デートを終えて自宅に戻る。狭くはないが広くもないマンションの一室。俺はここに何年も住んでいる。あの少女を招き入れてしまい、行為に至ってしまった部屋。今日に限ってそのことを思い出してしまうのは、きっと喫茶店で出会って誘惑されたためだろう。
ふと、ユイに握らされた紙の存在を思い出す。デート中は意識しないようにと財布の中に仕舞い込んでいた。取り出した紙は何かのノートの切れ端で、長い文章が書かれているようには見えない。
こんなもの捨てるべきだ。
理性ではそう考えているのに、何が書かれているか好奇心が勝ってしまった。折り畳んでいる部分を広げてみると、そこには英文字と記号が並んでいる。そしてSNSのアプリ名が一緒に書かれていた。
すぐさま紙をゴミ箱に捨てた。
そのアプリ名はかつて俺が使っていたもの。あの少女、ユイと出会ったアプリ名だったのだ。最初は他愛もない内容をDMでやり取りしていた。だが次第に恋愛相談の話になり、裏垢的なことをしたいと言い出して性的な写真や動画を送って来るようになった。
最初は興奮した。少女の裸体や痴態はずっと見ていられるほど美しく淫らで、実際自慰をする時は何度も使用した。けれど朝から晩まで時間に関係なく毎日送られてくる上に、次第に会いたいと言い始めて怖くなった。
決して出会うべきではないと説得していたが、結局押し込まれる形で一回だけ会うことを約束する。そして――
過去の事を思い出してスマホを取り出す。あのSNSアプリはない。ユイと行為に至った日に恐怖に駆られてアカウントもアプリも全部消したのだから当然だ。決して関わるべきではない。
そう思うも、何度も頭の中で過去の事が、今日出会った時の事が思い浮かぶ。
柔らかくてきめ細かい肌。耳朶を打つ可愛らしい声。甘く痺れるような、心を蝕む毒を帯びた快感。
また味わいたい。幼げな少女の声に、身体に、心に触れたい。
自分がロリコンであることを自覚して何度もよぎった考えは、かつてユイを一度抱いたことでますます強くなるばかりだった。ようやく収まりかけてきたのに、真っ当な人生を歩めるはずだったのに。まるで見透かしたかのようなタイミングであの少女は姿を現し、誘惑してきた。
いつの間にか自分の股間は盛り上がっている。ユイの事を、行為を思い出しただけで身体は反応していた。ほんの僅かな時間でこんな事になっているのだ。やはり会うのはもちろんSNSで繋がるのは止めた方がいい。
ピロン。
突然何かが鳴った。それは何かの通知を知らせるアラームのよう――いや、そのものだ。手に持っていたスマホの画面には何かをダウンロードしたという通知があった。そして、消したはずのSNSアプリのアイコンが目に映る。
思わず俺はスマホを落としてしまう。
自分の意思とは裏腹にアプリをダウンロードしたこと、何より自分の手に捨てたはずの紙をいつの間にか握っていたことに俺は自分というものが信じられなくなっていた。
ピロン。
また通知音が鳴る。初期アイコンで名前も特に記載されていない、適当な英文字だけのアカウントからフォローされた事と、DMが届いたことを知らせていた。
おそるおそるメッセージを読む。
『必ず来てくれると信じていました。あなたとお話したいです』
無視すべきだ。さっさとアカウントかアプリを消して知らぬ振りをするべきだ。
震える指を動かして、退会するための操作をしようとした。だがまたメッセージが届く。
『本当にお話したいだけです』
『嫌になったらすぐに離れてもいいですから』
『以前みたいにDMでやり取りするだけでも』
『お願いします』
次々にメッセージが届くせいか誤タップしてしまう。このアプリだとメッセージを既読したかどうかが相手側に判明してしまう。
『やっぱり前みたいにお話してくれないんですね』
『でもいいんです』
『こうして繋がれただけでも嬉しいですから』
返信などしていないのに、ただ既読しただけで喜んでいる。そんな風に思える。喫茶店であんな事をしたのだからそうかもしれない。けれど、ユイの心の内は全く見えない。
なぜ今更再会しようと思ったのか。なぜいきなり性的なことをしてきたのか。いや、そもそもおかしい事がある。
なぜ、こんな年の離れた男に執念を抱いているのか?
得体の知れない言動に俺は恐れていた。そうだ、あの時少女を抱いた時も怖かったのだ。
捕まるのが怖いというのはもちろんあった。だがそれ以上にユイの正体が全く分からないのが怖かった。
年上の男を求めるのはギリギリ分かる。心理学的な理屈をあれこれ並び立てれば納得できなくもない理由ができるだろう。しかし、大して資産もなく美的な顔も身体もしていない。
人を楽しませる話術もない自分に執着する理由が全く見当たらなかった。仮に自分のような人間が好みだったとして、なぜここまで執着する?
ロリコンで少女を実際に抱けたというのに、とにかく怖かった。社会的な制裁を受けるよりもあの少女に想いを寄せられていることが怖い。高所から落ちていくような感覚に捕らわれてしまう。
俺がロリコンなのは、青春時代に彼女がいなかった事が起因だ。だから一度抱いたらそんな欲求は次第に失うものだ。
そう思っていたのに、ユイとの出会いはそんな俺の考えを破り捨てた。俺は幼さの残る少女を、ユイを抱きたい。けれどそれ以上にユイが怖い。
湧き上がる欲望と疑念、恐怖を振り払うように俺は手にしたスマホを床に放り投げた。それから軽くシャワーを浴びてベッドに入る。あれこれ考えても分からないのだから、考えるべきじゃない。
早く寝て忘れてしまうに限る。
だから寝ることにした。今後のことは寝てすっきりした後、起きてから考えよう。