※この作品はR-18です。

フェニックステイル   作:KY_PT

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第二十話 ガラスのかけら

 少女が通されたのは、予想外に小綺麗な一室だった。

 テーブルに生けられた可憐な花束は鮮やかに咲き誇り、煎れられた紅茶は馥郁な芳香で鼻孔をくすぐる。

 インテリアの道具立ては質素ながらも、洗練された女性的感性によって端整に彩られたその部屋は、およそ軍人らしい無骨さなどからは遙かに懸け離れた存在のように感じられた。

 そんなジオン残党軍という組織には異質な空間の真ん中で、ジオン公国軍下士官制服に身を包んだ黒髪の少女はぴんと背筋を伸ばしたまま、目の前の大尉を見つめている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ノーラ・ジャンセン伍長。あなたが来てくれて、とても嬉しいわ」

 手ずから少女に紅茶を煎れた、この部屋の主――若い女性大尉が、にっこりと微笑んだ。

 柔らかそうな栗色の髪を三つ編みにまとめ、丸眼鏡の下に温厚そうな微笑みをたたえる美女。そしてもうひとつ異彩を放つのは ジオン公国軍尉官制服の胸元を、マゼラ・トップ砲の弾頭でも押し込んだのかと思うほどに大きく突き上げる、あまりに豊かな膨らみだった。

 ――美人で、女子力高くて、大尉で、爆乳で、爆乳で、爆乳で、爆乳。

 目の前でぷるんと柔らかそうに揺れ弾む、ド迫力の175ミリ級連装砲弾。自分の平坦な胸元とはあまりにかけ離れた圧倒的な破壊力に、少女はその魂を根こそぎ引っこ抜かれていく。

 ――おおおおおお……すごい、すごい、すごい……。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ごめんなさいね。いろいろと立て込んでいて、お待たせしたのに何も出せなくて。イオタ・ファーガスン大尉です。これからあなたが所属するMS隊の、指揮を執らせてもらっています」

「えっ……? あっ、はっ! の、ノーラ・ジャンセン伍長でありますっ! 大尉殿、よろしく願いますっ!」

 悲しくなるほど慎ましやかな自らの胸元との無益な比較を繰り返すように、信じられないものを見るような視線を女性士官の魅惑的なボディラインへ食い込ませていた少女は、弾けるように席から立ち上がって敬礼した。

「きゃ……っ!? じゃ、ジャンセン伍長。そんなに慌てなくても、大丈夫よ」

 ――どうしよう、さっきからずっとおっぱいばっかり見てたのがバレた!

 急に話しかけられ、そう思いこんで焦ったノーラの唐突な動きに小動物じみた動きで反応しつつ、イオタは気弱そうな笑みで彼女の制止を試みた。

「か、堅苦しいのは抜きでいいのよ。私も、そういうのは苦手だから……。私たちのことは、あなたのお姉さんのように思ってくれればいいわ」

「そーそー。あたしらはさー、そーゆーお堅いのとか、いーから。求めてないから」

「は、はぁ……」

「仕事だけキッチリやってくれれば、それでいーよ」

 部屋の後ろの片隅で控えるように陣取っている、桃色がかった金髪をサイドテールにまとめた褐色の娘が気怠げに呟いた。

 同じくジオン公国軍尉官軍服に身を包み、そして光るのは少尉の階級章とMSパイロット徽章。この場にいるということは、彼女もこの小隊のMSパイロットなのだろうか。大尉が指揮官で部下に少尉。士官パイロット二人とは、このご時世ではずいぶん豪華な戦闘編成だと思える。

「ノーラっつったっけ? だから楽にしていーよ。楽すぎるほど楽に」

「……バーレット少尉。あのね、私は思うのだけど、でも、さすがに、それは……」

「あに? イオっち、なんか文句あんの?」

「い、いえ、そういうわけでは、ないけれど……」

 上官の大尉を軽く『イオっち』呼ばわりしてのけた褐色の女性士官――バーレット大尉は、軍制式の白タイツに包まれたすらりと長いその脚を、堂々とテーブルの上に乗せている。ノーラが部屋に来たときからこの格好だった。それはこうした軍務の場ではあまりに非常識な姿勢だったが、彼女の場合はその非常識で気怠げな仕草までがどこか絵になってしまっており、ノーラは大きな違和感もなくすんなり自然に受け入れてしまっていたのだった。

 ――なんか、オトナだ。……ちょっとワルそうな、オトナの、オンナだ……っ!

 部下のはずのバーレット少尉にあっさりと威圧され、気持ち涙目になったようにも見えるイオタが、気を取り直したように紹介した。

「あ、あちらは、ミリアム・バーレット少尉よ。一年戦争には参加していないけれど、ルスラン・フリートでは最古参級のベテランMSパイロットなの。今まで地球圏の各地を転戦していて、デラーズ・フリートの支援作戦に出たこともあるのよ」

「えっ。『星の屑』作戦ですか?」

「私たちの簡単な履歴は、これを見てね」

 イオタが渡してきたのは、二人の簡略化された軍歴表だった。

 ミリアムは0083年入隊の『戦後組』。新兵としてデラーズ・フリート支援作戦に動員され、その後はルスラン・フリートの通称『外回り』艦隊で勤務していたが、最近になってイオタの指揮下に配属されたらしい。

 そしてイオタは、一年戦争前にジオン公国軍に入隊した『戦前組』――正真正銘の残党兵だった。

 一週間戦争からルウム戦役に続く緒戦に従軍し、地球侵攻作戦の発動後は突撃機動軍で宇宙勤務。その後は研究機関付を経て、ア・バオア・クー戦に参加。その後は共和国軍の統制に服さず離脱し、各地を転戦しながらルスラン・フリートと合流し、現在に至るという。

 ――すごい経歴だな。

 イオタとミリアムの二人を上目遣いで交互に見ながら、ノーラは思った。

 表看板としては『ジオン公国軍残党組織』を掲げ、規模としてもかなりのものがあるルスラン・フリート。だが実際のところ実戦経験者の割合は乏しく、まともに長期間の訓練を受けた熟練将兵も少ない。ほとんどの者がザビ家健在時のジオン公国軍を知らない『戦後組』という有様だ。

 もっとも古参・熟練将兵の不足そのものは、一年戦争という想像を絶する消耗戦による必然の結果であり、主敵たる地球連邦軍も事情は似たり寄ったりと言われてはいるのだが。

 そんな事情の中では、この二人はかなりの精鋭ということになるだろう。

 ――ひょっとして、私……すごい精鋭部隊に配属されるのかな?

 確かにパイロット訓練生課程での成績は上位だったが、まさか、いきなり、そんな。

「ごちそうさまでした。紅茶、美味しかったです。あの――」

 心臓を高鳴らせながら二人の履歴表を読破したノーラは、思い切って紅茶を飲み干すと顔を上げた。質問する。

「私……これからここで、何をすればいいんでしょう?」

 言われて、ミリアムが一瞬イオタを見た。その視線を受けたイオタは、いつものように微笑みながら答える。

「今から一緒に、見て欲しいものがあるの」

 

 

 

「――戦闘シミュレーションルーム、か……」

 地球連邦軍の新型量産機、RMS-106《ハイザック》を皮切りに配備が始まった、新型コクピットシステム。それは球形の緊急脱出用イジェクション・ポッドに、広大な視野を提供する全天周モニターと、急激な高加速の負荷を軽減するリニア・シート、最新の操縦系統を統合したものだ。

 アナハイム・エレクトロニクス社が開発したというそれを、ルスラン・フリートはなぜか大量に入手していた。すでに主力MS《ザク・ファドラン》は、ほぼ全ての機体がコクピットにこれを採用している。しかも輸入ではなく、どうやら自前でコピー生産出来ているらしかった。いったん盗んでしまえば、技術そのものはそれほど高度なものではない、ということなのだろうか。

 ノーラが管制室から見下ろす広大な室内には、その新型コクピット・システムがずらりと並んでいた。MS実機の心臓部として搭載するためではなく、それ単体を相互接続して戦闘シミュレーション・システムとして運用するために配置されているのだ。

 それ自体はMSパイロット訓練生課程の頃から見慣れた風景だった。

 だが、管制室からこうして見下ろすのは初めてだ。正面に掛かっている大型の主モニターとその周囲に、これからシミュレーションの各種戦況が表示されるのだろう。

 管制室にはイオタとミリアムの他に多数のオペレーターが詰めているが、ノーラをいま緊張させているのは、ルスラン・フリートのお偉方らしき佐官級将校たちの存在だ。何人もが管制室の中央にどっかと腰掛けて陣取っている。そのうちの何人かはノーラを見て露骨に怪訝な表情を浮かべたが、他の数人に耳打ちされて、ああ、となぜだか納得していた。

 オペレーター以外で下士官など、この場に自分一人だけだった。場違い感が強く、非常に居心地が悪い。ちらりと横を見れば、さすがにミリアムもこの状況下では大人しくしていた。と思えば、退屈そうな欠伸を噛み殺していた。流石だ、とノーラは思う。

 前列の端に控えていたイオタが進み出て、全体に向かって話しはじめた。

「ご列席の皆様、本日は大変お忙しいところをお集まりいただき、まことにありがとうございます。自分は本計画の担当者、イオタ・ファーガスン大尉であります。本日、これより行います演習の想定は――」

「大尉、能書きはいい。資料はすでに全員の手元に渡っている。時間が惜しい――準備がいいなら、始めたまえ」

「……分かりました」

 ――いや、まだ私は今からここで何をやるのか、ほとんど何の説明も受けてないんですけど。

 そんなノーラの思いをよそに、佐官たちの先任者らしき大佐が命じると、イオタは管制室長に目配せした。頷きを受け取ると、凛として号令する。

「状況開始!」

「状況開始!」

 イオタの号令にオペレータたちが復唱し、主モニター上のシミュレーション画面が動き始めた。数十の光点が移動を開始し、イオタが解説を加える。

「敵MS隊迎撃のために我が方、青部隊のMS隊が演習宙域へ進入して参りました。操縦は第一・第二MS大隊です。なお情報保全のため、これら二個大隊は現在地ではなく、別棟の第二・第三シミュレーションルームからの遠隔操縦となっております」

 ――情報保全? 何の情報を保全するの?

 ノーラの疑問をよそにシミュレーション上の作戦宙域へ侵入してきたのは、実に二十四機ものザク・ファドランの大部隊。ザク・マシンガンやマゼラ・トップ砲、ザク・バズーカやビームライフルにミサイルランチャーなど、各種の火器を装備しながら堅固な編隊を組み、同一の方向目指して宇宙を進軍していく。

「赤部隊MS中隊、展開開始」

 おおっ、と室内にどよめきが漏れる。ノーラも画面を見て、そして、さっと血の気を引かせた。

「――《ガンダム》」

 それは、地球連邦軍に敵対する者たちにとっての悪夢の名。

 双角、双眼の白い悪鬼。たった一機で名だたる歴戦のエースやNTを含む、百機以上ものジオン精鋭のMSやMA、艦船を屠ったと言われる恐怖の伝説。

 ガンダム・タイプMS――それが六機、並んでいた。

 一年戦争型の機体ではない。地球連邦軍の宇宙要塞コンペイトウ――旧ソロモン周辺で何度か目撃情報の出ているものだ。ティターンズが自慢の高級量産機、RGM-79Q《ジム・クゥエル》をベースにしながら最新技術を投入したのではないかと言われる、新型のガンダム・タイプを基にしているらしかった。画面上に再現されているCGモデルは情報量の不足ゆえか所々で細部が粗いが、それでも一年戦争当時のRX-78を大きく上回る性能を実現できていることは疑いなかった。

「なお事前配付資料通り、今回――」

 淡々とイオタが言った。

「赤部隊のMSパイロットは全員、ア・バオア・クー戦時のデータに基づく仮想アムロ・レイとなっております」

「撃った!?」

 イオタの言葉も終わらぬうちに、誰かが叫ぶ。六機のガンダムが、一斉にビームライフルを発砲していた。

 未だセンサー有効距離の遥か圏外だ。それでも超高速のビームが禍々しく煌めいたと思った次の瞬間には、四機のザク・ファドランが機体中枢を射貫かれ、機体中央から膨れ上がる巨大な核の爆光を咲かせていた。

『やられた!? 大隊長!?』

『大隊長戦死、指揮権は02が継承! 散開っ、回避うんど』

『副大隊長戦死! 動けっ、とにかく動いて距離を詰めろ――ぎゃあ!!』

 こことは別棟のシミュレーションルームにいるという、二個MS大隊のパイロットたちの通信回線が管制室で開いていた。撃墜判定を受けた機体の回線は実戦同様、即座に遮断される。次々に指揮系統が混乱していく。

 六機のガンダムが新型ビームライフルから次々に放つ強力な火線は、超長距離からルスラン・フリートのMS隊に壊滅的な打撃を与えていく。

『目潰し! 撃てェッ!!』

 生き残ったファドラン隊は大混乱の中、当てずっぽうの照準でミサイル・ランチャーを斉射した。数十発が宇宙を走る。むろん誘導は効かず照準もデタラメだが、時限信管が作動し彼我の半ばで炸裂した。その爆光を目くらましに頼んで、生き残った十数機が突進する。

『ぎゃっ!!』

 だがその爆光すら貫いて直撃したビームが、また二機のファドランを火球に変えた。

『せ、接近戦なら!』

 数の優位を頼んでの接近戦なら、NT相手でもまだ勝算はあるはず。そう唯一の勝機と考えての肉薄攻撃だったが、敵機をファドラン隊の有効射程内に捕捉してさえ、射撃戦はなお一方的に推移していく。さらに数機が討ち果たされて機数は二桁を切り、生き残りがザクマシンガンを乱射しながら近接戦闘へもつれ込む頃には、もはや彼我の機数は互角となっていた。

『当たれ、当たれ、当たれ――クソッ!!』

 二機がかりで放ったザクマシンガンの弾幕が、ガンダムを捉えようと唸る。

 だがガンダムはあろうことか、瞬間移動で消失した。別の地点に現れると反撃の火線を開き、すぐに一機を撃墜した。

「えええええ……? あんなの、アリなの!?」

 あまりにも理不尽な動き。だがこれはNTの先読みに基づく超絶の回避機動を、現行のシミュレーション上で強引に再現しようとする場合の特例措置だ。返す銃口でもう一機のファドランもすぐ撃ち抜かれ、火球に変わった。

 そして新型ガンダムはパイロットの能力のみならず、機体性能でもファドランを圧倒している。鮮やかな機動性と運動性で翻弄しては次々と貫き、斬り裂き、打ち砕いていった。

 そうして一機のガンダムも落とせないまま、ビームライフルに貫かれた最後のファドランが虚空に爆ぜても、管制室内は無言のままだった。

「青部隊、全滅です」

「時間は?」

「状況開始より、二分四十秒」

「ふん、……三分は保たなかったか」

 重苦しい空気が、管制室を支配した。

 二個大隊、二十四機もの大戦力の全滅。だがそれも新型のガンダムタイプMSに乗る、六人ものアムロ・レイ級ニュータイプパイロットを想定するこの状況設定ならば、妥当な結果ではあろう。

 アムロ・レイがニュータイプとしての才能を開花させたとされる一年戦争末期において、ガンダムの性能はすでにジオン公国軍の新型量産MSに対して必ずしも優位ではなかった。それでもアムロ・レイは超絶の戦闘力を見せつけ、戦史に不朽の威名を刻みつけている。最終決戦となったア・バオア・クーでは『赤い彗星』ことシャア・アズナブル少佐がNT専用機で抑えこんでくれたらしいが、もしも野放しになっていたらどれだけの被害を生んだか、想像したくもない。

 まして現在、我が方にあるMSはザク・ファドランが関の山。そして地球連邦軍、ティターンズはさらに強力な新鋭機の開発を続けており、彼我の機体性能差は開く一方と見られている。

 先任らしき大佐が立ち上がり、全員を見渡して告げた。

「諸君、これが現実だ。アムロ・レイ本人は現在なお地球上で連邦軍に軟禁されており、情報部の見積もりによれば即座に第一線へ投入される可能性は低いという。だが地球連邦が有する各地のニュータイプ研究所は、今日この瞬間にもアムロ・レイの『量産』を実現するべく、人工ニュータイプ――戦後型強化人間の研究を続けているのだ」

「ニタ研……」

 呪詛にも似た呟きがどこからか漏れる。

 一年戦争時にはニュータイプ研究で地球連邦軍に先行したジオン公国軍だったが、戦後はそれらの技術はアステロイドベルトのアクシズへ退避するか、あるいは地球連邦に接収され、ニュータイプ研究所として敵の手に落ちるかのいずれかだった。ルスラン・フリートのようなジオン残党組織が利用可能な手段など、無いに等しいのだ。

「だが……我々にも、これに対抗する手段がないわけでは、ない。ファーガスン大尉――やってくれ」

「はい。……青部隊、増援部隊を投入します」

 ――増援?

 ここまでの展開で魂が抜けかかっていたノーラが耳を疑う間に、新たな機影がシミュレーション上の戦闘宙域へ外縁部から進入する。

 そこに現れたのは、たった一機。

 たった一機だけの、ザク・ファドランだった。携行武装をいくつか腰に提げながら、大型のジェネレータ内蔵式ビーム・バズーカを担ぐように携行している。

「あのザク、一機で……何を――」

 思わずノーラが言いかけたそのとき、ファドランは初期位置から無造作にビーム・バズーカの砲口を跳ね上げた。続けざまに二射を放つ。

 機体主要部を薙ぎ払われた三機のガンダムが爆発し、その反応をシミュレーション上から消失させた。

「はい?」

 多分これ以上はないというくらいの間抜け顔で、ノーラは呟いた。

 赤部隊――仮想NTが操る残り三機のガンダムは、そこでようやく反応を開始した。新参のファドランへ向かって回避運動を交えながら、最大加速での突進を開始する。当然、互いにセンサー有効半径の遥かに外だ。編隊というものを組もうとしないまま、荒々しい機動で思い思いに迫る三機のガンダムはまだ発砲しようとしていない。ニュータイプの超感覚を以てしても、まだ捕捉することが出来ていないのか。

 だがファドランは、再びビームバズーカを発砲した。

 正確無比に走る大出力ビームの光軸。また一機のガンダムを貫くかと思われた瞬間、その機影は射線上から消失して別の位置に出現する。ニュータイプ特有の回避機動の再現だ。

 そして次に現れたその場でバイタル・パートを貫かれ、ガンダムはそのままくの字に折れて爆散した。

「え? え……? え?? ……えええええええ??」

 最初の一瞬、ノーラはまったく事態を理解できなかったが、少し考えてそれに気づいた。

 あのファドランは、ガンダムの――敵ニュータイプの回避機動を先読みして、そこへ左手で構えたビームライフルを放っていたのだ。

 最初の一発は牽制。あくまで正確に狙いつつも、あえて読ませて避けさせるのが真の狙い。そして敵機が避けていく先を精確に予測し、あらかじめ狙撃していたのだった。

 ――何それ。

 ノーラが唖然とする間にも、また一機のガンダムが爆散する。とうとう最後の一機となったガンダムが、そこでようやく反撃を開始した。

 大型のビーム・バズーカが被弾し、巨大な爆光を広げる。そこから離脱したファドランはビームライフルを構え、応戦を開始する。

 ガンダムの持つビームライフルは、新型のEパック式だ。高出力の機体ジェネレータでチャージしつつEパックの交換を繰り返せば、実用上ほぼ無限とも言える弾数を射撃できる。その火力をフルに活用し、ビームの雨を降らせながらガンダムは迫った。ファドランも巧みに回避しつつ応射するが、手数で劣り、命中弾もシールドに止められて致命傷を与えられない。

 二機はそのまま近接戦闘にもつれ込む。ガンダムは頭部60ミリバルカンを連射し、ファドランもザクマシンガンに持ち替えながら応戦。互いの盾と装甲に被弾の火花を散らしながら、ビームサーベルとヒートホークが斬り結んだ。

 電光石火の剣撃、すれ違う二機。

 そして最後のガンダムはコクピットの位置から上下に分かれ、ファドランの後ろへ流れて二つの火球に変わった。

 爆ぜたガンダムから照り返す爆光が、ファドランの姿を宇宙で鮮やかに浮き彫りにする。

「赤部隊、全MS喪失。状況終了」

 オペレーターたち、そして佐官たちから、声にならないどよめきが漏れる。ノーラもその一部になっていた。

 イオタ・ファーガスン大尉だけが、最初から全てを見透かしていたかのような冷静さのまま、再びその場に言葉を発した。

「……以上が現在、我々が有するニュータイプ・パイロットのご紹介になります。当該パイロットが戦力を維持・向上し続ける限り、いずれ地球連邦軍がニュータイプと強化人間を戦場へ投入してきたとしても、その駆逐は十分に可能です。ルスラン・フリート全体で、今後ますますのご支援・ご協力をよろしくお願いいたします。ありがとうございました」

 佐官たちが顔を見合わせ、一斉にざわつく。当然だろう。

 たった六機で自軍の二個MS大隊をあっさりと殲滅してのけた怪物――一年戦争の白い悪魔、仮想アムロ・レイの一個中隊を、イオタの紹介するパイロットはたった一人で、これまたあっさりと殲滅してのけたのだ。

 あまりにも強力すぎる。果たして、これは本当に人間なのか。

「た、大尉。あの……あのパイロットは、一体……何者なのかね??」

「申し訳ありません中佐、軍機につき、この場でも詳細はお答え出来ません。ただ当該パイロットは決してAIなどではなく、生きた人間である、という点のみお答えさせていただきます」

「…………」

「当該パイロットは現在、各種戦術や部隊間連携についての訓練中です。このポテンシャルをルスラン・フリート全体の戦力と有機的に連携しながら発揮し、有事の際に敵中核戦力を確実に無力化できるよう、皆様のご協力を必要としております。今後ご支援等を要請させていただく際には、どうか柔軟な対応をお願いいたします」

 全員の視線が、眼下のシミュレーションルームに集中した。あのポッド群のどれか一つに、そのパイロットがいるのか。

 再び先任の大佐が前へ出て、余裕を持って全員へ言い放った。

「連邦軍がアムロ・レイ本人やその量産型を投入してこようと、それら敵ニュータイプと強化人間は、我のニュータイプを以て殲滅する。我々には、それが可能だということだ。諸君、これからも自信を持って自己の任務に精励しようではないか」

 大した公開情報もないまま、大佐はまとめに入っていく。だが確かに今回の『デモンストレーション』の効果は、ノーラが一見して分かるほど大きかった。

 公開された情報は乏しく、未だ半信半疑ではあっても、どうやら自軍にはそこまで強力なニュータイプが存在するらしい。

 その情報だけでも、士気に与える影響は極めて大きい。日に日に大きく意識せざるを得なくなりつつある、連邦軍のニュータイプと強化人間への、対抗手段の存在。この場にいる佐官たちだけでも、その情報を密かに握ってどっしり構えていれば、部隊に及ぼす影響は大きいだろう。

「それでは解散といたします。本日はお忙しい中のご列席、まことにありがとうございました」

 

 

 

「お披露目、……かぁ……」

 佐官たちがどよめきながら退出し、その姿が廊下にも見えなくなった頃、ノーラはひとり管制室から歩き出した。

 イオタは管制室のオペレーターたちと演習の後始末や、残った大佐との調整事項に追われているようだったし、ミリアムはいかにも自由人らしく、いつの間にやらどこかに姿を消していた。ノーラだけが手持ちぶさたで、外の風を浴びたくなったのだ。

 あの新型ガンダムのCGモデルは初めて見たが、仮想アムロ・レイAIの存在自体は噂に聞いていた。一年戦争末期に覚醒を果たしたというその究極の戦闘力を、不完全ながらもモデル化した、幻の戦闘シミュレーター難度『SSS』。訓練生たちの都市伝説に過ぎないとも言われていたが、実在していたのか。

 そしてそのSSS難度を、一対六などというデタラメに輪をかけた悪条件で完封勝利出来るような怪物も、また。

「ファーガスン大尉……私に『見せたいもの』って、きっと、これのこと……だよね。でも、……桁違いすぎる」

 もはや天災じみた伝説上の強敵、連邦の白い悪魔。不完全な再現AIとはいえ、その集団を一蹴していとも簡単に殲滅してのけた、本物の『怪物』。

 桁外れの存在だ。だが、それはいい。

 肝心なのはそんな桁外れの存在の前で、自分のような凡人に、いったい何が出来るというのだろう? ということだ。

 思案しながら歩いていたノーラの前で、ぴょこん、と長い髪が揺れた。

「?」

 ツインテールだ。

 腰まで届くような長いツインテール。それをリボンでまとめて額を大きく出した身軽そうな運動着の少女が、くりんとした大きな瞳に興味津々の光をたたえて、ノーラをじいっと覗き込むように見つめていた。可愛らしい顔立ちは十分に美少女と言えるものだが、その身長は女性としてもやや小柄なノーラよりなお低く、全体の印象はかなり幼い。

 ――エレメンタリーかジュニアハイ、ぐらいかな。可愛い、けど――なんでこんな子がここにいんのよ?

 その少女が不意にいたずらっぽい笑みを浮かべ、八重歯を覗かせながらノーラへ言った。

「ふーん……。キミがイオタの言ってた、今度新しく来る女の子なんだ~~~」

「……?」

 ファーガスン大尉の名前を出しながら、少女は歩み寄ってくる。

 ――この子、大尉の知り合い?

 ノーラがそうして戸惑う間に、ツインテールの少女は自然な動きで彼女のパーソナル・スペースへ侵入し――そして無造作な動きで両手を伸ばすと、ノーラの慎ましやかな胸の膨らみを鷲掴みにしていた。堂々と揉みながら、まじまじ見つつ言う。

「!?」

「うわー、ホントにちっちゃい……ボクのと変わんないじゃん。ペチャパーイ!」

 ノーラのささやかな膨らみを揉みながら、少女は残念そうな表情を浮かべて言い、そして元通りの悪戯っぽい笑顔に戻っていった。

「!? !? ……!!??」

 まさかの軍施設内で白昼堂々、年下と思しき少女からの痴漢行為。しかも、

「ぺ、ぺ、ぺ……」

 ノーラの唇がわなわなと震える。

「誰がペチャパイだゴラァーーーッ!!」

「うきゃあ!!」

 護身術の要領で胸元に伸びた手を捕らえようとノーラが動いた瞬間、少女はツインテールを翻して跳ねる。楽しげな悲鳴とともに体操選手並みの鮮やかなバク転を決めて、一気に距離を開いていた。逆立ちしながら、ビシッ、と片手でノーラの胸元を指さして言う。

「ふふふ。それ、Aカップでしょ。わかるよ、ボクのブラとおんなじだね! くすくす、ちっちゃーい!」

「はぁ!? アンタのと同じなら別にいいでしょ!」

「そう。今はまだおんなじ。でも――」

 意味不明な挑発にいちいち頭から湯気を出して反応するノーラを、ツインテールの少女はなおドヤ顔で挑発する。跳ね上がって立つと腰に手を当て胸を張り、そこから一気に両手でWピースサインを繰り出しながら叫んだ。

「ボクはもうすぐ、Aカップ卒業だもんねっ!」

「なっ……!? 将来の拡張性……だとっ!?」

 確かにこの少女は幼い。そして幼いということは、成長の余地があるということだ。

 伸び代が、可能性が、違う――もはや十代も終盤に差し掛かりつつあるノーラは、少女が宣告したその残酷な現実に愕然と立ちすくんだ。

「ま、負ける……!? こ、こんなちんちくりんのデコスケに……!? ……で、でも……か、……かたちは……、形は、自信、あるもん……」

 控えめな胸元を両腕で抱き隠すように屈みながら、ノーラはぶつぶつと呟きはじめる。普段気にしていたことを年下であろう少女からいきなりピンポイントでフルボッコにされた衝撃は、それだけ大きかった。

「むふふふふふ――、あ」

 そのとき少女のツインテールが、再び不意にぴこん、と跳ねる。

「――ジャンセン伍長? ごめんなさい、遅くなっちゃって――きゃっ!?」

 管制室のドアが開き、イオタ・ファーガスン大尉が姿を現す。それだけの動作でもたゆん、と揺れる異次元級のたわわなバストへ、ツインテールの少女は引き絞られた矢のように勢いよく飛び込んでいた。

「大尉!? ふざけんなこらっ、離れろデコスケ!!」

「むふぅ~~~……」

 ノーラにはもう何カップなのかの見当すらも付かないイオタの未確認爆乳を、少女はジオン公国軍尉官制服越しに頬ずりしてのけた。いかにも満足げに顔面を埋め、あまつさえその手でぐりぐりと変形させて弄んでいる。ふと少女はその深淵なる胸の谷間から、ノーラへ向けてニヤリと笑った。

「どう?」

「は……?」

「うらやましい??」

 むふー、とたっぷりの鼻息を荒く吐き出しながら、ツインテールの少女は勝ち誇った表情でノーラを見た。

「はあ??」

「ふふ、分かるよ。うらやましいでしょ。でも、ダメ。イオタのおっぱいは、ボク専用なのっ! このぷるんぷるんの柔らかさは、ボクだけのものなのさ~~~」

 ――さっきからホントに一体なんなのよ、このクソガキは……。……まあ確かに正直、私もファーガスン大尉の胸、ちょっと触ってみたいな、とは思ったけどさ……。

 ノーラはこめかみに青筋を立てながら、少女に破廉恥行為をされるがままのイオタを見る。イオタは困り顔のまま胸元の少女とノーラの間で視線を往復させていたが、やがていつもの優しげな口調で呟いた。

「え、ええっと……。ああ。二人とも、もう先に会っていたのね……。ティアーナ、お疲れさま」

「あんなのラクショー! ちょーよわい! だってあんなの、ただのプログラムだもん。痛いとか、怖いとか、苦しいとか――そういうの、全然ないもん。だから、ラクショー!」

「そう……流石ね。でもティアーナ、もう薬は打ったの?」

「……まだ」

 しかし話題を移されると、ティアーナと呼ばれた少女はばつ悪そうにぷいっ、と顔を背けてしまった。イオタは優しく微笑み、ティアーナの頭を撫でながらノーラを見つめる。

「あら、そうなの? 駄目ね、早くしないと……くすっ。ティアーナ、今日はそんなに待ちきれなかったのかしら?」

「…………?」

 二人の会話に付いていけず、ノーラはイオタへ説明を求める視線を送る。軍服越しにバストをいいように玩具にされているイオタが、それでも気を取り直してノーラへ少女を紹介しようとした。

「ジャンセン伍長、紹介するわ。この子が――」

「――あっ」

 そのとき、少女が震えるように目を見開く。自由気ままだったその動きを、一気に凍りつかせた。

 それは、恐怖と絶望の表情。

 少女がそんな表情を急に浮かべたことにノーラが驚く中、どこか遠くで何かが響いた。

 何か堅固な重量物が、それなりの速度でぶつかった激突音だ。その衝撃が足下の床、そしてこの区画の構造材を通して、遠く小さく響いてくる。

「? 何――?」

「うっ――」

 そして突然、少女は床に崩れ落ちた。

 自分自身を抱きしめるようにしながら、受け身も取れずに音を立てて床へ倒れる。

「うっ、……うぅ……ううぅぅぅぅ、うううぅ~~~」

「てぃ、ティアーナ? ティアーナ!?」

 明るく自由奔放で元気いっぱいだった少女の表情は、今や苦痛と苦悶で完全に押しつぶされていた。顔面はすでに蒼白。鼻水と唾液が溢れ、全身から汗を吹き出しながら痙攣するように震えている。イオタが駆け寄って抱き起こすが、反応しない。

 尋常の様子ではなかった。イオタが色を失う。

「まさか――」

「基地門前の交差点で交通事故! エレカが二台に、歩行者も何人か巻き込まれてる――イオっち、ティアに鎮静剤と緊急抑制剤! 急いで!!」

「事故……っ! わ、分かったわ!」

「? え? 交通事故? 基地の表で?」

 ――それって今、この子の状況に何の関係があるの?

 今までどこにいたのか、全力疾走で駆け込んできたミリアムが叫び、イオタがハンドバッグを探って箱を取り出す。ノーラ一人だけが目の前の状況から取り残され、何も理解できないまま、ただその光景を凝視していた。

「い、イオタぁ……いたいっ……いたいよ……いたいよぉ……っ……」

「大丈夫。大丈夫よ、ティアーナ……私はここにいるわ。気をしっかり持って! すぐ……すぐ、楽になるわ」

 確かに少女の状況は異常だ。何か持病の発作だろうか? 今イオタが取り出して注射しようとしているのも、そのための薬なのだろうか。

「うっ、うう! ああぁっ、ああああああーーーっ!!」

 だがイオタの腕の中で、少女はさらに狂ったように暴れだす。もはや注射どころではない。そこへ飛びつきながらミリアムが叫んだ。

「ノーラ! 一緒にティアを押さえて!!」

「えっ――」

「早くッ!!」

 イオタとミリアムが二人がかりで暴れる少女を押さえつけようとするところへ、ノーラも訳も分からぬまま咄嗟に加わった。必死に暴れ狂う少女の力は、幼く可憐な容姿からは信じられないほどに強い。それでも三人がかりで押さえつけた末に、後ろから組み付いたミリアムが麻酔薬を浸した布で少女の口元を覆った。

「んっ、んんうぅっ……んん、んんんっ……」

「お願い、間に合って……」

 ようやく麻酔薬が効きはじめ、少女がぐったりと力を失う。鎮静が確認されたところへ、イオタが祈るように呟きながら、慣れた動作で少女の首筋へ注射針を刺した。青く着色された注射器から薬剤を注入する。注射器が空になると素早く針を抜き取り、容器へ格納した。

 響く靴音に顔を上げれば、通報を受けた基地の衛生隊がようやく担架を抱えて駆けつけてくるところだった。意識を失って無防備な頭部と頚部を保護しながら、三人は少女を担架へ抱え上げる準備に移る。

「……ごめんなさい……」

 イオタの頬を伝う涙を、ノーラは見た。

 

 

 

 基地医務室のベッドで、少女は寝息を立てていた。

 麻酔薬で意識を失った後も、最初の数時間はひどく苦しげな様子だった。だが、それもようやく落ち着いてきたようだ。注射が効いたのだろうか。

 ノーラはずっと彼女の側に付いていた。医療スタッフや警備要員、そして関係部局との連絡と調整――イオタとミリアムは少女を寝かせた後も、各方面に奔走しなければならなかったからだ。特に出来ることもないノーラだけが、ひとり少女の側に残されていた。

「あ、――ファーガスン大尉、お帰りなさい」

 そして今、ようやくイオタが帰ってきた。穏やかな微笑みを浮かべているが、憔悴の気配は隠しようもない。

「容態の方、異常ありません。先生の話だと、とりあえず安定したみたいです」

「そう……。ごめんなさいね……ジャンセン伍長。最初からバタバタしてしまって、今まで何も事情を説明できなくて……」

「大丈夫です! これでも軍人ですから。――それも、軍機絡みなのでしょう?」

「そうね……。そうなのだけれど、ジャンセン伍長――あなたには、それらを知る権利と――そして、義務があるわ」

 ――これからの、任務のために。

 ノーラは息を呑む。その隣の椅子に、イオタはそっと腰を下ろした。

「この子は、ティアーナ・エイリス。私たちルスラン・フリートが現時点で有する、最強の――そして恐らく、唯一のニュータイプよ」

「それじゃあ――やっぱりこの子がさっき、あのシミュレーターで」

 ――仮想NTが操る六機のガンダムを、単機で次々と殲滅してのけたのか。

 イオタはゆっくりと頷き、続けた。

「ティアーナはL1宙域の小規模ステーションで、ご両親と家族三人で暮らしていたわ。でも七年前、一年戦争が起こって……ルウム戦役の巻き添えになって、ご両親は亡くなった。見捨てられた暗礁宙域の破損したステーションに、幼い彼女だけがたった一人で残されたの。――それから何年もずっと、誰の助けも来ないまま」

「そんな、子ども一人で……どうやって、生き残ったんですか?」

 いくら物資があったとしても、宇宙での居住環境は常に綿密な維持整備を必要とする。幼児がたった一人で数年間を生きながらえるなど、不可能のはずだ。

「『パパとママが教えてくれた』と、ティアーナは言っていたわ。ご両親はいつも側にいて、難しい機器整備のやり方を教えてくれたと。でもティアーナが近づこうとすると、ご両親はいつも悲しそうな顔をしながら遠ざかって、一度も抱きしめてくれることはなかった、と」

「それって――」

「……ティアーナは、……宇宙で生き残るためにニュータイプ能力を発現させて、そして理不尽に劣悪な環境で生き残り続けるために、その能力をどんどん肥大化させていったの。正真正銘の、『宇宙に適応した新人類』なのよ。消耗していく物資、劣化していく設備――不可逆的に悪化し続けていく状況の中で、幼児一人ではどう頑張っても手が回りきらない巨大な生活環境を維持するために、ティアーナはその能力を拡大させながら戦い続けた。それでも、ついに限界が訪れそうになったとき――私たちの艦が、偶然にティアーナのステーションを見つけたの」

 イオタはそこで、いったん言葉を切った。何かを呑み込むようにしながら、絞り出すようにして続けていく。

「彼女のニュータイプ能力は、過去に類例がないほどに強いの。それこそ、桁違いにね。その結果がさっきのシミュレーションで見せた、あの圧倒的な戦闘力であり……そして、今のこの状態でもあるのよ」

「あの、大尉。質問なんですが――強力なニュータイプだから戦闘能力もすごく高い、っていうのは、なんとなく分かります。でも、……それと今のこの状態は、一体どう関係しているんですか?」

 ノーラは眠りこけているティアーナを見つめ、突然の絶叫とともに苦悶し倒れた瞬間を思い出す。

「簡単よ。ティアーナのニュータイプ能力は、『強力すぎる』の」

「『強力すぎる』……?」

 問い返すノーラへ、寂しそうにイオタは笑った。

「ジャンセン伍長。ニュータイプの『戦闘における強さ』の根本、って……いったい、何だと思う?」

「ニュータイプの、ですか? えっと、……空間認識能力、予知能力……強力で特異な脳波の存在……それから、読心術……?」

 パイロット候補生課程で受けた座学の知識を、ノーラは怪訝な顔で暗誦する。とはいえニュータイプの知人がいるわけでも、実物を見たことがあるわけでもないため、その認識はひどく怪しい。

「ええ、そうね。それらに付随して――というかおそらく、こちらが『本質』ではないかと言われているけれど。ニュータイプの力は『分かりあえる』力なのよ」

「分かりあえる力?」

「そう。分かりあえる力。一年戦争というあの地獄の中では、戦闘力という側面だけが注目されていたけれど……物事の本質を誤解なく洞察し、他者と理解し合える共感の力。戦闘力などは本来、その副産物に過ぎない。でも……その分かりあえる力が、感覚が……強すぎたら?」

「……強すぎたら……?」

「戦場で展開する広範囲の事象、多数の敵兵の行動や心理を完璧に理解し、把握することが出来るなら。そして戦闘の中で、それらの人々が死んでいったら――」

 その理解してしまっている相手が、戦場という異常な環境の中で恐怖し、傷つき、死に至っていく。

『強力すぎる』ニュータイプはそんな状況で、一体どうなってしまうのか?

「……アムロ・レイのニュータイプ能力は、戦場という環境下で発現した。だからその能力は、戦闘に最適なかたちに花開き――敵の行動を理解しつつも、その敵を殺しても自分はダメージを受けずに済む程度の、絶妙な水準で抑えられた。だから彼らは巨大な戦場に参加しても、そこで自ら多数の敵兵を殺しても、それによって自身の精神が大きな打撃を受けるようなことはなかった。……でもティアーナには、そのリミッターがない。この子の能力は……戦闘のために使うには、あまりにも強すぎるのよ」

「それって、つまり――」

 ――『理解してしまった』相手の恐怖や苦痛が、そのまま自分の意識を直撃してくるというのか。

 交通事故の直前、それを察知したティアーナが浮かべた恐怖の表情を、そしてその後の発作的な苦痛を、ノーラは思い出す。その直前の言葉と、その真の意味も。

『あんなのラクショー! ちょーよわい! だってあんなの、ただのプログラムだもん。痛いとか、怖いとか、苦しいとか――そういうの、全然ないもん。だから、ラクショー!』

 ――だとしたら。

 だとしたら、ティアーナは。シミュレーターでは多数の仮想NTを歯牙にもかけずに撃破してのけた彼女は、実際の戦場では、どうなってしまうというのか。

 いや。それどころか彼女は、日常生活すら――

「イオっち?」

 そのとき不意に声を掛けられて、ノーラははっと顔を向けた。いつの間にか戻っていたミリアム・バーレット少尉が、ドアの向こうから横目で室内を覗いている。

「大佐。呼んでるよ」

「――すぐ行くわ。ジャンセン伍長……また、後でね」

「あっ。はい」

 どこか疲れた微笑みを残してイオタは去り、ミリアムもそのままどこかへ行ってしまう。再び取り残された病室で、ノーラはティアーナの寝顔をじっと見つめた。

 

 

 

「大尉。彼女の容態は、安定したんだな」

「はい……。ご心配をお掛けいたしました」

 悄然として答えるイオタに、大佐は苛立たしげな視線を向けた。

「デモンストレーション後、なぜ即座に投薬しなかった? 抑制剤を投与していない状態の彼女では、一般市民としての日常生活すら危険すぎる。いつ、どこの誰から『巻き添え』を食わされるか分からんのだからな。そのことは、君が一番よく理解しているはずではなかったのか」

「申し訳ありません。私の監督不行き届きです」

「困るのだよ、こういうことではな。『敵ニュータイプ殺し』の強力な手段を、我々が確実に保持している――外に対しても内に向けても、その事実はこれから絶対に必要となる。そして彼女は依然として我々の、唯一有効な対ニュータイプ手段なのだぞ」

「大佐……。ティアーナ以外の、……新規のニュータイプ発掘計画は、その後……」

「継続中だ」

 君が結果を知る必要はない、と言わんばかりの素っ気ない回答。イオタはそれ以上、追求することは出来ない。

「……前から君が希望していた、彼女の対等な話し相手になれそうな少女パイロットは、今日配属してやっただろう。新型抑制剤の研究も含め、必要なものは今後も与える。管理と練成、データ採取を万全に行いたまえ」

「ありがとうございます。抑制剤の改良は、少しずつ進んでいます。第三者の死や苦痛に影響されない水準にまでニュータイプ能力を抑え込んだ状態でも、ティアーナは一般パイロット以上の戦闘力を見せるようになってきました。今後も訓練と研究を続ければ、いずれは――」

「だが抑制剤を投与してしまえば、彼女の戦闘力は並みのニュータイプ以下だ。それではとても新型機を操るアムロ・レイには対抗できん。『その時』が来たならば、彼女には抑制剤なしで出撃してもらうことになる。それでも敵ニュータイプの『最初の一人』だけは倒せよう」

「…………!!」

 指が白くなるほどに、イオタは拳をきつく握りしめた。

 確かにティアーナが本来の力を抑えていなければ、いかなるニュータイプに対しても確実に勝つこと自体は可能だろう。

 それでもニュータイプ同士の戦闘の激しさや、彼我MSの性能差までも勘案すれば、その敵ニュータイプを『殺さずに無力化して勝つ』ことまでは、限りなく不可能に近い。

 敵ニュータイプと最初に交戦した時点で、彼女はその相手を殺害せざるを得なくなり――そして反動で、自らの精神を破壊する結果に終わるだろう。

 一人一殺。

 真っ先に敵ニュータイプを抹殺するための、使い捨ての切り札。

 それが現在のルスラン・フリートでの、ティアーナ・エイリスという少女の存在意義なのだ。

「彼女の運用方針に変更はない。戦場に投入された敵ニュータイプの跳梁を放置すれば、友軍に生じる被害は想像を絶する。彼女一人の犠牲で、どれだけ多くのものが救われることになるか……分かるな、大尉」

「……はい」

「抑制剤なしで投入した彼女が戦闘力を失わないまま、敵ニュータイプと接触し撃破できる状況を作為するための作戦は、今後も研究を続けていく。その時が来るまでは、抑制剤を投与しながらの運用を続けるがいい。頼んだぞ、大尉」

 結論など分かり切っていた話が終わると、敬礼を交わして二人は別れた。

 大佐が施設を出ると、冬を再現した冷たい外気が肌を刺す。車止めに付けられていた専用車へ乗り込むと、運転手が大佐に紙片を渡し、車を発進させながら告げた。

「大佐、奥様より伝言を言付かっております。お嬢様がご希望の品だそうです」

「ああ……そうか。すっかり、準備を忘れていたな」

 車窓から見える道路脇には、ところどころで樅の木が飾られている。年末の風物詩だ。

 大佐は手帳を開き、家族写真を見る。彼の一人娘は、ティアーナと同じ年頃だった。

 遠ざかっていく基地施設を振り返りながら、何かを吐き出すようにそっと呟いた。

「寒い……時代だな」

 

 

 

「…………」

「……起きた?」

 ティアーナが目を覚ましたとき、目の前にはノーラの寝ぼけた顔があった。

 窓から射し込んでくる『朝日』のなか、イオタとノーラ、二人が肩を寄せ合うように座っている。

 イオタはまだ夢の中だ。ミリアムは廊下の長椅子に足を伸ばして寝ている。

 口元によだれの痕をくっきり残しながら、ノーラはひとり眠たげな、そして恨めしげな瞳でティアーナを見つめていた。

「アンタの話。大体のとこは聞いたよ」

「……そう」

 抑制剤は十分に効いていても、まだ苦痛の残っているティアーナが、つまらなさそうにそっぽを向く。

 ――ボクの話、聞いちゃったんだ。

 いったん事情を知ってしまえば、彼女の態度は普通でなくなるだろう。彼女は軍人であり、そして自分はその軍にとっての特別な存在なのだから。

 そうなる前に会いたかった。

 イオタたちの協力がなければ、継続的な抑制剤の投与がなければ、自分は人間社会で生きていくことが出来ない。その支援の条件として、いつか敵のニュータイプが攻めてきたときには抑制剤なしで戦うことも、ティアーナは納得していた。

 自分の運命を受け入れてはいる。イオタやミリアムのことも好きだ。

 だけど一つだけ、自分にはどうしても欲しいものがあった。

「――わぷっ!? えっ!?」

 思考の途中で、急な圧力が上から掛かってティアーナは慌てる。

 まだ十分に身体が動かないティアーナの上へ、ノーラがベッドに乗り上げながら圧し掛かっていた。上から腰に体重を掛けて押さえ込み、片手で両腕を捻り上げながら、目を白黒させるティアーナの動きを封じてしまう。ノーラの瞳が怪しく光った。

「!? な、なにっ!?」

「へへへへへ……。アンタさー、さっきはよくもやってくれたね? ……おいデコ、誰がペチャパイだコラ」

「えっ? だって、それはホントにそうじゃん……」

 マウントポジションでティアーナを制したノーラが、密着しつつ不気味な笑みを浮かべながら両手指をわきわきと蠢かせる。

「情状酌量の余地なし、……処刑開始ッ!!」

「!?」

 ノーラの両手がティアーナの腹へ入り、そして無茶苦茶にまさぐり始めた。ティアーナが限界まで目を見開く。

「!! うっ、……うきゃきゃきゃきゃ!! やっ、やめてぇ! 死ぬ! しぬうううう!!」

「ククククク、ニュータイプといえど所詮ガキンチョよ。ここは脆いわ」

「んむっ!? んむうううううう!!」

 ノーラは嗜虐的な笑みを浮かべながらティアーナの口を塞ぎ、もう片手で容赦なくティアーナの腹を巧みに責めていく。顔を真っ赤にして涙を溢れさせ、呼吸困難に陥りながらティアーナは喘いだ。

「騒ぐなよ、声出すなよー。デコスケ風情が私のおっぱいを揉んだ罪は重いのだ。私は断じてペチャパイではない! 賓乳と呼べいッ!!」

「んー! んーーーっ!!」

「バカめ、私に上を取らせた時点でお前の負けだデコスケ。お前の事情なんか知るか、上下関係というものを身体で教えてやるっ。いいか? これから私のことは『ノーラおねえさま』と呼べ。そしておまえは『下僕デコスケ一号』として、私に服従するのだ!」

「んぶうぅぅ、ぷぅうっ、ふっ――ふざけんなーーーっ!!」

「なんとぉーーーっ!?」

 ティアーナが全身に思い切り反動を付けながら捻ってのたうち、ノーラと一緒に派手な音を立ててベッド上から転げ落ちた。

「え……っ? ちょっ……ちょっと二人とも、何をしているのっ!?」

「んぷっ!」

「おおっ!?」

 その轟音でようやく目覚めたイオタが青くなって立ち上がり、なお取っ組み合おうとしていた二人をまとめて胸に抱き込んだ。

 顔を真っ赤にしたままなお反撃しようとするティアーナと、初めて味わう爆乳の感触に圧倒されながらも応戦するノーラの両方を、イオタは強引にねじ伏せながら引き離す。

「いい加減に、しなさい……っ! もう、二人とも……何をしているのっ!!」

「だって大尉。どんな凄いニュータイプかと思ったら、こんなのただのクソガキじゃないですか。どう逆立ちさせてもこいつ一人じゃ何の役にも立ちそうにないから、さすがに可哀想なんで私の下僕として鍛え直してあげようと思いまーす」

「べーーーっだ!! うるさいペチャパイ! まな板っ、アイロン台、サーフボードっ!!」

「うるせぇ黙って掛かってこいや! そのツインテふん縛って吊してやらぁー!!」

「だからっ、やめなさいってば! もうっ、バーレット少尉!」

「いーんじゃないすか、ンなもん放っといて。二人とも飽きるまで、好きなだけやらせときましょ」

 いつの間にか入り口から腕組みして覗き込んでいたミリアムに、事態収拾の助けを求めてもあっさりと却下されてイオタは思わず涙ぐむ。

 そしてイオタは涙ぐみながら、ティアーナのムキになった表情をじっと見つめていた。

 ――この子のこんな表情、初めて。

『ノーラ・ジャンセン伍長。あなたの、私の部隊での使命は、この子を――ティアーナを、守ること』

 ――そして出来ればティアーナの、友達になってあげてほしい。

 数時間前に自ら直接下した命令と、その命令に含めなかった願いを思い出しながら、イオタは苦笑とともに二人を見守る。

 ファーガスン隊はこの日、編成を完結した。




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