日付:六月五日(月曜日) 時刻:一六時〇〇分 場所:魅御守村内-与市の下校道
楓ねーちゃん、今何してるかな。
空も夕暮れになりつつある夕刻。学校から帰宅する与市はぼんやりと眺めながら歩いていた。
与市の帰り道は山に沿った車道の脇道を歩くことになる。
ガードレールから山とは反対の方角を眺めると、田んぼや空き地が並んでおり、そこを突っ切る一本の車道。いかにも典型的な田舎の風景。
代わり映えすることはなく、変化に乏しい。
そんな光景を眺めながら、与市が次に思い出すのは自らのエロ師匠こと春明のこと。春明の住む都会には楓ほどの器量良しな娘がごまんといるとか。
「行きてーなあ、都会」
少なくとも高校になるまで都会の生活とは縁遠い与市なのだが、そういった未来になるまでは何年も待たなくてはいけない。
早く大人になりたい。
しばらくしてため息をつき、山林を眺めながら帰り道を歩いていると、今日は変化があった。
「そこのキミーーーー!」
「ん?」
聞いたことのない女性の声。
誰だろうと振り返る与市。
振り返ってみると、遠目から年上の女性二人が歩いてくる。
一人は長い黒髪をポニーテールにしていて、上は見慣れないブレザーの制服、下はタータンチェック柄のスカートを履いた女子校生。
もう一人は長い黒髪をサイドテールにしている、これまた見慣れない顔ぶれ。白いブラウス(のように見えるが)のその上からすっぽりと灰色のパーカーの上着を着ている。
こちらは黒い無地のプリーツスカートを履いている女子学生。
二人の容貌はやや似ており、雰囲気は異なるが、姉妹なのだと与市は何となく直感する。
同時に――。
(フーン……楓ねーちゃんに負けずおとらずかあ)
――勝手に女性を採点していた。
二人ともかなりレベルが高い。アイドルみたいに可愛く、思わず惹かれそうになる(特に女子校生の方に)。
ジロジロと見ていた与市だが、余所者の存在に改めて気を引き締める。
いくら可愛くても余所者は余所者、あまり関わらない方が良い。家族や近隣住民からの教えを思い出す。
周りには与市以外誰もいない。与市は自分が話しかけられたのを理解した上で。
「オレ、いそいでるんで」
学校では見知らぬ人物に話しかけられたら断るようにも教わっている。
という教えもあるが、そもそも与市の頭は早く家に帰って、楓を想いながら床オナをすることであった。
相手せずに前を向くが、気がつくと女子校生の方が目の前に回り込み、進む方向を塞ぐように立っていた。
「待ってくれないか?」
(え? あれ? まだ離れていたような?)
幻でも見たように目を瞬かせる与市。
何が起きたか分からなかった。しかし、現に目の前に女子校生は立っている。
「そう邪険にしなくともよいだろう。済まない。少し話を聞きたいだけなんだ」
(で、デケ~~~~~!!)
山脈がいきなり目の前に現れたように錯覚した。
否、山脈ではなく、正確には特盛のおっぱいであった。
遠目で分かりにくかったが、近くならよく分かる。
ブレザーを押し上げる二つの山脈から視線を外せずにいると、与市の後頭部にいきなり衝撃が走る。
彼の脳裏を痛みと星が舞う。
「いってぇ~~~~~~~~!」
殴られた、と理解し、思わず頭を抑える。
何者かの鉄拳であった。
「夕姉のオッパイ見すぎ。ねぇ、やめようよ、夕姉~~~。この村の男ってどいつもこいつもハナの下伸ばすだけで、話も聞いてくれないし。ガキもこんな感じだし。買い物帰りの主婦を捕まえようよ」
「茜! 何をやってるんだ。年下を殴るなんて……妹がすまない。大丈夫か?」
忌々しく後ろに振り返ると、女子学生が立っており、拳を握ったまま怒りの形相を浮かべていた。
女子校生の台詞を正確に捉えるならば、二人は姉妹で間違いないだろう。
ふと、女子学生――妹らしい――茜の方を見る。こっちも山脈がある。デカい。
(暴力振るったぞ、コイツ……! ちょっと見ただけなのに……って、こっちもデケぇ!)
後ろの茜なる人物を睨みつけていると、前方の人物と与市の距離が変わったことに気がついた。
背後から聞こえてくる声の位置に変化を感じる。
「キミ?」
(うぉ……)
女子校生はやや前屈みになり、山脈が下を向く谷間に変わり、大ボリュームある光景が眼前に広がる。心配そうに見つめる目と声音は与市の心を軟化させる。
至近距離でよく見てみると、切れ目であるが、年下の少年に対して柔らかい目つきになっている。
「……ッ?!」
ふわりと香る柑橘類のいい匂いに至近距離から見える絶景は中々である。
吸い込まれそうになるほど綺麗に見える翡翠色の瞳。
思わず与市の想い人のランキングが繰り上がりそうになるが、ギリギリで踏み止まる。
身体を重ねた思うさんと、見ず知らずの美女では前者に軍配が上がる。
「(あぶね~~、オレの想い人は楓ねーちゃん一筋だしな♥) これくらい平気だって……って、おい! 頭撫でるんじゃねえ! ちょっと……おい! 撫でるの楽しくなってね?!」
「うむ、元気そうだな。それなら大丈夫かな?」女子校生は小さく笑う。
「んなっ」
なんだかしてやられた気分になる与市。
笑っている顔からは年上の余裕を感じて腹も立つ。
「それで、聞きたいことなんだが」改めて話題を仕切り直す女子校生。
「この流れで聞くの?!」
「この辺で洞窟とか知らない? あるいは大きな廃墟とか。近づいちゃいけない所でもいーから」質問をバトンタッチして続ける茜。
後ろに居た茜は女子校生の隣にやってくると、ぶっきらぼうに言い放ってくる。
子供だと思って舐めている言い方や声音かせ、無性に与市を腹立たせる。
ぷいっと、そっぽを向いて、反抗すると、苦笑する女子校生とイライラ顔の茜。
「知らないかな?」
女子校生は体勢を保ったままでいる。優しい声音で凛としていて、彼女からの疑問になら答えようとは多少したくなる感覚を引きずりだされる。
「……この道を進んで二つ目の山への道を進んだら、雑木林がある。そこを突っ切って獣道を道なりに行けよ。……そこに昔の小学校ならあるぜ」
「! そうか、ありが……?!」
――むにむにっ♡
「んな?!」
「きゃっ!?」
「へっへーーー♥」
思わず姉妹が硬直してしまう。与市の行動が予測不可能であったからだ。
女子校生が前屈みになって身を寄せ、前傾姿勢だったおかげで、丁度、豊満な双丘が触りやすい位置にあったので、ブレザー越しに――十秒ほど――たっぷりと揉みしだいた。
下を向いていた胸部を下から掌で支えた時に感じた重量は重く、与市にカルチャーショックを与える。
(楓ねーちゃんもデカいけど、このねーちゃんも遥かにデケー?!)
――もみっ♡
「んっ……!」
女子校生もすぐに離れれば良いものを思わず受け身になって、揉みしだかれるがままになる。
(ん~~~、なんだろ。カチカチだなあ。でもさわっててすげーきもち
「こんのクソガキ###」
「おっと、今度はくらわねーからな!! ケケケッ、『
「まちやがれ###」
追いかけっこが始まり、舌を出しながらクソガキムーブで逃げていく与市と、それを鬼の形相で追いかける茜。
道を走っていた与市だが、この辺りは与市の庭に等しい。走り出しも与市の方が速かった。
近くの雑木林に逃げ込むと、行方を
茜は雑木林の中まで追いかけることなく、その前で憤慨しているのが女子校生の目から見えた。
* * *
(思えば……男の子とはいえ……異性に身体を触られたのは……これが初めてだな……)
二人が追いかけっこを初めてから、ほんのわずかに後。
夕緋は自らの胸を抑えていた。先程まで見知らぬ少年が触れていた胸部には今も小さな掌の感触が残っている。
彼女は退魔名家の長女。いずれは顔も知らぬ他の名家の許嫁に嫁ぎ、退魔師たるより良い血と才能を続けさせる使命が、退魔の使命とは別に彼女の人生観に刻まれている。
誰とも知らない男の子に、胸を触られたことに。
夕緋は顔も知らない「許嫁」に申し訳ない気持ちが胸中を渦巻いていた。
* * *
日付:六月五日(月曜日) 時刻:一九時〇〇分 場所:魅御守村内-旧小学校
「(うーん、空振りかあ) あのクソガキと会う前に見つけた廃屋と、この小学校の二箇所……駄目だったね」
「茜……汚い言葉はよくないよ」
「だって、夕姉の胸をいきなり触ったんだよ! サイテー! 許せない!」
唇を尖らせる茜に対して、夕緋は苦笑している。
二人の服装は巫女装束にへと着替えている。
彼女らの装備は霊力によって編み込まれた特別製である。
外側の見た目はある程度、本人の意志で変化することができる。
もちろん何にでも変装できるわけではなく、ある程度の形態は事前に用意されている。
二人の場合は基本的に巫女装束と制服である。そこに茜は私服をいくつか加えたり、入れ替えたりしている。
ちなみに夕緋の刀と茜の霊符はそれぞれ別の方法で収納し、戦闘時には収納場所から取り出している(詳しくは企業秘密だ)。
「まったく……」
「雑霊(害の無い霊魂、写真などに映る場合は光球で有名)に八つ当たりするなんて」
廃墟には雑霊が出やすく、そこへ、廃墟が誰かに恐れられているような場所だったりすると、人々の負のイメージを汲み取るらしく、雑霊は悪霊化していく。
悪霊は更に人々に悪さ・害を働き、さらに恐れられ、強大化していくのだ(倒したとしても、再び時間が経てば、雑霊が悪霊化するので、もぐら叩きに近く根本的解決をするには廃墟の撤去である)。
ふよふよと浮いていた雑霊の一体を霊符が貫く。
霊符によって貫かれた雑霊は消え失せる。
茜はため息をつき、本来の目的に向けて頭を切り替える。
クソガキのことは忘れよう。
「村の人に話しかけても駄目だったね」
「余所者と関わらないようにするのが、彼らの処世術かもしれない。あるいは私達をただならぬ者と見抜いているかもしれない」
「いや、見抜いては……いないんじゃないかなあ……」
午前中は睡眠にあて、昼間から夕方にかけての情報収集は散々であった。
話しかける村人の殆どから愛想のない返事を貰っている。
「だが」
「?」
「あの子だけは違ったね」
「え、あのクソガキ?」
茜は内心でうへえ、という厭気が浮かび上がる。
長年姉妹をしているので、この辺は以心伝心してしまう。
「もう一度だけ彼に話を聞いてみよう。明日の朝、投稿の途中に声をかけるだけだ」
既に異性の判定として生理的にナシ(嫌悪の対象)になっている相手との再会が予定されたことに、背筋がゾワゾワと泡立つ妹分。
「や、やめようよ~~」
「そうだな……茜は余り、彼に対して好ましくない感情を抱いてるようだし、私一人で会おう」
「それなら私もついていく?!(クソガキと夕姉を二人きりとか、ノー! 無理! 駄目!)」
「そうか? それなら二人で会おう。……この村は広いからな。木曜日までの間に鬼に辿り着けるか分からないからな。私も必死になるよ」
(真面目……)
鬼を見つけられないイライラと、好ましくない相手にまた会う憂鬱な気持ちに呑み込まれる茜。
結局、少し議論を続けたが、茜は姉の提案を撤回できず、時間を無駄にできない事から、明朝、少年と再会する方向に決まる。