※この作品はR-18です。

鬼従少年鬼~少年はJK退魔師を手に入れる~   作:国英

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三日目① -六月七日(水曜日)-

日付:六月七日(水曜日) 時刻:〇七時三〇分 場所:魅御守村内-バス停待合所

 

「おはよう、与市」

「おはようー」

「おはようだぜ」

 

 学校の登下校から離れた所で待ち合わせ場所。

 田んぼや空き地に挟まれただだっ広い真っすぐの道に、ぽつんとバス停があり、その傍にはバスを待つために作られた屋根付きの待合所。ほぼ四方を壁に囲まれ、隠れるのにも雨風を防ぐにも丁度いい。

 その待合所からひょっこり顔を出す与市。その中で隠れて、村民からの視線をやり過ごしていた。

 

「?」

 

 夕緋は与市の身体から微かに鬼の気配に似た何かを感じる。思わず頭に手を伸ばす。

 調べてみよう。

 

「な、何するんだよ、ユウねーちゃん」

 

 頭でも撫でられると思ったのか思わず、与市は夕緋の手を弾いてしまう。

 弾かれた手は少しじんとする。

 

「こらっ、夕姉に何すんの」

「頭撫でられるかと思ったんだよ」

「夕姉から頭撫でられるのはご褒美でしょう?!」

「ハァー?!」

 

 口喧嘩に発展する二人。茜からは拳がすぐに出ない辺り、口論で済むのは昨日から縮まった距離感のおかげだろう。

 こうして夕緋が眺めていると、仲の良い姉と弟の喧嘩に見える。

 自分の小さな違和感を拭うために二人が口論を続けるのは夕緋の本意ではない。

 

「すまない、与市。私のせいだ。与市と一緒にいると、弟ができたみたいで嬉しくなってしまってね。撫でたかっただけなんだ」

「なんだ、そうだったのかよ」

「夕姉、ヨイチに甘くない?」

 

 茜から与市に対するクソガキ呼びはいつの間にか、呼び捨てに変わっていた。

 夕緋はその変化を好ましく感じる。

 

「姉は弟に甘いものだろう?」

「えーっ、こいつが弟……」

「ほら、喋ってないで行くんだろー? もう今日しか自由時間無いんだろー?」

「何、勝手に仕切ってるの、ヨイチ」

「オレしか案内できないじゃんか」

「それはそうだね。……よし、ヨイチを後で頭撫でてあげよう」

「やっぱり撫でるの好きなの? ユウねーちゃん?」

 

 与市を先頭に探索最後の日が始まる。明日には迎えが来てしまう。

 なんとしても今日までには。

 夕緋の身も引き締まる。だが、この時の夕緋は自分がどうなってしまうのか、その運命までも分かっていなかった。

 

 * * *

日付:六月七日(水曜日) 時刻:一二時一二分 場所:魅御守村内-喫茶店内

 

 時刻は昼頃に差し掛かり、午前の探索が空振りに終わるが、探索のテンポは素晴らしく良い。

 残りの探すべき箇所も二つ。残るは墓場近くの古びた廃寺(新しい寺は別所にあるらしい)と、山の奥まった所にある元々鉱山として掘られた洞窟があるだけだ。

 先に廃寺を調べ、そこも駄目なら洞窟という流れとなっている。洞窟の方が遠く、廃寺の方が近いからだ。

 

 昼食はこの村唯一の喫茶店で済ませることに。食べ終えるまで、終始視線を受けていて、この上なく食べづらさを感じた茜は溜息をつく。

 どれだけ余所者が珍しいのか、あるいは余所者が何かしないための仕組みなのか。

 

「おい、『女狂い(与市)』が女を引っ掛けてるぞ」

「あんなべっぴんさん、村におったかの」

「いや、知らねえな。……余所者だろうか」

 

 主に悪評を撒き散らしている与市が近くにいて、さらに知らない余所者ということで、二重に悪目立ちしているだけで茜と夕緋に非はないのだが、こんなヒソヒソ声は彼女らに伝わらない。

 

 

 与市がデザートを目を輝かせて食べている。

 チョコケーキを食べている時のコイツは子供っぽい。

 

(こういう部分は普通ね。まだ可愛げがあるっていうか)

 

 茜は姉の言葉を思い出す。生意気な弟がいれば、こんな感じだったのだろうか。

 

 ケーキを平らげてから与市は二人を見つめる。

 そうしてから少し戸惑いながらも、ようやく口を開く。

 

 

「オレのチンコって変なんだ」

 

 

 空気が止まる。

 こめかみに青筋が浮かびそうになる。

 

「やっぱ、アンタ、クソガキだわ」絶対零度にまで下がった瞳で見つめる茜。

「……ふむ。まあ、待とう、茜。キミは意味不明なセクハラはしない子だから何か意図があるハズ」

「……続けなさいよ」

 

 胸ぐらをつかんでやろうかと思ったが、慌ててこらえる茜は姉に諭され、耳を傾ける。

 茜の怒気にあてられて、口をつぐんでいた与市だったが、促されれば続きを話し始める。

 

「オレのせんぞ?ってオニの血が混じってるんだって。その血が出ると、オレの変なチンコみたいなの持って生まれてくるんだって」

「それは実に興味深い話だね」

 

 改めて茜は与市を見つめる。

 いつになく真剣な面持ち。そこで気づく。

 デリケートな話題であり、セクハラのためのものではないことに。

 もしかすると、その変なナニを持っていることがコンプレックスになってるかもしれない。

 

 みんなと自分は違うこと。それも田舎の村の中で自分だけかもしれない。

 

 茜は常人より多くの霊力を携えて生まれてきた。常人の十倍。

 この才能を疎まれてきた時期がある。名家の生まれだけでなく、素質としても最高級。姉ほどではないが運動神経もある方で、実は動ける。

 皆と私は違う。

 与市と自分に小さな共通点を見つけたみたいで、何となく励ましたくなった。母性が擽られたのだろうか。

 

「私、知り合いに狼人間とか、狐の血が混じってる人のことを聞いたことあるし」

「アカねーちゃん……?」

「……別にアンタみたいな奴は他にもいるってこと。全然変じゃないわよ。こんな田舎だと珍しいだけ。都会に行けばわりといるし。……今度、尻尾生えてる人連れてあげよーか?」

 

 何気ない助け舟。

 与市は全然変じゃないこと。

 そんな助け船を与市の心にどう伝わったかは、茜は正確には分からなかったが、

 

「そっか……じゃあ、今度合わせてくれよ、その人に」

 

 少し救われたような、そんな安堵の表情を浮かべていた。

 どこか悩みが一つ解消されたような、憑き物が少し取れた顔だった。

 

 * * *

日付:六月七日(水曜日) 時刻:一七時〇〇分 場所:魅御守村外れ-魅御守鉱山跡地

 

 廃寺は空振りに終わり、夕方。

 

「ここが最期のところ」

「本当に……洞窟があるね」

「うへえ」

 

 山の坂道を登り(道は無いのでほぼ斜面)、何とか登りきると切り立った岩壁が前に出てきた。

 そこからは岩壁に沿って一~二分ほど歩くと、ぽっかりと大きな口を開けた洞窟があった。

 

 夕刻という時間帯もあるが、そもそも光源が無いので暗闇しか見いだせない入り口は何とも見る人を恐怖に誘う。

 

「『地域史(ちーきし)』の授業でならった。昔、鉱脈があるかどうか、この辺を掘った時の名残の一つなんだって……って、二人とも?」

「……夕姉」

「うむ、これは……確実にいるな」

 

 濃密に濃く感じる妖気。それは退魔師のみが感知できる感覚。血の匂いは薫ってこない。

 人や獣はまだ食っていないのだろう、と判断する茜と夕緋。

 片腕が落ちているので、傷を癒やすために回復の時間に当てているかもしれない。

 やはり今が好機。

 

「ありがとう与市。ここが当たりだ」

「……はい、ヨイチ。アンタんところに後日、トゥイッチが届くわ」

 

 茜は手元のスマホを操作し、お礼のゲーム機が与市のもとに懸賞を装った形で届く手続きを済ませる。

常人の手助けを借りるのはここまでだ。

 

「ここからは私と茜の仕事だ。キミは帰ってもいい」

「そうよ。ヨイチはむしろ足手まといになるだけだし」

「……分かった」

「……?」

 

 やけに聞き分けが良い。与市は小さく首を縦に振るが、どこか虚ろな瞳。

 朝出会った時に似た変な雰囲気を夕緋は思い出した――。

 

――GUOOOOOOO!

 

「……ッッ」

「……!!」

 

 二人はとっさに洞窟に視線を向ける。洞窟から聞こえてきた咆哮。臓腑を震わせ、人の根源たる恐怖を誘発させる大声。

 

「うわあああああああ!!!」

 

 訓練を積んでいない、そもそも子供の与市は一目散に逃げていく。

 その背中を見て、夕緋は少し不安になり、送迎しようかと身を乗り出しかけたが、肩が掴まれる。茜の手だった。

 逃げた子を追いかけようとする姉を静止させる。その後、首を横に振る。

 

「急ごう、夕姉。オニ――大鬼を倒して戻ったら、ヨイチに元気な顔を見せてあげよう」

「しかし……」

「この辺はアイツの地元だし、この辺の山とか守りは自分の庭みたいなモンじゃん。それに怪我しても、車道まで出れば、誰かに助けを呼べるだろうし」

「……むう」

 

 手負いとはいえ、一刻も早く大鬼を狩らねばならない。

 その使命は大事だ。また、完全に見ず知らずの土地ではなくなった。閉鎖的ながらも自然が根付き、その傍らにひっそりと暮らす人々は牧歌的で、彼らにとって大事な場所、

 そこに鬼の魔の手が伸びるのは良くない。それは防ぎたい。

 与市のことは後回しにすべきことを再考し、

 

(すまない、与市)

 

 内心で彼に謝る。

 

「そうだな、大鬼を最優先するとしよう」

「うん。……ヨイチならきっと大丈夫だよ。……行こ?夕姉」

「ああ」

 

 霊力を全身に流す。夕緋は臍の丹田から。茜の場合は頭の天辺から。

 それぞれが霊力を高め、強めていく。

 やがて、二人の服装に変化が起きる。

 制服から巫女装束に姿を変え、夕緋の手元とには刀が、茜の手元には霊符とホルダーがいつの間にか出てきて、不タレはそれぞれ腰に/太腿に、佩く/履く。

 二人は闘気充分に洞窟の中へ。

 

「……」

 

 その様子を眺めていた小さな影がひょっこりと近くの茂みから頭を出す。二人が入ってからしばらくして、時間差をつけ、同じ様に洞窟へ入っていく。

 

 * * *

日付:六月七日(水曜日) 時刻:一七時〇七分 場所:魅御守村外れ-魅御守鉱山跡地-鉱山内坑道

 

「うっとうしいわね……」

「すまない、茜」

「別にいいーよ♡ 夕姉。これくらいへっちゃら」

 

 洞窟の中は元鉱山ということもあり、坑道めいていた。掘り進んだ穴内には所々に天井な壁を補修した名残りがある。

 さらには蟻の巣のように所々に別れ道に枝分かれしていたが、本道とも言える大きな道以外の別れ道の先は長くなく、崩落しているようなところが多かったが、残りもまた崩落はせずとも行き止まりの土壁である。

 外れを引いた時はすぐに引き返せた。

 実質的に道は一本道。

 

 暗闇を照らすのは宙に浮いた照明霊具。霊力がある者が長い時間浮遊し、力を込めれば辺りを明るく照らし、一日は軽く保つ。

 便利な霊具の一つだ。

 

 明るくなった所へ、あるいは霊力に反応しているのか。襲ってくるのは紫色の刃――妖力が作り出す刃。

 人の霊力が光とするならば、妖力は反対であり、暗く汚れた負の力(とされている)。

 罠のように作動して、進むごとに次々と飛来し、襲ってくるが、茜が作る霊力の壁が全てを防ぐ。

 

 霊力で作られた不可視の壁は妖力の一撃を受ければ、壁が術者を守る力が少しずつ削れるが、膨大な霊力があるのを利用して、常時霊壁を展開し、襲い来る罠を全て弾いていく。

 圧倒的なパワープレイ。

 

 そんなこんなで容易く奥へと進めることができた。

 少し広い所に出てくる。

 そこは広間のようで、姉妹二人が入ってきた入り口から扇状にくり抜かれた空間。

 床にはトロッコを動かす用の線路を敷く為の組み木が所々にあり、入り口にまで続いていた。

 ここから多方に掘り進む予定だったのか、入り口とは反対の奥の空間に穴がいくつか見える。

 紫色の火が壁の近くに沿って浮遊し、薄暗い広間を照らしている。見づらい。

 

 そんな扇状の広間。

 そこに大鬼はいた。

 2mを超える赤い肌の巨躯。

 二本の角を額から生やし、腰蓑だけを身体に巻き、地面にはカーテンか何か大きな布が落ちている。

 

 隻腕。筋肉隆々とした巨腕は今では右腕があるのみ。

 かつて左腕があった肩口の傷口は塞がっているようだが、血の匂いがこの場で臭う。

 おそらくここで傷を癒やし、留まっていたのだろう。

 近くをネズミ達がうろちょろと動き回り、奥の洞窟に逃げ込んでいく。

 ネズミ達の額には紫色の印があった。

 もしかすると偵察用に鼠の目や身体をドローンのように――遠隔で――

 

「罠を相当仕込んだのに、涼しい顔をするとはな」

「あれれ? アレって罠だったんだ。それにあんな罠を作って今の迫力の無さを見るに余裕ありませんって喧伝してるもんでしょ」

「耳が痛いな」

 

 皮肉と挑発を投げかけられると肯定してきた鬼の様子に茜は小さく息をつく。

 鬼は見栄を張る生き物であり、暴力的な種族の相争いにおいては相手に舐められないようにする。

 そんな鬼である筈の大鬼――赤鬼には思った以上に余裕がなさげであった。

 姉妹自身も思った以上に消耗しておらず、様子を見るに勝ち目を見出してない(ようにも見える)。

 あるいは他の策でもあるのか。

 

 そもそも鬼は力を至上とする主観の者が多い。

 だが、目の前の鬼は罠を張って、待ち伏せしていた。

 鬼の掃討合同任務では力に任せて、あるいは他の鬼に対する見栄でもあるのか鼓舞するように力を振るってきた。

 

 眼の前の赤鬼はその鬼の印象からブレる。

 夕緋は気づく。鬼の中にも種類があることを思い出す。

 

「『呪鬼』か」形の良い夕緋の唇が引き締まる。

「……」

 

 無言は肯定を意味していた。

 呪鬼。鬼の中でも妖力を多く持ち、呪いの力と才に秀でた鬼。

 鬼の中では非力であり(とはいえ、それでも常人相手には楽勝で勝てるし、肉弾戦向きでない退魔師にも勝てる)、本来の鬼ほど力を至上としていない。

 人の自由を縛る呪いや、物理的に拘束して動けなくなる呪い、人をただ苦しめるだけの拷問のような苦しみの呪い。

 あるいは退魔師のように攻撃的な形に整えて、それで中~遠隔から攻撃する飛び道具。妖力の一撃。

 呪鬼は搦手に強い。

 

 掃討合同任務で逃亡を防いでいた茜の結界を力づくでぶん殴って破ったのではなく、結界の「閉じ込める力」を対象にし、赤鬼なりの方法でいじったのだろう。

 その結果、結界を解除して逃げたのが真実だろう。

 

 答え合わせも終わった気分だった。

 それ以上の言葉は無かった。

 

 赤鬼はこの広間に仕込んでいた仕掛けを作動させる。

 270度の方向より降り注ぐ妖力の矢。

 禍々しい矢先の紫矢は茜の霊癖展開で防がれる。

 

「これで終わりじゃねえぞ!」

 

 赤鬼の方向に合わせて次の波が来る。

 二度目の矢の波が襲いかかるのに合わせて、夕緋は茜の後ろに回り、身を屈める。

 第二波も壁によって防がれる。

 壁と矢のぶつかりによる、霊力と妖力の弾かれ合いによって生まれる小さな閃光群によって、視界を塞いでしまう。

 

 赤鬼は第三波の準備をしつつ、別の力の準備も始める。

 赤鬼の周囲には紫色の球体が生まれていた。

 球体は少しずつ膨れ、サイズ感が一段階ずつ増えていく。小さな苺から蜜柑くらいのサイズ、次の瞬間にはサッカーボール大ほどの大きさにまで。

 膨れるほどに妖力が溜まっていく。

 赤鬼だけは知っている。

 妖力の指向性は――爆発。

 霊具のように球体は赤鬼の周囲に浮遊し始める。サイズは西瓜ほどの大きさで留まる。ここから大きくするかどうかも選択肢次第だ。

 どこで炸裂させるか、どこで投擲するか。

 

――それ以上の思考する間もなく。

 

 茜の影に居た夕緋は小さな閃光群と、矢と壁のぶつかりあいによって生まれた土煙も利用する。

 夕緋の足に霊力が集中し、彼女の独自の技術を持って高速歩行に成る。

 臍から足に霊力を流すイメージで、探索で段地から飛翔していたように――たったの二秒で50mの距離をかける。

 圧倒的歩行速度。

 

(――早い!)

 

 鬼が本来持つ動体視力が何とか夕緋の動きを追える。

 右から一瞬で飛んでくる女の形をした弾丸。

 あわてて鬼は足元の地面に向けて、西瓜サイズの紫球を爆発させる。

 

――ドンッ!!

 

 地面がえぐれ、妖力と地面を抉った時に生まれる土塊の散弾が周りを破壊する。

 残りの紫球は一つ。

 

(――やったか?)

 

 赤鬼は不意に上からの風を感じる。

 

(――上!)

(腕力頼りでないのに戦い慣れしている辺り、さすがは鬼か)

 

 この広間の天井は意外と高い、そのため紫球が来るなり、天井に夕緋は跳び、今度は天井を足場に下へ高速落下。

 残った腕で鬼は夕緋の刀を防ごうとする。

 

――ガキィン!

 

 暗い広間ではよく見えていなかったが、鬼の手甲には手甲があり、手首から少し先まで覆っている。

 横に刀を弾き、続けて至近距離で赤鬼の胴体から生まれた妖力の刃が夕緋に襲う。

 高速で弾かれた刀を返し、ピンポイントで刃を刀の側面で受ける。

 

(折れろよ)舌打ちする赤鬼。

 

 刀は折れない。おそらく名刀か何かの業物。それも霊力に関したものだろう。

 薙いだ腕を戻し、今度は鉄甲を纏ったジャブ。ストレートで殴り切ると、伸び切った腕が斬られかねない。

 それを見切る夕緋。寸での所で回避していく。距離が近すぎて、刀を振るには隙になる。相手のジャブの方が一手早い。

 至近距離の高速戦闘。

 本来であれば赤鬼は腕が二本で、左右から巨腕が向かってくるはずが、今は片腕である。

 ジャブで一発、殴る度に紫の刃もおまけに飛んでくる(こちらは刃先を些細に移動するか、あるいは見切りでギリギリの所を回避する夕緋)。

 赤鬼は二本目の腕の役割を妖力の飛ぶ刃で代用している。殴る。よけられたら飛ぶ刃。

 

 広間の中央にさりげなく誘導する夕緋。

 襲い来る殴拳を半歩でよけ、後ろに引いていく。

 押されているように演出し、必殺の機会を伺う。

 

 赤鬼は冷静に分析する。

(この眼の前の女は霊力が少なそうに感じる。刀一辺倒の武闘派はそういう所があると聞いたしな。……あるいは何か隠し玉もあるのか。それはまあ、いい。今はとにかく刀が厄介すぎる。……それに、何もしてこないもう一人の女は、……ああ、角度がウザい)

(ちっ)

 

 茜は近すぎない範囲で距離を維持している。

 赤鬼の背を取れれば嬉しいが、赤鬼は立ち位置を微妙に意識してステップを踏む。

 茜も意識してるぞ、という動き。

 

 赤鬼は勝ちを焦る。

 夕緋が突きをする。赤鬼はそれを回避する。大振り気味の突き。

 しかし、これは夕緋がワザと作った隙である。

 

(ここだ!)

 

 渾身のストレート。しかし、それを数ミリの範囲で頬を掠る形で見切る巫女。

 巨腕が夕緋の頬の横を掠めていった。夕緋は懐へ。

 

 

(くそ、わざとか! ――切られるぐらいなら)

 

 頑丈さなら鬼が勝る。

 続けざまに残していた最期の紫球の爆発。二人もろとも言わんばかりに夕緋の背の後ろの宙に移動していた。位置的にモロに食らうのは夕緋だ。

 赤鬼はこの時、紫球の爆発の威力を知ってるためにやや離れた位置で爆発させようとしたこと――それが命取りとなる。

 

 紫球の位置の変化に遠目に気づいていた茜は霊符を投擲する。

 赤鬼と夕緋の二人を囲う小さな円形の結界。結界は瞬時に展開と同時に爆発の衝撃を吸収する。結界にヒビが入る。

 はるか後方で茜が笑う。

 

(――くそが)

 

 赤鬼は夕緋によって袈裟斬りを受け、胴体から斜めに刀の一閃、次にもう続けて一閃。こちらは一刀両断に成功。膝から下の片足を切り落とされる。

 胴体から上がる血飛沫。しかし、やはり胴体は頑強であるので、それで済む。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 夕緋と茜の二人が勝利を確信した瞬間に小さな影が広間に入ってきた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 無くなった足で片膝をつく赤鬼。

 その前に立ち、夕緋は刀を構える。

 

「一思いに首を落としてやる。これは慈悲だ」

「……」

「そうだな、最期の一言くらい聞いてやろう」

 

 片膝をつき、忌々しく睨んでいた赤鬼は小さく笑う。

 

「俺を殺せば、あのガキも一緒に死ぬぞ」

「――――は?」

 

 何を言われたのか、夕緋は理解が出来なかった。

 次の瞬間、広間に新しい気配を感じる。子供のように軽い足取り。

 

「ヨイチ?! 馬鹿、なんで入ってきてるの、アンタ?! 帰ったんじゃなかったの!?」

 

 茜が必死に叫ぶ声が遠くに聞こえる。つい、そちらに横目で視線を向けると、首には紫色の首輪が、暗闇の中で怪しく光り浮かぶ。

 茜の周囲に浮かぶ照明霊具に照らされ、すっかりここ二日で見慣れたスポーツ刈りの少年――与市が見える。

 

「類感魔術ならぬ、類感呪術、って感じだ。……ふぅ……俺の命を殺せば、アイツも連鎖的に死ぬ。……急ごしらえだが、うまくいった。本当は傷を負えば傷も浮かぶ……という風にしたかったが、ガキの身体じゃ失血に耐えられるか分からんしな……ふう……はあ……」斬られた傷が痛むのか、息を乱しながら告げる赤鬼。

「き、貴様!!」

「見てたぜ。鼠の目を介して、遠目からそのガキと仲良しこよししてるところは」

 

 

 口元に勝利を勝ち誇った笑みを浮かべる赤鬼。

 

「つけいるとしたら、そこだった」

 

 虚ろな目で立ち尽くす与市。

 紫色の首輪は怪しく輝き続ける。

 

――呪鬼は搦手に強い。

 

 真っ向からぶつかって勝ち目が無いなら、別の方向から勝利の芽を見出す。

 それが呪鬼のもう一つの戦い。

 

「ガキの今血を見捨てたくないなら、降伏しな。……おっと、そっちの札持ってるメスガキは動くなよ。変なことしたらガキの首だけふっとばしてもいいぜ」

「…………」ぼーっとしている与市。

「駄目だよ! 夕姉! 与市は残念だけど、必要な犠牲! 今、殺るしかないって!」

「し、しかし……」

「刀を振り下ろして! 止めさして! 与市とはまだ会って、そんなにもたってないでしょ?! そもそも鬼の言うことが本当とも限らないよ!」

「だが……」

「ククク……お優しい対魔師様だなあ。ガキの命を惜しむなんて」

「夕姉!」

(――――)

 

 

 

 夕緋は逡巡する。

 ふと脳裏に巡る以前の記憶。

 倒れ伏す子供の姿。救えなかった命。後悔の色。

 

 

 

 

 

 

 

「………できない…………一般人の……命を犠牲に使命を果たすことは……」

 

 

 

 

 

 夕緋は握っていた刀を落としてしまう。

 自らの意思で。

 

 刀が地面に落ちた音を聞き、落胆する茜の息遣い。

 

 

 

 

 そうして。

 

 

 

 

 

 

 

「…………あれ」

 

 与市の目に光が戻る。

 

 

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