※この作品はR-18です。

俺は、世界の半分(女性)を手に入れてみせる!   作:キャプテンキャップ

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06:ありがとう、おにいちゃん

 ともかく、これで人妻セックスは終了だ。

 それを告げるかのようにポイント取得のウィンドウが目の前に現れるが、尿道に残っていたカウパーがどぼぉっと零れるのを見たら急に尿意が。しかも強烈なヤツ。おう、これはヤバイ。

 まだ目を通してないがウィンドウを閉じ、慌てて礼子(れいこ)さんにトイレの場所を尋ねる。

 

「礼子さん、ごめん。トイレ貸してもらえます?」

 

「あ、トイレでしたら廊下の突き当たりにありますので、どうぞ」

 

 ほんとごめん。ともう一度謝りながら部屋を出て、言われた通り薄暗い廊下を進んでいくと――突き当たりに1つの扉が見えた。ここか! 俺は扉の横にあるスイッチを押して電気を点け――点かない! まあいいやっ、膀胱(ぼうこう)の限界も近いのでとりあえず中へ!

 ………………ふぅ。

 どうにか事なきを得、トイレから出て礼子さんの待つ部屋へと戻ろうと廊下を歩いていると、右側に半開きの扉があることに気付いた。

 行く時は急いでいたから気付かなかったけど、こんな所に部屋があったのかあ。と思いながら前を通りかかったときだ。

 

「うおっ!」

 

 俺は驚いて声をあげ、数歩ほど後ずさった。

 なぜならその半開きの扉の隙間に顔を挟むようにして、子供がこちらを無表情に覗きこんでいたからだ。……誰だってビックリするだろ、こんなシチュエーションは。

 薄暗い家の中にあっても尚白い肌。

 ぎょろりと見開いた両の目。

 栗毛色の髪を眉の上で切り揃えたおかっぱ頭の女の子が、未(いま)だに、じぃ……っと。一言も発することなく俺を見ていた。……何この子コワイんですけど。

 っていうかもしかしてこの子が、かおるちゃん……なのか? 見た感じ9歳くらいには確かに見えるけど。……まあ聞いてみれば早いか。ちょっと声かけるの怖いけども。

 

「かおる、ちゃん……かな?」

 

「……………………」

 

 声をかけるも返事はなく。やはり、じぃ…………っと俺を見てくるばかり。ホント怖いんですけど!?

 えぇっと…………どうしよう。この状況。もしこの子がかおるちゃんだとしたら、こんな暗いところに残しておくというのも何だか可愛そうな気もするが、そもそもこの薄暗さがこの家のデフォであれば無用の心配だろうし。いやでもなぁ……こんな昼間なのに薄暗くする家があるだろうか? いや、人の家の事情などそれぞれだろうし。でもでも……などと堂々巡りの考えをしていると、ふと肝心なことに気付いた。

 ……この子がかおるちゃんであるのなら、いつ帰ってきたんだ? 全然気付かなかったぞ?

 礼子さんは出かけていると言っていた。だから俺は待つことになったんだし。待つことを選んだからこそ、礼子さんとあんなことをすることになったわけし――って。そこである考えに至った。

 もしかしてこの子……俺と母親が情事に耽(ふけ)っているところを……見た?

 確かに俺と礼子さんは夢中になってお互いの体を求め合っていた。であれば、かおるちゃんが帰ってきたのに気付かなかった可能性はあるんじゃないだろうか。

 だとすれば、この子のこの態度も納得がいくんじゃないか?

 額に冷や汗をかきながら、扉の隙間に顔を挟むようにして俺を見ている女の子を見る。じぃ………………。女の子の視線が痛い! さっきまではこの視線がただただ不気味だったけど、今は非難されているように感じる! 突き刺さる!

 

「あは、あははは……はぁ」

 

 口端を引きつらせながら、愛想笑いを浮かべてみるも、やっぱり女の子は無表情&無言のコンボ。

 俺の愛想笑いは溜め息へと変わった。……しょうがない、ここは一時撤退して礼子さんに頼むか。

 そうと決まれば即行動。

 

「そ、それじゃあね」

 

 女の子の視線から逃げるようにそそくさと退散した。

 

 

「礼子さん、向こうの部屋に女の子がいたんだけ……ど。って、あれ?」

 

 部屋に戻ってみれば、今度は礼子さんの姿がどこにもない。どこいったんだろ? 礼子さんもトイレ……のはずはないか。廊下は一本道だし。すれ違わなかったということはトイレではない。他にもトイレがなければ、だが。

 部屋の扉から顔を出し、トイレとは逆の方向へ顔を向けるも……う~ん、薄暗くて先が見えない。台所があるように見えるけど……。礼子さんを探すにしても人の家を勝手に歩き回るのも失礼だしなあ。

 しょうがない。

 出していた顔を引っ込め、置きっぱなしにしていたコンビニ袋を手にとって部屋を出る。といっても帰るわけではない。

 向かうは玄関ではなく、さっきの女の子のところだ。もう一度自分であの子との会話に挑戦(トライ)してみようと思う。

 

 

 そんでもって例の部屋の前。女の子は相変わらず扉の隙間からこちらをジッと覗きこんでいた。……やっぱコワ!

 

「えっと……やあ」

 

 手を上げて声を掛けるも…………はい無言です。これだとさっきと同じ展開になるが、今度は違う! なにせコレ(・・)があるからな!

 俺は持ってきたコンビニ袋からお菓子を取り出す。みんな大好きポテチだ。

 名付けてお菓子でホイホイ作戦! ……これで駄目だったら素直に礼子さんを探そう。

 

「お菓子食べる?」

 

 腰を屈め、かおるちゃんと思われる女の子と視線の高さを合わせながらポテチを見せる。と、女の子の視線が俺からポテチへと移った。お、ちょっと興味引かれてるっぽい。

 

「他にも色々あるよ? ジュースとか」

 

 今度はコンビニ袋をがさがさ音を鳴らしてみせると、女の子の視線はポテチとコンビニ袋の間を彷徨うようになった。よし、好感触! ……ううん、だけど何だろう。公園なんかにいる犬や猫に食べ物を見せて引き寄せるのに似てるというか。変質者がお菓子で幼児を誑(たぶらか)かそうとしているのに似ているというか。……って後者は駄目だろ。完璧に事案じゃないか。

 というか女の子の視線がずっとループしたままなんだが。

 

「両方食べる?」

 

 俺が尋ねると、女の子の視線がぴたりと止まり、数十秒ぶりに俺へと戻ってきた。

 そして、

 

「…………ぅん」

 

 こくんと。小さく返事を返しながら頷いた。ぃよおっし! 作戦大成功! いや、ここで喜ぶのはまだ早い。部屋から出てきてもらわないと。

 

「それじゃ、向こうの部屋で食べよっか」

 

 手を差し出しながら言うと、もう一度頷く女の子。そして、ゆっくりと扉が開き、古めかしいデザインの服とスカートを穿(は)いた女の子が出てきて、俺の手を握った。この子の手も、礼子さんに負けず劣らず冷たかった。

 

「えっと、かおるちゃん、だよね?」

 

「うん」

 

 相変わらず無表情だけど、2度目の質問には答えてくれた。お菓子効果凄い。色々買ってて良かった。

 それにしても、と。かおるちゃんの体を見る。9歳にしては線の細い、やせ気味のかおるちゃん。ちょっと心配になるくらい細いな。腕とか足とか枝のようだ。……体の冷たさと相まって、まるで白骨した――ぃっていかんいかん!

 頭をよぎった単語をかき消す。声に出さないとはいえ、人に向けるにはあまりにも不謹慎にすぎるだろ、俺。反省しろ。

 

「?」

 

 頭をがしがし掻いていると、かおるちゃんが首を傾(かし)げながら見上げてきたので、気を取り直して明るい声を出す。

 

「それじゃ行こっか。向こうで礼子さ――お母さんも待ってるし」

 

 お菓子が入ったコンビニの袋を渡しつつそう言った途端、それまで無表情だったかおるちゃんが一転、明るい表情をみせた。

 

「ほんと!?」

 

「お、おう。ほんとだぞ」

 

 俺が頷くと、かおるちゃんは繋いでいた俺の手をひっぱる。

 

「おにいちゃん、早く早く! あたしをお母さんのところに連れてって!」

 

 ……この歳なら、やっぱお菓子よりも母親だよなぁ。お菓子を見せるよりも最初っからこう言えば良かったと苦笑をもらしつつ、かおるちゃんに引かれるようにして歩き出す。

 

「はいはい。暗くて危ないから、ゆっくりいこうな」

 

「はーい!」

 

 こっちを全く見ないで返事するかおるちゃんにもう一度苦笑を漏らす。……そういや礼子さん、もう戻ってるよな?

 

 

「……」

 

 結論、まだ戻ってませんでした。

 お陰でかおるちゃんがまた無表情に逆戻りしてるし!

 

「えっと、かおるちゃん?」

 

「…………」

 

 しかも返事までしなくなった!

 

「お、お母さんならすぐに戻って来ると思うよ?」

 

「………………」

 

「そうだ! お母さんが戻って来るまでお菓子食べとこっか!」

 

「……………………」

 

「えぇっと……」

 

「…………………………」

 

 礼子さんカムバーっク! というか誰かこの沈黙を破って!!

 俺の祈りが通じたのか、上の階から物音が聞こえてきた。

 

「……お母さん?」

 

 俺と同じく天井を見上げていたかおるちゃんがぽつりと呟いた。おお、確かに礼子さんかも! っていうか他にいないだろうし!

 

「かおるちゃん、2階にいってみよっか。お母さんそこにいるみたいだし」

 

「うん!」

 

 おお、かおるちゃんの表情が戻ってきた。のはいいんだけど――

 

「……2階にはどっから上がればいいんだ?」

 

 部屋を出たところでそのことに気付いた。

 かおるちゃん教えて? と頼むと、こっち! と来た道とは逆を指さした。さっき台所らしき部屋が見えた方向だな。

 その指示に従って、かおるちゃんと手を繋ぎながら廊下を歩いていると、台所(やっぱ台所だった)の手前に上へと続く階段があった。

 見上げてみるも、一切の明かりがないのでとにかく暗い。なのでぶっちゃけちょっと怖い。いやだって、真っ暗な階段の先から微かに物音だけが聞こえてくるんだぞ? なんのホラー映画だよって感じ。

 だったら電気を点ければいいじゃないと思うかもしれないが、そんなのとっくにやったよ。階段横にあった電気のスイッチ、押したさ。だけどトイレ同様、点かなかったんだよ。

 

「……おにいちゃん、行かないの?」

 

 いつのまにか無表情に戻ったかおるちゃんが見開いた目で俺を見上げてくる。繋いだ彼女の手の冷たさと相まって、コワ! って感じ。まあ思っても子供相手なので言わないけど。

 

「いや、行くよ。お母さん上にいるみたいだしね。ただちょっと暗くて足下心配しただけ。んじゃま、行こっか!」

 

 感じた怖さを誤魔化すように、ことさら明るく告げてかおるちゃんと階段を慎重に昇る。ギシ……ギシ……となる階段が恐怖心を煽る。

 15段ほど昇ったところで2階へと到着。やはり2階の廊下も真っ暗。廊下に窓がないのでもはや暗闇である。

 そんな廊下の左右に合わせて3つ、扉があるのがかろうじて確認できた。その内の1つから物音が聞こえてくる。……いやもう雰囲気だけなら完璧にホラーだ。

 立ち止まっているとかおるちゃんがいつ無表情に戻るか分からないので、物音がする扉へ向かう。かおるちゃんが一緒だからまだ良いけど、独りだったら絶対いけない怖さだよなあ、これ。

 そんなことを思っている間に扉の前に到着。そのタイミングで中から聞こえていた物音が止む。……だから怖いって!

 

「ここ、あたしの部屋だよ」

 

 隣でかおるちゃんが言う。

 

「え、あ、そうなの?」

 

 なんだ、なら大丈夫か。何が大丈夫で何が大丈夫じゃないのか分からないけど、とにかく安心した。本当に良く分からないが、一番奥の扉には近づきたくない。

 

「あそこは、駄目。お父さんの部屋だから……」

 

 俺の視線に気付いたのか、かおるちゃんが無表情にそう言ってくる。……あそこは旦那の部屋らしい。まあ用があるわけじゃないし、ここからでも変に怖いから近づきたくもない。あそこを見るだけで、鳥肌が立つ。

 

「とりあえず、かおるちゃんの部屋に入ろっか? 入ってもいい?」

 

「うん」

 

 彼女の了承を得てから扉を開ける。カーテンが引かれ、廊下同様、薄暗い部屋の中、かおるちゃんの勉強机の前に礼子さんが立っていた。

 

「お母さん!」

 

「かおる!」

 

 母親の姿を見るなり、俺と繋いでいた手を放し、礼子さんの下へと一目散に駆けていくかおるちゃん。

 礼子さんもまた、自分に向かって駆けて来るかおるちゃんを受け止め、抱きしめる。

 

「ただいまお母さん!」

 

「ええ、おかえりなさい、かおる……」

 

 涙を流しながら抱き合う親子。

 感動的な光景だけど……ちょっと大げさすぎるような? まるで長年離れ離れになっていた親子が再開したかのような、そんな場面(シーン)に面食らう。

 俺の視線に気付いたのか、礼子さんがかおるちゃんを抱きしめるのをやめ、涙を拭いながら頭を下げてくる。

 

「かおるをここまで送り届けてくださったのですね。ありがとうございます」

 

「ありがとう、おにいちゃん!」

 

 2人の感謝の言葉に、あ、うん。どうも。と返す。

 

「ああ、そうだ。かおる、このお兄さんがあなたのランドセル、見つけて届けてくださったのよ。ほら」

 

「わ、本当だ!」

 

 礼子さんが勉強机の上に置いてあった赤いランドセルを手に取り、娘に見せると、かおるちゃんは嬉しそうにランドセルを抱きしめた。

 

「さ、かおる。ちゃんとお礼を言ってね」

 

「ありがと、おにいちゃん!」

 

 満面の笑みを浮かべるかおるちゃんへ、どういたしまして。と返す。……あれ、そういえばさっきから声が出てないような。頭もぼうっとしてるし。何だか眠い。

 急速に襲い掛かる睡魔に、目蓋が重くなっていく。まともに立っておられず、その場に座り込む。……どう考えてもおかしい。おかしいのだけれど、考えるのも億劫だ。そう思っている間にも、ごろりと体が横に倒れる。

 意識が遠ざかっていく。母と娘の会話が続いている。

 

 ――見て、お母さん! おにいちゃんから一杯お菓子やジュース貰ったの!

 ――あら、良かったわね。ちゃんとありがとうは言った?

 ――あ、まだ言ってなかった!

 ――じゃあ、それもちゃんと言わなきゃね。

 ――うん! ありがとうね、おにいちゃん!

 

 はは、どういたしまして、だ。

 

 ――私からも、最(・)後(・)に(・)もう一度お礼を。

 

 最後?

 

 ――本当に、ありがとうございました。ずっと探していた娘のランドセルもこうして戻ってきましたし、娘とも会えました。これでもう、思い残すことはありません。本当に、ありがとうございました。貴方と出会えて本当に良かった。貴方と会えたことで主人からの呪縛から抜け出せ、ようやく娘と一緒に旅立てそうです。

 

 旦那の呪縛ってのはよく分かりませんが、旅立つ……って。また急ですね。

 

 ――ふふ、でも今は貴方の呪縛にかかっているのですけど。

 

 ……まるで呪いみたいな言い方だなあ。

 

 ――では、一足先に向こうで待ってます。

 ――それじゃあね、おにいちゃん! あたしもお母さんと一緒におにいちゃんが来るの、待ってるね!

 

 待つって、どこで?

 

 最後に、近づいてきた礼子さんとかおるちゃんが俺の頬を撫でていくのを感じながら――意識を失った。

 

 

 

 ヴィー……ヴィー……。ヴィー……ヴィー……

 

「――――ん……んん?」

 

 微かな振動を感じて目を覚ます。振動はズボンのポケットからで、どうやらスマホが震えているようだ。

 むくりと置きながら、辺りを見渡す。……真っ暗で何も見えん。ってかここどこだ? ……あ、礼子さんの家か。そういや、かおるちゃんを礼子さんの所まで連れてきたら急に眠くなって……そのまま気を失ったんだっけ。

 

「……2人は……?」

 

 部屋にはいないようだ。そういや、気を失う前に礼子さんがどっかに行くとか何とか。寝起きで回らない頭をフルに動かして思い出しつつ、未だ震え続けるスマホをポケットから引っ張り出し、画面を見る。妹の花蓮(かれん)からだった。

 

「はいはい、どうした?」

 

『どうしたじゃないよ! 朝から出かけたまま帰ってこないし、何回電話しても繋がらないし! ようやく繋がったと思ったらお兄ちゃん呑気そうだし! どれだけ花蓮が心配したと思ってるの!』

 

「いや、そんなに心配するほどの時間じゃないだ――ろ!?」

 

 妹に返しながら液晶画面に浮かぶ時刻を見て驚いた。21:34。もう夜の9時過ぎ!? 俺ここでどんだけ寝てたの!? これだけ長い間連絡の1つもしなければ、そりゃあ花蓮も心配する。妹は最近俺に対して心配性だからな。

 

「わ、悪い! すぐに帰る!」

 

『知らない! お兄ちゃんのバーーーーッッッカ!!』

 

 耳をつんざくような大きな声で罵ったかと思ったら、通話が切れた。……ああ耳が痛かった。これは帰ったらちゃんと謝らないとなあ。

 とりあえずスマホをポケットにねじこみ――すぐに取り出した。暗くて何も見えなかったのだ。

 スマホのライトを点け、部屋を見渡す。幼い子供の部屋にしては何もない。あるのはベットにタンス、勉強机が1つのみだ。

 勉強机の上には、俺が届けたあの赤いランドセルが置かれていた。その隣にはかおるちゃんにあげたコンビニ袋が並んでいる。

 暗い部屋の中にいるせいか、なんだか勉強机が仏壇のように見えた。ランドセルが位牌で、コンビニ袋がお供え物。……っていかんいかん。雰囲気に呑まれてるな。

 頭を振って気を取り直し、部屋を出た。相変わらず暗い。廊下といわず家中が。

 ……しかも奥の部屋から誰か、男の声が聞こえるような気がする。小さくて何を言ってるか聞き取れないけれど――確かにする。かおるちゃんが言うにはあそこは旦那の部屋らしい。

 俺が寝ている間に帰ってきてたのか? だとしたらヤバイ。見つかる前に退散しよう。

 廊下をきしませないよう、注意して歩い――ぎしり。……めっちゃ鳴る! 慌てて振り向くも、旦那が部屋から出てくる様子はない。ほっと胸を撫で下ろし、どうにかこうにか一階へ。……マジで焦ったー。廊下をスマホのライトで照らす。

 人の気配は無かった。やっぱり礼子さんとかおるちゃんはどこかへ出かけたらしい。礼子さんの言葉を思い出すに、旦那を見捨てて家を出たのかもしれない。個人的にはその方が良いと思う。

 さて、と。あとは俺が出て行くだけだな。

 慎重に廊下を進み、靴を履く。扉に鍵は……うん、掛かってないな。できるだけ音が鳴らないよう、そっと扉を開き、そっと閉じた。最初から鍵が掛かってなかったのだから、鍵の心配はする必要はないだろう。

 家を少し離れたところで、ようやく気を抜いて息を吐き出した。

 

「はぁ……。なんか疲れた。とっとと帰ろう」

 

 と、歩き出したところでふと思う。……あれ? と。

 

 ――もし上に居たのが旦那なら、帰ってきたときに玄関にあった俺の靴を見て、どうとも思わなかったのだろうか? ……そもそも、玄関に俺以外の靴がなかったような……。

 

 そのことに思い至ったとき、薄気味悪いものを感じて鳥肌が立った。……きっと旦那は何も思わなかったんだろう。うん、きっとそうだ。

 そう結論付けて、足早に立ち去る。1つ角を曲がったところで、近所の人と思しき男性とすれ違った。おお、久しぶりに人とすれ違ったよ。昼間は全然会わなかったからなあ。

 なんだか非日常から日常へと戻って来たみたいで安心する。……っていうか結構歩いてるな、人。

 昼間、ここに来るまで人に会わなかったのが嘘のようだ。いや、誰とも会わなかった昼間のほうが異常だったのだろう。……ほんと、何だったんだろうね。暑いからみんな家に籠(こも)ってた?

 首を傾げつつ、家路を急いだ。

 

 

 

「ただいまー」

 

「おかえりー、不良少年」

 

 家に帰り、居間で出迎えてくれたのは里美(さとみ)姉さん――里姉(さとねえ)だけだった。まあ、こっちじゃなくて野球中継を見ながらだったけど。……ってか不良少年て。

 

「あれ? 他のみんなは?」

 

「今日は外食だってー」

 

「ふぅん」

 

「花蓮ちゃん楽しみにしてたんだよ? 昼ごろに外食って決まったからさぁ、「お兄ちゃんにも知らせるね」って電話したら繋がらなくて焦ってたなー。その後も何回電話しても繋がらなくて凄い心配してたし。私たちは高校生なんだし男なんだから大丈夫っていってたんだけどね?」

 

 よっぽど花蓮が慌ててたのか、その時の事を思い出したらしい里姉が笑う。

 

「君ら仲が良くなったんだねー。去年まではあんなに会話がなかったのに」

 

 まあ色々あったからね。今ではシスコンとブラコンで、近親相姦までやってのけるラブラブ兄妹だ。

 

「ま、電話が繋がったあとは花蓮ちゃん、ぷりぷり怒ってたけど。お兄ちゃんなんか放っておいて行こ! って。んで、君はこの時間までどこで何してたの?」

 

 人妻とナニしてました。とは言えないので、「適当にぶらついてたよ。電波が通じなかったのもそのせいかもな」と誤魔化した。里姉は「ふぅ~ん」と信用してないみたいだったけど。

 ちなみに電波うんぬんは嘘じゃないぞ? この町、本当に電波が通じない場所があったりするからな。田舎にもほどがあるだろ。

 

「んで、里姉は行かなかったの?」

 

「そだよー。可愛い従弟(いとこ)が一人ぼっちってのも可愛そうだから、優しいこのワタシが待っててあげたのさ」

 

 ふふん。と里姉は豊かな胸を揺らしながら胸を張る。

 

「それはありがとう――本音は?」

 

「今日も野球の試合があるからね!」

 

 ぶっちゃけやがった。

 巨神戦じゃないけど、他の球団の成績が後々影響してくるから見ないと! と熱く語りながら拳を握る。

 

「だと思ったよ」

 

「ヤハハー。ばれてたか。さすがはお姉ちゃんの弟――みたいな従弟君だ。ご褒美にそこにあるピザとか食べていいよ」

 

 テレビを見ながら肩越しに手でテーブルを差してくる。見ればテーブルの上には不完全な円となったピザが3種類あった。他にもポテトやサラダ、ナゲットなどなど。どうやらデリバリーしたらしい。ビールも転がってるな。飲めないけど。

 

「あんがと。ってか元々これが今日の夕飯なんでしょ?」

 

「せいかーい。あ、置いてあるビールは飲んだら駄目だぞ? 飲んだら金属バットでドタマをホームランするからね? アルコール摂取は大人の特権だから、未成年は飲みたくても我慢我慢~♪」

 

「いや飲まないし」

 

「結構結構。うぁ~、このままだと半神ヤーフが勝ちそうだなー。今年の半神は巨神と相性最悪だからボロ負けしてくれないかな~」

 

 会話もそこそこにブツブツと独り言を言い始める里姉に肩を竦めながらテーブルの前に座り、冷めたピザに手を伸ばす。うん、冷めてても美味い。

 

「いよーっし!」

 

 突然歓声を上げる里姉に何ごとかと見れば、どうやらホームランが入ったらしい。しかも一挙に3得点。

 

「よくやった中立ワイバーンズ! このままにっくき半神をやっつけろー! あんたたちの後ろには1億人の巨神ファンがついてるぞー!」

 

「……」

 

 その巨神ファンの大半は恐らく他球団のファンだろうから、後で裏切る気満々なんじゃないですかね?

 メガホンを振り回しながらビールを煽る里姉に、もう一度肩を竦めた。

 ほんと、美人なのに勿体ない。

 

 それからしばらくは里姉の声援をBGMに夕飯を食べた。

 

 

「いや~。良い試合だったー。5‐5の引き分けだったけど、あのワイバーンズにしてはよく頑張った! エライ!」

 

 試合が終わったらしく、里姉が上機嫌で振り返ったきた。

 

「“あの”ワイバーンズって……」

 

 言い方が酷くないか? と言ったら、え? みたいな顔でキョトンとされた。頑張れワイバーンズ! 里姉を見返してやれ!

 

「ふっふっふ♪ でもこれでまた、巨神のリーグ優勝が近くなったね! あーっはっはっはー♪」

 

 巨神の応援歌を歌い出す里姉。

 もうこうなったら彼女は止まらない。しかたないので落ち着くまで放っておこう。ちょっと聞きたいこともあったんだけど。

 

 

 ――で。

 落ち着いた頃を見計らって、里姉に声をかける。

 

「里姉、地元なんだからこの辺のことに詳しいだろ?」

 

「ん~。まあそうだね。どったの? ……はは~ん」

 

 突然ニヤニヤしながらアルコールで赤くなった顔を寄せてくる里姉。

 

「何だよ?」

 

「洋(よう)、さては気になる女の子でも見つけたな~? それでストーカーしてたから遅くなったんでしょ~? そうでしょ~? 洋ヨウ、どうなんだYO~」

 

「どんな飛躍の仕方だよ! ってか俺をどんな目で見てんだアンタ!?」

 

「え、違うの?」

 

「違うわ!」

 

 真顔で返してくんな!

 

「じゃあ聞きたいことって何さ?」

 

 ようやくちゃんと聞いてくれる気になったらしい。

 

「ったく。少し離れたところにさ、中島って家あるでしょ?」

 

「中島って……あの中島? 四丁目の?」

 

 あの中島ってどの中島なのかは知らないけど、確かにあそこは四丁目だったので間違いはないだろう。

 

「多分その中島で合ってると思う。んで、今日そこに行ったんだけどさ」

 

「はぁ~……。洋ってば、勇気あるねえ。お姉ちゃんビックリだー」

 

 勇気? そんなもん必要か?

 

「いやだって、お姉ちゃんだったら1億円あげるって言われてもちょっと行けないよ? あんなとこ」

 

「あんなとこって……普通に綺麗な奥さんと可愛いらしい女の子がいるだけだぞ?」

 

 まあ旦那は気難しいらしいけど。あ、里姉が言ってるのは旦那のことか? なら納得だ。と思っていたのだが、里姉の様子が変だ。具体的には顔色が変。飲みすぎて気持ち悪いとか? 吐くなら流しで吐いてね?

 

「いやいやいやいや! 変なのは君! 洋が変な事を言ってるの! 誰を見たって!?」

 

「え? いやだから綺麗な奥さんと可愛らしい女の子――」

 

「そう、それ! それが変なの!」

 

「……はい?」

 

 なんで礼子さんとかおるちゃんを見たのが変なんだ?

 

「だってあそこ、30年前に殺人事件があってから誰も住んでないもの!」

 

「……はい?」

 

「だーかーら! 誰も住んでないの! あの家には! もうずっと昔から!」

 

 …………え?

 

「ええ!?」

 

 いやだって! 見たよ!? 俺! 礼子さんと会話だってしたし、あんなことやこんなこともしたし! かおるちゃんとだって手を繋いだりしたよ!? お菓子もあげたし! それに帰り間際には旦那らしき男の声も聞いたし!

 

「……ほんとに君、誰を見たのよ?」

 

 ……いや、それは俺が一番知りたいんだけど。

 

 

 

 里姉が言うには何でも30年前、あの家で父親が妻・礼子(30)と一人娘のかおる(9)を殺害するという痛ましい事件があったという。

 

 まあ詳しく話すと気分が暗くなるので割愛するけど、簡単に言えば、あの家の主人は常(つね)日頃から、妻や子供に暴力を振るうような男性だったらしい。いわゆる家庭内暴力――DVだ。

 それが年々エスカレートしていき、そしてある日のこと。

 娘が素行の悪い同級生の男子数人にランドセルを隠されて泣いて帰ると、その泣き声がうるさいと父親が激怒。何度も妻や子供を殴る蹴るの暴行を働いたという。

 身の危険を感じた妻は、娘に逃げなさいと言った後、娘が逃げる時間を稼ぐために夫を罵倒しながら家の中を駆け回った挙句、最後は娘の部屋で夫に追いつかれて殺された。そして次に、一階の部屋の1つに隠れていた娘が殺されたらしい。

 

 犯人の父親はその後すぐに逮捕され、刑務所に入ったとのこと。しかも服役中に肺炎を患い、そのまま獄中死。

 

 それ以降あの家では、殺された妻や子供の幽霊を見たり、声が聞こえると噂になったらしい。しかも、2階の一室からは獄中死した夫の幽霊の姿や怒鳴り声、何かを叩くような音までするという。

 あまりにも目撃例が多いので、地元の人だけではなく、近隣の町の人も寄り付かない心霊スポットなんだとか。一応親族が誰も入れないよう、厳重に鍵をかけて管理してはいるという。……俺は普通に入れたけどな! 礼子さんが開けてくれたから!

 それはともかく、俺があの家の2階の奥の部屋に感じた恐怖や、礼子さんとかおるちゃんに感じた違和感、2人が再会したときに感じた違和感は……まあ、そうことらしい。

 ちなみに殺された娘が隠されたランドセル。隠した男子らに警察が聞いたところによると、近所の公園に隠したという。だが、警察が捜した結果、見つからなかったそうだ。同時の警察の発表では、犬が咥えてもっていったのではないかとのこと。そして今も見つかっていないという。

 

 ともあれ、里姉が言っているのが事実であるならば。

 あの家には現在、誰も住んでいないということになる。

 

 さて、ここで疑問に思うのは、だ。

 

 俺があの家で出会った女性と女の子は、自分の名前を礼子と、かおるだと名乗った。ランドセルの名札もかおるだった。

 それは、あの家で夫の理不尽な暴力の末に殺された、母と娘の名前と同じだ。

 であれば、公園で拾ったあのランドセルは誰の物で、それを届けた俺を出迎えたあの女性は誰で、あの家にいたあの女の子は誰だったのだろうか……。

 確かなのは、俺は確かに礼子さんと会って、かおるちゃんと会って、ランドセルを送り届けたという事と、

 最後に俺の頬を撫でていった2人の手が冷たいのではなく――とても温かったということだけだ。

 

 そして、最後の疑問にして一番重要なこと。

 

 

 

 

 …………俺は一体、誰と肌を合わせたのん?

 

 

 

 

   ---------

 

 『初めて幽霊と遭遇した』を達成! 50P獲得しました。

 

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 性行為10P×3。 30P獲得しました。

 

 ポイント残高:4,260

 

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 後日談として、翌年の帰省のさいに里姉とこんな会話があった。

 

「そういえばさ」

 

「うん?」

 

「洋、あんた去年、変なこと言ってたよね?」

 

「んん? 変なこと?」

 

「あの家に行ったーとか、女の人と女の子に会ったーとか」

 

「……ああ、確かに言ったけど?」

 

「不思議なことにあの後からね、女の人と女の子の幽霊や声を聞いたって人はいなくなったんだって」

 

「……へえ」

 

「なんでちょっと嬉しそうなの? あ、でも、今でも男の人の声や壁を叩くような音はするんだって」

 

「……ふぅん」

 

「? なんでやっぱ嬉しそうなの?」

 

「や、それに関しては自業自得だろうからさ。ざまあみろって感じ?」

 

「?」

 

 ほんと、旦那ざまあ。最後は女房と娘に捨てられてやんの。ぷぷー。




 夏といえば怪談!
 というわけで、エロティックホラー回でした。いかがだったでしょう?
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