4月28日、挿絵2、3を追加しました。
「ネイサン!」
何の殺気もなく放たれた長距離狙撃。その光軸が僚機の中心を貫き、巨大な火球に変える瞬間をリンは見た。
同時に自機とシエル機へも射弾の雨が降り注ぐ。ビーム攪乱膜の間隙を縫って飛来する火線の狙いはあくまで精確。リンはシールドを構えた防御姿勢を取りながら、回避運動を強要される。
「《大ジオン仏道》、――こいつらが!」
戦友を失い、絶好の好機を潰された。それでもリンは迫り来るMS-14A《ゲルググ》の三機編隊を前にしつつ冷静に、そして冷徹に戦況を判断していた。
友軍MS一機喪失。敵には予想外に早く強力な増援が出現。もはやニュータイプも敵船も捕獲する余裕などない。好機は完全に失われたのだ。
ならば沈めるまで。
『ハラキリ』しようとするかのように自機の胴部へヒートホークを食い込ませた《ザクⅡ》へ、リンは迷いもなくジム・ライフルの銃口を向けた。
強力な脅威となる敵ニュータイプを生かしてはおけない。捕らえられないなら、確実に殺せるときに殺しておく。
「!」
だがマズル・フラッシュを吐いて高速徹甲弾の連射が放たれたとき、もう一機のザクが飛び込んでニュータイプ機を突き飛ばしていた。
右肩の防盾が数発の90ミリ弾を弾いても、なお数発が機体を抉る。それでも敵機はザクマシンガンを左構えで応射して、決死の気迫でリンを下がらせた。
「ちいいいッ! 44、いま叩ける敵だけを叩いて下がるよ――44?」
『大ジオン仏道ッ!!』
「シエル!!」
リンが制止する間もあればこそ、シエル機は迫り来るゲルググの正面へ飛び出していた。シールドを向けたままBR-S85ビームライフルを両手で構え、速射モードで光軸を放つ。敵機も応じ、ビームの射線が交錯する。
一対三。
シエルのRGM-79R《ジムⅡ》が放った火線は、咄嗟の応射とは思えない精度で敵機を捉えた。特徴的な流線型を描くシールドの表面に光軸が跳ねて煌めき、肩部装甲を削ってゲルググの先鋒機を揺らがせる。
だが敵機が一丸となって放った射弾も、またシエル機を猛然と打ちのめす。
続けざまに三発被弾したシールドが、連邦十字の中心部から真っ赤に焼けた。前腕部との接続基部が溶け落ちる。熱被害が左前腕の基部まで達する前にシールドを外して投げ捨てた。
それでも彼女は突進を止めない。
ライフル内のE-CAPを搾りきって銃身を焼き切る勢いで連射を放ち、最後には頭部バルカン砲からの火線まで添えながら、シエルは敵機の突撃と交錯した。
メガ粒子と60ミリ砲弾が無数に飛び交い、装甲と部品が砕けて飛び散る。
ゲルググの長大なビームライフルは精度と威力に勝るが、速射性と取り回しの面ではスプレーガン系列のBR-S85に劣る。だから強引に距離を詰めて撃ち合えば、数で勝る相手とも互角に戦える。
それは七年前のア・バオア・クー戦から変わらない原則論。そして理屈で正しくとも実行は極めて困難、事実上不可能な戦術だ。
だがシエルは何の迷いもなく決行した。彼女が持つ並外れた判断力と反射速度、そして煮えたぎる怒りと憎しみに支えられた戦意がそれを可能にしたのだった。
一瞬のうちに破片と閃光を撒き散らし、一機と三機が前後に離れる。
『ゲオルグ居士ッ!?』
襲撃時から開かれたままのオープン回線に女の悲鳴と、男の重厚な声色が響いた。
『見事――!』
ゲルググの先頭機は右腕を失っていた。ビームライフルごと吹き飛んでいく。
そして光弾に中心部を貫かれたシエル機の頭部も火を噴く。バルカン砲の残弾ごと弾け飛んだ。
『なればこそ、この場にて成仏させん! 喝ッ!!』
片腕のゲルググは慣性を無視するような急制動で円弧を描いた。ビーム・ナギナタを残った左手に構えて抜くや、シエル機めがけて逆落としに迫る。
頭部メインセンサー群を失ったシエルは、すぐにその挙動を捉えきれない。それでも巧みな姿勢制御で機敏に跳ね上がると、シエルは肩部サブセンサーの視野に敵機の機動を捉えた。
大半が死んだ全天周モニターの向こうの敵機へビームライフルを向け、さらにビームサーベルを抜き放ちながら少女は歯を剥く。笑った。罠へ誘い込んで刈り取ろうとするかのように。
『極楽往生!』
『地獄に堕ちろッ!!』
首無しジムⅡを構えもろとも切り裂かんとばかり、ビーム・ナギナタの粗く太い光刃が重MSの大質量とともに突き進む。
『シエルッ!!』
『ぬう!!』
だが、そこを横合いから90ミリ弾の猛射が襲った。ゲルググはスカート下からメインスラスターを噴き、敏捷にロールを打って離脱する。それを掩護する二機のゲルググがジム・ライフルの連射と銃火を交わすと、両者の距離は弾けるように大きく開いた。
激突直前の二機の隙間を強引にこじ開けて割り込んだリンは、部下の少女を守れる位置を取りながら構えを直す。
「シエル! 大丈夫? 生きてる!?」
『行けます! やれます! 嬉しいっ、私はツいてます――アイネの仇、大ジオン仏道! 今ここで、貴様らを、殺すッ!!』
シエルは機位を立て直すや、離れていくゲルググ編隊の背中を追おうとした。そのコクピットに唐突なロックオン警報が鳴り響く。
「まあ、少し落ち着こう」
『!?』
リン機が眼前で彼女に、ジム・ライフルの銃口を向けていた。
「一緒に行こうよ。とりあえず私の後ろに付いて、さ」
動きを止めたシエル機を従えてリンは滑らかに、そして穏やかに加速を再開する。母艦が対空砲火を放てばその弾道となるであろう線上を避けつつ、二機はゲルググの接近を牽制する進路を取った。
「ねえ、シエル。あんたの敵討ち、ってさ――たかだかあいつら三匹狩ったぐらいで、終われるようなもんなの?」
『隊長――』
「私は違うけどなあ」
奇妙なほどに平板な声で、淡々とリンは続けた。
「他人様のスペース・コロニーに核をぶち込んで、サイド丸ごと皆殺しにしといて――ザビ家さえ追い出せば無罪放免。自分の本国は南極条約と連邦の戦後政策に守られて無傷。それでスペースノイドの解放者、なんか気取ってくれてさ。ねえ、シエル。……あいつら、許せる?」
『…………』
「私は、ここじゃ終われない。死んでいった連中の分まで――私は必ず、奴らへ本物の復讐をする。そのために、生きる」
『……その通りです』
少女の声色が変わったのを確かめると、リンはふっと笑った。顔を上げて敵機を睨む。
「《アルマーズ》を守る。艦の後衛を張りながら、戦域を離脱するよ!」
『……了解――!』
そして彼女たちの眼前で、三機のゲルググも反転しながら再び編隊を整えていく。
『ゲオルグ居士! ご無事で!?』
『大事無し。未だ我らに利有り。南無阿弥陀仏。エレイン信女、この機に新たな功徳積むべし』
右腕を失った機体へ寄り添うようにしながら損傷状況を確認するゲルググの傍らで、もう一機が油断なくビームライフルの銃口を二機のジムⅡへ向けている。敵方を警戒しながら機内の少女が叫んだ。
『姉様! 今の連邦亡者、『大ジオン仏道』と!』
『聞こえていました、フローラ。我らの宗名が知られているとは――そのうえよもや、ゲオルグ居士の機体に傷を付けるなど。やはりこの者たち、今までの餓鬼道、畜生道とは違います。油断してはなりません!』
絹糸のごとき銀色の髪をヘルメットの下で結い上げた美しい娘が、幼さを残した妹からの声に凛々しく答える。
戦場の中心となる偽装貨物船の側を航過していく彼女たちの足下で、一機のザク・ファドランがヒートホークを自らコクピットハッチへ押し当てていた。緩慢な割腹自殺を決行しようとしていたその機体に、別のファドランが組み付く。傷ついた機体で自機のヒートホークを振り上げ、自殺目的の熱斧をその腕部ごと切り落とした。そしてどろどろに溶けたコクピットハッチへ、必死に冷却剤の噴射を始める。
ジオン公国軍制式パイロットスーツの胸元に並外れて豊満な乳房を包んだ銀髪の美少女は、幼くも穏やかな目元からその光景を哀れむように見下ろしていた。
「あの方々、ご苦労なこと。もう中身は『空っぽ』ですのに」
『彼女たちが望むなら、後で『完全成仏』を手伝って差し上げましょう。ですがフローラ、今はこの者たちが先です』
ゲルググ編隊は旋回を終えつつあった。なお前進してくるサラミス改級駆逐艦、そしてその艦と彼女たちとの間へ再び割り込もうとするジムⅡ編隊の間で、次の標的を定めようと頃合いを探っている。
「いいえ姉様、それよりも私はあれを!」
『フローラ!?』
エレインが驚きの声を上げる中、フローラ機がビームライフルをもたげる。ゲルググのモノアイがレール上を動き、戦場後方へと望遠を掛けていた。
胴体部に頭部だけを残して大破したハイザックが、流れていく戦場へ必死に追尾してきていた。
ファーガスン隊との戦闘で四肢を破壊されながらも、残存したセンサーでなお戦場を遠巻きに観測し、すでに後方へ退いた母艦マカッサルへと情報を中継し続けようとしていた機体だった。
『フローラ! 奇襲もなしにこの距離から単機で射掛けても、当てられたところで完全成仏は――』
「いいえ姉様、やります!」
姉の制止を振り切り、少女は遠い敵機を照準する。だがロックオンしない。センサー有効範囲外。火器管制系でも修正しきれない微妙な計算を照準へ加味して、そしてフローラは念仏とともにトリガーを引く。
「南無阿弥陀仏ッ!!」
そして放たれたメガ粒子は十数キロを渡って狙い過たず、ただ一撃でハイザックの中心核を貫いた。
一瞬でコクピットハッチを撃ち抜いてパイロットの肉体と生命を蒸発させ、次いで暴走した核融合炉が巨大な火球となって弾け飛ぶ。
ハイザックのパイロットは苦痛を覚える間もなく、原子に分解されて光輪とともに消滅した。フローラはその瞬間、何かを感じたようにはっと目を見開きながら呟く。
「――完全成仏」
『完全成仏……!?』
『完・全・成・仏! 見事、フローラ信女!』
ゲオルグ機が親指だけでビーム・ナギナタを保持したまま、四指を伸ばして祈りを捧げた。エレイン、フローラもそれに倣う。
『南ァ無・ジオン。今日二人目の完全成仏。フローラ信女、見事』
『ジーク・阿弥陀仏。ありがとうございます、ゲオルグ居士。ただ、今日はまだこれから――もっと多くの連邦亡者を、完全成仏させねばなりません!』
『然り。励めよ、両信女! まずは大勢から安らがせん!』
『御意!』
右腕を失ったままのゲオルグ機に先導されて、三機はサラミス改級駆逐艦を襲撃するコースで侵入していく。
戦闘艦が持つ火力と索敵は、MSのそれを遙かに上回る。ゲルググの有効射程外から彼らを早々に捕捉するや、多数のメガ粒子砲塔が甲板上で蠢く。強烈な光軸の束を放ってきた。大ジオン仏道はケンドー丸が残した、もはや完全に拡散しつつあるビーム攪乱膜の残滓に拠りつつ、精確な射撃へ回避運動を交えつつ肉薄する。
だが、90ミリ対空機銃群はまだ撃たない。頃合いを待っている。有効射程へ入る絶好の瞬間に統制射撃を開始し、一気に敵MS隊を撃砕するつもりなのだ。ゲオルグはその敵艦の落ち着きぶりを高く評価する。戦い慣れている――そうであるがゆえ、この機を逃さず成仏させねばならぬ、とも。
そしてゲオルグも、このまま直接この艦と交戦するつもりなどない。
斜め後方から追いすがるように走ったビームと90ミリ弾の火線を、ゲルググ三機編隊は背越しに見ていたように回避した。ロールを打って駆逐艦から離れながら、艦砲の射程外へと敵MSを誘い出していく。
リン・リンリーはジム・ライフルの射線を蛇のようにうならせ、ビームサーベルの抜刀とともに突進した。追従するシエル機とともに、ゲルググ編隊へ背中から切りかかる。
片腕のゲオルグ機がビーム・ナギナタを、そしてエレイン機がシールド裏にマウントしていた、MSの丈ほどもある長柄の格闘用ビーム兵器――ビーム・ナガマキを抜き払って迎え撃つ。
激突した。
三機編隊を脇腹から食い破らんとする強烈な勢いを乗せたまま、リンとシエルがそれぞれ叩きつけたビームの光刃がメガ粒子の飛沫を激しく散らす。
「いやぁ、本当っ――イイ趣味してるよ、あんたらっ!!」
襲撃時から木魚と念仏を流し続けたまま、今なお開きっぱなしのオープン回線にリンが喚いた。斬り結びながら楽しげに。逆境でこそ笑ってみせるのが彼女の人生哲学だ。
「敵は殺す、戦えなくなった相手も殺す。目に付く相手は全員殺す! あんたら戦闘に勝った後でご丁寧に一人ずつ、ビームで焼いて回るんだってね。ねえ、一体ナニが楽しくってやってるわけ?」
『否。利己の楽しみに非ず。ただ宇宙(そら)の仏道に叶えばこそ、我らは為せり』
「何を――!!」
ゲオルグと切り結ぶリンの剣撃は変幻自在。言葉の中でも片手でビームサーベルを操りつつ、頭部の60ミリバルカン砲をお留守にするようなことはない。敵機が光刃の鍔迫り合いに甘えて足を止めれば、その瞬間にバルカン砲が頭部を砕く。
だが彼女を相手取るゲオルグの老獪さは、まったく射撃の機会を許さない。
ビーム・ナギナタが基部両端から放つ二条の光刃、そのビームサーベルとの接点を軸に機体が廻る。その両側から同時に出る刃の扱いはあまりに至難で、それは熟練パイロットが不足した一年戦争末期における、ゲルググというMSの戦績不振に輪を掛けた。ビーム・ナギナタは以降、ゲルググ系後継機の武装から姿を消す。
しかし一度パイロットが使いこなせば、その威力は通常型のビームサーベルを圧倒する。
リン機を相手に片腕ひとつでビーム・ナギナタを操るゲオルグは、リンの想像を遙かに越える力でその真価を引き出し、彼女を完全に封じ込んでいた。
そしてエレインが振り上げるビーム・ナガマキの光刃もまた、十分以上の間合いと剣速をもってシエルと巧みに切り結ぶ。
『殺す――! 大ジオン仏道! 貴様らこの場で、私と死ねぇっ!!』
『それほど千々に乱れた心で、何が為せるというのです』
リン機と異なり頭部を失っているシエル機は、もはや頭部バルカン砲を頼れない。怒りに研ぎ澄まされたシエルの迷いない剣閃も、エレインが巧みに操るナガマキの間合いを抜くことが出来ずにいる。そして残弾の乏しいライフルを使うには、互いに距離が近すぎた。
ビームサーベルを両手構えにして猛然と襲いかかる首なしジムⅡの斬撃を、ゲルググは巧みに打ち払い続ける。銀髪の美女は玲瓏たる声を発して少女へ説いた。
「我らはただ、ジオニズムの理想と仏法の調和せる、宇宙衆生(スペースノイド)の独立せる楽園――真なる浄土を、この地球圏に拓かんとするのみ」
『スペースノイドの、楽園――?』
頭部メインセンサー群を失い、肩部サブセンサーから得られる限られた視野。メガ粒子の飛沫を撒き散らしながらビーム・ナガマキの光刃を操り、全力の押し込みを仕掛けてシエルを弾き飛ばそうと動き続けるゲルググの背後に、シエルはスペースコロニーの巨大な残骸を見た。
あの日。U.C.0079、1月15日。
ルウム戦役でジオン公国軍は、サイド5ルウムのコロニー群を核攻撃で焼き砕いた。少女の家族も、友人も、故郷も――二十億を超す人命もろとも、世界のすべてが塵となって消え去った。
シエル・カディスの世界は、あの日、滅んだ。
『何がっ、――何がスペースノイドの楽園だ! お前らジオンがその何十億人を殺し尽くした結果が、このL1の有様だろうがッ!!』
『違います。ジオンはスペースノイド独立の真の守護者。無為の殺戮など為してはいません』
『ならば、この光景は何だッ!!』
『ジオンが引導を渡したのは、悪しき地球の重力に魂を惹かれ、真のスペースノイドに徒なすばかりの連邦亡者。ジオンは連邦に呪われた邪悪な生からの、速やかな解放――成仏という、魂の救済を与えたに過ぎないのです』
「ッ!!」
側面から殺気。
シエルは脚部と肩部スラスターを全開に噴かした。さらに敵機のシールドへ蹴りを叩きつけて間合いを開く。半瞬のうちに飛び退いた隙間を光軸が撃ち抜いた。
ノーマークで残った最後の一機――フローラ機が矢継ぎ早の狙撃で、わずかに足を緩めたシエルを襲ったのだ。
『悪しき地球連邦の重力に魂を捕らわれた亡者の救いは、メガ粒子と核爆発による一瞬の業火即身完全成仏にしかないのだとっ! 五十億の亡者を救ったジオンの功徳への報恩として成仏するのが、あるべき人の自然な生き方なのだと! そんな簡単なことが、どうして分からないのですっ!!』
「喋るなッ!!」
有効射程が開けた瞬間、シエルは限られた視界からビームライフルを応射した。だが二対一。火力で圧倒されたシエル機が左肩に被弾、肩口から断ち切られた左腕がサーベルを保持したまま流れていく。
残る武装はライフルのみ。E-CAPの残量も乏しい。リンは敵隊長機らしきゲルググと切り結んだまま動けずにいる。
シエルの口元に不気味な笑みが浮かんだ。
『偉大なるジオンの功徳で地球連邦の呪縛から解き放たれ、いまや仏と成った五十六億七千万の連邦亡者――その安らかに満たされた呼び声が聞こえないのですか? さあ! あなたも今こそ成仏し、その一柱となるのです!!』
「先にお前らを殺してからなッ!!」
横から割り込んできた射撃支援を受けて、正面の敵機が長柄の光刃を振り上げた。火線に圧されて崩れるように下がったシエルへ、一気に突進してくる。
だが唐突に降り注いだ強烈な火線の嵐が、その迫るゲルググを強引に押し下がらせた。
『なにっ!?』
「アルマーズっ――」
息を呑んでシエルは呻く。艨艟が迫っていた。
彼女たちの母艦である駆逐艦アルマーズは退避するどころか、自らのMS隊とゲルググがぶつかり合う戦場めがけて割り込むように突進してきたのだ。そして自艦から敵機へ、あらゆる火力を叩きつけていく。
『リン、シエル! 下がるぞ、来いッ!!』
『ジャック!?』
『艦長――』
アルマーズはシエルと距離の開けた二機を弾幕で押し流すと、リンと絡み合う敵機にそのまま体当たりを掛けるような勢いで迫った。リンは後方から迫る母艦の軌道とその対空射撃の弾道まで読んだかのような動きで、絡み合っていた敵機との間合いを開くや一気に射撃で押し返す。
そのままシエル機とともに母艦の内懐で直掩の位置に付けると、リンのジムⅡは対空砲火と一体になりながら、弾倉交換したジム・ライフルから射撃を放った。
『ジャック。ネイサンが――』
『分かっている。だが、ここは下がる! リン、一年戦争を思い出せ――俺たちずっと、そうやってきただろう?』
一年戦争。
敵だけが持つMSの猛威。もはや物量すらも圧倒的なジオン宇宙艦隊。限られた拠点。硬直した及び腰な友軍。
そんな劣勢の中でおびただしい犠牲を耐え忍びながら、彼らは――トラキア隊は何度となく好機を捉えては、貪欲にジオン軍へ襲いかかった。そして、生き抜いた。
敵と味方の返り血の中で学んだのだ。泥水を啜っても生きてさえいれば、敵を殺す機会は、また必ず巡ってくると。
だがそのとき、アルマーズの索敵手が報告した。
『一時方向より、高速で接近する熱源体二――分かれた、合計六……いや、八! 一時方向よりMS六機、高速で接近中!』
『敵の援軍……ッ!』
《コムサイ改》級哨戒艇。
ジオン公国軍の主力戦闘艦、《ムサイ》級軽巡洋艦の艦首部に装備されていた多目的大型艇《コムサイ》を、単体での作戦行動を前提として改修した戦闘艇だ。艇内には二機のMSを格納して簡易な補給整備機能を有し、自衛火力として対空機銃他の火器類も装備している。
すでにアルマーズの有効射程から離脱したルスラン・フリートの偽装貨物船が待ちわびていた、そしてアルマーズがその到達を予測していた援軍がデブリを縫って、ついにこの戦場へ到達したのだ。
その平板な艇体へ跪くようにしながら上下対称に搭載されていたMSが、コムサイの甲板を次々と蹴飛ばすようにして舞い上がっていた。
MS-09R《リック・ドム》――おそらくは独自仕様の近代化改修機。それが六機。
コムサイ改の背と腹で今まで温存してきた推進材をぶち撒けるかのように、その強力なスラスターがスカート下で咆哮した。暗色の重装甲で微細なデブリを跳ね飛ばしてくる。速い。
二機のジムⅡはこのまま友軍のゲルググが抑えきれると判断したか、リック・ドム編隊は二個小隊に分散しながら、サラミス改級駆逐艦への対艦攻撃を狙う軌道を取った。アルマーズの対空砲火はゲルググとの交戦に分散しきっており、もはや全力をリック・ドムへ集中させることが出来ない。その操艦がいかに巧みであろうと、ここからMSの機動性を振り切れるはずもない。捕捉される。
90ミリ機銃の数門が素早く対ゲルググ戦から振り分けられて、リック・ドムへとその照準を変更した。だが単艦の駆逐艦にとって、同時に迫る九機もの敵は多すぎる。
十字レールを走る六基のモノアイが、ジャイアント・バズ六門の暗い砲口が、サラミス改級駆逐艦を見下ろす。迎撃の火線の中で回避機動を躍りながら敵艦を狙い、先頭の一機がジャイアント・バズのトリガーに指を掛けた。ここで六機から同時攻撃を叩き込めば、対空射撃に妨害されながらでも一発は当てられると彼らは踏んだ。
『なりませんッ!!』
『!?』
だが初弾を放とうとしたリック・ドムは、予期せぬ方向からのビームに射撃動作を阻止された。
二個小隊はそのまま咄嗟の回避機動に入り、敵艦への攻撃侵入軌道から離脱していく。先頭機のパイロットが見たのは自機へビームライフルの銃口を向けてくる、友軍機のはずのゲルググだった。
『な、何をするッ!?』
『あなたがたの武装では、そんな及び腰の射撃では、連邦亡者を完全成仏に至らせられません! 半端な攻撃で肉体に無用の苦痛を与えれば、悔い無き完全成仏を妨げます。それでは新たなる怨念の輪廻を生むだけということが、なぜ分からないのです!!』
『大ジオン仏道か……っ!』
そのゲルググを駆る少女、フローラの強烈かつ理不尽な神懸かった気迫が、増援のリック・ドム部隊を凍らせた。そして友軍相撃すらも辞さないその断固たる気迫は、他の二機からも同様。このまま対艦攻撃を継続しようとすれば、連邦軍と戦う前に背中から撃たれて彼らが先に『完全成仏』させられてしまうかもしれなかった。
二機のゲルググが彼らと敵艦の間に割って入る。
『悪人正機――悪しき連邦亡者とて、いや連邦亡者だからこそ、苦悶の中で地獄に堕としてはならぬのだ。慈悲の心から放つメガ粒子と融合炉核爆発の業火で、その肉体を原子レベルで荼毘に付す。そうして重力の呪縛より解き放ち、こころ安らかに極楽往生させねばならぬ』
『対艦攻撃は我ら大ジオン仏道が主導します。サラミスの乗員すべてを苦痛なく一瞬にして蒸発成仏させる術、我らが心得ておりますゆえ。本隊の方々は支援と牽制を願います。南ァ無・ジオン』
『……ジーク・阿弥陀仏――』
ゲオルグの説教をエレインがまとめて有無も言わさず一方的に指示を与えると、リック・ドムのパイロットは信仰心のない平板な声で応じた。サラミス改の射程から離脱した九機のMSは、素早く編隊を組み直しながら、再度の攻撃軌道に入っていく。
「ふうん――まず足並みを揃えてくるかあ。敵さん、手堅いなあ」
遠方を巻いて攻撃編隊を整えていく九機もの敵MS隊に、アルマーズの前方でたった二機の阻止線を展開しながらリンは笑った。敵の足並みが揃わなければ、多少は艦に被弾を受けてでも乱戦に巻き込んで数機を落とし、強引に突破して離脱するつもりだった。
だが敵は一挙に全力を集中して、自軍の損害に構わずあくまで撃沈しに来るらしい。
増援の到着で均衡は完全に崩れ、戦力比は圧倒的不利。次の突撃を阻止できる公算は薄い。
どうすれば生き残れるかではなく、どうすれば一機でも多く道連れに出来るか、を考えるべき状況なのだとリンは知った。
『隊長、なんだか楽しくなってきました』
「いやあ、戦争ってやつはこうでないとねえ」
シエルは笑っていた。リンも笑っていた。美しい少女と娘の二人が浮かべるそれは、ひどく邪悪な笑顔だった。
アルマーズは今、再びその火力を沈黙させている。機銃に次弾を装填し、メガ粒子砲にエネルギーを充填し、砲身を冷却しながら艦長からの射撃号令を待っている。
『南無阿弥陀仏』
『ジーク・ジオン!』
ルスラン・フリートのMS隊は、そこを目掛けて突撃した。
三個小隊同時攻撃。
迎撃に来るであろう敵MSにはリック・ドムが応戦し、同時に駆逐艦への陽動攻撃を仕掛けて対空砲火を分散させる。大ジオン仏道のゲルググはあくまで対艦攻撃に徹する構えだ。
そして、大ジオン仏道は真正面から敵艦に迫る。
まずはビームで艦首から艦尾へ、そして艦橋から艦底へと貫通し、艦体の主要隔壁すべてに風穴を開けてダメージ・コントロールを無力化する。動きが止まったところで融合炉をビームで破壊し核爆発させ、その爆圧を艦体すべてに隈無く通す。同時にジャイアント・バズの集中砲火を叩き込めば、敵乗員は一瞬ですべて苦痛なく蒸発させられるのだ。
『姉様。あの者たちからは、並みならぬ怨念を感じます』
『やはり通常の連邦亡者とは違うようです。ジオンへの強い怨念を抱いた連邦亡者、成仏させれば特に大きな功徳となりましょう――フローラ?』
『――姉様。何かが……、直上ッ!!』
『!!』
妹の様子に気づいた姉が問いかけたそのとき、フローラはかっと目を見開いて叫んだ。その警告がエレインに紙一重でフットペダルを踏み込ませる。
ゲルググの重厚な機体が横へ滑った。一瞬前まで彼女の機体のあった空間を、火を曳く何かが逆落としに飛び過ぎていく。
実体弾、360ミリ級。高初速――MS用バズーカ・タイプ火器からの砲撃ではない。
『姉様っ!!』
そしてエレインが回避する先を読んでいたかのように、やや低速の第二射が来襲した。咄嗟に構えたシールドへまともに着弾し爆裂、葉型の装甲板が本体の身代わりとなってまっぷたつに割れ砕ける。衝撃でエレイン機は編隊から一気に沈んだ。
『新手かッ!!』
不意急襲の長距離砲撃。大ジオン仏道がもっとも得意とする戦術を逆に返され、フローラはビームライフルの銃口を上空目掛けて跳ね上げた。彼方の敵影を捉えて狙撃しようとする。
RGM-79GS《ジム・コマンド》は忽然とその横腹に出現した。
『な』
いつ、どこから現れたのかも分からなかった。
フローラの研ぎ澄まされた六感を簡単にすり抜け、認識の内懐に突如降って沸いた敵機は、巨大な相対速度を帯びていた。
完全な死角から現れて超高速で突撃しながら、両手に構えた光刃の剣閃二条でフローラ機へと斬りつける。
回避も迎撃も不可能だった。
ゲルググの胴をビームサーベルが一気に斬り裂き、装甲を蒸発させて全天周モニターを食い破る。少女の豊かな肢体をメガ粒子の閃光が照らし出す。
「南無阿弥陀仏――」
死の閃光を間近にしながら、フローラは穏やかな瞳でただ安らかに念仏を唱えた。
だが業火は少女の肉体を呑み込むことなくその場で止まる。
二機の間へ強引に割り込んだゲオルグ機がビーム・ナギナタの長突を放ち、敵機のサーベルを紙一重で食い止めたのだ。
そして、交錯は一瞬。
『修羅道――』
『きはッ!』
ゲオルグ機との間に光熱の飛沫を跳ね散らすと、ジム・コマンド――その近代化改修機は楽しげな声ひとつ接触回線に残したきり、弾丸のように突き抜けていった。
単機。
『なんだこいつは! どこから沸いたッ!?』
『大ジオン仏道めっ、伏兵の奇襲を許すとは口ほどにもない――優先目標変更、中隊全力で奴を潰す!』
紅白の機影が慣性を殺すことなく走り抜けてくる軌道の先で、リック・ドム隊が突撃と砲撃の標的を正面のジムⅡから、彼らへ迫るジム・コマンドへ変更する。二個小隊、六門のジャイアント・バズが集中して一機を狙った。
だが上方からその編隊めがけて、再び高初速弾が撃ち下ろしに降り注ぐ。
『あぐっ!?』
初弾が一機を直撃してその左腕を消し飛ばし、ほぼ同時に来た次弾は編隊直上で爆ぜた。霰弾の雨を叩きつけられ、三機の動きがわずかに鈍る。
『この距離から実体弾で狙撃!? バズーカじゃない、キャノン系――あっ』
そしてジム・コマンドの剣閃は、その隊長機を袈裟懸けに斬り捨てる。
コクピットを消滅させジェネレータを破壊されたリック・ドムが、航過するジム・コマンドの背後で盛大な火球へ変わった。
『隊長!』
『そんな、一撃で――!?』
『おのれ、修羅道……ッ!!』
それでも残存のリック・ドム隊が五機がかりで放った砲撃を、ジム・コマンドは平然と縫って抜き去る。機体を立て直したエレイン機がビームの狙撃を放っても、背越しに見ていたようなロールで軽やかに避けた。
二機を斬り裂きながら突破した敵射程外で急旋回しつつ、向き直ったジム・コマンドのパイロットはオープン回線で戦場へ吠える。
『完全成仏、ナンマンダブゥ~! ってかぁ? 俺ァ学が無ェから、神様仏様のことァよう分からんがよ――こいつぁ春から縁起がいいぜ』
紅白の機体は輝く月を傲慢に背負った。ゴーグル・カバー越しのモノアイ・センサーが、三機のゲルググと五機のリック・ドムをあざ笑うように見下ろす。
ゲンナー・ウェズリー少尉は八機の敵影を眼下に、その満面に狂獣の笑みをたたえて唇を嘗めた。
『食い放題ってのは最高だなァ、オイ』
※イラスト:ゆーかり様、はお様(http://www.pixiv.net/member.php?id=164461)
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