「助けてノノえもん!」ホシノ・カヨコ・黒服関係回のみまとめ 作:春画屋@二次創作R18
今日も俺は悩んでいた。
こっちの世界に居るべきか、向こうの世界に帰るべきか、もしくはシャーレの先生としてどうあるべきか、世界の一部としての「先生」をどう考えるべきか、等々、悩んで然るべきとこは山ほどあるのだが、まずは目の前の問題からだ。どうしたものか。
「先生、考え事ですか?」
「ん? ああ。……そうだ、ノノミにちょっと聞いていい? ——あーん」
「はい、手作りクッキーを、どーぞ☆ 何でしょう?」
「あむあむ、いや、ホシノなんだけどさあ」
別の話で、ノノミに聞いてみたい事があったので、ちょっと聞いてみた。
「ホシノって、『前の先生』のことどう思ってると思う?」
「ホ、ホシノ先輩が『先生』を、ですか? ……それはその、もちろんあれは……恋、ですよね……? きゃっ♪」
「やっぱ、そう見える?」
「すっごく、わかります〜。遠く離れた人のことって、何だかもっと魅力的に思えてしまうんですよね〜。私が「あちらの世界」にいた頃のあなたを見ていた時みたいに☆ あなたって、あちらの会社で働いてた時もピシッとしててカッコよくて、あとそれから……」
ノノミが体をくねらせながら、俺を褒め続けている。うん、嬉しいっちゃ嬉しいんだが、ホシノの話だ。まあ、恋してるように見えるよなあ。ほんのりと。かと言って本当に恋してるのかなんて、本人含め誰にも分からないもんだと思うけど。そもそも、そういうのは実際に会わないと……ふむ。
「? どうしました? 私の顔、何かついてます?」
「いや、ノノミはいつも可愛いなと」
「やぁん、照れますぅ!」
「痛い! キヴォトスの人は力を加減して!」
とまあ、嬉しそうなノノミを見ていると、実際に会えるかどうかでやっぱり違うよなあ、などと思う。
「おじさん、やっぱ真面目なんだよなあ。俺に気をつかってくれてるのはありがたいんだけど、その分を自分が
「隠してますか」
「見えないところで頑張ってる気がする」
「ああ……」
「いや、確かに助かるんだけどね。肩の力は抜いてほしいなって」
俺や『前の先生』がもうちょいしっかりしてれば、って話なのかも知れないけど。でも、そことは違う理由で、おじさんがどうも必要以上に気を張ってる気がする。俺の記憶を戻すとか戻さないとかって揉めた時の話を聞いて、「自分もショックを受けた」とか「あなたの側だから」とか言ってたし。
「あなたの側」っていうのは、全員が笑える世界を作るのが大事だって意識が強すぎて、目の前の一人が笑顔になれないのを見過ごしそうになった……そこが今回の俺と一緒だったって意味だったんだろう。しかし、もともとホシノは個よりも全体を見る方だ。結論はともかく、そのスタンスが間違ってるわけじゃない。俺みたいに、他のことから大義に逃げ込んで、自分の気持ちを見失ったわけじゃない。だからってホシノは自分に納得できないらしいけど。
「まあ、ホシノ先輩はもともと、一人で抱え込むことは多いですけど……あなたに何か言ってました?」
「迷いはあるけど、周りに甘えず、自分で答えを出したいってさ。相変わらず立派だなーとは思うけど、うーん……」
「だったら、あなたの役目はそっと見守る事だけですよね? 何か考えがあって行動してるなら、余計なことしちゃダメですよ? ホシノ先輩はとっても強い人なんですから☆」
「……そうだな」
確かに、邪魔されずに自分一人だけで考える時間が必要な時もあるからな。『前の先生』のことも、「離れて待つ時間」が意味を持つ、なんて言ってたし、実際そうなんだろう。なら、せめてそういう時間を十分持てるよう、見守るしかないか。ノノミも見てるし、無茶さえしないでくれれば。あとは——
——いつかは『前の先生』に会わせてやらないとな……
待つってのは、いつか会えると信じてるから出来ることだ。最後まで信じ続けることが出来て、結局一生会えなかったけど、幸せな人生でした、なんてのは、俺から見ると強がりとしか思えないしな。そういう気持ちは本人以外には理解できないものだろうし、他人が決めつけていいもんじゃない、ホシノもそういうのでも満足なタイプなのかも知れないけど。
でも、本人に会えれば、嬉しいに決まってる。自分の気持ちだって、会ってからじゃないと本当のところは分からん。何か、俺が戻ることなく、『前の先生』も「こっち」に来られるような手段があればな……。
とっとっと、悩んでたのはそれじゃねーんだわ。ヒナだ、ヒナ。そっちを解決しないと。
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目の前には、シャーレ執務室用のパソコン、シャーレ所属生徒の名簿、各学園の場所が
「ゲヘナ風紀委員長の、
「エデン条約ももう締結されたしな。アコから聞いてる感じだと、カヨコや便利屋のおかげでゲヘナ自治区への出動も減ってるみたいだし、俺と一緒に昼寝してないからって、ヒナがオーバワークってことはないと思うんだけどな。おじさんとお茶とかしてるらしいし。しかし、過労の心配がなきゃいいってもんでもないし、寂しがってるだろう」
「せんせ、せんせ、あーん♪」
「おう。口開けて……」
「んっ♪ そうれすねえ……。あむあむ。ゲヘナってトリニティから遠いんですよね……」
「そーなの。だからトリニティに行った帰りに、ってわけにもいかないし」
「うーん……先生には『シッテムの箱』もありませんしねえ」
「あれがあればねー。その気になりゃあ、行きたい学校全部、一日で回れちゃうからいいんだけど」
『シッテムの箱』ってのは、ブルアカのプレイヤーなら誰でも知ってる、『シャーレの先生』の必需品だ。これを使って、作中では戦闘指揮を取ったり、中のアロナにいろいろ頼んだりするわけだが、「ゲームの中の世界」と表現(この表現がいまいち正確なのか分からないんだが……)出来る、実体を持つ
要するに、『スケジュール』画面を出して、「よーし今日は、ゲヘナと、アビドスと、ミレニアムと、トリニティと、レッドウィンターと、百鬼夜行と、仙海経と、全部行くかー!」と選べば、移動も一瞬、同時に並列で複数の生徒と会える、と。やったことないから知らないし、厳密に言えば「こっち側」だけで出来る事でもないらしいし、以前は知らない内に「プレイヤー」である俺が「あっち側」から指示してたってことらしいけど。複数の場所で同時に、それぞれの生徒と一日中一緒にいたりも出来るらしい。自分だけ、過ごした日数分疲れるそうだが。そりゃ、書類仕事までする体力もなくなるわ。
で、機能はそれだけじゃないけど、そんな便利な『シッテムの箱』を諸々の事情で俺は持ってません、と。持ってないからと言って愚痴ってもしょーがない。生身でどうにかするしかしょーがない。それに、『シッテムの箱』の代わりに俺には頼りになるノノミがついていて、便利な道具を出してくれる——のだが、
「うーん……。私の出す『どこでも☆扉』では「出口」が限られてしまいますし」
「『主人公』の目の前にある『場面』を「書き換えて」空間と空間を繋ぐんだっけ? 俺のところに一方通行じゃ意味がないんだよなあ……。——まてよ、閃いた!」
「閃いたんですか⁉︎」
「おう。気は進まないし、いろいろ俺自身が精神的ダメージを食らいそうだが、とりあえずの問題解決にはなるだろう! 早速ヒマリに連絡だ!」
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「あら、先生」
「や、ヒマリ」
「ヒマリさん、いつもお世話になってます」
「ノノミさんも。ふふっ、今日はシャーレで当番デートですか?」
「うん、そんな感じ」
ミレニアムの、ヴェリタス部長であり全知の学位を持つ超天才清楚系病弱美少女ハッカー(自称)の、
「そっちは最近どう?」
「もちろん、ミレニアムの誇る希代の天才清楚系完璧美少女ハッカーである、
「頼もしい……ありがとう……ありがとう……ありがとうございます、ヒマリ様」
「ふふっ、これくらい朝飯前、といったところです。本来ならここで、「どや顔」をするところですが」
「してるしてる。本来ならっていうか、してるぞ。どや顔」
何にしても頼もしい。
「『エリドゥ』の封鎖の件はありがとうございました。他にも『連邦生徒会』関係はお任せしてしまって……」
「いや、もともとヒマリに頼ってるのはこっちだから。シャーレと関係なく、『連邦生徒会長』の指示として出す分には楽な話だし、その辺はどんどん言って。記憶が戻った俺が役に立つって言ったら、そっち方面ぐらいだし」
「そんなことはありませんよ。先生には居てもらうだけで意味があります。アリスも、ケイや私とは仲良くなってくれましたが、先生が来ないと
「あちゃー、そっか。ゲーム開発部にも最近来ないって言われてるらしいしな……」
「それにアリスいわく、直接的行為を含まない脱衣と羞恥に関するロマンは先生がエキスパートだと聞いています。ケイが是非、参考のためにいろいろ聞きたいと」
「待って、俺、何だと思われてるの」
何か後ろからノノミの視線を感じる気がする。
ヒマリには、因果を操作し時系列を飛び越え、俺の記憶が戻るより相当前からいろいろ手伝ってもらっている(いた)らしい。『メインストーリー』の一部やこちらの事情も教えてあり、その一つとしてAIの『Key』ならぬ、今の名前は『ケイ』を保護してもらっている。ヒマリも『ケイ』を教育したりアリスと遊ばせたりと、娘のように可愛がっているそうなのだが……
「そうそう、今度アドレスを教えますから、『ケイ』が投稿した小説を先生にも読んでいただきたいと」
「それ、ノク
ヒマリの英才教育の結果ケイは、キヴォトス版の例のアレな性癖歪ませ系R-18小説投稿サイトにハマり、最近では自分でも書いて投稿しているらしい。ジャンルは怖いので聞いていない。この世界のエロゲー化が進んだらどうしよう。ヒマリもノリノリだし、止めてくれないか。
「アリスにいろんな事を教えるのは、いつにしような?」
「私としては、もう少し何も知らせず、平和に遊ばせてあげたいと思います。いつか直面する問題とはいえ、やはり重いでしょうし」
「そりゃ、
先日カヨコから聞いた説から考えると、この「ゲームとしての」ブルーアーカイブ世界における『シャーレの先生』は本来の意味合いよりも、『メインストーリー』を進行させ、「プレイヤー」の視点とこの世界を結びつける役割の方が大きい。ゆえに、『ブルーアーカイブ世界』と直結した存在だ。だとすればアリスの体は、俺が今入っている(というのか分からんが)『シャーレの先生』という「器」に近い。重い話だ。あり得ないにしても、アリスがその気になりゃ、世界規模の何かが出来るんだろうから。それでも、アリスもいつかは自分が何者なのかを知り、向き合わなければならない。
「大丈夫ですよ。『シャーレの先生』と同じく、どんな存在であろうとアリスは自分がアリスだと思う限り、ゲーム開発部の一員であり、私の可愛い後輩です♪ アリスにはモモイや頼もしい仲間もいっぱい居ますし、先生がいい事を言ってくださいましたから」
「いい事か……。俺、何か言ったっけ」
「はい。先生の『ドリル理論』は、アリスのお気に入りです。いつもいつも、ドリルドリルと」
「……エンジニア部に、下半身をタンクに付け替えたいとか相談してないよな?」
ドリルかあ……。いい事を言ったにしろ、俺の言った『ドリル理論』とやらが、アリスにちゃんと伝わってるかどうか不安だ。「どんな姿でもアリスはアリスだよ」という意味のことを『前の先生』がもうちょい頭のいい言い方で教えたそうなので、アリスがバカだと思われちゃいそうだし、そっちで覚えてくれと言ったはずなのだが。
内容に関してはぼんやりとしか知らされていないが、アリスをめぐって『メインストーリー』に出てくるような物騒なことは、とっくに
まあ、それは置いておくとして、今の一番の問題と言えば……
「リオとはどうなの? いくらか仲良くなった?」
「うーん……ノーコメントと言ったところでしょうか♪」
「さいですか」
先の知識を共有して意見が合おうが、協力体制を取ろうが、仲良くない相手とすぐに仲良くなったりはしないらしい。そりゃそうだ。何かしら深刻な対立をする前だから、マシとは言ってもな。それでも、仲良くする努力ぐらいはして頂きたいが、だからと言って、記憶や知識の欠落が多い俺がいきなり中に入ってもなあ……。いずれリオとは、俺の方からもちゃんと話をする必要はあるんだろうけど。
「それで、ご用件は何でしょう?」
「実はな。よし、ノノミ頼む」
「はいは〜い! お任せですよ〜☆ えいっ!」
空中がピカッと光り、ポトンと俺の手のひらに棒状のプラスチックの物体が落ちてきた。USBメモリだ。
「えーと、ノノミ、この不思議アイテムの名前は?」
「はい! 『あなたにとどける甘い安らぎのひととき 〜優しい吐息をそっと添えて〜 DMsiteにて好評発売中!』です!」
「今度の名前はそういう方向性できたか。う〜ん、どんな方向性でも相変わらずセンスは酷い」
名前のセンス以前に、好評発売中なのかよってツッコミもある。しかも、どこのサイトだって?
「『DMsite』ですか……あそこだと、全年齢なのでしょうか、それとも……?」
「D◯siteだとちょっと分からないが、DM◯が元ネタだとしたら全年齢だろう、きっと」
ものがものだけに、こんなのがR-18だったらやだよ。だってこれに入ってるデータ……。まあ、ノノミがどっかから出したものなんだから、何が入ってても不思議はないんだが。
「ダメでしたか? それでは、こちらの名前でもう一回……。じゃじゃ〜ん☆『RJ01078257.zip』です!」
「ファイル名」
いきなり無味乾燥になったというか……。しかし、このファイル名を見ると、多分D◯siteで売ってる方のやつだな。実際に売ってるわけないけど。
「何です? それは……」
「今、データだけそっちに送るから、中身見て」
「はあ」
と、メールに添付したファイルを受け取り、マウスでカチカチやって中のデータを見たヒマリが、楽しそうに笑った。
「なるほどなるほど、これは面白そうです♪ この録音データを素材にして、先生の声と、吐息と、ささやきで、『先生ASMR』を作る、と」
「改めてどういうものか説明されると背筋が寒くなるが、大体そういう事。一応、作ってくれって言われてたし」
「はいはい! 私も欲しいです!」
「ノノミはやめときなさい。いらないでしょ?」
「そうでした☆」
自分から欲しがってたヒナならともかく、ノノミに「このASMRがあれば、寝る時先生と一緒じゃなくても平気ですー☆」とか言われたら色んな意味で悲しいし。
「あ、あの、先生……。作るのは面白そうなのですが、私はこれを聞いて寝るのはちょっと……」
「ヒマリは申し訳なさそうにしなくていいから。そっちが正常な反応だから」
と、そんなこんなでノノミがどこからか出した録音済みのデータをヒマリに渡し、あとはヴェリタスにも手伝ってもらうことになったのだった。
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で、数日後のエンジニア部である。ミレニアムに来るのも結構久しぶりだったりする。
「よっ、エンジニア部」
「あっ、先生! 来ましたか!」
「よく来たね、先生。ブツなら出来てるよ」
ウタハはブツを取りに奥に行ってしまったが、コトリやヒビキ、エンジニア部が出迎えてくれた。
「それでは見ていただきましょう。エンジニア部渾身の一品、ASMR専用ワイヤレスホン、有線ホン、ASMR専用プレーヤー!」
「おおっ、カッコいい!」
とりあえず、見た目がカッコいい。ヴェリタスのマキあたりにでもデザイン頼んだかな。
「それではまず! この有線イヤホンから説明しましょう!」
早速、説明魔のコトリが出てきた。
「出来るだけ短く、コンパクトな説明お願いね」
「もちろんですとも! この有線イヤホン、Final-K500は……」
「……信号をダミーヘッドマイクロホン……」
「……小口径6.4mmダイナミック型ドライバーユニットを使用……」
「……可動式のスウィングフィット機構により……」
「——などなど! というわけで、バイノーラル録音の視聴に特化したカナル型イヤホン! 装着感もフィット感もバッチリの優れものなのです。ちなみにケーブルはOFC……」
「分かった。すごく高性能なのが分かった。もうその辺で」
はっきり言って何言ってんのかさっぱり分からなかったが、分からないという事がよく分かった。あと、長かった。
「それでは次は私だね。このワイヤレスホン『KOTORI』は……」
「しまった、まだあった」
有線イヤホンの説明だけでもういいよって思っていたのに、まだあった。まあ、作ってもらった立場だし、心を無にして聞くか……。
「…………。…………。…………。…………。……——とまあ、こちらは音質や繋がりやすさももちろんだけど、装着感と使い勝手を重視している。軽さ、大きさ、落ちにくさと、寝ながらASMRを聞くにはまず快適性だからね」
「それは何となく分かった」
確かに見てみると、えらく小さい。ワイヤレスホンなのに、耳に完全に収まってしまいそうだ。寝ながらイヤホンつけると、有線だとタッチノイズがすごいし、ワイヤレスだとすぐ落ちるわ、つけてて痛くなるわ、ASMR聞きながら寝る人って器用なのかなって思ってた。真面目に作ってくれてありがたい。エンジニア部には今度お土産でも買ってくるか。
「ちなみに、『アジャストフィット機能』については『ヴェリタス』のコタマ先輩から技術協力と監修をしていただいたよ」
「コタマ? それもありがたい話だが、何でまたヒマリ以外のヴェリタスのメンバーが」
しかも、よりによってコタマとは。嫌な予感がする……。
「いや、コタマ先輩は以前にも同じように『先生ASMR』を作ろうとして話を持ちこんできたから」
「予想通り! せめて俺の許可取れよ!」
くっ、モラルのない奴らめ。しかし、ある意味そういった行為の結果、このASMR専用イヤホンが出来たと思うと強くも言えない。
「完成した
「君たちも盗聴とかそういうのは、もうちょっと申し訳なさそうに言ってくれないかね。シャーレのチェックが厳しくなかったら何するつもりだったんだよ」
ミレニアムの部活が、方向が違うだけでゲヘナとかと大差ない気がするのは俺だけだろうか。ヒマリもやめてくれって言ってんのに、平気でシャーレにハッキング仕掛けてくるし、C&Cも結構脳筋だし。
「まあまあ、その話はその辺で。最後はこれだよ」
ヒビキに代わってウタハが、深みのあるブラックのボディをゴールドで縁取った渋い音楽プレーヤーを取り出した。今時……って言っちゃダメだろうか。わきに物理ボタンがついてる。この曲線部分は……これ、持ちやすくしてんのかな。人間工学とか、そーゆーのに基づいてるんだろうか。音楽なんて最近、ほとんどスマホでしか聞いてなかったから、専用のプレーヤーでこんなにしっかりしたものが新鮮だ。
「カッコいいなあ。ずっしり重いし」
「WAVデータやFlacにも対応。フルデジタルアンプ搭載で、ASMR専用の独自のイコライザーにも対応している。これによってASMRデータを、環境音を優先するモード、セリフを優先するモード、吐息や
「そうなのか」
そんな技術の結晶を『先生ASMR』なんぞに使っていいのか疑問が残るが、「才能の無駄遣い」をそのまま地でいってるエンジニア部だし、いいだろう。中身が中身じゃなきゃ、俺も作ってるの自体は楽しいし。
「しかし、性能が良くて見た目もカッコいいのは結構なんだが、使うには小さくて軽い方が良くないか?」
「先生は分かってないね。ここがポイントなんだ。これには無酸素銅切削筐体に金メッキを施してあり、そのおかげで抵抗値を極限まで——」
「分かった。ありがとう。よく分かった」
あれだ。オーディオマニアも沼に沈むと、ケーブルの値段は万単位じゃなきゃダメだとか言い出すらしいけど、その領域の話だ。「むさんそ何とか」って何だ。まあいいけど。
「こだわりがすごいのは分かるよ。ありがとう」
「ま、クオリティを追求した結果、少し予算をオーバーしてしまったがね」
「シャーレの経費で払うからいいよ。いくらぐらい?」
「それが……」
100万超えてた。
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ゲヘナに行き、部屋を訪れると、ヒナはすっかり来客用の準備を整えてくれていた。
「美味いな、これ」
「そう? なら良かった。安眠用のハーブティーに凝り始めたら茶葉にもいろいろ詳しくなってしまって。それはハイビスカス。疲労回復にいいらしいの。……酸っぱくなかった?」
「いや、大丈夫。へー、ハーブティーねえ」
「ホシノちゃ……こほん、アビドスのホシノとよくお茶するようになって、いろんなお店に行くようになったから」
「あ、ホントに仲良いんだ。聞いてはいたけど」
「ふふっ、私も聞いてるわ。アビドスの、
「そう? あははー……」
皆さん、恋バナに飢えてるようで、ちょっと怖い。女の子はみんな好きだな……。ヒフミとかあの辺も、興味津々で聞いてくるし。いやいいんだけどさ、集団の女の子に囲まれると怖いんだって。何聞かれるか分かんないし。……っと、そうだ、トリニティな。
「トリニティに行くと、ここ遠いからな。なかなか来れなくて悪い」
「大丈夫よ。ハーブティーだけじゃなく、枕や布団にも凝って質の良い睡眠を取るようにしてるから、最近はきちんと休んでる。それに、ちゃんと忘れないで私のところにこうして来てくれる。それだけで十分よ。先生こそ、ちゃんと休んでる?」
「大丈夫、大丈夫」
本当はあんまり大丈夫でもないから、悩んでたりする。体が二つ欲しい。出来れば十数個ぐらい欲しい。しかしヒナも優等生っていうか……。ゲーム開発部みたいに、素直に「遊びに来てよーっ!」とか言えれば良いんだろうけど。来て良かった。
「『エデン条約』以降はどうだ? 忙しいか?」
「ゲヘナは特に変わりないわね。それより『トリニティ』が大変なんじゃない?」
「大変だなあ。みんな仲良くしろってーのに、ティーパーティーなんか特に……」
「『ティーパーティー』? あそこはホストが三人いるから、力関係が難しいと聞いてるけど」
「力関係……? どうだろう。ナギサが一番上……? まあ、大体俺が悪いんだけど、俺とミカが追っかけっこして、その辺の壁とか柱とか壊して、二人でナギサに正座で説教されたりとか、そんなんばっかだから……。もう毎回毎回、足が痛くなっちゃって……」
「……どういう状況なの?」
「どういう状況なんだろう……。俺にもよく分からんが、トリニティのロールケーキの味はもうよく分かったから、食いたくない」
「ロールケーキ……?」
キレるとマジで俺とミカの口にロールケーキをぶち込むようになり、最近ではナギサがロールケーキを数本常備するようになった。何の武装だよ。セイアは見てるだけで助けてくれないし。
「まあ、ミカが頑張ってるし、それを応援してるいい友達も何人もいるし、トリニティもその内まとまるだろ。ロールケーキとかバカっぽい話はともかく、政治的な難しい問題も、大体は解決に向かってるらしいし。……ああ、すまん。それでどうしてもトリニティに行くことが多いから、なかなかヒナのところに来れなくて悪いなと思って、一応、プレゼントを持ってきたんだが」
「プレゼント⁉︎ 私に⁉︎」
「お、おう」
ヒナが、ものすごいキラキラした目でこっち見てる……。本人が欲しがっていたとはいえ、『先生ASMR』なんてふざけたもん持ってきて、ガッカリされないかな。と言っても、これだけアホみたいに金と労力がつぎ込まれてるもん、突っ返されても悲しい。はい、これ、とヒナにプレーヤーとイヤホン一式を渡す。
「……! これ、私が欲しがっていた『先生ASMR』……!」
「うん、そう。それ」
ものすごい喜んでらっしゃる。いいのか、こんなんで。まあ、安眠グッズは安眠グッズだし、俺としてはヒナと昼寝出来なくなった分のせめてもの埋め合わせ、と大真面目に考えて持ってきたんだから良かったけど。それに、これだけ喜ぶってことは、発案者の『前の先生』は一周回って天才の
「専用のプレーヤーまで用意してくれたのね。ありがとう。私、これを先生だと思って毎日寝ることにするわ」
「そうか? それ、大丈夫なのかって気がするが、まあ、喜んでくれて何より」
「これ、先生が直々に吹き込んでくれたの? 先生の声が聞けるなら、寝る時じゃなくても聞きたい。聞いてみてもいい?」
「いいよ」
ヒナが早速イヤホンをつけて、プレーヤーを操作し始める。よほど嬉しいらしい。
「でも、
「——え? 先生の声じゃないって……? あ、これ、この声って……!」
完成品を俺は(怖いので)聞いてないが、どうやらこの様子だと、ヒナには声の区別がつくらしい。そう、これはノノミが録音データとして直接作り出した、『
「これ……この声……」
「えっと、『前の先生』って言って通じる? おじさ……ホシノがそう呼んでるはずなんだけど。あの人の音源が手に入ったから、もともとこれ作るっていう(トチ狂ったこ……いやいや)のを言い出したのもあの人だし、ヒナも欲しがってたと思って、ミレニアムのヴェリタスやらエンジニア部やら頼って、専用プレーヤーと一緒に作ってもら……うおっ!」
ヒナが、体ごとぶつけるようにして抱きついてきた。痛い痛い痛い。キヴォトス人はもっと俺に力加減を考えて。
「先生……先生の声……ぐすっ」
「ヒナ、一応俺が代わりに謝っとくけど、あの人いろいろあって俺と交代して、今はこの世界にはいないんだけど、ホシノのこともお前のこともちゃんと見守ってるから……これ、話通じる?」
「うん……分かる。思い出した。やっとホシノちゃんの言ってた意味がはっきり分かった……。以前いた、あの先生のこと……」
「そうかそうか、ホシノちゃ……ホシノちゃん⁉︎」
今、思いっきりちゃん付けしてるの聞いたけど、おじさん、マジで「ヒナちゃん」「ホシノちゃん」って呼び合ってんのか。どんだけ仲良くなったんだよ。
「あ! ご、ごめんなさい! 懐かしかったから、つい。えっと……大丈夫。『前の先生』も好きだけど、先生のことも好きだから」
「そっか。ははは」
義理でフォローされた感がすごかったので、何だか失恋したみたいな気持ちになった。いや、俺も好かれてるが、『前の先生』はより好かれてたんだ、とポジティブに考えよう。しかし、こんなに喜ばれるとは……。まあ、この世界にいない人間の、生(?)の声だしな。以前モモトークで聞いたら、すげなく「いらない」って言われたが、中身を言ったらおじさんも欲しがるかも知れん。
「ヒナは『前の先生』、また会いたいか?」
「え? いや、でも、やる事があるからこの世界にいないのでしょ? そう聞いてる。だったら……」
「大丈夫だよ、きっといつか、どうにかして会いにくるはずだから。あいつに会いたがってる奴は他にもたくさんいるだろうし。それまでは、そのASMRで我慢してくれ。俺も出来るだけ、こっちに来るし」
「うん、わかったわ! ありがとう、先生!」
……と、そんなわけで目の前の問題は一つ片付いたのであった。問題解決に繋がったのが『先生ASMR』というわけのわからない代物で良かったのかいまいち分からんが、ヒナは喜んでたし、それでいいんだろう。あとはヴェリタスとエンジニア部が、あのデータを横流ししないことを祈るばかりだ。俺の声ではないけど、『シャーレの先生ASMR』なんてのが出回ると微妙な気分になるから、勘弁して欲しい。コタマは自分で作ったらいくらで売るつもりだったんだ。
ふと「あいつ」——『前の先生』が「画面の向こう側」から「読んでる」かもな、と思って何もないところに話しかけてみた。
「やっぱ、お前もいずれこっちに来ないとダメっぽいよ? 生徒を泣かせたままじゃなあ」
そう言ってから、おいそれと自分も簡単に帰るわけにはいかないのを思い出す。仮に何か問題が起きれば、俺もあいつも「こっち側」と「あっち側」から対処する。状況次第では交代もやむなしだ。何もなくたって、帰らなきゃいけない時は帰らなきゃいけない。その判断に、感情は入れられない。
でも、カヨコがいるのを忘れちゃいけない。何しろ、ああ言われちゃうとな……。他にも、俺と特に仲のいいゲーム開発部もいる。そして何より、ノノミがいる。ホシノやヒナに、『前の先生』を会わせてやりたくても、俺たち二人はこの世界に同時には存在出来ない。ままならないなあ……。
とりあえず今晩は、ノノミと寝るとしよう。俺はASMRなんていらないから。
——そんなわけで、ゲヘナ風紀委員長、空崎ヒナは、
「ふみ……せんせぇ……」
毎晩、とてもぐっすり眠れるようになったという。
話の分割の仕方について、別の形に分けるなら以下のどれがいいですか?
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キャラごと(ホシノ、黒服、カヨコの3つ)
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内容ごと(ホシノ・黒服、カヨコの2つ)
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本編外にまとめたもの全部で1つ(今のまま
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その他(お気に入り登録や検索をしやすく等