――翌日、狩人はとある道具の購入のために電車に乗っていた。目当ての物は買えたので家に帰る途中、見知った顔を発見した。
(あれって天使ちゃん?)
電車には天使が乗り込んでおり、春香と秋香の姿は見えない。いつもならば声をかけるのだが、現在の狩人はアクマが憑依されており、迂闊に接触すると正体を気付かれる恐れがある。
(ちっ、気づかれる前に早く離れろ)
(分かってるよ。ん?あのおっさんもしかして……)
(おい!?)
天使の傍には四十代半ばの男性が立っており、頬を赤く染めて鼻息を荒くしながら天使を見下ろしていた。様子がおかしい事に気づいた狩人は注意深く観察すると、天使が涙目で震えている事に気が付く。
「あ、あの……止めてください」
「ぐふふっ。君、可愛いね。お尻もすべすべしてて気持ちいいよ」
「や、やだぁっ……」
どうやら天使は男性に痴漢されているらしく、狩人はそれを見て怒りを抱く。天使とは元々親しい間柄であり、痴漢されている女性を放置するほど堕ちたつもりはない。
「おい、何してんだあんた!?」
「いででっ!?」
「えっ!?か、狩人先輩!?」
狩人はアクマの注意を無視して近付き、痴漢男の腕をひねり上げた――
――その後、次の停車駅で狩人は痴漢男を駅員に突き出した。最初は男は冤罪を主張したが、被害者である天使の証言と狩人と同じく彼女が痴漢されていたのを目撃した人間も居たので警察が来て逮捕された。
「あ、ありがとございます!!狩人先輩が助けてくれなかったら何をされていたか……この恩は一生かけてでも返します!!」
「いや、そこまで気張らなくていいよ」
自分を助けてくれた狩人に天使は尊敬の眼差しを向け、久々に彼女と話せて狩人も楽しかった。だが、彼に憑依しているアクマにとっては冗談ではなく、もしも存在を知られたら浄化されてしまう。
現在のアクマの力では天使には遠く及ばず、他の二人と違って天使は簡単に罠に嵌められる相手ではない。だから狩人に早々に離れるように伝えたいが、下手に干渉すれば気配が漏れて気付かれる恐れがあった。
(こいつ急に喋らなくなったな。やっぱり、まずい状況なんだな。でも、ちょっと気になるな)
アクマが大人しくなったので狩人は天使と遠慮なく話をする。最初に疑問を抱いたのはどうして痴漢された時に助けを求めなかったのかだった。
「天使ちゃん、どうして大人しくしていたの?その気になれば他の人に助けを呼べたよね?」
「そ、その……怖かったんです」
「怖かった?あのおっさんが?」
人間なんかよりも狂暴で恐ろしいアクマを退治できるはずの彼女が、ただの中年男性を恐れて声を上げられなかったと聞いて狩人は信じられない。しかし、天使は深刻そうな表情を浮かべる。
「あの、信じてもらえないかもしれませんけど、僕は本気を出せば人間なんて簡単に倒せるんです」
「そ、そうなんだ」
「分かってます。こんな話、信じられませんよね?でも、本当なんです」
「いや、別に疑ってるわけじゃないけdぽ……」
天使は狩人が自分の正体に気付いていないと思い込んでいるが、実際には狩人は彼女の正体が魔法少女エンジェルだとは気付いている。エンジェルがアクマを相手に数々の魔法を繰り広げて戦っている動画はいくつも見ており、彼女がその気になれば中年男性など跡形もなく消し去る事もできただろう。
今現在は力を抑えているが、天使は他の二人と違って純粋な魔法少女であり、彼女の場合は変身しなくても魔法少女の力を引き出せる。それなのに痴漢男に好きにされていたのは彼女の優しすぎる性格が問題だった。
「僕はできれば誰も傷つけたくはないんです。どんなにひどい事をする人でも、きっと理由があって心が荒んでいるだけで本当の悪人なんていないと信じたいんです。だからさっきのおじさんも痴漢を止めるように頼んだんですけど駄目でした」
「なるほど、気持ちは分かるけどね」
天使の言葉を聞いて狩人は納得し、彼女はアクマ以外の相手には危害を加えたくはなく、どんな悪人でも話し合えば分かり合えると信じていた。だが、現実はそれほど甘くはない。
「天使ちゃんは優しい子だね。でも、嫌な時はちゃんと嫌だって言ってもいいんだよ?」
「そ、それはそうなんですけど……」
「例えば俺が今から天使ちゃんを痴漢したらどうするの?さっきの人みたいに言葉だけで説得するつもり?」
「え?でも、先輩はそんな事しませんよね?」
「どうかな?俺の事を信じてくれるのは嬉しいけど、男なら天使ちゃんのように可愛い女の子をみると放っておけないよ」
「そ、そんな……可愛いだなんて」
狩人は天使の肩を掴んで引き寄せると、彼女は身体を震わせながらも頬を赤く染める。天使にとっては狩人は二人の義姉と同様に尊敬する相手であり、そんな人物から迫られて嫌な気分はしない。
「ほら、早く逃げないとエッチな事されちゃうかもよ」
「先輩、雰囲気変わりました?いつもよりも強引な気がします」
「そうかな?」
二人の女性を抱いたせいか狩人は以前とは違い、大人の男性の色気の様な物を発していた。これはアクマの能力ではなく、狩人自身が精神的に変化が現れた証拠だった。
憧れの先輩に抱き寄せられて天使は戸惑い、先ほどの痴漢男とは違って狩人に触れられても嫌な気分はしない。そんな彼女に狩人は手を握ろうとした時、アクマが焦った声を上げる。
(馬鹿がっ!!そいつに接触すれば俺の存在が察知される!!まだ手を出すな!!)
肩を抱き寄せた際は衣服の上だったので平気だが、もしも素肌が触れたら天使の察知能力でアクマの正体が気付かれる恐れがあった。それは流石にまずいと思った狩人は天使を離すと、彼女の両肩を掴んで真面目な顔で語り掛ける。
「いつも俺が助けられるとは限らないからね。これからはちゃんと気を付けるんだよ」
「は、はい。先輩、ありがとうございました」
「じゃあ、俺は急いでるから……」
天使を残して狩人は立ち去ると、アクマは心底安心した。もしも天使に手を出せば確実に存在が消滅させられていた。
(あれには迂闊に近づくなよ。手を出すのはまだ早い)
(まだ、ね。やっぱり天使ちゃんも手を出すつもりか?)
(当たり前だ。奴を何とかしない限り、我等に平穏な時は訪れない)
行く行くは他の二人と同様に天使も陥落させるつもりだが、そのためには入念に準備が必要であり、今は手を出す時ではないとアクマは警告する。狩人としては子供の天使に手を出すのは気が引けるが、もう後には引けない。
一方で天使は心臓の鼓動を高鳴らせながら狩人を見送り、今まで意識していなかった狩人に抱き寄せられたときに彼の事を「男」だと認識した。アクマにとっては皮肉にも今回の一件で天使は狩人に淡い恋心を抱くようになった――