「う、うう……。わ、わたし、き、……傷物に、されちゃったよう……。シエル、ごめん。わたし、もう汚れちゃった……」
巡洋艦トラキアの艦内通路によろめきながら、ヨレヨレになった連邦軍制服姿の少女が浮かび上がった。生まれたての子鹿のようにぷるぷると全身を震わせるアイネ・クライネ伍長は、頬を紅潮させ目尻に涙を浮かべつつ、なんとか一人で流れゆくリフトグリップを掴んで自室へ戻る流れに乗る。
MS整備班長ウェンディ・アーデル曹長の手による『健康診断』と称する凌辱は、アイネの全身をくまなくまさぐり尽くした。そしてアイネはその途中で何度となく、彼女の知らない世界を鮮烈な光の中に見せつけられてしまった。
美しい娘二人の熱い吐息が密室に肌を重ねて至近で交わる中、何度も真っ白に光り輝いた少女の視界。そのたびアイネは意識を遠く失いかけて、気づけば嵐とさざ波が交互に全身から身体の芯にまで押し寄せるような時間は終わっていた。
『ふふっ、アイネちゃん。初々しくてかわいくて、とっても良かったよ……。また、しようね』
『…………』
だからその『健康診断』のあと、医務室のベッド周辺にあられもなく脱ぎ散らかされて宙を漂う制服と下着の中で、アイネは頬だけでなく全身を紅潮させながら、ただ放心状態のうつろな瞳で天井板の模様を見つめていた。
ウェンディの方は達成感と充実感に溢れる、いかにもすべてをやり遂げたとでも言いたげな表情で、満足げに自らの白衣の合わせ目を直している。思い出したようにアイネへ言った。
『あ、次はMS隊小会議室で艦長から、MS隊全員参加の教育があるから。時間に遅れないでね』
『…………ひゃい……』
『じゃあ、またね~!』
死んだように虚空を漂う半裸のアイネにウィンクしながら言い置くと、ウェンディは実にスッキリした感の軽やかな足取りで、少女ひとりを残して去っていった。
自ら望まないまま刻みつけられた、鮮烈な快楽の跡が消える気配もなくまだ全身に残るなか、アイネはのろのろと体勢を立て直す。タオルであちこちを拭いてから全身を再び連邦軍制服に包むと、医務室を出た。
幸い誰にも会わずに部屋まで戻ると、すでにマコトも不在だった。好都合とばかり、すぐに衣服を脱ぎ捨ててシャワー室へ飛び込むと、ウェンディの巧みな愛撫に解きほぐされた熱い感触が濃厚に刻みつけられたままの全身を洗い流す。今の火照った身体には、ぬるま湯の流れが心地よかった。
「信じられない……。ウェンディ曹長、私の、あんなところや……こんな、ところまで……あんなに、……あんなに上手に……深い、ところまで……思いっきり……。女性同士なのに……本当に、……すごくて……だ、だめだ。心までウェンディ曹長のものにされちゃったら、ダメだ、私っ……!」
刻みつけられた切ない余韻を、アイネは自らの両頬をぴしゃりと打って振り切った。親友に贈られた、簡素な髪留めをそっと前髪へ戻す。
「よし、心機一転。えっちな人たちのおもちゃにされちゃうだけの、弱い私はもうおしまい。……行こう、シエル!」
湯上がりにノーマルスーツへ着替えながら時計を確認すれば、示された時間までさしたる余裕はなかった。MS格納庫近くに設けられた小会議室まで直行することに決めて、アイネはすぐに部屋を出る。
「……身体、軽い……」
リフトグリップを掴んで通路を流れれば、湯浴みで血流を増した身体からは激動に終わった昨日一日の疲れが嘘のように溶け消えていて、ウェンディが豪語したマッサージの腕前の確かさをアイネは実感した。ただ、では次に疲れたときまた同じようにしてほしいか、と言われれば、かなり反応に困ることになるのだろうが。
そう考えているうちに目的地が見えてくる。MS隊長の部屋からMS格納庫区画までは、すぐそこだった。
「……それじゃあ、エイムズ軍曹。お願いします」
「カーペンター伍長が、そこまで言うなら……仕方ないわね」
その小会議室の少し手前で、立ち話する二人の影を見つけてアイネはリフトグリップを離した。身体を止める。
一人はMSパイロットの同僚、シュン・カーペンター伍長。中性的な端整さのある顔立ちに、今は何事か強い意志を秘めて、小柄な整備兵に何事かを頼んでいたようだ。
そして彼が頼んでいた相手、もう一人の整備兵のことも、アイネは知っている。
マリエル・エイムズ軍曹。シュンからアイネへとメインパイロットを変更されたジムⅡ25、その機付長だった。
子どものように小さな背と、整いながらも幼く愛らしい顔立ち。そしてその体つきは、およそ成熟した女性らしい起伏というものを全く欠いてしまっている。その胸の線には、ほんのわずかな膨らみすらも見られない。
だが額の線できれいに切り揃えられた前髪の下には、大粒の瞳が自他への厳しさと意志の強さを湛えて光り、容姿の幼さと裏腹に隙のない凛々しさを前面へ押し出していた。
パイロットスーツ姿のシュンは会話を終えると、真剣な眼差しのまま小会議室の中へ消えた。マリエルはその後ろ姿を一瞬だけ思案顔で追うように見やった後、アイネの視線に気づいて顔を上げた。
思わず目線が合い、アイネは慌てて姿勢を正して敬礼を送る。だがマリエルはその顔立ちの愛らしさすべてを帳消しにするような仏頂面のまま答礼すると、アイネを待たずに無言で小会議室へ入っていってしまった。
「な、なんだろ……。25、あのあと何かあったのかな? 私、なにか不手際あったのかな……挨拶が遅れたから?」
自分がこの艦で目覚めて以来、ウェンディ以外のトラキア整備兵とはまだ直接にはろくに会話も交わせていない。その事情は自らの機体の機付長となったマリエルとすら同じであることに改めて気づいて、アイネは悲しげに顔を青ざめさせた。
「せ、せっかく女性の機付長と組めたのに……」
小会議室のドアをくぐると、室内には三三五五とMS隊の面々が付いていた。
男性パイロット三名はひとかたまりに、その周囲に整備兵数名。マコトとウェンディは会議室前方でプレゼンテーションの準備に奔走しており、そちらを見たとき目が合ったウェンディから可愛いウィンクを送られて、アイネは口許を強ばらせながら愛想笑いを返した。
そしてジムⅡ25機付長、マリエル・エイムズ軍曹は、誰からも離れた後列のはずれにひとりポツンと席を取っていた。アイネは覚悟を決め、そちらに向かって身体を泳がせる。
「あの、エイムズ軍曹っ」
「…………。なに?」
幼くも人形のように整った顔を上げながら呟かれた言葉は冷たく、その横顔を可愛い、と思いながらもアイネは萎縮しそうになる。それでも顎を引き、なんとか用意した言葉を続けた。
「暫定でジムⅡ25のパイロットに命ぜられました、アイネ・クライネ伍長です。25はすばらしい整備でした! おかげで初の実戦でも無事に任務を遂行できました。以降もよろしくお願いいたします!」
「そう」
「……は、はい」
たった一言で会話を切られ、アイネは今度こそ途方に暮れながら席に着く。
別方向からの視線を感じて顔を上げれば、男性パイロット陣とその周囲の男性整備兵たちが、ちらちらとこちらに視線を寄越していた。お決まりのようにアイネの目立つ胸元ばかり見るものもあれば、アイネとマリエルという取り合わせそのものに対する好奇もある。
「!」
その中にあったシュンからの視線にも気づいて、アイネはそれにはすかさず強い視線を返す。
シュンの表情は、小会議室前でマリエルと話していたときの真剣さのままだった。アイネに見返されても怯むことなく、彼女をじっと見つめている。その圧力に、アイネの方が思わず怯みそうになった。なんとか視線を逸らさず見つめ合う。異様に長く思えた数秒ののち、シュンの方がぷいっと前を向いてしまった。
――カーペンター伍長、……何……?
脈を早めながらようやく息をついたアイネにそのとき、マリエルがまっすぐ前方に視線を据えたまま冷たく小さく呟いた。
「……そのパイロットスーツ、ハヤカワ准尉からの借り物なんですってね」
「はっ……? は、はい! そうです!」
「あなたのサイズ、アーデル曹長から教えてもらったから。すぐに直してあげる。悪いけど、それまでは今ので我慢しておいて」
「そ、そうですか? ありがとうございます!」
トラキアMS整備班は、精巧な技術を要求されるパイロットスーツの縫製まで可能なのだろうか? だとすれば相当の技術力だ。
だがアイネの脳裏にはそれよりも今、『健康診断』の妖しい光が蘇っている。少女の柔肌と豊かな肉付きに容赦なく食い込んできた巻尺の冷たい感触と、そのたびウェンディが驚愕と喜悦に震える声で読み上げていった数字の羅列を思い出す。
正直、思い出したくなかった。だって。私、また、大きく……。
隣で頬を淡く染めながら少し俯いたアイネの存在など意にも介さず、マリエルは小会議室の前方を見た。
ドアが開き、準備を終えて小会議室の脇へ控えたマコトとウェンディの前を通って、髭面のトラキア青年艦長リドリー・フランクス大尉が入ってきるところだった。
「ふん。面子はあらかた揃ってるな? マコト」
「ええ、艦長。艦長さえよろしければ――MS隊気をつけェ!」
リドリーからの目配せを受け、小会議室にマコトの凛とした号令が響きわたった。談笑が消え、全員がその場に威儀を正す。
「MS隊集合終わり」
「休め。それではこれより本艦及び我が第223戦隊、そしてサイド4駐留艦隊が直面する最新の敵情、及び当面の行動方針について教育を実施する」
マコトと敬礼を交わしてリドリーが全員を見渡すと、正面スクリーンにスライドが流れはじめた。いくつものMSが宇宙を背にして浮かび上がる。
連邦軍部隊と交戦中のもの、何事もなく暗礁宙域を通り過ぎて行く様の粗い望遠、そして無惨に撃破され、捕獲された機体の残骸――そのいずれもが型式は異なれど、かつてのジオン公国軍が運用した機体だ。
「さて、《ルスラン・フリート》。サイド4宙域のこの一隅に巣食って活発に活動するジオン残党の連中は、今まで得られた情報を総合する限り、自らについてそう名乗っているものと考えられる。
我が隊と最近接触のあった《大ジオン仏道》や《キャリホルニヤの悪夢》についても、この《ルスラン・フリート》に所属している公算が極めて高い。言わば総元締めと見ていいだろう」
トラキア艦長リドリー・フランクス大尉が、MS会議室にMS隊の主力――MSパイロット全員と整備班の一部を集めて始めた教育はまず、今のトラキアが直面している二つの敵、すなわちジオン残党とエゥーゴに関して触れるものだった。
「このルスラン・フリートの特色の一つが、確認されている主力艦船の少なさだ。これだけ活発に動いていながらムサイ級巡洋艦はおろか、パプア級やパゾク級といった支援艦の類すら、今までほとんど確認されていない。
MS母艦としてはコムサイ級揚陸艇やジッコ級突撃艇などの小型戦闘艇や、せいぜい民間貨物船の改修型を用いる場合がほとんどと言っていいだろう。
従って、連中の拠点があると見られる暗礁宙域から長距離での作戦能力は著しく制限されている。一丁前にフリートなんぞと名乗ってはいるが、その艦隊戦力はきわめて限定的ということだ」
「……大ジオン仏道もドッツィ・タールネンも、襲撃の際に母艦は尻尾を見せなかった。まともな戦闘艦がないから母艦はひたすら後ろに隠れて、MSだけを極端に突出させた運用をせざるを得ないってことか……」
リドリーの説明を聞きながら、アイネは今までの経験に照らしてひとり納得し、頷く。
彼女が巡洋艦アバリスで初の部隊配置を迎えてから、まだ四日も経っていない。そのときから今まで、まともに知る機会もその余裕も与えられなかった『敵』に関する情報に、アイネは思考を切り替えながら貪欲に食いついていた。
「だからといって、連中を馬鹿にすることは出来ない。というのは少なくともMS戦力に関しては、非常に潤沢な物量を抱えているものと推測されるからだ。
現時点までに得られた情報を総合して本艦で行ったルスラン・フリートの戦力見積もりでは、最低でもこうなる」
一面をジオンMSの映像で埋めていたスクリーンが閃き、今度はいくつものグラフが現れる。
ここ最近で発生した宙域内でのジオン残党MS確認情報、襲撃事案などで確認された機種と機数の合計が資料として示され、その最後には各種情報資料から推計されるというルスラン・フリートのMS機数があった。
「ご、五十機……!? こんなにいるの!?」
「これ、ゲリラ戦じゃなく真正面からぶつかってきたとしても、うちの戦隊より優勢なんじゃねっスか……」
「ろくな母艦がねェから、戦力の機動運用も集中運用も出来ない。それだけが救いってとこだな」
今度はアイネからだけでなく、中列のロブやガルノフからも呻きが漏れた。シュンが顎に手をやりながら呟く。
「でも、変ですよね……。ジオン残党って言ってみれば結局、終戦時にジオン共和国へ復帰せずに雲隠れした、旧公国軍部隊のなれの果てでしょう?
ろくな補給もないまま今まで連邦軍に掃討され続けてきたはずなのに、ここまで大きな戦力が未だにひとかたまりで生き残っているのって……おかしくないですか?」
「ルスラン・フリート――というより、本宙域のジオン残党組織に顕著な戦力の拡大が見られはじめたのは、ここ二年ほどの話だ」
シュンの疑問を受けるようにして、リドリーが話し始めた。同時にスクリーン上のグラフ群が、時系列別の活動状況報告にフォーカスする。
「デラーズ紛争後に草創期のティターンズが中心となって積極的に展開した一連の掃討戦が収束に向かい、大打撃を受けた宇宙のジオン残党どもが鳴りを潜めてしばらくしてから、奴らは時代の流れへ逆らうようにしてその勢いを増してきた。
原因は分からん。ティターンズなどの圧迫によって、宇宙で生き残っていた残党勢力が、この旧ルウムという地球圏最大の暗礁宙域の一角に集結してきたのか。
あるいは何らかの強力なスポンサーからの支援がこの近辺で得られるようになったから、ここを拠点に盛り返してきたのか。曖昧な可能性だけならいくつも存在するが、確かなことは三つだ。
一つは、我々の正面に存在するジオン残党勢力ルスラン・フリートは、どうやらこの地球圏でも最大級の勢力を誇っているらしい、ということ。
もう一つは、この宙域を担当する我々の戦隊は、その戦力に対処するには力不足だということ。
そして最後の一つは、《エゥーゴ》はそんなルスラン・フリートの戦力を狙い、同盟を目論んでここにやってきた、ということだ」
「……《エゥーゴ》!」
その組織名を耳にして、若いパイロットたちはみな前のめりの姿勢になった。
A.E.U.G.――エゥーゴ。反地球連邦組織を名乗るこの非合法武装集団がいったい何者なのか。連邦軍からの通り一遍の説明の他には、曖昧な噂でしか聞かないその正体を求めて、皆が表情に真剣さを増す。
「……正直なところ。この俺自身も昨日あの《ジャカルタ》に出くわすまで、奴らについて深く知っていたわけではなかった。
地球連邦政府の宇宙政策に不満を持つ連邦軍部隊を唆し、金と物資を握らせて正規の指揮系統から離脱させる一方、弱体化し孤立したジオン残党組織に潤沢な補給を与え、また一般市民にも訓練を施して、自軍の戦力に組み込んできた連中。
エゥーゴの第一線にいるのはそういう手合いだが、その背後関係には謎が多い。月の巨大軍需産業が絡んでいるという話もある……その関係か、今や月の連邦軍はほとんどがエゥーゴに近いそうだ」
「アナハイム・エレクトロニクスか……」
「ケッ! 万年低重力の腰抜け野郎どもが、武器商人風情に金玉抜かれやがって」
戦艦ジャカルタは悪びれもせずに環月方面軍所属を名乗った。新鋭戦艦を中核にした装備優良部隊を、ああも堂々と動かせる――月の連邦軍に食い込んだというエゥーゴの細胞は、よほど深い部分まで組織を蚕食しているものと思われた。
「だが無論、月の企業体だけがエゥーゴの背後にあるすべてではない。サイド3を基盤としたかつてのジオン公国と異なり、明確な国家としてのかたちを持たない、反地球連邦というイデオロギーの元に結束した雑多な勢力の集合体……それがエゥーゴ、ということのようだ」
「なぁんだ艦長。そいつぁつまり、ただの烏合の衆ってことじゃねっスか」
「足並み揃うわけがねぇ……月の低重力野郎に死にかけジオンの落ち武者上がり、とどめにそこらの適当な素人デビューの寄せ集めだ? アホか。この前は奇襲だったから不覚を取ったみたいだが、この俺が怪我さえ治してぶつかれば、次は一発で粉々に蹴散らしてやれるぜ」
「頼もしいな、ガルノフ。だが、このデータを見てもまだそう言えるか?」
画面が再び切り替わり、戦艦ジャカルタとその新型艦載機の画像、映像を映し出す。同時に昨日観測された、そのデータも。
「奴らの装備はご覧の通りだ。新型戦艦《アイリッシュ》級、そしてよく分からんジムの改修型、それにジム系らしい新型とリック・ドムに似た新型。装備の質、量ともに充実している。そして、搭乗員の練度も……そうだな?」
リドリーの視線がマコト、シュン、アイネの三人をなめる。エゥーゴMS隊と直接渡り合ったその三人の返した無言が、リドリーからの問いかけに対するもっとも雄弁な返答となった。
「今回の接触で確認された、エゥーゴのMSは三機種。いずれも連邦軍のデータにはない機体だ。マコト。特にこの、ジャカルタのMS隊長……ベリヤ・ロストフ大尉だったか。彼の機体について、説明を頼む」
「はっ。MS隊各機とトラキアに残った映像記録から、この機体の特性を分析しました」
正面に出たマコトは一瞬ウェンディと目配せを交わすと、淡々と説明を開始した。
「一見した機体形状はリック・ドムの流れを汲むようにも見えますが、この機体はジムⅡやガルバルディβのような既存機種の改修型ではなく、またハイザックのように冒険を避けた手堅い新型機でもありません。
最新技術をいくつも大胆に盛り込んで一から新規に設計された、きわめて野心的な機体だと思われます」
「根拠は?」
「まず、コクピットの配置です。従来型MSの大半は、コクピットを機体中央――胴体部に設けるのが通例でした。ですが光学及び赤外線画像記録を分析する限り、当機のコクピットハッチは胴体部に確認できません。おそらく、頭部に存在するものと思われます。
広角式と思われる頭部のモノアイセンサーは、稼働レールを持たない新型の固定式のようです。この仕様変更によって、頭部にコクピット分の容積を稼いだのでしょう。
本機はもともとリック・ドム級の重MSですが、そうして胴体部のスペースに余裕を得た分、加えてさらに大型の高出力ジェネレータを搭載している可能性が高いということです」
「この、背中に担いだ大物についてはどうだ?」
「『バインダー』でしょう。ハイザックの放熱フィンなどとはまったくの別物で、MSの宇宙機としての主推進機関となるバックパックへ、それ自体が推進力を持つAMBAC肢を追加したようなものです。
扱いは難しいはずですが、使いこなせば極めて高度な機動性と運動性を実現するはずです。実際にあのわずかな時間でさえ、図体の大きさに釣り合わない挙動の軽さが目につきました。
……いずれにせよ武装の使用や戦闘機動までは見られなかったため、本格的な戦闘力については未知数の部分が大きすぎます。が、この機体については、警戒しすぎてもしすぎるということはないでしょう。あまりにも、新機軸の技術が多すぎるのです……まるで、かつての『ガンダム』のように」
「……『ガンダム』?」
ざわめきが漏れた。
エゥーゴの背後には、月の軍需企業体――おそらくはアナハイム・エレクトロニクスが存在する。それが事実ならばエゥーゴは、この地球圏で最高峰のMS開発技術を握っているということになる。
確か戦後の一時期にアナハイムが主導して、時の最新技術を惜しげもなくつぎ込んで開発した新型のガンダムタイプMSのトライアルを行っていた、というまことしやかな噂が流れたこともあった。
ならばそのアナハイムが背後についているエゥーゴは、ガンダムタイプに相当する最新技術で作り上げた新型MSを装備していたとしても、おかしくないのではないか。
自分が付け加えた一言が場の部下たちに動揺を広げたところを見て、マコトは淡々と言い添えた。
「ガンダムだろうが何だろうが、MSだ。そのパイロットが全員アムロ・レイというわけではないし、弾を食えば墜ちる。戦場では過小評価も過大評価も害悪でしかない。そこを忘れるな。
当機の分析結果は次回の訓練から、戦闘シミュレータに仮想敵機として反映させていく」
「分かった、マコト。また分析結果に続報があれば頼む。さて」
MS隊長から場を引き継ぎ、部下たちの表情を俯瞰しながら艦長が再び正面に出る。
「戦慣れした古参兵が揃っているうえ、物量も馬鹿にならないジオン残党ルスラン・フリート。連邦軍を圧倒する最新装備を十分に揃えたエゥーゴ。この二つが今、俺たちの目と鼻の先で手を組もうとしているわけだ。
よって戦隊司令部は事態の深刻さを認識し、新たな手を打った」
「新たな手……?」
「《エゥーゴ》掃討のため、《ティターンズ》の部隊がコンペイトウから本宙域に派遣される。合流後、ティターンズ主導で新たな任務部隊が編成されることになるだろう。本艦はそこに組み込まれる」
「…………」
「あの……クソ野郎どもの下に付け、ってことっすか……」
途端にしん、と沈黙が降り、エゥーゴに対するものに勝るとも劣らないティターンズへの嫌悪感が部下たちの顔に現れるのを見ても、あくまでリドリーは平静を通した。
「同時に、本艦の目的地も変更となった。《P-04》だ」
「うげっ」
「ああ……」
「マジかっ、……やっと上陸できると思ったら、あんなクソ田舎かよっ!?」
「? P-04?」
悲嘆していっせいに肩を落とす僚友たちの中、アイネだけがそのコードネームらしき地名を理解できずにきょとんと首を傾げる。
「初めての者もいるな。サイド4宙域前進再開発拠点《P-04》。これが我々の当座の目的地だ」
次にモニターへ映し出されたのは、宇宙に浮かぶ巨大な岩塊。その小惑星の岩肌と周囲の宙域にはいくつもの明かりが浮かび、人間活動の存在を教えている。中心部に埋め込まれたシリンダーは、疑似重力を生み出す巨大な居住区だろう。
「《P-04》はサイド4宙域の掃海及び廃棄コロニー再生事業の前進拠点となるべく、暗礁宙域内の資源衛星を改装した軍・公・民の寄り合い所帯だ。
本艦はここに寄港してMSを含む補給物資の受領を受けたのち、新たに編成される《エゥーゴ》討伐部隊の指揮下に入る」
同時に出された三次元の宙域図を見て、アイネは同僚たちの反応に納得する。ルウム戦役が撒き散らしたおびただしい死と破壊の名残ゆえ、魔の宙域だの辺境だのと好き勝手に呼ばわられるL1宙域の中でも、さらに暗礁宙域に接して位置している。
「そしてP-04は救援した貨物船《リバティ115》の目的地でもある。よって本艦はこれよりP-04まで護衛を兼ねて、被弾で機関出力の低下したリバティ115に同行する。では諸君に改めて、ここから当分の道中をともにすることになった《VWASS》の諸君らを紹介しよう」
「……う゛ぃわす? 同行??」
「班長、入りたまえ」
話へついていけずに目を瞬かせたアイネをよそに、インターホンを介したリドリーの呼びかけで扉が開いた。
「失礼します」
どこかで聞いた声だなとアイネが思う間もなく、連邦軍制式の――トラキア隊が使っている現行装備より一世代古い、一年戦争型の黄色いパイロットスーツを着た二人が入ってくる。中年に入りかけている男と、好奇の視線できょろきょろと周りを見渡す、少年のような風貌の少女だ。
リドリーは咳払いして、会議室の正面を二人に譲った。
「では班長、自己紹介を頼む」
「はっ、艦長殿。ヴィックウェリントン・エアロスペースセキュリティーズ――VWASS第104航宙機動警備班長、テッド・バートン予備曹長です」
「同班員、アシュリー・スコット予備上等兵です!」
短髪の男が堂々と名乗りを上げれば、ショートカットの緩いくせっ毛を揺らして元気良く少女も続く。
「ああ、この人たち……」
軍人らしい基本教練で正面に立った二人がそこまで言い切ると、ようやくアイネも彼らの正体に思い至った。
「さっき《リバティ115》に付いてた、民間警備会社の……」
「巡洋艦トラキアの現役MSパイロット諸官らの勇敢な支援に、VWASS航宙機動警備班長として深く感謝申し上げます。こちらのスコットがボールごと捕獲された際、ザクⅡを撃破してくださったパイロットの方は――」
「え?」
「彼女です、バートン班長」
不意に自分へ向かってきた話に目を丸くするアイネへ、それまで沈黙を保っていたマコトが不意に水を向けた。
「――こちらの女性が……!」
「は、はいっ。あ、アイネ・クライネ伍長です!」
慌てて起立するアイネにバートンは相好を崩し、力強い笑みを浮かべてくる。傍らの少女も大きな瞳を見開いてアイネを見ている。
「クライネ伍長、実に素晴らしい剣閃でした。トラキア隊は若い方でも、高い練度をお持ちのようだ」
「じ、自分はただ、夢中だっただけです……。あ、ありがとうございます……」
アイネは不思議な面映ゆさに頬を染めながら、惜しみない賞賛を送るバートンを直視しきれずに俯いた。
同時にバートンの小脇から、じいっとこちらを見ている少女のことも意識する。まるで小動物のようにアイネを一心に見つめている彼女は確か、アシュリー・スコット予備上等兵と名乗ったか。
ドッツィ・タールネンに人質に取られ、その後マコトの反撃に乗じてアイネが斬り離して救ったボールのパイロットが、彼女だったということらしい。
「VWASSは地球連邦政府の認可を受け、連邦軍の払い下げ装備を取得して宇宙での警備業務を請け負う民間企業だ。バートン班長のように実任務に当たる人員は、地球連邦軍の予備役軍人でもある。
マコト以下のMS隊は特に、VWASSの諸君との連携を密にするように。ウェンディ以下の整備班は、VWASS機の格納庫受け入れと整備支援をよろしく頼む。
ジオン残党ルスラン・フリートの活動がますます活発化し、さらにエゥーゴの侵入までもが確認された。宙域の緊張は高まり、もはや予断を許さない。この状況下で、諸君らの協働一致を期待する――以上!」
「気をつけェ!」
マコトが号令し、会議室の全員が一斉に起立して艦長との敬礼を交わす。続けてマコトが全員に達した。
「MS隊も解散とする。事後は所定通り各個に行動。別れ」
ルスラン・フリート、エゥーゴ、ティターンズ、任務部隊、P-04、VWASS。
自分を取り巻く環境の激変を感じながら、やはりあのエゥーゴとの戦いが運命の転機だったことを痛感して、アイネはそっと天井を仰いだ。
同時に、ボーイッシュな少女――アシュリー・スコットからの熱い視線に気づく。
「うっす! 伍長殿、あざっす!!」
「うっ、……うっす……」
アシュリーは元気よく挨拶するや床を蹴り、アイネの隣めがけて勢いよく飛び込んできた。間近でにっこりと微笑まれたので、とりあえず半歩引きながら愛想笑いを返す。適切な距離感が掴めなかった。
「じゃあ、お先に」
「えっ? エイムズ軍曹?」
そして隣席のマリエルはそんなアイネを置いて早々に席を立ち、ほとんど真っ先に小会議室から出て行ってしまった。結局ほとんど何の会話も出来なかった……と思うアイネをよそに、新しく来たアシュリーの方が満面の笑みで彼女に詰め寄り、そのまま勢いよく話し始める。
「クライネ伍長殿! 先ほどは救援、本当にあざっしたっ!」
「私は、ただ夢中だっただけだよ。あなたを本当に助けたのは、ハヤカワ准尉。准尉がリックドムからの奇襲を捌いてカウンターを決めていなければ、私の突撃だって成功しなかったもの」
「ハヤカワ准尉殿……あの美人の隊長殿でありますね! クライネ伍長といい、トラキアMS隊には美と強さを兼ね備えた女性がこんなにいらっしゃるんすね! 自分感激っす! 憧れるっす!」
「えっ? 美、美と強さ、って……わ、私も??」
あまりにまっすぐに届いてくる賞賛に、アイネは思わずふらつきそうになりながら少女を見返す。アシュリーの瞳に邪気はなく、どうやら本心からそう言ってくれているのだと直感的に分かってしまって、アイネは赤面しながらどうしようもなくうろたえた。
――私なんかのことを、そんな風に思ってもらえるなんて……。
自分の未熟さに照らして分不相応に思う気持ちと、救った年下の少女に間近からまっすぐに向けられる暖かな感情がない交ぜになって、アイネの胸中に渦を巻いた。
「あ、ありがとう……」
「ところで、伍長殿っ」
「ん? 何かな?」
アシュリーの視線が、アイネの目線から少し下がった。
興味津々の幼い瞳が自分の胸元と、そして会議室前方で残務処理するマコトの胸の間をしきりに行き来していることに気づいて、アイネは笑顔をわずかに強ばらせる。
ああ、オチが読めたような気がする。
「一流パイロットたる女性には、立派なバストが不可欠なのでありますか? 准尉殿も伍長殿も、素ん晴らしくご立派なものをお持ちのようで――」
二人に比べられてしまえばずっと慎ましやかに見えてしまう自分の胸の膨らみの存在を、ぴったりとした旧式パイロットスーツ越しに確かめるように両手で包み、アシュリーは自らの乳房を捏ねるようにしながら切なげにアイネを見つめる。
「これがそのまま、貧弱な自分と、ご立派なお二人の、差……、なのでありましょうか!?」
「そっ、それは……たぶん十中八九全然露ほども、まったく何ひとつ完全無欠に関係ないと、思うよ……」
シエルとか私より操縦ずっと上手で強かったけど、胸はこの子よりもっと小っちゃかったし……。でもシエルの胸、かわいかったなあ。すごく似合ってた。
ハヤカワ准尉のはけっこう大きいけど、准尉だったらどんな大きさでも似合うから問題なし。私のは、さすがに……ちょっと……。
「ふぎゅっ!?」
凍ったアイネの眼前で、アシュリーの脳天へ唐突に拳骨が落ちた。少女はそのまま頭を押さえてうずくまる。
「何をやっとるかこの阿呆! どうしてもトラキアに来たいジムⅡのパイロットに会いたいって言うから連れてきてやったと思ったらこれか、さっきの戦闘で頭でも打ったか!? また精密検査からやり直すぞ!!」
「はっ、班長ぅぅ……後生ッスからどうか、どうかそれだけはお許しをぉ……あ、班長! 班長も自分の胸がばいんばいんのたゆんたゆーんなないすばでーに育った方が、強そうだと思っていただけ――ぱぎゅっ!!」
有無も言わせぬ二発目の拳骨が、今度こそアシュリーを完全に撃沈する。疲れ切った声でバートンが言った。
「……どうも、クライネ伍長。うちの馬鹿がご迷惑をおかけしました」
「あ、いえ……そんな、私は別に……」
「では、のちほど格納庫で……」
頭頂部からプスプスと煙を出しているようにも見える少女の襟を引きずり、心底恥ずかしそうに会議室から退場していくバートン班長を見送りながら、どこも大変なんだなぁ……とアイネは思った。
「ああ、もう……。とにかく行きますよ、カーペンター伍長」
「えっ?」
アイネはとりあえず、ニヤニヤしながら一部始終を黙って見ていたガルノフとロブを眼光一睨みだけで下がらせる。そして少女たちのやりとりから、ものすごく気まずそうに目線を逸らしていたシュンを捕まえて会議室を出た。
格納庫へ向かうリフトグリップを掴みながら、従えるようにした後ろのシュンへ呼びかける。
「エイムズ軍曹と話して、25をもう一回調整します。私と一緒に来て、手伝ってください」
自分単独では今後、あの気むずかしそうなマリエルとの間に円滑な協力関係が築けるかどうかは不透明だ。ならばすでに彼女と一定の関係を確立しているように見えるシュンに、自分と同じ下の立場から間へ入ってもらうのは、決して悪い選択肢ではないはずだ。
少なくともマコトやウェンディのような、上からの圧力に頼るよりは望ましい。だから、まだ少し苦手だけれど……この人に、頼む。
「それは、構わないけど……クライネ伍長。僕の方からも条件がある」
意を決したような声に追われて、アイネは思わず振り向く。そこには混じりけのない、真剣そのものの眼差しがあった。
「? 条件?」
「クライネ伍長。僕と、付き合ってくれ」
「…………。……えっ?」