十一 咲
部屋のインターホンを押すとドアを開けて咲が出てきた。
「どうしたんですか? 電話くれると思ってたのに‥‥‥」
「ごめん、ちょっと混乱してて‥‥‥」
「上がって、娘寝たところだから静かめにお願いします。何か飲みますか?」
「水をくれるかな」
咲はミネラルウォーターをグラスに入れてソファに座ったマサルに渡す。
「どうしたの? すごく怖い顔してる‥‥‥」
「咲、こっちに来て」
そう言ってマサルは咲を自分の横に座らせる。
「本当のことを聞かせてくれ。のぞみちゃんは俺の子じゃないのか?」
「えっ‥‥‥」
黙ってしまう咲。
「どうなんだ? 卒業前に妊娠したんだろ! 俺に言えないのか‥‥‥」
「‥‥‥」
「他の男の子なのか? そんなわけないだろうし、TATOOの彫り師っていうのは嘘だろ‥‥‥。本当のことを教えてくれ!」
「ごめんなさい‥‥‥」
「やっぱり俺の子なんだな、どうして‥‥‥、どうしてピル飲むのをやめたんだ?」
「ごめんなさい‥‥‥」
咲は涙を流し始めた。
「責めてるんじゃないんだ、本当のことを知りたいんだ。咲、孕まされて堕胎して子宮も傷物にされたい、って前に言ってたことあるよな」
「‥‥‥はい‥‥‥」
「それでピルの服用をやめたんだな。でもだったらどうして堕胎しなかったんだ?」
「ごめんなさい、ごめんなさい‥‥‥」
「お願いだ、教えてくれ、怒らないから」
「私、変態だから、神を冒涜するような願望だってわかってたんですけど、どうしても実現させたくって、でも筒井くんがいなくなったら、もうそんな経験一生できないかもしれないって思って、どうしても我慢できなくなってしまって、筒井くんが東京の大学合格したのを聞いて、ピルの服用をやめたんです」
「それならどうして堕胎しなかったんだ‥‥‥?」
「‥‥‥ホントにごめんなさい」
咲はうつむいたままで謝ると、ゆっくり話し始めた。
「‥‥‥私、勉強でも趣味でも自分でやりたいこととか全然なくって、何もできないし、誰も私のことを見てもくれないし、いてもいなくてもいい人間なんだって思ってて、でも筒井くんに勇気を出して自分の性癖や願望をお話しして便器として使ってもらえるようになって、本当に幸せだったんです。両親以外に今まで人から必要とされたことって全然なくって、でも筒井くんが私を必要としてくれて、生きてていいんだよ、って言われてる気がして、筒井くんに使ってもらうのが生きがいになってたんです。
でも筒井くんがいなくなってしまって、これからどうしたらいいかわからなくなってしまって、途方にくれてた時に、妊娠してたことがわかって、これで願望が実現できる、って思うはずだったのに、ちゃんと堕胎費用も貯めてたのに、ネットで妊娠中絶のこと調べてたら、「お腹の子供はお母さんのあなたのことを必要としています」っていう言葉を見つけてしまって、私、必要とされているんだってって気づいたら、堕胎できなくなっちゃって‥‥‥。
この子のために生きていこう、生きていかなきゃ思ってしまって‥‥‥」
そこまで精一杯に話して、肩を振るわせて泣き出す咲。
咲の涙の告白を聞いていたマサルも涙腺が崩壊してしまう。
「咲、ごめん、ホントにごめん‥‥‥、俺が悪いんだ、ごめん、辛い思いさせちゃって‥‥‥」
そう言って咲を抱きしめるマサル。
「今までずっとひとりぼっちで大変な苦労をさせてきちゃって、本当にごめん。
もう一人にしない‥‥‥、離さないから‥‥‥、一生、咲を離さないないから‥‥‥」
それは思わず口に出てしまった言葉だったが、決して感情の昂りだけで出た言葉ではなく、ずーっとマサルの心の片隅でくすぶり続けた思いだったのだ。
「‥‥‥えっ?」とマサルの言葉に驚く咲。
「‥‥‥咲、俺と結婚してくれないか‥‥‥」
「えっ、そ、そんな‥‥‥」
「嫌か?」
マサルの言葉に首を激しく横に振る咲。
「ううん、ううん、筒井くんのこと大好きです。でも、ダメです。私ここじゃないとダメだし、筒井くんは東京のすごい会社で働いているんだから、筒井くんは東京で素敵な彼女見つけて結婚してください‥‥‥私なんか全然不釣り合いだし、ダメです‥‥‥」
「違うよ、俺、咲じゃないと嫌なんだ、やっとわかったんだ。咲のこと愛してるって。ずっと咲と一緒にいたいって‥‥‥」
「どうして、そんな、そんな、私なんか‥‥‥」
「俺、こっちに帰ってきて仕事探すから」
「そんな、せっかくいい会社で、東京で働けてるのに‥‥‥、そんなのダメです」
「思いつきで言ってるんじゃないんだ。俺も真剣に考えたんだ。
自分にとって本当に大切なのは何なのか。
自分を本当に必要としてくれているのはどっちなのかを‥‥‥」
「‥‥‥でも‥‥‥」
「‥‥‥咲は俺の便器だろ」
「えっ?」
「命令には絶対服従するって言っただろ‥‥‥」
「それは‥‥‥」
「だったら命令する。俺の妻になって一生一緒に生きていってくれ、いいな!」
「そ、そんな‥‥‥、だって、だって‥‥‥」
泣いてる咲の顔を上に向かせて、震えている唇に自分の唇を合わせるマサル。
「絶対服従だから‥‥‥」
「‥‥‥そんなの、そんなの、ずるいです‥‥‥」
涙と鼻水でぐちょぐちょになった顔でマサルを見つめる咲に、マサルはやさしく微笑むと、また激しく唇を合わせ、二人はむさぼるような下品で熱烈なキスをいつまでも交わし続けたのだった。
・・・・・・・・・・・
エピローグ
翌年四月、桜の花が満開になる中、幼稚園の新入園児歓迎会が行われた。
娘の希望(のぞみ)を見守るマサルと咲。
遅れてきたエリがマサルの横に来て肘でつつく。
エリの方をみて、黙って挨拶するマサル。
歓迎会は無事に終わり、園庭で父母達が懇談している。
「全くアンタには驚かされっぱなしだよ。せっかく入った会社を辞めて戻ってきちゃったり‥‥‥」
エリがマサルを見ながら呆れたように言う。
「あはは、まあ、そう言うなって‥‥‥」
苦笑いするマサル。
「優にはこの前チャットで咲さんのこと全部話したからね。優、怒ってたよ。無節操な下半身の二股ヤリチン野郎だって!」
「はははは、そうだよね。全部俺が悪いんだし‥‥‥」
横で話を聞いていた咲が口を挟む。
「エリさん、ごめんなさい、私がいけないんです。私が浮気にはならないから、ってマサルさんをたぶらかしてしまったんです。今度篠崎さんにお会いしたら直接お詫びしますので‥‥‥」
「咲さんは悪くないよ。この性欲男が全部悪いんだからね。優が『地獄に堕ちろ!』って言ってた!」
「ははははは」
もう誤魔化し笑いするしかないマサル。
まさに針のむしろ状態だ。
「まあ、それは冗談だけど。優、もう終わったことだし怒ってないって。酷いことされたけど、でも大学入って辛い時期にマサルが元気付けて支えてくれて、それで頑張れたんだから、マサルには感謝してるし、優は今幸せいっぱいだから、マサルの悪事のこと水に流してあげるよって。そのかわり咲さんのこと、ちゃんと幸せにしないと許さないからって言ってた」
「そ、そうか‥‥‥」
ちょっとほっとするマサルにエリが突っ込む。
「優はマサルに甘すぎるんだよ。でもアンタが咲さんをまた捨てて東京でのうのうと暮らしていたら、アタシは絶対に許せなかったし、だからアンタがバカな決断をしたこと、ちょっとは感心してるんだよ。まあ虐めてやるくらいで勘弁してやろうかな、って‥‥‥」
「ありがとう、エリ!」
そういってエリにハグするマサル。
「バ、バカ、周りがみんな見てるとこで‥‥‥」
顔を真っ赤にするエリと、それをみて微笑む咲。
そこに希望(のぞみ)が走ってやってくる。
園児も解散になったようだ。
「ママ〜、パパ〜、私のみてくれた〜?」
「うん、よかったよ〜」
「可愛く歌えたね、希望(のぞみ)〜!」
「あ、ミオちゃんママ、こんにちは〜!」
「はい、のぞみちゃん、こんにちは〜!」
続いてエリの子の澪(みお)も走ってくる。
希望(のぞみ)を見つけて声をかける。
「のぞみちゃん、今度遊びに行っていい〜?」
「うん、いいよ〜〜」
「さ、行くよ」とエリは娘の澪の手を引き、帰っていく。
「またね〜!」
手を振ってエリ達を見送る咲とマサル。
「さあ、帰ろうか!」
「はいっ!」
満面の笑みで答える咲。
二人は真ん中に希望を挟んで、仲良く手を繋いで園を後にするのだった。
肉便器 〜青春と性欲と過ちと〜 完