※この作品はR-18です。

「助けてノノえもん!」ホシノ・カヨコ・黒服関係回のみまとめ   作:春画屋@二次創作R18

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ホシノというか、『前の先生』の回。約15000字。
この次にホシノメインが来る予定。


ホシノ・『前の先生』関係回
Final-56:『東京にて』


 

「ね〜、飲みに行きましょうよ〜」

「いやー……ごめんなさい。私、酒弱いんで……」

「もう、——さんってば、すぐそうやって逃げる〜」

 

 そんなこと言われても、とって食われたくないんだよー……と、スーツ姿の青年は同僚の女性たちから逃れ、簡単に挨拶(あいさつ)をして駅へ向かう。自分でもガードが固すぎて失礼だろうな、と思うが、

 

 ——『シャーレの先生』という枷(かせ)がないんだから、『私』でもセックス出来ちゃうんだから、困るんだ……

 

 と、贅沢(ぜいたく)な悩みを抱えているのだから、仕方がない。

 

 

 例えば『東京』で、『新宿』あたりがキヴォトスでいえば『D.U.』だとしたら、そこからJR山手線で十五分、この『巣鴨(すがも)』という街はどこだろう、などと青年——「あちら」の世界では『前の先生』と呼ばれている——は考える。『トリニティ』じゃないし、『ミレニアム』でもないよな? 私も『彼』も生まれる前の時代だけど、『昭和(しょうわ)』の頃の雰囲気を残しているんだろうから、そんな街はやはりこの『日本』にしかないのかも知れない。もしかしたら、『現実世界』の『秋葉原』が元ネタであろう『春葉原(はるはばら)』なんてところがあるように、どこかにここと似た街があるのかも知れないけど。

 

 確実なのは、東京の空はいつも少しくすんでいて、透き通るような青いキヴォトスの空とは違うということ。そして、キヴォトスの上空に浮かぶ巨大なヘイローもないということ。こうして夜になれば、東京もキヴォトスもあまり変わらないんだけどなあ……『前の先生』は、そんな風に生まれ故郷のことを想(おも)う。

 

 

 JR巣鴨駅の駅前は、かなり夜遅くでも人が多い。

 

「参考書とか買った方がいいのかな。でも私の仕事って基本、事務だし」

 

 今の職場である学習塾は、給料は安いが、雰囲気は結構ゆるい。事務をメインにやりながら、講師がいない時は代わりに子供たちの相手をすることになっている。

 

「前の仕事は曲がりなりにも「先生」なんだから、塾の講師でいっかぁ、なんて思ったけど甘かったなあ。子供の相手なら得意だけど、講師は別物だよ。はぁ」

 

 勉強を教えるのが壊滅的に苦手なのだ。キヴォトスでは「書類仕事は苦手な先生」で通っていたはずなのだが、結局のところ青年も、『彼』——元は『現実世界』のプレイヤーであり、今は青年と入れ替わりで「先生」をやっている——と同じで、書類仕事の類が一番気楽らしい、という結論に至った。

 

「『私』のオリジナル——っていう表現はちょっと嫌なんだけど——みたいなもんなんだもんな、『彼』。シャーレとは職場環境も違うとはいえ、やっぱり根っこは同じようなもんか」

 

 

 駅前のそこそこ大きい本屋に入り、参考書のコーナーに行く。五分で嫌になる。ふらふらと、「一応見ておこうかな……」なんてつぶやきながら、コミックスの売り場に行き、

 

「お、売ってる売ってる」

 

 ゲーム『ブルーアーカイブ』のスピンオフマンガである、『便利屋68業務日誌』と『ゲーム開発部だいぼうけん!』を手に取る*1。どちらも売れ行きは良さそうだが、ゲーム版『ブルーアーカイブ』の世界の人間としては、つい、それを確認しに来てしまう。

 

 立ち読みで怒られないように気をつけながら、ぺらぺらっとめくり……

 

「うーん……この「先生」、生活とか大丈夫なのかな……。同じ「先生」でも、『私』や『彼』は、ここまではならないのに」

 

 開いたページに描かれているのは、ニコニコしたメガネの男性。優しそう……ではあるが、ボサボサの髪、死んだ目に、目の下のクマと、明らかに生活を改善した方が良さそうな「先生」。「便利屋68日誌」に出てくるキャラの、通称「便利屋先生」だ。

 

「「便利屋先生」って、当たり前だけど、やっぱり『私』や『彼』とは全然違うんだよな。見た目も雰囲気も。アニメ版のブルーアーカイブの「先生」も、予想よりかなり中性的だったし。あの見た目で、がっつりイオリの足を舐(な)めてたけど。「開発部先生」は……あれは、別の生き物かな……」

 

 解釈(かいしゃく)って、無限の可能性を秘めてるよな、などと適当なことをつぶやいてから本を戻す。

 

 メディアが違えば、「先生」の姿も違う。主人公であったり、そうでなかったりと、扱いも違う。「ゲームの中」のタイプの『ブルーアーカイブ世界』に生まれた青年の姿は、「プレイヤー」であった『彼』とほぼ一緒であるし、『現実世界』にいる今は『彼』の肉体そのものを借りている。

 

「『彼』も『私』も、「アニメ先生」ほどじゃないけど、結構童顔だからなあ。めんどいから、前髪なんかもちゃんと上げないし。『彼』が私と同じこの姿でノノミと二人で歩いてたら、社会人っていうより、大学生と高校生のカップルにしか見えなさそう。あの二人、うまくいってるといいんだけど」

 

 青年は、少し伸びかけた前髪をいじる。

 

 ——「ゲームの中」の世界があるとすれば、全く違う世界観の世界として、「アニメの中」のタイプの『ブルーアーカイブ世界』や、「マンガの中」のタイプの『ブルーアーカイブ世界』も、それぞれ無限に存在するんだろう。そこには全て同じ姿の「便利屋先生」や「開発部先生」がいるのかも知れない。無限に存在する「ゲームの中」の世界に、それぞれプレイヤーの姿を写し取った『シャーレの先生』がいるように。だとすれば、その「先生」同士はどんな関係と言えるんだろう? 同じ『ブルーアーカイブ』から生まれた「兄弟」? あるいは「同業者」というとらえ方も……?

 

 そんな哲学的なことを、以前はよく考えたものだが、最近は生活に疲れて、彼にその余裕はない。

 

「もう「こっち」の時間で言えば、一年半以上が経(た)つのか。今の仕事は次の仕事までの繋ぎのつもりで、一人称も「俺」じゃなく「私」で通しちゃってるけど、ずっと働けるところじゃないからなあ。今のこの状態で、あんまりしっかりしたところに就職するわけにもいかないし。かと言って、『彼』が無事に「こっち」に帰ってきた時に、仕事もない、住むところもない、頼る人もいない、なんてわけにはいかないからなあ。ただでさえ当初の予定とは全然違っちゃってるし、「あっち」に呼んだのも無理矢理だし、「こっち」に呼び戻すのもそうなりそうだし。黒服に怒られるまでもなく、「元は同じ人間みたいなもんなんだし、いいじゃん許して」じゃすまないよなあ……」

 

 夜空を見上げ、つぶやく。

 

「東京には馴染(なじ)めないよ。だからと言って、逃げたいと思っているわけじゃない……つもりだ。でも、今更ながらに実感する。『私』が帰るべき場所は、やっぱりキヴォトスだ。『あなた』のように、どこの世界に行っても暮らせるほど、メンタルは強くない。私の故郷は『ブルーアーカイブ世界』なんだ。そして『あなた』も、元の世界——この『現実世界』に帰ってこなければいけない。『ブルーアーカイブ世界』は、『現実世界』の人間が一生いられるようには出来ていない」

 

 指折り数える。ノノミの誕生日が確か……

 

「こちらの基準なら、ノノミはもう十七……いや、十八歳か。あなたはもう二十X歳だ。でも実際には、ノノミの方は十六歳のままだ。これからもずっと十六歳のままだ。そして、いつになるか……早ければもう一年もしない内に、『ブルーアーカイブ世界』は「エンディング」を迎え、ノノミの魂はみんなと一緒に「二周目」に行く。『現実世界』の住人である『あなた』は、それについていくことは出来ない。いけたとしても、二周目のノノミはあなたにとっては別人だ。それが覆(くつがえ)すことの出来ない「絶対のルール」なんだ。あなたがそれでもノノミと一緒にいようとするなら……完全に『ブルーアーカイブ世界』の理(ことわり)に従って生きる存在に、生まれ変わるとか……それこそ本物の「転生」でもしないと無理だろう」

 

 青年は、申し訳なさそうにため息をついた。

 

 ——あなたにもノノミにも、結局つらい思いをさせるだけだったとしたら、私は最初から間違えていたのかも知れない。

 

 

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「むぎゅう」

 

 満員の山手線に揺られて、新宿で中央線に乗り換え。十五分ほどで、荻窪に着く。西口から出て、徒歩五分のボロマンション。——『彼』じゃないけど、いい加減引っ越したいなあ……。

 

「疲れたあ」

 

 スーツの上着を脱ぎ、ネクタイを緩めると、そのままベッドに横になる。そしてスマホを取り出し……「" this " Blue Archive」と名前のついた、ノノミの顔のアイコンをタップして、『ブルーアーカイブ』を起動する。

 

 『お疲れさまです! ——先生!』と、合成音声が聞こえてくる。スマホの画面には、透き通るような青い空と、誰もいない——つまり、通常のブルアカの画面と違って、アロナの姿がない——教室が映っている。そして画面が切り替わる。

 

「ごめんよ、アロナぁ。体、なくなっちゃって」

 

 と、ブルーアーカイブの画面に呼びかけると、「お知らせ」欄(らん)が点滅した。それを押すと「新着のストーリーがあります!」というメッセージの下に、『全然気にしてませんよ! システムと融合したおかげで、いろんなお手伝いが出来ますから! それに、こういう形でお話しできますし!』と、文字だけが表示される。『ブルーアーカイブ世界』と融合し、あまねく存在する『シッテムの箱の中の少女』*2は、青年——『前の先生』の意思を世界に具現化するために、フルで働いてくれている。

 

「よし、じゃあ、更新チェック。まずは……ノノミからかな」

 

 タップすると、ミニガンを持って笑顔で正面を見ている『十六夜ノノミ』の立ち絵が表示される。『現実世界』から「ゲームの中」の世界——「あちらの世界」を「画面越し」に観測する以上、簡素なのは仕方ない。そのノノミの立ち絵の下に名前と所属が表示され、ノノミのセリフという形でウィンドウにテキストが表示される。それを読み進めると……どうやら、「向こうの世界」の『今の先生』である『彼』との、ショッピングデートらしい。ノノミが何かねだっているようだ。ノノミのセリフと、セリフだけの「先生」の会話が表示される。

 

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ノノミ(対策委員会)『これ! これ、欲しいです!』

【ちょっ……ノノミさん?】

【高くない? キミ、シャーレの給料知ってるよね?】

 

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「え……? ノノミ、いくらのものをねだってるんだ? 『彼』のこの雰囲気で、シャーレの給料の額(がく)を踏まえて高いって言ったら……多分、このぐらい……か? うわぁ、かわいそう……」

 

 『彼』に記憶が戻って、正式に「彼女」ということになったノノミは、結構わがままになったように思える。——それこそ、文字通り無(・)限(・)に(・)使える*3はずの、ノノミのゴールドカードを使って払えばいいのに、なんて思っていたら、『彼』も同じことを言ったようだが……

 

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ノノミ(対策委員会)『ふふっ、こういうのは好きな人に買ってもらうから意味があるんですよ〜? あなたからのプレゼントが欲しいんです!」

ノノミ(対策委員会)『その代わり、一生大事にします。うんうん、今日のことも一生忘れません!』

【そう? じゃあいいや】

ノノミ(対策委員会)『ふふっ、ありがとうございます……♡』

【いやいや、そんなこれぐらい】

(まんざらでもなかった)

(その後も楽しくショッピングをした)

 

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「バカップルだ」

 

 表示されたテキストを見て、本人が幸せそうだし、いいや、と思うことにする。

 

『先生、好きな人に買ってもらう……って、そういうものなんですか?』

「アロナ、私に恋愛のことを聞かないで。『彼』の今までの女性関係の記憶だけじゃ分かんないよ」

『……先生、もしかしてノノミさんに、「知識としては知っていても、実際には恋愛を体験したことないから」みたいに言われたの、気にしてます?』

「してないよ! 恋愛の体験なんて黒服だってないし、実際に体験してる『彼』にだって、女心(おんなごころ)なんか分からないし! そういうものなんだよ!」

『あー、すみません! 謝りますから、拗(す)ねないでください!』

 

 ——そう。女心だけじゃなく、他人の心なんて本当に理解することは出来ない。ましてや、既に全てを知って受け入れたノノミの心の中なんて、きっと誰にも分からない。いつか恋人が違う世界に帰ってしまう、それを覚悟した上で笑顔になれる、強い心の持ち主なんだから。一生大事にするだなんて、ノノミはもう『彼』がいなくなった後のことを考えて言っているのかも知れない。

 

 

 アロナの案内に従って、いくつものストーリーをチェックする。カヨコ、アリス、ヒマリ、カンナ、ミヤコ、サオリ、ミカ、ナギサ……

 

「今日はナギサは、ノノミとお茶会だったか。ナギサと一番最初に仲良くなるのは誰かなー、なんて思っていたけど、ノノミとは気が合うみたいだな。うん、ノノミや『彼』が橋渡しをすれば、いよいよヒナとナギサでお茶会(ティーパーティー)も夢じゃないかも。…………。……ああ、やっぱり『彼』もそう思ったか。エデン条約だって、締結されてもう長いし*4、今のナギサなら、ちょっとした名目でも用意してあげれば……うん、ヒナならきっと、バランスを取ってうまくやってくれるだろうし、ナギサが間に入れば、いずれはミカやセイアだって……うん、ミカにはヒフミやハナコがいい影響を与えてくれているみたいだし……うんうん」

 

 さらに、ノノミが『彼』に報告しているのを読み進めていく。

 

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ノノミ(対策委員会)『——それから、正義実現委員会の皆さんのところに差し入れを持って行って、ツルギさんと恋バナなど……♡』

【また? ツルギはあれで純情なんだから、生々しい話とかやめてよ? 恥ずかしいし。……っと、ツルギといえば、トリニティの図書委員会に……——】

 

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「うん……うん……。図書委員会のウイやシミコに、ツルギのための、おすすめの恋愛小説を借りに……ね。すっかり図書室組の二人とも仲良くなったみたいだ。……そういや、中学の時も高校の時も文化部の連中とたむろしてたから、いつも図書室にいるような子とは結構仲良くなったもんなあ。変な本ばっかり読んでますねー、とか、そんなことばっか言われてたけど……ん? ああ、『彼』の記憶の話だよ。『私』じゃなくて」

『でもそれって、実質的には先生の学生時代の話みたいなものなんですよね?』

「私はそう思ってるけどね。一緒にされたら向こうが嫌がるでしょ。私たちが同一人物だなんて知ったらガッカリされそうだから、周りにもその話は内緒にしてるし。……そういえば、昔はそこで少し悩んだりしたなあ。自分は何者なのか、なんて。あれは一種の「転生」みたいなものなのかも知れないし」

 

 「ゲームの中」の『ブルーアーカイブ世界』は、プレイヤーが『ブルーアーカイブ』を初めて起動した瞬間に生成される。同時に『シャーレの先生』という「器」が生成され、そこにプレイヤーの記憶と人格が流し込まれる。その結果生まれたのが、この青年である。青年が持つ『彼』の記憶は、『彼』が『ブルーアーカイブ』を初めて起動する直前、画面を見ていたところで途切れて終わっている。

 

「プレイヤーとしてスマホの画面を見ていたと思ったら、気づいたらキヴォトスにいた。その瞬間、全ての情報が流れ込んできたから、そこがどんな場所で、自分がどんな存在なのか、「事実」は全て知っていたから、あれを「転生」だなんてとらえ方はしなかったけど。『現実世界』には「記憶」の続きを生きている「プレイヤー」の『彼』だっていたし」

『以前も今も、『あの人』は頼りになりますよね!』

「そうだねえ。「こっち」にいた頃は「プレイヤー」として、今は「向こう」で「先生」として、『私』と同じ考えで動いてくれている。ありがたいよね」

『二人で一人の「先生」ですね!』

「二人で? うーん……どうかなあ。だいぶ前から、向こうのことは『彼』に頼りっきりだし、もうそんな自信はないなあ。向こうは私を当てにしてくれているみたいだけど。はぁ……」

 

 ため息をつき、スマホを操作していた指を止め、少し迷う。その指が画面に触れると、別の画面が現れる。

 

「二人で一人、か……」

 

 表示されたのは、本来の『メインストーリー』。そしてそこには、通常のゲーム『ブルーアーカイブ』には存在しない、『最終編』後の生徒たちの『エピローグ』が追加されている。こ(・)の(・)特殊な形の『ブルーアーカイブ世界』の、既に完結してしまった『メインストーリー』は、このようにしてアーカイブ化されている。

 

 『メインストーリー』とは、『ブルーアーカイブ』に新しく配信されるたびに、『ブルーアーカイブ世界』の核(コア)である『シャーレの先生』の「器」に刻み込まれていく、いわば『ブルーアーカイブ世界』の設計図。生徒一人一人の「器」に随時(ずいじ)書き込まれていく、実体のない体験——いわば前世の記憶。十六夜ノノミ、小鳥遊ホシノ、鬼方カヨコ……全ての生徒たちの、それぞれの「器」の中に眠る「本当のブルーアーカイブ」の記憶。『シャーレの先生』だけがその記憶を眠らせることなく、はっきり覚えている。

 

 vol.3『エデン条約編』の第三章、19「私たちの物語」をタップする。

 

 自室を背景にした、パジャマ姿のヒナの立ち絵が表示される。目を伏せ、泣きそうな表情のその姿は、2Dの立ち絵ですら痛々しい。

 

 下のテキストウィンドウに、セリフが表示されていく。

 

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ヒナ(風紀委員会)『私は……小鳥遊(たかなし)ホシノみたいには、なれない……』

ヒナ(風紀委員会)『私だって頑張った‼︎』

ヒナ(風紀委員会)『私だって、小鳥遊ホシノや補修授業部みたいに……』

ヒナ(風紀委員会)『先生に構(かま)って欲しかった、褒(ほ)められたかった‼︎』

 

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 青年はため息をついた。当時のことを思い出す。『シャーレの先生』というものの限界を感じた時のことを。

 

 ——これくらいのささいなことすら、回避できないのか。私は「主人公」であり、「シッテムの箱」を持ち、「ご都合主義」を味方につけているのに。少しぐらいのず(・)る(・)は許されないのだろうか? 例えば——

 

「——例えば、補修授業部の相手をしてる間もヒナが寂しそうなのを察して、先生が会いに行ってたこ(・)と(・)に(・)す(・)る(・)とかさあ、出来ないのかね? 俺のブルアカだけ、そこの部分をちょこっと書き換えるとか」

「んなこと言ったって、ブルアカのストーリーは読むだけなんだからしょうがないだろ。「先生」の選択肢だって、どれを選んだって変わらないし。そ(・)う(・)い(・)う(・)も(・)ん(・)なの。ギャルゲーとかと違うんだから」

「そうなんだけどさー。何か、ブルアカのプレイヤーって無力だよな。推しキャラを公式が曇(くも)らせにかかっても、自分じゃ展開を変えられないし」

「当たり前だろ。相変わらず、変なこと考える奴だなあ」

「そうか? 別に普通だと思うんだけど」

 

 『現実世界』の「プレイヤー」だった頃からそんなことを言っていた『彼』と、「ゲームの中」の世界でほぼ同じことを考えていた自分は、その部分においては、やはり元は同じ人間なのだ……青年は、そんな風に思う。

 

「そして、そんな『彼』が向こうにいてくれるから、ヒナは今も泣かずにいられる」

 

 『メインストーリー』から解放された、どんなことでも許される世界で、『彼』は『彼』なりにヒナを寂しいと思わせない道を見つけて、それを選んでくれた。

 

「でも、そこには『私』がいない」

 

 いくつか、ストーリーをスクリーンショットで撮った画像を表示させる。それは、「あちらの世界」で待っている人たちがいることを青年に教えてくれた、いくつかのストーリー。

 

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ヒナ(風紀委員会)『思い出した。やっとホシノちゃんの言ってた意味がはっきり分かった……。以前いた、あの先生のこと……』

 

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【やっぱ、お前もいずれこっちに来ないとダメっぽいよ? 生徒を泣かせたままじゃなあ】

 

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ノノミ(対策委員会)『先生! もし何か反省しなきゃいけないと思うんだったら、ちゃんと協力して下さいね? 「先生」としてではなく、『あなた』じゃなきゃダメな事が、こ(・)の(・)世界にはいっぱいあるんです!』

 

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 ——『彼』に、ノノミに、そして、ホシノに言われて、初めて気が付いた。ヒナが『私』の存在を思い出しても、『私』はそこにいない。行くこともできない。『シャーレの先生』がそこにいても、その器に宿るのが『彼』では代わりにはなれない。そんな当たり前のことにやっと気が付いた。

 

 画面を操作して、いつかのストーリーを読み返す。それは、ホシノに黒服という「相棒」が生まれた日のストーリー。そこでホシノが「画面越し」に、直接『前の先生』——自分にぶつけてきた言葉。

 

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ホシノ(対策委員会)『私は別に、平和な世界じゃなくても良かった!』

ホシノ(対策委員会)『敵がいるなら戦えばいい! 危険があるなら一緒に立ち向かえばいい! 楽しい生活なら自分たちでつかみとれば良かった!』

ホシノ(対策委員会)『私は『あの人(前の先生)』さえいてくれれば良かった! 『あの人』がいない世界なんて私には何の意味もないって、何でそんなことが分からないんだ!』

ホシノ(対策委員会)『みんなで頑張って、その向こうに『あの人』との絆が得られるなら、私は『メインストーリー』の方が良かった!』

 

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「…………。……いや、そうなんだけどね? でも、『ゲマトリア』やカイザーなんて危険な相手とことを構えてまで『私』と一緒にいたかったなんて、思わないじゃない? 戦闘なんて起きない方がいいし、別に『シャーレの先生』の中身が『私』かどうかなんて、こだわらなくてもさぁ……」

 

 青年はスマホを持ったまま、ずるずると床に崩れ落ちた。こんな情けない姿、誰にも見せられないな……と思いながら。

 

『先生! そんな風に落ち込んでたら、余計ホシノさんにガッカリされちゃいますよ! それにホシノさんは、別に先生を否定しているとか、そういうわけでは……』

「分かってるよぉ……。むしろ私は、自分のしたことに自信を持って、誇(ほこ)らなきゃいけない。それが出来るように、常に努力しなきゃいけない。それが全てを始めた人間の役目なんだから。ホシノならそう言うだろうし、私が作り上げた世界を好きだと思ってくれているから、自分でも頑張ってくれている。そういう話じゃなくて、単に私が勝手にいなくなっちゃったのと、今も帰れずにいるのを責めてるだけで」

『別にホシノさんも、責めてるわけでは……』

「『彼』なら絶対に、ノノミのそばを離れたりはしない。どんな状況でも、「ノノミのためなら、ずっとそばにいる!」って迷わずに言える。ホシノもヒナも、他にもみんな、『彼』のそういう姿を見て来ているからなあ……。私にも、私なりのそういう姿を見せて欲しいんだろうな。こんな、ぐだぐだ言ってる姿じゃなくて」

 

 どうやら、ホシノの中の自分のイメージは、カイザーPMCにとらわれていたホシノを対策委員会のメンバーと一緒に助けに来た、『ブルーアーカイブ』に描かれた「先生」の姿らしい、と思うと、また気が重くなる。いやいや、あんな感動のエンディングで「おかえりホシノ」とか言えるほど、私はイケメンじゃないよ。それもう、ほぼ『私』じゃないよ。別の人だよ。

 

「正直、あまり自信がないんだよね。「枷(かせ)」なんかじゃない。『シャーレの先生』という「器」と、『メインストーリー』という「道」が導(みちび)いてくれるからこそ、『私』は「本当のシャーレの先生」と同じように危険を顧(かえり)みず行動できる、そんな気がする。ホシノだけじゃなく、セリカやアヤネも『私』を思い出しかけている。でも、彼女たちが覚えているのは……」

『優しい、勇敢だ、書類仕事が苦手……どちらかと言えば、先生自身よりも、『ブルーアーカイブ』の「先生」の印象ですよね。やっぱり、気になりますか?』

「『黒服』……って呼ばない方がいいのかな。彼がその「器」である『ゲマトリアの黒服』から逃れて、真の自我を確立したいと考えている、その気持ちは分かる気がする。同じことをしようとは思わないけど、私にも自分のどこまでが『私』で、どこまでが『シャーレの先生』という「器」なのかが分からない。もし『シャーレの先生』ではない、ただの『私』が帰って来たとして、どれだけの子が喜んでくれるんだろう、って——」

『先生、ノノミさんに怒られちゃいますよ?』

「ぎくっ」

 

 ——そうだった。最近、ホシノより誰より厳しいのは、ノノミだった。

 

「『彼』を『現実世界』から呼び寄せて私に会わせてくれたのは、間違いなく『シャーレの先生』なんかとは全然関係のない『あなた』なんですからね? 私たちの出会いが間違いだったなんて言わせません!」

 

「……なんて言われそうな気がした」

『私もそう思います! だから先生も頑張りましょう!』

「よし! 弱気になるのは終わり! 風呂に入って食事して、『私』にしか出来ないことを考えよう! ——私には、ホシノのためにやらなきゃいけないことがあるんだから」

 

 

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 帰り道のオリジン弁当で買ってきた唐揚げ弁当(唐揚げ二個増量)を食べる。右手ははしを持ったままで、左手でスマホを操作。

 

「…………」

 

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ミヤコ(RABBIT小隊)『ホシノさんは、この間も私の裸を見ようとしましたよね⁉︎ シャーレのシャワー室で!』

ホシノ『いやいや、あの時は偶然見ちゃっただけでさあ〜、うへ』

 

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ホシノ『うへ〜、キリノちゃん、転んだらまたおじさんにパンツ見えちゃうよ〜』

キリノ(生活安全局)『みっ、見ちゃだめですよ!』

フブキ(生活安全局)『ホシノちゃんも好きだねえ〜』

 

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ヒナ(風紀委員会)『ホ、ホシノちゃん……あの……』

ホシノ『うへへ〜、ヒナちゃんの匂い〜。え? 何?』

ヒナ(風紀委員会)『最近、距離が近いというか……』

 

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「…………」

『これ、ホシノさんなりのコミュニケーションの取り方だって、本当なんでしょうか……? いつも心配になるのですが……』

「これ、『彼』だよね? 『私』から影響受けたとかじゃないよね? ていうか、「おじさん」っていう一人称と、女子同士だから許されてる……のかどうか知らないけど、やたらと近い距離感で犯罪臭がすごい……。——いや、そういう心配はいいんだ」

 

 青年はスマホを操作する。その表情が、真剣なものになる。

 

「ホシノの名前から『対策委員会』っていう所属名が消えている。おそらく、アビドスでの地位をアヤネに譲(ゆず)って実質的に引退したことと、黒服と一緒に各地で行動しているのが影響してるんだ。周りはもう、ホシノを「アビドス対策委員会の小鳥遊ホシノ」ではなく、『小鳥遊ホシノ』という一個人として見ている。ホシノが望んだように、中立の立場から生徒を見守る存在、『ホシノ先生』になりかけているんだ」

 

 ——ホシノがヒナに言われたことをきっかけに、『ホシノ先生』という概念を見つけたのは知っているし、嬉しかった。ホシノが『私』という存在にこだわったことで、その夢を諦(あきら)めてしまったのかも知れないと悔やんだ。でも意識的にかどうかは分からないが、ホシノは今も「先生」への道を確実に歩んでいる。

 

「ホシノは黒服と行動することで、本当に成長した。ゲヘナ風紀委員会だけでなく、SRTのRABBIT小隊や、アリウススクワッドとも一緒に戦う*5ことで、「シャーレ」と同じくあくまでも中立の立場から、キヴォトス全体のために戦う姿を見せ、彼女たちの信頼を得た。『私』と『彼』、二人の『シャーレの先生』には出来ないやり方で、私たちの『ブルーアーカイブ』の中での、一つの生き方を示してくれた。それは誰にとってもいいことだし、何よりホシノ自身が自分で生き方を切りひらいてくれたことが嬉しい。でも——」

 

 スマホを操作しながら、かたわらにタブレット端末を置いて、それも同時に操作する。目線がその二つを行き来する。

 

「ホシノは黒服から『メインストーリー』の全てと、「プレイヤー」が『ブルーアーカイブ世界』をどう観測しているのかを詳しく聞いてしまった。おそらく今なら、私がこうやって『現実世界』から「画面の向こう側」の世界を「読んで」いる姿だって、かなり正確なイメージが出来るだろう。出(・)来(・)て(・)し(・)ま(・)う(・)だ(・)ろ(・)う(・)。だとすれば、『ホシノ先生』は単なる呼び名程度のものではなく、限りなく『シャーレの先生』に近い概念になってしまう。そしてその結果、私と同じようにプレイヤー目線を得て、『シャーレの先生』しか知ってはいけない『ブルーアーカイブ』の真実を知ってしまう可能性がある」

 

 ——最初から、ホシノが深入りすることに対して漠然(ばくぜん)とした不安はあった。だからあの時も、ホシノに「頑張れ」と後押しすることは出来なかった。いや、あの場にいたとしても、自分自身の意思で歩き出そうとしている彼女を止めることは出来なかったかも知れないけど。

 

「ヒマリや黒服は、それ以上知ってはいけないラインを判断して、自衛することが出来る。実際、カヨコは危険を感じて深入りはしなかった。『私』や『彼』のように、もともとプレイヤーとしての視点を持っていれば、『ブルーアーカイブ世界』がどんなものであろうと、そ(・)う(・)い(・)う(・)ものだと受け止めることが出来る。そして、ノノミは……」

 

 ——唯一、ノノミだけが全てを知っている。ノノミにだけは教えてある。

 

「ノノミは、異世界の人間である『彼』との将来を考えるために、自分と自分が生きている世界を正確に知る必要があった。そういうはっきりした目的と覚悟があったから、すんなり受け止めることが出来た。ノノミが『彼』にいくら言われても結婚を断り続けているのは、したくないからなんかじゃない。絶(・)対(・)に(・)出(・)来(・)な(・)い(・)と知っているからだ。それが理由の一つだ。もし『彼』とずっと一緒にいられたとしても、そもそもノノミは彼を「両親」に会わせることも、おそらく「実家」に連れて行くことすら出来ないんだから」

 

 ——『メインストーリー』の対策委員会編の3章でも、ノノミの両親の姿は描写されなかった。はっきり立ち絵が出て来たのはロボットの姿の執事だけだ。おそらく今後も親が姿を見せることはないだろう。ストーリーの中では、いるこ(・)と(・)に(・)な(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)んだろうけど*6。

 

『でも先生、ホシノさんは、望んで今の道を選んだ気がします。それでも「ブルーアーカイブの真実」というのを知ってはいけないんでしょうか?』

「そこは、それこそ個人の選択であって、私が口出ししていいことじゃないよ。ホシノだって、そこは覚悟して選んだつもりなんだろう。自分で決めたことは、自分で責任を持つつもりでね。既に『彼』や黒服から、「知って」しまうことの危険性なんかもある程度は聞いていたはずだから、ホシノも自衛には自信があったんだろうし。ただ、おそらく気付いてないことがある。これがただの杞憂(きゆう)ならいいんだけど」

 

 青年はスマホを操作し、ホシノが黒服と一緒にいる場面を表示させた。現れたホシノの立ち絵は、通常のものではなく、ボディアーマーにショットガン、シールドにハンドガンと、フル武装のものだ。ピンク色の長い髪は、後ろで結んでポニーテールにしてある。

 

 さらに、わきに置いたタブレット端末の画像ライブラリの中から「ホシノ(対策委員会編3章)」というフォルダを選び、何枚かのスクリーンショットを表示させていく。先程の、黒服と一緒にいるホシノと同じような、フル装備のホシノの立ち絵が表示されている。さらに、ホシノがヒナと対決している場面のスチルなどを見て、軽く確認する。そして、「ホシノ(臨戦)」という名前のフォルダを開く。

 

「……やっぱり、間違いない。一見、同じ装備に見えるけど、細かい部分が3章に出てくるホシノや、実装された『ホシノ(臨戦)』のものとだいぶ違う。他にも銃の種類だとか、私には分からないような違いもあるかも知れない。おそらく、「ホシノならこんな武装をするかも知れない」っていう『拡大解釈』で生まれた装備の見た目を、『ブルーアーカイブ世界』が完全にはフォローしきれていないんだ。私が『最終編』までで切り取ってしまった、こ(・)の(・)『ブルーアーカイブ世界』には、アビドス対策委員会編の3章のストーリーは配信されなかったし、今後のストーリーも配信されることはない。だから、そこで初めて公開された設定は、『ブルーアーカイブ世界』に反映されることはない……。…………」

 

 青年は何か考えている様子で、黙ってしまった。少しの間、目を閉じ……そして、口を開く。

 

「アロナ。ホシノにとって、「ユメ先輩」の記憶って何だろう?」

『ホシノさんにとっての、ユメ先輩の記憶……ですか? うーん……大事な人との思い出、とか、忘れられない悲しい出来事、とか……でしょうか?』

「うん。今のホシノの人格を形作る上で、一番重要だった存在。ホシノにとって、かけがえのない思い出であり、トラウマ。ホシノにとっての「ほとんど」だと思う」

『そうかも知れませんね。対策委員会編の3章のホシノさんは、楽しそうで、そしてつらそうで、痛々しくて、でもそれを乗り越えて……』

「なら、ホシノにとってそういう大きな存在だという「事実」はそのままに、3章で初めて公開されたエピソードや設定が、どれもホシノの記憶の中にはない——あると『ブルーアーカイブ世界』に思(・)い(・)込(・)ま(・)さ(・)れ(・)て(・)いただけのものだとしたら? ホシノにとっての「ほとんど」は、あったこ(・)と(・)に(・)な(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)だけで、実体がなかったとしたら?」

『え? あ……!』

「その「事実」を知ったら、ホシノはそれこそ、空っぽになってしまうかも知れない」

 

 ——アリスにケイ、シロコ、クロコ、黒服や私も、キヴォトスに生まれた中には特殊な存在がいる。その「事実」は変えることが出来ない。ただ自分なりに解釈して飲み込み、咀嚼(そしゃく)して、自分の一部として受け入れることしか出来ない。そしてそれさえ出来れば、どんな人生を歩むことも出来る。アリスは自分の力を理解した上で、「勇者」にだって「魔王」にだってなれる。でも、ホシノは?

 

「私の知っているホシノは、『ブルーアーカイブ』に描かれる、それこそ、ただの登場人物に過ぎない『小鳥遊ホシノ』とは違う存在だ。黒服を相棒にして、何人もの仲間や友達がいて、「生徒」という概念を超えつつある、しっかりした子だ。今でも私を待ってくれている子だ。今のあの子にとって、「ユメ先輩」がどれだけの意味を持つのか……。あるいは、ホシノはもうその問題を克服しているのかも知れない。だけど……。アロナ。私は今本当に、ただそばにいる、それだけの事がどれほど大事だったのか、痛感している。『彼』がノノミにそうしているのを見て、生徒たちよりまず、私がそれを学ばなきゃいけなかった。なのに私は、まだしばらくは身動きも取れない」

『先生! 気持ちは分かりますが、無茶だけはしないでください! 以前、ホシノさんに会いに行った時だって、ほんの一瞬だけのことでしたが……』

「心配をかけるようなやり方は、出来るだけ避けるよ。それに、まだ推測に過ぎない。また消極的な姿勢になってしまうけど、何も起きないことを祈りながら、「こっちの世界」で出来ることをして備えよう。『彼』かノノミに、私の知る事情だけでも教えられればいいんだけど……」

『はい! 分かりました!』

 

 

 少し後、青年がアプリを終了して寝ようとした時、一瞬だけアロナのメッセージが表示された。

 

『先生——いえ、『あなた』は十分、危険を顧みずに誰かのために行動出来る人だと思います。だから——だから私は少し心配です』

 

 

------------------------

 

 

 ——同日同時刻、アビドス自治区、小鳥遊ホシノ宅

 

 ホシノは、ベッドの中で眠りにつこうとしていた。

 

「——ユメ先輩。最近私は、あんまり悲しい気持ちで先輩のことを思い出さなくなりました。今の生活は、とても居心地が良くて、楽しくて、それが何故なのか分かった気がするんです。二人の「先生」が作ってくれた、唯一無二のこ(・)の(・)特別な『ブルーアーカイブ世界』は、私がいつか望んでいた世界そのものなんです。例えばユメ先輩がここにいたら、きっと楽しいと思ってくれる、そんな素晴らしい世界です。だから大事にしなきゃ、そんなことを考える時にユメ先輩を思い出すんです」

 

 ホシノは、壁に貼られたポスターを見る。一度ビリビリに破れたのをテープで直した、そのポスターは、一年の頃のホシノが破いたこ(・)と(・)に(・)な(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)、アビドス砂祭りのポスター。

 

「素直になった私や、能天気なあの先生、その彼女のノノミちゃん、アビドスのみんな、ヒナちゃん、うちの相棒も、他にも……あと、肝心(かんじん)のもう一人が今はいないけど、そんなみんなに囲まれて、あの頃の私たちみたいに、毎日バカやってたら、ユメ先輩もきっと楽し——……んっと、あれ? 楽しかった……はず、の……。私たち二人でいろんな……どんなことをしたっけ。よく思い出せない……。まあ、いいや……。ユメ先輩のことなら、いつでも思い出せ……る……眠ぃ……ふぁ……」

 

 考えている内に、いつしかホシノは眠っていた。

 

 ベッドのそばの写真立ての写真には、ホシノともう一人、「ユメ先輩」と思(おぼ)しき「誰か」が写っていた。それが誰なのか、「ユメ先輩」なのか、それはきっとホシノ以外には分からない。その「誰か」の顔部分には、何も写っていなかったから……。

 

「ふみ……帰ってきたら……わた……しと、デート……んん……」

 

 

 ——小鳥遊ホシノに最大の試練が訪れるのは、もう少し先の話である。

 

 

 

 

*1:
作中では、『便利屋68業務日誌』が三巻まで、『ゲーム開発部だいぼうけん!』が二巻まで発売されている。また、後述のようにアニメ版『ブルーアーカイブ』も放映済み。

*2:
正確には、彼の呼ぶような、いわゆる「ブルアカのアロナちゃん」ではない。『アロナ』は単なるシッテムの箱のメインOSではなく、連邦生徒会長の要素を含む「何か」であると「拡大解釈」することによって、『ブルーアーカイブ世界』において強大な力を持つことになった。その力で、『ブルーアーカイブ世界』の因果を操作出来るのである。作中設定。詳細は設定まとめを参照。

*3:
この作品内では、そうなっている。限度額はあるこ(・)と(・)に(・)な(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)だけだからである。どういうことかは、後述の、世界が思(・)い(・)込(・)ま(・)せ(・)て(・)いるという話に関連する。

*4:
この作品内では、『前の先生』が「概念上の連邦生徒会長」を配置したため、問題なく締結されている。

*5:
SRT特殊学園は廃校とはなっておらず、アリウススクワッドはEOT(エデン条約機構)として活動している。作中設定。

*6:
ノノミの親は、「ノノミの実家はネフティスグループの運営を〜」など、いわばノノミに付随する設定上の存在でしかなく、実体がなくても事足りるということ。加えて、キヴォトスに存在する「大人」や生徒の家族に関する設定などと矛盾するため、詳しい描写自体不可能であろう(少なくともこの時点では)ということがある。ただし『ブルーアーカイブ世界』は、い(・)る(・)も(・)の(・)と(・)し(・)て(・)全ての人間に思(・)い(・)込(・)ま(・)せ(・)て(・)い(・)る(・)ため、ノノミも含め、基本的には五感で確認することは出来ない。独自解釈・作中設定。

話の分割の仕方について、別の形に分けるなら以下のどれがいいですか?

  • キャラごと(ホシノ、黒服、カヨコの3つ)
  • 内容ごと(ホシノ・黒服、カヨコの2つ)
  • 本編外にまとめたもの全部で1つ(今のまま
  • その他(お気に入り登録や検索をしやすく等
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