俺はユナに呼ばれて、あいつが経営してるという病院へと向かった。
そういえばユナ、色んなところを立ち直らせるために経営してるのは知ってたが、まさか病院までやってるとはな。
それで、あいつが会わせたい人がいるとかいう、集中治療室へと向かう。
「ユナ」
「あ、レイズ…」
そいつがいるであろう部屋の窓から見るユナと合流したが、いつになく怒ってるようにも思えた。
俺に対してではなく、別の何かに。
それでも、ユナが見ていた先のやつを見る。
集中治療室で色んな機材をつけられ、眠らされてる少女だ。
だが、ある一点の異常が見られた。
腹だ、腹が異常に凹んでいるのだ。
恐らく、車に轢かれるか何かで、内臓が失われているようにも見えた。
しかも顔の右半分を包帯が巻かれており、察するに右目も使い物にならないと見える。
「おいおい、こりゃまた派手にやられてるな。
あいつがお前が言ってた、会わせたいやつか?」
「…うん、そうだよ。
…さっきさ、この子の親と、話をしてたんだよね」
「ふぅん、あのざまだと、内臓提供とかでもねぇと助からねぇが、身内だと血が近い分適合する率が高いんだろうが、受け入れたのか?」
「それが、さ。
その親が、提供を、拒否したんだよっ」
「は?」
ついさっきのことを思い出したのか、ユナは怒りで唇を震わせながら話を続けた。
まず、この眠ってる少女の名は凪というらしい。
それなりに有名な女優の実の母に、そしてビジネスマンを義父に持ってるそうだ。
だが、ユナの話を聞いた限りじゃ、その凪の親がどうしようもなく糞だったらしい。
てめぇの娘がこんなんなってるのに、仕事を優先して大分遅れてから来たが、あくまで体裁的な理由で仕方なく来たって感じだったらしく、一番血が近い母親が臓器提供すれば治ると聞いたらすかさず娘のために体にメスを入れないといけないのかと、即答で拒否し、義父もこの後大事な取引があるからと、すぐにここを立ち去ったらしい。
ユナはその現場を盗み聞きしていたそうだ。
…ひでぇ親だなおい。
いや、ミィの家族も胸糞悪い感じだったが、それでもこの凪ってやつの親はひでぇな。
仕事優先で、子供が死んでも別に良いってか?
まぁ、ここまで言ってるんだから、ユナが俺をここに連れてきた理由も何となくわかる。
「…お前、まさかとは思うが。
あいつを死なせたくねぇから、眷属にするか、フェニックスの涙で治してくれって、言いてぇのか?」
「うん、だって、こんなのあんまりだよっ。
いくら愛情がないからって、何もしないで帰っていくなんて」
「……まぁ、確かにな」
ユナは親が糞すぎたが故に愛情のない環境で育ってきたし、親が糞すぎたが故に身内から命を狙われたことがあったからな。
親から見捨てられた凪に対して、何か思うところがあるのかもしれねぇな。
「だが、あいつがそれで生きたいと願うかは聞いてみねぇとわからねぇ。
俺だって、生きたくねぇと思ってるやつを無理矢理治すのは反対だしな」
「そう、だね。
……ねぇ、レイズはさ」
「あん?」
「……っ、ううん。何でもない。
防菌服貸してあげるから、あの子に意識があったら、話し掛けてくれる?」
「はっ、言われなくてもそのつもりだ」
俺は防菌服を借りると、ユナはその場から離れようとする。
「てめぇは来ねぇのか?」
「…ごめん、私には今、やらなきゃいけないことがあるから」
「ふっ、そうかよ」
ユナの言うやらなきゃいけないことってのは何となく察するが、今は凪を優先するか。
中に入るとそこには、集中治療室の患者のデータが表示されており、凪の名前と今の状態が記されていた。
今は他の患者の様子を見に行ってるのか、交代するまでの時間だからか、医者は一人もいない。
それを見る限りじゃ、割とまじで臓器提供でもしねぇと、こいつは死んじまうな。
「はぁ……はぁ……」
横たわってる凪は、僅かな呼吸を繰り返す。
残ってる左目で俺を見ている。
意識は微かにあるだろうが、こいつのこの目、完全に諦めきった顔をしてるな。
「…お前、まさかと思うが外の音が聞こえてたんだろ?」
「……」
「まぁ、良いさ。
その様子だと、てめぇの人生は糞で、むしろ死ねるとほっとしてるんだろ?」
「……」
「そこで、だ。
てめぇの糞みてぇな人生、俺が買ってやろうかって考えてんだ」
「…?」
「てめぇの親は、てめぇのこと心底どうでもいい様子でお前を一目見てからここを出て行ったが、少なくともてめぇのために怒ってくれるやつはいるんだぜ?」
「……」
「俺か?
俺はレイズ、レイズ・ハルファス。
この街を統べる悪魔だ。
てめぇの親が見捨てたその命、俺が買ってやる。
その代わり、俺の眷属になれ。
少なくともてめぇが生きる理由も使命もくれてやるよ」
「……」
凪は何も言わないが、コクリと、わずかにだが確かに頷いた。
「じゃあ、これを受け取れ」
俺は悪魔の駒を取り出した。
兵士の駒だ。
それを凪の体に埋め込んだ。
すると轢かれたことで内臓を失い、凹んだ腹は徐々に元に戻り、失った右目も再生を始めた。
「……あ、れ? 私は……あっ」
凪は体の変化に驚きつつも、俺に今何が起きたのかを問おうとしたが、自分の姿を見て察したようだ。
「てめぇの傷はもう治ってるはずだぜ?」
俺はそう言ってやると、凪は自分の体を見た。
「治っ、てる…。
どこも、痛くない…」
「はっ、そいつは何よりだ。
だが、お前のこれからの人生は俺が買ったんだ。
てめぇには、俺の眷属として動いてもらう。
だから、お前は俺やお前のために怒ってくれるあいつのために生きろ。
自分のやりたいこと、できることはその時に考えりゃいいさ」
「…はい」
こうして凪は、俺の眷属となった。
それからすぐにユナが戻ってきた。
何事もない様子で振る舞っていたが、後日ニュースである会社が取引を破綻されたことで多額の損害を負い、その責任を責任者である会社員に負わせた上で借金を負わせて解雇したらしい。
しかも、その会社員は驚いたことに、凪の義父だった。
さらにニュースは続き、今度はある女優が娘に対してネグレクトをしていたことと、事故で瀕死になった娘に対して臓器提供しないことの音声を流されたことでスキャンダルになったらしい。
しかもその女優は、凪の母親だった。
それに、凪は表向きはどこか別の病院で治療して、別の人から臓器提供してもらったことで一命を取り留めたとなっている。
その際、凪は親子の縁を切って他の里親の所で暮らしてる、という風になった。
まぁ真実はというと、まず義父については取引しようとしてた会社は実はユナが経営してた会社で、元々交流もそれなりにあって関係も良かったものの、凪のことで頭に来たユナが、経営してる会社に重要な取引を一方的に突っぱねるように連絡したことで向こうが多額の損害を負うことになり、結果的にその義父が多額の借金を背負った上でクビになるように仕向けた。
次に母親だが、現場に居合わせたユナがその時の会話の音声を録音して、それをマスコミにリークしたことで事態が急展開し、スキャンダルとして炎上した。
おかげで世間からバッシングを受けて、そいつが出演してた番組もドラマも全て中止となり、完全に干されて芸能界から追放された。
更に、住所を特定されて嫌がらせが来るようになったとかで社会的な抹殺を受けた二人はそのまま蒸発した。
まぁ、それでもあんなクズみたいなやつらだ。
俺からあいつらに向けて言えるのはただ一つ。
The自業自得だぜ、ってな。
それで、凪はというと、表向きは里親の所で暮らしてるとなっているが、実際は俺の屋敷に住まわせている。
凪と話してわかったが、あんな奴らの所で育ったからか、暗いというか幸薄そうな性格をしていた。
でも、必要としてくれる人にはとことん尽くすって感じで、家事も積極的にやってくれるし、眷属になったからなのか、俺に対しての忠誠心がかなり高い。
それに、転生悪魔となったことで力も覚醒し、藍色の特殊な炎を使うことができるようになった。
火力に関しては貧弱だが、その炎は幻覚を使うことに特化してる。
実際に足場は特に変わっていないのに、その幻覚に掛かった奴はまるで突然床が抜けて地獄の底に落ちる感覚を覚えたり、どこからともなく鋭い針が飛んできて刺さったような痛みに襲われたりと。
さらに実体のある幻覚を作り出すことで一時的にその幻覚を物体として作ることもできるし、人物や動物もまるでその場に召喚したかのようにすることができる。
これらを組み合わせることで相手を混乱に陥らせることができるため、サポート役や不意打ち要因としては最適な人材だ。
火力が貧弱と言っても馬鹿にはできない。
そして今、俺は凪と一緒にかつての凪の家に来ていた。
そう、凪を見捨てたクソ親どもの家でもあった家だ。
「…」
「…」
実際来てみれば、ひどい有様だった。
窓ガラスは割れ、壁も落書きで汚され、庭は荒れ果てて、玄関にはゴミが散乱していた。
「あいつらの自業自得とはいえ、こりゃあひでぇな」
「…」
まぁ、世間からすれば自分の娘よりも仕事を優先して、瀕死の娘を見捨てたクソ親だからな。
ネットとか見てもその話で持ちきりだ。
クソ親どものことをひたすらディスり倒す一方で、凪は被害者ってことだから精一杯生きて幸せになって欲しいとか慰められていた。
「…」
凪は黙ったまま、家に入り込むので、俺も中に入る。
中には誰もいねぇ。
まぁそれもそうだよな。
中ではいかにも高そうな家具とか食器の類などが壊れて散乱してやがる。
それに俺ら以外にも土足で踏み入ったのか、無数の足跡があった。
「…」
凪はその光景を、ただ黙って見ている。
一体、何を思って、ここに来たんだろうな。
「凪、お前は何でここに来たいと思ったんだ?
あのクソ親どもと過ごしたこの家に未練でもあったのか?」
「…いえ、少しこの家が気になっただけ、です。
それに、二人とはあまり会話らしい会話も、してません。
だから、特にここに思い入れはない、です」
「そうかよ」
まぁ、仕事優先で娘のことを放ったらかしにするような、愛情のない家庭環境だったからな。
それもそうか。
「それなら凪、お前はこの家を、どうしたい?」
「どう、ですか?」
「このまま残してやるのも別に構わねぇが、あいつらは蒸発しちまったから、もう戻ってくることもねぇ。
何ならホームレスどもの溜まり場になってる可能性だってある。
お前は、どうしたい?」
「……私は、ここにはもう何も思うことはありません。
今はただ、レイズ様のお役に立ちたいですから。
でも、この家をどうしたらいいのか。
やっぱり業者の人を頼んで解体してもらうか…、でもそんなことしたらあの人たちが来てしまうかもしれないですし」
「…そうか。
なら、もうここを出ようぜ」
「あっ…」
俺は凪の手を引いて外に出る。
そして、ある程度離れたところで、俺は蒼炎で凪の家を焼き払う。
「あ…」
ガラッ ガシャンッ
屋根の一部が焼け落ち、続けざまに壁や内部が焼け落ちていく様を、凪は見つめる。
嫌だった記憶が消えていくような、それでいてぽっかりと自分の中で穴が空いたような、そんな寂しさが凪の顔に表れる。
「レイズ様、これでは他の人たちに見つかってしまいますよ。
…優しい方なんですね、レイズ様は」
「俺はゴミを燃やしただけだ」
俺はそう言うと、凪は俺の腕に静かに抱きついた。
その間にも、凪の家は蒼炎に包まれ、燃えていく。
瓦礫となって、灰や塵となって風に舞って全てが消え去るまで、俺たちはその光景を黙って見ていた。