「ほう。連邦軍が勝ったか」
直線的な造形が目立つ地球連邦系戦闘艦の意匠を踏襲しながらも、大型格納庫や五基以上ものカタパルト甲板を備え、MS運用能力を大幅に向上させた新型戦艦――《アイリッシュ》級の艦橋。
膠着状態から不意を突いてきた逆襲を打破してジオン残党のMS隊を圧倒、そのMSの手足頭を薙ぎ払いながら完全に制圧していくジムⅡ隊を指して、艦長は『連邦軍』と呼んだ。
『友軍』ではなく。
「識別信号確認。MS隊後方のサラミス改級巡洋艦は、連邦宇宙軍サイド4駐留艦隊第223戦隊所属トラキアと判明」
「レーザー通信が入っています。我連邦宇宙軍巡洋艦トラキア、貴艦の所属及び行動目的を知らせ、です」
「向こうのMS隊は、いま出ている標準型のジムⅡが四機だけか? 隠し玉があるかもしれん。対空警戒と相手艦の監視怠るな」
すでに艦の総員が戦闘配置に付いているその艦橋で、艦長席の隣に立つその男は次々に飛び交う指示と報告を聞きながらひとり呟いた。
「ふむ。サラミス改級巡洋艦トラキア、ですか」
パイロットスーツ姿のまだ若い眼鏡の男が、艦長席のすぐ側で電子端末のページを繰る。その画面には次々と、地球連邦宇宙軍に属する数々の部隊が現れてきた。
部隊名、主要拠点、主任務、装備、編成、戦歴、艦長や隊長など主要人物の略歴――そして彼らと部隊全般の、政治的傾向までもが記されている。
「ほほう。『組織』への勧誘には、いい返事を寄越してもらえなかった艦のようですね……残念ながら艦長もMS隊長も、宇宙移民の権利に関する意識はそれほど高くないとあります」
やがてトラキアに関するページに行き当たると、男はつまらなさそうに呟いた。この宙域に赴くと決まったときからその辺りの情報を事前に頭へ入れていた艦長が、男に構わず通信士へ尋ねる。
「通信、ミノフスキー粒子の散布状況はどうか?」
「順調です。連邦艦とMS隊はほぼ孤立しています。電子戦も異状なく展開中――」
不敵な笑いとともに、通信士は返答を続ける。
「ここで今から何が起こっても、おかしな横槍は入りませんよ」
「宇宙の密室、というわけだな。結構だ。さて、大尉。行きがけの駄賃に沈めてみるかね? 少なくともこれから訪ねる相手に対しては、いい手みやげになるだろう」
事もなさげに眼下へ投げ落とされた艦長の言にはじめて、『大尉』と呼ばれたその男が整った顔を上げた。
「いずれ寄らば大樹の田舎侍どもと考えるなら、それにも一考の価値はありますが。彼らも刻の流れを読み、大義の在処に気づくときが来るやもしれません。
その前に当地の駐留艦隊をいたずらに刺激しては、大事に障りましょうな。今は『玉』だけいただいて、丁重にお引き取り願うが得策かと」
眼鏡の下で穏やかに微笑む男に、艦長は不敵に笑って返す。
「同意見だ。もっともそれが受け入れられるかどうかは、彼ら自身の賢明さ次第ということになるが。――砲雷長、前方の連邦とジオン残党MS隊周辺へ威嚇斉射だ。細部は任せる」
『了解』
「簡単に当ててくれるなよ?」
熟練した鉄砲屋からの実直な返答が聞こえて間もなく、艦内全体に主砲発射準備中の警告が響いた。
艦体後尾中央で主機が猛然と出力を上げ、床から微細な振動が伝わってくる。主砲群に膨大なエネルギー量が充填されていく。
「MS隊も頼むぞ。連邦軍が妙な気を起こさないよう、しっかりと抑えてくれ」
艦橋の主モニターに開いた通信小窓には、すでに左右MSカタパルトからの出撃準備を終えた二個MS小隊の長が映っていた。
特筆すべき事があるとすればまずそれは、そこに映る二人がいずれも若く美しい女性だということだろう。
『あら、艦長。ジオン残党のおじさま方、やられてしまいましたのね?』
小さく艶やかな唇が、残念そうに言葉を紡ぐ。栗色の柔らかな前髪をバイザーの内側に泳がせながら、大粒の瞳を愛らしく瞬かせるしぐさには幼さが残り、少女のようにあどけない。
だが襟の階級章は紛れもなく、彼女が連邦軍少尉の地位にあることを意味している。
「ああ。数の優位があったとはいえ、一瞬で形勢を逆転させている。この連邦軍部隊、なかなか油断できない強敵らしい。シェンノート少尉、難しい任務だ」
『およしになって、艦長』
だが愛らしい八重歯を見せながら、シェンノート少尉と呼ばれた美少女は天使のように微笑む。
『私、仰られるまでもなくこの全力を尽くしましてよ。このような僻地で長年潜伏していらした、男くさいジオン残党勇士のおじさま方をお助けするためですもの』
陶然と少女は囁く。戦場の荒んだ空気に染まりつつある耳に心地よい、ころころと転がりながら誘惑するような声色。それは天使の歌声のようでもあり、小悪魔のささやきのようでもある。
だが緩みかけた艦橋要員の耳朶を蹴り上げるように、剣呑に張りつめた娘の声が響きわたった。
『ケッ! まだるっこしぃ! 負け戦から七年経っても未だに場末でくすぶってる、役にも立たねえジオンの負け犬残党ジジイどもなんざどうでもいいってんだ!
あんなの生きて一匹捕まえときゃそれでいいだろ! まずは四の五の言わずにさっさとあたしらがブッ潰しゃあいいんだ、クソ連邦軍の方をよぉ!』
意志の強そうな切れ長の瞳に強烈な眼力をみなぎらせながら、柳眉を逆立て、金色に輝く鋭い前髪を揺らして娘が喚く。その襟元に光るのも同じ階級章だ。
「……ハフナー少尉。分かっていると思うが、我々は――」
『《エゥーゴ》だってんだろ!? A.E.U.G、反地球連邦政府運動! クソな政治を傘に着てクソな弾圧しか能がねえクソな軍隊、地球連邦軍をブッ潰すための組織だ!』
「……分かっていると思うが。地球連邦を破滅の道へ導こうとするティターンズを討ち、地球連邦のあり方を宇宙移民とともに寄り添う、あるべき姿へ正すための組織だ」
この艦に乗る自らの部下に、地球連邦軍生え抜きの将兵が少なくないことを知る艦長はこめかみに指を添えながら心中だけで舌打ちしたが、うら若き金髪の美女は意に介することもなくなお激しく吠えたてる。
『分かってますよ艦長ォ! わざわざ先に手出しはしません。ただ、ね。奴らが少しでも、フザケた真似を見せてきたら……あたしは、速攻でツブしますよ? 連中を、徹底的にね』
『ふふっ。マインさん、相変わらず過激ですのね』
『何がだ!? てめぇがヌルいだけだろうがリアンナ!』
「分かっていればいい……結構だ」
『艦長。主砲、威嚇斉射準備完了』
娘たちの黄色い口論へ割り込むようにして届いた砲雷長からの報告に、艦長は安堵の息を漏らした。
謹厳実直な砲雷長は、あるいは自分を救うためにあえてこのタイミングで報告してきたのかもしれない。頭の片隅でそう思いながら、すかさず艦長は艦内放送のマイクを取った。
「本艦はこれより前方宙域へ突入、連邦軍部隊に拿捕されつつあるジオン残党戦士の諸君らを救出する!
彼らは今や正義を忘れた地球連邦との戦いにその身を捧げる我々の同志であり、彼らとの接触は組織のさらなる飛躍に繋がる重要な手がかりとなるものである!
全主砲での牽制射撃後、ただちにシェンノート小隊、ハフナー小隊が発艦する。連邦軍部隊を威圧するとともに説得し、MS隊は目標を確保したのち本艦へ帰投せよ。
連邦軍部隊の出方次第では、決定的な全面戦闘もありうる! 宇宙移民の自由と権利を獲得せんがため、各員一層の奮起に期待する――主砲発射、十秒前! 九、八――」
『この……』
『うふふ。おじさま、待っててくださいましね』
通信小窓の中の金髪美女、マイン・ハフナー少尉はまだ言いたいことをたくさん抱えているようだったが、さすがに秒読みまで始められては引き下がるしかなかった。
柔らかな栗色の髪の美少女、リアンナ・シェンノート少尉は楽しげに微笑みながら、ジム系MSにしてはマッシブなシルエットをモスグリーンに塗装したMS、《ヌーベルジムⅡ》の機体を左舷カタパルト上に屈ませる。右舷カタパルトから先陣を切るマイン機も同様だ。
「三、二、一――撃(て)ッ!!」
宇宙が煌めき、巨艦が揺れる。
各砲塔はそれぞれ連装砲の左右にメガ粒子同士の干渉を避けるわずかな間隔を置きながら、アイリッシュ級の全主砲門が宇宙に目映いほどの閃光をまき散らしながら火線の束を放った。
「前方観測――正面宙域に被弾物なし」
「連邦MS隊、回避機動中。連邦軍は艦MSとも、現時点での応射なし」
「両舷カタパルト、進路オールグリーン」
『ヌーベル04、リアンナ・シェンノート少尉、出ますわ!』
『ヌーベル07、マイン・ハフナー少尉! 待ちくたびれたぞ!』
主砲斉射に続いてMSカタパルト射出の反動に揺れる艦橋で、飛び交う通信と報告に紛れるようにして二人は囁く。
「大尉。本当に今回、出すのはあの二人で良かったのだな」
「ええ艦長、どうかご心配なく。MS隊の指揮と人選には、常に最善を尽くしておりますので」
艦橋内にも照り返すその閃光を浴びながら、苦虫を噛み潰す表情の艦長の下で、男は眼鏡の下に薄い笑みを浮かべ続けていた。
『ジオンのMSを内側に入れろ! 奴らを近づけさせるな!』
マコトの指示が飛び、今度こそ完全にスラスターを封じられた三機のジオン残党MSの残骸――つい数分前までは確かにMSだった有人デブリを、トラキアMS隊は全周防御陣形の内側へと引きずり込む。
頭部と両腕を完全に失い、胴体にはもはや膝までの両腿が残るだけのMSにまともな運動能力など残っていない。
そんな惨状をさらす三機が背中合わせにまとめてワイヤーで縛り上げられてしまえば、残った背部推進器すら後ろの僚機に噴射炎が当たるために、使用不可能となってしまっているのだった。
『な、なんやなんや!? なあ姉さん、いま何が起こっとるんかワシらにも教えてんか!? 後生やさかい!!』
「本当にお願いですから、いま本当に黙っててください……でないと私、そのコクピットの見晴らしをものすごく良くしてあげちゃうかもしれませんよ。……ビームで」
『ヒイッ!?』
接触回線経由で馴れ馴れしく飛び込んでくるザクⅡパイロットからの不安げな声に、アイネは余裕を失った暗い声色で返す。
ドッツィが不安になるのも無理はない。アイネに頭部ユニットを破壊されたザクⅡのコクピットではもう、ひどく限定的な展望しか得られなくなっているのだから。
だが実際には現在、わけも分からぬままに鉄の棺桶同然の愛機へ閉じこめられているジオン残党の三人より、彼らを捕らえた連邦軍のMSパイロットたちの方がずっと精神的に追いつめられていた。
「……来るっ!」
『こっちにも……っ、なんなんだこいつらっ!!』
ビームライフルで油断なく身構え続けるアイネ機の前を、がっちりと編隊を組んだジム系MSのの三機編隊が飛びすぎていく。
その反対側、シュンがハイパーバズーカを向けて警戒する方向にもやはり三機の同型編隊が航過していく。
すれ違う瞬間、アイネは自分たちが乗るジムⅡとそれらの差異が、単なる塗装だけにとどまらないことに気づいていた。
「胸部ダクトが四つ、頬にもダクト……シールドはジムコマンド系列の変種? 連邦マークが見えなかった……」
早鐘を打つ心臓を抱えながら、それでもアイネは敵対的な行動を取る謎のジムを分析する。
シールドは連邦軍ジム系MSが広く用いるスタンダードな長六角形ではなく、RGM-79G《ジム・コマンド》や79N《ジム・カスタム》、79Q《ジム・クゥエル》などのいわゆる高級ジムに採用されたものに近い。優美な曲面形状と同時に、上端部に攻撃的な爪部を備えたシルエットだ。
連邦軍制式カラーの赤ではなくモスグリーンに塗装された胴体部には、トラキア隊が運用する標準型ジムⅡに倍する四つものダクトが設けられており、その輪郭も一回り近く大きく見える。
さらに頭部ユニットの頬部にもダクトが増設されていて、のっぺりとした標準型ジムⅡの顔立ちよりもC型やD型のジムに近い、どことなく精悍な印象を与えていた。
一方でビームライフルなどの携帯兵器に新奇なものは見受けられず、それらの銃口を向けてくるなどといった明らかな敵対行為もまだ取られていない。
だが彼らの行動は、どの基準から判断したとしても友好的な態度などではありえなかった。誰もが脅威を感じている。
そして今や、無線通信も完全に機能しなくなっていた。今かろうじてトラキア隊のMS間を繋いでいるのは、近距離赤外線通信だ。
急激に濃度の増したミノフスキー粒子だけの仕業ではない。加えてどこからか、強烈な妨害電波が発信されているのだ。だからMS隊は未だにトラキアとの通信を確保できずにいる。
本格的な電子戦装備を持たないトラキア隊に、その発信源など特定できるはずもない。だが状況を見れば、眼前に迫る新型戦艦の関与は明白だった。
『また来やがる……!』
ロブが呻く。つかず離れずの距離を保ちながら旋回し、トラキアとの間へ割り込んで合流を妨害するように向かってくる三機と三機を見据えながら、マコト・ハヤカワ准尉がはっきりと断言した。
『全員聞け。奴らは《エゥーゴ》だ。エゥーゴはジオン残党とも繋がっている。狙いはこいつらの身柄で間違いない』
『え、エゥーゴ? 最近問題になってるっていう、反地球連邦のテロリスト軍団ですか? なんでテロリストがジム系の、新型……? なんか、まとまった数で持ってるんです?』
「あの見たことない戦艦も、連邦軍の識別信号を出してますよね……。ひょっとしてエゥーゴって、連邦軍の裏切り者が部隊ごと装備を持ち出して入り込んでる組織なんですか?」
『う、ウソだろ……いくらなんでも、そんなこと出来るわけが――』
『22より各機。詮索は後回しだ。今はこの状況を乗り切ることだけを考えておけ』
とめどなく続きそうだったアイネとロブ、シュンの憶測を、マコトの鋭い指示が断ち切った。
『任務の優先順位を変更する。これより《エゥーゴ》を警戒しつつ、ジオン残党MS三機のトラキアへの回収を最優先とする。後、エゥーゴが引かない場合、トラキア撤退支援のため、対艦攻撃、並びに防空戦闘を実施する』
『な、んなっ』
『せ、戦艦相手にガチでやり合おうっていうんですか……!?』
相手は明らかにトラキアよりも巨大で格上の新型戦艦、それもMS隊は今出てきている数だけでもすでにこちらを圧倒している。すでにジオン残党と一戦交えて疲弊した、今のトラキアMS隊に勝機があるとは思えない。
ロブが金魚のようにパクパクと口を開き、通信窓の中でシュンの表情が絶望に凍りつく。
アイネだけが覚悟を決めた顔のまま、どこか遠過ぎる彼方に焦点を結んだ瞳でゆっくりと頷いた。ひきつる唇が言葉を吐き出す。
「ハヤカワ准尉、……最後まで……お供いたします……」
『大丈夫だ』
だから、そんな調子外れの声色ばかりが重なる通信回線に、いつも通りのマコトの声は重たく響いた。
『お前たちは、誰も死なせない。……私の《傘》にかけて、な』
「……ハヤカワ准尉?」
『いやいやいや……いくら不死身のマコっちゃんでも、こればっかりはさすがに無理だろ……終わった……』
そのとき妨害電波でノイズ一色に押し潰されていた共通回線へ、唐突に人間の肉声が混じり込んできた。
『地球連邦宇宙軍巡洋艦トラキアと、そのMS隊に連絡する。こちらは地球連邦宇宙軍環月方面軍所属、戦艦《ジャカルタ》である』
「!」
今やその巨大な艦影を間近に迫らせているエゥーゴ艦からの通信に、アイネはびくりと背筋を跳ねさせた。
『本艦は環月方面軍司令部の命により月面都市グラナダを発して以来、遠路、月周辺宙域に多大な被害をもたらした凶悪なジオン残党『キャリホルニヤの悪夢』を追撃してきた』
「えっ」
アイネの目が点になった。
そのまま通信窓の中のザクⅡパイロット――涙目中年男に視線を下ろす。
キャリホルニヤの悪夢。
そういえばトラキアを発艦後に前進中、途切れ途切れに入ってきた共通回線での通信の切れ端で、このジオン残党がそんな風に名乗っていたような気がする。
ソロモンの悪夢ことアナベル・ガトーのことなら訓練課程で使った教範にも載っていたが、こちらはどうせその適当なパチモンだろうと思って無視していた。
『えっ』
ドッツィの目も点になった。
いつの間に自分はそんなに有名になっていたのだろうか。
いやそもそも、月周辺宙域で活動したことなんか、あったか?
だがこの連邦軍の新型戦艦は、月の大都市グラナダからはるばる自分を追ってきたらしい。いったい自分に何の恨みがあって?
もしかして、ただ死刑にされるだけでは済まないのか? 月の連邦軍がわけのわからん新型戦艦を出してまで捕まえに来たからには、とてつもなくエクストリームな特別死刑が用意されているのか?
『ほ、ほああ……っ、ほあああああああ……!!』
『本艦に代わって凶悪無比なテロリスト『キャリホルニヤの悪夢』を捕縛していただいたこと、巡洋艦トラキアの諸官らには深く御礼申し上げる。
これで本艦もグラナダに顔向けが出来るというもの。――そのまま本艦のMS隊に、『キャリホルニヤの悪夢』の身柄を引き渡していただきたい』
『聞けん話だ』
そのとき回線に割り込んできたのは後方、すでに至近とも言える距離まで接近してきていたトラキアの艦長、リドリー・フランクス大尉だった。
距離が詰まったことと妨害電波が止んだことで、トラキアからの通信も復活したのだ。
「エゥーゴめ。そんな適当な言い訳で名分が立つとでも思っているのか?」
「体裁ぐらいは気にしているでしょう。連中にもティターンズ以外の一般部隊にまで、誰彼構わず喧嘩を売っている余裕はないはずです。むしろ我々は、潜在的な支持基盤とまで見られている可能性もあります。
場所によっては、エゥーゴを強力に支持する部隊も多いと聞きますから――連邦宇宙軍の半分はエゥーゴだと思え、などと言う者までいるぐらいです」
「世も末だな……」
操舵士相手に毒づきながら、リドリーは新型戦艦へ呼びかける。MS隊さえ収容できれば、トラキアはいつでも全火力を叩き込んで離脱できる準備を整えてある。
『本宙域は我が第223戦隊の担当任務区域である。このジオン残党はそこで貨物船を襲撃していた現場を我々が押さえたものだ。彼らの身柄に関する優先権が我々にあるのは明白である。当地で活発化の一途にあるジオン残党組織に関する情報を得るためにも、彼らの身柄は絶対に必須だ。
それでもなおどうしてもと言いたいなら、上級部隊を通してもらおう。環月方面軍司令部からサイド4駐留艦隊、それから我々の第223戦隊司令部へ依頼を通していただきたい。正規の書面でな。戦隊司令部が同意さえすれば後日、キャリホルニヤ云々はともかく、このジオン残党の身柄を引き渡すことに異存はない』
『承伏しかねる。『キャリホルニヤの悪夢』はジオン残党組織によって間もなく月周辺で実施されるとみられる、次なる大規模テロ計画にも関与している可能性が濃厚であり、本案件の緊急性はきわめて高い。
身柄の受け渡しはこの場で、ただちに希望する』
『それこそ聞けん話だな。軍人ならば職権の範囲は弁えていただきたいものだ。それとも貴官は、あれか――《ティターンズ》にでもなったつもりか』
『…………』
相手が《エゥーゴ》と知りながら薄く揶揄するような嘲りを秘めたリドリーの声色に、雄弁だったジャカルタの艦長が言葉を切った。
『もしそうだったのなら、こちらこそ謝罪させていただく。特別の権限を認められているティターンズが相手なら話は別だ。ジオン残党、即座に引き渡して差し上げましょう』
『それは――』
「あっ!?」
ジャカルタ艦長が論戦に次の矢をつがえようとしたとき、アイネは驚愕に目を見開いた。
これまで掠めるような軌道は取りながらも、それでも常に一定の距離は取り続けていたエゥーゴMSの一機が、編隊を置き捨てるように急加速した。
そしてトラキア隊の全周防御陣形、そのシュンが担当する正面めがけて単機で逆落としに突っ込んできたのだ。
『エンジントラブルだッ!』
共通回線に吐き捨てられたのは、若い娘の乱暴な声。
突出したエゥーゴのジム系MSは右手のビームライフルこそ下げたまま、しかし左腕の新型シールドは凶悪な爪部を先にする逆手へ持ち替えながら、シュン機へまっしぐらに絡んでくる。
『まどろっこしい! どうせ三文小芝居なら、こういう風に打ちなってんだ! 行くぜお前らッ!!』
『承知だ姐さん!』
『よりにもよって、俺らをティターンズ呼ばわりたぁな! クソ連邦には死あるのみッ!!』
連邦軍部隊に傍受されない自隊周波数で小隊の列機に命じながら、マインはその美貌に迫力ある凄絶な笑みを浮かべてハイパーバズーカ装備のジムⅡを狙い、突進する。
全天周モニターの脇に通信小窓が開いてもう一人のMS小隊長、リアンナ・シェンノート少尉が少し不満げに可愛く頬を膨らませてみても、マインはまるで目もくれない。
『マインさん、さっきと話が違いましてよ?』
『なんも違わねえよリアンナ! あたしらが『事故』で連邦軍のMSにぶつかって連中をブッ飛ばす! そしたら防御に穴が空くだろ? その間にお前らが残党どもを拾ってくるんだよ!! もし撃ち返してきやがったら、普通に全力で潰してやりゃあいい!!』
『……了解ですわ』
童顔の美少女はふっとため息を吐くと、自らの小隊にも軌道を修正させた。無理にマインの暴走を止めるのではなく、起きてしまった流れに乗るべきだと判断する柔軟さが彼女にはあった。
『来るなっ、うわあっ、来るなあああっ!!』
狙われたシュン機は、それでもジオン残党MSとの間につけ込まれる隙間を空けすぎない範囲で回避機動を展開した。だが迫るエゥーゴのジムは、それを先読みするように絡みついてくる。野生の獣を思わせる躍動だった。
『それ以上近づくならっ!!』
『はっ!』
威嚇するようにハイパーバズーカを構えるシュン機との間で、マイン機は意にも介さず一気に加速。至近距離をも割り込む。
『どうしたぁ!? 撃てよ! さっさと撃てよ腰抜けぇ!!』
『さ、先に撃たされてしまったら……!!』
ハイパーバズーカを突撃阻止のためにいま撃てば、もう直撃させるしかない。それではとても威嚇では済まなくなってしまう。といってバルカン砲の火力では、シールドを前に押し出しながら来るジムⅡを阻止できない。
うかつな反撃は『事故』と称して絡んでくる圧倒的に優勢な相手に対して、全面開戦の口実を与えかねない。だからシュンは最後まで、結局それに踏み切れなかった。
『腰抜けがぁっ!!』
『わああああああっ!!』
激突の強烈な衝撃が両機を揺らす。シュンのジムⅡ23はかろうじて自機のシールドで打突を受けた。だが機体のパワー差に負けて一気に大きく弾き飛ばされ、23はトラキア隊の全周防御陣形から脱落した。
『23!』
『心配してる場合か!? 次はテメーだ!!』
申し訳程度にマシントラブル事故の体裁を装いながら、ハフナー小隊のヌーベル二機も連邦軍の全周防御陣形へ、マイン機の開けた穴を広げるようにその隣接機めがけて突入する。
ビームスプレーガンなどという時代錯誤な骨董品を構えたジムⅡの姿を間近で見たとき、彼らは思わず笑い出しそうになった。だが強烈な体当たりを狙って時間差をつけながら仕掛けた二機の機動は、紙一重でかわされた。
『なっ、なんだっ!?』
『ただの偶然だ! もう一度仕掛ける!!』
激突を確信した直後に肩すかしを食わされながら、もうエンジントラブルを起こした機体と呼ぶには苦しすぎる急旋回で切り返し、二機は再びスプレーガン持ちを狙って食い下がる。
「カーペンター伍長! ハヤカワ准尉!!」
『クソッ! 今ここから外れたら、残党機を持って行かれる!』
『うふふ。さあ、どうなさるのかしら?』
最小限の動きだけで衝突を回避したマコトは、まだ防御陣形に留まっている。だがアイネとロブには引き続きシェンノート小隊の三機が、一定距離を保ちながらもジオン残党MSの直接奪取を匂わせる牽制機動を繰り返して動きを封じ、彼らをその場に拘束する。
『おおっと、姿勢制御にも問題発生!』
『なっ!?』
そしてシュン機を吹き飛ばしたマイン機は、なおも至近距離に絡みついていた。必死に抵抗するシュン機との間で激しく打撃の火花を散らしながら押し切り、パワーの優位をフルに活かして体勢を崩す。
マインはそこで、一気にハイパーバズーカを狙い澄ましてシールド打突を繰り出した。ブリキのようにハイパーバズーカの砲身があっさりと貫通され、マイン機が左腕を回すとその半ばからいとも簡単にねじ切られる。
それで自由を得た新型シールドは、今度は必死に長六角形のシールドを構えて防御しようとするシュン機の内側へ飛び込んだ。左肩装甲までもを喰い破る。
そのまま基部まで爪を食い込ませられるとジムⅡ23は左腕から力を失い、パイロットの意志に反してガードを下げた。やはり新型シールドの爪部には、ジムⅡの装甲を容易に食い破るだけの貫通力が秘められていたのだった。
『そ、そんなっ!?』
『おらあっ、まだまだぁっ!!』
マインは爪部を装甲板から引き抜くや、流れるような一連の動きで即座に再度の押し込みをかける。狙いはビームサーベル。
左肩から飛び出すように装備されていたビームサーベルまでもが強打されて脱落し、シュンが敵機を阻止しうる最後の望みを虚空へ漂わせた。
『うっ、うわあああっ!!』
『遅ぇよドンガメッ!!』
シュンはスラスターを全開にしてなんとか逃れようと機動するが、至近距離から露骨な格闘戦を仕掛けてくる相手に背は向けることは出来ない。
そして背を向けることが出来なければ、明らかに同等以上のパワーと機動性を有して食らいついてくる敵機相手から距離を開くことなど不可能なのだ。
『くそっ、来るな、来るなああっ!!』
『往生際が悪いってんだよォ!』
シュンはそれでも必死に半分近い短さになったハイパーバズーカを棍棒よろしく握って振り回す。だが左腕の死んだ機体で半分だけのバズーカを叩きつけたところで、格闘戦慣れした五体満足の敵機が操る新型シールドに勝てるわけがない。
『おらよっ、もっぱつッ!』
『けはっ!!』
マイン・ハフナーはヌーベルジムⅡの機体で踊るように蹴りを叩き込み、強烈な衝撃でコクピットのシュンをリニアシートごと叩き伏した。一瞬途切れた反応に手応えありと見るや、マインはとどめとばかりに大きくシールドを翻らせる。上端に尖る凶悪な爪部で、ついにシュン機のコクピットへ狙いを定めた。
MS用格闘戦兵器においてはビームやヒート系以外に、単なる冷金属であっても敵MSの装甲を打ち破れるだけの威力を持つものも少なくない。
一年戦争当時のジオン公国軍水陸両用MS、ズゴックのクローなどが有名だろうが、連邦軍MSにもシールドに強固な突起部を設けることで、類似の効果を期待する場合が散見された。
マイン機が装備しているシールドも、その流れを汲むものだ。
材質には最新素材であるガンダリウム合金を採用し、強固な防御力だけでなく爪部による格闘戦での破壊力、さらにスライド機構の採用による運用柔軟性の増大など、数々の新機軸が盛り込まれている。
エゥーゴ最大のスポンサーである大手軍需企業が、画期的な新型量産MSの防御兵装として開発したシールド。マイン機をはじめとするジャカルタ隊のヌーベルジムⅡの多くは、それを装備しているのだった。
マインはこのシールドによる一撃が必殺のものになりうることを知っている。ジムⅡのチタン・セラミック複合装甲が相手なら間違いない。
そしてビーム/ヒート兵器や実弾火器と異なり、平常時と使用時に明確な状態変化が生じない打撃用シールドは、あくまでも『事故』を装って敵機を潰すためには、これ以上なく適した兵器なのだった。
『死ねよ連邦クズ野郎ッ!!』
憎い連邦の兵士を、この手で文字通りに叩き潰すことが出来る。獲物を狩る雌豹の凄絶な笑みを浮かべてシュンを追いつめたマインの視野に、そのとき脇から新たな機影が飛び込んできた。
『カーペンター伍長、掩護しますッ!!』
先ほどシュンが弾き出され、さらにマコト機にも二機が執拗に絡みついて大いに乱れる全周防御陣形から抜けて、アイネのジムⅡ25が全速でシュンとマインの間へ突入してきていたのだ。
『う、あ……っ、クライネ、伍長……!?』
『邪魔すんじゃねぇよっ!!』
『させない!!』
横槍ならぬ横盾を入れ、シールド同士を叩きつけあってアイネがマインを弾き飛ばす。
『クライネ伍長……!』
その光景を目撃して、なお二機から執拗に絡まれながらもマイン機への狙撃姿勢を固めようとしていたマコトが、スプレーガンの銃口を小さく外した。
『はぁ!? ざけんな、この際てめぇが先に死ねッ!!』
マイン機は身を翻すと、今度はアイネ機のコクピットハッチに爪を突き立てんと躍り掛かった。もはや殺気は隠せもしない。強烈な直感が思考より先に、アイネの直感を蹴飛ばしていた。
――殺らなければ、殺られる
シュンとマインの間に割り込みながら、アイネは躊躇なく肩口のビームサーベルを抜き払った。
『寄らば斬ります!』
『はっ! 腰抜け揃いの連邦雑魚が、一丁前に長ドス抜いて格闘戦かよっ!!』
脳内にたぎる大量のアドレナリンに導かれるまま、マインもビームサーベルを抜いて応える。
赤と緑、二機のジムの間で凶暴な熱量を帯びた光が生き物のように躍って震えた。
チタン・セラミック複合材の装甲など豆腐も同然に斬り裂く光刃ふたつが交錯していく光景を、アイネはどこか他人事のような心境で見つめていた。
ゲルググのビームナギナタ。
ザクⅡのヒートホーク。
人質のボールを外しながら、ザクⅡの機体をひと思いに切り離した斬撃。
今まで積み重ねてきた訓練にそれらの実戦経験が混じり合って、アイネの中のどこか深い部分で火花を散らした。
この相手に、手加減などは意味がない。自分も死ぬ気で掛かってくる捨て身の手足を払ったところで、敵は勢いのままこちらの喉笛に食らいつく。
近くには左手を殺されてシールドを使えない、無防備なままのカーペンター伍長の23がいる。巻き込めない。
長引かせれば総戦力に勝る敵に対して、本格介入の余裕と口実を与えてしまう。
この一撃で、コクピットを潰して仕留める。それしかない。
結論を導き出したアイネは、左腕のシールドをパージした。両腕でしっかりとビームサーベルを保持しながら頭部の横まで引いて構え、そして、全出力をスラスターに叩き込む。
同時にビームサーベル、最大出力。
『面白ぇっ!! つき合うぜこのクソ野郎ッ!!』
マインは絶叫するやシールドを捨て、アイネのジムⅡと鏡写しの姿勢をヌーベルジムⅡに取らせて突っ込んだ。
マイン・ハフナー少尉は地球連邦軍人としての軍歴を経ることなく、エゥーゴに直接入隊した志願兵である。
マインは鉱婦である。コロニー建設のため地球圏に牽引された鉱山資源衛星で暮らす技術者夫婦の娘として生まれ、ろくに外の世界を知らないまま、荒くれた鉱山労働者たちの中で育った。
粗野で下品な男所帯の中で、マインは幼い頃から採掘機械や航宙機器に親しみつつ、屈強の鉱夫たちと肩を並べて現場に出ながら日々を過ごした。
生来さばさばとした気性の彼女は、自らが女として日増しに美しく成長していくことも大して深くは気に留めず、からかい混じりに近づく男は拳と啖呵と仕事の出来で黙らせながら、やがて鉱山の若手を仕切るうら若き姉御として、皆から期待を寄せられるようになった。
連邦軍部隊を従えたティターンズ艦隊がそんな彼女たちの鉱山衛星に現れたのは、二年前のことだった。
ジオン軍はおろか、連邦軍の姿すらまともに見たことのない鉱夫たちに、ティターンズはここに逃げ込んだジオン残党を出せと言った。匿っているはずだ。隠し立てすればためにならない。
ジオン残党を引き渡さない場合、地球圏の平和と安寧を守るため、法に基づいて実力を行使する。
鉱夫たちはティターンズの一方的な要求を突っぱねた。当たり前だ。そもそも居ないものなど出しようがない。採掘機械も精製工場も止められない。外との取引だってある。誰がこれ以上、余所者の寝言に耳など貸すか。
だがティターンズは彼女たちの《山》に、仮借ない艦砲射撃とミサイルの雨を叩き込んだ。MSも来た。
仲間を失って怒り狂った鉱夫たちが仕掛けたプチMSの肉弾戦と即席浮遊爆雷の抵抗は《ジム・クゥエル》の90ミリ砲弾に粉砕された。港も山も町までもが戦火に焼かれた。
鉱山側の抵抗が止んでも破壊は続き、しかし、その焼け跡からジオン残党の痕跡はついに出なかった。
ジオン残党は鉱山労働者たちを反連邦思想で洗脳した後、すでにここを離脱したのだとティターンズは一方的に宣言し、最後に証拠隠滅とばかりにすべてを一気に焼き払うと、破壊と殺戮の他に何も残すことなく鉱山衛星を去った。
だから後に残ったのは巨額の債務と無数の墓標、そして復讐を誓うほんの僅かな生き残りだけだ。
『てめぇらごとき体制の犬どもなんかにな! 負けてらんねぇんだよ、こっちはなぁっ!!』
「私はもう負けない! もう私の無力で、私の仲間を殺させなんかしないっ!!」
互いの肉体を、その生命を焼かんと奔るビームサーベルの剣尖同士が、真正面から衝突した。
小さな太陽が生まれたように閃光が弾ける。
Iフィールド同士の干渉で生じる凄まじい斥力が互いを弾き、全開されたスラスターがその競り合いから敵機を光刃もろとも押し切らんと絶叫する中、ビームサーベルがその握り手からMS全体を動揺させる。
ビームサーベルもMS自体も、エゥーゴ機は明らかにその出力でアイネのジムⅡを圧倒していた。天性の技術に導かれた凶暴な力と迷いのない殺意で、マインはアイネを焼こうとする。
だがアイネは劣勢の中で激震する機体にあって、最後まで勝機を捨てていなかった。
荒れ狂うIフィールド同士の干渉波が一瞬、食らい合う二機の剣閃をわずかに開く。
『行っけぇぇぇぇぇ!!』
その一瞬の空白に、アイネは無我で食らいついていた。
跳ね返ってきた反動への姿勢制御を修正し、敵機を狙う最短経路へ機体を送る。
電光の中に、道筋が見えた気がした。
干渉が消える。
剣と剣との絡みが外れ、干渉を失って互いが前へと一気に進む。
ヌーベルジムⅡのビームサーベルは、ジムⅡ25の肩口を掠めて焦がした。
そしてジムⅡ25のビームサーベルはその切っ先から、まるで最初から敷かれていたレールの上を走るような自然さで、マイン機のコクピットハッチへと飛び込んでいく。
「なっ――」
――死ぬ
全天周モニターの前面を埋め尽くしながら迫り来る光の尖端を見た瞬間、マインは自らの確実な死を直感していた。
コクピットハッチの装甲など、ビームサーベルの前には濡れ紙以下の存在だった。瞬時に突き破りながらコクピット内へ侵入し、光刃はそのままマインの全身を呑み込む。
「ちくしょう! 父さん、母さん!!」
押し寄せるメガ粒子の怒濤に、バイザーグラスごとマインのヘルメットが粉砕された。その破片すら瞬時に蒸発していくその横で、シャギーストレートのセミロングが暴風に煽られるように背後へなびく。
溶け崩れると思う間もなく陽炎のように消し飛んでいくリニアシートの上で、マイン・ハフナーの若くみずみずしい肉体を包んでいたパイロットスーツが、一瞬にして破裂した。
「いやああああああーーーッ!!」
死に瀕してマインが最後に発した悲鳴は、もはや無力で可憐な乙女のそれでしかなかった。
野性的な美貌を備えた金髪美女の、引き締まりながらも女としての要所要所はしごく肉感的な肢体が無防備に、すべてを蒸発させ原子に還す死の閃光の中へと放り出される。
十九歳の乳房を押し潰すように包んでいた小さめのスポーツブラジャーはパイロットスーツとともに破り裂かれて消滅し、秘められていた重量感あふれる威容を今こそ誇るかのようにだぷんと揺れて弾み出ていた。
金色の恥毛が生え揃う下に開いたマインの秘所に、おびただしい量の愛液が溢れる。白い柔肌に浮く桜色の乳暈の中で恥ずかしげに埋もれていた乳首が、ツンと張りながら顔を出す。
自らの避けられない死を認識した生物が生殖機能を暴走させ、その肉体に子を成させるべくして急激に準備を整えていく。
――ああ、イくぅ……!
あまりに遅すぎる性本能の発露がマインの中で眠っていた雌の部分を、超高熱の閃光の中で情け容赦なく開花させていくのを感じながら、彼女の意識は溢れる光に失せていった。
「うわあああああっ!!」
コクピットハッチからビームサーベルを引き抜いたアイネが、肩から激突したままもつれ合っていた機体を蹴飛ばす。モスグリーン塗装のジム系MSはビームサーベルを構えた姿勢のまま硬直して、まるで死人のように後方へ漂流していった。そのコクピットハッチにはぽっかりと穴が開き、溶けた装甲が液状になって流れている。
それが何を意味しているのか、アイネは誰か自分ではない他人のことのように理解していた。
「こ、殺したっ……、わたしが……私が、あのジムのパイロットを、殺した……っ」
『あっ、姐さん!? そんな!!』
『クソ連邦軍があっ! よくも姐さんを殺りやがったなッ!!』
マコト機へ執拗に挑みかかっていたハフナー小隊の二機が、怒りに我を忘れてビームライフルの銃口を跳ね上げる。動きの止まったアイネ機を狙って照準をつけ、そのままトリガーを引き絞りかけた。
『死ね――あぐッ!?』
『そこまでにしておけ』
だが機体に鈍い衝撃が走り、接触回線から若い娘の冷たい声が響く。それに全天周モニターが告げる警告が、彼らの暴走をそこで止めさせる。
マイン機がコクピットを焼かれるまで彼らが追い続けていたトラキアMS隊の隊長機が、ハフナー小隊の一機の背中に組み付きながらビームサーベルの発振部を押しつけると同時に、ビームスプレーガンの銃口をもう一機にも突きつけていた。ロックオンされている。
『それ以上続けるなら、二機とも後を追ってもらうぞ』
『こっ……こいつ、いつの間に……!?』
一瞬にして攻守を逆転させ、同時に二機を手玉に取ってみせた敵機から放たれてくる強烈な殺気に、二人は戦慄する。
だが、そうしてトラキアMS隊の四機中三機までが側を離れてしまっては、最後までジオン残党MSの防備に残っていたロブ・サントス伍長のジムⅡ一機だけで、シェンノート小隊の三機を相手取ることなど不可能だった。
『うぅ、うう……っ』
『はいはい、ごめんなさいね、通していただきますわ』
シェンノート小隊の二機が今度こそ露骨にビームライフルの銃口を向けて、単独のロブ機を圧倒しながら下がらせる。そして小隊長たるリアンナ・シェンノート少尉のヌーベルジムⅡは悠々と、ワイヤーで縛り上げられたジオン残党MS三機の元へたどり着いていた。
「な、なんや!?」
思わず身を固くするドッツィの眼前で、全天周モニターにジムⅡパイロットからの通信窓が開く。装甲経由で信号を通して、二機の間だけで交わす接触回線だ。
『あら、素敵なおじさま』
そして飛び込んできたのは、柔らかな優雅さを感じさせる少女の声と、ヘルメットのバイザー越しに繊細なウェーブを描いて揺れる明るい前髪、興味津々に彼を見つめる愛らしい大粒の瞳だった。
『リアンナ・シェンノート少尉と申します。エゥーゴの者ですの。ザクⅡのおじさま、あなたが『キャリホルニヤの悪夢』なんですの?』
「……おっ? お、おお……なんや、えらい別嬪さんやな。わ……ワシこそが『キャリホルニヤの悪夢』ドッツィ・タールネン少佐や!」
『あら! やっぱりあなたでしたのね、おじさまっ!』
バイザー越しに頬へ小さな掌を寄せ、八重歯を見せて花咲くように笑う美少女。地獄に垂らされた天国への糸を見るような目で、ドッツィはリアンナを見つめた。
『タールネン少佐。エゥーゴがあなたがたをお助けしますわ』
「お、おいっ!? な、なんやて……えうご!? 助けに……!? 釜茹でにする、の間違いなんちゃうんか!?」
『釜茹で? お料理の名前かしら?』
リアンナは宝石のような瞳を瞬かせて小首を傾げ、それからまた笑顔で話を再開する。
『私たちエゥーゴは、宇宙移民を弾圧する地球連邦政府の今のあり方を正そうと集まった正義の武装組織ですわ。構成員には連邦の軍人もおりますけれど、元ジオン兵も多くおりますの。
おじさまのような、たくましくて、雄臭くて、男らしいジオン残党勇士の方なんて、……ああ、……素敵……。もう身も心からも大歓迎させていただきますわ』
「だ……っ、だい、かん、げい……っ」
屈託のない美少女の笑顔に、まともな女っ気のない生活が続いていたドッツィは生唾を飲む。よからぬ妄想が脳裏を走り始めたところで、ドッツィはそれを思い出した。
彼らを今のこの状況に叩き込んだ元凶、あのジムⅡを。
「せやけど、アカン! この連邦軍の、スプレーガン持ちだけはアカン!! あいつ一機で……っ、ホンマにあいつ一機だけで、一個中隊並みの戦力がありよる! アカン! あれは、人間業やない!!」
『スプレーガン持ち、ですか……。ええ、承知しておりますわ。他にも、かなり腕の立つパイロットがいるようですわね』
言いながら、リアンナは彼女の僚友をビームサーベルの直撃で殺したジムⅡを見る。
新型に換装された主機出力をはじめ、総合性能では確実に標準型ジムⅡを上回るはずのヌーベルジムⅡを駆ってあのマイン・ハフナー少尉が挑み、そして彼女の土俵であるはずの格闘戦で、見事に完敗した。
彼も言う『スプレーガン持ち』だけでなく、間違いなくあのジムⅡも強敵だろう。
『ですが――もう、詮無いことですわ』
「い、いや、アカン! あのスプレーガン持ちだけはホンマに、なんとかせんと絶対アカンて!! 逃げられへん! 殺られてまうっ!!」
『だって。あの方々が出てきてしまわれたんですもの』
どこか冷めた口調で言い放ち、そのスプレーガン持ちのジムⅡへと、リアンナは視線を上げる。
いつの間にか、その二機のMSは出現していた。
一機は重MS。見慣れない型式のバズーカを装備し、その重厚なフォルムはリック・ドムを彷彿とさせる。だがモノアイは可動レールを持たない固定式のようで、それがこの新奇な重MSに独特の印象を与えていた。そしてその背にはさらなる高機動性を誇示するかのように、巨大なバインダー付きのバックパックが屹立していた。
そしてもう一機は、いま撃墜されてもはや漂流するばかりとなった機体へと、まっすぐに向かっていく。
先ほどまでのMS隊が装備していたものと同じ、ジム・コマンド系の角付きシールドと、標準型のビームライフルを装備している。
頭部のゴーグルアイや細身の体型はジムの系譜に連なるMSとも見えるが、しかし連邦軍がこれまで開発、配備してきたいかなるジム系MSとも異なる意匠を備えていた。
いずれも完全に新開発の新型機か、と醒めた目で見るマコトのジムⅡ22へ、その重MSのほうが向き直って通信を入れてきた。
『貴官がトラキアのMS隊長ですか?』
『そうだ。貴官は』
『私は戦艦ジャカルタのMS隊長、ベリヤ・ロストフ大尉と申します。先ほどはジムⅡの部下が無様なところをお見せしてしまい、たいへん失礼をいたしました』
『……自分は巡洋艦トラキアのMS隊長、マコト・ハヤカワ准尉であります』
すでにジオン残党のMSへとエゥーゴのMSが取り付くのを許してしまった時点で、実質的にこの場の決着は付いてしまっている。
あとは、落としどころをどこにするか、だけの問題でしかない。
素直な謝罪を寄越してきた相手方のMS隊長に、無感動な調子でマコトは応えた。
『ジムⅡは枯れた技術で構成された、信頼性と整備性のきわめて高い機体です。それがこうも簡単に機体トラブルを起こすなど、通常ではあり得ない話だと思いますが』
『MS隊を率いる者として、実に耳に痛いお言葉です。我が隊のジムⅡは独自に改修を加えたところが多く、それが仇になってしまったのやもしれません。
ですがハヤカワ准尉、今回はこちらの払った犠牲に免じて、この『事故』にはどうか寛大なるご容赦をいただきたい』
ロストフ大尉と名乗ったMS隊長の言葉を強調するように、彼とともに現れていた新型のジム系がコクピットを灼き貫かれたままのMSに近づき、無残な破壊の跡を確認するように寄り添った。
『かなうならばこれ以上の無用な血が、双方の間で流れることのないように願いたいものですが』
ジオン残党MS群をがっちりと保持し、自らの艦へと収容していく三機。マコトに一度は阻止されたとはいえ、なお殺気立ったままの二機。
そして、マコトの目の前の新型二機。
『その点については同意します』
『准尉のご理解とご厚意に、心より感謝の意を表させていただきます』
重MSの背後を新型戦艦へ向けて、三機の小隊に護衛されるようにしながらジオン残党のMSが収容されていく。トラキア隊はただそれを見守るしかない。
その略奪など見えてもいないかのような明るさで、ロストフがマコトへ呼びかけてきた。
『ところで准尉は、本当に素晴らしい技術を持っておいでだ』
『単に古株というだけです。ボールとジムにしか乗ったことがない。今の新しい技術にはついていけませんよ』
世間話のように柔らかな口調で切り出しながら、ロストフ大尉はマコトの心を探るように言葉を重ねる。
『ご謙遜をなさる――ハヤカワ准尉。その力、真に宇宙移民のために用いるお心はありませんか?』
『今も連邦軍人として可能な限り、日々連邦市民のために奉仕させていただいております。自分にはこれが精一杯ですね』
『僭越ながら私は、あなたにはもっと相応しい舞台があると感じるのです。時代のスポットライトを浴びる場所が。
――これからの時代、世界は大きく荒れます。そのときあなたのいるべき場所は、そこではないのではありませんか?』
不意に真剣さ一色に染まったその問いかけを、マコトは鼻で笑いとばした。
『大尉。それではまるで、地球連邦に弓を引け、と唆されているかのようにも聞こえてしまいます。誰が聞いているかもわかりません。それは私とあなたの間だけの、ここだけの話にしておきませんか』
『なるほど。今はまだ……というわけですね』
『いえいえ。なにぶん、今の配置がなかなか居心地いいものでして』
それきり言葉を切って黙るマコトに、ロストフは心底楽しそうに弾んだ声で言い出した。
『残念です。本当に残念です。いや、しかし――あなたとお会い出来て、本当に良かった。あなたのような強者がおられることを知っただけでも、ここまで来た甲斐があったというものです』
『…………』
その手放しの賛辞に対して、マコトは一言も返しはしなかった。
ロストフ大尉と名乗った男の言葉の裏に、どこか首筋にまとわりつくような不快さが潜んでいるように感じられてならなかったのだ。
『それでは、我々はこれで。ハヤカワ准尉、トラキアのご武運を』
『ええ。ロストフ大尉、ジャカルタのご武運を』
そしてロストフ大尉の新型重MSは、鮮やかな旋回を見せてマコトの前から後退した。
ハフナー小隊で生き残った二機は、新型ジム系に引かれながら母艦への進路を取る、自分たちの小隊長機へと近づきたそうにしていた。
だが戻ってきたロストフの重MSからなにか通信を受けると、進路を変じて距離を開き、右舷カタパルトへと進路を取っていった。
『……本件に関しては後日、環月方面軍に対し正式に抗議する』
『ええ、どうぞ。上級部隊を通じて、正規の書面でお願いする』
感情を噛み殺して吐いたリドリーの言葉に、ジャカルタ艦長が余裕を漂わせながら応える。
『ああ。それから――貴艦の航海の無事を祈る』
あざ笑うように定型句を置くと、トラキアの目の前でMS隊を回収し終えたジャカルタは悠然と回頭し、そのまま高い加速力を見せつけるようにして離れていった。
『……生き……残った……のか……?』
『なんだったんだ……この戦いは、いったい……』
ロブとシュンが惚けたように呟く。
『22より各機。我が隊の任務はまだ終了していない。警備会社MS隊の救難作業を支援し、リバティ115に接触する』
『24、了解』
『23、了解……』
『25。了解か?』
『……25、了解』
他の二機からだいぶ遅れて、アイネは半可な返事を寄越した。
コクピット内のアイネは無言のまま、ノーマルスーツのグラブ越しに自分の掌を見つめている。戦艦ジャカルタとそのMS隊の気配が遠のいてから、もう、ずっと。
そこに何か、見えない染みでも付いているかのように。