俺は、世界の半分(女性)を手に入れてみせる! 作:キャプテンキャップ
父さんの運転する車で2時間余り高速をひた走って県境を越え、そこからさらに高速を下りて国道を走ること1時間ほどで、じいちゃんの住む、人口千人にも満たない小さな港町へとようやくついた。……まあ、港町といっても頭に“
妹の
時代を思わせる瓦屋根の木造住宅に、高度成長期に立てられた築うん十年のコンクリート製の家屋がランダムかつ乱雑に立ち並び、その隙間を埋めるように敷かれた歩道を兼ねる道路。その利便性は“一見さんお断り”の一言に尽きる位に入り組んでいる。
区画整理という言葉をどっかに置き忘れたか、海へ放り投げたのかもしれないな。
4階以上の建物が存在しないどころか、近代デザインの建物すら見当たらない古めかしい町並み。
何せ町で一番高い建物といえば、製氷工場だ。
コンビニは町に一軒だけ。全国チェーンの大型店舗などあるはずもなく、あるのは県内企業のそこそこ大型のスーパーのみ。
海沿いも海からの潮風に長年
毎年訪れているけれど、なんだか年々
まあ、確かに寂れた町であることは確かだけど、良い点もある。それは何といっても海がすぐ側にあるということ。
朝早くに港に行けば新鮮な魚介類が手に入るし、そうでなくともスーパーや市場に行けばやはり豊富な魚介類が安く手に入る。……俺と弟のノリは断然、肉派なんだけどね。花蓮は魚派なので毎年ここに来るのを楽しみにしてたりする。
あとは海水浴場もある。といっても地元の人しか知らないような場所だが。砂浜なんかないし、ごつごつした岩場なのでビーチパラソルなんて挿せない。スイカ割りなんぞもってのほかだ。……海水浴場というよりあそこはただの泳げる場所だな。うん。
あとは……うん、ないな。
良く言えば古き良き日本の田舎町。悪く言えば時代に取り残された田舎町。……そんなここが、俺はそんなに嫌いじゃない。
ともかく、ここはそういう港町なのだ。
以上、町の説明終わり。
町内を車で走ること十分足らず、太陽が西に随分と傾いた頃にじいちゃん家に着いた。
似たような周りの家々に埋もれるようにして建つ、瓦屋根の木造2階建てのこの家がそれだ。
車庫はあるにはあるけど、じいちゃんの軽トラが入っているので家の前に車を横付け。路上駐車だけど、車庫のない他の家も同じようなことをしているので何も問題はない……らしい。ローカルルールなんだろうね。
父さんがエンジンを切りながら俺たちに声を掛けてきた。
「さあ着いたぞ。荷物をもって降りなさ――」
「うおおっ、ようやく着いたぜーー!!」
「おいノリ、危ないからゆっくり降りろ。ったく……あ、花蓮、荷物持ってやるよ」
「ありがと、お兄ちゃん♪」
「兄ちゃん! 俺のも持ってくれ!」
「お前は自分で持て」
「たはー! つれない兄ちゃんだけどそんなところも愛してるぜ!」
「へいへい」
「ノリ、ノリ。お姉ちゃんは? お姉ちゃんのことは好きっ? 好きだよね!?」
「ん? 姉ちゃんはどうでもいいぜ!」
「……お兄ちゃんばっかズルイ!」
「俺に言われてもなあ……」
とまあ、父さんの言葉を最後まで聞く前に俺たち兄妹は車から降りていたわけで。思春期の子供の親に対する態度なんてこんなもんだ。がんばれ父さん。
俺たち兄妹と母さんが降りるのを見届けた父さんが溜め息を吐きながら車を降り、鍵を掛けるのを待ってから玄関脇にあるチャイムをノリが押した。
たいした間もなく、玄関の扉が開く。ちなみに横に引くタイプのやつだ。
「はいはい――あらあらまあまあ」
俺たちを見て目を見開き、驚きに口に手を当てる初老の女性。若い頃はさぞかし綺麗だっただろう面影を残しつつ、人懐っこそうな柔和な顔をしたこの人が、俺たちの祖母、ばあちゃんだ。……っていうかばあちゃん、驚きすぎだろう。今日俺たちが来るの知ってたよね?
「ただいまばあちゃん! 今年も会いに来たぜー!」
「久しぶり、おばあちゃん」
「よっす。ばあちゃん元気だった?」
「はいはい、みんなも元気そうでお婆ちゃんも安心したわ。おじいさんっ、子供たちが来ましたよ、おじいさーん!」
「聞こえてとるよ! ったく」
ばあちゃんの後ろからのっそりと現れたのは、長身の老いた男性。若い頃はさぞかしモテたんだろうなと
「おう、良く来たなガキども。ほれ婆さん、こんな暑いところで話もなんだ。とっとと上がってもらえ」
じいちゃんは俺たちを順繰りに見て、ばあちゃんにそう言うと、さっさと中に引っ込んでいく。少々無愛想に見えるが、あれでどうにも俺たち孫に甘い人なんだ。
「あらあらそうね。私ったら気付かなくてごめんなさいね。さ、入って入って。
「
麻紀ってのは母さんの名前だ。母さんとばあちゃんの会話を耳に流しながら、勝手知ったる我が家とばかりに靴を脱いで玄関を上がり、廊下を歩けば俺たちの体重で床が軋む。
築うん十年の家は、外も中もあいかわらず古めかしい。……リフォームとかしないんかね? しないんだろうなぁ。愛着あるっぽいし。
「ガキども、居間で待ってろ。スイカを持ってってやる」
廊下の奥にある台所からじいちゃんの声が。ほらさっそく孫に甘い。
「おぉ! スイカ!」
「おじいちゃん、花蓮も手伝おうか?」
「俺もなんかあれば手伝うけど」
「ガキどもが変に気を使うんじゃねえ。ノリみたいに甘えて待ってろ。おいテツ! お前は手伝え!」
「えぇ……僕、長時間の運転で疲れてるんだけど……」
「だったら丁度良いじゃねえかっ、どうせだったら最後まで疲れろこのバカ息子がっ!」
「なにが丁度良いのか訳分かんないよ」
台所からのじいちゃんの怒鳴り声に、後ろを歩いていた父さんが俺たちを追い越して台所に消えていく。ちなみにテツってのは父さんの名前だ。
ともあれ、俺たち兄妹はじいちゃんの言葉に甘えることにして八畳ほどの居間に上がると、荷物と一緒に腰を下ろして一息ついた。
開け放たれた窓から吹き込む風に、吊るされた風鈴が揺れて鳴る。付けっ放しのテレビではさして興味もない選挙特番が流れ、その横では年季物の扇風機が首を振っている。正しく夏の風景。風情と呼んでもいいのだろうけど……暑い。なにせじいちゃんの家にはクーラーが一切ない。あるのは扇風機のみだ。現代っ子には少々堪えるが……まあ3日だけと考えればやはり風情と感じられもする……ような気がしないでもない。
「あら、父さんたちは?」
「台所でスイカ切ってるよ」
ばあちゃんと一緒に姿を見せた母さんの質問に花蓮が答えると、母さんは「あらま」と
「おう、持ってきたぞ」
タイミング良くじいちゃんがスイカが乗った盆を持って現れた。その後ろから父さんもビールやジュースの缶の乗った盆を持って登場。
「すみません。
「気にするな。あんたも普段の炊事で疲れてるだろ。この家にいる間はテツを働かせるからゆっくりするといい」
じいちゃんは部屋の中央に置かれたテーブルの上に盆を乗せながら母さんにニカっと歯を見せて笑うと、母さんも眉尻を下げて笑みを見せる。
「本当にすみません」
……いや、僕も疲れてるんだけどね? という父さんの抗議を聞く者は誰もいなかった。ドンマイ父さん。
「うおー、待ってました!」
大人の会話を
「ぅんっっめー!」
そう一言叫ぶと、あとは喜色満面でかぶり付いていく。
「はい、どうぞ」
「お、ばあちゃん、ありがとう」
隣からスイカが差し出されたので礼を言いながら受け取る。ノリの食べっぷりを見ていて取るのを忘れていた。テーブルの上には塩もあるけど……まあ見るからに甘そうだし、最初はそのままでいいかと噛り付く。
「――うん、甘い!」
思わず頬が緩む。
「だねえっ」
その言葉に隣を見れば、花蓮も頬を緩めてスイカを食べていた。
俺たちは顔を見合わせると、ノリと同じようにかぶりついた。
そのタイミングで玄関の開く音。
「たっだいま~」
続いて元気の良い女性の声が聞こえてきた。
ん? 誰か来たみたいだ。というかすっごい聞き覚えのある声。
「あ、スイカ食べてるー!」
現れたのは20代前半の女性。
背中まで伸びた黒髪に浅く焼けた肌。めりはりのある体型に、Eカップはありそうな大きな胸。
ぱっちりと開いた目が印象的な美人のこの人は、
確か港にある漁業組合の事務所で事務員として働いているんだっけか。
里美姉さん――里
「お姉ちゃん久しぶり!」
「うん、久しぶりー。花蓮ちゃんしばらく見ないうちに大人びたねぇ。お姉ちゃんはビックリだ」
「その言い方は年寄り臭いぞ」
「おっとぉ、そういう洋は相変わらず眠たそうな顔してるねぇ。お姉ちゃんはビックリだ。ちゃんと起きてる?」
「ほっとけ。あと起きてるよ」
俺の顔の前でひらひらとさせる里姉の手を払いつつむっつりと言うと、姉さんは「それは良かった」と笑った。
「姉ちゃんおひさー!」
「お、ノリ君はやっぱ元気一杯だねー。確か小6だっけ? そろそろ落ち着きも覚えたほうがいい頃だぞ?」
「おう! がんばるぜ!」
「うん。全然理解してくれていないみたいでお姉さんビックリだけど、ザ・ノリ君って感じで安心もしたよ」
「……遠回しにうちの弟をバカ扱いしないでくれるか里姉。……まあ否定はしないけど」
っていうかできないが。
「あっはっは。ごめんごめん。ともかくみんな久しぶりー!」
「ったく、帰ってくるなり騒々しいヤツだ。里美、ノリに言う前に
「あっはっはー。それがワタシだからね!」
じいちゃんの小言もなんのその。里
「ワタシもスイカ食っべるー」
「里美ちゃん。食べるのは良いけど鞄を投げ捨てるのはおばさん感心しないなあ」
「あはは、ごめんごめん。後で片付けるから放っておいて♪」
あと大雑把。
「あ、そうだ! もうすぐ野球始まるからテレビ変えてもいい? 駄目って言っても変えるけど」
「だったらなんで聞いたし」
そして大の野球好き。ちなみに
「お、ビール発見! いただき~!」
……忘れてた、ビールも大好物だ。
「こら里美、ちゃんと着替えてきなさいな」
スーツ姿でだらしなく寝そべりながらテレビを見る里姉にばあちゃんが苦言を呈するが、里姉はやはりどこ吹く風だ。
「ん~、もう野球始まるからあとで~」
んでもって女性としては致命的なほどずぼら。それが里姉である。
顔もスタイルも良いのに勿体ない。今も昔もモテるらしいが、里姉に彼氏ができたとかとんと聞いたことがない。本当に勿体ない。
俺の視線に気付いたのか、里姉の顔がテレビから俺の方へと向く。
「ん? 一緒に巨神軍の応援でもしたくなった?」
「いや全然」
「んもぅっ、何だよつれないな~!」
そんなこと言われても野球なんて殆ど分からんし。興味もない。まあ、そんなこと言ったら野球好きの里姉が黙ってないが。この人、何時間でも語ろうとするからな。
「っていうか里姉。なんで当然のようにじいちゃん家にいるのさ」
「そりゃあ勿論、愛しの親戚たちに会いにさ」
キザったらしく言うが、絶対ウソだろ、それ。
「何が愛しの親戚たちだ。おめえが来てんのは野球見にだろがバカタレ」
じいちゃんの暴露に悪びれもせず「やは~! それは言わない約束だよじいちゃん!」と笑いながら自分の頭を叩く里姉。……そうだろうとは思ったけどさ。毎年そうだし。
「だったら聞くなよ~」
「まあお約束かなと」
「だったらしょうがないね!」
ちなみに里姉の家はここから少し離れたところにあるんだけど、野球シーズンの間は
「お、始まった! こっからワタシに話しかけるの禁止ね! 話しかけたらあとで頭をホームラン決めるから! 金属バットで!」
真顔で恐ろしいこと言ったよこの人。
「お姉ちゃん、相変わらずだね」
花蓮の苦笑に頷く。
「だな。あの人ならほんとにやりかねないし、話しかけないでおこう」
「だね」
ま、触らぬ神に祟りなし。放っておこう。
「いくぞ巨神! ワタシが――いや、1億の巨神ファンが付いてるからね! 今日もクライマックスシリーズ一番乗り目指してがんばろう!」
いやいやファン数多すぎだろ。
独り賑やかな里姉を余所に、俺たちは俺たちで賑やかに過ごすのだった。