※この作品はR-18です。

フェニックステイル   作:KY_PT

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第十七話 古兵たちの伝説

「識別信号確認。接近中の不明機は友軍! P-04根拠地隊所属、ゲンナー・ウェズリー少尉及びサブリナ・ミケリヤ少尉機と確認! ――後方の戦闘艇も識別信号発信、パブリク改級哨戒艇《バチスカーフ》!」

「各砲座とMS隊、聞いたな? 撃つなよ!」

 長い前髪を揺らし、女性通信士が振り向きざまに報告する。すかさず放たれた艦長の号令から間髪置かず、RGM-79GSR《ジム・コマンド/ゲシュレイ》の機影がサラミス改級巡洋艦トラキアの艦橋脇を猛烈な相対速度のままで飛び過ぎていく。トラキアの単装・連装メガ粒子砲塔と90ミリ対空機銃群が旋回し、スクランブルでMSカタパルト甲板上に出されたロブ・サントス伍長のジムⅡ24がビームライフルの銃口を、その傍らでVWASSのボールも90ミリ連装機銃を巡らせて機影を追う。

 スラスターが吐く推進材の残滓をトラキアの艦体へ吹き付ける荒々しい機動に、マコトのジムⅡ22が危なげなく追従し、やや遅れてジム・キャノン空間突撃型、そして二機のジムⅡが続く。トラキアからいったん離れたジム・コマンドは、航過する一瞬の間に艦橋へ向けたゴーグルアイを明滅させていた。

 トラキア艦橋でその発光信号を読んだ艦長リドリー・フランクス大尉は、艦長席に背を押しつけながら苦虫を噛み潰したような表情で呟く。

「『邂逅ヲ祝ス』、か。ゲンナーの野郎、よく言うぜ」

「あのパイロットを知っているのかね、艦長?」

「ゲンナー・ウェズリー少尉。パブリクの艇長上がりの札付きですよ。昔は奴のパブリクで、よく斬り込み戦をやりました。腕の方は確か過ぎるほど確かなんですがね、まあ、それ以上にいろいろと問題が多くて――」

「ふん、なるほど。『あの男』子飼いの番犬には相応しい経歴だ。それで君と一緒に戦後、ルナツーからここへ『島流し』されてきたというわけだな」

「ハハハ。その辺はまあ、室長のご想像にお任せしますよ」

 言いながら、リドリーは艦橋へ迎え入れていた『来客』の片割れに目を向ける。

 トラキア艦橋への来客は二人。一人は今後の航路の相談や被弾した機関の修理状況、今回の襲撃事案とその事後処置に関して直接話し合っていた、民間貨物船《リバティ115》の船長。

 そしてもう一人は、そのリバティ115に思いがけなく同乗していた船客――地球連邦政府の官僚だった。

「しかし、まさかゴードン室長が民間貨物船でP-04へお越しになるとは思いませんでしたよ。自分も何も聞かされておりませんでした。それでVWASSを護衛に付けて来られたので?」

「フランクス大尉。一応、断っておくがな。何も俺がVWASSを護衛に付けたわけじゃない。VWASSの護衛付きでP-04まで行く船があるのをちょうどよく見つけたから、船長に頼んで潜り込ませてもらった。それだけだ――俺にはそんな権限も、予算もないよ」

 自嘲するように淡々と言いながら、背広姿の男はふっと大きく息を吐いてのける。

 現サイド4行政における実質的な最高権力者、シド・ゴードン――地球連邦政府、サイド4復興再開発事業室長。

 その肩書きは『局長』ではなく、『部長』ですらなく、たかが『室長』であるに過ぎない。

 それでもゴードンがサイド4における最高位の文官である事実に変わりはない。だがゴードンのその肩書きこそが現在の地球連邦政府における、サイド4復興事業の優先順位に関する現実を何より雄弁に物語っていた。

 すなわち一年戦争の緒戦で大打撃を受けたスペースコロニー群――無傷で残ったジオン共和国(サイド3)とサイド5(旧サイド6《リーア》)を除く各サイドの復興においては、損害が比較的小さかったサイド1と2を優先し、次いでほぼ全滅した6(旧サイド4《ムーア》)。そして完全に全滅した4(旧サイド5《ルウム》)は後回し、というわけだ。

 大局から見るならば、真っ当な判断ではある。

 コロニーが一基残らず完全に全滅、ジオン残党その他の怪しげな者どもが跋扈する暗礁宙域と化してしまったサイド4の復興は、あまりにも手が掛かりすぎるのだ。わずかな小拠点へへばりつくように残った人口も、他サイドに比べれば無視できるほどに小さい。それよりも地球圏全体を見渡せば、いま存在するあまりに多くのスペースノイド難民を収容するため、少しでも多くのコロニーを少しでも早く復旧することが重要である。そのためにはサイド1と2の復興を最優先にせざるを得ない。

 かつて数十のコロニー、数百数千の艦船だった無数のデブリが巨大な暗礁宙域を形成するサイド4宙域は、見通しも利かず危険なために船舶の行き来すら満足に出来ない、正真正銘の魔の宙域だ。

 さらにその暗礁宙域は四年前の《デラーズ・フリート》がそうしたように、今日も《ルスラン・フリート》に限らずその他多くのジオン残党や臑に傷持つ連中の隠れ家として、便利に使われてしまっている。まともに叩けばいったいどれだけ埃が出るのか、正確なところはもう誰にも分からない。

 むろん、地球連邦宇宙軍もサイド4駐留艦隊を置いてはいる。だがそれも広大な暗礁宙域に有機的連携を妨害されながら、どうにか各地に小規模な拠点を設けてバラバラに分散しているに過ぎないというのが実情だ。現状は実効支配にはほど遠く、実際に四年前のデラーズ紛争時も、サイド4宙域内に設けた拠点から出撃したデラーズ・フリートを捕捉することすら出来なかった。

 サイド4駐留艦隊の各拠点間は、単純な直線距離でならそう離れてなどいない。だが濃密なデブリとミノフスキー粒子のため、相互の連絡が密に行われているとは世辞にも言い難い状況である。先日『大ジオン仏道』の襲撃によって轟沈したサイド4駐留艦隊の巡洋艦アバリスも、トラキアとは異なる根拠地と戦隊の所属であり、それゆえまともな接点も交流もほとんどなかった。

 いや。異なるのは、単に所属部隊ばかりではない。

「しかし、ゴードン室長。艦隊司令部を通していただければ、室長のお供に正規巡洋艦の一隻や二隻は工面できましたのに」

「ふん、言ってくれるな。君がいちばん良く知っているはずだろう――サイド4駐留艦隊は一枚岩ではない。今回もたまたま救援に来てくれたのが君のトラキアで良かったが、そうでなければ……はて、一体どうなっていたことやらな」

 皮肉げにそう唇を歪めてゴードンが笑えば、リドリーはそれ以上の言葉を返せずに沈黙する。

 地球連邦政府の限られた復興予算がまず地球に、次いでサイド1と2、6に搾り取られていく中、そこから滴り落ちるわずかな予算をサイド4のためにかき集めようと手を尽くして奔走する官僚がゴードンという男であることを、リドリーは知っていた。

 そして、それゆえゴードンの存在を疎む者が、地球連邦政府と軍の中にも――当然、当のサイド4駐留艦隊の中にすら、少なくないということも。

「……それに今回は、なにぶん火急の用件でな。軍に根回しする余裕がなかった。あと、少し……あと少しなんだ、艦長」

 艦の前方を周回したジム・コマンドが僚機のジム・キャノンと、ようやく足並みを揃えたトラキア隊のジムⅡ三機を引き連れるようにカタパルトデッキへ進入してくる。淀みない着艦動作による鈍い衝撃がトラキアの艦体を揺るがす中、リドリーはその呟きを聞いた。

「やっと『本物』の、チャンスを掴んだ。サイド4は、L1は、これで――本当に、甦る」

 

 

 

 巡洋艦トラキアのMS格納庫は、にわかに色めき立った。

 模擬戦訓練のさなか、予期せず登場した二機のMS。その二機から急な着艦と補給の要請を受けて、それでも大した混乱もなく格納庫内を整理し、短時間のうちに整然と受け入れ準備を完了できたのは、ウェンディ・アーデル曹長率いるトラキアMS整備班の高い能力を証明するものだったろう。

 模擬戦に参加せず整備中だったロブ・サントス伍長のジムⅡ24は、不明機発見の報で警戒任務に出されたきりだ。格納庫内へ収容して整備中だったVWASSの《ボール》も、バートン班長とアシュリーの操縦で艦外へ出ている。

 そうして無理矢理に空けたスペースを通った四機が、いまMSベッドにその身を横たえていた。

 そのうち二機は模擬戦訓練を繰り広げてきたトラキア所属の艦載機、シュン・カーペンター伍長のジムⅡ23と、アイネ・クライネ伍長のジムⅡ25。

 そして残る二機は《P-04》駐留部隊のMS――RGM-79GSR《ジム・コマンド空間戦仕様改/ゲシュレイ》と、RGC-80SR《ジム・キャノン空間突撃仕様改》だった。

「あの、《ジム・コマンド》のパイロット……」

 自機同様にトラキアMS格納庫のベッドにその身を預け、冷却材の充填・循環を受けて放熱していくその機体を全天周モニター越しに睨みつけながら、アイネは慄然と呟いていた。

 シュン・カーペンター伍長と繰り広げた激しい模擬戦の最後に、敵味方識別信号も伏せたまま照準レーザーを放ち、突如として接近してきたその機体。

 RGM-79GS《ジム・コマンド》は一年戦争末期に投入された、いわゆるオーガスタ系の後期生産型ジムの一種だ。

 高出力のスラスター多数を装備することで高い機動性を誇る一方、同時に推進材の消費が激しく継戦性が低い、という特性を持った局地戦仕様機である。

 運用側と操縦者の両方に機体の特性を理解した高度な戦術眼がなければ、高いカタログスペックを活かすこともなく、早々に推進材を尽かしてただのデブリに成り下がる。そのため多くが腕利きパイロットに配備されたという、そんな尖った機体だった。

 そして《ゲシュレイ》はジム・コマンドにジムⅡ規格の部品を可能な限りに組み込み、局地戦機としての特性はそのままに性能の底上げを図った機体ということだ。それがP-04の拠点警備隊に配備されている主力MSなのだと、アイネはトラキアで与えられた資料の内容を反芻していた。

 そんな機体を完全に乗りこなして見せつけられた技術はまさに圧倒的で、自分の遠く及ぶところではない。しかし同時にその行為は完全に軍規を無視し、友軍相撃すら引き起こしかねない危険行為だった。容易に許せるものではない。

 順調に冷却され続けていた機体温度が安全域にまで達して、アイネは管制の指示に従いながらコクピットハッチを開放した。他の三機もほぼ同時にハッチを開く。

 アイネは視線をジム・コマンドから降りてくるパイロットに据えたまま、自らもパイロットスーツのバックパックに掛かったリニアシートとのロックを解く。立ち上がろうとした。

「っ!」

 そしてアイネはその男が繰り出した次の動きを見て、その表情をさらに大きく引き攣らせる。

 カタパルト甲板上に22を露天繋止してきたマコトが、ハッチから格納庫内まで降りて、壁沿いのタラップに姿を見せていた。かと思えば彼は自機のハッチを蹴るや、そこへ一直線に飛んでいったのだ。

 ヘルメットを背中へ掛けながらマコトの眼前で身体を止めると、その豊かな胸元へ下から潜り込むようにしながら、気安い調子で話しかける。

「よぉマコト。てめェ相変わらず男殺しのエロい身体してやがるな。だからその乳いっぺん揉ませろ。っつーか、一晩抱かれろ」

「ヤですよゲンさん。いい女なら、そっちにもう一人いるじゃないですか」

 顔中に古傷を刻んだ中背の男は開口一番、マコト相手に下卑た軽口を叩いた。だがマコトも唇の片側を平然と釣り上げ、からかいを返すように悠然と笑ってのける。

 そのマコトの視線の先では、ジム・キャノンのコクピットから降りた女性パイロットも泳いでくるところだった。

「ダメダメ、マコト。あたしゃれっきとした人妻だよ? こんなふざけた死に損ないのクソ野郎ごときに揉ませてやれる乳なんか無いよ」

 凛とした美女はショートの髪を揺らしながらその豊かな胸元を誇らしげに抱き寄せ、さっぱりした風で笑い飛ばした。

「うるせぇぞサブ。ガキと亭主にさんざ吸われたてめぇの萎び乳なんざどうでもいい、つってんだよ」

「ゲンさん、そういうのを酸っぱい葡萄って言うんですよ」

「ああん? てめぇの乳首がもはやすっかり干し葡萄だって話か?」

「いやいや、ゲンさんの枯れた小枝なんざ、どんなに振っても届きゃしないって話ですよ。あたしゃ高嶺の花でして」

「はっ、抜かせ。俺ので叩きゃあ一気に濡れて弾け落ちるぜ」

「マコト、おひさっ。元気してた?」

「ええ、サブリナ。おかげでどうにかやっていますよ」

 

 

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 サブ――サブリナ、と呼ばれたジム・キャノンの女性パイロットは、ゲンナーをマコトの側から押しのけるような強引さで身体を止めた。そのままどこか懐かしむように、彼女はトラキアMS格納庫内の様子を眺め回す。

「ふぅーむ。しっかし、アレだ。この艦もさあ、私らのいた頃からぜんぜん変わんないよねぇ……てか、あの分捕り品のMSベッド、まだ使ってたんだ?」

 サブリナが指さしながら呆れるように言い放ったのは、アイネのジムⅡ25が巨体を預けているベッドだ。ジム系MSにも適合するように手を加えられてはいるが、その原型は旧ジオン公国軍規格の代物だった。一年戦争時代にトラキアがゲリラ戦で襲撃したムサイ級巡洋艦から鹵獲してきたもので、紆余曲折を経つつ、結局七年以上も使われ続けている。

「恥ずかしながら、ここは相変わらずご覧の通りのゴチャゴチャですよ。一式丸ごと最新設備で改装すれば、このトラキアでもスペースを効率化して六機運用体制が構築できると言いますが、なにぶん予算が。実機と人員も含めて、六機体制の確立はまだまだ先の話でしょうね」

「はっ。そりゃ要はティターンズだろ。今日日の予算はあの地球上がりの穀潰しどもがあらかた飲み干して、その余りモンをルナツーとコンペイトウの傍流連中で回し飲みだからな。こんなド田舎の部隊にまで回してやれる絞りカスなんか無ェ、って話だろうよ」

「ふーん。……ま、いろいろキッツいのはこっちも同じか……」

 整備兵の行き交う格納庫内を眺め回して物憂げに呟くサブリナに、マコトは改めて問いかけた。

「そういえば今日は、お二人ともどうしたんです。《P-04》のトップエースお二人が、たまたま揃って哨戒中にウチの模擬戦を嗅ぎつけて……といったわけでもないでしょうに」

「ハハッ。まあ、それはさぁ――」

 サブリナは快活に笑い、そして不意にマコトへ顔を近づける。肩を組みながら急に声を落とし、他に聞こえない調子で続けた。

「……で。どうだった、マコト?」

「どう、……とは?」

「だから、とぼけなさんなって」

 不意に調子を変えてきたサブリナにも、マコトはあくまで平静を保つ。だがサブリナは深く、陰の濃い笑みを浮かべてのけた。

「《エゥーゴ》。やり合ったんでしょ?」

「……さすがサブリナ、お耳が早い」

「ナニ言ってるのさ。あんたらの上げた第一報からこっち、《P-04》じゃあずっと幕僚どもが上へ下への大騒ぎ。あれで聞こえてこない方がどうにかしてるよ」

 新たな強敵《エゥーゴ》、宙域に現る!

 トラキアから風雲急を告げるその報は、ジオン残党勢力との実戦に慣れたP-04の面々までもを浮き足立たせたらしい。それもあの衝撃的な戦力を思えば無理からぬことではあろう。

 それでもエゥーゴとの接触やその動向などに関する情報は、最重要機密に類する情報のはずだ。一介の第一線パイロットの身でありながらそれをあっさりと入手しているサブリナの情報網に、マコトはただ苦笑した。

 

 

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「それよ、マコト。どうなんだ、奴ら。骨はありそうなのか?」

 そして正面からも、距離を詰めたゲンナーが不敵に――本当に楽しげに獣じみた笑みを浮かべ、爛々と目を輝かせながら尋ねてくる。さすがに諦めたように、マコトも大きく息をついた。

「基本は軍人崩れとにわか民兵の寄せ集めのようです。しかし士気は旺盛で強力な新型機に、手練の士官も揃えている気配がありました。……連中、単にジオンの残党連中が衣替えしただけ、ってわけでもなさそうです」

「ほぉ。まるっきりの新手ってわけだ。だがマコト、俺は細かいところはなんでもいいぜ。俺が知りたい、肝心のところはほんのひとつだ――」

 マコトの言葉を受けて、くくっ、とゲンナーは笑う。その笑う瞳が濁るように暗い光が宿るのを、マコトは見ていた。

「なァ、マコト……そのエゥーゴどもは、ルスランのジオン残党どもと同じぐらいには、俺を楽しませてくれるのか?」

「……ええ。おそらく、ゲンさんのご期待には……添えると、思いますよ」

 マコトの答えに、にい、とゲンナーが笑みを深めた。

「そうかァ。お前が言うなら安心だ」

「――で、マコト。いま表で模擬戦やってた二人は誰? ガルノフとロブじゃあなさそうだったけど」

「ええ、そうですね、せっかくなので挨拶させましょう。23、25。来い」

「……はい!」

 マコトから無線で呼ばれて、アイネとシュンはほぼ同時にそれぞれの自機からコクピットハッチを蹴った。顎を引き、負けん気と真剣さを前面に出して飛来するアイネを前に、ゲンナーとサブリナは目を丸くした。

「え? この子ら、新しく入った若手? うはー、でか……、でえっ、かあっ……。いや、しかし。二人とも、かわいいね?」

「おい、マコト。なんだアレ、オイ」

「なんだ、とは?」

「だって、アレ、……どう見ても、お前のより、さらに……」

 自分の胸の前で巨大な球体ふたつの存在を表現するような手振りを繰り出すゲンナーと、ただ感心したように二人を交互に見るサブリナを前に、マコトは到着した部下たちを澄まし顔のままで紹介した。

「いま小隊でハイパー・バズーカの運用を任せている23、シュン・カーペンター伍長と、先日撃沈されて全滅した友軍艦《アバリス》MS隊の生き残り、25のアイネ・クライネ伍長です。我がトラキアMS隊の期待の俊英ですよ。

 ――こちらは《P-04》拠点警備隊所属、ゲンナー・ウェズリー少尉とサブリナ・ミケリヤ少尉だ。二人とも、元は本艦MS隊に所属していた」

「「よろしく願います!」」

 マコトから相互の紹介を受けて、二人はその場に姿勢を正しながら声を合わせる。サブリナは二人をじっくりと見た後、不意に相好を崩しながらシュンに向かって微笑みかけた。

「へえ~……? マコトがバズを君に、ねえ……。ねえ、シュン君。この艦、女が多いでしょ」

「? は、はい。確かに、宇宙軍一般の比率より、女性乗員が多いとは思っておりますが……」

 ぐっと近づいてきたその笑顔を前にしながら、やや下がり気味にシュンは答えた。

 MS隊の要職を占めるマコトとウェンディを筆頭に、トラキアには女性乗員が多い。その比率は実に四割近く。一説によれば一年戦争時には連邦宇宙軍の実に三割を女性将兵が占めたとも言うが、その後の軍縮に伴う動員解除で、女性比率は再び大きく低下したはずだ。トラキアの比率は確かに異例と言えた。

「で、どう? シュン君。その中に、イイ女、……いた?」

「!?」

 サブリナは艶めいた声で囁きながら、シュンへもたれかかるように身体を寄せる。ヘルメットの下で汗ばんできた髪から漂う女性の香りに、シュンは思わず頬を赤らめながら下がった。だがサブリナはそんなシュンを逃がすことなく、同一距離のまま追いかける。あっさりとタラップ際に追いつめた。

「ふふっ、君。ひょっとして、今フリーだったりするのかな? ――なんだったらこの後、お姉さんが一対一で、さっきの模擬戦の特別指導をしてあげちゃおうかな――」

「しょ、少尉殿……っ」

「…………」

 傍観するアイネの表情がにわかに冷たく険しさを増し、ぎゅっと拳を握りしめながら、サブリナの肩越しにシュンを冷たく睨みつける。だがシュンはアイネの視線を感じながらも、サブリナに主導権を奪われたまま欄干の奥へ押し込まれていくしかない。

「ほう、そうですかサブリナ。それはご親切にどうも……向こうに着いたらその件についてしっかりと、ご主人に直接お礼を言わないといけませんね」

「!!」

 そのとき背後でぼそり、とマコトが一言呟いた。それが耳に入ったとたん、サブリナは電撃されたようにびくんと震える。それから錆び付いた歯車のようにぎこちない動きで、マコトへ恨みがましく振り向いた。

「ちいいぃい~っ……! おのれマコト、許せん。自分ひとりだけ若いツバメ囲って、イイ思いしやがって……!」

「サブリナ、未婚の女のみんながみんな節操なくやってるわけじゃないです。アレと一緒にせんでください」

「やっほー! ゲンさんにサブちゃん、おひさーっ!」

『アレ』と呼ばわりながらマコトが投げた視線を逆に手繰ってきたかのように、ちょうどマリエル以下の部下たちに一通りの作業指示を飛ばし終えたウェンディが、格納庫作業へのとっかかりを付けさせて飛んできた。

「おー、まだ生きてたかウェンディ」

「おうよゲンさん! 女ウェンディ、バリバリだぜい!」

「しっかしアンタさー、いつ見てもツヤツヤしてるよね。羨ましい。何か秘訣とかあんの?」

「んー。秘訣、ねえ。何だろ、……『好き嫌いせずに、おいしいものは何でもちゃんと食べること』……かな?」

「…………」

「なるほどわかった。単に相変わらず、ってこったね」

 微笑みながら一瞥してきたウェンディの視線から、アイネは不器用な笑みを浮かべながら半歩引く。そんなアイネを見るでもなしに、サブリナはため息混じりに頭を振った。気を取り直したように、シュンへ再び微笑みかける。

「あ、カーペンター伍長のことは前から聞いてるよ。久々の大型補充新人ってね! へーぇ、君だったんだぁ。その前がガルノフとロブだったでしょ? 君みたいな男子がいてくれるとー、お姉さん、嬉しくなっちゃうんだなー。ヨロシク!」

「よ、よろしく願います……」

「…………」

 背後から刺さるアイネの視線を知ってか知らずか、半歩引きながらぎこちない調子でシュンは答える。そのしぐさにも満足の意を見せながら、次にサブリナは背後のアイネへ目を転じた。

「でも、クライネ伍長……だっけ? マコト、さっき、アバリスの生き残りって言ってなかったっけ」

 サブリナがアイネを見た。その神妙な視線を向けられて、アイネはその場にびくりと姿勢を正したまま立ちすくむ。

「大変だったね。仲間、みんなやられて」

「い、いえ。私はまだ、配属されて二日目だったので……」

 アイネは言いながらアバリスの一日で感じた、言いようのない居心地の悪さを思い出す。自分を仲間ではなく欲望の対象としてしか見ようとしないような視線と気配、理不尽な哨戒命令と無謀な訓練、そして襲撃を受けた後のデタラメな判断の数々。

 アバリス。トラキアと同じサラミス改級巡洋艦で、トラキアと同じサイド4駐留艦隊に属した艦。

 なのにあの艦は、トラキアとは何もかもが違っていた。

 あの艦は、いったい何だったのだろう――トラキアという環境に慣れはじめた今だから思う疑問混じりに答えたアイネの、その表情の機微を読み取りながら、サブリナは続けた。

「『大ジオン仏道』にやられたんだよね? 確か全滅したんじゃなかったっけ。トラキアの上げた第一報もそうだったと思うんだけど」

「ええ。唯一の生き残りが彼女でした」

「ちょっと待った。そこがちょっと、よく分かんないんだけど……大ジオン仏道にやられて、生き残ったっていうのが」

 サブリナの声が大きくなった。まじまじとアイネの顔を見つめてから、マコトに言う。

「……最新の情報だとあいつら、サイド4の外じゃあ凄いみたいよ。完全成仏だか極楽浄土だかなんだか知らないけど、とにかく襲った相手は徹底的に皆殺しにして、目撃者を誰も残さない。だから名前はほとんど売れてないんだけど、どうもルスランの『外回り』に関わってるみたいでさ。よその方面じゃ拠点や小部隊の襲撃から要人暗殺までもう何でもありで、あちこちの部隊で古株の手練も含めて相当殺られてるのが、実はその大ジオン仏道の仕業らしいって話になってきてんのよ。――クライネ伍長、そいつらと戦って生き残ったってことでしょ。それ、相当すごくない?」

「はっ。自分も撃墜され、気絶しながら漂流しましたが、今ここにこうしていられるのはハヤカワ准尉以下、トラキア隊の迅速な救援のおかげです。おかげで九死に一生を得ました! このご恩は必ず戦場働きで返します!」

「いや、そうじゃなくて」

 ここしばらくで慣れっこになった、もはや定型の説明を力強く返したアイネを、軽やかに押しとどめて捌きながらサブリナは尋ねた。

「あいつら、すごい勢いでトドメ刺しに来るでしょ、って話よ。撃破して戦闘力を奪った相手でも、その生き残りをいちいちビームでノーマルスーツを一人一人焼いて回ったりするらしくて、それで目撃証言がほとんど残らないらしいんだよ。よく見逃されてたね? 特にMSパイロットで奴らとまともに戦って生き残った人間は、私の知る限り他に存在しない。徹底してるのよ、奴ら」

「そ、それは……」

「クライネ伍長。君は、どうやって生き残ったの?」

 そう言われてみれば、確かにそうだ。

 大ジオン仏道のゲルググは、わざわざアバリスMS隊長の脱出ポッドを捕らえてビームナギナタで破壊した。アバリスに最大規模の誘爆を発生させての大爆発で轟沈させ、そして、自分も……自分のことも、機内に閉じこめながらビームナギナタで殺しに来た、ような、気がする。

 だが、あれは単なる悪夢。現実ではなかったはずだ。そうでなければ、自分が今ここでこうして生きていることの説明がつかなくなる。記憶にないどこかのタイミングで、自分は無意識のうちに脱出に成功していたのだ。

 しかし……いったい、どのタイミングで?

「…………」

 アイネが言葉に詰まり、背後のマコトが何かを切り出そうとしたとき、予期せぬ方向から助け船が来た。

「まァ、いちいち気にすんなよサブ。戦場じゃあ何だって起こるもんだ。世の中、理屈で図れん不死身の人間ってのもいるってこったろ? 俺だってパブリク乗りの時分にゃさんざ落とされたが、その都度毎回死に損ねた。大ジオン葬祭だかなんだか知らんが、そいつらだって食い残しを出すこともあるだろうよ」

「ああはいはい。そりゃまあ『リバース・エース』不死身のゲンナーに言わせりゃ人間、機体が爆発しようが船ごと爆沈しようが生身でザクマシンガンに狙い撃ちされようが、そう簡単にゃ死なないことになっちまいますよ」

「だからそんなもん、別に俺だけに限った話じゃねェだろ。マコトだってジオンのわけのわからん連中にぶち当たったのに生き残って、何だか言うご大層な渾名を貰ったことがあるらしいじゃねぇか。それにほら、昔あいつもいたろ、あいつ――」

 ゲンナーは記憶の糸を手繰るように顔をしかめ、そして何気なく、その思い出した名を口にした。

「エリナ。あいつもかなりの不死身だったろ」

 一瞬。

 その名を聞いた瞬間、アイネはなぜか、ぞくりと全身が総毛立つような気配を感じた。

「あいつも似たような感じだったろ? ボールで出撃して、なんべんも派手に撃墜されて。ソロモン戦の時に俺も一回見たぜ、直撃もらって機体が消し飛ぶくらいに大爆発したとこ。どう考えてもあれ死んだろって殺られ方だったのに、どうにか生きて戻ってきてたこともあったろ。すげえな、あれでどうやって生き残ったんだあいつ。そういやその時、おかしなこと言ってた奴もいたな。ソロモン戦の後ノーマルスーツも無しに、素っ裸で宇宙を漂うエリナを見た、とかって奴がいたよな。覚えてるか?」

「何それ? エリナはア・バオア・クーの時もあたしの編隊にいたよ? ソロモン戦でボールごと爆散したり、宇宙に素っ裸で放り出されてたら、さすがにア・バオア・クーで出撃できんでしょ」

「知らねえよ、見たって言ってた奴に聞け……あ、でも言ってた奴も死んだわ。あいつ誰だっけ? こっちは名前も思い出せねえ」

「あはははは。すっかり戦場伝説ですね」

 マコトが笑った。

「あの頃はもう、何でもかんでも乱戦でしたから。補充と再編成を繰り返しながら、ジムとボールでかっちり組んだ編隊だってすぐに崩れるような勢いで敵味方入り乱れながら戦ってたのに、やられた機体が本当は誰のだったかなんて、正確なところは誰も分かってなかったでしょう。ゲンさんが見たボールの爆散は、エリナじゃなくて誰か別の機体だったんですよ」

「それにあの子さー、相当いい体してたもんね! 昔のパイロットスーツって、今のよりずっと体の線が出やすかったから……あの子の裸を想像しておかずにしてた野郎どもって、あたしゃ相当いたと思うね! 恐怖と緊張でおかしくなっちゃったチェリー諸君が宇宙に見る幻覚としては、すんごいあり得るわ~」

「あー、……まあ、確かに、そりゃあね……。実際のとこ、そんなとこなんだろうね」

 ウェンディがマコトの言葉を継げば、ゲンナーは黙り、サブリナは納得したように頷く。だが、なぜそこでサブリナとゲンナーは自分をチラ見するのだろうとアイネは思ったものの、傍らのシュンも慌てて彼女の胸元から視線を逸らすところを目撃して、アイネは眉間にしわを寄せた。

「ウェズリー少尉、ミケリヤ少尉!」

 そのとき階下の内線端末から、マリエルが彼らの方へ上がってきた。いつも通りの強い意志を込めた態度のまま薄くて小さな胸を張り、ゲンナーとサブリナに――殊にサブリナに向かって強い口調で言い放つ。

「艦長から内線です。状況の報告を求めておられます。ウェズリー少尉、ミケリヤ少尉の両名はただちに艦橋まで上がってこられるように、とのことです!」

「おお、こわ。リドリー君、こわっ。敵味方識別装置の不調が原因ですよって、さっきちゃんと報告しといたのになあ」

「艦長殿のご命とあらば、出頭せにゃあなるまいよ――マコト、また続きは後でな」

「ええ。久々ですから、リドリーも楽しみにしていると思いますよ」

 気迫を乗せて睨みつけてくるマリエルの言葉にも、サブリナはニヤニヤと笑い、ゲンナーも不敵に笑い飛ばすだけだった。が、そのとき急にサブリナが振り返る。

「それから、ガルノフ!」

「ひっ」

 彼女が一喝すると、格納庫の物陰で聞き耳を立てていた巨漢の影がびくりと震えた。サブリナがぎろりと睨む。

「ウェンディから聞いてるよ! アンタ、肝心の時になんだかアホな怪我して出撃できなかったんだってね!? たるんでんだよ! 後でたっぷり絞ってやるから、覚悟しときな!」

「み、ミケリヤ少尉ぃ……勘弁してくださいよぉ……あ、あれは、あれは不可抗力で……」

「やかましいわボンクラァ!! お前いまのトラキアMS隊の序列二位だろうが! それで下に示しが付くと思ってんのか!? あぁん!? 後で殺す! 死ぬまで殺す!!」

「ん、んな殺生な……」

 怒鳴りつけられてへたり込むガルノフを一際嬉しそうに見つめるウェンディをよそに、ゲンナーとサブリナは艦内通路へ続くエアロックへ身を躍らせた。ウェンディも無言でマコトの肩を叩くと、マリエルの冷たい瞳に迎えられるようにしてジム・コマンドへ飛び去る。

 そしてタラップ際には、三人のMSパイロットだけが残った。

「あの、ハヤカワ准尉……」

「どうした?」

「えっと、……その……」

 シュンとともに残ったアイネは迷いながら、しかしやがて意を決して、おずおずとマコトに質問した。

「エリナさん、って……ハヤカワ准尉の、戦友の、方……ですか?」

「そうだ」

 ――どんな方、だったんですか。

 しかしアイネは言葉を継げず、氷柱のしずくでも背中へ落とされたように、その場に堅く立ちすくんだ。

 殺気。

 たった一言で質問を切り捨てたマコトが発する気配は、鋭く、もはや殺気に近い何かだった。

 アイネはその目に覚えがあった。口調だけは和やかに、微笑みながら、しかしその『エリナ』の記憶をゲンナーが語ろうとしたとき、その話題に入り込んで流れを変えたときの、まったく笑っていない、あの目だった。

 それ以上、いっさいの質問を許さない。そんな無言の強烈な圧力は、しかし次の瞬間には嘘のように消え失せていた。マコトはふっと柔らかく微笑み、二人へ短切に命じた。

「機体について、整備への申し送りがあるだろう。行け」

「……はっ!」

 その微笑みでアイネを縛っていた、見えない縄が切り落とされたようだった。どっと汗が吹き出る。そうして命じられれば、二人はそれぞれの機体へ向かって飛ぶしかなかった。

「……存在しない」

 最後にひとりその場へ残り、25のコクピットへ消えていくアイネの後ろ姿を見送りながら、マコトは暗い瞳で呟いた。

「不死身の人間など……、存在しない」

 そっと目を閉じると、アイネの背中が残像となって瞼に残る。その残像は自然と、記憶の中の少女の姿に重なっていく。マコトの唇からその名が自然とこぼれていた。

「エリナ……」




イラスト:b10b10アットzoho.com様、はお様(http://www.pixiv.net/member.php?id=164461)
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