俺は、世界の半分(女性)を手に入れてみせる! 作:キャプテンキャップ
3人を見送った後、1人になった俺は便座に座ったまま手で顔を覆い隠し、さっきまでのテンションを思い出して無性に恥ずかしくなっていた。
何だよ、『やろうと思えば何だってできる』って。あ~恥ずかしい。
俺は別に不良になりたいわけでも、上位カーストの仲間入りをしたいわけじゃないんだよ。
……でもまあ、好き勝手はしたいな。
だけどこれは、俺は俺のまま、好き勝手するって意味だ。
特にセックス。というかセックスのみ。
好みの女性を見れば、遠慮なく『フェロモン』のスキルの餌食にする。それだけだ。
……うぅ~ん、十分鬼畜な発言だよなあ、これ。
まあいいや、通学路に戻ろう。
俺はさっきまでの恥ずかしさを水で流すように、便器のレバーを引いてからトイレから出たのだった。
☆
「お~い、
校門が見えてきたところで、後ろから声をかけられた。
振り向いてみれば、丸刈りの坊主頭に日に焼けて逞しい体つきの男が手を振りながら、のんきに歩いてくる。
糸目のせいで人懐っこい印象を受けるこの男は、中学からの友人であり、クラスメイトでもある中島
さらに言えば、俺の友人たちのなかで唯一の彼女持ち。毎日爆発すればすればいいのに。
「おう、一樹。おはよう」
野球部員のコイツがこんな時間に登校とは珍しいこともあったもんだ。いつもならとっくに彼女と一緒に登校して朝錬に参加しているはずなのだが。
「今日は朝錬がなかったのか?」
「んなわけねーだろ。普通にあったよ。さっき朝練終わって腹が減ったから、コンビニ行ってきたとこだ」
ほれ。とコンビニ袋を見せてくる。中にはパンやらおにぎりやらジュースやらが入っていた。……朝からどんだけ食う気だよとも思ったが、朝錬で体を動かしてれば腹も減るか。
時間も時間なんで、俺たちは並んで歩きながら話を続ける。
「なるほどね。道理で
言ってからしまったと思った。
美帆ってのは一樹の彼女の名前なのだが、恋人を溺愛しているコイツの前で美帆の名は禁句なのだ。他の男に自分の彼女の名前を言われるのが気に食わないらしい。
「――あ?」
普段は見た目どおり温厚なのだが、他の男から美帆の名を耳にした途端、一気に機嫌が悪くなるのがコイツの唯一といっていい短所だ。
一樹の開いているのか分からないほどに細い糸目がスッと見開き、ドスの効いた低い声を漏らして俺を睨んできた。恐ェよバカ! ……とは恐くて言えないが。
暴力を振るってくるわけではないが、こうなると
俺が内心で溜め息を吐いていると――
「――……まあ、洋だからいいか。お前も美帆とは同じ中学で、アイツの友達だしな。睨んですまんかった」
「あ? あ、ああ」
悪い悪いと拝むように手刀を切って謝ってくる一樹に、曖昧に返事を返す。
なんだか分からんが機嫌が直ったのならいいけど……自省できるようになるなんて、コイツも成長したもんだ。
そうこうしている内に校門を抜けて生徒用玄関を潜ると、生徒がごった返す中、俺たちは自分のクラスの下駄箱へ向かった。
「どうも美帆のことになると見境がなくなっちまうんだよなぁ」
「自覚があるんなら直せよ」
「それができたら苦労しないって」
いや、それでも直せ。マジで。みんな迷惑してるから。な? ……まあ、それでも友人を失くさないのはコイツの普段の人柄のお陰なんだろう。美帆の名前さえ言わないように気をつければ付き合いやすい奴だし。
ま、自省できるようになっただけでも進歩だよな。と、上履きに履きかえ教室に向かいながら感慨深げに頷いたのだが、すぐに疑問が浮かんだ。
――……いや待て、本当にそうなのか? 本当にコイツは自省できるようになったのか?
隣の一樹を横目で見る。さっきから俺たちの距離は1メートル以内だった。……もしかして、コイツが自省できたのは『フェロモン』のスキルが効いているから、か?
通学途中、スキルに当てられた男子が俺に対してよそよそしい態度だったり、道を譲ったりしたのが良い例だ。
よそよそしい態度ではないが、一樹もそうなのでは?
であれば、俺に対して
ただその場合、男で美帆の名前を言っても大丈夫なのは俺限定ってことになるが……。
「なあ、一樹――」
「なんだ?」
「もし、俺以外の男が美帆の名前を呼んだら、どうする?」
「どうするもこうするも、舐めた口聞けないようにしてやるだけだけど?」
真顔で言ってんじゃねーよ! やっぱ俺を許したのは『フェロモン』が効いてたからか! ……まあいいや。スキルが効いてるなら、何を言っても大丈夫だろう。
「そんな当たり前のことを聞いてどうした?」
「当たり前じゃねえよ、バーカ。少しは抑えろ、バカ。それに、お前が暴力沙汰でも起こしたら野球部に迷惑になるだろ? 何より美帆が悲しむぞ。それでもいいのか、お前は」
「む……部に迷惑がかかるのも困るが、美帆が悲しむのはもっと困るな。……分かった。洋の言うとおり、これからは頑張って抑えよう」
「ああ、是非そうしてくれ」
俺の忠告を素直に受け入れたのも、『フェロモン』が効いているからなんだろうけど……なんかドッと疲れた。
疲労感を感じていると、教室が見えてきた。
2-E。
それが俺たちのクラスだ。
☆
「そいじゃ、
「おう」
教室に入り、
「――ふぅ」
自分の席に着くと、ようやく一息ついた気分になる。
「おや、田中氏は朝からお疲れのようで」
隣から陰気な声がかけられたので、苦笑しながら答える。
「まあな。疲れてんのは一樹のせいだ。おはよう、佐々木」
「おはようございます。なるほど、お疲れの原因は中島氏絡みでしたか……ご愁傷様です」
同級生なのに敬語で話すコイツは、佐々木
右目を隠す前髪に、華奢な体。唯一覗いている左目の下には濃い隈がべったりと張り付いている。陰気なしゃべり方と相まって、とにかく暗い印象を受けるが、話してみれば中々に面白い奴だ。
そんでもって佐々木はいわゆるオタクってやつ。無趣味な俺は、たまにお勧めのアニメなどを借りたりしている。
普段そういった物を観ないので、こいつから借りるアニメはけっこう楽しみだったりする。
「…………ふむ。そろそろ頃合いかもしれませんね」
「うん? 何がだ?」
何かを考えるように腕を組む佐々木に訊ねると、内緒話をするかのように、そそっと近づいてきて、小声で言った。
「田中氏、あなたを我が同志としてお聞きしましょう」
……俺は何の同志になったんだ?
「コスプレイベントに興味がありますか?」
「興味と言われてもなぁ。う~ん……どうだろう? ってか、突然どうしたんだ?」
「……これはここだけの話、田中氏だからこそ話すんですが」
うわ、なんだろう。この詐欺師っぽい語り。……何? 壷でも買わされるのか?
「そのイベントに、
「……は? RUN様?」
頷く佐々木。……いや、頷いてないでRUNってのが誰なのか教えてくれよ。
「おや? 田中氏はRUN様をご存知ない? あの有名レイヤーのRUN様を?」
いやそんな驚かれても。何界隈で有名な人なんだよ。……てかレイヤーって何だ?
「レイヤーとはコスプレイヤーの略です」
「ああ、なるほど。そのRUNって人は「RUN『様』です、田中氏」……そのRUN『様』は、そんなに有名なレイヤーさんなのか?」
「有名ではなく、神です」
お前が最初に有名って言ったんじゃんよ!
「で、その神がイベントに参加すると」
「はい……ちなみにこれがRUN様です。冬コミの時に撮ったものですが、どうぞご覧下さい」
言って、佐々木がスマホを見せてくる。どれどれ――うお! レベル高っ!
なんのキャラなのか分からないけど、それなりに露出度の高い衣装を着ているのは美少女と断言できるレベルの少女だった。年齢は……多分、俺らと同じ十代だ。
ぱっちりと開いたアーモンド形の目。小さな唇。ほどよい大きさの胸にくびれた腰。手足はスラッと長い。
2つに結われたピンクの髪はカツラなんだろうが……すっごい可愛いぞ、この
「どうです? これが、RUN様です」
なぜかドヤ顔の佐々木。
「それは分かったけど……これは一体何の話なんだ?」
「ですから、田中氏さえ良ければそのイベントへRUN様を撮影しにいきませんか? というお誘いです」
聞けば、イベントに参加するレイヤーさんは本人の許可があれば撮影オーケーだという。……こんなモデルでも通用しそうな可愛い娘をタダで撮れるってのか。凄いな。
「……そうだな。行こうかな」
あわよくば『フェロモン』を当てられるだろうし。というかそれ目当てだし。
「さすがは同志です」
……だから何の同志なんだよ。
「っていうか、お前にこんな趣味があったなんて知らなかったよ」
佐々木が撮ったという他のレイヤーさんの写真を見ながら呟く。
てっきり現実の女に興味ないとばかり思ってた。よく「二次元萌え」だの「リアル女子は氏ね」とか言ってるからさ。
「今まで誰にも言ってませんでしたからね」
「隠れた趣味ってやつだな。……俺に言っても良かったのか?」
「田中氏は同志ですから」
……これもアレか。一樹と同じく、佐々木も俺の『フェロモン』に当てられているから、秘密を打ち明けたとかそんなんか。
「あ、そういやそのイベントはいつなんだ?」
「8月の中旬です」
「夏休み中ね、了解」
佐々木との会話が一段落したところで、他の友人たちが声をかけてくる。こうなると、人見知りの激しい佐々木はすっと影を潜めてしまう。……忍者か、お前は。
☆
「みんな、おっはよー!」
友人たちと会話していると、明るい声で挨拶しながら教室に入ってくる男女のグループが。
あいつらがこのクラスのスクールカースト上位どもだ。
リア充らしく、男たちはイケメン、もしくはスポーツマン。
女たちは
だけど後で『フェロモン』は当てとこう。というよりは、クラス全員に当てとかないとな。
「はよー。今日もキメキメだね~!」
そう口々にゴマをするように言いながら上位カーストの女子連中に近づくのは、4人組の女子だ。
リーダー格の小柄な森
華奢な
小太りの滝川
大柄の藤原
上位カーストの連中におぶさることでクラスでの地位を確立してる奴らで、何かと人を見下したり、しきりたがる。だから影では男女から嫌われていたりするんだよな。本人たちは知らんだろうが。
そんでもって、杏たち4人に俺……というか、俺と佐々木、一樹の3人は、なぜか彼女たちに嫌われているっぽい。
用があって話しかけたりすると、露骨に嫌な顔をしてくるからな。……まあ、別に嫌われても構わないけどさ。好みじゃないし。強いていうなら杏は好みの
などと思いながら何気なく見ていると、
杏たちから目を離し、クラスを見渡して気付いたことがある。
……あれ? このクラスに俺好みの女子って……いなくね?