日付:六月五日月曜日 時刻:〇二時〇四分 場所:某山-某川付近(魅御守村近く)
山林の中を疾走する影が三つ。
月は雲に隠れ、真っ暗闇だというのに、その影達は木々の間を縫うように駆け抜ける。
時刻は深夜二時。丑三つ眠る時。魔の時間。真夜中。
「ぎゃっ」
影は縦に三つ並んで走り抜けていたが、最後尾から断末魔が上がった。
断末魔に混じり聞こえたのは、肉を切り裂く刃の風切り音。
影の一つは舌打ちする。同時に後ろから迫ってくる追跡者の存在を間近に感じる。
(もうすぐ川だ)
(あそこから二手に分かれるんだな)
微かに聞こえる水音。短いアイコンタクト。暗闇だというのに二つの影は互いの目が視えているらい。
事前に話し合っていた逃亡ルート通りの動きを進める影二つは林を抜ける。
川がすぐ見えてくる。
川幅は四メートルほど。先日は雨のため、川の水が増水している。
二つの影の狙いは、追跡者から振り切るために、川の地形を活かすこと。
増水していなければ、水深を気にせず、やや深くはあるが、川の底を蹴って走れる。
しかし、増水した川であれば、走り抜けるには厳しい。一度は足を止めるだろう。
だが、影達は知っている。増水した川でも安定している大岩と、不安定な川岩があることを。
岩を足場に安定している進路は二つ。
影はそれぞれの進路を行き、そのまま反対側の林に紛れ、左右に逃げ――――。
「「?!」」
影は足を止める。川の途中にある大きな石。その上に留まる二つ。その岩の下では泥水が勢いよく流れている。
やがて雲に隠れていた月が現れる。月に晒される身体。
二体の異形。
身長は120から130cm前後といった所で、体躯の色は全身赤と緑色で、頭部はつるりとしており、毛根はなく、代わりに角が生えている。
体の筋肉はよく見るとアスリートに迫るほど筋肉隆々である。衣類のようなものは無く、腰に巻いた茶色い腰蓑のみである。
彼らは夜目がきき、少量の光でもあれば暗闇の中を昼間のように見通し、真の暗闇であってもある程度は見通すことのできる目を持つ
それらは日本の昔話や絵巻にでも出そうな者――妖怪の小鬼に酷似していた。
異形――小鬼のいる岩を挟むように、川の対岸にはそれぞれに人影が。
一方は待ち伏せしていて、仁王立ちし、もう一人は林の中を疾走していた追跡者――その人であった。
両者ともに巫女装束に身を包んでいた。
追跡者は凛とした印象を与える美女。
歳は十代後半から二十代前半に見える。長い黒髪をポニーテールにしている。鋭い切れ目。シャープな顔立ちで寄らば切るという雰囲気を身に纏っている。
身長は160後半から170といった所か。腰には日本刀を佩いている。
足首近くまで足を隠す朱袴に白衣というスタンダードな巫女衣装。
小鬼の進むべき方向には美女に似た相貌を持つ美少女。
歳は十代半ばというところ。長い黒髪をサイドテールにしており、瞳はやや垂れ目。
身長は150後半から160前半といった所か。
こちらは白衣をノースリーブに改造しており、朱袴ではなく赤いプリーツスカートを穿いている。なんちゃって巫女装束感があり、コスプレ感が強い。
露わになっている太ももには小さなホルダーが巻かれており、開かれたデッキケースの中には白い御札が何枚も見える。
両者共に共通しているのは、肢体はすばらしく、白衣を押し上げる爆乳。それに整った相貌。くびれた腰付き。
平時であれば、いかに美女と美少女の素晴らしい女体を楽しもうかと考える小鬼であったが、今は命の奪い合いの時間。
一緒に逃げてきていた仲間の一人は既に斬られている。いつ、あの世に送られるか。
小鬼は冷静であった。
惨殺されるか、逃げるかの二択。
しかし、川の対岸に回り込まれていたということに絶望し、「足を止めた数瞬の時間」が命取りであった。止まったのは緑の小鬼。
止まっていた足を動かし、次の瞬間には緑の小鬼は美少女のいる対岸に向けて跳ぶが、美女には小鬼達の進んでいた川上の岩の進路が遠くから見えていた。
それらをなぞり、岩の間を跳ぶ。
数瞬あれば美女には充分であった。
石から先に飛び上がる赤い小鬼。
次の内に緑の小鬼は一閃されていたのを何となく感じ取る。
「ぎぇ」
あっけない最後。緑の小鬼の短い悲鳴。的確に喉笛が切り裂かれ、其れ以上の声は続かない。
――ざぶん
死体が濁流に呑まれる。先程まで立っていた岩の上に美女が立っている。
赤い小鬼は連想する。仲間の思い出が湧き上がる。
一緒に女を嬲ったり、命乞いする恋人一組を互いに殺し合わせたり、肝試しに来た奴らを攫って一人だけ帰させたり。
赤い小鬼は岩を段々に飛び終える。川岸へ到着。
到着した赤い小鬼を狙いすましたように、美少女が近づいてくる。追跡者の美女程の速度は無いが、常人よりはそこそこ速い。
続けて、美少女の手から投擲される紙。
否――巫女が使うのは霊符。霊能の力に指向性を与え、攻撃に高めた退魔。
現れるのは――火。
猛火が舐めるように食いかかるが、赤い小鬼は現れた火に対し、左腕を犠牲にする形で前に差し出し、身体への被害を防ぐ。
そのまま走る。火をやり過ごすと、低身長を活かして、右腕を鞭のようにしならせ、地面を一アクションで打ち払う。
地面には流水によって流れてきた無数の小石達。
筋力に物を言わせた即席の石礫の散弾。
常人がまともに浴びていれば必殺。
しかし、美少女は投擲した方とは違う、反対の手に持つもう一枚の符を自分の前に「浮遊させる」。
今度は霊能の力を防御に高めた防魔。
現れるのは――不可視の壁。
美少女は石の散弾をやり過ごすのだが、その様子を脇目もせずに林に向けて走る赤い小鬼。
それは誤手だった
一手見誤る。散弾などせずに逃げれば良かったのだ。
林にへと辿り着く背中に横一閃が飛来する。
そこで赤い小鬼の意識は永遠に閉じる。
* * *
日付:六月五日(月曜日) 時刻:〇五時〇四分 場所:某山付近-車道 魅御守村付近
『お疲れ様です。
朝方近くの車両内。普通の四輪乗用車。
後部座席に座る美女――夕緋は携帯電話を持ち、部下である黒岩からの連絡を受けていた。
美少女――茜は隣の席でうとうとしており、眠気と格闘していた。
掃討合同任務。山中を縄張りとしていた人さらいの鬼の一派の撃滅が目的。
大鬼三匹、小鬼は十二匹の死亡を確認したが、夕緋は後味の悪さを感じていた。
(大鬼を一匹逃した……)
戦闘が始まる前の偵察によると大鬼は四匹いた。小鬼は全て掃討したが、大鬼の死体がどこにも無い。
退魔機関に二人は所属している。政府非公式の政府直下の組織(警察と連携している)。
現代に潜む異形(妖怪・悪霊の類、他etc…)の情報があれば、出向き掃討するのが主目的である。所属する人員の通称は「退魔師」。
夕緋と茜は姉妹だ(ちなみに夕緋が姉、茜が妹)。退魔の名家に生まれ、彼女らは自分たちの仕事と生業に責任感を持ち、異形から人を守るという使命を大切にしている。
そういう風に学んできて、それを実践している。
その
もっと上手くやれていれば完璧に掃討できたのに。
唇を噛みしめる。
そんな怒気に気が付き、目を少し開けた茜は小さく笑う。
「
「……いや、疲れてないし、考えてないよ」
「疲れてるし、考えてるよー。……だって、夕姉が嘘つく時右耳が動くもん」
「?! ……む、むぅ……」
妹から指摘され、彼女は思わず右耳を抑える。怒気はそれにつられて自然と抜ける。
リラックスの瞬間。張り詰めていた空気は失せ、少し深呼吸。
姉思いの妹に何度も救われ、助けられてきた夕緋。
「南山さんが大鬼1体、夕緋が1体相手取ってる時に結界を破られたのがそもそも私の非なんだからー」
「いや、そんなことはない。茜の結界術は中々のものだ。むしろ、手負いにも関わらず、結界を打ち破る力を残していた大鬼を褒めるべきか……」
「片腕は落としたんだよね?」
「そう聞いている。……とにかく、止めをさすことができず、逃した私の責任だ」
「ううん、私だよ。夕姉」
「私だ」
「……ぷっ」
責任のかばいあいが始まった所で、運転席にいるスーツ姿の女性は小さく吹き出した。微笑ましい。
退魔の戦いは激務で、常に人不足で(才能が限られるため)、いつ命を落としても不思議ではない仕事。
スーツ姿の女性――運転手は退魔機関において、戦う気が折れ、雑用に回る現在だが、姉妹のそんな姿に安らぐ気持ち程度の人間性は残っている。
「夕緋さん、茜ちゃん。このまま直帰ルートで良いかしら?」運転手は後ろの二人に尋ねる。
山の車道を下っていく途中で、そろそろ分かれ道が数キロ先まで迫ってきている。
「いや、まだ帰らない」
「え?」思わず声を上げる茜。
「大鬼の行方について調べておきたい」
夕緋の生来の真面目な一面が強く現れる。
疲労を押しての任務継続を意味する。
「南山様は帰られましたが」
「あの人は大鬼を相手に立ち回り、武器も消費しきっていたしな。帰る必要があるだろう。だが、私は刀(これ)があればいける。手負いの大鬼程度は私だけで充分。近隣の村で下ろしてくれ。たしか、近くに村があったはず」
「魅御守村ですね」
「そう、そんな名前だったな」
運転手は確かに村はあるが、本当に向かわせて良いものかと悩む。が、相手は手負い。――ましてや上級退魔師である夕緋にそんな心配は不要かもしれない。
敗北はなく、大鬼一匹の単独討伐も今までに三件こなしている強者だ。
ルームミラーにチラリと見える夕緋の姿。
彼女から湧き上がる霊力の白い輝きを見るに、まだまだ継戦は可能であろう。
「夕姉が降りるなら、私も降りようっと」
「茜ちゃんまで」
夕緋の腰に抱きついて、甘えん坊モードに入っている茜もチラリとルームミラーで見えた。
同意見らしい。
「この辺の川でとれる川魚だっけ。それが食べれる所でめっちゃ美味しいって聞いてるし、食べたいから。仕事のついでに寄れるなら」
「全く、茜はグルメだな……食い意地がある」
「……茜ちゃん」
運転手は呟いてから茜の言葉の意図に気がつく。
夕緋の
「では、一旦、お二人を村で下ろしますね。宿――はあるかもしれませんが、宿泊施設が無ければ何とか確保しておきます」
「ありがとうー」
「すまない、助かる」
「着替えは」
「大丈夫だよー。何があるか分からないから余分に持つのは退魔師の努め」
「私も持ってきている」
「素晴らしいです。木曜には迎えに来ますね。いくら融通がきくといっても、お二人は学生なんですから、学業も大事ですよ」
「「ぐっ……」」
本日は月曜。
学業について指摘されると、直前にテストがあることを知らされた学生のように、苦虫を噛み潰した表情になる。
退魔の任務も大事だが、学業も大事だ。日常生活を送ることで人間性は保たれる。
年相応の姿が 見えたことに運転手は少し安堵した。
***
与市は東に器量良しの娘がいると聞けば会いに行くも、娘は既に都会の高校へ行った後であった。
「ああ、佐藤田さんのところか。高校生になったか」
与市は西に若奥様の未亡人がいると聞けば会いに行くも、話に聞いていた年齢よりも少し年がたち、与市好みではなかった。
「はあ?! 藤沢峰さんのところ、まだ二十八だろうが! 未亡人三年目の二十八歳とか最高だろ!」
与市は放課後と土日を使い、情報収集に歩き回った。
おかげさまですっかり村のことについて詳しくなったが、与市の女好きならぬ「女狂い」と評され、与市は
綺麗な若い女はいるにはいるが、与市の悪評も広まり、与市の元に話は入ってこない。
(まぁ、それが良いか)
春明は与市の様を見てつくづくそう思った。
好みにあいそうな女がいれば飛びかかろうとする程ではよくない。
やがて与市が俯せのままでいる時に、床に身体をこすり付け、勃起したナニが床と身体に挟まれることにより生まれる快感に(いわゆる床
膨れ上がった性欲も適度に解消することができれば、問題はひとまず一時的に解決する(根本的解決ではないので、与市の心には
「じゃ、オレ帰るわ」
「またなー、春明にーちゃん」
「おう、元気にしてろよ、ヨイチ」
春明は五月中旬から六月四日までの約二~三週間程、村に滞在したが、再び大学生活にへと戻っていった。
次に会う時にはどう揶揄うか企む彼であったが、残念ながら春明と与市は「直に」再会することはなく、実質的に今生の別れとなることをまだ知らない。