戦闘照明の赤を抜けると、一面の闇が広がった。微細なデブリが装甲を叩く。
補助カタパルト・グリップからの加速支援を受け切った《ファドラン》31は、コロンブス級輸送艦の格納庫ハッチが途切れる直前で左手を離した。虚空へ放り投げられた機体はスラスターで緩やかに加速しながら、デブリ漂う宇宙空間へと突き進んでいく。
ルスラン・フリートの偽装貨物船《ケンドー丸》から出撃するMS三機の、先陣を切ったファドラン31。パイロットの少女ティアーナ・エイリスはそのコクピットで、この段階に至ってもまだヘルメットを着用していなかった。
一年戦争時代の第一世代MSを近代化改修した他の機種と同様、ザク・ファドランは肩部他にサブカメラを増設して、センサー機能をそれら戦後世代機の水準にまで拡大している。それでも正面から来る六機はまだその有効範囲のずっと外で、火器の照準はおろか正確な捕捉すら出来ていない。
だがティアーナは迫りくる敵MSパイロットたちの昂揚した息吹と鼓動を、彼我機体の装甲板と宇宙の真空を通じて、おぼろに感じていた。
「…………」
後方からファドラン32ノーラ、33ミリアムが出撃してくる。彼女たちが自機に後続しながら組み上げていく陣形を背中で感じながら、ティアーナはイオタから受け取った小箱を開いていた。
赤と青。
そう着色された注射器が、それぞれ数本。
ティアーナはその中から、赤の注射器を手に取る。
操縦桿やコンソール、リニアシートに貼られた、何枚もの写真シールを見た。
サイド5の繁華街で撮った、私服姿の少女たちの写真。ノーラとのじゃれ合いや追いかけっこ。豊かな胸へ抱きつかれたイオタの困り顔。気怠げなミリアムの隣で真似っこしながらキメ顔。ケンドー丸の船員や整備兵たちに肩車されたり、出来立ての料理をもらった場面。
どの写真の中でも、ティアーナはいつも幸せに笑っていた。
今のティアーナも、少し寂しげに笑う。
「……いくよ。ティア」
一瞬のためらいの後、大きく息を吸う。
そしてティアーナは赤い注射器を、自身の首へ突き立てた。
シリンダを押しきり、その内容物を一気に体内へ注入する。
少女の中で、世界が弾けた。
「おい砲術、どういうことだ。今の威嚇射撃、危うく当てそうになったんじゃないのか」
大型隕石の陰に待ち伏せていたサラミス改級巡洋艦《マカッサル》の艦橋で、艦長のカミラ少佐は温厚そうな顔をわずかにしかめて叱責した。
マカッサル両舷の連装メガ粒子砲塔から放たれた威嚇射撃の初弾は、ミノフスキー粒子が希薄なうえに完全な奇襲という出来すぎたほどの好条件下とはいえ、まだ遠すぎる距離からすれば奇跡的な精度で不審船を襲っていた。直前に不審船が妙な下げ舵を当てていなければ、初弾命中などという、マカッサル砲雷科の練度を思えば奇跡としか言いようのない結果を叩き出していたかもしれなかった。
が、ここで当ててもらっては困るのだ。
「不審船、コンテナ投棄作業継続中。なお加速しています」
「ミノフスキー粒子濃度なお上昇中。不審船より散布中の模様――間もなく戦闘濃度!」
「火器管制センサー、不審船をロスト!」
「ここまで露骨に脅して止まらんか……カミラ。こいつはどうやら、いよいよ狙い通りの『宝船』のようだな?」
艦橋要員から次々と上がる報告の中、カミラ艦長の隣に座る佐官が笑みを浮かべた。
「活きのいい獲物なら、ティターンズヘのいい手土産になる――《アバリス》の穴埋めで骨折りなどと思ったが、まさか福に転じるとはな」
「リード司令。窮鼠は猫を噛みますよ」
「カミラ、君は悲観的だな。これだけの戦力を以てして、まだルスランの偽装貨物船一隻ごときが怖いのかね」
第223戦隊司令リード中佐は、旗艦艦長カミラ少佐の慎重さを笑った。
戦隊旗艦を務めるマカッサルは僚艦である同級艦《トラキア》と異なり、MS六機の運用が可能な艦内格納庫を有している。MSベッドをはじめとして、格納庫内の空間を効率的に運用できる新型設備一式を導入しているためだ。
そしてマカッサルが新型を有するのは、格納庫設備だけではない。
そこに満載されてきたその艦載機、二個小隊六機のMSはすでにMSカタパルト甲板上に林立している。朱色を基調とした塗装のRMS-117《ガルバルディβ》が隊長機・小隊長機として二機、菫色のRMS-106《ハイザック》がその僚機として四機。
いずれの外観もジオン系MSの色彩が濃い。ジオン公国との一年戦争に勝利して接収した公国系MS技術を自軍系のそれと融合させて生まれた、まさに戦後地球連邦軍の申し子と言うべき機体群だった。
『リード司令、目標を確認した――準備万端です』
カタパルト甲板で身を屈めたガルバルディβの一機から、異様なまでの自信に目をギラギラと輝かせる屈強な男が主モニターへ映し出された。
「不審船がルスラン・フリートの偽装貨物船なら、追いつめられて向こうもMSを出してくる可能性が高い。着任早々だが、頼むぞ。マイデン大尉」
『笑止ですな司令。敵ながら哀れなものです。たかがザクの改修機ごときで、未だにジム装備の田舎部隊ならまだしも、よりによって我々の前に立ちふさがろうなどとは』
サイド4方面で活動する大規模ジオン残党組織《ルスラン・フリート》と、その主力機であるザクⅡ独自改修型MSの情報は、すでにサイド4駐留艦隊で知られつつあった。連邦軍による《ジムⅡ》計画に匹敵する規模の近代化改修が施されたとも言われるザクⅡは、ガルバルディβやハイザックをもってしても決して侮れる戦力ではない。機数も不明だ。不審船と同じコロンブス級輸送艦は一年戦争中、一隻あたり実に数十機ものMSを搭載、運用した実績で知られている。
だが、彼の自信は揺るぎない。
『敵がいかに多勢を頼もうと、自分の敵ではありません――ペズンで研ぎ澄まされし連邦最強の剣の味、奴らに見せつけてやります』
マカッサルMS隊長ターゲル・マイデン大尉は、にいっとその歯を剥いて静かに笑う。
ターゲルは小惑星要塞《ペズン》に駐留する、地球連邦軍MS教導団からの転属者だった。
ペズンという秘密基地めいた僻地の宇宙要塞に拠り、MSの運動全般を司るソフトウェア《IMPC》の開発に携わる教導団。俗世から隔絶された彼らは一種孤高の武芸者集団じみた、連邦軍最高の戦技集団と言われている。
そんな彼らを自らのMS隊へ組み込むことが出来たのは、リードの政治力の賜だ。
連邦軍サイド4駐留艦隊の内部には、明確な派閥があった。旧ルウム出身者を中心とした一団と、彼らを抑えるために外部、地球連邦軍中央から派遣された一団である。
リード率いるマカッサルは、明確に後者だった。
旧ルウム派と連邦中央派の溝は深く、確執は大きい。そのサイド4駐留艦隊内のパワーバランスを中央派へとより大きく傾けるためのテコ入れとして、コンペイトウ鎮守府の手配で教導団からリードの元へと送り込まれたのがターゲルたちだった。
『そしてルスラン・フリートは今や、我が兄の憎き仇でもあります。必ずや、この手で討ち果たしてくれましょう……!』
「頼もしいな、大尉」
ターゲルの兄は、サイド4駐留艦隊第441戦隊の巡洋艦《アバリス》のMS隊長だった。
特に中央派の色彩が濃い一隻だったアバリスは先日の哨戒任務中、ルスラン・フリートの一部と見られるMS-14《ゲルググ》小隊『大ジオン仏道』に遭遇。奇襲を受けてあえなく殲滅されていた。その証言をもたらしたアバリス隊の生存者は、同艦MS隊へ配属されたばかりの新任女性パイロットが一人だけだったという。
『司令! 敵艦と敵機を拿捕した後、敵機の鹵獲と敵兵の尋問は自分に任せていただきたい。卑怯な不意打ちに散った兄の無念……この手にて、わずかなりとも晴らしたく!』
「構わん。一任しよう、マイデン大尉」
『ありがたきお言葉。我が働きのほど、とくとご覧いただきたい!』
「楽しみにしておこう」
新任MS隊長の猪じみた野太い笑みに、リードもまた太い笑みを返す。
古来より敵からの略奪ならば、指揮官は自分の懐を痛めることなく兵を満足させられる。その略奪の過程ではいろいろと『問題』を起こすこともあるだろうが、それが本当に問題となるような頃には、自分はこんな宇宙のゴミ溜めからはおさらばしていることだろう。
『ガルバルディβ01、ターゲル・マイデン大尉! 出るッ!!』
笑うリードの眼前で、大電力を帯びたMSカタパルトが軋む。大胆に肉抜きされた軽装甲の機体を瞬時に加速し、宇宙空間へ放り投げていた。
全身に掛かるGの中で歯を食いしばりながら、ターゲルは獲物を狙う野獣の目で眼前の偽装貨物船を睨みつける。
その後方で二機のハイザックが左右へ展開し、もう一機のガルバルディβとハイザック二機の第二小隊も轡を並べた。一糸乱れぬその陣容を横目で確認しながら、ターゲルの口元には暗い笑みが宿っていく。
「『大ジオン仏道』とやら! 聞けばゲルググ三機のうち、二機は女の操縦だったというではないか。不届きな――許せぬ。……許せぬな……!」
小惑星基地ペズンと教導団について、もう一点特筆すべきことがあるとするなら、それは女性将兵の不在であろう。
この一年戦争後の宇宙世紀にあって一体いかなる意志が働いたものか、教導団はまるで中世期の軍隊のように全員が男性によって編成される、きわめて特異な存在であった。そしてそれゆえに彼らはしばしば腐敗し惰弱化しつつあると言われる連邦軍の中で、一頭群を抜く精強さを示していると一部の人々から信じられていた。
「ジオンの残党どもめらが。追いつめられて、女どもを前線へ駆り出すとは。人口の半分が死んだこの世で、強く優れた男の子種で孕んで産み育てるに勝る務めなど、もはや女の身には無いという真実を……この俺が、きゃつらに思い知らせてやらねばならぬ!」
優秀な戦技成績を買われて教導団へ配属されたターゲルだったが、実戦の経験は未だ無い。だが連邦軍共通の形なき兵器となるIMPCを磨き上げるため、教導団の潤沢な物資と予算を投じて、猛訓練と模擬戦を数知れずこなしてきたのだ。
そして今、ついに実戦の機会が訪れた。
ターゲルは己の技量のみならず、熟練した士官級パイロットに与えられるこの機体、ガルバルディβの性能にも絶対の自信を持っている。
ガルバルディβはジオン公国軍が一年戦争末期に開発中だった次期主力MS、MS-17《ガルバルディ》に連邦軍が戦後の技術を投入して開発したMSだ。MS-15《ギャン》から引き継がれた新駆動系技術の流体パルスアクセラレータは高い運動性を保証し、さらに新素材を用いながら肉を削ったことで果たした大幅な軽量化によって、傑出した機動性を実現。軽装甲かつ高機動ゆえに扱いは難しいが、ゲルググ用ビームライフルをEパック方式に改修した長射程ビームライフルに、シールド内蔵式のミサイルランチャーと火力も充実している。
自分のように優秀なパイロットが操る限り、ジムⅡやハイザックのように凡庸な機体に遅れを取ることは絶対に無いのだ。ましてやルスラン・フリートのザクⅡ改修機ごときは論外と言える。十や二十もの機体を出してくるというなら、多少は楽しめそうだが。
「今度の敵も女なら、簡単に撃墜しては面白くないか……。ならば機体の四肢を落として、パイロットを引きずり出し……敗者の女に相応しい扱いを与えてくれようて」
初の実戦へと向かう異様な興奮を帯びたターゲルの中では、兄の艦を沈めたという大ジオン仏道の女性パイロットについての強烈な印象が溶け出していた。それはターゲルの脳内で間もなく目の前に現れるだろう敵部隊のそれと混じり合い、まだ見ぬ敵パイロットについての奇怪な先入観を形成していく。
表の世界から光が届くことのない、見捨てられた辺境宙域での実戦。そこでの勝者は敵からすべてを奪い、すべてを手に入れる――サイド4宙域での任務について兄から時折聞かされてきた、数々の『戦利品』についての心躍る話題を思い出す。
今まで磨き上げてきた力を用いてそうした『勝利の果実』を得ることに、ターゲルはどこまでも貪欲だった。
偽装貨物船は友軍駆逐艦に追われてなお突進を継続しているが、それでもまだガルバルディβの有効射程外だ。まともに仕掛けるには、まだ一分近くは待たねばならない。
その貨物船の開放されていた格納庫ハッチから、何かが続けざまに飛び出してきた。急上昇した高濃度のミノフスキー粒子のため、細部の機影は判然としない。噴炎を曳いて向かってくるが、その数はなんとたったの三機だった。ザクか?
「来たかッ、ジオンの女ァ!!」
くわっと目を見開き、獲物へ向かってターゲルは吠える。
まだ機影も捉えきれない距離の彼方で、何かが光った。
「おうおう。リードの旦那、やっとこお出ましかいな」
サラミス改級駆逐艦《アルマーズ》はつかず離れずの距離を置きつつ、必死に逃げるコロンブス級貨物船の後方を追っていた。
その艦長席に座って悪態をつくのは、小粋な丸眼鏡に黒髪を短く刈ったアジア系の青年士官だ。
アルマーズMS隊のジムⅡ三機は甲板上に屹立したままで、いっこうに出撃する気配がない。理由は二つある。
一つには、サラミス改級『駆逐艦』アルマーズはその従来型サラミスの半分近くまで絞り込まれた細く小柄な艦体に、MSへ強力な初期加速を与えるカタパルトを持っていないこと。
そして、もう一つの理由は――こちらが決定的なのだが、この場における彼らの使命は獲物を仕留める『狩人』ではなく、獲物を追い込む『勢子』に過ぎない、ということだった。
数日前。第441戦隊所属の巡洋艦アバリス轟沈の報を受けた際、第223戦隊旗艦マカッサルと僚艦アルマーズはサイド4駐留艦隊司令部に投錨していた。
限定された戦力での艦隊運用計画に破綻を来して混乱に陥る艦隊司令部で、第223戦隊による即座の穴埋めを提案したのが、アルマーズ艦長ジャクソン・ヘイズ大尉だった。
ヘイズは以前から、アバリスの行動に疑念を抱いていた。
――アバリスはジオン残党に内通し、連邦軍の内部情報を漏らしているのでは?
避けられ続ける連邦軍の哨戒と掃討作戦、捉えきれない不審船の流れ、あざ笑うように出没しては繰り返されるルスラン・フリートによる破壊工作。連邦軍は常に後手に回り続けた。そんな状況の中、アバリスが時に見せる異様な行動と奇妙なまでの羽振りの良さから、ヘイズはそう睨んでいたのだ。しかしアバリス艦長らはサイド4駐留艦隊の主流派中枢に近く、明白な証拠無しに何かを仕掛けることは出来なかった。
そうした疑念の日々の中、唐突にアバリスが沈む。
しかも謎めいた異端のジオン残党組織《大ジオン仏道》の手によって。
『何か』が起こったのだ、とヘイズの直感が叫んだ。
ヘイズは戦隊を動かしてアバリスの任務担当領域を一時的にでも奪わせ、即座にその内側で新たな活動を起こすことで、今まで掴みきれなかったジオン残党勢力の動きを捉えようとしたのだった。
「まさか、こうも早々に『当たり』を引くとは思わなんだが」
余計な面倒ごとを背負い込むのか、と渋るリード司令は、その腹心であるカミラ少佐を巻き込むことで説き伏せた。そしてアルマーズは及び腰のマカッサルとともに、かつてアバリスが担当した宙域で息を潜めて哨戒を開始した。
早速そこで網に掛かったのが、目の前を逃げる不審船だ。
やはり、アバリスがジオン残党へ情報を流していたのか。そして『何か』があって彼らは大ジオン仏道に始末され、連邦軍からジオン残党への情報漏洩の流れが途切れたのだろうか。この不審船も本来ならアバリスからの情報提供を受けて、『安全』な航路を進むだけのはずだったのかもしれない。
とにかく、ようやく敵の尻尾を掴んだのだ。
ここまでの追跡劇に最大の功労者がいるとすれば、それは普段からの観察によってもたらされたアイディアを元に、そして消えることのない執念と情熱をもって任務に挑んだヘイズたちだろう。
だが不審船の接近をアルマーズが発見し、マカッサルに報告して二隻による伏撃作戦が開始されたとき、戦隊司令からアルマーズに与えられたのは『狩人』ではなく『勢子』としての立場だった。
艦長ヘイズ大尉以下アルマーズ乗員の大半は、旧ルウム出身者を中心に占められていた。
彼ら旧ルウム出身者も《P-04》を率いる将官を核として、一種の派閥こそ形成してはいる。しかしその組織力はきわめて限られており、連邦軍という巨大組織の内部にあっては、しょせん孤立した一少数派に過ぎなかった。ゆえに彼らはサイド4駐留艦隊における傍流に過ぎず、その利害が連邦軍主流派とぶつかり合う場面にあっては、劣勢と忍従を強いられることが常であった。今もそうだ。
トラキアから受けた『エゥーゴ襲来』の一報以来、戦隊司令リード中佐の頭の中は、今をときめくティターンズへ取り入るために目前の事態をどう利用するかでいっぱいだ。ティターンズ側からも、エゥーゴが接触を試みているというサイド4宙域のジオン残党勢力に対する情報を要求されているらしい。そんな中でこの貨物船を拿捕することが出来れば、ティターンズに対して大きなアピールとなることこの上ない。コンペイトウに根回ししてペズンの教導団から呼び寄せたという、自慢のMS隊の良いお披露目にもなる。
だから貨物船にはマカッサル隊が仕掛け、拿捕も尋問もそちらで行う。アルマーズは後ろでただ見ているだけだ。功績や名誉も、捕虜も情報も物証も、直接手に入れることは出来ない。
「MS隊は引き続き待機。不測事態に備えてくれ」
『了解です艦長――しかし見物だけとは、何とも締まりませんね。ウチの期待の新人の、いいデビュー戦になると思ったんですが』
「言うなよ」
甲板上のアルマーズMS隊長機、ジムⅡ42から入った苦笑混じりの通信に、ヘイズはさっぱりとした笑いを返した。
アルマーズは数日前、MSパイロット訓練課程修了直後の新人女性パイロットを受け入れている。ジムⅡ44を駆る彼女は細身で小柄な美少女だったが、寡黙で人を寄せ付けないような峻険さがある。着任早々から数度の模擬戦を実施したが、その実力は歴戦のアルマーズMS隊長が舌を巻くほどのものだったという。
「何といっても、兵隊は待つことが一番の仕事だ。派手な実戦なんてほんの一瞬。彼女にも、そいつを実地で教えてやればいい」
『確かに。違いありません』
「よそから敵の増援が来る可能性がある。そっちはウチで抑えにゃならん。いつでも出られるように頼むぞ」
『了解!』
モニター越しに苦笑を交わしあい、二人は通信をいったん閉じた。ヘイズは艦長席の肘掛けに頬杖を突いて一瞬、どこか遠い場所を眺める。
「裏方でも何でもいいさ。……それで本当にここが、ルウムが……本当の復興に近づくならな」
――ルウムだけ、なのだ。
人類の半分を滅ぼす劫火に焼かれた四つのサイドのうち、唯一、ただルウムだけが今も戦後復興の動きから取り残されている。
世界のすべてから忘れ去られたかのように、今もただ墓標の連なりとして、地球と月の狭間に漂いながら。
ルウム戦役によるあまりにも徹底的な破壊と、その広大すぎる暗礁宙域を頼みにここへ潜んだジオン残党勢力が、戦後復興の歩みを強力に妨げているのだ。
せめて残党どもを討つことさえ出来れば、宙域復興への歩みは少しでも加速するはず。軍人としての自分が故郷の復興に貢献できることなど、それしかない。マカッサルがいかに中央派であっても、残党軍を好きにのさばらせておくよりはずっと良い。
だから、これでいいのだ。
「そうでなけりゃあ、笑われちまう――リドリーさんにも、マコトにも、な」
「前方にビーム光を確認――小爆発も発生の模様!」
「始まったか。いや、しかし……まだ遠すぎないか?」
要員の報告にヘイズが顔を上げれば、艦橋の窓から遙か彼方、不審船とマカッサルの中間あたりの空域に遠くビームの光が飛び交うのが見えた。矢継ぎ早に連射されている。しかし出会い頭ならまだしも、ミノフスキー粒子が戦闘濃度で散布されている今となっては、艦砲射撃ですら遠すぎる。あれでは威嚇にすらなりはしまい。
「マカッサルのMS隊が撃ち始めたのか? 連中はペズンのエースだろう、狙撃仕様機でも持ち込んでいたのか」
『ガルバルディβは元々長距離射撃向きですが、いくらなんでも遠すぎます。それに、射弾の向きが――』
ヘイズの疑問にMS隊長が不審そうに応じる中、不意に索敵手が顔を青ざめさせ、裏返りかけた声で叫んだ。
「艦長! ま、マカッサルのMS隊が!」
何が起こったのか分からなかった。
システムだけが機械的に異常の発生を告げている。
「はっ――?」
ターゲル・マイデン大尉のガルバルディβは、気づいたときにはもう被弾していた。
右肩。ビームだ。機体右腕は肩関節部から溶断され、握ったビームライフルごと漂流していく。
なぜ?
理解できない。ミノフスキー粒子下だ。有効射程にはまだ遠すぎる。
まぐれ当たりか。敵がでたらめに盲射した殺気のない流れ弾のひとつが、たまたま運悪く命中したのか?
ガルバルディβのビームライフルは、ゲルググ用ビームライフルにEパック対応などの小改修を施したマイナーチェンジ版だ。ビームスプレーガンから発展してきたジムⅡ用ビームライフルとは対照的に、一撃の威力と射程や精度を重視する一方で、継戦性や速射性はやや低い。
ターゲルが訓練時にそのビームライフルを速射するときと同じリズムで、次の射弾が飛んできた。
ゲルググの影響を色濃く残す頭部ユニットが真正面からモノアイを貫かれ、一瞬にして内側から破裂し消し飛ぶ。
主センサー群が一挙に壊滅した全天周モニターにノイズが走り、生き残った部分も大きく解像度を落とした。
「バカなッ!!」
二発目の直撃、それもたった二発の射撃で。
超長距離からの百発百中。
もはや偶然などではあり得なかった。
『か、回避運動!』
呆気に取られた僚機の中で、第二小隊長が声を張り上げてようやく列機に回避運動の開始を命じる。まだ彼我の距離が遠すぎたがため、彼らは直線的な機動しか取っていなかったのだ。
「そ、そんな――そんな、バカな!!」
『ぎゃあっ!!』
ひたすら繰り返すターゲルの眼前で、その第二小隊長機が被弾した。
右肩。またしても右腕がちぎれ飛ぶと、今度はその手のビームライフルそのものが誘爆を起こし、機体の近くで火球となって弾けた。ビームライフルを装備していたハイザックの一機も同じく右腕を撃ち抜かれ、続けざまに同じ運命を辿る。
『ガルバルディβ02、ハイザック12、右腕部破損! ビームライフル喪失!』
「何だこれはッ。何だ、何だこれはあッッッ!!」
『まさか――』
ペズンの教導団はあの伝説のNTパイロット、アムロ・レイが一年戦争末期に叩き出した、超人的としか言いようのない戦闘データも保有している。そのデータを元に理不尽なまでの反応速度や長距離・全周認識及び交戦能力を再現した戦闘シミュレーターは、ターゲルも何度も体験していた。
だが目の前の敵が放つ超長距離射撃の精度は、そのアムロ・レイすら超越しているかのようだった。
『まさか、……ニュータイプ、……だとでも、……言うのか……』
「……ぬおおおおおおおっっっ!!」
列機の誰かが掠れるように漏らした声をかき消そうとするかのように、ターゲルは野太い雄叫びを振り絞った。
ガルバルディβに唯一残った射撃兵装であるシールドを振り上げる。内蔵式連装ミサイルランチャーの砲口を正面へ向け、主センサーを失いながらも概略照準だけで貨物船を狙った。発射する。
敵機がまたビームを放ち、狙撃されたミサイルがいくらも行かないうちに爆散。巨大な爆炎の華を咲かせた。
ターゲルは機体のバランスを修正しながらシールドを構え、その爆炎めがけて先頭を切って突進する。
「このまま守りを固めつつ突進、一気に距離を詰め白兵戦で仕留めるッ!! 必勝の信念、特攻精神をもって当たれィッ!!」
『りょ、了解ッ!!』
ターゲルの強烈な気迫と闘志が、崩壊しかけたマカッサルMS隊を立て直した。
『ぐうっ――!』
また一機のハイザックがビームライフルに狙われたが、今度は用心深く右肩と左腕のシールド両方で固めた守りでビームを止めた。他の機体もそれぞれシールドを前面に出し、右腕とビームライフルを失った機体も片腕でのサーベル戦に備える。
敵MS隊は貨物船の前面に防壁を展開するようにしながら前進しており、彼我の距離は急速に詰まりつつあった。
まだ頭部ユニットを破壊されていないマカッサル隊のMSが、ここでようやく敵機の姿を捕捉する。情報通りのザクⅡ改修型だ。やはり敵影は三機。先頭の一機がゲルググ用のビームライフルを構えて矢継ぎ早に放ち、その後方にザクマシンガンとマゼラトップ砲を構えた同型二機の姿が見える。
『捉えた――大尉、お先に!』
『ああ!? クソッ!!』
光弾。ハイザックの一機が連続したビームの弾着にシールドを破られ、その左腕を浅く貫かれた。
だがその間に、ついに両者は有効射程を割る。
接近戦だ。超長距離狙撃を繰り返していたザクⅡもビームライフルを腰にマウントし、ザクマシンガンに持ち替えながら突進してくる。ここまですでに十数発を放っていた。E-CAPが尽きたのか。
『くたばれ化け物ォォォ!!』
二機のハイザックがザクマシンガン改を連射し、第二小隊長機とハイザックがミサイルを叩き込む。残る三機もヒートホークやビームサーベルを構えて突っ込んだ。迫り来る火線と爆発の渦を軽やかに躍りながら、ルスラン・フリートのザクⅡ先鋒機は悠然とザクマシンガンを構え直した。
「ここと、そこと、ここと、ここ――」
ひとり呟きながら、ティアーナは自機の火器管制系統をマニュアルで操作し、ファドランにビームライフルのリズミカルな発砲を繰り返させていた。
ザクⅡファドランの機体構造には連邦軍ハイザック以上のビーム兵器運用能力を付与したルスラン・フリートだったが、その反面、MS用携行ビーム兵器の安定供給には未だに目処が立っていなかった。ティアーナが操るゲルググ用ビームライフルも、ジオン公国軍の中古品に共食い整備を繰り返して何とか維持しているものだ。それでも組織に数少ないビームライフルはティアーナ機に優先配備され、ノーラやミリアムたち一般パイロットの多くは実体弾兵器を携行している。
ティアーナの意識は戦場で拡大していた。
ほんの数十秒前まではおぼろげだった、迫り来る敵パイロットたちの脈拍、呼吸、思惟、感情――それらのすべてを今のティアーナは手に取るように掌握し、取り込み、理解できていた。
いや、敵パイロットだけではない。
後方に控えるノーラとミリアム。ケンドー丸の人々。前後から迫る連邦軍戦闘艦の乗員たち。
ティアーナの意識から伸びて広がる無数の見えない触手は、周囲に存在する人間たちのすべてを捉えて、そして彼女の中に詰め込んでいく。
その情報量の凄まじい奔流がもたらす負荷に耐えつつ、そこから敵機の未来位置を読み取って、ティアーナはその右腕を、頭部を、自機のビームライフルに狙い撃たせていく。決してその胴体を撃ち貫くことがないよう、慎重に、そして精確に。
言うまでもなく、ザク・ファドランはサイコミュ搭載機などではない。その操縦系統はあくまで単なる通常型MSだ。確かにファドランはザクⅡの優れた操縦性を継承してはいるが、それでもティアーナの能力を本当に活かしきるためには、すべての性能が絶望的なほどに足りていない。
それでもティアーナは淡々と発砲を続けていく。
光速にはほど遠くとも、実体弾などよりは遙かに速いメガ粒子が二十数キロの空間を一瞬で渡り、また連邦軍MSの右肩を砕いた。
自らの能力を解放したティアーナがまず最優先で潰したのは、敵MS隊長機の頭部と右腕だった。正面の敵の中で一番の腕利きはこのガルバルディβのようだったし、隊長機のメインセンサー群を潰せば部隊の意志決定を遅らせられる。だからティアーナは敵隊長機を狙って二射を放ち、続けて第二小隊長らしき機体を叩いた。
あわよくば、これで恐れをなして撤退してくれるかもしれない――ティアーナの淡く抱いたそんな希望は、頭部と右腕を失いながらもシールドミサイルを乱射し、突入してくる敵隊長機の姿で儚く霧散した。残りの五機も損傷に構わず突撃してくる。
「――うう……っ!」
溢れるほどの敵意が、憤怒が、恐怖が、邪悪な欲望が、ティアーナの小さな胸を圧し潰そうとするかのように押し寄せる。
「ここで、止まってよ……止まってよ……っ!」
ティアーナは歯を食いしばり、その感情の真っ黒な怒濤に耐えた。ケンドー丸から少しでも遠くで敵をすり減らすべく、なお射撃を続ける。
彼我の距離は縮まり続けて、間もなく敵MSの有効射程を割り込む。最大の脅威として優先的に狙った敵MS隊のビームライフルは全滅させることには成功したが、ザクマシンガン改やミサイルポッドまでは潰しきれなかった。ビームライフルを失った機体も、ビームサーベルやヒートホークは残している。脚部の破壊までは手が回らなかったから、AMBAC能力と運動性に大きな影響はない。距離が詰まれば斬り合いになる。
「ボクが、やらなきゃ……ボクが、やっつけなきゃ……!」
震える声で呟きながら、ティアーナはここでビームライフルを腰にマウントした。コネクタを介してジェネレータの余剰出力をE-CAPのチャージに回していく。MS単体でE-CAPをリチャージしようなど、非現実的なほど非効率な手段ではある。だがこの後の対艦戦闘のことを考えるなら、例え一発分でも回復させておきたかった。
『よし来た出番だっ! さあ、行くよっ!』
『めんどくさい仕事は、さっさと終わらすしかないかんね――ティア。ここで一気にまとめて片付けるよ』
代わってティアーナが自機にザクマシンガンを構えさせると、すぐ後方にいたノーラが自分へ気合いを入れるように叫びながら横へ出てきた。マゼラ・トップ砲を構えたミリアム機も後方にいる。左右に開いた通信小窓のカットインを通して、ティアーナはいつものように微笑んだ。
「――うんっ!」
ティアーナはそこから一気に加速し、再び突出。敵の殺気と照準を自らの機体ひとつへ集めさせる。
『くたばれ化け物ォォォ!!』
実弾火器の有効射程距離を割りこんで、敵機が一斉に火蓋を切って落とした。集中してティアーナ機を狙う。
ガルバルディβは頭部ユニットを失った隊長機がやや遅れ、第二小隊長機が追い抜きざまに放ったシールドミサイルが至近で弾けた。まだ五体満足のハイザック二機が前衛に出て、ザクマシンガン改を連射しながら突っ込んでくる。
「当たんないよーーーっ!!」
ティアーナは爆炎の海を泳ぐように駆け、一対のうねる毒蛇のように迫ったザクマシンガン改の射線を紙一重でくぐり抜けた。連なる敵弾と敵弾の狭間でザクマシンガンを構え、続けざまに単射で放つ。
120ミリ徹甲弾が右腕のオプション・シールドをリズミカルに穿つと、ハイザックの片割れは弾着の衝撃で射撃姿勢を崩した。弾むように躍るように、ティアーナは誰より自由に機体を操って肉薄する。
『ひっ!?』
「おそーい!!」
ハイザックの全天周モニターをファドランが埋め尽くす。敵機が何かする前に、ティアーナは右足蹴りでその首を跳ね飛ばしていた。頭部メインセンサー群を失った機体の上を抜きながら、ぐるりと右腕を回してザクマシンガンを背後に向ける。目もくれないまま短連射を二回、ザクマシンガン改ごとその右腕を、そして左腕までもを切り離した。
『野郎ッ!!』
首を蹴飛ばしながら抜けてきたティアーナ機へ、右手を失ったまま後続してきた機体群がヒートホークを、ビームサーベルを振りかざして殺到する。頭部ユニットを失ったターゲルより先行した第二小隊長の指揮下、片手にも関わらず、全力でスラスターを噴かした最大加速で一気に迫った。
白兵の三機が近距離から一斉にティアーナを狙う。同時に三対一、これなら例えNTだろうと仕留められると彼らは踏んだ。
だがそのハイザックの一機に、ノーラのファドランが立ちふさがった。ティアーナを横合いから襲わんとする機体の行く手を塞ぐ。
『なっ!?』
「させないってんでしょ、このザクもどきぃ!」
ノーラ機が堅確に両手構えしたザクマシンガンが火を噴き、曳光弾の迸りが宇宙を裂いた。
ハイザックの胴体主要部に直撃させないよう気持ち右側を狙って撃ち始めたノーラは、曳光弾の流れを見つつ銃口をそこから左へ振る。修正された弾道が脚部へ導かれて火花を散らすと、そこだけを精確に狙って射弾を集中。両脚を叩き斬るようにして破断させた。
『うっ、うおあああっ!』
「そのまま寝てろっ!」
兵装類の指向と操作に集中すべき腕部と異なり、MSの脚部はAMBACによる姿勢制御の大半をこなしつつ主推進器も擁している。まさに機動の中核となるべき存在だ。その脚部を失って運動性の低下したハイザックが不格好に宇宙を泳ぐと、ノーラはそこへ再びザクマシンガンの連射を掛けて左腕まで斬り落とす。
『もらった!』
それでも残った二機がティアーナへ執拗に絡みついていくその死角から、無傷で残った最後のハイザックが飛び出した。ザクマシンガン改でティアーナを狙う。
もはや射撃戦には至近距離だ。しかも二機の味方が肉薄して敵機の回避機動を大きく制約する今、連射によって点ではなく線での制圧能力を持つザクマシンガン改にとっては、必中の間合いと言えた。
『死ねッ――があっ!?』
「はい、お疲れちゃーん」
しかしザクマシンガン改が火を噴く前に、その右肩が爆発して腕ごと吹き飛ぶ。ティアーナとノーラの後方に位置していたミリアム機が、過たずマゼラ・トップ砲で狙撃したのだ。
高初速の175ミリ砲弾がさらにハイザックの右脚を貫いて砕き、咄嗟にかざしたオプション・シールドを穿つ。ミリアムが続けざまに繰り出す速射が弾着を重ねて左肩ごと貫くと、最後に左脚も撃ち抜いて無力化した。
「残り、ふたつっ!」
ミリアムとノーラの援護が確実に一機ずつを撃破していく戦闘の流れを感じながら、ティアーナは同時に迫りくる二機の片割れに相対した。
殺気もろともヒートホークを振り上げて機体ごと激突しに来る相打ち覚悟のハイザックへ、ティアーナは自ら突進する。
『なっ!?』
ガルバルディβに自機の無防備な脇腹を見せながら、ティアーナはあまりにも大胆に、しかしそれでいて繊細にファドランを操った。思い切った斬撃同士が交錯する。
赤熱した敵刃がミリセカンド単位、センチメートル単位で襲来する真下をティアーナは潜った。下から跳ね上げた左手のヒートホークでハイザックの左腕を斬り落とすや、左肩のスパイク・アーマーでコクピットハッチを強打する。
『ガフ!!』
直接打撃に機体ごとシェイクされたハイザックのパイロットは、激震するリニアシートのコンソールに顔面を強打した。バイザーが割れ鮮血が飛び散る。
「あぐぅっ……!!」
自機の肩関節サスペンション越しに激突の反動を軽く受け流したティアーナはしかし、まるで自分自身が敵兵と同じ衝撃を受けたかのように顔面を歪めた。悲鳴を必死に噛み殺して呻く。
『死ねぇい!!』
「――!!」
光刃が走る。裂帛の気合いとともに、そこへ第二小隊長のガルバルディβがビームサーベルを叩きつけた。
流体パルスアクセラレータと軽量の機体が生み出す神速の突きを、ティアーナは咄嗟にヒートホークで受ける。刃部加熱機構のIフィールドがかろうじてビーム刃を食い止めるが、メガ粒子の圧倒的なエネルギー量で少しずつ、だが確実にその基部が食われていく。
ティアーナ機はその間に右腕のザクマシンガンを跳ね上げた。ヒートホークの後ろからガルバルディβの関節部を照準する。
『いかな凄腕であろうとッ!!』
「!」
だが発砲直前、ガルバルディβは頭部信号弾を至近で放っていた。
二機の間で、センサーを焼くほどの強烈な閃光が爆ぜる。
先んじて自機のセンサーを遮断していた第二小隊長は、同時にビームサーベルを切ってメガ粒子を霧散させた。ヒートホークとのつばぜり合いを解くや、即座にセンサーとビームサーベルを再起動。メガ粒子が奔り、スラスターが吼え流体パルスが唸る。
光の海が溢れる中で敵機の影へ、渾身の斬撃をあらぬ角度から振り抜いた。
『もらったッ!!』
この抜き打ちの斬撃こそ、一年戦争が産んだ究極の白兵戦用MS、ギャンの系譜に連なるガルバルディβの真骨頂だ。ペズンの教導団でも、この距離から自分が放つ斬撃に対応できた猛者は居なかった。
そう勝利を確信しながら、彼は剣閃を振り抜く。
だからこそ彼は、その光刃がまたしてもヒートホークにがっちりと受け止められていたことを、ザクマシンガンの銃口がぴたりと彼の機体を狙っていたことを、すぐに認識することが出来なかった。
『なっ――』
銃炎。
短連射の弾着を浴びて、彼の機体の左肩が砕け散る。ビームサーベルを握ったままの左腕が、宇宙へ流れていく。
一瞬であれ、センサーは確実に潰したはずだった。
にもかかわらず、敵機は斬撃を受け止めた。どうやって? 答えは、おそらく一つだ。
敵パイロットはMSのセンサーなどに頼ることなく――おそらくは彼の放った『気』だけを読んで、その太刀筋を読み解いたのだ。
何もかもが、違いすぎる。
両腕を失ったガルバルディβの機内で、第二小隊長は慄然とそれに気づく。覚えず、口に出していた。
『こ、これが――この、分かり方が――』
――ニュータイプ、ということなのか。
「これで、おしまいっ!」
単射で放たれたザクマシンガンの120ミリ徹甲弾が、ガルバルディβの脚部を次々に撃ち砕く。
そして最後に頭部ユニットを貫通、破砕した一撃が、事実上のマカッサルMS隊全機の大破と壊滅を高らかに告げた。
『な……なな、なんだ……なんだと言うのだ、これは……ッ!!』
部下たちの突撃に出遅れたターゲル・マイデンは、完全に機を逸していた。彼の機体はまだ左腕と両脚を残しており、もっとも損傷軽微な機体と言えなくはない。だがもはや乱戦を制して態勢を立て直しつつある三機相手に、傷ついた単機で仕掛けられなどはしないことを、誰より彼が理解していた。
『ぐっ、ぐうう……っ!!』
「さっさと諦めろっ、落とすぞコノヤロー! そのまま帰っちゃえっ!!」
そこへノーラのファドランがザクマシンガンの銃口を向け、さらに数発の威嚇射撃を叩き込んでくれば、ターゲルのガルバルディβはもうその有効射程外を遠巻きに退避していくしかない。そしてその中破したMS隊長機の存在など、マカッサルにとってはもう何の慰めにもならないことは、ここまでのMS戦の経緯を見れば火を見るよりも明らかだった。
『や、やった……やれた!! あとは艦だけ、――この一隻さえ、何とかすればっ!』
「ティア、ノーラ? 三機でプレッシャー掛けて、巡洋艦を押すよ!」
マゼラ・トップ砲を構え直しながら、ミリアム・バーレット少尉は戦場全体を俯瞰する。
イオタ・ファーガスン大尉が立案した作戦の第一段階である、敵MS隊の無力化には成功した。あとはケンドー丸の正面を塞ぐサラミス改級巡洋艦に突進し、脅威を感じさせることで撤退に追い込んでケンドー丸の退路を確保するのが作戦の第二段階だ。
地球連邦宇宙軍には一年戦争で、MSを持たない航宙戦闘艦隊をジオン公国軍MS部隊に徹底的に叩きのめされたトラウマがある。MS隊さえ壊滅させれば、相手がまともな指揮官なら一押しだけで下がるはずだ、という希望的な観測がないではなかった。
「……ま、正直――もし粘られたらここから先が、一番キツいんだけどねー……」
心の中だけで一人吐き捨て、ミリアムは眼下のティアーナ機と、通信小窓の中の少女自身を一瞥する。
ここまで敵には死者はもちろん、重傷者も出してはいないはずだ。MS戦をやっているとは思えない、奇跡的な最低限の犠牲で抑えていた。ティアーナは疲弊してはいたが、作った笑顔でそれを塗りつぶせる程度には余力がある。
不確定要素は、後方の駆逐艦とジムⅡ三機のみ。
行ける、とミリアムは踏んだ。
「ここから多分、後ろの駆逐艦もMSを出してくる。時間無いよ――速攻で片づける!」
『了解!』
『りょーかい!!』
ここから先は対艦戦だ。まるきりすべての勝手が違う。
ティアーナ機を先頭に編隊を組み直しながら、唱和する少女たちの声に今までと異なる緊張が混じっているのを、ミリアムは感じ取っていた。
「MS隊、……全滅です」
痛切な声色とともに、マカッサル艦橋で通信士が振り向いた。艦橋要員たちがリードとカミラを、チラチラと見る。
顎でも外れたのかと思う表情のまま、リードは司令席で固まっていた。
「て、敵MS隊、来ますッ!!」
自らは無傷のまま、数で倍するマカッサルMS隊を一方的に撃滅してのけた三機のザクが、これ見よがしに武装を誇示しながらマカッサルへの突進を開始した。その先頭機が――超長距離狙撃を皮切りに、白兵戦でも悪魔のごとき破壊力を振るったあの機体が、右手の武装をザクマシンガンからビームライフルへ持ち替えた。かと思うと、そのままマカッサルに向けて発砲する。
「ひッ――」
無造作に放たれた光軸は、マカッサルの艦橋をギリギリで掠めていた。飛散した希薄なメガ粒子に艦橋窓が叩かれ、いくつもの細かな傷を刻みつける。のけぞるリードの傍らでカミラが叫んだ。
「状況報告!」
「艦橋右舷機銃銃身溶解、射撃不能! 右舷主レーダー溶解、機能停止!」
「艦内気密異常なし、人員報告――人的損害無し!」
メガ粒子の飛沫に炙られた90ミリ連装機銃の銃身が一対と、ロバの耳のようなレーダー部が溶解していた。それでもマカッサルの艦内には何の損害も与えることはなかった一方、人間の心理には大打撃を与えていた。
泡食いながらリードが叫ぶ。
「た、た、た……対空砲火開けッ! 奴らを落とせ……近づけさせるなッ!!」
「司令!? しかし前方空域には、まだ本艦のMS隊が!」
「構わん、艦が沈めばどのみち同じだッ! 通信、アルマーズに打電! ただちにMS隊を発艦させよ!」
「も、目標は!?」
「敵MS隊を最優先とする! アルマーズはMS隊と自艦火力をもって、敵MS隊を全力で駆逐せよ!」
「司令、それで本艦はどうするのです!」
「ほ、本艦は――」
カミラの鋭い詰問に、リードは思わず硬直する。
状況は当初の想定を遙かに超えて、あまりに激変しすぎていた。
本来ならば今頃、敵MS隊は完全に駆逐され、不審船はマカッサルとそのMS隊に強制停船を命令されていたはずだった。
だが実際に駆逐されたのはマカッサルMS隊だ。不審船は今なお当初同様の突進を継続し、その前面にはあの恐るべきMS隊が迫ってくる。
今や不審船ではなく、マカッサルの方が獲物と化したのだ。そして今、そのマカッサルは完全に行き足を止めている。
「ほ、本艦は――本艦は――」
どうする? 逃げるのか? アルマーズ隊を敵にぶつけ、その間にマカッサルだけで撤退するのか?
いや、それは……出来ない。
ペズンの精鋭を借り受けた新鋭機主体のMS隊まで投入しておきながら、一方的に撃破された挙げ句にルウム閥の艦を盾に撤退するなど、もうどこに対してもメンツが立たない。
戦術的判断と政治的判断が、ぐるぐるとリードの脳裏で渦を巻く。一瞬でも早い決断が求められるこの局面に圧迫され、ついに戦隊司令は目玉もこぼれよとばかりに見開いて叫んだ。
「本艦は直進、――直進ッ!! 敵MS隊に対空砲火を浴びせつつ前進、このまま不審船にぶつけろ!!」
「了解。主砲は不審船、副砲はMSを狙え! 不審船の行き足を止める、マカッサル微速前進!」
(これはもう、駄目かも分からんな)
カミラは内心で半ば自棄になりつつ、矢継ぎ早の指示を飛ばした。
並外れて強力なMS隊相手に、MSの掩護を失った巡洋艦が単体で突進するなど、もはや正気の判断ではない。あからさまな自殺行為だ。
だが決断は下された。統一された方針の元で迅速に動くことは、戦術行動の最低必須条件である。そして兵は巧遅より拙速を尊ぶ。だから指揮官による迅速かつ明確な意志決定は何より重要な存在であり、そしてそれが下されてしまった以上は、もはや従って戦うしかないのだ。
それは通常の戦闘ならば、おそらく最悪の決断だっただろう。
しかし今回のこれは、通常の戦闘ではなかった。
「なんだこれは、……なんだこれはッ!」
MS格納庫からケンドー丸船橋へ飛び込んできたグロスマンは、目の当たりにした戦況に興奮を隠しきれない口調で叫んだ。
デラーズ紛争後に連邦軍が投入した新型MS、ハイザックやガルバルディβのことはグロスマンも知っていた。サイド5では自ら接触し、交戦した経験もある。
ザクの意匠と名称を露骨なまでに継いだ機体が、地球連邦の紋章を掲げてジオンの兵を撃つ――グロスマンたちはそのおぞましさに怒った。怒りながらも、ザクの堅牢さと汎用性や優れた操縦特性を殺すことなく、むしろさらに洗練しながら戦後技術で磨き上げてきた、ハイザックという機体そのものは評価せざるを得なかった。
ガルバルディβについても同様だ。戦後の連邦軍に好敵手と呼べるだけのパイロットは数少なかったが、その数少ない手練の実力を十二分に引き出すポテンシャルを秘めた、まさにエース仕様の名機と見ていた。
一方でハイザックの優れた操縦特性は、未熟な兵にも安定した戦闘力を発揮させるものだ。
いずれもジムⅡなどというガンダムの安物、まがいものをマイナーチェンジしただけのハリボテ風情とはわけが違う『本物』のMSなのだ。
距離が詰まり、両者が激突した。
ファドランのビームライフルで一方的に撃たれるばかりだった連邦軍MS隊が、ザクマシンガン改やミサイルランチャーの砲火を開く。ファドラン隊がそれを潜り抜けて射線を交えると、彼我入り乱れてもつれ合う激しい白兵戦になだれ込んだ。
「ああっ!?」
と、照明弾の閃光が、なお十数キロを隔てたケンドー丸の船橋でも観測できるほどに目映く輝いた。船橋にどよめきが走る。
誰もが固唾を呑んで見守る中、消えゆく光の中から現れたのは、四肢と頭部を次々に撃ち抜かれて流れていくガルバルディβと、無傷のままのファドラン31だった。
「ティアーナ……!」
「ティア坊! よっしゃあああ!!」
「敵MS、全機大破! 敵MS隊の無力化に成功しました!」
船橋が、一斉に沸いた。
最初の狙撃から最後の剣撃まで、時間にしてわずか三分足らず。
ハイザックとガルバルディβで編成された二倍の敵を、ケンドー丸の少女たちは鎧袖一触、まさに一撃で粉砕してのけたのだ。しかもジオンの魂と呼ぶべき名機ザクⅡをそのまま洗練、改修した機体によって。
「圧倒的っ、……圧倒的ではないか、我が方は……ッ!!」
昂揚したグロスマンの口からは知らず、彼が敬愛するジオン公国総帥の末期と同じ言葉が漏れ出していた。だが船橋窓に張り付いて双眼鏡を構えながら、彼は同時に別の疑問にも気づく。
「しかし……しかし、なぜだ。なぜ殺さん? 敵に情けを掛けているのか……?」
少女たちのファドランに撃破されて漂流する敵MSは、いずれもコクピット・ブロックを損壊していない。
被弾が誘爆に繋がりやすいバックパックもほぼ無傷のままで、そのために今も全機が一定の機動力を維持している。大半がもはや胴体だけというおそろしく不格好な状態のまま、彼らがファドラン隊の射程圏内を避けつつ危地の母艦を遠巻きにする姿は、ひどくシュールなものがあった。
確かに無力化はなされている。武装もAMBACも失ったMSなど、もはや脅威でも何でもない。たとえ彼らが今からケンドー丸に突進してきたとしても、プチ・モビルスーツや、ノーマルスーツの乗員が持つ携帯火器だけでも迎撃は可能だろう。
だが、問題はそれだけではないのだ。
パイロットスーツのまま口元を堅く結び、食い入るように戦場を見つめる女性士官の姿を船橋に見つけた彼は、威儀を正して詰め寄った。
「ファーガスン大尉! 貴女の部下の技量は、確かに素晴らしい……それは認めよう! それは認めるが、あの戦い方は何かっ!?」
船橋窓の向こうを流れ行く敵MSの胴体部を指さしながら、彼は眼鏡の小柄な女性士官を詰問する。
「技量を鼻に掛けて戦場で敵兵に情けをくれようなぞ、侮辱と傲慢でしかない! いかに優れた技量を持っていようが、それでは敵に足下を掬われる! あれほどの精密狙撃が可能なら、最初から一撃で胴体部を貫き爆散させるべきであった! 戦う覚悟が足りておらん……!! 彼女らには今後のため、事後、厳重な修正が必要である!!」
「…………」
イオタが顔を上げた。痛切な感情に張りつめた、寂しげな、悲しげな瞳でグロスマンを見返す。
「本当に、……本当に――そんな理由であの子たちが、ああして戦っているとお思いなのですか」
「……何っ……?」
グロスマンがイオタの予想外に強い視線に怯み、理解できずに立ちすくんだそのとき、索敵手が目を剥いて叫んだ。
「……んなッ!? 正面の敵艦、来ます!」
「何ッ!?」
誰もが目を剥いた。敵艦がこちらへ舳先を向け、加速してくる。メガ粒子砲身が生き物のように蠢き、ケンドー丸を狙っていた。
MS隊を失ってファドランに迫られるサラミス改級巡洋艦は、後退ではなく、逆にケンドー丸への突進を選んだのだ。
「正気か!?」
「敵主砲、高エネルギー反応!!」
「ビーム攪乱膜弾を前面へ――」
「間に合いません! 来ます!!」
マカッサルの主砲、左右両舷四門の大型メガ粒子砲が射撃した。
MS用ライフルなど問題にもならない威力のビームが飛来し、その円形の断面が船橋全員の網膜に焼き付く。
――直撃
「させない!!」
ティアーナ・エイリスは反射的にビームライフルを発砲していた。
何もない空間へ向けて。
いや。正確にはその一瞬後にマカッサル主砲が放った四発のうち、ケンドー丸への直撃コースを取る一発の弾道上へと、彼女は発砲していた。
二隻の中間で閃光が破裂。収束したメガ粒子同士の激突、干渉が火花を散らす。
ティアーナのビームライフルに、巡洋艦の主砲と渡り合えるだけの出力など無い。だが弾道をわずかに逸らすだけならそれでも足りた。
四条の艦砲級ビームはギリギリでケンドー丸を外し、そのまま宇宙の彼方へと消えていった。
『う、嘘でしょ……』
『ティア! 青の注射!!』
呆然とノーラが呟き、いつになく切迫したミリアムの声が、ティアーナの耳朶を蹴り上げた。
「えっ――」
『このサラミスはイカレてる。もう殺るしかない。青の注射でティアが『力』を抑えたら、そのまま沈める!』
『そんなっ――ミリ姉、薬がすぐに効くわけないじゃん!! ――うあっ!?』
90ミリ機関砲弾の猛烈な弾幕、そして単装メガ粒子砲が放つ光軸の嵐が彼女たちを襲い続ける。一隻の巡洋艦が全力で放ち続けるその火力投射量は、およそMS隊などの比ではない。
『なんでッ。なんで下がってくれないの――なんでコッチに来んのよおおおぉぉぉっ!!』
必死の回避機動を展開しながら、ノーラとミリアムは迫るサラミス改へと反撃の火線を開いた。だが、その射弾は一発として敵の艦体を捉えることはない。全弾が外れている。
いや、必死に外していた。
彼女たちは敵を怯えさせられるようにギリギリの線を狙いつつ、しかし決して命中弾だけは出さないよう、『当てない』狙撃を繰り返しているのだ。
「エネルギー切れ……っ!!」
ティアーナは斜め上方からサラミス改の右舷主砲を狙い撃ち、半ばからその砲身を溶解させた。あれなら射撃不能だろう。だが彼女のビームライフルは、そこでE-CAP残量を使い果たす。
「こ、ここと……ここと、ここと、ここなら……っ!!」
対空砲火の中で役立たずな武器を投げ捨てると、ティアーナはザクマシンガンを構えた。誘爆のおそれがなく、なおかつ敵乗員の存在を感じない部分だけを狙い、機動しながら単射で狙撃を繰り返す。初めてマカッサルの艦体に直撃弾が入り、見た目には派手な小爆発を繰り返す。
だが敵艦は止まらない。
『もういいティア! 早く! 早く、薬を!!』
『ティア!!』
ノーラが絶叫した。余裕を投げ捨てたミリアムの切実な声がティアーナに命じる。
ミリアムは撃ち尽くしたマゼラ・トップ砲の五発弾倉を交換して、非致死性のトリモチ弾で敵艦を狙撃し始める。荒れ狂う弾幕の中ではまともな狙撃など出来はせず、三発は艦体を外れて明後日に消えた。それでも艦体を捉えた一発は何もない甲板にむなしくトリモチを広げ、一発だけが90ミリ連装機銃塔の一門を搦め取り、ようやく沈黙させた。
『早く』
「…………っ!」
回避機動の操縦に手足を拘束され、強力なGに振り回されていては注射など出来ない。
悲痛に顔面を歪め、ティアーナは後方へ下がっていく。なお追いすがる弾幕を回避しながら、手元の小箱を開いた。
その近傍に、ターゲル・マイデン大尉機は居た。
通信・索敵関連機能の主要部を構成する頭部ユニットを失い、ターゲル・マイデン大尉のガルバルディβはあらゆる火力を発揮しながら不審船へ突撃するマカッサルと敵MS隊の戦闘を、ただ遠巻きに眺めるしかなくなっていた。
五人の部下たちの機体は戦死者こそ出していないが、戦闘の末に例外なく機体を破壊され、四肢も武装もすべて失った。頭部ユニットを最初の一撃で喪失したために出遅れた自分の機体だけが、あれきり仕掛けるタイミングを失って半端に損傷した機体を抱えたまま、今もこうして役立たずの遊兵として漂っている。
激しい交戦のさなか、もはや母艦マカッサルすら彼の存在を忘れたかのようだった。もう呼び出しの通信すら入ってこない。
すでに連邦宇宙軍の最精鋭、ペズン教導団のメンツも何もなかった。恥辱の極み。現状はただそれ以外の何物でもない。
その彼の眼前に一機のザクがフラフラと、交戦継続中の二機の僚機を置いて下がってくる。
忘れもしない。超長距離狙撃で彼を痛めつけ、そのまま彼の部隊を壊滅させた機体だった。
その情けない姿が、彼の奥底でくすぶる何かに火を点けた。
「――舐めるなぁぁぁあああっっっ!!」
絶叫とともに、ターゲルは胴体だけのガルバルディβを突進させた。マカッサルが放つ対空砲火の嵐と踊る、憎きザクⅡへ向けて真っ直ぐに。
特攻。
十分な距離の中で練られた十分以上の加速で、ターゲルはただ一心にその機体を狙う。
「何、こいつっ!?」
距離を開きつつ、なお強烈な90ミリ弾と副砲からのメガ粒子を回避し続けるティアーナは、その敵意と怨念が沸き上がるのを感知してはいた。
しかし実際に自分を狙い、敵機が突進してくるのを目の当たりにすれば、動揺せずにはいられなかった。
ティアーナですら逃げの一手に回るしかない、濃密な対空砲火のただ中だ。そこにわざわざ飛び込んでくるなど、完全に自殺行為以外の何物でもない。その不合理で無意味な行動にティアーナは戦慄し、そして同時に気づいていた。
ここから彼を『殺すことなく機体だけを無力化し、なおかつ安全に生き残らせる』方法は、もはや自分の手元には存在しないということを。
『死ねよやーーーッ!!』
十分に加速した首無しのガルバルディβがビームサーベルを振り抜く。マカッサルから執拗に迫る数条の90ミリ弾の火線から逃れつつ、ティアーナはあっさりとその下を潜って逃れた。
『外したッ!? ぐっ!? ぐあああーーーッ!!』
乾坤一擲の突撃を外したターゲル機は、マカッサルが放つ対空砲火の流れ弾に捉えられた。機体の右足が、そして左足までもが砕け散る。一気に機位が崩れた。必死に制動するも慣性を殺しきれないまま、彼はマカッサルが撃ち上げてくる弾幕の中を逆落としに突進していく。
『うあっ、味方機が!?』
『退避ッ! にッ、逃げろーッ!!』
その対空射撃を必死に放っていた90ミリ連装銃塔の一つへ、ターゲル機は吸い込まれるように落ちていく。銃手たちが慌てて逃げ出すが、とうてい間に合わない。
「あっ――」
その避けられない破滅を前に、ティアーナの瞳が恐怖と絶望に染まった。涙が溢れる。
『ぎゃあああーーーッ!!』
ターゲル機はそのまま墜落しマカッサルに激突、機銃塔を叩き潰しながら甲板へ深くめり込んだ。
弾薬を使い果たし、一定の制動にも成功していたガルバルディβの機体は爆発しなかった。
だが激突の余波は、逃げ遅れた数人のマカッサル乗員を巻き込む。変形した艦体構造がノーマルスーツごと彼ら自身の四肢を挟み、潰し、打ち砕いた。気密を破られ宇宙へ抜けていく空気の中を、おびただしい血が流れ飛んでいく。
『ぁあああああああーーーーーっっっ!!』
魂もろとも砕け散ったかのような少女の絶叫が、ノーラとミリアムの、そしてイオタの鼓膜をつんざく。
『――ティア?』
『うそっ――』
ティアーナ機はそれきり、糸の切れた操り人形のように崩れる。
火線の嵐の中で。
動きを止めた彼女のファドラン31へ90ミリ弾が続けざまに直撃し、その機体をズタズタに引き裂いた。
※400字以上(基準)の感想をお寄せいただいた方『だけ』を対象に、拙作第二話・第五話のアイネとシュン、ガルノフとのif情事短編小説(アイネが最後まで……)の期間限定公開を準備中です。
詳しくはこちら。
http://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=88942&uid=57256
参加者盛況の場合、新規選択肢も逐次追加いたします。
どしどしお寄せください!
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イラスト:はお様(http://www.pixiv.net/member.php?id=164461)