※この作品はR-18です。

フェニックステイル   作:KY_PT

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2020年8月15日1415、挿絵を1点追加しました。



第三十話 P-04への帰還

 生命の名残が、冷たい宇宙を流れていく。

 コロニーの外壁。ビルや家屋だったものの一部。氷塊。土砂。枯れ木。エレカ。椅子。本。衣服。人形。

 そして、

「――船?」

 暗礁宙域を低速で行くサラミス改級巡洋艦『トラキア』の前部上甲板に立ち、ビームライフルとシールドを手にして対空監視に当たるRGM-79R《ジムⅡ》。そのコクピットで全天周モニターに映った生命の灯を目に留めて、パイロットの少女兵は惚けたように声を上げた。

 彼女たちがつい数時間前にジオン残党軍、そしてエゥーゴと激しい戦闘を繰り広げた宙域からは、すでに遠く離れている。目指す拠点は近い。ミノフスキー粒子の濃度も薄まりつつあり、レーダーも一定の機能を回復していた。それでも暗礁宙域に漂う無数の物体から早期に脅威を識別するには、最後は光学系の観測手段に頼らざるを得ない。

 ジムⅡは頭部を巡らせ、その方向へとメインカメラの望遠を掛ける。拡大された視界へ飛び込んできた船は一隻だけではなかった。その周囲を探ればすぐ近くに、同じ航路を進む他の船舶が続いている。先ほど接触した不審船と同じ、コロンブス級輸送艦が成す船団、あるいは艦隊だった。

 《トラキア》が属する第223戦隊と同様の方向を目指しているように見えた。操縦桿を握るノーマルスーツの手袋の下に、冷たいものがにじんでくる。

 それらの船団の周囲に小さく煌めく光条を見つけて、その急激な動きに少女――アイネ・クライネ伍長ははっとした。

「モビルスーツ!」

 こちらへ向かってくる。速い。アイネは思わず機体にビームライフルを構えさせつつ、迎撃すべく甲板を蹴って発艦しようとした。

『いいよ、アイネ! アレはほっといていい』

「ミケリヤ少尉?」

 だが武器を構えて飛び出しかけたアイネのジムⅡは、ともに警戒任務に就いていた指揮官機――RGC-80S《ジムⅡキャノン》に制止された。トラキアも砲塔や機銃塔を回して反応を示してはいるが、どれも発砲はしていない。

 同時にモニター上に、識別情報が弾け出る。

『連邦宇宙軍新サイド4駐留軍 第411MS中隊(予備役)』

「――友軍?」

『そこのジム・キャノン、ミケリヤの姐さんですか?』

 惚けたように呟いたアイネの耳へと、迫る機影から残留ミノフスキー粒子を超えて、いくらかノイズ混じりの音声通信が届く。アイネとそう変わらない年頃と思しき、若い娘の声だった。

『ん、トモエ? あんたらの船団、いま帰ってきたの?』

『やっぱりっ。お久しです、姐さん! それに――このサラミス改、トラキアじゃないですか! 懐かしい組み合わせですねっ』

 通信回線に人懐こそうな声を弾ませながら、発信源は見る間に大きく近づいてくる。軽快な機動を見せるパブリク改級哨戒艇と、その上下へそれぞれ張り付いた二機のMS、RGM-79GSR《ジム・ゲシュレイ》だった。

 ジオン残党軍との大乱戦で大いに暴威を振るったゲンナー・ウェズリー少尉機と同型の、RGM-79GS《ジム・コマンド宇宙戦仕様》の近代化改修機たる二機は、パブリク改の艇体を蹴って軽やかに発進。トラキアと相対速度を合わせて空中で並んだ。

 ゲンナー機同様に、ビームガンとシールドの標準装備――そしてシールドの裏に見慣れない格闘兵装らしき長柄を搭載したゲシュレイは、バイザー越しのモノアイ・センサーでトラキア艦上のサブリナ機とアイネ機を一瞥する。

『あれ。マコトさんは?』

『マコトなら、今は下で整備と休憩中。さっき残党軍と派手にやりあってね』

『ええ。戦闘光、こっちも望遠で見ましたよ。で、あっちで溶けたり凹んだりしてるのは『マカッサル』ですか……ほーん。派手にやられたみたいですね』

『……ま、痛み分けさね』

『姐さんとゲンさんが、マコトさんとリンさんに加勢してですか? エグい獲物だったんですね。残念ですよ。こっちの帰りがもうちょい早けりゃ私らの加勢で、そいつら跡形もなくツブしてやれたのに』

 先頭を行くトラキアに並行しつつ、ゲシュレイは後続する同級の戦隊旗艦『マカッサル』とサラミス改級駆逐艦の僚艦『アルマーズ』、そして『大ジオン仏道』に襲撃されてからトラキアに同行している貨物船『リバティ115』を見下ろす。

 それからゲシュレイの少女兵は、何気ない風を装うように聞いてきた。

『あと、そういや……シュンの奴、どうしました?』

『トモエ。あんたさっきから、それを一番気にしてたんでしょ』

「!」

 因縁浅からぬ僚友の名を不意に出されて、会話の脇に押しやられながらただ傍受していたアイネが顔を上げる。サブリナは軽く笑って、トモエと呼んだ若い女性パイロットへ告げた。

『あたしらが着く前から何度も妙な敵さんと派手にやり合ってたらしいけど、今も十分ピンピンしてる。ローテーションで今は中だよ』

『へぇ! やっと実戦を潜ったんですか。アイツ、少しはやるようになったんですね! でも、サブリナ姐さん――今まで何日一緒なのか知らないですけど、まさか……アイツに手ェ出したりは、してないですよね……?』

『いやー、まさかまさか』

 トモエは快活な物言いの途中から、探るようにうろんな気配を帯びてサブリナへ尋ねた。サブリナは軽く手を振ってあしらいつつも、どこか色気を帯びた吐息で、トラキア隊でアイネに次ぐ若手パイロットについて語りはじめる。

『ただねえ。確かに実際会ってみたら、ウチの亭主とは、ずいぶん違う雰囲気なんだけど……あの子、ヤバいわ。ほっとけないって言うか……上に乗っかって押さえつけながら、ガンガンいじめて泣かせて、最後の一滴まで搾り取りたくなっちゃうって言うか……うん。あんたら二人がお熱になるの、分かるわぁ』

『……姐さん? いくら姐さんでもシュンに手ェ出したら速攻、ロンさんとジローとシータにチクりますからね?』

『ちょっ!? 亭主はともかく、うちの子二人は関係ないでしょ!? カジュアルに人んち崩壊させようとすんなっての!!』

「…………」

 サブリナとゲンナーがトラキアに合流した日、格納庫で交わした他愛無い会話を思い出しながら、アイネは目の前のゲシュレイの少女を薄目で見つめる。

 サブリナがシュンを目にして不穏な気配が立ち上がった時、前回はマコトがサブリナを止めた。今回もトモエがサブリナを牽制している。

 だが、そのトモエを止めようとする者は今、どこにも見当たらない。

『ならいいんですよ。この前の寄港時にあと一押しのところでうまいこと誤魔化されたまま、逃げられた後からの続きをやるだけです。この様子だとトラキアも、しばらくはP-04にいるんでしょ? ならシュンの奴に自分の立場を『理解(わか)らせ』てやるための時間は、たっぷりあるってことです』

『ま、別に野暮いことは言わんけどね。若いの同士、その辺は適当にうまいことやんなよ』

『マコトさんとウェンディさんが手出ししてなきゃ、アイツを墜とせるのは私らだけです。今度は逃がしゃしません――あっさり一撃で墜として、モノにしてみせますよ』

 狩りの獲物についてでも語るようにしながら、ゲシュレイの少女兵は不穏に笑う。息を呑んだまま、知らずその機影を睨みつけていたアイネは、無意識のままに回線へ言葉を放り込んでしまっていた。

『何を、勝手な……』

 最近の彼を――私と競い合って新たな強さを手にした彼を、よく知りもしないくせに。

『あん……? 女? トラキアのMS隊に……?』

 初めてアイネの声を聞いて、ようやくトモエが彼女のジムⅡへ意識を向けてきた。探るような、しかし、感情のない平板な声。冷たい。わけもなく、温度がふっと下がるのをアイネは感じた。

 覚えがある感覚。プレッシャー。

 殺気だ。

 唐突な緊張の中でトモエ機を睨み返すアイネのもとへ、不意に新たな音声通信が入った。

『あら。そっちのジムⅡ、新しい人?』

『!』

 余裕を持って語りかけてきたのは、こちらも若い女の声だった。アイネが自機の頭部ユニットを向け返したレーザー通信の出所は、トモエと呼ばれた少女兵の機体のやや後ろに控えるようにしながら並航する、もう一機のジム・ゲシュレイからだった。

『はじめまして。私はリタ・ブラゼル伍長。ルウム農協の予備役兵なの。ハヤカワ准尉とアーデル曹長、ミケリヤ少尉、ウェズリー少尉にリンリー少尉にはずいぶんお世話になっているわ』

 そして音声通信を入れてきた相手はアイネに対し、さらに映像回線の権限を要求している。

『挨拶させてよ、新顔さん』

『予備役……』

 サブリナが制止してくる気配もない。一瞬迷ったあと、アイネは映像回線を開きながら名乗った。

『――現役兵、アイネ・クライネ伍長です。つい先日、トラキアMS隊に配属されました。ブラゼル伍長、よろしくお願いします』

 現役兵、の部分へ無意識のうちにアクセントを付けながら、改めて堂々とアイネは名乗った。リタのゲシュレイは一定の距離を保ったまま、トラキア甲板上のアイネを見下ろすように浮かんでいる。

 全天周モニターに小窓が開く。現れたノーマルスーツがヘルメットからバイザーを上げて覗いたのは、大粒の黒真珠のような瞳に妖艶な光を湛えた、褐色の肌の美少女だった。

 年齢もアイネとそう変わらないだろう。だが彼女には自分とは異質な系統でありながら、しかし一目でその美貌を思い知らせられてしまうだけの『力』があった。

 そして同時に、アイネは気づく。彼女が相手の美貌に息を呑むのと同時に、リタもまた、自機コクピットの小窓に開いたアイネの容姿を、上から下まで値踏みするように見つめていたことを。

『へぇ。ここへ来て急に、まさかの伏兵出現かぁ……』

『何を……?』

『あ……? あ、ああ!? こ、こいつッ!?』

 嘆息しながら思わせぶりに呟くリタの思惑が読めず、訝しむように呟いたアイネにそのとき突然、サブリナと話していたもう一人の少女兵が叫んだ。全天周モニタにいきなり新しい小窓が開いたかと思えば、割り込むように映った少女が人差し指を突きつけながらアイネを睨みつけてくる。

『お前えっ! いったい誰の許可取ってトラキアで、マコト先輩よりデケェ乳ぶら下げてんだッ!!』

『――へっ……?』

 開口一番に少女が叫んだ、あまりにもあまりな暴言。とうてい軍用回線を使って発された言葉と思えないそれは、あっさりとアイネの思考を停止させてしまっていた。

 サブリナからトモエと呼ばれていた少女兵は、マコトと同じ東アジア系の、少年的な中性さを帯びた顔立ちの美少女であった。リタとはまた大きく系統が異なるが、彼女もまたアイネを圧倒しうるだけの、研ぎ澄まされた刃のような美貌を備えている。

 だが今、トモエの鳶色の瞳は敵の新兵器に直面した兵士のように見開かれ、同時にその口元は溢れ出る戦意を殺しきれないと言わんばかりに固く食いしばりながらわなわなと震えていた。

 そして少女が突きつけた指先と、射殺すような視線の先は――アイネのパイロットスーツをふたつ大きく突き上げる、暴力的なまでに巨大な丸みを隠しもしない双丘であった。

 もっともアイネが見る限り、リタとトモエもその胸元で相当に豊かな膨らみを見せつけている。サブリナ以上、マコトに匹敵するだろう。身体の線を出すパイロットスーツの胸元からその形と質量を十分に誇示する二人の乳房は、世間一般なら十分以上に巨乳とされて強く目を引く大きさだ。

 だが、それでもアイネの胸元に育った規格外の爆乳との間には、マゼラン級戦艦とサラミス級巡洋艦の違いをも大きく超える、圧倒的な格差が厳然と存在していることも理解できた。

『ま、まさか……こいつ、既に……!? アイネ、とか言ったか……? 私はトモエ。ルウム農協予備役、斬り込み屋のトモエだ。覚えとけ。今に見てろ……ゼッテー負けねぇ。その澄まし顔、吠え面掻かせてやるからな……!』

『どうして』

 

【挿絵表示】

 

 映像回線を開いただけなのに。

 他には本当に何もしていないのに、初対面の美少女二人の一人から、なぜここまで露骨な敵意を向けられなければならないのか。

『それではミケリヤ少尉、私たちはそろそろ』

『おう。揉んでやるからさ、また遊びに来なよ』

 散歩中にいきなり興奮して通行人へ吠えかかった犬のリードでも取るようにして、リタ・ブラゼル伍長が何事もなかったかのように話しかけると、サブリナも軽い調子でそれに応じた。

 トモエが最後までアイネへめんちを切ってから小窓が閉じると、二機のジム・ゲシュレイはスラスターを噴いて軽やかにパブリク改へ飛び乗る。上下にMSを載せた哨戒艇はそのまま加速して旋回、鮮やかな軌跡を曳きながら元来た船団の方へ姿を消していった。

 それを見届けながら歩み寄ってきたサブリナ機が、アイネ機の肩へ左手を置く。

『ごくろーさん。いやー、悪い娘たちじゃないんだけどさぁ。女の世界って、面倒くさいよねぇ』

『明らかに、そういう次元の問題じゃなかった気がするんですが……』

『ま、あの子たちも腕前と根性、それにジオンの残党どもをぶち殺して自分の村を、P-04を守りたい、って思いは本物さね。あの二人とも、私やマコトたちが鍛えた弟子みたいなもんだから。あいつらと『訓練』してみるのも、アイネにとっても悪い話じゃないと思うね。大丈夫、やるならあたしも立ち会うからさ』

『ハヤカワ准尉の――』

 大ジオン仏道の襲撃で最初の母艦もろとも撃墜され、漂流していた自分を回収したマコト。シャワールームで目覚めた自分の目の前にいた、強く凛々しい美女。それほど年が離れているわけではないはずなのに、彼女はあまりにもアイネの理想を形にしてしまっていた。何か得体の知れない運命的な力さえ感じさせるほどに。

 厳しくも力強く自分を鍛え直してくれた彼女の導きがあったからこそ、アイネはその後に重なった数度の戦闘を生き残ることが出来た。そう自負している。マコトの名前を口にするだけでも胸が高鳴る。この短期間にマコトはアイネの心の中の、もっとも大きな部分のひとつを占めるようになってしまっていた。だから確かめた。

『あの二人は、ハヤカワ准尉とも長い付き合いなんですか?』

『そりゃもう。去年あの因業ババァに母港を宙域外に移されるまで、トラキアもP-04を拠点にしてたからさ。マコトの家も大事な人も、ずっとここなの。そうだよ……アイツ、もう半年ぐらい会えてなかったんだよね』

「…………。……『大事な人』……?」

 ハヤカワ准尉の?

 ――誰?

 何気なくサブリナが呟いた中に出てきたその一言だけで、頭の中からその他のすべてが消し飛ぶ。それきりアイネの動きは停止した。

『おっと、前方に機影――ハイザックだな。今日の防空警備は中央派か……どうやら農協の船団よりは先に入れそうだね』

 皮肉げに言うサブリナの視線の彼方で、第223戦隊のP-04への進入を誘導するべく、RMS-106《ハイザック》の3機小隊が接近してくる。

 周辺航路には、回収してきたデブリやジャンクと思しき何かをいくつもの網に包んで満載し、頂部に低反動砲を残したままで作業機として運用されているらしいRB-79《ボール》数機を搭載した、浚渫船と思しき船舶の姿も見えていた。

 今やP-04は眼前にあった。

 港湾施設や居住区が遠目に見える、資源採掘用であろう小惑星。全長2kmほどだろうか。そして、そこからはルウム戦役で破壊されたスペースコロニーから回収・改造したと思しきフレームが周囲に伸びて、多数の農工業用プラント群を円環状に繋いでいる。そのプラント群は大抵のコロニーよりずっと数も多く、また密集しているように見えた。

 一年戦争緒戦のルウム戦役で完全に破壊された、新サイド4暗礁宙域の復興拠点P-04。

 ジオン残党が跳梁する魔の空域に穿たれた、地球連邦軍の前哨へと、アイネは足を踏み入れていく。

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