既知転生しましたが、憑依転生では無いようなので静かに暮らしたいと思います。 作:アルカミレス
『看板娘』イベント発生中。
書き始めは12000文字くらいで終わると思ってたんだ、なんとなく頭の整理の為に説明をぶっ込んだんだ……そしたらこの文字数だよ。
この都市祭が原作と思われるゲームにおいて実際に起きた事象であると
騎士見習い達の学生運動か乱痴気騒ぎかは分からない問題行動、タチアを切っ掛けとして関わることになったこの事件。タチアという人間に対する記述は『深く深い闇の先で』の関連資料を隅々まで読んだ自負のある俺でも無かったからこの世界特有の
では、この
実際のところ『深く深い闇の先で』のサブイベントの中には主人公のスミスが直接関わることの無いキャラによる過去語りにて戦闘を行う物が存在していたりする。過去に有ったことである為に扱えるキャラは強く、難易度はそこそこなそれらのサブイベント。しかし、学生運動が起きた事を語る物は一つもなかったのは確かだ。
カトレアルートにて彼女の両親が『ワールウィンド』で多くの人々が死傷した事件について語るシーンは有るが、明確に何時どれだけの規模で起きたかは語っていなかった。分かるのはその時の事件で幹部の一人である防衛長が辞任した事と、カトレアがその時の恐怖で強いゴーレムを欲するようになった事くらいだ。
もし、俺達が直面している事件が同一ならば規模も何もかもタチアから齎されたものだけで判断するしかない。スラムや外患誘致も含めた約一万人が敵だと仮定するなら、純粋に人手が足りない。
視察に来る皇族には
この『ワールウィンド』の建物は基本的に石造なので外から燃やせる部位は少ないが、木を使ってない訳でもない。それどころか内装の殆どは木であるしスラムに建つ建物は木造が主だから燃え始めたら消火活動が必須になる。自警団の人達には消火を担当する班も存在している為に頼る事になるだろうが、同時に消火活動中の彼等は騎士見習い達の絶好の獲物にもなってしまう。
主犯格である学生運動の首謀者を真っ先に捕らえるべきか、それとも消火活動の護衛を優先するべきか。戦略に長けた人に相談できたなら良かったが、生憎と都市祭の準備優先でこの辺を蔑ろにしてしまった。強力な戦力になる人達と顔繋ぎは出来ているが、やはり不安は残る。
「……タタラさん、根を詰め過ぎですよ」
思考を回している最中、聞き慣れてきた声のそんな言葉が頭上から降って来た。肩を軽く揉んでくるその相手を仰ぎ見れば、何処か慈しむような目をした三葉さんがいた。
「お帰りなさい……でいいんですかねこの場合?」
「ふふふ、最早住み慣れて来てますけど此処は私の家では無いんですよね」
何処か悪戯っぽく俺の言葉に返した三葉さんに曖昧な笑みを浮かべる。未来の義姉なのにここ数日でこの家に馴染み過ぎてる気がしてならない、出来ればこの国の皇族の誰かに嫁いでもらいたいところではあるが……何かの間違いで俺と結婚する事になったりしないよな?
「明日は朝からこの街を案内していただくのですし、もうお休みになられては?」
「いえ、まだ日課の『空裂』を打ってませんので」
俺の身体を心配しているのが分かる三葉さんを相手に心苦しいが、前に一度サボったからその分を取り戻す為に一回一回の鍛冶を集中して技術に向き合う必要が有る。お師様の腕を越えると言う約束が有るというのに、別の要件が有るからとサボってしまうのは駄目だろう。この一日を取り戻す為にどれだけの鍛錬を積み重ねなければならないのか、神であるお師様の気が遠くなる程に積み上げてきた時間を考えると頭が痛くなる。
そんな事を考えつつ日課の為に鍛冶場へ向かおうとした時にふと思い出す、以前三葉さんに包丁を贈ろうと考えた事が有った。どうせなら『空裂』と一緒に打ってしまおうか。
此処最近で大量に消費しているが刀剣を作るなら多少の余裕が有るミスリルインゴットを取り出して、早速火を入れた炉に放り込む。王玉から放たれる熱の概念によりミスリルを赤め、適時的確に炉から引き抜き鎚を振るう。
水減しと小割りを終えてから梃子棒に乗せて濡らした陽出紙で包み藁灰をまぶし泥汁を振り掛けた後に積み沸かし、そこから仮付を開始。此処最近『聞き耳』スキルの影響か鋼の沸く音をより上手く聞き取れるようになった気がする、お師様の経験で得た技術をスキルで代用出来るのなら積極的に取り入れて追いつくべきだろうか。
炉から引き抜いて仮付、問題無く沸いているのを確認してから本沸かしを始めそのまま鍛錬に移る。
元々一人で鍛えて来たが『鍔目返し』スキルと『クラフト』スキルでより効率的に打ち上げられるようになった、この影響でより多く折り曲げ層を重ねられるようになった。
下鍛えと上鍛えを終えてから造り込み、四方詰めにて刀身を造り打ち延ばす。巣延べ棒を造り、鋒を落とすのと併せて分割する。長さの違う巣延べ棒になった其々を『鍔目返し』により増えた打数に物を言わせて同じ数になる様にして鍛える。
そうして火造りを終えて土起きを挟んでから焼き入れへ。塗った焼き刃土を『創製魔法』で乾燥させてから炉に入れて熱し、そこから水槽へ入れて急速冷却。焼き入れを終え、焦げた焼き刃土を割ってその下の刃を光の下へと晒す。
長さの違う四本の包丁を研ぎ、柄を付ける。長い物は40cm程、そこから25cm、15cm、10cmと用途別で使えるように複数本作った。
「……ふぅ」
「お疲れ様ですタタラさん、これは……短刀ですか?」
「いえ、包丁です」
一人で作業をしているつもりだったが、ずっと見学していたらしい三葉さんが声を掛けていたので応える。振り返ると鍛冶場の熱で汗をかき、薄手の襦袢が肌に張り付いて透けさせている姿が目にはいる。気不味さから思わず視線を反らしてしまった。
「包丁……何故日課の刀では無いのでしょうか?」
「その、以前俺が包丁を贈ろうと考えてたのを思い出しまして」
「まぁ……コレを私に?」
「ええ、少し遅くなってしまいましたが」
俺の言葉に以前の会話を思い出したらしい三葉さんが驚きつつも四本の包丁を受け取る。握りを確かめ、刃を矯めつ眇めつ調べてから一つ頷く。
「……やはり、素晴らしい出来ですね」
そう言葉を零してからインベトリへと包丁をしまってから俺に綺麗な一礼してくる三葉さん。
「この様に素晴らしい物をありがとうございます」
「いえ、俺がしたいからしたことですし」
サボってしまった分も自分の技術に向き合う意味も有ったが、此処最近ずっとご飯を任せていたお礼も兼ねているつもりだ。尤も、近い作り方をしたせいかこの包丁は全て『厄切り』の概念武装であり包丁に向いた概念は施されていない。ミスリル素材が影響して魔法攻撃力に高い補正は入るが、包丁で戦うのは違うだろう。
「それじゃ俺はこのまま『空裂』を打ちますので……」
「ではこのまま見学させていただきますね」
次の作業に移る旨を伝えればてっきり就寝に向かうと思ったのだが、以前見た『空裂』の作刀と大きく変わる事は無いと思うのだが何が楽しいのだろうか?
そんな疑問を他所に日課である『空裂』を打ち上げる。見学していた三葉さんは以前と同じく静かで、以前とは違い楽しそうな何処か嬉しそうな表情をしていた。そんな三葉さんは打ち上がった『空裂』をインベトリにしまう俺に声を掛けてくる。
「タタラさん、鍛冶の最中に詠っていますが『歌唱』などはお持ちではないのですか?」
「え、『歌唱』スキルをですか?」
「はい、それと『舞踊』もです」
突然の事で困惑が勝るが、同時に理由を考えて一つの解を持つ。
「……三葉さんは、俺のこの鍛冶を神事として見てるんですか?」
「はい。天目一箇命様より賜った故に、私には神事と見えました」
三葉さんの答えを聞いて成る程と思う、コレは恐らく天之鈿女を拝命しているお義母さんの影響した視点だろう。当主代行は剣士として、お義母さんは技術者としての視点から刀鍛冶だと認識していたからこの指摘が無かったのだと思う。もし、この『空裂』を打つ刀鍛冶が神事に類するのだとすれば、神に歌と舞を捧げるのも道理である。
「……お師様の真似をして自然と漏れ出ていましたけど、確かに三葉さんの言うとおりかも知れないですね」
俺の言葉に少し嬉しそうな笑みを浮かべる三葉さん、自分の言葉が役に立ったのが嬉しいのだろう。俺は最大レベルまで後13残っている、スキルスロットが2つ増やせると考えるなら存在昇華をしないにしても最大レベルまで上げる必要が有る。都市祭と学生運動が終わったらレベル上げをするか、死ぬ迄の僅かな時間でもお師様を超える為に全ての手段を試したい。
なんなら『鑑定』の効果が上がる
「ありがとうございます、三葉さんのおかげで新しい気付きを得られました」
「いえ、お気になさらず」
「そんな訳には行かないですよ、何かお礼を」
「それこそ過分……いえ、それでしたら一ついいですか?」
礼を返したいと言えば最初は遠慮されるが、何かを思い付いたらしい三葉さん。リビングに移動して、内容を聞こうと思いソファに座って向かい合った。
「それで、何をして欲しいですか?」
「それでしたら、私の目を見て下さい」
「目を、ですか?」
言われるまま視線を合わせると、三葉さんの目から暗い光が漏れ出す。
「朝までお眠りなさい」
それは呪詛、目を通して俺に命令を下して来た三葉さんに逆らえず急速な眠気に襲われソファに崩れ落ちる。
「明日の逢引、私も楽しみなのですよ。ですから……今はただ、ゆっくりとお眠り下さいね?」
遠退く意識の中で三葉さんのそんな声と、優しく頭を撫でてくる感触を覚えてから俺は眠ってしまった。
顔に掛かる陽の光とその暖かさで自然と目が覚める、ゆっくりと目を開けば自室ではなくリビングの天井が視界に入る。腹の付近に重みを感じて視線を下げれば、
どうも三葉さんの呪詛によりリビングで寝た後、リビングの住人である『バイト長』のソファベッドに移動させられて一緒に寝ていたらしい。前にも暖かそうだったからと抱き着いて寝ていたので、驚きは特にない。つか、起伏が無いからか全く興奮出来ないのは何なのだろうか?
取り敢えずシャワーを浴びたり朝食の準備をする為に『バイト長』を起こせば寝ぼけ眼で俺を見た後、幸せそうにふわりと笑ってくる。普段はあまり意識しないが、顔の造形が『天使長』に似ているからこう言った表情に一瞬だけ胸が高鳴る。そんな自分を誤魔化す為に、両手で乱暴に『バイト長』の頭を搔いて目を覚まさせてやる。
《うきゃぁぁぁぁぁぁぁ!?》
「おら、何時迄も俺の上で寝てないで起きろ。朝食の準備も出来んだろうが」
《た、タタラくんがソファで寝づらそうだったから善意でボクのベッドで一緒に寝たのにこんな目覚ましはヒドイです!!》
完全に覚醒したらしい『バイト長』から文句を言われるも、一華と同じ様に自然と頭を預けて来てもっともっとと強請ってくる。どうも動物の耳みたいな髪形の影響か、『バイト長』もペット気質らしい。お望み通り少し続けてから、上から退かして思い切り伸びをする。身体中から音を鳴らせつつ、血流が加速して頭が冴えてくる。軽く『鑑定』を掛けるが異常は無し、コレなら三葉さんに都市祭を案内するにも問題は無さそうだ。
「さて、俺はシャワーを浴びてから朝食の準備を始めるな。『バイト長』も着替えとけよ、今日から都市祭が始まるから見回りたいならお小遣いも出すから言ってくれ」
《タタラくん、ボクを自分の娘か何かと勘違いしてるです?》
俺の言葉を聞いて呆れ顔を浮かべる『バイト長』、そんな姿に苦笑いをしつつ夫婦風呂に向かう。さて、三葉さんの隣に立って恥をかかせないようしっかりと身支度をしなければな。
改めて自分のデートの経験がエテルと一華の二人しか無いことに苦笑いが浮かぶ、着る服もエテルが俺に似合うと選んでくれた服を着るのは流石に自分でもどうかと思ったが他に良い服が無い。今度自分で服を選んだ方がいいかもな。
汗を流し厨房へ、今日は都市祭の出店で買い食い予定なので少なめに用意する。家に残るのなら其々で作って食べて貰うように後で言うつもりだ、何となく全員家から出るような気がするので一応声掛けするだけだけどな。
此処最近では珍しく三葉さんの姿が無い中でサンドイッチを作る。卵黄と酢と塩を入れて泡立て器で混ぜ、オリーブオイルを少量ずつ入れながらの混ぜてマヨネーズを作成。潰した茹で卵と混ぜ合わせてたまごフィリングにしてパンに挟んだサンドイッチ。レタスとチーズ、そしてハムを挟んだサンドイッチ。2種類に限定して作った為に手早く数を用意出来た。
それらを並べた大皿を『バイト長』にテーブルへと運んで貰う、お義母さんとの鍛練を積み重ねた影響か今日は危な気無くテーブルに辿り着き並べていく。『バイト長』本人は気付いているんだろうか、転ぶ回数が激減していることに。
「そう言えば、三葉さんの姿が見えないんですけどお義母さんは知りませんか?」
転ばないように見守っている俺の隣に何時の間にやら並んでいたお義母さんに声をかければ、以前俺が贈ったミスリル製の扇を開いて口元を隠した。
「今日の逢引に併せて御色直し中ですよ」
「それは……俺もしっかり用意しないとな」
「それでしたら此方を」
インベトリから畳まれた衣服を渡され、思わず受け取る。見れば見事な濃藍の絣に浅葱の袴、書生服と言われる組み合わせだ。今更ながらエロゲファンタジアの世界故に服が時代とか何も考えてない先取り具合だ、まぁ一華のパンクファッションとかエテルのギャル風ファッションを中世風の世界で出してる俺が言える事では無いが。
「タタラさんは身体が大きいですし、陽出の服も似合うと思いまして繕ってみました」
「お義母さんが作ったんですかコレ」
以前繕い方を教えてもらったが、まさか作ったものを渡されるとは思わなかった。
「機織りから染めも全て私がやったんですよ」
「何時の間に……もしかして一度帰った時に?」
「ええ、息子に繕って以来ですから久し振りでしたが腕は衰えていませんでした」
息子以来って、今更ながらもう完全に家族認定されてるよなこれ。
そんな遣り取りの後朝食を済ませ、歯を磨いた後で着替える。書生服は余裕が有る作りで、そこそこデカい俺の体格でも余裕が有った。内に一枚だけシャツを着ているが、此方の比較的低い気温でも寒くは無い。足元は此方の靴になるだろうが、和洋折衷具合は寧ろ前世の大正浪漫な雰囲気になるのではなかろうか?
着替え終えてリビングに入れば、何時もの面々は揃っておらずお義母さんと当主代行そしていばらさんだけが居た。
「あら、やはり黒髪のタタラさんは陽出の出で立ちも似合いますね」
自分が作った服を着ているのが嬉しいのかお義母さんが顔を綻ばせてそう言った。隣に居る当主代行も一つ頷いている。
「うむ、鍛冶で身体を鍛えられている故に貫禄が有る。四葩との婚礼の際は我が家から紋付袴を出そう」
「気が早い、つか俺の事情知ってんのにいいんですか?」
「十年以内に三人や四人は仕込めるであろう?」
下世話だと思うが、四葩も貴族の娘なので血を残す事を望まれているから仕方ないか。つか、次の当主候補の兄達が結婚する気配がないって前に言ってたから下手しなくても将来の当主候補になるんだろう……世知辛い。
「今日はどのように三葉を
「今日はこの『ワールウィンド』全体を案内しつつ、都市祭を楽しんでもらおうと思ってます」
「……そう言えば、以前に夕餉の席で言っていたかしら」
横から声を掛けてくる腕を組んで威圧感を放ついばらさんからの質問にそう答える。片眉を上げて見せてくる疑問に俺は頷いてから続けた。
「三葉さんは独り立ちして虎熊家を出るつもりです、そこで当主代行と協議してこの家の近くに新しく家を買って此方に住むようにと話がつきました」
「……成る程、それでこの都市を案内すると。あの子は何を仕事にするつもりなのかしら?」
「家政婦、と言うと語弊が有るかも知れませんがそれに近い家事代行と言う仕事をしようとしていますね」
俺の言葉を聞いて自らの顎に手を当てるいばらさん。
「……いき過ぎた花嫁修業の成果を仕事にするなんて、あの子も成長したのね」
「理解が早いですね」
「あの子の姉なのよ、当たり前でしょう」
何処かドヤ顔に見える表情で答えるいばらさん、虎熊家の家族間に働く理解の早さは血か何かなのだろうか。
そんな会話をしていると転移門が稼働する、開いた門の向こうから一人分の人影がやってくる。桜色の着物に新緑色の袴に編み上げブーツ、薔薇に似た花の形に編んだ黒髪を右眉の上に生えている角に掛けている。その髪形を見たいばらさんが物凄く驚いた表情をしているが、何か意味が有るのだろうか?
「おはようございます、タタラさん。お待たせしてしまいましたか?」
たおやかな仕草で礼をした後、微笑んで質問してくる。デートにおいてこの手の質問に対しての答えは一つだろう。
「いいえ、丁度いい時間ですよ。それと、とても似合ってますよ三葉さん」
「うふふ、ありがとうございます。タタラさんもとてもお似合いですよ」
似合っているという感想は本心からなのだが軽く流されたな、お返しといった感じで似合ってると言われたが中々に言われない褒め言葉だから少し恥ずかしくなる。
「あら、頬が紅くなっていてよ?」
「誂わないで下さい」
いばらさんからの追撃で頬がより熱くなるのを自覚する、周囲から向けられる生暖かい視線に肩身が狭く感じる。
「そ、それじゃあ都市祭開催の宣言前に軽く案内をしていきますね!」
誤魔化す為にそう言って庭から門へと三葉さんの手を引いて向かう、俺に手を引かれる三葉さんは特に抵抗する素振りは見せずに付いてきてくれた。何となく、本当に何となくだが……お義母さんが後ろで『計画通り』みたいな表情をしてる気がする。
門から外に出てから一呼吸、改めて三葉さんに向き合ってから言葉を紡ぐ。
「それでは、都市祭開催宣言が行われる10時迄の間に中央広場へ向かいつつこの『ワールウィンド』を案内していきます」
「ふふふ、はい。よしなにお願いします」
やはり歳上には勝てそうもないと感じつつ、改めてこの『ワールウィンド』に付いて説明を始める。
「この『ワールウィンド』は大まかに8の区画に分けて認識されています」
「8の区画に、ですか?」
「はい、先ずは此処『ワールウィンド』の南西に位置する開発区になります」
この『ワールウィンド』は北の中枢区、北東の貴族区、東の商会区、南東の工匠区、南の住宅区、南西の開発区、西の農耕区、北西の迷宮区の八箇所に大まかに分類されている。俺達が住むのはその中の開発区である。
「何故開発区なのでしょうか、しっかりと整備されて見えますが」
「コレは『ワールウィンド』の歴史が関係しているんですが、この開発区は『ワールウィンド』で最後に整備されました」
この『ワールウィンド』は迷宮区に有る『常闇の洞』を監視する為に建てられた砦、今では学園となった物を起点にして作られている。その学園が有るのは中枢区で、迷宮区と隣接した形になっている。貴族区はこの『ワールウィンド』が出来る前、最初期に『常闇の洞』を攻略或いは溢れ出るモンスターを討伐する人達が住む場所を作った物の名残りだ。そうして生活を支える為に商人が集まり商会区の元となる場所が出来て、その商人達が卸す武具を作る職人達が集まって工匠区の元が出来る……こうして続いたのが『ワールウィンド』の大まかな原型だ。農耕区はモンスターが氾濫した際に人より先に家畜や作物を囮にするのを目的として迷宮区に隣接して作られ、迷宮で一山当てようとして後から人が集まったのが居住区になって行った。
そんな流れの中で何度目かのモンスターの氾濫が起き、対応しきれなかったモンスターが散り散りになって逃げていく事に対応する為に此等を囲う壁が作られて『ワールウィンド』という都市は出来上がる。開発区はこの囲いの中で手付かずだった土地に対して与えられた名称であり、その名残が今も残り続けている。
「──とまぁ、コレが『ワールウィンド』の大まかな歴史ですね」
「……少しの疑問が歴史の授業になってしまいましたね」
一通り語り終えた俺に対して三葉さんは苦笑いをしながらそう言った。うん、立ち話でするもんじゃなかったなコレ。
「とは言え、名残は今も残り続けていて居住区に土地が余って無い場合にこの開発区へと土地を求めて人が流れてくる形になります。居住区に比べて此方の方が土地代が安いですが、商会区からやや遠いですし迷宮区も農耕区を挟んで直ぐなのでやや危険なのも理由ですね」
「……タタラさんの家が近いとはいえ、この付近に住むのが少し不安になりますね」
「当主代行に言って居住区に家を建てるようにして貰うのがいいかも知れませんね、家事代行の仕事をする上で家庭が多い方がいいでしょうし」
将来の展望を話しつつ、移動を開始する。次の案内は居住区、とは言え街並みを見ながらの軽い案内にしかならないが。
「風土的に石造建築が多いのが特徴なのですね」
「此方は湿度が低い上に最高気温が25℃程なんで、陽出國で言うところの秋に近い季節が続きます。まぁ、雨だけじゃなく雪も降りますけど」
「ふふ、雪化粧の街並みはさぞや綺麗な物になりそうですね」
少しずつ外に出始めた住人達から注目を受ける、やはり大正浪漫風の服装は此方では異質だからか目立つんだろうな。
商店区に差し掛かり、準備期間中から開いていた屋台が活気に溢れた声を上げているのが聞こえる。三葉さんがそっと腹部に手を添えるのが見えて俺は声を掛けるた。
「朝飯がちょっと足りなかったんで屋台で何か食べようと思うんですけど、付き合って貰えませんか?」
「……タタラさんもお年頃ですし、キチンと食べないと駄目ですよ?」
恥をかかせないようにって気遣いに気付かれてる、まぁお義母さんから厳しく躾けられているだろうし当然か。そして流石は鬼と言うべきか、串焼きを買ったら俺の3倍の量を手にして周囲から二度見三度見されている。多分、他人だったら俺も同じ事をしているだろうな。
「香辛料と此方の酢を効かせているのですね。お肉なら肉汁と混じりクドさを抑えて味わい易く、野菜なら甘味をより引き立てる良き塩梅ですね」
「陽出から醤油が伝わったらどうなるんでしょうね」
上品な所作ながらみるみる内に串焼きを減らしていく三葉さんの食欲に周囲の人達から驚愕の雰囲気が伝わってくる、普段一緒に食事してる中では意識して無かったけど意外に健啖だな光葉さん。
そのまま商店区を抜けて商会区に入り、都市祭でも関係なく運営している商会まで案内する。何かあれば俺が作ることも出来るが、家事代行という事業をするなら営業許可を取る必要があるのでそれは商会の役割だ。適正価格の相談も請負ってくれるので、その為の相談窓口も案内しておく。
そんなこんなをしていると都市長による開催宣言まで残り10分という時間になっていた。
「そろそろ開催宣言なので中央広場まで行きましょうか」
「あら、タタラさんの発明で此処でも見れるのでは?」
俺の言葉にそう言って三葉さんが指差す先には俺が作った移動式の街宣モニターが一台、見慣れない代物におっかなビックリ近付く人達に対して操作説明と保守と盗難対策であろう職員らしい人が付いている。いや、いきなり試作品かつ新技術の操作説明やらされるとか可哀想だな担当した人達。
「それはそうなんですけど、折角ですし都市長を冷やか……応援したいなと」
「ふふ、悪戯好きですね」
そんな事言うけど三葉さんも十分乗り気で悪戯っぽい表情を浮かべているのだが……ツッコんだら負けかなこれ。
かつて俺が流体魔石で吹き飛ばした中央広場に着くと、特設の壇場が作られていた。その他にもスピーカー等の設備が設置されているが、人が犇めいている故に起こる音で全体に届くかは微妙な気がする。
「あの、三葉さん。案内中に申し訳無いですけど少し手伝って来たいんですけど」
「あらあら、それなら私も側まで行かせて頂きますね」
三葉さんの了承を得てから広場を外から回って壇場裏へ、俺の姿を見たスタッフ……とりわけ都市長が驚愕の表情を浮かべる。
「……何しに来たのよ」
「手伝いにです」
そのまま素材を複数用意していく、魔石を次々と『錬金術』と『クラフト』で加工して大型のモニターと『浮身石』を作製してそれを鉄製の枠組みに嵌めていく。モニターには『感応』の術式を刻んで完成、コレで宙空モニターの完成だ。
尤も、自立稼働は出来ないので小たたら達を後ろに乗せて制御させる形を取った。何れは自立稼働出来るようにしたいが、この場でやるには時間が足りない。続いて撮影用のカメラ型魔導具の調整、街宣モニターだけでなく今作った宙空モニターにも届く様にする。
調整が終われば小たたら達に指示を出してモニターを宙へと浮かせた、此処までの所要時間約三分……宙空モニター6台とカメラの調整だけとは言えまたタタラってるって言われかねない作業時間だな。
突然空に浮かび上がった見慣れない板にざわめきが起こる中、時間を迎えた都市長が登壇する。見慣れない魔導具に騒いでいたのが嘘のように静まり返る広場を見て思う、新規の魔導具程度だと興味を引けたとして都市長よりはインパクト少ないんだなと。
そんな事を考えつつ広場の方へ三葉さんと共に都市長の宣言を聞く為に回る。同時に小たたら達に指示を出してより多くの人に画面が見える位置に宙空モニターを調整する、カメラから送られた画像を映し遠目では見え難い都市長の姿を見れる事に広場からは好意的な空気を感じ取れる。
〘我が一族が治める土地に住まう住民の皆様、おはようございます〙
都市長はそんな挨拶をマイク越しに放つ、広場からはその挨拶に返答する声が上がる。
〘この『ワールウィンド』が形を成し、今日まで続いたのは皆様とそして皆様へ続く血を残した方々の協力が有っての事です。先ずはその事に感謝をお伝えします〙
都市長の言葉は街宣モニターを通じて『ワールウィンド』に住む人々へ問題無く届いているだろうか、その場で見ていない俺では分からないが届いていると信じて都市長の言葉の続きを聞く。
〘この土地が『ワールウィンド』と呼ばれるようになり、500年を越える刻が流れました。この先、500年先の未来にもこの『ワールウィンド』が残り続ける事を願うばかりです。その為に私を始め一族は皆様が安心して暮らせるよう都市を運営していく事を誓います〙
改めて考えるとこの『ワールウィンド』も長い時を越えているんだな、ナーハズヒト皇国が300年だから国よりも長生きしている……原作や『天使長』達が伝えて来た事を考えると消し飛ぶ未来も有るんだが。
〘続いては此度の『ワールウィンド』の生誕日を祝い皇都より特別なお客様をお招きしています、それではご挨拶をお願いします〙
都市長はそう声を掛けつつ少し移動し、その背後に隠れるように立っていた人物を前面に立たせる。豪奢な騎士鎧に身を包んだ都市長よりやや身長の低いまだ少女と呼べる年齢の人物だ。身に纏うマントは皇家にのみ許された色で、金糸で国章が縫い付けられている。
現皇帝の末娘、つまりは
〘此度はこの様な喜ばしき日に呼ばれ光栄の至りである。我が名はルクレティア・ラウド=ナーハズヒト、現皇帝プロテア・ナーハズヒトの娘である〙
堂々とそう口を開くルクレティア様、そんな彼女が立つ壇場の周囲を目立つ者と目立ち難い者だいたい5人程の人数で囲む。
うん、見覚えのある顔を完全に隠したヒロイックなデザインなのに禍々しいオーラの全身鎧と顔の半分を隠すバイザーが目立つ軽鎧の女性が居るな……って此方に気付いて軽く手を振って来ないでくれませんかね。何やってんだあの
つか、双子から少し離れた背後で黒を基調とした法衣を着てる赤髪の女性は教皇のクラリエッタ様だよな?
何処からか見られているのを感じて視線を巡らせればかなりの遠方に弓を構えるエメラルドグリーンの髪をした女性が見えた気がする。この情報から思い付く人物が正しいのなら、国内最強の弓使いで
いや、確かに依頼はしたけどコレは流石に過剰戦力過ぎるだろ。ジジババエンティアにエルベリーナ様とクラリエッタ様とか小国なら問題無く滅ぼせる戦力だぞ。
〘500年と言う我が国家の樹立よりも前より迷宮を監視し、世界を守護し続けてきたこの都市の喜ばしきこの日にお呼ばれしたこと、誠に感謝します。まだまだ若輩の身なれど皇家に籍を置く一人として──〙
ルクレティア様の挨拶を聞きいている最中、学生運動に参加した馬鹿どもに対して僅かながら同情心が湧いてくる。仮にクラリエッタ様に気付いたとしても、エルベリーナ様が姿を見せずに都市内へ入れた時点で負けが確定している。更に正体を隠してジジババエンティアが居るのだから無理ゲーに過ぎる、自分が反対勢力側だったら逃げ出してるぞこれ。
都市長にゴーレムを500体まで増やして区画の復興に対応するって伝えたけど、増えた戦力を考えると足りるか不安になってきた。クラリエッタ様は兎も角ジジババエンティアとエルベリーナ様が本気を出したら一区画くらいは余裕で消し飛ぶと思う、
そんな事を考えているうちにルクレティア様の挨拶が終わる、広場から次々に拍手が上がるので俺と三葉さんも併せて拍手を贈った。俺達の拍手を背に降壇するルクレティア様に続く形でマイクスタンドの前に立つ都市長は言葉を紡ぎ始める。
〘ルクレティア様、都市に向けてのお言葉本当にありがとうございました。さて、私が長々と語ればルクレティア様の話の余韻が台無しになるので短く締めます。これから先の500年を目指すのも重要ですがその為には今を大切にすることが重要です。この『ワールウィンド』の生まれた日を祝して、ここに都市祭の開催を宣言します!〙
その宣言を聞き、ノリのいい市民達が歓声を上げる。指笛を吹く者や手に持っていた物を宙へと投げる者など、様々な反応をする周囲の中で戸惑う三葉さんの隣で拍手するに留める。俺を見た三葉さんは真似をして拍手をする、喝采を受けた都市長は一つ頷いてから微笑んで視線を動かすが俺の居る方向に視線を向けた瞬間一瞬だけ笑顔が固まった。俺、別に今日は宙空モニターを作ったくらいでこの先に何かやらかすとかの予定は無いんだけど?
喝采を背に降壇していく都市長を見届けてから俺達も『ワールウィンド』の案内に戻る。宙空モニターはそのまま中枢預かりにして貰う、小たたら達には帰って来てもらうけど。都市祭後にゴーレム無しでも制御できる機能を追加しないと他人に使えないからこの辺も研究しないとな。
「タタラさん、あの魔導具は持ち帰らなくてよいのですか?」
「都市長に預けてれば問題無いですから」
「……都市長様、また胃を痛められてしまうのですね」
何で断定形なんだろうか?
中枢区から離れ続いては迷宮区に入る、迎撃用の拠点になる関所や非常設の騎士団の詰所が主であり後は出店みたいに武器のメンテナンスを受け持つクラフターや回復系のアイテムを売る商人がチラホラ見える。
「この辺はモンスターの氾濫が起きた際に危険度が高く、犠牲者を減らす目的で場所代が高く設定されています。それでも此処で働くのは探索者を手助けする高潔さを持つか、緊急で入り用の相手からぼったくる為ですね」
「そうなのですね……やはり祭りの最中ですから迷宮への立ち入りは出来ないようになっているのですね」
普段は賑わっている受付は締め切られ、ダンジョンの入り口は巨大な金属製の門で閉じられている。屈強な重装鎧を纏った騎士が複数名その近くを警備して人の立ち入りを防いでいた。
「この都市にも騎士団が有るのですね」
「常設騎士団では無くて、帝都の方から訓練課程を終える前の騎士達が送られてくる形で団を形成してますね。騎士としては退屈な仕事でしょうけど、だいたいは半年から1年くらいの任期で入れ替わるので真面目に勤めてくれる人が殆どですね」
氾濫が起きたら真っ先に体を張る事になるが、基本的に兆候が見られた時点で探索者に掃討依頼が出されるので此処数十年はモンスターの氾濫は大きな規模では起きていない。百に届かない数のモンスターが出て来たのは年越し前に一度起きたのが直近だったと思うが、騎士達でも十分対処可能な規模故に都市に被害は出ていなかった。
「迷宮を抱える都市は発展もしますが、そう言った問題も抱えるのですね」
「まぁ、『ワールウィンド』は恩恵の方が大きいですけど普通はもっと大変だと思います」
他所の国や過去作では実際に滅んだ迷宮都市の話が漏れ聞こえてくる、都市の規模としては『ワールウィンド』よりも小さく砦なども無い物がそうなっているからか都市長の家系はずっとダンジョンの問題に対して整備を続けている。子供の頃に俺が魔鉄を生み出した際に都市長は命の危険が減る事を純粋に喜んでいたのは、ミスリルよりも安価に高性能な防具を作れるようになったが故だった。
「成る程、何れ程の問題が起きてもタタラさまがタタラってしまえば問題を解決出来ると」
「俺、三葉さんの四分の一しか生きてないので『ワールウィンド』の歴史にそこまで影響与えてないですよ」
「此れからの歴史には十二分に与えるでしょう?」
いやまぁ、やらかしを考えると与えざるを得ないというか……シャムスとエストの方が与えていく形になりはしそうだが。
そんな話をする中で迷宮区から農業区へと移動する。途端に薫る土の匂いに三葉さんが何処か安堵の様子を見せる、陽出國は石畳が主流じゃない故だろうか。
農業区も都市祭故に農家達が店を出している、普段は商店区に卸したり契約している家に宅配している農家も自慢の野菜や酪農の加工品を販売している。安いとは言え仲介料を介さない為に商会で買うよりも安く買える。
「お野菜、とても安いのですが領では見ない物が多いですね」
「風土そのものが大分違うでしょうからね、育ち易さや手に入る苗や種も変わると思います」
なんならピーマンとパプリカみたいに育つ環境で味と名前が変わる物だってある、この辺は陽出國まで行って確かめないと分からないな。
普段は買わないというか買えないような市場に卸されていないチーズやヨーグルト、ハムやソーセージなどを買っていく。『ワールウィンド』では家庭でスパイスの独自配合をしているだけあって、この手の食品は店で千差万別だ。三葉さんの気に入った物が有れば俺が金を出して買う、朝食や夕食で使ってくれるのが楽しみだし三葉さんも今から調理が楽しみの様子だ。
そうして歩くうちに見慣れた家に着く、カラー家だ。
「いらっしゃいま……た、タタラさん!?」
「こんにちはアンナちゃん」
気配を感じて振り返ったアンナちゃんが挨拶をしようとして、相手が俺と理解して驚愕といった反応をする。俺も気軽に挨拶を返しつつ周囲にアンナちゃん以外が居ないことを確認する。
「たー!」
「おう、ファーレムも久し振りだな」
俺の姿を認めた農家スタイルの小さな俺ことファーレムが嬉しそうに近寄ってくる、お手伝いはいいのかお前等?
「た、たたたたたたたたタタラさん!?」
「はい、タタラさんです」
「な、何でこんなところに!?」
吃り過ぎではないだろうか?
「今度こっちに引っ越してくる予定の人の案内を少しね」
「え、案内?」
俺の言葉に漸く隣に居る三葉さんに気付いたアンナちゃんは……その目
「……タタラさん、
奇妙な程に威圧感を感じる、何がアンナちゃんにそうさせてるのだろうか?
「此方は虎熊 三葉さん、前に俺の家で食事会をした時に異国の服を着ていた高貴な人が居たのを覚えてるかな?」
「えぇ、居ましたね」
「その人の娘の一人で、自立してこの都市に住むつもりなんだ。それで伝のある俺に案内を頼んだって訳」
俺の説明を聞いているうちにアンナちゃんの目
「三葉さん、この娘はアンナ・カラーちゃん。何時も家の庭先で剣術指南役に稽古を付けて貰っている俺の幼馴染の妹です」
「あら、あの方の!」
俺の説明に柏手を打って納得した三葉さんは礼を一つ。
「改めまして、陽出國は虎熊家の次女で虎熊 三葉と申します。宜しくお願いしますねアンナ・カラー様」
「はひぃっ!?」
丁寧に礼をされて慌てふためくアンナちゃんを宥め、異文化交流の難しさを改めて思い知る。三葉さんとしては普通の礼なんだけども、やはり此方では最敬礼に近い動作だから馴染みが薄いから戸惑うよな。
「アンナちゃん、陽出國は頭を下げる挨拶が主だから難しいかもだけど考え過ぎないでね」
「もっと早く教えて欲しかったよタタラくん」
あ、昔の呼び方になってる。焦るアンナちゃんの後ろからやや露出の多い服装の女の子が近付いてくる、ニーナちゃんだな。
「お姉ちゃん、騒がしくしてどうしたの……ってタタラくん!」
「ニーナちゃんこんにちは」
「こんにちは、タタラくんから預かった魔導具凄いよ!」
挨拶したら早速褒められた。魔導具と言うとフードドライヤーの事だろう、視線を巡らせればカラー家印のドライフルーツが袋詰めされて売られている。
「売れ行きが朝から凄いんだよ、コレが最後の在庫なんだ!」
「……もしかして、数が少なかった?」
「そんな事ないよ、300袋くらい用意してて残りがこれだもん」
「300!?」
想像以上の数である、しかも残りって今20袋くらいしか無いぞ?
「形の悪い物や小さい物を加工したので数を用意出来たんですよ、ジャムよりも加工が楽ですし値段も抑えめにしたら飛ぶように売れました」
「ああ、加工の手間を考えたらジャムよりも安いか……」
「材料費も砂糖分が浮くからね、大きく黒字だよ!」
アンナちゃんの言葉に納得していたらニーナちゃんが補足してくれた、ジャムやジュースも一緒に販売しているがドライフルーツが新商品として目を引いている為か売れ行きは大分負けている様子だ。
「……ところで、タタラくんとお揃いの服着てるその人誰?」
「ああ、この人は虎熊 三葉さん。以前の食事会に居た陽出國の貴族の人達の娘さんで今度此方に引っ越してくるから案内してるんだ」
「そうなんだね。私、ニーナ・カラーです。宜しくお願いしますね!」
「はい、虎熊 三葉と申します。宜しくお願いします」
元気に挨拶するニーナちゃんに対して、丁寧に礼をする三葉さん。ニーナちゃんも面食らった反応だがそれは一瞬、次には手を差し出している。
「『ワールウィンド』だと頭を下げる挨拶って慣れてないんだ、だから握手して欲しいかな」
「……ええ、此方も勝手が分からずにすみません」
「ううん、大丈夫だよ慣れていこ!」
ニーナちゃんコミュ強すぎやしないかな?
昔の引っ込み思案だった姿からは考えられないな。
その後もアルバードおじさんやレイチェルさんに三葉さんを紹介して、一人暮らしを始めたなら食材の定期購入を約束して貰い移動した。紹介を一通り終えて商会区に再び訪れる頃には空は暗くなっていて、屋台の並ぶ区画は魔導灯の明かりに照らされて雰囲気が大きく変わっている。
「此方の夜は明るいのですね」
「都市祭の間は特別に明るい状態ではありますが、もしかしたら陽出國の夜よりずっと明るいかも知れないですね」
実際の陽出國を知らないからアレだが、もしかしたら蝋燭が主流の灯りな可能性も有る。そうだった場合、仮に魔導灯が導入されたら景観が思い切り崩れるのではないだろうか?
「あいや、クラフターの兄ちゃんじゃねぇか!」
そんな事を考えていると、何処か聞き覚えの有る男性の声が届いた。振り返ると以前屋台の人達と譲り合いで喧嘩をしていた大道芸人さんが居た。
「あ、どうも」
「おうおう、以前とまた違う美人さんを連れてんな。兄ちゃんのコレかい?」
挨拶を返すが大道芸人さんは三葉さんを見て右手の小指を立てて見せてくる、この人以前エテルとのキスを見ていた筈だから単なる誂いかな?
「いえ、恋人の姉ですよ。今度此処に移住するので案内を頼まれたんです」
「かぁ、美人に囲まれてて羨ましいねぇ!!」
バシバシと背中を叩いてくる大道芸人さん、そんな彼の背後に青筋立てた40歳くらいの男性が近付いて来て思いっ切り頭を引っ叩いた。
「団長、そろそろ開演時間なのに何を迷惑掛けてんだこの阿呆!」
「いってぇ……少しは加減しろよ」
涙目で注意に返す大道芸人さん、男性もよく見れば以前の譲り合いで大道芸人さんの傍らに立ってた人だった。
「すみませんクラフターさん、ウチの阿呆が」
「いえいえ……開演なんですか?」
「ええ、コレで少し」
謝る大道芸人B……爽やか風イケメンだから爽やかさんでいいか、爽やかさんがインベトリから楽器を取り出して見せてくる。名前は分からないがヴァイオリンに似た弦楽器は細やかな傷が見て取れて、大切に手入れをしながら長い時を共に過ごして来たのが伺える。
「この阿呆、こんなですけど演奏は本当に凄いんで一緒に楽しんでいってください」
「こんなってお前な……まぁ、二人が盛り上がれるくらいにノリのいい曲をやるんで是非とも聞いてってな!」
そう言い残してこの場を離れていく二人、三葉さんに一言も話させなかったな。
「台風みたいな勢いでしたね」
「確かにそうですね」
互いに顔を見合わせた瞬間に二人で笑ってしまった。屋台で手軽に食べられる物を買い、ステージコンテナの近くの席に着く。三葉さんは大分空腹だったのか凄い速さで食べている……所作は綺麗なのがある意味でシュールだ。
「……あの、はしたなかったですか?」
「いえ、沢山食べる人は好きですよ。俺のも食べますか?」
「もう……頂きますね」
恥ずかしがりながらも俺が差し出したスパイスの効いたフライドポテトに手を伸ばす、家格の高さに反して手で摘む事に抵抗が無いところが陽出國らしさと言えるな。一本口にしては頬に手を添えて笑う姿を見て周囲の人達が同じ商品を探しているのが見えて、食べる姿だけでダリアの食レポと同じ効果を発揮するのは美人の特権かなと内心で笑う。
そうして食事を楽しんでいると低い音が耳に届く、何事かと視線を巡らせると夜闇で気配を消していたステージコンテナがゆっくりと開いていった。そのギミックで周囲からは驚愕の声が上がる中、ステージの上には四人の人影が見て取れた。
「あら、先程の?」
三葉さんの言葉で先程声を掛けてきた大道芸人さん達だと分かった。管楽器を奏でているのは遠目からは女性に見えて、その肺活量に軽く驚いてしまった。
その管楽器の音をベースにして大柄の人影、おそらく大道芸人さんと長身のおそらくは爽やかさんと思われる人が其々木管楽器と弦楽器を奏で始める。その音は軽快で、コレがこの世界でのダンス・ミュージックでたるのが分かった。踊るような見事さの木管楽器を叩く姿も凄いが、跳ねる様な軽快さで速弾きする弦楽器も相当な物だと思う。爽やかさん、大道芸人さんを褒めてたけど貴方も凄いじゃないですか。
そこに別の管楽器が参戦、ベースとは違い高く澄んだ音はオカリナの音に近い。爽やかさんの弦楽器とこの管楽器がボーカル役なのか補ったり重なりと複雑に絡み合っている。
音を聞いてノリのいい人達が席を立って踊り始める、三葉さんは驚いた表情でそれを見ているが何処か羨ましそうな表情にも見えた。
「三葉さん!」
「はい?」
「踊りましょう!」
「はいっ!?」
咄嗟に誘ってしまい三葉さんを戸惑わせてしまうが、そんな反応を無視して手を引き広場に立つ。片手を繋ぎ腰に手を当ててからステップを開始、戸惑う三葉さんだが決まったステップの無いダンスのコツを直ぐに掴んで直ぐに軽快に踊り始める。まぁ、何度か足を踏まれるが御愛嬌だ。
周囲の人達とぶつからないように……いや、ぶつかっても互いに軽く謝り合うだけで済むそんな空間で三葉さんは楽しそうに笑っている。曲の終わりが近付いて来たのが分かり、最後にと三葉さんの両脇に手を差し込んでから高く持ち上げる。前世で子供の頃、父親にやってもらった飛行機の遊びに近い格好でくるくると回る三葉さんは戸惑ったのも束の間、楽しそうに笑いながらお遊びの悲鳴を上げる。最後に力を抜いて三葉さんを抱き止める形で受け止めたところで曲が終わった。
そんなタイミングで三葉さんはそっと俺の耳元で声を放つ。
「タタラさま、貴方が四葩と結婚する事……少し複雑です」
抱き止める格好から三葉さんが腕を回してきて抱き合う形に変わる、その身体はどこか震えていた。
「貴方と家族になる事に否は有りません、でも義理の姉弟になるのは嫌になってしまいました」
コレは贖罪なのだろう、紡がれる言葉に込められた感情の重さで動けなくなってしまう。
「それでも先に貴方と出会ったのは四葩で、私は後から貴方を好きになって……姉なのに妹の想い人を横取りするなんていけない事ですから」
そっと身体を離す三葉さん、至近距離で目を合わせる。目尻に涙が見えた気がするが意識から外す、コレを意識しても良い事は無い。
「貴方を四葩の伴侶として認めます、どうか四葩を……いえ」
震える声を無理矢理押さえ付け、三葉さんは言葉を紡いでいく。
「四葩と幸せになって下さい。どうか、貴方を諦めた女の弱音を受け取って」
三葉さんへの都市の案内、その終わりはそんな恋心の終わりでもあった。
サブタイトルのボツ案「始まる前に終わる初恋」
……違うんです、こんなに長くするつもりは無かったんです。三葉の話を詰め込む序に設定を入れたら長くなったんです。
職場が変わったり勤務形態が変わったりは大きく影響してない筈なんです。
月一更新すら守れない自分がただの敗北者なんです。
おまけ
派手さは無いが良質な造りの調度品が並ぶ部屋の中、三人の男女が集まり意見を交換している。
男は頭だけを露出した全身鎧を纏うカラン・ナーハズヒトただ一人、対して女は黒い軽装鎧のセラス・ナーハズヒトを始め黒い法衣を纏う闇の女神の教皇クラリエッタだ。
「初日の挨拶を終えた現状、流石に襲撃は無かったな」
「スケジュールを前倒し、それも此方に箝口令を敷いた上での物なら当然と思われます旦那様」
カランが騎士見習い達の動向についての感想を述べればクラリエッタが何処か呆れを含んだ声で答える、事情が事情故にカランの頼みを即座に了承したクラリエッタだが不満が無いわけではない。
「行政側に裏切者が居るって予想は外れたのかしら?」
「いや、その辺は何とも言えん。現体制に不満を持つ者が存在しないなんてのは夢物語だ、有り得んだろうよ」
セラスの言葉に腕を組んでため息混じりに答えるカラン。最も支持された時期でも不満を消し切れなかった彼である故に、生物の生態とも言える現状への不満が湧くことに対して諦めが根底に有る。
「戻ったぞ、カラン」
そんな中で合流する新たな声、颯爽と歩き輝く様なエメラルドグリーンの髪を風に遊ばせるのはエルフの王族から嫁いだエルベリーナ・クラリフォーンライトハイト=ナーハズヒトである。
「御苦労だったな、エルベリーナ」
「まったくだ、都市全体を確認するのには広いぞ此処は。時間がかかり過ぎる……ホレ」
軽い声と共に差し出されたのは網籠型の手提げ鞄、その中には商店区で買った屋台飯が満載だった。エルベリーナ・クラリフォーンライトハイト=ナーハズヒト、エルフの森から出た後に触れた外の食文化に取り憑かれ腹ペコ属性に目覚めたエルフの王族である。尚、前世がプレイヤーであるタタラにとって彼女の印象は『ツルペタ尻デカエルフ』である。
エルベリーナが差し出した手提げ鞄を苦笑いで受け取りつつ席に座るよう促し、鞄の中身を取り出しながら会話を始める。
「それで、一日見回ってみてどうだ?」
カランの質問に対してエルベリーナは天井を仰ぎ、今日一日確認してきた『ワールウィンド』という都市内の様子を思い出していく。
「……正直、乱痴気騒ぎが表に出ている事は無いな。街を警邏している集団が優秀だ、彼らが抑えているのが分かる」
エルベリーナは自警団の練度の高さに驚かされた事を伝えていく、カランとセラスは目前でタタラの彼是を見せられた為にその評価に納得している。
「それと、初めて都市を回る上で迷わないような魔導具が置かれている事にも驚いた。あれ程までに正確な都市内の地図が見えるのは安全面としてはどうなのかとは思うが、便利であるのは確かだな」
「……まぁ、作った奴は便利である事しか考えてないだろう。そもそもが一般家庭の人間だしな、根本に有るのが人間の善性に対する信仰だ」
「旦那様、知ってる口ぶりですね?」
「そりゃ私もカランも会ってるからね。本当にいい子よ、カランも子供を嫁がせるか養子に取るか迷うくらいに気に入ってるしね」
エルベリーナの言葉にカランは魔導具その物も作った当人も知る故に答える、その表情を見たクラリエッタが疑問を持てばセラスがそれに答える。この場においてタタラを知るのがカランとセラスだけと言う事実に、エルベリーナとクラリエッタは内心面白くない。
「そう言えば、開催宣言中に私が遠距離から監視しているのに気付いた奴が居たぞ」
「私も壇場にて隠行に気付かれました」
「なに?」
エルベリーナが気を引く為に思い出す形で一人の人間を上げれば、それに乗っかる形でクラリエッタも声を上げる。二人とも高ランクのスキルを含む技術にて気配を消すのが上手い、そんな二人をして監視に気付かれ壇場にて孫娘の護衛を見破られたと聞けばカランの驚きも無理もないだろう。
尤も、セラスはなんとなく誰の事かを察しているのだが。
「そいつの人着は?」
気配を鋭くしたカランを前に雌を疼かせつつ先に口を開いたのはエルベリーナだった。
「服装はこの国では見たことの無い意匠だったな、袖や裾がややゆったりとしていてブーツを履いた黒髪の男だ」
「私も同じ人ですね、瞳が金色で首元で髪を纏めていました。傍らには近い意匠の服装の女性が居ました」
警戒して話を聞いていたカランは急速に気が抜けていく、その特徴に合致する人物は一名しか思い浮かばない上に何ならカラン自身も都市長の演説時に確認している。何なら妻のセラスは隠れて手まで振っていたのだ。
「安心しろ、そいつは無害ってか寧ろ味方だ」
「大分歳の離れたカランの友達よね」
気の抜けたというか気安い雰囲気で語るカランとセラスの二人に対して、エルベリーナとクラリエッタは鳩が豆鉄砲を受けたかのような表情をする。
「と、友達……?」
「旦那様、遂に異性だけでは飽き足らず……?」
「セフレじゃねぇよ」
「え、でも危うかったわよね?」
「場を引っ掻き回すな」
二人の疑いの目がセラスの言葉で益々深くなる中でカランは必死に説明をする、尋問が拷問に変わる可能性を考慮せねばならない力関係にカランは泣きたくなる。
そうして誠心誠意説明した結果、タタラの事を納得してもらい話は進む。
「民間の協力者か……実力はどうなのだ?」
「クラフターとしてなら間違い無く世界最高だろうな」
「それ程までなのですか?」
「そうだな……皇国内で最も特許を保持する個人、それも20年と生きてない人族って言ったら少しは分かるか?」
「……ジーナ様が居るのに、ですか」
「彼奴が居るのに、だ」
エルベリーナへと答えるカランの言葉にクラリエッタが一人の上げる一人の人名、ジーナとはカランの妾の一人でありドワーフ族の女性だ。皇国内で発明王を冠する程の貢献をしてきた女性なのだが、それはタタラが特許を持つ前の話。何か有れば特許が増えるタタラの名前を見て当人は笑いながら発明王の称号を返上している。何気にカランよりも先に皇宮内でタタラを認知している人物だったりするのだが、この事実をカランやタタラが知るのはもう少し先の未来だ。
「実際、俺とセラスの装備を一日掛からず作り上げてるしこの魔導鎧の設計図は研究所に持ち込んで解析中だ。再現する上で必須技術である『概念鑑定』に至っては取っ掛かりすら見付からないと悲鳴が上がったな」
「……あの王立研究所をして、か?」
「ああ、あの
カランの言葉を聞いたエルベリーナが青ざめていく、今は放浪の旅に出た国内きっての
「技術を秘匿している訳じゃないのか?」
「寧ろ全面開示済だ、丁寧に手順が書かれているのに誰一人として理解も取得も出来んのが現状でな。タタラを王立研究所へ招聘するか弟子入する為に
「……それ、殴り合いの原因は誰が最初に習うかでですよね旦那様?」
クラリエッタの指摘にカランの目が逸らされる、その反応に対してエルベリーナとクラリエッタは静かに其々が信仰する神に祈りを捧げた。
「兎に角、自衛は出来るくらいの戦闘力は有る。寧ろタタラに至っては
「そうね、タタラちゃんは問題無いと私も思うわ」
直接顔を合わせたカランとセラスより出された保証にエルベリーナとクラリエッタは納得をする、そんな二人を認めた後でカランはあえて今まで上げなかった話題を上げる。
「ところでクラリエッタ、リスティアはまだ戻らないのか?」
「……シル様が行方不明との事で探しに出たまま戻りません」
「……そうか」
解決の糸口が掴めない新たな難題に、何となくタタラが巻き込まれる気がしたカランはそっと心の中で謝罪したのだった。
生存するか否か
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生き残る(元は生き残る予定)
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生き残らない