※この作品はR-18です。

フェニックステイル   作:KY_PT

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第十一話 ティターンズの靴音

『スコット――スコット! 大丈夫か!? ああ、もうダメかと……っ!』

『う、うう……っ、班長……? ああ、そっか。あのときザクに吹っ飛ばされて……。にゃろめぇ……。ジオン野郎にゃ技術や経験と機体性能で負けたって、気合と根性だけは負けないつもりだったんッスけどねぇ……』

 ジオン残党兵のザクⅡに人質に取られていたボールが警備会社の半壊したジムに引き渡されると、警備班長は自身の負傷も構わずに飛び出し、ボールのハッチへ飛びついてきた。

 そしてハッチを開放するとその幼い声の女性パイロットを抱き起こし、直接にその無事を確かめたのだった。

『ボールのパイロットは無事だったようですね。何よりです』

『ああ。本当に、救援を感謝する……本当に、本当にありがとう』

 そのフレームの歪んだボールを送り届けてきた、自らもボロボロの見た目になっているジムⅡ22のパイロット――マコト・ハヤカワ准尉は感極まった警備班長に、あくまで淡々と返答した。

『いえ、何。古いジム乗りの間には、ボールは友達、という箴言がありましてね』

『?』

『宇宙に出てボール乗りが困っているのを見かけたら、他部隊だろうが何を置いても助けに行くものだという不文律があったんですよ。――まあ近くのボールを助けようともしないパイロットに、ジムに乗る資格などないということでしょう』

『ボールは友達、か。うちの部隊では、その箴言とやらは聞いたことがなかったな……だが、確かにその精神は同じだった。

 嬉しいよ。七年経った今も、あの頃と変わらない本物のジム乗りに会えて』

 澄まし顔で言ってのけたマコトに、警備班長はどこか遠い場所を懐かしむような口調で答える。

 機体を中破させられ、ただ戦闘の行く末を見守るしかなかった彼は、目の前のジムⅡに乗るMS隊長がジオン残党に人質に取られた部下のボールを最後まで見捨てなかったことを知っていた。

『なに。一年戦争の後も引き際を見誤った者として、淡々と責任を果たしていくだけです』

『そうか……。そっちの作業もいくらかはこっちで手伝えると良かったんだがな』

『無理は禁物ですよ。そちらのボール隊の推進剤、もうあまり残っていないでしょう。残骸の回収はこちらで済ませておきます』

 見上げるジムⅡ22の視線の先では、配下のジムⅡ三機が緩やかにスラスターを噴かしてゆっくりと機動していくところだった。

『おらシュン! ダメコンは利いてんだろ? 片腕ぐらい上がんなくたって、残骸回収程度は出来るだろうがよ!』

『お、応急修理よりも優先ですか……!?』

『当たり前だアホ! その程度で後始末もせずに皆より先に一息つこうって甘えてんなら、後で修正ブチかましてやっかんな!?』

 半ばヤケクソ気味で指図するロブ・サントス伍長に押されるようにして、シュンのジムⅡ23とアイネのジムⅡ25は戦場跡の宙域に散らばるデブリの回収作業に駆り出されていた。

『クライネ伍長もだ! 裏切りエゥーゴ野郎の一機やそこら仕留めたからって、それで任務は終わりじゃねえんだよ!』

『あっ、……はい……』

 環月方面軍を名乗ったエゥーゴ戦艦《ジャカルタ》とその艦載機部隊が完全に去ってからというもの、どこか様子のおかしい新参の後輩もロブは平等に叱責した。

 それには単純に目の前の仕事を手早く終わらせたいということの他に、自分たちを差し置いて撃墜数一を稼いだ新参者の増長を牽制するという意味合いもある。

 だがロブは同時に、彼女のことを気にかけてもいた。

「困るんだよな。そういつまでも、腑抜けられていちゃあよ……」

 ちょっとした呼びかけにも反応の鈍さが見え隠れする今のアイネの様子は、明らかに戦闘までとは違っていた。

 戦闘で受けたショックの影響など考えなくても分かる。気合いを入れ続けてせき立てることで、抱えた傷を少しだけでも忘れさせてやる必要があるはずだった。

 気持ちは分からなくもない。

 あからさまに地球連邦の敵でございますと顔に書いてあるようなジオン残党軍が相手ならまだしも、敵は仮にも同じ地球連邦宇宙軍を名乗りながら、多少の改装が施されていたとはいえ同じジムで襲ってきた。あくまで表向きには『事故』の体裁を装いながら。

 そんな相手を返り討ちにして撃墜したところで、後に残るのは何とも言いようのない後味の悪さだけだ。

 敵味方の別すらはっきり分からない曖昧な相手との、どこまでを『戦闘』として、そしてどこまでを『事故』として扱うべきかも分からない曖昧な接触。

 それは教範で学んだ国家の正規軍同士による正面衝突たる一年戦争や、その後に繰り広げられてきたジオン残党勢力相手の対ゲリラ戦とも異なる、まったく新しい形態の戦闘だった。

 地球連邦の内部から反乱分子を集めながら、各地のジオン残党をも併呑し、ますます勢力を強めて台頭しつつあるという反地球連邦組織エゥーゴ。それは今まで敵として想定してきたジオン残党組織とは、まったく異なる敵だ。

 今回の事件はトラキアにとって、ほんの始まりに過ぎないのかもしれない。

 自分が先の見えない新しい時代の入り口へ押し出されつつあることを否応なしに思い知らされ、ロブは深い溜息を吐く。

「せっかくとっ捕まえた残党連中は奴らに持って行かれちまったが、まあ……誰も殺られなかっただけ、良しとすべきなのかねぇ……残党どもには勝てたからな」

 先手を取って猛攻してきたリック・ドムとの、苛烈な射撃戦の記憶が肝を冷やす。巧みな先制攻撃で分断されながら接近戦に入った末、シュンとの二人掛かりでようやく撃破に成功したが、相当に手強い相手だった。

 自分たちがそちらに気を取られていた間に突入してきたザクⅡとドラッツェは、マコトとアイネが撃破していた。こっちの敵が弱かったのか、それともあの二人が強かったのか。

 後者だろうな、とロブは思う。

 人質を取ってからの不意打ちで至近距離から降り注いできた、集中射撃の弾幕をあっさりと凌いでリック・ドムを斬り捨てたマコト。

 凶暴な操縦でシュンを手玉に取って追いつめていった敵改装型ジムの真正面へと飛び込むや、ビームサーベルでコクピットを一突きにして仕留めたアイネ。

 元からその実力に底知れないところがあった美人小隊長はまだしも、新参の可憐な美少女までが並外れた反応と戦果を示してみせた。

 会ったばかりの印象では、少し内気で控えめな感じのする、やや地味な感じながらも素晴らしく可愛い――それもパイロットスーツの胸を激しく突き上げて自己主張する、すこぶるつきに大きな乳房が魅惑的な美少女だった。

 そんな彼女に目の前で死なれていれば、たいそう寝覚めが悪かっただろう。

 だが逆に、アイネがあの難しい局面で果敢に動いてシュンを助けながら、同時にエゥーゴのMSを瞬時に一機撃墜したという事実も、ロブを悩ませるには十分すぎた。

「勘弁してくれよ……」

 今のロブはアイネに対して、どう声をかければいいかが分からない。

 シュンを助けて敵機を撃墜したことを、素直に称えるべきか。

 そのため勝手に持ち場を離れた結果として、苦労して捕獲したジオン残党のMSをエゥーゴに奪わせてしまったことを咎めるべきか。

 半分は連邦軍らしいエゥーゴなどというわけの分からない敵のパイロットを殺したことについて、思い悩んでいるかもしれない彼女に何か慰めの言葉をかけるべきなのか。

 シュンに対しても同じだ。とにかく生き残ったことを労うべきか、よその部隊から新参してきた後輩の抜け駆けなどに救われたことを責めるべきか。

「――くそっ、……」

 それらすべてを先達として背負い込むには、ロブ・サントス伍長はまだあまりにも若すぎた。

 バイザーを上げると、両手で思い切り自分の両頬を張った。かっと目を見開き、再開した回線へ向けて叫ぶ。

『オラオラ、ボサッとしてんなテメーら! とにかく拾える部品はぜんぶ拾う! それがジオン残党の手がかりにもなるし、俺たち自身のためにもなるんだよ!』

 だから今のロブは、とにかくわめき散らして二人を追い立てていくしかなかった。彼が今ある現実の重さを忘れさせてやりたいと思っている相手は、二人の後輩だけではないのだ。

「よっ、と……」

 そんな彼らがジムⅡのマニピュレータを駆使して拾い上げていくのはもっぱら、先ほどの戦闘で情け容赦なく引きちぎられたジオン残党MSの残骸だった。

 当のパイロットたちの身柄をエゥーゴに奪われてしまった今、それら遺棄されたMSの残骸だけがジオン残党組織に関する数少ない手がかりである。収拾し分析する必要があった。

 出来あがったばかりのめぼしいデブリを次から次へと回収しながら、ロブが回線にため息を吐く。

『しかし、くそ、けっこう爆発して細かくなっちまってんのが多いな……これじゃ大して銭にもならんぜ』

『えっ、……銭?』

 ロブの愚痴を聞き咎めて、思わずシュンが聞き返す。苛立ちまぎれにロブが吐き捨てた。

『たりめーだろ馬鹿。こちとら慈善事業やってんじゃねーんだからよ。ただでさえ上からの予算も補給も渋くなってるところに、自前の持ち出しだけで任務続行してられるほど今の連邦軍は甘くねーんだよ。

 トラキアの格納庫で整備班が中心になって奴らの残骸から搾り取れるだけの情報を搾り取ったら、使えそうな部品はバラして取り置き、あとはジャンク屋に流してポッポナイナイよ』

『で、でも、本気でジオン残党組織の情報を取るなら、艦の格納庫なんかより、もっと設備の整った後方の施設へ回して見てもらった方がいいんじゃ……』

『だからそれじゃあ、俺らがただのタダ働きになって終わりだろうが! ンなきれいごとだけで部隊は回んねえし、トラキアもジムⅡもマトモに動かせやしねえんだよ!』

『えっ、えええ……っ』

 シュンは思わず顔面を引き攣らせながら、視界の端で淡々とデブリを集め続けるアイネ機を捉えていた。操縦者の感情を感じさせない、その淡々とした機械的な挙動を。

 自分を守るために命がけで前へ出てくれた彼女が、その結果、勝利と引き替えに何かしらの傷を負ったことはシュンにも分かる。

 いま思い出されるのは、愛機ジムⅡ25を申し送りながら奪われたとき、最後に直接会ったときの、ひとり頑なに自分の殻を閉ざそうとする少女のどこか悲しげな俯き顔だった。

 あの少女が、自分を守ってくれたのだ。

 一度は衝動と欲望のまま、彼女を傷つけ辱めようとした自分を。

 彼女のために、自分に何が出来るのだろうか。

 いくら思考を巡らせても、思いに答えは出そうになかった。

 

 

 

「ジムⅡ24、サントス伍長より報告。残骸回収作業、五分以内に終了の見込み」

「甲板班、カタパルト甲板上にドラケンで展開完了。いつでも残骸受領可能です」

 トラキア艦長席のリドリー・フランクス大尉は、もはや傍目にも分かるほど不機嫌な表情のまま、小声で次々と入ってくる報告を無言で受けていた。

 エゥーゴ戦艦ジャカルタの反応がトラキアのセンサーで追えなくなって三十分後、リドリーは艦内の配置レベルを引き下げていた。非直だった乗員の多くは自室や食堂、酒保などに引き上げている。

 だがトラキア艦長の表情だけは、未だに厳しいままだった。むしろジオン残党やジャカルタとの接触中よりも、今の方が話しかけづらい雰囲気を醸し出しているほどだ。

 艦長席前の艦橋主モニターへ大映しになって出ている、リドリーの上官――第223戦隊司令リード中佐とのレーザー映像回線が、今の不機嫌さの元凶だった。

『おう、いまデータの受信が終わったようだ。しかし、そうか。こんな辺境にまでとうとうエゥーゴの艦が来たか、リドリー』

「ええ。しかもデータにない新型戦艦です。マゼラン改よりでかいうえに、MSデッキとカタパルトを三組も付けていました。MS格納庫も相当大型のようです。今回出してきたMSは八機だけでしたが、中にはまだ隠し玉をしこたま仕込んでいたでしょう」

『ほぉ……マゼラン改よりでかいと来たか。アレキサンドリアよりもか?』

「あれとは同格でしょうね。艦載機のほうもデータベースにない新型ばかり、三機種を確認しています。こちらで拿捕したジオン残党勢力の奪取を狙って、『事故』の体裁を装って仕掛けてきたところを一機、返り討ちにしてはいますが――」

『ほう、エゥーゴの新型機を返り討ちに? あのきれいどころがやったのか?』

「いえ、例のアバリスから拾った新人です。さっそく良い働きをしてくれました」

 リードの言う『きれいどころ』がトラキア乗員でも最古参の部類に入るMS隊長であることは容易に想像できたが、リドリーはいつにも増しての仏頂面で上官の憶測を否定した。

『ン? なんだ、そうなのか……しかしアレだな。お前のところのハヤカワ、大ベテランの割に戦果はいまいち振るわんな。あれだけ実戦経験があって、いまだにシングルエースにも届かんのではな。

 それでも今までここで生き残っているからには、そうセンスがないわけでもないのだろうが。惜しいな。あれでもっと撃墜数を出してくれてさえいれば、うちの艦にでも呼んでやるんだがな。少なくとも目の保養にはなる』

「ハハハ。司令、ご冗談を」

 リドリーは口元だけで乾いた笑い声を上げる。目は笑っていない。額に立った青筋は制帽の陰に隠れて見えないはずだ。

「いずれにせよ……エゥーゴの戦力は、きわめて強大です。あれと本気で戦うとなれば、本艦独力では不可能です。戦隊の総力を挙げる必要があります。全艦を結集して一気に叩くべきかと」

『リドリー。戦隊の現状は知っているだろう?』

 話題を戻してきた部下に、リードは呆れたように言葉を吐いた。

『戦隊は今の任務だけ、暗礁宙域の面倒を見ながら、ジオン残党どもの相手をしてやるだけで手一杯だ。このうえエゥーゴなんて余計な連中まで始末に負えるか』

「……しかしエゥーゴは明らかに、ジオン残党勢力との連携を図る姿勢を見せています。早急に叩かなければ、ここを連中の根城にされる危険すらあります」

『いいから落ち着いて話を聞けよ、リドリー。誰も手を打たんとは言っておらんだろうが』

「……と言いますと?」

『古来より、毒を制すには毒を用いるが常道だ』

 主モニターで、リードは笑みを深める。

『エゥーゴが来たって? 大いに結構なことじゃないか。これでこちらも大手を振って、あの連中を呼んでこられるってものだ』

「まさか、……司令……」

『《ティターンズ》に通報した』

「…………」

 リードの唇が歪み、リドリーの口許が引き攣る。

『情報提供に感謝する、とよ。ただちに部隊を寄越すそうだ。これで戦力の件はクリアだな、リドリー?』

 ティターンズ。

 デラーズ紛争後、ジオン残党勢力の掃討を目的にして地球出身者によって編成された特殊部隊。

 その規模と権能は拡大の一途を辿り、今や押しも押されぬ地球連邦軍中枢のエリート集団と成り果てている。

 そして、宇宙居住者への理解に乏しい地球出身者の将兵がしばしば宇宙で乱暴狼藉を働きがちなことや、あたかも組織そのものがスペースノイド全般へ敵意を向けるかのように振る舞っていることも、リドリーは知っていた。

「司令、……毒蛇を家に上げると仰せですか……」

『おいおい、人聞きの悪いことを言うな。単に時流を読んだだけだ。ティターンズは間違いなく、これからの連邦軍の主流になる。なら、今のうちに顔を繋いでおいたほうがいい……なあ。俺たちにも、ようやく運が向いてきたと思わないか?』

 口の中が急激に乾いていくのを感じながら、リドリーは楽しげな上官をただ血の気の引いた能面面で見つめている。

『そうそう、そっちから頼まれたデータも転送してやったし、もうすぐ補給のほうも届くはずだ。忙しくなるぞ、リドリー。ルナツー時代を思い出すな?』

 二人は一年戦争当時、ルナツー艦隊に所属するサラミス級巡洋艦の若手艦長としてともに『ルナツー冬の時代』を戦い抜いた先輩後輩の間柄だった。

 多数のMSを擁する圧倒的に優勢なジオン艦隊相手に、ノーマルスーツの白兵戦まで繰り出しながら死力を尽くしてゲリラ戦を挑んだ、悪夢のような日々。

 多くの敵を殺した。だが部下も大勢が死んだ。敵も味方も関係なく、誰も彼もが虫けらのように。二度と思い出したくない。

『たかが中尉と新品少尉ごときが、いきなり巡洋艦を任せられたんだ。あんなこと、平時じゃ絶対にあり得なかったよな。

 また今度も来るぞ、ああいうでかい荒波が。もう乗るしかない。乗ってあの後、俺たちを追い出しながらルナツーに居座ったような連中を見返してやるのさ――俺もお前も、こんな辺境でこのまま朽ち果てていいタマじゃないんだからな』

「……万全の、準備を……整えておきます」

『頼むぞリドリー。また追って連絡する』

 楽しげに笑い、リードが回線を切る。数秒の沈黙のあと、コンソールを叩く拳の音が艦橋に重たく響いた。操舵士の青年や通信士の娘らが遠巻きのまま、ちらちらと艦長の様子を窺う。

「エゥーゴに、……ティターンズだと……?」

 砂鉄のような言葉を吐き出す。

 主モニターの映像回線が切られて数分が経っても、リドリーはなお凄まじい眼光のまま、そこを撃ち抜くように睨み据えていた。

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