※この作品はR-18です。

「助けてノノえもん!」ホシノ・カヨコ・黒服関係回のみまとめ   作:春画屋@二次創作R18

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3-40:夢の中で会いましょう - 1 - 『現実』

 

「先生? 先生? 飲み過ぎましたか?」

 

 誰かの声が聞こえる。キヴォトスの俺の周りでは珍しい、大人の男の声。誰だっけ。

 

「私がついていますから、眠ければそのまま寝てしまって結構ですよ」

 

 マジで? 誰だか知らんが、助かる。クソ眠い。

 

「それでは、夢の中で会いましょう。クックックッ……どうぞ、懐かしい夢を……」

 

 

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「ここどこだっけー……?」

 

 ぼんやりしたオレンジ色の照明。薄暗いって程ではない。まあまあ雰囲気があるっていえばあるが、そんなに高級でもなさそうな感じの店内。チェーン店だっけ? 見覚えのあるような。

 

「どうしたー? 酔ったかー?」

「んん? ああ……ありゃ? 赤井じゃん。久しぶり」

「久しぶり、じゃねーよ。さっきからずっと一緒だろうが」

「そうだっけ?」

 

 四人がけのテーブルの向かいには、専門学校の頃からの友人が座っていた。少しかしこまった感じの、黒のスーツ。会社帰りって感じじゃない。テーブルの上には瓶のビール、焼き鳥、サラダなどなど料理が並んでいる。

 

「そういや、お前と二人で飲んでたんだっけ? どこだ、ここ」

「記憶飛んでる? 歌舞伎町の居酒屋。コマ劇前の広場あったろ? あそこの近く」

「コマ劇……映画館になっちゃったとこだっけ? なんか屋上に、ゴジラが首出してるビル」

「そーそー。その後カラオケ行ったりとか、オフ会でよく行った」

 

 そうだった。映画館に行くたんびに見たもんだから、よく覚えてる。歌舞伎町……新宿? ああ、ここキヴォトスじゃないんだっけ? そうか。

 

「……てことは、今日はお前と映画を見に来たんだっけか? 見終わった後?」

「違うっつの。青田の結婚式だろ。連絡しても出ねーし、お前来ないのかと」

「結婚式? 青田、結婚したんだっけ?」

「したよ」

「そうか。そういや、そうだ。うんうん、立派な結婚式だったな」

「お前は二次会でちょっと顔出しただけだろ。表参道で俺と合流して、新宿に移動して今ここ。酔ってんのか記憶飛んでのか、どっちだ」

「んー、両方かな?」

 

 さっぱり覚えてないのだ。最近、記憶の飛び方がどんどん酷くなり、会話もどんどん適当になる。二次会に顔を出したってことは、青田とも会ったのか? まあいいや。

 

「しかし俺は嬉しいよ。人生の墓場組が一人増えて。ウェルカム青田くん!」

「墓場とか言わずに、普通に歓迎してやれよ、そこの既婚者。めでたくないのかよ」

「いやあ、あいつんとこはうちと違うからな。普通にめでたいんじゃない? よくこのご時世に、あんな立派な結婚式挙げられるっていうか。あれ、いくらかかってんだろ。さすが、逆玉(たま)の輿(こし)」

「逆玉なの? でもあいつ、結婚式なんてめんどいからって、やりたがらないクチじゃなかったか?」

「そーそー。青田はやりたくなかったんだけど、嫁さんがすっげーやりたがってたらしくて、向こうの家がなまじ金持ってるから、やらざるを得なかったって」

「うげ。その逆玉は何かヤバそう……」

「肩身は狭そうだよなー。もう既に式場でそんな雰囲気出てたし。新郎側の友人一同も居心地悪そうだったし」

「こわっ」

「はっはっ。結婚式なんて、うちみたいにひっそりが一番よー」

 

 ——赤井と会うのはいつぶりだろう。ここ何年かは、忙しいわ金はないわで、あけおめメールぐらいしかやり取りしてない気がする。青田にもせっかく機会があったんなら会っとけば良かった。いや、記憶がないだけでさっき会ったらしいけど。

 

 それにしても、久しぶりに「こっち」の世界を見ると、やっぱりキヴォトスとは随分違うもんだ。ロボットとか動物の市民はいないわ、普通の人間のオッサンばっかだわ、ピカピカ光るヘイローも見かけないわ。接客してるアルバイトのねーちゃん達も多分女子大生だろうし、キヴォトスみたいに女生徒しか見かけないのとはだいぶ印象が違う。そもそもキヴォトスで成人女子って見かけたっけか? そんなことばっかり気になって、誰も銃器類を持ってないとかはあんまり気にならない。

 

 そういえば、赤井に青田か。赤、青、白……と、白がいないな。

 

「白川は来てた?」

「知らねーの? あいつ、だいぶ前から転勤で関西の方行っちゃって、こっちまで来るのは流石に無理って」

「転勤ー? え、関西のどこ?」

「神戸とかあの辺じゃなかったっけ? もう東京に戻ってくることはなさそうだって泣いてたよ」

「戻ってこれねーの?」

「社内に学閥(がくばつ)があって、あいつくらいの学歴だと本社はまず無理なんだと。つっても、でかいところなんだから悪くはないんだろうけど」

「それにしたって嫌だよ。大体、あいつの学歴でそんなんだったら、専門卒の俺らは何なのよ」

「何はなくとも、気楽でいいじゃん」

「ま、そりゃそうだ」

 

 俺もとっととあのブラック辞めて、転職しときゃ良かったなあ。いや、いろんなしがらみがあって出来なかったんだけどな。出来たら苦労しなかったわ。くそ。

 

「しかし、お前と男二人で飲むのも寂しいというか華がないというか」

「女の子呼んだって、めんどいだけだろ。エロゲーの話とか出来ないし」

「そりゃそうだ」

「それに、この後お前の友達も来るんだろ? 黒澤(くろさわ)くんだっけ? お前とエロゲーの話してたら気が合って仲良くなったとか」

「黒澤? 誰だそりゃ。黒澤……黒……黒なんとか……?」

「赤井、青田、白川ときて黒澤、と。黄色のカレー好きがいたら五人揃うな」

「戦隊モノとかに白ってあんま居なくないか?」

 

 ふむ……。俺の友達で、黒澤? 何となく連想するものはあるんだが、何だっけな。

 

「もはや絶滅しようかというこの時代にエロゲー好きで、しかも割とレトロなやつが好きとは見どころがある。全力で沼に沈めてあげないと」

「ほう、レトロなのが好き。じゃあいろいろ教えてやらないとな。沼だ、沼」

 

 適当に合わせつつ、マジで誰だっけな、そいつ? などと考えながら盛り上がっていると、

 

「あ、あれじゃないか? 何かキョロキョロしてる」

「いる? どれ?」

「おーい。えっと、黒澤くん?」

 

 赤井の声に気付いて、黒澤くんとやらが振り向き、こちらにやってきた。……って、黒澤だと?

 

「いや、黒服じゃねーか。こんなとこで何やってんだ」

「は? 私は黒澤ですが?」

 

 そこにはキヴォトスでの俺の唯一の男の友人、『黒服』が居た。キヴォトスの「春葉原(はるはばら)」で知り合って以来、たまに会って一緒に飲んだりしている奴だ。職業がうさんくさそうなのと、エロゲーが好きなこと以外はよく知らない。ブルアカのキャラにいるんだろうが、その辺もよくわからない。しかし、気が合うので仲は良い。……で、こいつは全然認めないわけだが、

 

「どっからどー見ても、『黒服』だよな? お前」

「黒澤ですよ。お忘れですか? クックックッ……友人の名前を忘れるとは酷いではないですか」

 

 そんな特徴的な笑い方をしておいて何を言う。

 

「黒いスーツに黒いネクタイに黒い手袋まではめてる奴って、そうそういないと思うんだよ」

「だから『黒服』ですか? そのネーミングは安直すぎる気が」

「お前が言うか。そもそもキヴォトスの人間が、何でさも当然のようにこっちにいるんだ」

「気にするほどのことではないでしょう? あなただってここに居ますし」

「うん? まあ、そりゃそうか」

 

 確かに、俺がここに居るんだから黒服がいてもおかしくないか。どういう理屈かわからんが、そうかもしんない。まあ、現にここに居るんだし。それより、黒服がこっち——『現実世界』に来たら、他の連中にも紹介してやろうと思ってたんだった。赤井一人しか居ないけど、会わせてやれて良かった。予想通り、もう二人でエロゲー談義か何かして盛り上がっているようだし。

 

 

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「……でも、赤井んとこは嫁さんも腐女子だろ? オタ関係のことは理解あんじゃねーの?」

「んー? 理解はあるよ。二次元のこと熱く語ると苦笑いされるけど。ただ結婚して、子供まで出来ちゃうとなー」

「やはり、違うものですか?」

「子供の目の届くところにヤバいもん置けないしねえ。子供が寝るまで、ゲームもつけらんないし。そもそも、金も置く場所も暇もないっつーか」

「赤井んとこ、娘二人だっけ?」

「そうそう。うちは共働きだけど、それでも収入ギリギリだしなー。嫁の両親のところに子供を預けて世話してもらったり、学費を援助してもらったり。転職して収入は安定したけど、額はむしろ下がっちゃったもんなあ。ゲームに課金するのもままならんよ」

「大変そうだなあ……って思ったけど、最後のは何だ。課金してんのかよ」

「人権キャラと推しが来た時だけはガチャ回させてくれ……! って頼み込んでんの。額は内緒にしてるけど」

「だから、その最後に付け加えてるのは何だ」

 

 結婚した後も我が友はダメな奴なようで安心した。しかし、結婚後の話を聞くと他人事ながら泣けてくるというか、やはり結婚は人生の墓場か。赤井はなおも、ミカを復刻してくれだのサークルで肩身が狭いだのと愚痴っている。知るか。

 

「そういやお前、引っ越した? 住所変わったみたいだけど」

「引っ越したっていうか……今はキヴォトスに住んでる」

「は?」

「こいつも、向こうで知り合ったの」

 

 と、同意を求めると、黒服は「ええ、まあ」と濁(にご)した。何でだよ。お前も俺と同じでキヴォトス住まいだろうが。

 

 そこでふと、誰かに聞きたいことがあったのを思い出した。キヴォトスには黒服しか友達が居なかったので、聞けなかったのだ。

 

「誰か既婚者に聞こうと思ってたんだけどさ、結婚する時って何がいんの? あと、婚姻届の書き方とか教えてくんない? こっちのでいいから」

「え、お前、結婚すんの?」

「出来ればしないまま逃げ切りたい」

「相手がいるんならしろよ」

「すまん」

 

 怒られてしまった。まあ、やだやだと言っても、もう口だけだ。ノノミが相手ならしょうがないというか、望むところというか、むしろして下さいというか。一応覚悟は決めたし、ノノミの家は大金持ちのはずだから養ってもらえるし。……逆玉は肩身が狭そうだって話をさっきしたばかりなのを思い出した。まあ、贅沢を言ったらキリがない。

 

「書くことになったらまた聞くから、教えてくれよ。……いや、書く時にこっち来るの無理かな」

「ていうかお前、結婚するかもしれないような相手がいんの? その子、何歳?」

「十六歳」

「犯罪じゃねーか!」

 

 丸めたメニューで、思いっきり頭をはたかれた。

 

「別に犯罪じゃねーだろ⁉︎ そもそも、十六歳って言ったら普通に結婚できる年齢だろーが!」

「結婚する気満々か。そういう問題じゃないし、法律が改正されて女子の結婚年齢は十八歳に引き上げられたんだ、バカもの!」

「うそっ! そんな話聞いてない!」

 

 「それって、キヴォトスではどうなの?」と黒服に聞いたところ、「さあ……?」と、また微妙な表情をされた。やっぱ、知らないか。まあ、結婚関連のことを知ってそうだったら先にこいつに聞いてるしな。

 

「つーかそれ、女子高生か? 援助交際じゃないだろうな。どこで知り合ったんだよ。SNS?」

「違う違う。俺、今キヴォトスに住んでて先生やってるからさ。それで知り合ったの。お前も知ってるだろ? ノノミ。おっぱいの大きい、ブルアカのノノミ。アビドスの対策委員会の」

「……うん?」

 

 赤井が「何言ってるんだ、こいつは?」という表情になった。しまった。確かにこれじゃ、ゲームのノノミの設定を言ってるだけだな。それじゃわかんないだろう。

 

「いや、ゲームの方じゃなくて、実際に胸がさわれる方のノノミ。俺の身の回りの世話をしてくれて、甘えさせてくれて、浮気すると怖い方のノノミ」

「ほう。じゃあその、お前が結婚する予定のノノミはどこに居るんだ?」

「んー?」

 

 はたと考え込んだ。そういや、どこだろう。『現実世界』じゃないだろうし、元の世界にいるとしたら、キヴォトスはつまり……

 

「今はスマホの画面の中かな?」

「…………」

 

 無言だった赤井が、優しげな表情になって俺の肩をポンポン、と叩いた。

 

「ああ、なるほど。そういうやつな。うんうん、周りに紹介できなくても、俺は祝福してやるぞ」

「ちょっと何? やめてくんない、そういうの。何その目」

「そうだなあ。俺はおじさんかシロコと結婚したかった。お前が羨ましいよ」

「そういうことはキヴォトスに行ってから言えよ」

「あー、そうね。まずキヴォトスに行かないとね」

 

 哀れな生き物を見る目で見られた。こっちでもこんな扱いか。最近はもう慣れたが、向こう(キヴォトス)じゃ俺が『現実世界』から来たって言ってもおじさんやカヨコ以外は信じてくれず、そもそも相手にもしてもらえず、「先生がまたおかしな事を言い出した」みたいに言われ。どっちの世界でも言ってることを信じてもらえないんだな、俺。

 

 ……なんて思ったのだが、よく考えてみたらキヴォトスに戻れなかったら、こういう扱いをされようがされまいが一緒だな。どうやって帰りゃいいんだ。

 

「黒服はどうやってキヴォトス帰んの? 帰る時、俺も一緒に連れてってくんない?」

「私がキヴォトスに帰る時ですか? ふむ……。どうも彼はかなり酔っているようですね。私が来る前は結構飲んでいましたか?」

「酔ってたのかな、こいつ。わかんないけど、そういや記憶が飛びまくってるとか言ってたな。病院連れてった方がいいかな? 俺、明日仕事なんだけどな」

「流石に病院に連れて行く程ではないでしょう。少し休ませたら、私が家まで送って行きます」

「あ、ホント? こいつの家わかる? 中央線に乗ってすぐだから……」

「君たち。俺が頭の病気みたいな前提で話を進めるの、やめてくんない?」

 

 俺の抗議もむなしく勝手に話は進み、黒服が俺を送っていくことになった。全く、人をゲームの中のキャラと結婚しようとする痛い奴みたいな扱いしやがって。別に、全く間違いってわけでもないけど。

 

「おい、黒服……じゃないんだっけ、えーっと、お前……」

「では、行きましょうか、先(・)生(・)」

「あっ! お前、とうとう俺のこと『先生』って呼んだな! やっぱ『黒服』じゃねーか!」

「まあまあ、その辺は次のお店で……」

 

 黒服に苦情を言おうとする俺に、赤井が「じゃあ先に帰るわ。久々に会えて楽しかった」と挨拶をした。それから、

 

「お前さあ、今本当にキヴォトスに住んでんの?」

「住んでるよ。毎日その辺で銃撃戦やってて、うっかり死にそうだよ」

「ヤバいなそれ。死なないよう気をつけろよ。こっちにはまた帰って来れんの?」

「むしろ向こうに戻れるかが問題なんだが……わからん」

「そっか。帰ってきたら連絡しろよー。そしたら他の連中にも俺が連絡してやるから。んじゃ、黒澤くんもまた遊ぼーねー」

 

 と言って、赤井は新宿駅の方へ向かって行った。そうだな。こっちに戻って来ることがあったら、また黒服を連れてみんなで……

 

「ふむ。次に会う時のキヴォトス土産は何がいいでしょうね」

「銃とか爆発物はまずいよなあ。簡単に手に入るけど」

 

 そんなくだらないことを言いながら、俺と黒服は赤井とは反対方向へ、二人で歩いて行った。

 

 

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「夢の中です」

「夢かい」

 

 黒服が、身も蓋もないことを言った。夢オチかい。

 

 おかしいとは思ったんだ。いつもよりさらに、記憶がぼんやりしてたし。やっぱ夢か。と言っても、黒服に連れてこられた店の中はやたらリアルなんだが。夢か? 黒服の好きそうな高そうな店なので、夢の中にしても高いものを注文したくない。

 

「っていうか夢オチって、目を覚ましてガバッと起きて、「あっ、夢か!」って感じだと思うんだけど、全然さめる気配がなくないか? 大体、俺の夢なのに何でお前がいるんだ」

「それこそそこは、夢の中ですから。夢でなかったとすれば、『現実世界』に私がいる方が不自然でしょう?」

「さっきからずっと俺が言ってたのはそれだと思うんだが……」

「正確に言えば、ここはあなたの記憶をもとに『現実世界』を模して作り上げた世界です。私たちの体は、実際にはD.U.の居酒屋です。あなたのシャーレの仕事終わりに、よく待ち合わせて行く……」

「ああ、シラトリ区の方の? はいはい、あの店ね」

「それより、何にします? ウイスキーでもバーボンでも。おごりますよ」

「おごりって言われてもな……」

 

 おごりでも高い酒を頼みたくないんだってば。「とりあえずビールくれ」とも言いにくいし。

 

「夢の中ってことは、さっきの赤井って偽者?」

「偽者と言いますか……。違和感はなかったでしょう? 実際に会っていないだけで本物同然ですよ。言っていたことも、ほぼ本当ですし」

 

 んじゃ、青田の奴も本当に結婚したのかな。式に呼ばれたんだとしたら申し訳なかったな。

 

「赤井さんからはいろいろと楽しいお話が聞けました。もし実際に会えたら、ぜひ友人になりたいものです」

「気が合ってたみたいじゃん。何の話してたんだ? またエロゲーの話?」

「パッケージのアダルトゲームがかなり衰退していて残念だ、と話していました。赤井さんも今は、やっていてもエロはもっぱらブラウザゲームだとか」

「えー。あれはあれで……。重課金しておいてサービス終了とか笑えないぞ? 俺は怖くて出来ない」

「私も、ガチャだとか課金だとかそういうのは別に構わないのですが、突然サービス終了というのは……。多少巻きが入っても、メインストーリーを完結させてくれるならいいのですが。先日見たのは、コラボ先のゲームの世界に移住して、プレイヤーもアカウントごとそちらの主人公に転生だとか」

「ある意味、実際に転生するのか……。荒技だなあ」

「まあ、整合性が取れるならアリだと思うのですが」

 

 黒服がどんどん俺よりエロゲー事情に詳しくなっていく気がする。日本びいきが過ぎて、日本人より日本のことに詳しくなっちゃった外国人みたいだ。

 

「パソコンだとマウスだから抜きにくいとか言ってた?」

「はい。右利きなのでマウスで操作する時にやりづらいと。三次も電子書籍版のものも全てタブレットなので、全部そちらにしているとか」

「うわ、本物の赤井と同じこと言ってる」

 

 こういう、一般人が聞いてもわかんないような下品な話も、すらすら通じるんだもんなあ。

 

「しかし、なぜ廃(すた)れてしまったのか……素晴らしい文化だと思うのですが」

「うかつに廃れたのを前提で話すと怒られるぞ……。まあ、お前が好きそうな、昔ながらのエロゲーは少なくなったと思うけど。結構やめちゃったメーカーも多いだろ?」

「かなり昔のものでもダウンロード販売は充実しているのですが、フロッピーの頃のものはドライブもありませんし……」

「お前はどこまで遡(さかのぼ)ろうとしてんだ。フロッピーって」

 

 後からハマったタイプのオタクの行動力はすごいな。

 

「まあでも、ネットもなかった時代に、そうやってフロッピーでエロゲー買ってた頃とは話が違うんだろ。抜くだけならネットを漁ればエロ画像はいくらでもあるし、SNSでいくらでも流れてくるし。二次創作のエロが盛んになって、俺としては万々歳で。正直なところ、エロゲーやらなくてもあんまり困らない。全然とは言わないけど。そういう話じゃないの?」

「しかし、優れたシナリオが売りだったはずですよ? R-18のソフトでしかあり得なかったような意欲作は数多くあるではありませんか」

「そりゃ、そういう優秀なライターはラノベとかソシャゲに行っちゃったんだろ? 元がエロゲーでも今は全年齢になっちゃったのも多いし。そもそも、エロゲーのシナリオなら割と好き勝手やれるからって理由でやってた人も多いらしいし、実力ある人ほどそっち行っちゃうんじゃないの?」

「しかしですね」

「いや、これは一般論を言ってるだけで、俺が言ってるわけじゃないぞ? っていうか、この話やめない?」

「シナリオ自体が評価に値(あたい)するなら、エロは削って全年齢として売り出せる、ですか? 私はそういうのは——」

「わかったから」

 

 話の肴(さかな)程度にするならいいが、俺はエロゲー業界の未来を真剣に議論したいわけじゃない。してもいいんだけど、険悪な空気になるようなのはしたくない。なので、あんまりこういうデリケートな話を続けるのはやめてほしい。のだが。

 

「……そういえば、「アレ」のアニメ版は今でもやっているそうですね」

「アレって……ああ、『オルタ』? お前、ホントあれの話好きだね。お前のエロゲ童貞を奪ったゲームにしたって」

「それはそうです。「アレ」こそがまさしく、私の人生を変えたアダルトゲームなのですから」

「んな、大袈裟な。あれだって、エロゲーっていうよりは『オルタ』の部分が評価されてるんで……」

「もちろんです。本編であるはずの『エクストラ』は純然たるアダルトゲームであり、単体ではそれ以上のものではない。しかしその後、『アンリミテッド』、『オルタネイティブ』と続けてプレイした時の衝撃たるや」

「あー、あれはビックリするよなあ。『エクストラ』がまた、いかにもバカバカしいエロゲーのテンプレですって感じで。朝起きたら何故か一緒に寝てる財閥令嬢とか、毎朝起こしにくる隣の幼馴染とか。ベタすぎんだろって」

 

 他にも、うるさいメガネの委員長に、人懐っこいロリに……だっけ? 語りたくなるのも、わかるっちゃわかる。それなりにエロゲーを嗜(たしな)んでりゃあ知ってるであろう、嗜んでなくてもまあ知ってるであろう、某マブでラヴなあの名作。例の巨人の作者もパクったと公言している(その割にはそうでもないような気がするが)というあのゲーム。まりもちゃんの死に、今もうなされるオタは多いという。そりゃそうだよ。あんなもん見ちゃったら、その後まりもちゃんで抜けなくなるよ。って、黒服はそっちじゃないんだっけ。

 

「お前は『純香(すみか)』推しだっけ? まあ、触手に寝取られるとか思わないもんなあ。あれだけベタな幼馴染属性のメインヒロインが、悲惨すぎる」

「そう。あまりにもエロゲー的な、バカバカしくも平和だった世界観は、『アンリミテッド』で突如覆(くつがえ)されます。『BETA』の襲来、破壊された日常、次々とヒロインが死ぬ絶望の世界。しかしそれは、『エクストラ』への単なる後付けの続編などではない、用意された展開なのです。プレイヤー自身の日常をも破壊するようなあの衝撃——」

「わかった、わかった。名作だから、ちゃんと『エクストラ』からやるべきだってんだろ? しかしあれこそ、今からじゃそうそうR-18版なんか手に入んないし、全部プレイする時間だって……」

「——クックックッ。あれはまるで、『ブルーアーカイブ』における『エデン条約編』ではありませんか」

「何だって? エデン条……? ブルー……」

 

 ——『エデン条約編』。

 

 衝撃。俺が知らなかったはずの……いや、忘れていたはずのその単語が、俺の脳内を次々に刺激していき、連鎖的に知識が、記憶が蘇る。思い出してはいけなかった、ゲーム『ブルーアーカイブ』に出てくるいくつものキーワードが、頭の中を駆け巡る。

 

 ——『ヘイローを破壊する爆弾』、『巡航ミサイル』、『トリニティの裏切り者』、『名もなき神々の王女』、『虚妄のサンクトゥム』、『神秘は恐怖へ反転』、『色彩の嚮導者』……。

 

 ゲームのブルアカで見たスチルが、PVのようにいくつも脳裏に蘇る。暗い空の下、火の海の中に立つ、大怪我をしたヒナの姿。降りしきる雨の中で悲痛な表情をしたクロコ、銃で撃ち抜かれた「シッテムの箱」。赤く染まった空と、同じく不吉な赤の『サンクトゥム』。

 

 ちくしょう……! 今回は一気に全部、しかもハッキリ思い出しちまった。俺の中の青く透き通った世界観が、違う色に塗り変わっていく。血のような赤、灰色、黒……。

 

 ようやく俺は、『黒服』——いや、こ(・)い(・)つ(・)が言いたかったことを理解した。『BETA』、『戦術機』、あのゲームで言えば、否応なく『アンリミテッド』や『オルタネイティブ』を想起してしまうキーワード。知ってしまえば『エクストラ』すら、元のようにただのエロゲーとしてプレイすることができなくなってしまうほどの……

 

「つっ……」

 

 一瞬で詰め込まれた刺激的な内容のせいで、頭がガンガンして熱を持っているように感じる。だが、ちょうど睨(にら)みつける相手がいるおかげで気をしっかり保つことが出来た。

 

「どうしました? ひどく顔色が悪いようですが」

「お前が「あのゲーム」に異常なまでにこだわっていた理由は、そ(・)う(・)い(・)う(・)こ(・)と(・)だ(・)っ(・)た(・)の(・)か(・)? ただのエロゲーとしてじゃなく……」

「もちろん、ただのゲームではありません。私の人生観すら揺さぶり、変えてしまった名作だと何度も言っています」

「『エデン条約編』、あるいは『最終編』って単語が俺にとっての禁句(タブー)だと知っていて言ったのか……?」

「何のことです?」

「しらばっくれやがって……!」

 

 ——アリスは何者なのでしょうか……?

 

 つい先日、アリスとしたばかりの会話を思い出す。

 

 アリスはアリスだ。ゲーム開発部の部員で、ゲーム脳で、俺がうっかり教えちゃったもんだから最近では「脱衣麻雀マスターになります!」とか言い出した、ちょっと将来が心配な……。そんなバカバカしい答えを、『名もなき神々の王女』、その単語から連鎖的に起きるネタバレ——「アリスはオーパーツ、『AL-1S』である」という事(・)実(・)が上書きするように邪魔をする。

 

 アリスの生まれが何なのかなんて、大した問題じゃあない。本人も、俺も、他の生徒たちも、最後には受け入れられる問題だ。少なくとも、ゲーム開発部のシナリオをまるまる一つ使えば大丈夫だと、『メインストーリー』が保証している。『シャーレの先生』が存在する限り、『ゲームオーバー』にも『バッドエンド』にもならない*1。途中でつらい展開があるにせよ、既に決められた道を歩めば、確実にゲーム通りの『ハッピーエンド』へ辿り着ける。——ただし、アリスや他の生徒たちが望めば、体験できたはずの楽しい物語(ストーリー)と引き換えに、だ。

 

 『エデン条約編』……その単語は、『ブルーアーカイブ』が瞬時に「世界観」を変えてしまうゲームであることの象徴。俺は『エデン条約編』以降のブルアカの『メインストーリー』の記憶を失い、それ以前の平和でバカバカしい「世界観」しか持たなかった。そして俺が持つブルアカの「世界観」は、このブルーアーカイブ世界に実際に大きく影響する。だから俺は、ブルアカのストーリーをハッキリ思い出さないようにして、それを維持してきた。

 

 それを、ピンポイントに『エデン条約編』っていう単語を選ぶことによって、その一つの「言葉」だけでこいつは俺の『ブルーアーカイブ』の世界観をぶっ壊しやがった……!

 

 ——いや、落ち着け。「世界観」が変わり、このキヴォトスでメインストーリーに近い事件が多発するようになったとしても、それ自体がすぐに問題になるわけじゃない。むしろメインストーリーに近いほど、過程とセットではあっても、ゲームの通りのハッピーエンドは保証されているんだ。今すぐ考えなきゃいけないのは、その結果として俺が「この世界に嫌気がさす」という条件を満たしてしまい、『現実世界』に強制送還されないかどうかだ*2。ノノミのために、リスクをおかし、一度記憶を消してまで残ってるんだ。そう簡単に元の世界に戻ってたまるか。

 

 ここが「夢の中」ってのが本当なのかどうかは知らないが、今のところ前回みたいな強制送還が始まりそうな感じはない。二回目だからだろうか、『エデン条約編』やそれ以降のストーリーを一気に思い出してもそれほど衝撃を受けたわけじゃない。さっき思い浮かべたスチルの数々だって、最終的に何とかなるまでの物語は知ってるんだ。

 

 とにかく、俺がこのブルーアーカイブ世界に「嫌気がささなければ」、『現実世界』に戻されるかどうかの話だって問題ない。むしろ冷静にストーリーの内容を受け止めることが出来れば、根本的な問題が解決するとも言える。とりあえず、何か他の話題を出してそっちに集中しろ……。

 

「……確かにあのゲームは名作だ。練られた世界観やストーリーだけが理由じゃない。ある画期的なことをやったからだ。見方によっちゃあ、『ブルーアーカイブ』がやったこともそれと似ているかもしれない。あの二つのゲームは、どちらもストーリーをテキスト主体で「読ませる」タイプだから、「信頼できない語り手」みたいな叙述トリックの類も仕掛けやすいし、それでいてルート分岐や、主人公視点での選択肢みたいなゲーム特有の仕掛けもしやすい。小説とは違う、言わば「体験型」の物語だ。ミステリ小説のように、読む前からトリックがあるのが前提のジャンルじゃないから、ミスリーディングにもハマりやすい。ただでさえブルアカは、「透き通るような世界観」とか女の子キャラで売り込んでたからな。あのゲームも同じだ。『エクストラ編』までの内容でしつこく「王道です! エロゲーのテンプレです!」と強調してたからこそ、プレイヤーは罠にハマりやすかった。ネタバレも含めて名前が知られて、全年齢版が出た後ならともかくな」

 

 もともとブルアカは、「透き通るような世界観」なんてうたっておいての「銀行強盗をするヒロイン」だの、「見た目に反したポンコツキャラ」だの、予想を裏切られるのを楽しむプレイヤーを選別するようなところがあった。どこまでが公式の思惑だったのかは知らないが。

 

「その通り。メタ的な条件とはいえ、あれが全年齢のアニメやマンガ、ライトノベルであれば、当時のプレイヤーもあそこまで無警戒ではなかったでしょう。アダルトゲームならば、目的は自慰行為であるとハッキリしているわけですから」

「念入りに、一見ただのベタなエロゲーの『エクストラ編』をやらせておいてから、プレイヤーが特定の条件を満たし、自力でアンロックしてからの『アンリミテッド編』のプレイだ。そこで、エクストラ編での体験を持たせたまま別物のようなシビアな世界観へ放り込む。そして、続編の『オルタネイティブ』へと続く」

「クックックッ……まさに、「王道のエロゲー」を中心に据えた素晴らしい構成の物語です。「鑑(かがみ)純夏の日記」、ヒロインたちとの個別ストーリー、主人公である『白銀(しろがね)武(たける)』の目指すべき世界観……。まだまだあります。あのようにたくみに織り込まれた伏線を、どれだけのプレイヤーが予想できたでしょう」

「ブルアカだってリアルタイムでやってたら、あれぐらいの仕込みじゃそうそうわかんなかったろうよ。少なくとも俺はわからなかった。ヘイローってものの設定はあの世界観の前提であって、暗い展開にならないのを保証してくれるものだと思ってたからな。要は、女子高生が日常的に銃撃戦をやってても死人が出ない、ギャグマンガみたいな世界観のゲームを成立させるための「ご都合主義」的な設定だと思い込んでいたんだ。「だからこのゲームでは誰も死にません」ってな」

「例えば兵器が擬人化された美少女たちのゲームであれば、そのような設定を用意しなければ、「戦死」といった概念は十分あり得ますからね。実際にそれがゲームの中で起きなくとも、そういったことが起こり得るシビアな世界観にはなります」

 

 そうとも。ぶっちゃけお船のやつだって、轟沈とかされるとゲーム上の損失よりもメンタルにくるんだ、俺の場合。ユニットとしてとらえるか、女の子としてとらえるか、それこそ人によるんだろうけど。シビアな世界観って言ったって競争が激しいってぐらいの、アイドルやウマの方が向いてるクチだ。もちろん、予後不良とかはなしでだ。

 

「ブルアカでは『対策委員会編』でおじさんが「万一の時はヘイローを壊してくれ」なんて書き置きに書いて、破壊すること自体は可能だって示唆(しさ)してるとか、そういう考察なんかの噂は聞いていた。確かに、勘が良ければあそこで何かしら予想は出来たかもしれない。だが、だからってそれが、ゲームの前提である世界観を丸ごとひっくり返すようなモンだと思うか? しかも、ご丁寧にお気楽で楽しい『ゲーム開発部編』を挟んでからの『エデン条約編』の展開だ。もっと言えば、補習授業部もか?」

「「ヘイローを壊す」……つまり、明確な殺意。そして、ヘイローを壊すことだけを目的とした『ヘイローを破壊する爆弾』……つまり、殺害を目的とした兵器です。確かにあなたの好きそうな、バカバカしい平和な世界観にはそぐわなかったでしょう。ほのぼの日常もののアニメに、突如刃物や銃を持ったリアルな殺人犯、あるいは軍隊が出てくるようなものですからね。『ブルーアーカイブ』の日本でのサービス開始が『現実世界』での2021/02/04、『エデン条約編』三章配信が2022/12/15だそうですよ。クックック……実に十ヶ月以上の間、全てのプレイヤーがあなたが言ったような平和な世界観しか知らなかったわけです」

 

 ソシャゲでは新しいストーリーが配信されるまで、プレイヤーの誰も先を知ることが出来ない。『エデン条約編』以降の評価は『エデン条約編』配信後まで待たなければあり得ない。リアルタイムでその体験をするのは、小説のようにメインストーリーを一気にまとめ読みするのとは話が違う。自分がプレイしてきた何ヶ月という期間が布石にされてるんだ。後付けでいきなり路線変更したならともかく、運営が狙ってやるには待つ期間が長すぎる。長すぎたが故に、その後の高評価に繋がった。

 

 ……なんてことはただの分析であって、あまりストーリーに入れ込んでいない俺にとっては、「やべえ、推しが死ぬ展開になったらどうしよう。プレイアブルなら死なないよな?」なんて認識だったところもある。必ずしも、こっちの世界で俺の事情を知ってる奴らが過敏に反応するほど、その先のストーリーに拒否反応を示したわけじゃない。よっぽどだったら、それこそブルアカをプレイするのをやめている。

 

 今問題なのは、そういう話じゃない。目の前にいるこいつにとっても、多分そうだ。

 

「それにしても、『ブルーアーカイブ』のストーリーをよ(・)く(・)覚(・)え(・)て(・)い(・)な(・)い(・)はずのあなたにしては、すらすら話が通じるようですね? それとも、たまたま覚えていた話ばかりでしたか?」

「てめえこそ、俺はゲームの名前なんかはともかく、ストーリーの細かい内容まで教えたことがあったか? 『エデン条約編』なんて単語をお前の前で口にしたことがあったか? ないはずだ」

 

 俺は記憶が戻るトリガーの中でも一番ヤバい『エデン条約編』という単語をはじめ、『ブルーアーカイブ』というゲームの知識の大半をついさっきまで失っていた。それこそ、『シッテムの箱』なんて常識的な知識すら無くしていたんだ。その状態で今までに『黒服』に言えたはずがない……!

 

「クックックッ。いい目をしていますね。そう、私が見たかったのはその目です。いつもの能天気なあなたではない。本来あなたが持つべき武器である「知識」を全て持ち、敵対する相手を射抜くような目を持つ、本来のあなたです」

「他人がキレてるところを見て、勝手にそれが本当の姿だなんて決めつけるんじゃねえよ」

「しかし、記憶を取り戻した今だからこそわかることがある。あなたならば、ここまでの成り行きは大体推測できるでしょう?」

 

 こいつの言う通りだ。俺は、春葉原の電気街で『黒服』と出会った時のことを思い出す。そして、こいつにベラベラしゃべった内容や、その結果こいつが何を知り、何が出来たのかを考える。激しい怒りとは裏腹に、記憶が戻って頭は冴えているのが余計に腹立たしい。

 

「……お前は俺と知り合い、この世界が「ゲームの中の世界」と解釈できる世界だと聞いた。さらに、俺が教えた『ブルーアーカイブ』とよく似た構造のエロゲーを実際にプレイし、それによって世界の「内側」に居ながらにして、この世界の構造を正確に理解した。俺みたいに、実際に上位世界である『現実世界』からゲームをプレイしてこの世界を観測することなしに、だ*3。でなきゃここが『現実世界』じゃないにしろ、それを模したこの「夢の中」でお前がプレイヤーと同じ視点を持って存在出来るはずがない。この世界の人間には、本当の意味でのそういう自己イメージが出来ないからな。目の前にいるお前や、この「夢の中」自体がそもそも全部ただの俺の夢だなんて、身も蓋(ふた)もない話なら別だが」

 

 そう言いながら、俺はそんなくだらない夢オチであることを望んでいた。正直なところ、記憶が戻ったことも、それによって俺の世界観が破壊されたことも、それによって何が起きるかも、今の俺にはどうでも良かった。それよりも——

 

「続けてください。まだ気付いたことはあるでしょう?」

「……推測程度だけどな。あの当時のお前なら、ゲマトリアの活動の結果もたらされるはずのこの世界の世界観が、実際とは微妙にズレているのがわかったはずだ。その大きな転換点が『エデン条約編』であり、テキストをベースとして構成されたこのブルーアーカイブ世界が、「言葉」によって容易に世界のジャンルや世界観を変えてしまうことに気付いた。その変化がいいとか悪いとかじゃない。ゲームのシステムがそのまま反映されたこの世界における、単なる「現象」、変化するというただの「事実」としてだ。『メインストーリー』の『エデン条約編』において、ヒフミの「宣言」が「裏切りと死の物語」を「青春の物語」へ強制的に書き戻したように。『先生』の強引な「解釈」が、エデン条約を上書きするような形で新たに調印し、世界観を変えたように」

「なるほどなるほど。百合園(ゆりぞの)セイアの言うところの、テキストの曲解、歪曲、結果の捏造……『大人のやり方』ですね。しかしそのやり方なら、世界の「内側」からではありますが、もともと我々『ゲマトリア』が一番よく知っていたはずです。「キヴォトスの外のさらに外」から来たあなたからのみ、得られたものは他にもありませんでしたか?」

 

 ぐっ、と俺は唇を噛(か)み締めた。言いたくはないが、黙っていたって悔しいことに変わりはない。

 

「存在しないはずの『連邦生徒会長』、『トリニティ』と俺の、不自然なまでに遠い距離感、理由も知らされず、ノノミに使用を禁止されている『大人のカード』、他にも、『エデン条約編』のような展開をたくみに回避するための布石がいくつもあった。本来のブルアカとは違う、そしてその知識を失っていたから俺が気付かなかった、不自然な布石の数々が。俺と会話してりゃあ、いくらでもヒントはあったんだ。それとも、もう直接『メインストーリー』は読んだのか? 今のお前の視点なら読めるはずだ」

 

 クックックッ、とそいつは楽しそうにあの笑い方をした。

 

「予想以上です……! 惜しいですね。欲がなさすぎること、気を許した相手に甘すぎること、他人のためなら平気で自分の立場を犠牲にすること。それさえなければ、『現実世界』の大抵のところで出世コースに乗れたでしょうに。連邦生徒会や他の各所との交渉でのあなたの辣腕(らつわん)振りは知っていますよ?」

「嫌味(いやみ)か? 今てめえが挙げただけで、いくつ致命的なのがあると思ってんだ。でなきゃ、今の今まで騙(だま)されてやしない」

「騙したつもりはないのですがね……。ですが、それだけではないはずです。『ブルーアーカイブ』というゲームのことを全てハッキリと覚えていたなら、あなたも『ゲマトリアの黒服』に迂闊(うかつ)に情報を漏らしたりはしなかったでしょう。そこに関する記憶も奪われていたのでしょう? 違いますか?」

「…………」

 

 図星だ。俺はメインストーリーで言えば対策委員会編の終盤、『ゲマトリアの黒服』が登場し、小鳥遊(たかなし)ホシノや『シャーレの先生』と会う前の時点でこいつと知り合った。そして、『黒服』や『ゲマトリア』に関する知識も全く持っていなかった。だからこそ俺は、偏見なく友好的にこいつと出会うことが出来、今まで付き合ってきた……つもりだった。『黒服』を味方につけて『メインストーリー』を操作する、なんて打算抜きにだ。それに今だって、『黒服』に関する知識があれば……。くそ、何が騙したつもりはない、だ。

 

「もちろん、それだけではありません。あなたはこの世界の残酷な側面に気付かないよう、それらを想起させるような記憶は念入りに抹消、あるいは操作されていた。例えるならば、あなたは『白銀(しろがね)武(たける)』だ。『アンリミテッド』や『オルタネイティブ』という世界の可能性を隠され、誰もネタバレしてくれないまま『エクストラ』の世界を楽しんでいる、哀れなプレイヤーだ」

「悪いか? 何が哀(あわ)れだ。この世界のみんなで、バカバカしくて平和な楽しいエロゲーで遊んでるところに、そんな残酷なネタバレをする必要があるか? それに、エデン条約は「概念上の連邦生徒会長」が仕切って平和裡(へいわり)に締結されるはずだ。アリスやティーパーティーの問題、アリウススクワッドの話だって、今のところは問題なく処理されているはずだ。それを信用し、何も知らずにのんきな「世界観」を維持し続けることが、キヴォトスを今の状態に保つための、俺の役割なんだ。状況が変われば「あいつら」が俺に知らせるはずだし、俺自身だって自然と気づくはずだ」

「もちろん、あなたのそういったスタンスはよく知っています。ですが、それが守られていなかったとすれば? もし、あなたからの信用を失いたくないために隠されていたとしたら? あなたの知らないところであなたの生徒が危機に瀕(ひん)し、あるいは傷つけられていたとしたら? こうして私に言われなければ、あなたはその可能性すらも気づけなかったでしょう。それでもあなたは『彼ら』——」

「黙れ! それは俺の問題だ!」

 

 俺はいつになく激昂(げっこう)していた。生徒の話を出されたとか、そんな立派な理由だけじゃない。俺には、こいつが……目の前にいる、よく知っていたはずのこの男が……良き友人だったはずの……お前、友達じゃなかったのかよ……! くっ!

 

「……今度はこっちの質問に答えてもらおうか。てめえ、何者(ナニモン)だ?」

「私が何者か? なぜ聞くのです? 間抜けでエロゲーが大好きな俺の友達はそんな酷いことを言わない、ですか? さあ、それはどうでしょう」

 

 そ(・)い(・)つ(・)は、ニヤニヤ笑っていた。俺が今までの人生で出会った中でも、トップクラスの憎たらしい表情で。

 

「それとも、『ブルーアーカイブ』の『ゲマトリアの黒服』ならどうです? 上から下まで黒づくめ。時に『シャーレの先生』に助言を与え、忠告し、そして……あるいは『先生』の敵(・)か(・)も(・)し(・)れ(・)な(・)い(・)存(・)在(・)。なるほど、それならば今の私にピッタリだ」

「そういうレベルの話をしてんじゃねえ。流石に記憶が戻った瞬間、ギョッとしたぜ。夢の中ならなんでもアリか? それとも、これも叙述トリックか何かを応用した現象か? 確かにまともにブルアカの知識がある奴なら、逆に何で俺がお前を『黒服』だなんて言い張ってるのかわかんないだろうよ。……ヘ(・)ラ(・)ヘ(・)ラ(・)笑(・)っ(・)て(・)ん(・)じ(・)ゃ(・)ね(・)え(・)。てめえみたいに表情豊かな、人間そのものの見た目の『黒服』がいるか」

 

 目の前には、クックックッ……と特徴的な笑い方をし、黒いスーツを着た男がいる。しかし、その顔は真っ黒な無機質なものではなく、金のメタルフレームの眼鏡をかけたインテリ風の優男のものだ。『現実世界』の風景にこれだけ違和感なく溶け込む風貌(ふうぼう)の男を、逆によく黒服だと認識できたもんだ。「ここは現実世界なんだから当たり前でしょう?」で済むような話じゃない。

 

「ブルアカの知識も記憶も失った、バカみたいで哀れな俺をからかいたかっただけか? それとも、もう俺の知ってる何者でもないのか? どこまで、何を知ってる? お前の目的は何だ?」

「どうやら完全に取り戻したようですね。『ブルーアーカイブ』の、そしてそれ以上の記憶。クックックッ……クックックッ……!」

 

 そいつは、何か長年追い求めていた宝物でも手に入れたように嬉しそうに笑っていた。

 

「さあ……改めて、我々の未来のための交渉をしようではありませんか……!」

 

 

 

 →次回、シーズン3最終回の2:

 「夢の中で会いましょう-2-『黒服』」

 

*1:
『シャーレの先生』はこの物語の主人公であり、『ブルーアーカイブ世界』のコアとして世界に直結しているため、死ぬこと自体があり得ない。先生が死ぬということは世界の崩壊を意味するからである。また、ここでいう『バッドエンド』とは、限りなく『ゲームオーバー』に近いもののみを言っている。例としては、アリスが再起不能になりどこかへ消えてしまう、など。

*2:
主人公が『現実世界』に帰る条件は、「自分の意思で帰りたいと望むこと」と「このブルーアーカイブ世界が心底嫌になること」である。建前上は彼の意思を尊重していると言えるが、後者の場合は、本人が残る意思を示していても一時的な生理的嫌悪感などを理由に発動してしまう。詳しくはシーズン2最終回を参照のこと。

*3:
簡単に言えば、理論上は説明できても、三次元の存在は四次元からでないとその形を正確に理解できないということ。この場合はゲームのブルーアーカイブを起動してストーリーを読むことによって、スマホの画面越しにキヴォトスを観測するということ。要するにプレイヤーがみなやってることである。

話の分割の仕方について、別の形に分けるなら以下のどれがいいですか?

  • キャラごと(ホシノ、黒服、カヨコの3つ)
  • 内容ごと(ホシノ・黒服、カヨコの2つ)
  • 本編外にまとめたもの全部で1つ(今のまま
  • その他(お気に入り登録や検索をしやすく等
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