そして……私は計画を実行に移しました。
調べたところによると、理屈は不明なものの、特定の下剤を飲ませると人格排泄しやすくなるとのことでした。
特定の下剤の中で市販されているものを買い、一番味も薄くてバレにくいものを、ウン子の水筒に混ぜるようにしてみました。
効果はてきめんでした。
ウン子は毎週のように人格排泄をするようになり、そのたびに私がやさしくゼリー回収をしていました。
まさか小学生の親友が、そんな手の込んだいじめを行うとは考えないでしょう。
人格排泄の頻度は個人差ということで認識されていきました。
小学生は残酷なものです。美少女のクラスメートが毎週、所かまわずおしりからゼリーをまき散らせばどうなるか。
案の定、クラス内でウン子は孤立していきました。
私が陰で、ウン子というあだ名を浸透させたことも大きな理由の一つかもしれません。
ウン子というあだ名はすぐに浸透し、徐々に陰口としてたたかれ、そして段々と本人の耳に入るようになっていきました。
ウン子は性格もよく、気丈な子だったので、いじめに負けずに登校し続けました。
見かねた母親が転校するように提案しましたが
「私は大丈夫!こんないじめ、へっちゃらよ。この病気も、大人になれば治るんでしょう?
そんなことより、私は○○ちゃんと一緒の学校に行きたいな……○○ちゃんさえ、よければだけど」
と、今の学校に居続けたいという意思を示しました。
私は、うれし涙を流して「一緒の学校に行こうね!」なんてくっさい台詞を吐きながら
内心(一生惨めな思いをさせてあげるからね♪)と考えていました。
学年も上がり、私を除くクラスの全員から、大なり小なり嫌われていじめられるようになったころ、修学旅行がありました。
もちろん私はウン子と相部屋でした。
消灯前の自由時間になり、クラスのみんなが友達の部屋に遊びに行っている間に、計画していた通りウン子は人格排泄しました。
私は男子の大部屋にクラスのみんなを呼んで、本当の想いを伝えました。
「はっきり言って、私はウン子が大っ嫌いなの。
親ガチャ成功したからって、いつもすました顔で偉そうにしてて、ずっと前から気に食わなかった。
だから、人格排泄するようになって、ウン子呼ばわりされて、本当に胸がスーッとする。
これからもウン子をずっといじめるつもりだから、みんなも協力してほしい。」
事前に「ウン子がいじめを受けて、クラスのみんなを見下しているらしい」という根も葉もないうわさを流しておいたこともあってか
みんな喜んで協力してくれるようになりました。
お礼にウン子を全裸に剥いて、あられもない姿を全部写真や動画に収めて、クラスの全員で共有しました。
意識のないウン子のマンコを広げたり、生えたてのマン毛の数を数えたり、穴という穴にお菓子を入れて遊んだりしました。
修学旅行の時は、すでに一部の子たちは第二次性徴が始まっていました。
だから嫌われものであっても、ウン子の体には興味津々。
何をしても絶対に起きないのをいいことに、おっぱいをもんで、マンコをなめての大盛り上がり。
その後、私が主導で、ウン子の体を使った保健体育の授業(笑)をしてあげました。
だんだんエスカレートして、最終的にはクラスの男子全員が、ウン子で童貞卒業することになりました(笑)
中には精通していない子もいれば、オナニーしたことのない子もいたようです。
クラスの男子全員の童貞を奪うオナペットのウン子ちゃんは、罪深いヤリマンだなぁと思いました(笑)
その後男子の部屋に放置して私は自室で寝た後、早起きして、男子部屋からウン子の体を回収し
風呂場で冷水シャワーで無理やり体を洗って、服を着せてから人格ゼリーを飲ませてあげました。
案の定、処女喪失してることも、すでにクラスの男子全員から挿入されたことも、一糸まとわぬ裸体を余すところなく撮影された上にクラスの全員がそれを持っていることも、全く知らない様子でした。
修学旅行は毎晩そうして、人格排泄させたウン子の身体で遊びまくりました。
男子は相変わらずで、とにかく覚えたてのセックスをしまくっていました。
女子は陰湿で、体に落書きしたり、全裸土下座などの無様なポーズをとらせて撮影会したり、乳首やクリトリスに洗濯バサミをつけたりと、とにかく尊厳を踏みにじるようないじめをしていました。
ウン子はそんなことは露知らず、日中は親友の私と普通に修学旅行を楽しんでいました。
神社仏閣の知識を偉そうにひけらかすウン子に適当に相槌を打ちながら、昨晩の無様なウン子の記録を見るのは最高に楽しかったです。
修学旅行後、相変わらずいじめは続いていました。
ウン子は「きっとみんな、そのうちわかってくれるよ。」と前向きでしたが、実際にわかっていたのはウン子のマンコやおっぱいの発育度合や、マン毛の生え方、そして処女膜の様子と、その壮絶な初体験といったところでしょうか(笑)
そのころから、私は新しい計画を練っていました。
人格ゼリーは人格そのものなのだから、部位ごとに「ここは知識」「ここは記憶」と決まっているのではないかと考えたのです。
冬休み、お泊り会と称して私の部屋に呼び、大量の下剤を使って人格ゼリーの実験を行いました。
人格ゼリーを細切れにして、少しずつ飲ませることで、どの部分でどんな効果があるのか調べたのです。
そして、試行錯誤の末、ゼリーの一部に知性や、運動センスなどを司る部分があることがわかりました。
そこからは、それまで以上に楽しい日々でした。
いつも通り下剤で人格排泄させてからゼリーを回収させた後、ほんの少しずつ、才能の部分を削ってから飲ませるようにしていきました。
効果は徐々に現れました。適当に削っていっているので、具体的にどの才能がなくなっていっているのかはわかりませんでしたが、1年かけてどんどんダメな子になっていきました。
勉強は徐々にできなくなりました。集中できずにすぐ居眠りをして、何回言われても覚えられず、覚えたこともすぐに忘れるようになっていきました。
勉強以外もからきしダメになっていきました。体育の時間ではどんどん足が遅くなり、球技ではミスを連発するようになりました。
歌もリコーダーも音痴で、絵をかかせてもきれいな線が引けず、何をやらせてもダメな子になりました。
勉強や運動ができなくなり、もともと考えていた志望校への受験は雲行きが怪しくなっていきました。
もちろん、幼馴染でいつも一緒の親友が、裏では人格ゼリーの一部をトイレに流して捨てているなんて発想をする大人は、誰もいません(笑)
根が真面目なウン子は毎日勉強に時間を割くようになりましたが、いくら時間をかけてもクラスの平均点が関の山でした。
結局、「きっと突発性人格排泄症のせいだ」ということで、無理な受験はせず、リハビリも兼ねて普通の公立中学校に進学することになりました。
中学校に上がってからも、毎週のように人格排泄をしていました。
小学校から上がってきたクラスメートもいたので、すぐに学校内でのカーストは決まりました。
相変わらずウン子呼ばわりでいじめられつつも、本当はフレネミーである私を親友と信じて、学校生活を送っていました。
毎年の修学旅行では、さらにエスカレートしたいじめを行われ、大人の女性の身体になっていく様を記録され続けました。
人格排泄中の身体を使った輪姦パーティはクラスの男子全体の間で大ブームとなり、毎週決まった曜日の放課後に開催されるようになりました。
ウン子は「私のように体の弱い子の助けになりたい」という理由で、私は「輪姦パーティの場所に使いやすそう」という理由で、一緒に保健委員になりました。
男子から参加費を徴収するだけで、とんでもないお小遣いになりました。
そのころから、肉便器になって中出しされまくってるウン子を使った小遣い稼ぎを考えるようになりました。
小学校の修学旅行での赤裸々な写真・動画、そして保健室で開かれる輪姦パーティのハメ撮り。それらすべてが、飛ぶように売れました。
仕入れたお小遣いで自分の遊びに使うこともままありましたが、本命はウン子の人生を徹底的に終了させることに注いでいます。
海外から媚薬を購入して、ウン子の身体を淫乱なメス豚ボディに改造することにお小遣いを費やしました。
身体に塗りたくる媚薬や、体内に注入する媚薬もありましたが、結局一番いいのは人格ゼリーに混ぜて飲ませることでした。
人格そのものに影響して、性欲を高めたようでした。
明るく前向きで清純であったウン子が、性的欲求を抱えた淫乱メス豚マンコになっていくのを見るのは痛快でした。
意識のないウン子の性感帯開発を私が行う必要はありません。
なぜなら、性欲にかまけて家ではオナニーしまくるようになったウン子が、自ら勝手に開発してくれるためです(笑)
いじめのテイで鞄にハードなエロ小説・AVを入れておくと、ウン子は勝手に学習していきます。
ウン子に残された知性のかけらは、”如何に激しいオナニーをして快感を貪るか”しか考えられなくなっていきました(笑)
一度、鞄に入れた全裸露出モノAVをわざと指摘したときのことは、今でも覚えています。
「それ……また誰かに入れられたの?(本当は私が入れたんだけどw)」
「え?あぁ、うん、そう、そうなの。これは、私、責任をもって処分しておくわ、大丈夫、気にしないで。」
どう見ても、新しいオカズを前に発情したメス豚マンコでした(笑)
おそらくその日は全裸徘徊オナニーをしまくったことでしょう。
高校に上がったところで、SNSで輪姦パーティの募集をかけるようになりました。
もうこの頃には、媚薬が浸透しきっていたのか、意識がないはずの人格排泄中にも体の反応がみられるようになっていました。
愛液を垂れ流し、マンコは痙攣し、クリトリスをはち切れんばかりに勃起させて、潮を吹き散らかす、完全な肉オナホと化していました(笑)
公衆便所に一晩おいておくだけで、莫大な稼ぎを得ることができていました。
ついでに、この頃に知った「突発性人格排泄症は遺伝の影響もある可能性がある」という説に基づいて、ウン子のお母さんにも下剤を飲ませるようにしていました。
ウン子と勉強会をするという名目で、家にはほとんど毎日のように出入りしており、家具や物の配置も全部把握していました。
結果は大成功、ウン子ママも突発性人格排泄症の素質を持っていたのです。
早速全裸の写真を隅々まで撮影し、家中に監視カメラを仕掛けてから、媚薬入り人格ゼリーを飲ませてあげました。
ウン子ママは20台と言っても信じるほどの美貌の持ち主ですが、その裸体もほとんど手付かずなことが伺えるほどきれいな身体で、高く売れることが明らかでした(笑)
それ以降、私の日々の楽しみに、ウン子ママの人格媚薬開発と、ウン子ハウスの痴態を監視することが追加されました。
ウン子ママに人格排泄させて媚薬を盛るためには、怪しまれないように下剤を投与しなくてはなりませんでした。
私が勉強会で家にいる間だけ排泄するのでは怪しまれると考え、家の飲み物に混ぜておくことにしました。
家を常に監視し、ウン子ママが人格排泄したのを確認したら、合鍵を使って侵入し、ゼリーに媚薬を混ぜて、いなくなります。
あとは、帰宅したウン子が何も知らずに媚薬入りゼリーを飲ませます。
これならば、頻度もまばらで、私のいないところで人格排泄・媚薬投与も行われ、怪しまれることなく身体を開発されます。
媚薬が浸透してくると、ウン子もウン子ママも、お互いにバレないように毎日ハードなオナニーをしていました。
勉強会として私が家にいる間以外は、ほとんどケダモノといった有様でした。
ちょっと人格ゼリーに媚薬を混ぜただけなのに……やはりウン子とウン子ママは、もともと淫乱であり、メス豚として肉欲に溺れる運命だったのかもしれません(笑)
トイレや風呂場や、深夜のリビングやベランダで、潮を吹くまでオナニーする浅ましいメス豚2匹の姿は、無修正で高く売れました。
数か月が経過し、ウン子ママも立派な媚薬漬けマンコになり、人格排泄中に体が反応するようになりました。
意識もないのに感じちゃう淫乱メス豚マンコであるウン子ママにも、ウン子と同様に人格排泄中は肉便器オナホとして、私の小遣い稼ぎをしてもらうことにしました。
勉強会として家に行き、下剤を混ぜて人格排泄させ、そしてSNSで募集した男たちに肉便器として使ってもらうのが、毎週お決まりの流れとなりました。おかげさまで、莫大なお小遣いが稼げました(笑)
美少女JKと美人妻の母娘丼はとても人気がありましたし、何より広い家を自由に使えるところが売りでした。
夫婦の寝室で犯しても、現役JKの部屋で犯しても、リビングや庭で犯してもいいわけですから、男性にとっては夢のような体験でしょう。
才能をトイレに捨てられたために頭が悪く、いくら勉強しても赤点すれすれだったウン子は、毎日の媚薬発情オナニーに、勉強会と称して肉便器させられることで身体も火照りまくりでした。
必然的に成績はさらに下がり、ついには赤点を取り続けて留年が確定しました。
ウン子ママとの相談の結果、突発性人格排泄症が落ち着くまでは、受験や学校生活などをせずに家で安静にして、人格排泄のリスクとなるストレスを避けて生活しましょうという方針となり、高校を中退しました。
早い話が、淫乱馬鹿マンコがオナニーのし過ぎで高校中退の中卒ニート肉便器になったということです(笑)
私は親友として、勉強抜きでたびたび遊びに来てほしいと言われました。笑いを必死でこらえながら、快諾しました。
中卒ニート肉便器になったウン子は、勉強もせずに家でずっとオナニーしていました。
ウン子ママも、家事をするとき以外はオナニーばかり、むしろ家事よりもオナニーを優先する日もあるほどのド淫乱マンコでした。
発情しっぱなしで、放っておいても自らの性感帯を毎日毎日弄り続け、その身体は性欲100%のドスケベ変態メス豚ボディとして洗練されていきました(笑)
母娘そろって性欲に支配されていて、浅ましくて惨めで無様で、人として終わってる女、文字通り"マンコしか価値のないオナホ女"となり果てました。
かくして、私の悲願は達成されたのです。
ですが、私の野望はまだまだ終わりません。ウン子母娘には、女として生まれたことを後悔させて、エリートぶっていたツケを払わせなくてはなりません。
親ガチャあたりどころか、ハズレ中のハズレ、リセマラ確定の人権なしになってもらわなくては。
ということで、これからもウン子母娘の無様な負け犬人生を堪能し、さらに底辺に向けて堕ちてもらいます。
楽しみですね(笑)
追記:
つい最近、事件が起こったので追加で報告します。
ウン子とは異なり、ウン子ママの才能には手を付けていなかったのですが、ウン子ママも賢いエリート女だったのを忘れていました。
ウン子ママのやつ、暇さえあればオナニーばかりの淫乱馬鹿マンコのくせに
自分が人格排泄されている間に何が起きているのかを、スマホで録音して確認していたのでした。
いつもの母娘売春のあと、人格ゼリーを戻してあげて、"ウン子母娘のよき理解者"ぶっていたところで、その録音音声を突き付けられて、問い詰められました。
仕方がないので、プランBに変更です。
隙をついて、持っていたスタンガンで気絶させて、倒れかけているところに口から無理やり強力な下剤を飲ませました。
いつか、どうしてもこの場で人格排泄させなきゃいけない、という時が来ると思ってたんですよね。
ウン子ママのあとは、ウン子にも同様に飲ませて、また二匹の人格なし肉オナホになってもらいました。
次に意識を取り戻させたのは、数日後のことでした。
全裸でガチガチに拘束されて、指一本動かせない状態にしました。
今まで私がしてきた全ての計画をお話しすると、二人とも顔を真っ赤にして激怒していました。
全裸でマンコ丸出しで激怒しているのは、見ていて滑稽でしたね(笑)
負け犬の遠吠えをしっとりと楽しんだ後は、私がお話しする番です。
・これからは、強力な下剤を使えばいつでも人格排泄させることもできる
・それだけではなく、これからは人格ゼリーを戻すときに、媚薬だけでなく下剤も一緒に入れる
・そのため、ウン子母娘が意識を取り戻してから、数時間すると人格排泄するようになる
・つまり、これからは私の許可なしには数時間しか意識が持たない
・意識のある間は命令に従わないと、自分もしくはもう片方にお仕置きをする
・私が飽きたら、あなた達の人格ゼリーをトイレに流す、もう二度と身体には戻れない
どんどん絶望的な表情になっていくのが見ていて笑えました。スカッとしました(笑)
ここまでお話しても、気丈な性格は母娘ともどものようで、生意気な態度を見せてきました。
マンコ丸出しのオナニー大好き淫乱メス豚母娘のくせに(笑)
なので二人とも、もう一度無理やり人格排泄させた後、準備していた自作の性拷問マシンを取り付けてから、意識を取り戻させてあげました。
今回の調合だと、12時間くらいで人格排泄するかな?と伝えてから、性拷問マシンを起動しました。
いやはや、すごかったですね。マシンは電源が入っている限り休みなく攻めあげますから。
泣いても笑っても懇願しても、永遠に休まることはありません。
マンコとアナルは奥の奥まで休みなしに極太ディルドバイブで鬼ピストン。
クリと乳首は両脇から協力バイブローター、正面からはローションブラシで苛めます。
腰を引こうにも、鉄管拘束されて1ミリも逃げられません。
ディルドとブラシは、媚薬噴射機能もついてる優れものです。メス豚母娘の身体を売って稼いだお金で買いました(笑)
媚薬漬けの敏感淫乱マンコには刺激が強すぎて、数分で潮吹き絶頂していましたが……あと12時間、持つんでしょうかね?
ご愁傷様(笑)
最後には、アナルを責め立てる極太バイブディルドを押しのけて、きったない人格ゼリーを排泄して、事切れてました。
意識を取り戻させて、「私に逆らったら今のを24時間コースで味わわせてあげます。ウン子にするかウン子ママにするかは、その日の気分ですかね(笑)」と脅したら、泣きながら屈服してくれました。
今ではウン子ハウスは、無様なメス豚二匹を楽しめる娼館、私はそのオーナーです。
マンコしか価値のない淫乱無様メス豚であるウン子ママの財産は全部没収、人間である私が使ってあげた方がいいというものです(笑)
今日も母娘で、互いをかばいあいながら、そのエリート変態ボディで肉便器やってます。
浅ましくて、惨めで、無様で、滑稽で、人として終わってる、人権なしの最底辺風俗嬢です。
人格排泄しちゃう病気、大変ですね(笑)