日付:六月六日(火曜日) 時刻:〇七時五四分 場所:魅御守村内-与市の下校道
「げっ!」
「すまないね、待ち伏せのようなことをしてしまい」
「……」
与市は思わず声を張り上げた。昨日と全く同じ場所で姉妹と再会を果たす。
遠目に見え、渋々、与市は姉妹に近づき、女子校生の方から言葉を投げかけられる。女子学生――妹分――茜の方は終始無言だ。
「なんだよ、姉ちゃんたち。昨日の仕返しか?」
男心と余所者を相手に強がって見せるが内心はめちゃくちゃ怖い。
年上の人物というのは少年少女から見てかなり恐ろしい(しかも仕返しされるに充分な悪戯を与市は働いている)。
悪戯が過ぎたかもしれない。
自分より身長の高く、年上である(茜の方を見て警戒しながら)姉妹を睨む。
二人がかりでの仕返しの可能性を考えると、心臓の鼓動が早まる。
女子校生が一歩前に出る。前よりは近くないが、それでも近い距離。
「実はキミにお願いがあるんだ」見下ろす女子校生。
「な、なんだよ……お願いって」見上げる与市。
「私達は探しものというか、探し人というか……探している事があってね。そうだ、自己紹介がまだだったね。私は夕緋。こちらのお姉さんの名前は――こら、睨むんじゃないよ、茜――茜というのだがね」
「ユウヒ、アカネ」
「そう……それで、昨日はキミに教えてくれた小学校に行ってみたんだが、空振りに終わってね。他にも行ってみたい所を探したのだが、私と茜は今日と明日しか時間がないんだ。この村は広いから二日のうちに探すのが大変なんだ。……そこで、村に詳しいキミに手伝ってほしくてね。一緒に探しまわってくれないか? この火曜日と、明日の水曜日という時間を私にくれないだろうか」
「えーーーー」
「キミにしかできないんだ。このとおり、お願いだ」
「ちょ、夕姉?!」
手を合わせて頭を下げる女子校生――夕緋の姿を見て、茜は慌てる。
いかにも茜はこんな奴に頭を下げる必要はないのに、といいたげだ。
不思議と胸がすく気分になり、悪い気持ちではなかった。むしろ優越感すら与市にはある。
綺麗で言葉遣いも素敵で凛とした夕緋――カリスマ性を伴いそうな人物から頼られるのも人としては嬉しくなる感情だ。
だけど、タダ働きはイヤだ。
何か欲しいものにしよう。
正直、エッチなお願いを対価にしたかったが、お願いを要求し、夕緋と茜を怒らせるのが怖かった(特に茜を)。
ここからは交渉だ。
「学校行かないとなー、話を聞いた感じ、二日間ずっと歩き回る感じになるだろうしなー」
「……くっ、こっちが下手に出てるからって、クソガキ……#」
「もちろん、協力してくれれば私からの誠意はキミに見せるとも」
「なら……んー……最新ゲーム機のトゥイッチが欲しかったんだよなー」
「では、付き合ってくれたならそのゲーム機をお礼に進呈しよう。いや、進呈というと難しいか。トゥイッチを買ってあげようではないか」
「……え?」
「はあ……」
即答だったことに面を喰らう与市。
夕緋の後ろで茜は額に手をあて、溜息をつく。
「では、取引成立だね。すまないが、今日と明日の時間は付き合ってもらおう」
ニコリと笑う夕緋の表情。それについ見惚れてしまう。
顔の端を朱に染めながら、与市は頷く。
(金持ちの人なんかな)
床オナの刺激にも慣れてきて、飽きてきつつある。
最新のゲーム機は欲しくてたまらないので、仕方なく口約束に乗る与市。
「オレの名前は与えるの「与」に、市場の「市」で与市。よろしく」
「ヨイチ……与市か。よろしく頼む」
夕緋と握手を交わす。
与市は意外な感触を感じ取った。
柔らかい掌の中にゴツゴツとした豆が潰れた感触を感じ取ったからだ。
* * *
日付:六月六日(火曜日) 時刻:〇八時四五分 場所:魅御守村内-人食い沼近辺
「で、ここが近づいちゃいけない所」
「なるほど。ここは確かに近づかないほうが良いね」
「……ま、……子供が近づいたら危険かあ」
三人は林の中にある「沼」の前に来ていた。
ドス黒い緑色の水たまりを遠目に見下げて、茜は眉を顰(ひそ)めた。
「私達が探してるのは建物とか、洞窟とかなの」目的のものと違い、思わず愚痴を零す茜。
「んだよ、それなら最初に言ってくれよ」
「あぁん?##」
「まあまあ、二人とも。……そうだね、最初に与市に言ってなかった私達が良くなかったよ。うむ、次に行こう」
夕緋は今にも喧嘩をおっ始めそうな二人を諌めつつ、次の場所にへと歩みを進める三人。
* * *
日付:六月六日(火曜日) 時刻:一〇時一四分 場所:魅御守村内-豪邸・廃墟
「ちょっと前に金持ちが住んでいた家。塀があって入りにくいけど」
「そうそう、こういう感じでいいの」
「これは……期待できそうだね」
「?」
夕緋と茜は互いに顔を見合わせる。
坂道に沿って作られた豪邸――であるが、今は廃屋と化している。
立派な塀がどこか城主のいなくなった廃城の壁を連想させ、なおさら見る者を物悲しくさせる存在と化している。
三人は豪邸の裏に回っている。豪邸の裏にも塀があり、数m離れているがコンクリで固められた段地がある。
三人は今、この段地から豪邸を見下ろしているのだが、与市には感じ取れないものを姉妹は感じている。
雑霊・悪霊としての条件は揃っている。
与市によると、夜な夜なかつての住人がここでパーティをして騒いでいるのか、笑い声が聞こえてくるとか聞こえてこないとかの怪談もあるそうだ。
「ちょっとここで待っていてくれ、ヨイチ。おそらく、すぐ戻れる」
「私達が戻らない場合は、家に帰っていいから。それと、このスマホ預かっててずっと持ってて。木曜に電話がかかってきたら二人は帰ってこなかった、って伝えてね」
「は?! ちょ、何!? え?!」
淡々と急ぎ早に言葉を告げられ、慌てる与市。二人はそれぞれ軽く伸びをしたり、ストレッチを始める。
何が起こるのか分からないまま、ピンク色のスマートフォンを茜からポーンと軽く投げられ、反射神経良く受け取る少年は次の瞬間、それを見た。
――跳躍。
軽々しく二人は段地から飛び上がると、数mもある間を、虚空を飛翔し、塀を飛び越え、豪邸の敷地に着地し、そのまま侵入していく。
超人めいた二人の動きと身のこなしに、益々、畏敬の念が浮かび上がる……かに見えたが、そうではなかった。
別の気分が湧き上がる。ちょっとした興奮だった。
「……白と、水色だった……」
与市に気にせず、飛んだ姉妹のスカートは飛翔の際に捲れ上がり、見えた
* * *
日付:六月六日(火曜日) 時刻:一二時三〇分 場所:魅御守村内-某和食店
(……見られたのではないだろうか……)
(クソガキ……さっきから顔赤くして……くっ、見たな、見たわね……)
「……」
結局の所、豪邸の探索も空振りに終わった。そこそこの悪霊がいたが、姉妹の敵ではない。退治を終える頃には昼前であり、三人で村の唯一の和食店に寄ると、旬の川魚料理を食べていた。
店に入るまで、また、店に入って料理を待っている間も――姉妹二人はスカートの裏を抑えて、悶々としていた。
そんな二人を与市はチラチラと見ては、視線を外し、顔の端を赤く染め、生意気は鳴りを潜め、彼なりに葛藤していた。
(パンツくらいで……オレはなびいたりしない……!)
「おまちどおさん!」
「お……おや、料理が来たぞ」
「わ、わーい。私、これが食べたかったの……、うん……」
(むむむ……)
旬の川魚料理は大変美味であった。
* * *
日付:六月六日(火曜日) 時刻:一六時三〇分 場所:魅御守村内-とある自動販売機付近
午後の探索も空振りに終わる。姉妹二人は成果の得られない探索にそれぞれ苛立ち(茜)と苦悩(夕緋)を感じていた。
長々と歩き回り、散策を繰り返し、喉が渇いた与市は自動販売機の前に立ち寄り、缶ジュース(コーラ)を奢られ、姉妹二人もそれぞれミネラルウォーターと、果実水を飲んでいた。
「アカねーちゃんと、ユウねーちゃんは何探してるんだ?」
「ん~~?」
一日中ずっと一緒にいて、一緒に歩き回り、下着を見たり、昼食を奢ってもらったり、ジュースまで奢ってくれた少年としては、最初と違い姉妹二人と距離感を縮め、近所に住んでいる年上のおねえさんくらいの心の距離感になっていた。
一方で、最初は邪険にしていた茜もまた、少し与市に気を許していた。
最初こそクソガキ認定をしていたが、認める部分もある。
ほぼ一日中村の中や山内、林の中、獣道を歩き回っているというのに疲れを見せずに村内ツアーを繰り広げた。
鍛えている姉妹の歩みのペースぐらいには歩いて、与市はよく働いているからだ。
茜は勤勉によく働く男は毛嫌いできない。
「悪いオニを探してるんだ」そう告げて果実飲料水を呷る茜。
「茜」どこか静止の声を漏らす夕緋。
「え、オニ?!」
「そ。一体逃げちゃって探……ちょ、夕姉、そんなに睨まないで」
「スッゲー」
「……嘘だと思わないのかい?」与市の感想に口を挟む夕緋。
「いや、日曜にやってるマスクド騎手くらい、スッゲージャンプするじゃん、ねーちゃんたち。あんだけ跳ぶなら、マスクドで出る秘密組織か正義の味方かなんかじゃねーの。それに普通の人ならひぃひぃ言うくらい歩き回ってるのに、ねーちゃん達息も切れないし。普通の女の人なら、休憩何度も挟んでるのに」
「「…………」」
子供は時に常識に囚われず、本質を見抜く。
判断する材料が揃えば、彼らなりに自分なりの真実をこねくり回し、その末に真実の形を見出す。
意外と鋭い嗅覚とも言えるような感覚勘が見え隠れする。相手が年下だろうと、相手に尊重する、あるいは特筆すべき部分があれば対等に見れるのが夕緋の美点だ。
ちなみに茜はそれ以上失言しないよう、判断材料を与えないように閉口していた。
与市は缶ジュースを飲み終える。
「親が心配するし、そろそろオレ帰る」
「そうね……それがいいわ」
「またあした」
姉妹がそれぞれ手を振り、夕方と共に与市は去る。
山間の田舎の夜は少し早くやってくる。
そのため、明日の集合場所を決めると、姉妹と少年は別れた。
明日の仕事が終われば、ゲーム機が手に入る高揚感と新しい知人、それもとびっきりの美人姉妹とお近づきになれた優越感、その他別感情がポジティブに働き、るんるん気分で帰宅ルートへ進む少年。
途中で別れ道に出る。
一つは整備されたコンクリの道。こちらはやや遠回りのまま、帰ることになる。
もう一つは獣道。こちらを通れば、かなり早く家に着くことができる近道だ。
(歩き回って汗かいたし……)
ふと脳裏を過る茜の言葉。
――悪いオニを探してるんだ。
(いや、オニなんかいるわけないし)
早く帰りたい欲求から獣道を進むことにした。
しかし、彼の常識を容易く粉砕する存在が道をゆく先に立ち塞がった。
2mを超える巨躯。人間とは違う赤い肌。
短い黒髪の頭部、額から覗く二本の角。
熊の毛皮と腰蓑を腰に巻き、その上からカーテンらしき布をマントのように身に着けた異形。
正に「オニ」と形容するにふさわしい。
「おい、そこのガキ。止まれ」
余りにも規格外の常識外が現れ、何がなんだか分からず、フリーズする。
こんな存在はここにはいないはず。
クマと森の中で出会い、常人がとっさに反応できないように。
オニ――赤鬼は足踏みをすると、地面が鳴動する。
その衝撃でペタンと尻餅をついてしまう与市。
与市は自身も祖先の鬼の血が混じってるらしい、というホラ話を親戚や家族から聞いたりしてきたが、本物のオニ――鬼の圧倒的な存在を前にすれば、吹けば飛ぶ藁のようなか細い存在。
風下で分からなかったが、近寄ってくる赤鬼から濃い血の香りが漂ってくる。
それが返り血の香りなのか、鬼自身の血の臭いなのかも判別は不能。
歩み寄る赤鬼。
「あ、ひ、ひょ」
「鬼の匂いがする人間のガキよ。お前の名は何という」
「へ、は」
呼吸が上手くできない。空気が出ていくばかりで、上手く吸えない。
落ち着くのに時間がかかる。やがて、ゆっくりと声を絞り出す。
「よ、い、チ」
「ヨイチというのか。ふんっ、源氏を思い出すが、現代っ子のおまえは弓の名手でもなかろうな」
「は、はひゅ」
何が相手の不愉快に値するかわからないので、愛想笑いをする。これが正解かも与市には分からない。
「我らが鬼も数を減らし、ここいらでは俺が最後の一人となった。しつこく、対魔は追っかけてきて、俺の命運も尽きようとしている。……まあ、お前が鬼な筈もなかろう。どうせ、常人だ」
「はぅ」
何を言ってるか頭に入らない。情報が右から左へ流れ出る。
「ところが天は俺に味方しつつある。対魔はガキと仲良くしていて、そのガキとこうして接触できた。ここからは俺と天の運比べよ。悪いがお前を利用させてもらうぞ。対魔にも人質が通用する奴がいる。アイツらはどっちかわからんが、女は情に深いからな。通用するかもしれん。……うまくいけば、対魔の雌が二体手に入る。天は俺に復讐と復興の2つの好機をくれるかもしれん。……くくくく、ハハハハハ!」
与市の目の前が真っ白になる。
大きな赤い掌が視界を覆ったはずなのに。
* * *
気がつけば、与市は家に帰宅していた。
姉妹と別れてからの帰り道の記憶はひどく曖昧である。
怖い夢を見て、後で何の夢を見たか忘れ、けれど言いようのない気持ち悪さが付き纏っていた。
怖いものを見たのにそれが何か分からない。