貨物船《リバティ115》を先導するように、デブリ密度の増した宙域を行くサラミス改級巡洋艦トラキアのMSカタパルトから、二機のMSが射出された。
機種はいずれも地球連邦軍の量産機、RGM-79R《ジムⅡ》。二機とも左手にはシールドを備え、片方は右手にハイパーバズーカを、もう片方はビームライフルを装備している。
後発したビームライフル装備のジムⅡがトラキアのすぐ前方で制動を掛けて足を止める一方で、先発したハイパーバズーカ装備のジムⅡは腰回りに予備弾倉を下げたまま、そのまま加速を続けて距離を開いていく。
『再度、本訓練の状況を徹底する』
右手にビームスプレーガンを携え、トラキアのカタパルト甲板に残るジムⅡから、落ち着いた若い女の声で通信が入った。
『23は赤部隊となり、トラキアを仮想敵艦として対艦攻撃を実施。25は青部隊となり、トラキア直掩機としてその攻撃を阻止する。22は全般統制と全周警戒、事故対応を兼務。
本訓練は艦対空戦闘訓練も兼ねるため、トラキアの主砲、対空機銃の一部も状況に参加する。ただしトラキアは戦術運動を行わず現航路を維持し、火力戦闘のみ展開するものとする。
青部隊の目的は23の撃墜、もしくは撃破判定獲得その他の手段による対艦攻撃の阻止。赤部隊の目的はトラキアへの対艦攻撃による大破ないし撃沈判定の獲得。いずれかの発生、もしくは22の別示をもって、状況終了とする』
「了解」
『了解!』
これより一時、かりそめの敵となる少年の声が通信回線越しに聞こえて、ジムⅡ25を操る少女――アイネは表情を引き締める。
アイネがアバリス隊への着任早々、哨戒任務の途中でいきなり命じられた部隊全力での戦闘訓練とは異なり、今回の訓練に直接参加するのはシュンの23とアイネの25だけだ。
23――シュン機のスラスター光が遠く離れ、暗礁宙域のかなたに消えた。いずれ態勢を整え襲撃を仕掛けて来るだろう。アイネは積極的に前へ出て、トラキア本体を戦闘に巻き込む前に片を付けるつもりだった。
マコトの22がトラキアの甲板上に出て訓練中の敵襲に備えつつ訓練全般を統制しているならば、万一敵襲があったとしても、アバリス隊全滅の二の轍を踏むことはないだろう。
一対一。必ず勝利してみせる。
不意に信号弾の光が煌めいた。シュン機が発した準備完了の合図だ。アイネは唾を飲み、ぐっと正面を睨み据える。
『状況開始!』
マコトの凛とした号令が、決戦の引き金となった。
四機中三機の艦載機を艦外へ送り出したトラキア格納庫には、入れ違いにVWASSのRB-79《ボール》が機体を収めていた。
与圧を終えたトラキア格納庫内では、ボール隊の被害と損耗状況の細部確認に続いて、トラキアMS整備班によるVWASS機の修理と整備、補給作業が行われていた。
MSに比べて簡素な運用設備しかない船舶でも安定して運用できることがボールの強みではあるが、さすがに本格的な戦闘に投入された後では相応の整備を必要とする。そのためにはトラキアの与圧されたMS格納庫はうってつけだ。
所用の物資に伴う出費は後でVWASSに要求できるし、むしろそうして新しいコネを開拓しておいた方が今後、連邦軍正規の補給より当てになってくる可能性もある。加えて昨今脅威度の増しつつある《P-04》周辺宙域へ近づく前に、手持ちの戦力を少しでも増強しておきたい、という艦長の思惑あっての措置だった。
しかし今そのMS格納庫では艦外映像を映すモニタの前に、ちょっとした人だかりが出来つつある。もちろん格納庫内から大まかな艦外の状況を把握する程度の機能しか期待されていない代物だが、観衆はめいめい好き勝手な感想を漏らしながら、暗礁宙域に舞う噴進炎の光条を見つめていた。
「それにしてもシュンの野郎、アイネちゃんに決闘申し込むたぁな」
「あいつもいつの間にか言うようになったよな。実戦くぐって度胸が付いたのかね?」
「おっ……そろそろ始まる感じ?」
わいわいと騒ぐそんな整備兵たちの後ろに、彼らを率いる赤毛の娘――ウェンディ・アーデル曹長が楽しそうに足を止めると、整備調整のために同行していたVWASSのテッド・バートン班長とアシュリー・スコットも一緒になって覗き込んだ。
「アーデル曹長、何が始まるんです?」
「ウチのMS隊の模擬戦訓練です。伍長クラスの若手同士が、やるって言って聞かなくて。それをマコトが許可したんで、みんな昨日の今日だってのにこの盛り上がりなんですよ」
「――ちょっとみんな!? 何やってるんですか!」
だがそのとき格納庫全体に、空中から若い娘の声が響きわたった。VWASSのボール、派手に衝突したアシュリー機へ付き、損害状況を把握していた童顔の女性整備兵だ。
「げっ、エイムズ軍曹……」
「何だよ、マリエル? 一緒に観ようぜぇ」
ジムⅡ25――シュン・カーペンター伍長からアイネ・クライネ伍長に乗り手を変えた機体の機付長、マリエル・エイムズ軍曹は幼くも整った顔立ちを気難しげにしかめて、切り揃えられた金色の前髪の下から眼光鋭く叫んでのける。
「だから決闘じゃなく、ただの模擬戦訓練です! 私たちには直接関係ありません。だいたいみんな何やってるんですか! 24だけじゃなくVWASS機の整備支援作業だって入ってきてるんです。前倒しで進めていかないと、いつまで経っても終わらないんですよ!」
「いやー、だってさぁ……あのシュンとアイネちゃんの決闘なんだぜ? どうやったって気になっちゃうでしょ、これ」
「そんなの聞いていませんっ!」
「お、おう……」
なんとかいなそうとした年上の男性整備兵も、マリエルの一睨みと一喝だけで簡単に沈黙させられてしまう。
まだ年若い整備兵ながらも、任務への実直さと機材への確かな観察眼を基に実績を積み重ね、整備班においてウェンディに次ぐポジションをその実力で勝ち取りつつあるマリエルには、MS格納庫内の誰もが無視しきれない発言力がある。
だがマリエルがそうして支配しかけた格納庫内の空気は、一瞬にして鶴の一声でひっくり返された。
「そうか、そうか。ようし、MS整備班は今から別命あるまで全体休憩~! これ統制休憩だかんね! 作業すんなよ!」
「んなあっ!?」
「うひゃほーーーう!!」
格納庫全体に凛と響いたウェンディの叫びが、部下たる整備班員たちから地鳴りのような大反響を引き出した。その熱狂を一瞥し、ウェンディはすうっと息を吸う。
「た、だ、し! 分かってると思うけど、あたしら整備班がパイロットの勝負に何か賭けるのは厳禁だかんね! もし、あたしがそういうの見つけたら……見つかっちゃったら……分かってるよねぇ?」
「おうっす!!」
ウェンディがニヤリと笑って見渡すと、途端に整備兵たちが緊張の面持ちで直立不動の姿勢を取る。男性の何人かは、なぜか股間の前に手をやってかばうようにしていた。彼らの表情からは、若干血の気が引いている。
「……じゃ、そゆことで、……ゴー!」
その光景を満足げに見渡したウェンディが手指を弾くと、整備兵たちは呪縛を解かれたかのように動き出した。
「おーっし! 見たい奴は全員モニター前へ集まれ! なんか飲む物もってこい、箱ごとな! みんなで観戦しようぜぇ!」
整備班長のお墨付きを得て、途端に生き生きと動き出した整備兵たちの流れに逆らうように、マリエルはまっすぐウェンディへ詰め寄ってきた。
「アーデル曹長……! なに考えてるんですかっ!」
「え? いやー。あの戦闘から今まであたしらフル稼働でさ、結構シフトもキツキツだったでしょ? ここらで大きめに息抜きしないと、皆もう保たなくなっちゃうんだよね。身体的だけじゃなくて、精神的にさ。こんな疲れた状態で他に気を取られながら作業しても、能率上がんないじゃん? 気分転換だよ~」
「またそんなことばかり言って……!」
「まあ人間みんながみんな、マリエルみたいにいつまでも頑張り続けられるわけじゃないってことだよ。……何だったら仮眠でも取ってきてもいいよ?」
民生品の飲料パックの箱を持ってきた整備兵からその二つを受け取り、その一つをポン、と小柄な彼女に渡しながら隣を抜けると、ウェンディは壁際の通信端末から受話器を取った。画面には彼女らの頭上、カタパルト甲板上に立つジムⅡ22機上のMS隊長が映っている。
「んふふ……。ってことで、マコト! いつでも始めちゃっていいよ!」
『整備班の余興のためにやる訓練ではないんだが』
呆れ気味に言ってのける彼女の口調にも、ウェンディはすっかり慣れている。馬耳東風と受け流し、楽しげに尋ねる。
「で、あの二人。勝負に何を賭けてるの?」
『いや特に何も。少なくとも、私は聞いていない』
「……えええええ~~~?」
途端にウェンディの表情が失望に染まった。駄々っ子のように文句を垂れ流しはじめる。
「なんだよー、せっかくの勝負なんだぞー! 推進材にしたって演習弾にしたって、実機訓練なんてタダで出来るもんじゃないんだぞー! せっかくなんだから、せめて当事者同士は何かいいもん賭けろよぉ! 盛り上がんないでしょーがー!」
『だから格納庫を盛り上げるために企画した訓練ではない。あくまで練度の把握と向上が目的だ』
大人げなくじたばたと手足を振り回すウェンディへ機上のマコトが釘を刺し、あくまで淡々と二人の訓練開始を見守る。その途中でウェンディが何か重大事に気づいたように、はっと動きを止めて真顔で呟いた。
「……そうだ! アイネちゃんの処女と、シュンの童貞を賭けさせよう。シュンが勝ったらアイネちゃんの処女をいただいちゃえて、アイネちゃんが勝ったらシュンの童貞を食べちゃえるってことで、どう!?」
何の脈絡もなく通信が切れた。
ウェンディは無言でひたすらボタン連打で呼び出しを繰り返したが、マコトは全く応じず、やむなくウェンディが手元のキーボードでテキストメッセージを送ると、ようやくマコトが冷たい瞳のままで回線を復帰させた。
「ああ、もう……。はいはい、真面目な話をすればいいんでしょ。エゥーゴの新型ジムの件ね。あれから例のリック・ドムもどきと一緒に、こっちの動きも分析進めてみたけど……これってジムⅡとかハイザックより、ずっとかパワー出してるよね。スラスターもジェネレータも、相当上の性能って感じ。シールドの素材もすごいね、こんなザクザク刺さってさ……ルナチタの特性に似た感じなんだけど、やっぱりちょっと違うんだよね、これ」
素直に感心したように言うウェンディが出した携帯端末は、シュンのジムⅡ23を襲ったエゥーゴ機の躍る肉食獣のような機動の記録分析動画を映している。
「ただパワーが先行しすぎてるのか、バランスは若干アレな感じになっちゃってるけど……こんな機体を乗りこなして、シールドの打突技だけでシュンの23を部隊から切り離しながら半殺しにしてのけたパイロットはたいしたもんだわ。よくこんなのに勝てたよねぇ。
アイネちゃんって格闘戦ならマコトはともかく、その他のボンクラ連中からは頭一つ抜けてるんじゃないの?」
『当然の結果だろうな。修羅場をくぐった数が違う。彼女は『本物』の死線を知っている』
「じゃあ今からのも、シュンには勝ち目ないってこと?」
『そうとも限らない。私があえて最も経験の浅い彼にハイパーバズーカを預けている理由を、本当に理解していてくれるなら、あるいは……な』
「ふーん。……おっ。始まった?」
『そのようだ。ウェンディ、また後で頼む』
モニターを囲む整備兵たちが上げる歓声に、ウェンディは通信を切りながら自身をそちらへ泳がせた。
「…………」
全周囲を油断なく警戒しながら、アイネのジムⅡ25はトラキアから離れ、暗礁宙域内を航行していた。
「思ったより、デブリの密度が濃いな……。過度の加速は禁物。訓練中の事故で機体大破なんて、シャレにもならないよ……」
冷静に自分を戒めながら、しかしアイネは同時に自らの狩りの獲物となる少年のことを思って不敵に笑った。
「さあ、カーペンター伍長。どう出てくるのかな?」
『僕と、付き合ってくれ』――最初は何を言われているのかまったく分からなかったが、よく聞いてみれば何のことはない、単なる実機模擬戦訓練の申し出だった。
毒気を抜かれたようにアイネがそれを承諾した後、聞けばハヤカワ准尉への上申や関係各方面への調整も、彼が主体となってやってくれたらしい。熱心なことだ。
だが、悪い気はしない。正規のMSパイロットとしてまっとうに扱ってもらえる、そして実戦に即した訓練が出来る。それは素直に有り難いことだとアイネは思う。
対等のライバルが存在するということも、また。
「――!」
そろそろか、と思っていたアイネの直感を裏付けるように、油断なく索敵していた彼女の視界をスラスターの火光が遠く横切る。
アイネは即座にメインカメラを向けて望遠を掛け、慎重に航路を取りながら接近していく。目指す機影はすぐに捉えた。
「へえ。ほんとにハイパーバズーカで私と戦うつもりなんだ」
ハイパーバズーカの長砲身とシールドを油断なく構えながら、シュンのジムⅡ23はデブリ群を背にして飛んでいる。その機影を見つけて、アイネは不敵な笑みを浮かべた。
ハイパーバズーカはMS戦にも高度に対応した火器ではある。ビーム兵器と違って運用時にジェネレータへ負担を掛けることもなく、うまく弾種を使い分ければ、多様な局面にも対応できる。技術と状況さえ許せば、榴弾や榴散弾を『置いて』敵の動きを牽制したところへ、狙い澄ました本命の徹甲榴弾の直撃を叩き込んでトドメ、などという華麗な運びも夢ではない。
それでも一対一ならば、ビームライフルの有利は動かない。
ビームライフル普及後の連邦軍MS隊におけるハイパーバズーカの位置づけは、あくまで『支援火器』の域を出ない。運用そのものを廃止した部隊すら少なくないほどだ。確かに実弾火器はジェネレーターへの負担を掛けないが、とにかく砲身が長くて砲弾も重いという欠点がある。どう頑張っても身軽には戦えない代物なのだ。
弾速が違う、精度が違う、射程が違う、取り回しが違う。そしてMSがシールド以外でビームを受ければ、ほぼ確実に貫通される。
要は総合的に見て同一機種同士が一対一で戦うならば、ビームライフル装備のアイネに不利な要素はほぼ無いということだ。むろん技術や条件次第では覆しうる程度の差ではあるが、アイネはまったく負ける気がなかった。
目標は視認できていても、まだ必中を期せる距離ではない。何とかして、もう少し距離を詰めなければならない。
だがシュンはビームライフルの有効射程外から、早々に戦いの火蓋を切ってきた。
「……榴散弾!」
うめくアイネの眼前で砲口炎が閃く。砲口炎に蹴飛ばされ、縮射演習弾が実弾に遜色ない初速で射出される。そして小柄な弾体から演習用の低出力レーザーを前方へと円錐状にまき散らしながら、回避機動するアイネの脇をすり抜けていった。
レーザーで模擬的に再現された榴散弾の破片の傘がジムⅡ25の機体各所に設けられたセンサーに拾われ、機体の制御系に被弾の状況を付与する。
幸い回避運動への入りが早かったため損害判定はほぼ無かったが、シュンは矢継ぎ早に榴散弾を放ってきた。連続して迫り来る火光を睨みながら、アイネは不敵に小さく笑う。
「へえ、さっそく戦訓復習の時間ってわけですか!」
『キャリホルニヤの悪夢』率いる《リック・ドム》が仕掛けてきた大胆な火力戦に影響されたか、シュンの発砲間隔は短かった。初弾による制圧効果を確認する前に、ハイパーバズーカは次弾装填と照準を完了するが早いか速射してくる。
「でもカーペンター伍長、残念……これ、レーザー模擬戦なんですよねっ!」
果敢なバレルロールを打って主要なデブリと左右に弾けるレーザーの雨を突き抜けながら、アイネは力強く微笑んでシュンのジムⅡ23を見据えた。
前回の実戦でリックドムが撃ち込んできたのは当然実弾だったから、炸裂したその破片と爆炎が壁となって視界を遮り、ジオン残党は二機のMSをその掩護下で突撃させることが出来ていた。
だが今回のシュンには本命の突撃を買って出てくれる友軍機も、それどころか実弾なら発生しているはずの爆発もない。アイネは視界を遮られることも、爆圧に機体を揺らされることもない。
縮射演習弾が発するレーザーは機体のセンサーを反応させて軽微な損耗の状況を付与してくれるが、それだけだ。他には何の効果もない。それは軍という組織が実戦ではないものを実戦に見立てて訓練しようとするとき、そこに生じる誤差のひとつだった。
アイネは回避機動と前面に押し立てたシールドで、飛来してくる榴散弾の破片――という想定になっている、レーザー光線――をことごとく防御してほとんど無傷のまま、さらにビームライフルの銃口を23へ向けた。
肉薄するアイネにビームライフルの有効射程はすでに割られて、彼我の間隔は中距離から近距離へと移行しつつある。
だがシュン機は宙域に漂う大型のデブリを盾にしながら機動することで、決してアイネから直接の射線を取らせない。そして自分からはアイネ機の取り得る予想進路上へと砲弾を間接的に『置き』にかかっていた。ビーム兵器にはない、弾体の飛翔速度による時間差を活用しているのだ。
「ちょこまかと動くっ! カーペンター伍長、バズーカ背負ってなかなかやるじゃないですか……!」
デブリの少ない清浄な宙域ならまだしも、すでに《P-04》に近づいた宙域に漂うデブリは相当な濃度に達して、MSの機動を制限している。
そしてシュンはすでに弾種を榴散弾ではなく、より爆発威力の大きい榴弾に切り換えて応戦していた。弾体に内蔵される炸薬量は榴弾の方がずっと大きく、それを反映して演習弾が発するレーザー出力も高まっている。
直撃弾は言うまでもなく致命的であり、至近弾でもかなりの打撃効果になる。四肢をいくつか持って行かれてもおかしくない。
シュンは付近のデブリ浮遊状況からアイネの予想接近経路を割り出し、そこへ先行して榴弾を撃ち込んでいくことで、アイネの肉薄を阻止しながら機体に損耗を蓄積させ、機動を鈍らせたところへ直撃弾を送り込もうと狙っているのだ。
ビームライフルなどと異なり、直線弾道で即座に直撃させる必要のないバズーカだから出来る戦術だった。シュンはデブリの背後を選んで巧みに射点を取りながら、時にアイネの前進を阻み、時に近弾を浴びせては次第に、ダメージを一方的に蓄積させていく。
「くっ、また……っ! でも、――行ける!」
機体の数カ所が小破判定を吐き出す。一見して完全に押されていながら、しかしアイネにはもう一つ、勝負どころの当てがあった。
大型の砲弾を扱うハイパーバズーカは、撃ちまくってしまえばすぐに弾倉交換が必要となる。MSの機体構造は完全な人体の模倣ではないから、バズーカ砲尾の弾倉を背中へ回した左手で交換するのもお手のものだが、少なくともその弾倉交換の時間には戦闘能力の死角が生じる。
先のリック・ドムは二門のジャイアント・バズを装備していたうえ、機体各所に増設されたミサイルランチャーや胸部拡散ビーム砲で再装填時の隙を補っていた。だが単に武装を持ち替えただけの標準型ジムⅡに過ぎないシュン機では、そうやって再装填の隙を補える武装は頭部60ミリバルカン砲しかない。
「あと、一発……!」
そして機体に損害付与を積み重ねられながらも、肝心の戦闘能力は維持したまま確実に距離を詰めてシュンへとにじり寄っていたアイネは、シュンが前回の弾倉交換から撃った弾数を数えていた。
「来たッ!」
演習榴弾が今までにない精度で、アイネ機の真芯を狙いすましたように発射される。だがアイネは鮮やかにジムⅡを横へ転がし、至近で爆ぜた『弾片』レーザーをシールドに跳ね返しながら勝利を確信する。
それは弾倉に残る最後の一発を、シュンが撃ち尽くした瞬間だった。再装填にシールドを構えたままの左手を背中へ回すシュン機へ、アイネは一気に急加速で接近していく。
「さあ、これでおしまいっ!」
細かなデブリが機体とシールドを乱打するのも構わず、最短距離を突進する。すぐに射線を取ってビームライフルを構えた。
至近距離だ。ビームライフルのバースト速射を叩き込めばシールドもろとも機体を撃ち抜き、撃墜判定をもぎ取れる。
だが射撃開始の直前、彼女はそこでシュン機が左手を戻してくるのを見た。そこに握られていたものがハイパーバズーカの弾倉ではなかったことに、アイネはようやくそこで気づく。
「……あっ」
ハヤカワ准尉が前回の戦闘で、ジオン残党とエゥーゴのMS隊を手玉に取ってのけた短銃身ビーム砲――ビームスプレーガンが、23の掌中にあった。
それを一気に構えるや、シュンは連射モードでスプレーガンを放った。
近距離ならば収束の粗さも出力の低さも問題にならない。低出力、低収束であるがゆえの低負荷が可能とする圧倒的な手数が、嵐のように連続した弾着となってアイネ機を襲う。
被弾、被弾、被弾、被弾。
これまで防御の要として機能してきたシールドがひとたまりもなく大破判定を受け、そのままコクピットをかばった左腕にまで損害付与が及ぶ。貫通、破断。姿勢制御に異常が生じ、運動性が低下。
アイネもほとんど同時にビームライフルの速射を叩き返していたが、先行して生じた機体の損害が精確な射撃に必須の機体制御を妨害し、またシュンは打ちはじめの早さと、スプレーガンゆえの手数の多さで彼女を完全に圧倒していた。この至近距離での威力は、ビームライフルもスプレーガンも大差ないのだ。
ビームライフルの数発はジムⅡ23に少なからぬ打撃を与えたものの致命傷にまでは至らず、その間にアイネの25はシュンの猛反撃にコクピットと融合炉への損害を付与されて――機体大破、そして融合炉暴走爆発、の状況表示が全天周モニターに出現した。
前方至近のシュン機がようやく、ビームスプレーガンの銃口を上げてアイネ機から照準を外す。彼の機体は『中破』の状況を付与されていた。その動作を見届けた瞬間、アイネは近距離赤外線通信を開き、激情のままに喚いていた。
「か、隠し武器なんてっ!! 卑怯です、カーペンター伍長!」
『卑怯、か……否定はしない。エイムズ軍曹に調整をかけて、ハヤカワ准尉のスプレーガン改の予備を模擬戦仕様で出してもらったんだ。そして予備弾倉に偽装して、ここまで隠し持ってきた』
「そ、そうまでして……そんな小細工までして、私に勝ちたかったんですか!?」
『そうだ』
「……っ」
責めた言葉をシュンにはっきり即答されて、アイネは思わず口ごもる。
『前の戦闘で、君の戦いと、君の強さを見せつけられて……どうしようもなく、心が焦った。君の強さと僕の弱さに、自分の無力を思い知らされた』
「何ですか、それ。だからって、単なる目先の勝ち負けだけにこだわるなんて……何でもいいから私に一回勝ちさえすればそれでいいなんて、そういうの、底が浅いって思わないんですか」
それでもなお言い返すアイネに、あくまで淡々とシュンは続けた。
『僕は僕の戦い方を見つけなければ、君に出来ない別の何かを見つけなければ……君と一緒に戦う資格をなくしてしまう。だからどうしても、まず一度……本当に僕にその力があるかどうかを知るために、どんな手段を使ってでも、僕は君に勝ちたかったんだ』
「それで勝って、……そうまでして私に勝って、どうするつもりだって言うんですか」
通信小窓から、じっと真摯にアイネの瞳を見つめながら、シュンは最後まで言葉を連ねる。
『これから君とともに戦うために、今、僕はやっと自分を許せるようになったと思う。だから次は、今度は、きっと――これからは僕が、必ず君の背中を守る』
『…………』
その言葉を聞いたきり、アイネはシュンを直視できなくなって、通信小窓から視線を外した。
今の戦いが、もし実戦だったとしたら。
敵のMSがどんな兵装を持っているかなんて、そんな情報は分からない。敵はエゥーゴの新型機かもしれないし、ジオン残党の改造機かもしれない。パイロットに強烈な個性があって、思いも寄らない戦術を採ってくるかもしれない。
シュンがビームスプレーガンを隠し持ち、最後の切り札としてアイネにそれを使ってきたのは、どんなことでも起こる実戦ならば、ごくごく普通にあり得ることの一つでしかないのた。
この短期間であれだけの実戦を経験して、それを学んだはずだったのに、自分はそうした事態を想定していなかった。シュンの機体は規定通り、ハイパーバズーカとバルカン、サーベルとシールド程度の武装しかないと勝手に思いこんだ。演習をお定まりのルーチン・ワークとして固執して捉え、柔軟性の低さを露呈してしまったのだ。あまりに詰めが甘すぎた。
そしてシュンにはどうしてもアイネに勝ちたい動機と、そのために必要な手段を冷静に分析し、準備し、実際に運用できる力があった。それこそがシュンとアイネの明暗を分けたものであり、今回の自分になかったものだ。
彼は身をもって、それを自分に教えてくれた。
それなのに自分は短慮にも、彼を卑怯者などと罵ってしまった。
彼はこんなに、自分を思ってくれたのに。
「……ごめん、なさい……」
『――クライネ伍長?』
小さく零したその言葉が、少年の耳に届いたかどうか。
いずれにせよアイネは、次の瞬間には毅然と顔を上げていた。未だに目線は合わせないまま、今度ははっきりと言い放つ。
「覚悟しておいてください。私も強くなります。……次は絶対、負けませんから」
『…………。ああ!』
息を呑み、そして力強く呟いた少年の声。それきり通信小窓の彼から目を逸らすと、アイネは全天周モニターに映る暗礁宙域の光景を無言のまま、バイザーの内側で頬を染めながらじいっと見つめて――だから彼女はそのときそれに気づいて、シュンも彼女の表情の変化から同じく気づいた。
『……クライネ伍長、どうした?』
「今、……暗礁宙域の奥で……なにか……」
言いながら、アイネは訓練装置に付与された疑似損耗付与を解除し、機体の全機能を回復させていた。同時に火器管制系も操作し、ビームライフルの出力制限を一気に戦闘基準まで引き上げる。
続けて何かが『見えた』ように思えた宙域を指定し、頭部メインセンサー群を向けて望遠を掛けた。
「高熱源反応感知……MSらしき所属不明機の接近を確認!」
同時にその方向から、火器照準用レーザーの照射を機体が検知する。アイネは即座に急旋回と急加速を掛け、その照準から転げるように逃れていた。叫ぶ。
「敵ッ!!」
予測される敵接近経路とジムⅡ25の間にデブリを置いて、身を隠すように機動する。シュン機もまた彼女との連携を維持するようにしながら、同様に機動しているのをアイネは見た。
「23――カーペンター伍長、今の!」
『照準レーザーだった! ジオン残党――いや、エゥーゴか!?』
隠れる場所に事欠かない暗礁宙域。大ジオン仏道がそうしていたように、デブリの海に紛れて潜み、獲物を待ち伏せていた地球連邦軍の敵対勢力が、今この瞬間に牙を剥いたのだ。
「21、22! ハヤカワ准尉! 現出した所属不明機からの敵対行動確認!」
『捕捉している。22急行中。23、25は後退しつつ警戒監視せよ』
『敵が近すぎます! 准尉の到着まで、間に合わない……!』
「この……っ!」
アイネはビームライフルの銃口を巡らせてその機影を捉えようとするが、高速で大胆に機動する目標は火器管制が照準を付ける直前になってデブリに隠れる。全天周モニタの自動機種識別が機能する前に消えていた。そのままデブリ群の陰を縫うように迂回しながら、なお接近してくる。その姿はデブリの陰で点滅するように消えては現れを繰り返しつつ、なおも二人へ近づいていた。
「速いっ!」
『なんて腕だ! 宙域内のデブリを、障害物として完全に使いこなしてる……!』
重力の均衡によってあらゆる物体が吹き溜まる暗礁宙域とはいえ、それらのデブリは決して一カ所で静かに留まっているわけではない。寄る辺なく絶えず漂い、動き続けている漂流物だ。
先の模擬戦ではシュンもこれらのデブリをアイネとの戦闘に活用してみせたが、大胆に最短経路を選り抜きながら迫るこの機体の動きはその速さも鋭さも、シュンやアイネの機動を圧倒的に上回っていた。
「!? 後ろにもう一機いる!?」
しかもそのうえ二人が狙おうとした不明機の後方、別の方角からも照準レーザーが来て、二機のジムⅡは慌てて回避機動を強要される。その照準はデブリの海を通しているとは思えないほどに精確で、その前方を来る不明機への照準が封じられてしまう。連携しているのか。
「23、カーペンター伍長! 演習弾しかないバズと不慣れなスプレーガンじゃ無理です! 私が前衛で支えますからその間に全速で下がって、なんとか准尉と合流してください!」
『いいや、どのみち近距離でしか射線が取れないここなら、スプレーガンでもビームライフルと同じだ! 言い合う暇も惜しい、二機で連携して死角をなくす!』
「カーペンター伍長……!」
距離はさらに詰まっている。マコトと合流する前に有効射程を割り込むだろう。
実弾の無いハイパーバズーカを捨てて、シュンの23が右手でビームスプレーガンを構え直す。アイネも覚悟を決めて背中を合わせ、二機一体で死角を消した。全周防御陣形。油断なくシールドを構えながら、ビームライフルの照準を操作する。
口の中がからからに乾く。相対距離が詰まったことで角速度が跳ね上がり、敵機の機動を実際以上に速く感じさせる。
敵はいつ撃つ? こちらはいつ撃つ?
跳ね回るように早鐘を打つ心臓を必死で押さえ込みながら、アイネはビームライフルの照準に、いよいよ中距離を割り込んできた目標への修正リードを与えて――
『23、25、撃つなよ!』
「准尉!?」
そのとき不明機にも劣らぬ勢いでデブリを縫って突進してきたジムⅡ22、マコトの機体がビームスプレーガンを構えて両者の間へ割り込む。
22のその突出を脅威に感じたか、不明機は急旋回で軌道変更するもののさすがに減速し、今まで二人のジムⅡに掴ませていなかったその機影をようやくメインセンサーが捕捉する。
アイネ機のコクピットでもようやく機種識別機能が働き、その型番を表示した。やや遅れて、敵味方識別装置も思い出したように反応する。
「RGM-79GSR《ジム・コマンド空間戦仕様》……《ゲシュレイ》?」
『ゲンさん、毎度ながらずいぶんなご挨拶ですね』
『うるせえよマコト。こんなときだけチャッチャと動きやがって。てめぇこそいい加減、模擬戦の度に弾くその下手クソな三味線やめろ。どうやったって本気でやらねえってんなら、今度負かしたときにゃ乳揉ませろ、乳』
通信回線で下品に笑う男の声に、アイネは思わず眉をひそめる。
同時に、不明機から識別信号が発信された。後方のもう一機――こちらはRGC-80S《ジムキャノン空間突撃仕様》だった――からも同様だ。
ジム・コマンド空間戦仕様の改修機《ゲシュレイ》のパイロットは、マコトのジムⅡ22とビームガンとスプレーガンの銃口を互いに油断なく向けあったまま、気の置けない間柄のように通信越しに笑ってのけた。
『《P-04》第911防空中隊ゲンナー・ウェズリー少尉、巡洋艦トラキアMS隊と接触だ。案内する』