「……いやぁっ!!」
アイネの身体が跳ね上がる。
全身にぐっしょりと汗をかいた彼女が目を覚ますと、マコトの寝顔が正面にあった。
「……!?」
とたんに心拍数がさらに大きく跳躍する。アイネは固定ベルトの下で、布団をぎゅうっと抱きしめながら身を縮こめた。
いまアイネが身を起こしたベッドはマコトの部屋の、その本来の主が普段使っているベッドの対面側――つまりは天井部分に臨時で取り付けられている。だからそこからほんの二メートルばかり先の正面に、安らかな寝息を立てる凛とした東洋系美女の寝顔が覗けるのは当然のことだった。
出撃から帰投して一連の残務処理を終え、自分がこの相部屋へ戻って就寝したときにはまだ一人だったから、マコトはその後に仕事を済ませて戻ってきていたのだろう。
「ハヤカワ、准尉……。…………。……夢?」
アイネはタンクトップの下で、すべやかな肌の下に張りつめたしなやかな腹筋に沿って、その両手を自らの胸に高くそびえる巨大な二連峰へと登らせる。
「ん、ふう、……っ」
両手でそっと揉みほぐしてみた、ブラジャーのない裸のままの胸も……ちょっと張ってるし、先っぽ堅くなっちゃってるけど……ふつう。このぐらい、まだ、ふつう。たぶん。強弱をつけながら何度か握ってみても、母乳なんか出たりしないし。
「……夢、かぁ……。……だよねー……」
そして少女は、そっと安堵の息を吐く。
だが股間に手をやって下着の内側を確かめたとき、アイネは水音の淫靡な響きを聞いて頬を染めた。甘いうずきが身体に響く。
「う、うわ……っ。なに、これ……」
その手を眼前に戻してみると、ぐっしょりと秘裂を濡らす自らの愛液の量だけは悪夢の中で見た通りで、アイネはうめいた。
「な、なんなんだろ、これ……。私……欲求不満になっちゃってるのかな。昨日も、……カーペンター伍長に、……ガルノフ軍曹……別々の男の人と二回も、あんなにいやらしいこと、……したり……されたり……しちゃったから……。ちょっと、変になっちゃってるのかな……」
自分で言った拍子に、アイネは再び枕を布団ごと抱きしめる。吐き出した独り言を追いかけるように、身体の内側から一気に熱が噴き出してきた。
肌も露わな薄着のまま自ら襲いかかって押し倒し、積極的に頬張った堅く反り返った同僚少年のペニス、腔内へ吐き出されてそのまま飲み下した粘る精液の味とにおい。
裸の乳房を揉み吸われたうえ、その凶悪な男根を力ずくで無理矢理に挿入されそうになった処女喪失の危機。
閉ざされた逃げ場のないコクピットの中で男の巨体に覆い被さられ、ごつい掌でパイロットスーツ越しに熱を帯びていく身体中をまさぐり、全身を弄ばれた記憶。
脳裏に甦ってくるそれら淫らな快楽と恥辱の奔流が、アイネの顔面を真っ赤に染める。枕の奥深くまで埋め込みながら、彼女はうめいた。
「あ、あああああ……。やっぱり、私、もう、死にたい、……かも……なんで私、あんなこと……最近こんな……こんな……」
そうだ。そもそも自分は昨日から変だった。
初めての部隊配属、初めての哨戒任務、初めての実戦、そして初めての被撃墜と初めての部隊全滅――そして記憶にない初めての緊急機外脱出と、初めての宇宙漂流。
《大ジオン仏道》のゲルググに撃墜されて気絶する直前の記憶は、脱出も出来ずに機体を捕らえられたままビームナギナタでコクピットを刺し貫かれ、灼かれていくパイロットスーツなどというとんでもない情景で終わっている。
バカバカしいにもほどがある。本当にそんなことがあったのなら自分の肉体はとっくに蒸発して、希薄なガス雲になって冷たい宇宙を漂っているはずだ。
どこで自分の記憶にこんなふざけた場面が紛れ込んできたのか分からない。きっと脱出装置の作動時に気絶したあと漂流しながら見た悪夢があんまり鮮明だったので、さも現実に体験したことかのように記憶にまで焼き付いてしまったのだろう。
ひどい夢は実際に体験した事実であるかのように、現実の記憶にまで焼き付いてしまうのだろう。きっと、そうだ。
そう結論を出して、アイネは再び眉根を寄せた。
では今見た夢も、記憶に焼き付いてしまうのだろうか?
自分がビームに直撃されたのに死ななかったり、わけのわからないことばかり言うジオン残党兵の捕虜になったと思ったら即座に強姦されて、そのまま妊娠して乳房から母乳を垂れ流す身体にされたり。
「むかむかする……。なんだこれ……。すっごく、……すっごく、頭に来るなあ……」
おぼろげだった夢の輪郭をたどるごとに、アイネの表情がどんどん険しくなっていく。
しょせん夢での出来事とはいえ、どうして自分がジオン残党兵などの慰み者にされなければならないのか。しかも一方的に強姦され凌辱されながら、同時に自分の内側からも沸き上がってきた、快楽の波などにも弄ばれなければならなかったのか。
腹の底からふつふつと沸き上がる屈辱と憤怒と敵意が、アイネの奥にわだかまっていた雌の劣情を忘れさせた。
「――バカバカしい! なにが大ジオン仏道だっ、今度は私が奴らを全滅させてやる!」
思考の切れ端が思わず大声で吐き出されてしまったことにアイネは驚き、ぎょっとしながらマコトの様子を凝視した。
だが、寝顔の様子に変化はない。マコトはすっかり熟睡しているようだった。
「…………」
じいっと息を殺しながら、そのまま数十秒間を見届けて、アイネはふうっと大きく息を吐く。
「……喉、……乾いちゃったな……」
身体と布団からベッドのベルトを外すと、アイネはそのまま床に降り立った。そうして部屋の冷蔵庫に向かう途中で、気配を殺しながら、引き寄せられるようにマコトのベッドに近づいた。
「…………」
その長く艶やかな黒髪と白い肌の鮮やかな対照に、ほう、と息を吐きながら、いつもの凛々しさと裏腹の可憐で無防備なその美しさを、アイネはじっと堪能した。
こうしてマコトの寝顔を見てみると、今まで見ていた強く凛々しい彼女の印象と異なり、その顔立ちがまだ幼いあどけなさを残していたことにアイネは気づいた。可愛い、と思ってしまう。その普段と今との大きなギャップに、アイネは胸をときめかせて身体を寄せる。
ああ、准尉。寝顔までこんなに素敵だなんて。一晩中でも、ずっとこのまま見守っていたい。今夜のハヤカワ准尉も、とても可愛く素敵でお美しいです。
常夜灯の下でおぼろに浮かび上がる、憧れの同性上官の寝顔にアイネは胸をときめかせる。もう少し側まで近づこうと、息を殺して忍び寄った。
「ん、――」
「っ!?」
そのとき不意にマコトが寝返りを打ち、アイネはびくんと立ちすくむ。マコトの唇が投げるようにして言葉を紡いだ。
「――エリナ……」
それきりマコトはアイネの反対側を向いたまま、いっさい言葉を発さない。
ただの寝言だったらしい。
「…………」
アイネは黙りこくったまま、その場で錆びた歯車のようにぎこちない回れ右をして、マコトに背を向けた。
冷蔵庫から静かに取り出した飲料パックでわずかに唇を湿らせると、手早く上下の制服を身につけてそのまま部屋を出てしまう。
通路に身を躍らせるとリフトグリップを掴んで、MS格納庫を目指していく。気むずかしげに眉根を寄せて通路の彼方を睨みつけながら、アイネはひとり小さく呟いた。
「エリナ、って……誰」
そんな彼女が通り過ぎていく傍らで、ドアの一つが静かに開く。
次の瞬間、そこから野獣じみた敏捷さで躍動してきた人影が通路の壁と天井を蹴飛ばしながら、思考に沈んで反応の遅れたアイネへ死角を縫って肉薄した。
「あっ!?」
そして人影はそのしなやかな四肢で、少女を捕らえて抵抗を封じる。そのまま身体を絡みつかせてきた。
「おーっ! どしたぁ、アイネちゃん! またまた表情暗いぞぉ!」
「うひいっ!?」
制服ジャケットの胸を露骨に突き上げている乳房の両方を、背後から鷲掴みに握りしめられてアイネはびくんと背筋を震わせる。見れば赤毛のポニーテールを揺らしながら、長身の女性整備兵が満面の笑みでアイネの胸を両手で揉みしだいていた。
「ウェ、ウェンディ曹長っ!?」
「くうーっ、制服越しにでも感じるこのたっぷりボリュームともっちもちのやわらかさ! コレはいいねぇ! おっきぃねぇ! ぷりんぷりんでシビレるねぇっ!」
「や、やめてくださ……っ、あ……ッ!」
アイネがこの乳房をウェンディに揉まれるのは、何もこれが初めてではない。
しかし前回揉まれたときに着ていたパイロットスーツの生地に比べれば、連邦軍制服上衣のジャケットなど薄布のようなものだ。アイネはその下にタンクトップと例のビキニトップしか着ていない。もちろんノーブラである。
ジャケットの布地を内側に崩して巻き込みながら、着衣越しとはいえ乳房へ伝わってくる指遣いは、巧みな緩急を付けながらみずみずしい乳肉を揉みほぐしていく。
「あ、んう、っ……!」
ウェンディが繰り出す女性特有の柔らかな愛撫は、頂点付近に大きく広がる敏感な暈まで触れずとも、たっぷりと厚い脂肪をまとった乳房の芯まで確実に届いてくる。アイネは思わず唇からこぼれ落ちそうになった熱いあえぎを、すんでのところで食い止める。
――きもち、いい……おっぱい触られてきもちよくなったりしちゃ、だめなのに……女の人に、こんなえっちな触られ方するなんて……ウェンディ曹長、すごく、じょうず……カーペンター伍長やガルノフ軍曹の触り方と、ぜんぜん、ちがう……。
ブラ着けてないんですから先っぽのほう触るのやめてください、と言おうとしてアイネは途中で思いとどまった。
他の女性が相手ならまだしも、ウェンディ相手にそんなことを言ってしまったら、何かもっと恐ろしいところまで――それこそ、もう取り返しの付かないところまで行ってしまいそうな気がする。
もっともウェンディにしてみれば感触からその無防備さまでを知り尽くした上で、あえて感じやすい標的を外しながら弄ぶことでアイネを焦らして楽しんでいるのかもしれない。
その表情を探ろうとして、そのときようやく、アイネはMS整備班長のあり得ない服装に気づいた。
「あ、アーデル曹長!? な……なんですか、その服!?」
「ん? あれ、言ってなかったっけ? MSだけじゃなくて、身体の整備もあたしにおまかせ! って」
いたずらっぽく舌を出しながら、ウェンディはそこでようやくアイネから身体を離して敬礼してのけた。
「ウェンディ・アーデル曹長、実は看護師免許も取得済み。トラキアMS整備班長と、衛生班員を兼務しているのであります」
「え、えええええ……」
今のウェンディはノーマルスーツでも作業服でもなく、清潔そうな医療用白衣にスレンダーな肢体を包んでいる。いっぱしの美人看護師で通るだろう。洒落のコスプレにしては手が込みすぎていた。
「そんな兼務ってあり得るんですか……?」
「いやー、一年戦争の前にはあたし看護学生だったのよ。紆余曲折あって、結局いまの整備兵に落ち着いたんだけどね。まあ、デキる女は何でもデキるってことで!」
「は、はぁ……」
ウェンディの押しの強さに思わず納得しかけたところで、そのとき通路の先の交差点から現れた影に、アイネは心臓を突き上げられるようにして立ち止まった。息を呑みながら名を呼ぶ。
「――ガルノフ軍曹」
「く、クライネ伍長……!?」
向こうも驚愕に目を見張りながら呼び返してきたのは、アイネと同じ連邦軍制服の巨漢。トラキアMSパイロットの一人である、イベル・ガルノフ軍曹だった。
昨日の格納庫での顔合わせの後、ジムⅡ25のコクピットで一人になったところへ滑り込んできた笑顔の迫力が脳裏を過ぎる。思い出してしまったそのときの感覚に、アイネはその場に凍り付いていた。
ただその姿を目にしただけでも、身体をまさぐってきた男のごつい手のひらを、それで芯まで解きほぐされていった熱までが戻ってきたかのようだった。だが、アイネはMSパイロットとしての矜持を頼みに踏みとどまって、きっと強い視線で見返した。
そして同時に、二つのことに気づく。
ガルノフの両手を覆って固定する、簡易ギプスのような何かが存在していることに。
そして昨日は自信に満ちてアイネをガンガン押しまくってきたその表情が、なぜか今は狼に追いつめられて狩られる寸前のウサギのような惨めさに染まりきっていこうとしていることに。
ああ、そうだ。そういえばあのレイプまがいの行為の最後に、私の反撃でこの人は両手を怪我したんだった。……でも私、どうしてあんな風に撃退できたんだろう?
緊張とともに戸惑うアイネの傍らからウェンディが、取るに足りないつまらない獲物を前にした狩人の冷たい瞳で進み出た。
「んんん~? おやおや、誰かと思えば……昨日の一大事に両手バッキバキにされてて肝心なときに出撃できなかった、クッソ役立たずなトラキアの動く人間粗大ゴミことイベル・ガルノフ軍曹殿じゃぁあーりませんかあ。
『MS格納庫内活動中の不注意自爆事故』ごときで唯一の存在意義が使えなくなったくせに営倉入りだけは免れて、仕事もないのにギリギリなんとか役に立つのがその粗末な大砲だけって楽しい? ねえ、今こうやって無駄に生きてて楽しい?」
一応は怪我人の相手にそこまで言わなくても……とアイネもさすがに内心で少しは同情したが、ガルノフは完全に出会ってはいけない天敵に遭遇してしまった小動物のような視線をこちらに送ってくるばかりだった。
だが同時に、アイネは軽く苛立ちもしている。
ウェンディ曹長はともかく、なんで私の方にまで怪物を見るような目を向けてくるんだろう。ひどくないかなこの人。
「うぇ、ウェンディ……」
「はぁ……? 曹長、を付けて呼びなよデコスケ野郎。もっぺん搾り尽くして干し殺すよ?」
ウェンディは殺気に満ちた笑顔のまま、アイネを抱きすくめるようにしながらその肩から身を乗り出す。少女の頬へ唇を寄せながら、ガルノフへ冷たく言い放った。
「ねぇ、イベル……もしも次、またアンタがこの子におかしな手出ししくさったりしたら、どうなるか……わかるよね? 分かってるよねぇ……?」
「ば、バッカじゃねぇの……い、言われなくたって、出すわけねぇだろ……」
精一杯の虚勢を張ってガルノフはウェンディに言い返すが、それはアイネが見てさえ一目で虚勢と見破れてしまうほどのお粗末さでしかなかった。
「じゃ……じゃあな。俺、行くところあっから」
「おう、さっさと帰れ負け犬。あくしろよ。消毒すんぞ汚物が」
尻尾を巻いた犬のように目を伏せて、そそくさとガルノフが二人の目の前を行き過ぎていく。
ウェンディの話を聞いた限り、ガルノフが自分に働いた性的行為の件に関しては正規に取り沙汰されず、有耶無耶になっているようだ。正直、アイネにとってはその方がありがたかった。せっかくの新任地で、これ以上変な噂を立てられるのはあまりに辛い。
しばらくMS操縦もまともに出来ないだろう両手の怪我に加えて、ウェンディからのこの仕打ち、そして本人の情けない態度を見れば、彼の現状も察してやれる。さすがに気の毒でもあり、まあとりあえずは許してやるか、という気分にならないことはなかった。
ガルノフの背中が完全に交差点の向こうに消えていくまでを見送ると、ウェンディは今までの殺気をまるきり嘘のように消した笑顔をアイネに向けた。
「さっ、アイネちゃん。気を取り直して、いっしょに行こっか」
「ひゃっ……!?」
ウェンディはさりげなくアイネを腿から制服越しにそっと愛撫しながら、彼女の腰を優しく抱き寄せてくる。やや中性的な端正さのある顔に頼りがいのある笑みなど浮かべられてしまうと、アイネは自分が分からなくなりそうになって、頬を染めながら目線を逸らした。
「ど、どこへですか……?」
「ん……? そんなの、決まってるでしょ……全部あたしに言わせるつもり?」
「な、なにを……!?」
だ、ダメだ。このままこの人と一緒にいたら、自分はどこかおかしな方向に落ちていってしまう。
私はノーマルなのに。オールドタイプなのに。ニュータイプじゃないのに。さっき一瞬、おかしな光が見えそうになった。変な方向に目覚めてしまう。
このまま流されていては、ダメだ。
「あ、あのっ」
「ん?」
アイネは意を決してまなじりを上げた。腕の中から身を翻すと、決然と向き直ってウェンディへ告げた。
「私、今からMS格納庫に行きますっ。昨日帰投した後、機体をほとんど整備班の人たちに任せちゃいましたから。今のうちに、自分でも機体の状態を確認しておきたいんです」
「おー、えらいね」
にっこりと微笑みながらアイネの宣言を受け止めた、ウェンディの表情に邪気はない。こういう顔をされてしまうとウェンディのことが頼りがいのある優しい先輩に見えてしまって、アイネは若干鼻白む。
「でも、アイネちゃん、さぁ。機体の整備状態がパイロットにとって大事なのは間違いないけど……もっと大事なこと、忘れてるんじゃない?」
「……もっと大事なこと?」
「うん。アイネちゃん自身のこと。漂流後のちゃんとした健康診断、まだやってなかったでしょ」
「……あ」
言われて初めて、アイネはウェンディの服装の意味に気づく。
自信に満ちあふれた美しい肢体を包む白衣もナースキャップも、単なる気まぐれなコスプレではなかったのだ。
「アイネちゃんはMS戦の後に機体を撃墜されて、ポッドどころかスーツまで破損しながら身体一つで宇宙を漂流してたんでしょ。大事になる前に、悪いところないかちゃんと見ておかないとね」
そうだ。トラキアに救助されてから今までの時間の密度が濃すぎて忘れていた。あんな状況を経験したからには、健康診断は不可欠なはずだ。幸い前回の出撃は無事に済んだが、万が一、次回の出撃中に人事不省にでも陥ったりしたら取り返しがつかない。
「じゃあ、いくよ~!」
「……は、はい!」
「よしよし」
ウェンディが改めて元気よく宣言しながらアイネを誘うと、今度はアイネも素直に従った。リフトグリップを掴んで二人で同一方向に流れていくと、医務室へはすぐに到着した。ウェンディがロックを開けてアイネを内部へ先導する。
「本当は昨日のうちに、これも済ませておきたかったんだけどさ。艦長の面接とか、貨物船襲撃事案とかでアイネちゃんもこっちも忙しくて、まだそこまで手が回らなかったのよね。だ、か、ら――」
「えっ?」
ウェンディはにっこりと微笑みながら自然な仕草で手を伸ばし、アイネのジャケットからファスナーを下ろす。バストを窮屈に閉じこめていたジャケットは、それだけで簡単に内側から左右へ弾け飛んだ。
汗を吸って肌に張り付いたタンクトップの白い谷間と、透けたビキニトップの周縁までが無防備に曝け出されると、ウェンディは舌をなめずりながら獲物を捕らえた野獣の笑顔でアイネを圧した。
「今こそあたしの手で、ちゃんとした健康診断を済ませておかないとね? デリケートな肌に傷とか付いてたりしたら大変だし!! さあアイネちゃん、すべてを私の前に委ねさらけ出しなさい!」
「ギャーッ!!」
「おおっと!!」
悲鳴を上げて咄嗟に逃げようとしたアイネの退路を、再び絡みつくウェンディの体術があっさり断ち切る。
「いいじゃないのよ減るもんじゃなし! ククククク、アイネちゃん……ここまで来といてもはや隠し事はナシやでぇ……はよう女同士で素っ裸になろうやぁ……!」
「ヒィッ!?」
赤い前髪の奥で女の眼光が不気味に煌めき、アイネを捕らえた拳の中から軟質の巻き尺が姿を見せる。
「コレでアイネちゃんの気になるところはぜぇーんぶ、あたしが直接測ってあげちゃうからねぇ……?」
「ギャーッ!!」
「ククク、バカめもはや逃げられぬわ!」
アイネは涙目でドア枠を両手で掴んでその場に踏ん張ろうとするが、まったく無駄だった。ウェンディの腕力はその細身からは信じられないほどに強く、必死でこらえるアイネの指が一本、また一本と剥がされていく。
「ギャーッ!! イヤッ! イヤッ! イヤアーーーッ!!」
やがて無情にもすべての指が剥がれ落ちると、医務室の自動ドアが情け容赦なく閉じる。アイネの姿はひとたまりもなく医務室の奥に引きずり込まれて消えた。
「あーっ!! そんな乱暴はやめてぇ!! こんなの絶対健康診断じゃないですぅぅぅ!! おとうさん! おかあさーん!!」
「うひょー! こいつぁたまらんデカメロンイチゴトッピングやでぇ! んっ、ペロ……っ……、あまーい! ククククク、こりゃ十日間ぶっ通しでもおいしくいただけちゃいますわぁ!!」
「あぁっ、いやぁ……だれか、たすけてぇ……っ……」
このとき医務室の壁に耳を押し当てでもすれば、そんな悲鳴と嬌声が聞こえてきただろう。
だが密室と化したその空間で何が行われているのか、それ以上のことはもはや余人に窺い知る術などないのだった。
地球と月の中間にあるその宙域は、かつてサイド5――ルウムと呼ばれていた。
人類史上最大の破壊と虐殺が行われた、狂気の戦場。一週間戦争に続いて繰り広げられた、宇宙史上最大の殺戮劇――ルウム戦役の舞台である。一年戦争末期までルウムで残存していたコロニーはテキサスただ一基で、そのテキサスすら末期の戦闘に巻き込まれて壊滅している。
一年戦争後に発動されたコロニー再生計画に伴い、このL1点のコロニー群跡はサイド5からサイド4へと名前を変えた。
だが変わったのは、その名前だけでしかなかった。
デラーズ紛争の災禍によって生じた北米復興と地球連邦軍再建の巨大事業は、本来ならばコロニー再生計画に充てられるはずだった地球連邦政府の予算を圧迫。
そのため宙域を漂うデブリの除去も、破壊されたコロニーの移送と再建も遅々として進むことなく、かつてルウムと呼ばれて地球圏最大の栄華を誇ったコロニー群は戦禍に破壊され尽くした無惨な姿を曝したまま、八年を経た今なおこのL1点に無数の残骸を留めている。
サラミス改級巡洋艦トラキアの舷窓からその茫漠とした暗礁宙域をひとり見つめていたマコト・ハヤカワ准尉は、その静かな通路へ近づく人の気配に顔を上げた。
「ヤッホー、マコト。診断結果を持ってきたよん」
現れたのは白衣に身を包んだMS整備班長、ウェンディ・アーデル曹長だった。
「結果は?」
「うん、この艦の設備で分かる範囲内では異常なし。アイネちゃん、やっぱり至って健康体だね。このまま普通にパイロット勤務続けてもらって問題なさそう。
ただあたしとしてはどちらかというと、こちらの凶暴すぎるわがまま3サイズの方が気になりますなあ……ってか何なのよ、何これ本当にどうなってんの? いくらなんでもおかしいでしょ、何食ってどういう風に育てばこんな風になんの? ニュータイプ? ニュータイプなの??」
「別にニュータイプでもオールドタイプでも、彼女に健康上の問題さえないならそれでいい」
途中から露骨に目の色が変わっていたウェンディの報告を、マコトが醒めきった目でカルテを奪って断ち切った。自分で直接目を通していく。そして定型通りのカルテには記載項目のない部分を、真っ先に質問した。
「……ウェンディ。彼女、膣内は――」
「ん、だいじょーぶ。きれいなもんだったよ。まだ処女だったし、他にもちゃんと調べたけど、シュンのもガルノフのも悪い虫はいっさい出てこなかった。結局あの二人とは、ほんとに挿れられちゃう前に終わってた、ってことでいいみたいね」
「不幸中の幸いだな。だが逆に言うなら、彼女は男を食えずに不完全燃焼のまま、ということでもある。しばらくは『燃え滓』を抱えたままになるかもしれない。当分の間、おかしな行動をしないよう見守る必要がある」
「じゃあいっそさあ、マコトが自分であの子を『完全燃焼』させてあげればいいんじゃないの? あの子ってマコトにはすっごい懐いてるから、マコトが誘えば自分で勝手にパンツ脱ぐよ。そのための相部屋、なんでしょ? 行っちゃえ行っちゃえ~。このままほっといたらアイネちゃん、当分やらしい夢に毎晩うなされ続けるぞ~」
「当面の危機が去ったのなら、わざわざ彼女に私との女同士を教えるつもりなどない」
含み笑いを送ったウェンディを、マコトは無愛想に突っぱねた。
「なんだよ、つまんないなー……ま、いいや。他の数値も正常だし、多少は残ってるかもしれないけど、例の『熱』はひとまず峠を越したと見ていいんじゃない? あとは普通にしてさえいれば、身持ちも固そうな子だし……しばらくの間、妙な男におかしなことさえされなければ、すぐにデキちゃうようなことはないと思うね」
「分かった……。まあ、いい。何とかするさ」
ウェンディのその報告で少しばかり安堵したかのように、マコトは他の項目に目を通していく。いつも通りの怜悧なその美貌を眺めながら、ウェンディはにっこり微笑んで話しかけた。
「でもさー、アイネちゃん、やっぱりなかなかいい娘じゃん。かわいいし、巨乳だし、つか爆乳だし、おっぱいめっちゃ大きいし、ボインちゃんだし。ごちそうさまでした、とてもおいしかったです。――何ならもっと食べさせてくれてもいいのよ?」
「他に触れてやるところはないのか。というか節操なさ過ぎだろうウェンディ」
「うん。だからね――」
ナースキャップの下でウェンディは微笑む。
「あの子をちゃんと拾ってきてくれたマコトは、偉いよ」
「…………」
アバリス隊への救援活動からMSデッキに帰還したマコトは、まず誰より先にコクピットハッチへウェンディを呼び、戦闘宙域から回収してきた裸身の少女を隠せる布切れを要求した。
MS隊長とMS整備班長。MS格納庫内で最高位にあるその二人が抱えて運ぶ人間大の何かについて、問いただせる者がいるはずもなかった。こうしてマコトはアイネを自室まで収容することに成功したのだった。
ウェンディの協力でそこまでの経路を隠蔽することが出来ていたから、アイネの生存状況に対する多少の疑惑は残るにしても、あのときマコトが見た真実にまで余人をたどり着かせることはないはずだった。
「あー……しっかし、いいなーマコト、相部屋いいなー。あたしがあの娘と相部屋だったら、もう開発し尽くして飽きちゃうまで、毎晩絶対寝かせないのになー」
ウェンディは赤毛の短いポニーを後ろに組んだ両手で抱え、ニヤニヤと満面の笑みを浮かべながら艦内通路に漂った。
「ウェンディにも同室がいるだろう」
「無理ムリむーりー。あたしはね、いきなりおっぱい揉んだときに『きゃっ!』とか『や、やめてくださ、い……ひゃうっ!』とか、ああやって清く可愛く初々しく反応してくれる女の子が好みなの。
宇宙の真空みたいな冷たい目でぎろりと見られて『……何やってるんですか、先輩……』みたいに、こっちが凍え死ぬかと思うようなリアクションしか取ってくれない後輩なんかはお呼びじゃないのー! そもそもあの子おっぱいめっちゃ小さいし! っつーか無いし! この前なんか掴んだつもりが掴み損ねて手ぇ滑ったし!!」
「ああそうか、彼女の反応は普段からのそういう積み重ねの結果だったのか」
整備班で頭角を現しつつある童顔の女性軍曹を思い出しながら、マコトはウェンディの豊富な演技力を黙殺した。自分で両肩を抱き締めて一人で悶絶していたウェンディが、屈み姿勢からの上目遣いにマコトを見つめた。
「――で、マコト。やっぱり、あの子には何も教えないつもりなの?」
ふざけた笑顔のうわべを崩すことなく、声色だけをわずかにずらして問いかけてきたウェンディに、マコトはカルテへ視線を落としたままゆっくり頷いた。
「知る必要がない。どうにか『熱』も治まってくれたようだしな。そもそも今から改めて説明したところで、とても信じられないだろう。――何もかもが、悪い冗談としか思えない話なんだからな」
「マコト、それは――今のアイネちゃんが、まだ何も知らないから……このままずっと知らずにいてくれれば、エリナみたいな目に遭わせずに済むと思ってるから?」
「私の指揮下にある限り、もう二度と彼女は撃墜されない」
マコトが視線を上げた。その目は強烈な光を伴い、真正面からウェンディを射貫いている。
「だから彼女はもう二度と、そのことと向き合うこともない。知ることもない。私の他の部下たちと同じように、必ず最後まで生き残ってもらう。ただ、それだけだ」
「……そうだね。今のところ、あの子が『ああいう風に』なっちゃってる現場を見たのは、あんたひとりだけだもんね。――今ならまだ、なにもかも隠し通せる。ずっと『魔法』が解けないままにしておける」
ウェンディはそっと腕組みしながら微笑み、通路の内側へもたれるように身体を流した。
「マコトの好きなようにやんなよ。またいつでも、あたしは共犯になってやるからさ。それとマコト、もう一件。――こっちの分析結果も上がったよ」
白衣の胸から紙片を取り出すと、ウェンディは指先でマコトへ弾き飛ばした。無表情に開いてその情報に目を通したマコトは、ウェンディを鋭く見つめて問いただした。
「間違いないのか?」
「ま、九割五分はね。いやー、今回はツいてたよね。ドッツィ・タールネンだっけ? 奴らが退かずにマコトとやり合ってくれたおかげで、尻尾がだいぶ掴めてきたかもしれない」
「……ザクⅡもリック・ドムも、回収できた四肢はすべて互換規格の新造品か」
「そう。基本設計は一通り踏襲してるくせに、大物から小物まで、今時アナハイムの部品がろくに入ってないわけですよ。かといって公国軍時代の純正品在庫に頼ってる風でもない。
結局、構成部品のほとんどが出所不明の互換品――今じゃジオン系MSの保守整備には、ジオニックやツィマッドを買収したアナハイム製の部品が不可欠なはずなのにね」
「やはりか」
「このご時世に連邦軍工廠でもアナハイムでもなく、MSの部品をほぼ一式丸ごと揃えられる連中をバックに付けてるってわけ。
やっぱり奴ら、まっとうな『ジオン残党』じゃあない。《ルスラン・フリート》――これは本当に、あんたの仮説通りの連中かもね」
「何を言っている、ウェンディ。ここは『魔の宙域』だぞ」
そのとき初めて、マコトは口元に薄い笑みを浮かべた。
「死んだと思った女が生き返って男を襲い、ザクⅡやリック・ドムを未だに量産し続ける連中がいる。何でも起きるさ。――ここは、そういう場所なんだからな」
言い捨てるなり胸元へ紙片を収め、マコトはそれきり振り向きもせずにMSデッキへ向かって通路を蹴った。
「ウェンディ。格納庫で」
「あいよ、マコト。格納庫でね」
一人残されたウェンディは、マコトの見ていた舷窓を見つめる。
トラキアが行く窓の外にはかつて二十億人の生命を包んだ大地の残骸が、ただ冷たい宇宙に広がるばかりだ。