「――以上をもちまして、『トラキア』からの状況報告を終了いたします」
サラミス改級巡洋艦『トラキア』艦長リドリー・フランクス大尉が急拵えの資料で報告を終えても、新サイド4暗礁宙域に設けられた地球連邦軍要塞拠点『P-04』内部の作戦会議室は静けさを保っていた。
前列の席に着くのはつい今し方P-04へ入港し下艦したばかりの、トラキアが属する第223戦隊の主要士官たち。戦隊司令リード中佐、旗艦『マカッサル』艦長カミラ少佐、その僚艦であるサラミス改級駆逐艦『アルマーズ』艦長ヘイズ大尉の3人が並ぶ。
そしてその後方に艦載MS隊長たちが立つ。トラキアのハヤカワ准尉、アルマーズのリンリー少尉、それから不審船を巡る戦闘で壊滅状態に陥ったマカッサルMS隊の生き残りである隊長代理、キーガン少尉。
もっともリドリーが報告した内容の大半は、すでに第223戦隊の内部ではレーザー通信経由で共有されていたものだった。戦隊側から質問を発する気配はなく、場の意識は会議室前方の最上位者に集中していく。
室内における最上位者――すなわち、P-04駐留部隊司令官、ユン・ソギル准将。そして新サイド4駐留艦隊副司令ヨランダ・ウォレン准将の懐刀として知られる参謀、タニア・メーティス中佐の2人である。
「ご質問は?」
微かな緊張を帯びながら、リドリーはソギルへ問いかけた。
「ふむ。ご苦労だった、フランクス大尉。さて……よろしいですな、中佐?」
ソギルが傍らの黒人系女性士官へ何事かを確認すると、タニアは無言で同意を示した。ソギルがひとり頷くと、前方の大画面がリドリーの資料から切り替わる。
「では今度は、私から諸君らに説明しよう。諸君ら第223戦隊がこのP-04から離れ、外部拠点から新サイド4宙域への哨戒任務に移行して半年。その間にルスラン・フリートは我々の以前の推定を大幅に上回る、劇的な戦力強化を達成していたことが判明した」
ソギルが手振りで促してリドリーを席へと返しながら画面の前へと歩を進めるや、大画面が再び切り替わって新たな資料を映し出した。
航路図、部隊編成表、そして望遠の戦闘映像。
「それを明らかにしたのが、この戦闘だ――昨86年12月。P-04に拠点を置く新サイド4駐留艦隊第450戦隊が、巡洋艦1隻と駆逐艦2隻に21機のMS隊を搭載して、戦隊司令の独断でルスラン・フリートが実効支配する宙域――いわゆる『聖域』への侵入を強行した」
「――450戦隊?」
「3ヶ月前……では、やはり、あの噂は――」
その部隊名と作戦の時期を聞いて、第223戦隊の指揮官たちが静かにざわめく。
画面上の航路図で部隊符号が動き始めた。同時にその横へ新たな窓が開いて、かなりの望遠で撮ったと思しき戦闘記録映像を流しはじめた。
450戦隊の3隻がMS隊を展開しつつ、敵宙域へと突進していく。暗礁宙域としてはかなりの速度が出ている。電撃的な侵攻作戦だった。
そしてRMS-106『ハイザック』を主力としつつ、洗練された機動を見せるRMS-117『ガルバルディβ』の3機小隊を頂点とした21機もの大MS部隊が3隻のサラミス改の周囲と前方に展開していた。6機ほどのMS-21F3『ドラッツェF3』から成るルスラン・フリート前哨部隊を一方的に後退させつつ、敵陣深く侵攻していく。
高機動性を存分に発揮しながら軽快に先頭を切っていくガルバルディβを相手に、ドラッツェF3はまともな抵抗を出来ていない。かろうじて紙一重で背後からの射撃を回避しながら、必死に逃げまどい続けるだけだ。それでもドラッツェF3の大推力にはガルバルディβといえども直線では追いつけないが、この暗礁宙域ではそうも行かない。何度も迫られ、危ういところを何度も紙一重でビームを回避する。
それはもはや戦闘というより、中世貴族の狐狩りのような様相だった。
「第450戦隊はルスラン・フリートの前哨部隊を順調に駆逐しつつ、敵前進拠点を制圧するべく前進を継続した。が、敵はその間に態勢を整えていた」
敵宙域の奥に、艦影が現れた。
「――マゼラン?」
「いや、艦橋が……では、まさか、あれが――」
それは連邦宇宙軍の軍人ならば、誰もが見慣れた艨艟の艦影。しかしただ一か所、第一艦橋の形状だけが異なっている。
巨大な艦体と不釣り合いに小さいそれは、旧ジオン公国軍のムサイ級巡洋艦の第一艦橋に挿げ替えられたものだった。
ただその一点だけが、見慣れたはずの艦影に不気味な影を落としている。
「ルスラン・フリート旗艦――マゼラン級戦艦『ルスラン』」
リードにそう艦名を呼ばれたジオン残党軍のマゼラン級戦艦が単艦、第450戦隊に向かって接近してくる。
連邦軍の3隻を相手にわずか1隻で向かってきたその敵艦から、10機前後のMS隊が発進した。スラスターが曳く光条を見るに、サラミス改級巡洋艦のようなMS用カタパルトではなく、一年戦争末期さながらに艦底部甲板からの自力推進らしい。
だが、その後の加速は鋭い――わけても先頭に突出する3機小隊が、ひときわ。
MS隊を発進させた敵艦から、艦砲射撃の火線が走った。マゼラン級戦艦が放つビームはず太く速くそして鋭く、サラミス改級の3隻をたやすく圧した。艦隊を嘗めるように走った正確な光条に脅され、450戦隊が思わず行き足を乱す。
ドラッツェ隊を玩具のように追い回していたMS隊の先鋒が、苛立つように進路を転じた。敵艦へ、そしてそのMS隊へと目標を変える。
スラスターが火を噴き、ガルバルディが虚空に跳ねる。
その意気揚々と先陣を切っていく連邦軍MS小隊の、派手なパーソナルマーク付きのガルバルディβへと、敵艦から来た角付きのMS-14A『ゲルググ』――あるいはその同型に見える機体が静かに銃口をもたげた。
互いに同系統のビームライフルが狙いを付けあう。
一瞬の沈黙ののちに有効射程を割るや、両者は同時に火蓋を切った。
ガルバルディβ小隊とゲルググ小隊、火力拮抗する両者の間で光の雨がうねって荒れる。瞬きする間に距離が大きく詰まっていく。
上下左右への激しい回避機動を交えながらも、ガルバルディβの隊長機は巧みに機体を制動し、休むことなく精確な応射を放ち続ける。獣のように躍るゲルググの機動を捉えきれないまま、一発を盾の対ビームコートで弾き、一発が右肩を掠めて機体を揺らす。
そして両小隊が交錯する瞬間、ゲルググの振るったビーム・ナギナタが、ガルバルディβを機体の中心から上下に分割していた。その両方が光の泡と化して消し飛ぶ。
同時に、光弾。
急旋回したそのゲルググがビームナギナタの下から覗かせていたビームライフルの銃口が、ナギナタで斬り裂いた爆光越しにもう一機、小隊僚機のガルバルディβを過たず撃ち抜いていた。2機目のガルバルディβが痙攣したように一瞬震え、そして消し飛ぶ。
「おい、あいつらはペズンの凄腕だぞ」
小隊長を含む二機を瞬時に撃墜されながらも、尖兵小隊で最後に残ったガルバルディβはさらに加速して距離を開き、ゲルググ小隊からの狙撃を逃れる。逃れようとした。
「P-04付の450はウチより大勢、教導団上がりを6人も引き抜いていましたからね。それが――」
リードが呆然と呟き、応じた傍らのカミラが言い終えるより早く、戦況は動いていく。
雲霞のごとく敵機の群れが押し寄せた。
航路図が、そして編成図が大きく動いていた。第450戦隊を取り巻くようにその周囲から突如として、おびただしい数の敵MS隊が出現していたのだ。
コロニーの残骸や小惑星に潜んでいたもの、あるいはそれらを偽装したバルーンに隠れながら接近していたもの。そして遠方からコムサイ改級揚陸艇などで駆けつけてきていた増援部隊。
それらすべてを合計した規模は、第450戦隊を遙かに上回る。航路図へ新たに浮かんだ光点、そして編成図を書き換えて現れた敵MS隊の陣容は、ゆうに80機近い。
もはや5倍近い戦力差となったその大部隊が一斉に、一個の生物のような連携を見せつけながら450戦隊へと襲いかかった。
先鋒最期のガルバルディβはビームライフルとミサイルを猛然と応射し、なお軽快な高機動を発揮して足掻く。だが四方八方から降り注ぐマシンガンとビームの弾幕に取り囲まれ、そのすべてからは逃れきれずに右手、そして左脚をもぎ取られる。姿勢制御が狂ったところへ突撃してきたMS-06F3『ザクⅡファドラン』が、ヒートホークを胴体部へ深々と突き立てた。痙攣するようにくの字に折れると、小隊最後のガルバルディβは火球に変じて爆散した。
劈頭で最強の小隊が全滅したその背景では、烏合と化した残兵が数の暴力に潰されていくだけだった。
RMS-106『ハイザック』の小隊が無数の射線に追われ、もはや応射すら出来ずに逃げまどう。背後から降り注ぐ火線に貫かれて1機がたちまち爆散。後退の一途から急反転して、猛加速で追撃してきたドラッツェF3が閃かせたビームサーベルに両断されて、さらにもう1機が火球と爆ぜる。
ジオン残党が振るう圧倒的な数の暴力でMS隊が一方的に撃墜されていく中、メガ粒子砲と機銃で狂ったように防御射撃を繰り広げる3隻のサラミス改へと、MS-09RB『ビック・ドム』の編隊が肉薄していく。長大なビーム・バズーカの砲口を向けた。
雲霞のごとく群がる敵MS編隊によって、第450戦隊の各艦が放つ対空砲火は既に限界まで分散し、飽和させられきっていた。ビック・ドム隊はろくな迎撃を受けることもなく、中距離からビーム・バズーカの狙いを定める。巡洋艦の艦砲にも匹敵する大火力の高初速ビームを、矢継ぎ早に撃ち放った。
艦隊に回避機動の猶予などない。太い光弾が次々と艦体の舷側を捉えては食い破り、3発、4発と立て続けに浴びたサラミス改級駆逐艦の内部に誘爆の炎が走ると、200m近い巨体は内側から膨れ上がり、跡形もなく消し飛んだ。
周囲すべての僚機を撃墜されて完全に孤立し、武装もろとも右腕を失いながらハイザックが単機、よろめくように逃げまどう。そのハイザックの背中を、一転して猛追するドラッツェF3が狙った。MA級の圧倒的な加速力で瞬く間に距離を詰め、ハイザックの背後からビームサーベルを振りかぶる。
だがハイザックが両断されるかに思えた瞬間、その前方にいきなり出現したRGM-79R『ジムⅡ』が、すんでのところでドラッツェの光刃を止めていた。
それはこの戦場に登場した、初のジム系MSだった。
戦場外からにわかに参戦したRGC-80SR『ジムⅡキャノン』とジムⅡの小隊が猛射を放ち、ハイザックを追おうとしていたルスラン・フリート追撃部隊の出鼻を挫く。片脚を撃ち抜かれたドラッツェF3が錐揉み状態に陥って離脱し、突っ込んできたザクⅡF3は肩盾でビームライフルを弾きながら戦闘機動しつつ、果敢にザクマシンガンの連射を返す。だがそれ以上はジムⅡ部隊が放つ巧みな射撃を警戒して、生き残りのハイザックを確保しながら後退へ転じた新手を深追いできない。
戦場の中心では、まだ生き残っていた最後のサラミス改級巡洋艦がいよいよ集中砲火を浴びて閃光を放ち、小さな太陽となって轟沈するところだった。
単機で2機のガルバルディβを屠った、あのゲルググが信号弾を放った。宙域に鮮やかな華が咲く。
ルスラン・フリートの大MS部隊は逃げ去るジムⅡ部隊を鷹揚に眺めつつ、整然たる隊伍を組みあげていく。そして凱旋するように、ゆっくりと後退を開始した。
去り行く編隊の先頭から、ゲルググが頭部を巡らせる。遠方から撮影していたカメラの主を嘲るように、数百キロメートルの距離越しに真正面からモノアイを向けたところで、映像は止まった。
「――以上の戦闘で、第450戦隊は壊滅した。このときP-04外周警備に就いていたものの、独自の判断で救援に急行したサブリナ・ミケリヤ少尉率いる哨戒部隊が、かろうじて生き残りのMSを1機だけは救出することが出来たのは幸いだった」
指揮官型ゲルググの望遠映像で止まったままの画面の前に、ソギルが踏み出す。
「敵はほぼ奇襲に近い一個正面への侵攻に、これほどの大部隊による即応態勢を整えていた。つまり、今回出てきた敵の数倍の予備兵力があるということだ。だが、これとて敵の全力には程遠い。実は同時期に、我が軍は他の正面からも『聖域』への侵入を試みていたのだ」
再び、画面上で航路図と編成表が変動する。
連邦軍の艦艇数隻が各個に別々の多正面から、『聖域』への侵入を図って前進していく。しかしいずれの正面でも、わずかな時間の間に出撃してきた数倍の敵MS隊による迎撃を受け、ろくに戦闘もせずに追い返されてしまった。
「今回の一連の作戦で確認された敵MS隊の勢力から、我々はルスラン・フリートの現有戦力を再計算した。その結果、我が軍のジムⅡやハイザックに匹敵する、ザクⅡF3級の水準以上のMSが少なくとも500機以上との分析が得られた。これは我がP-04に前方展開する連邦宇宙軍が有する、ボール・タイプを除く全MS戦力の3倍近い」
「…………。……は?」
上官たる准将の面前にある戦隊司令とは思えないアホ面で、リード中佐が呆然と呟いた。だが普段なら上官をたしなめる立場にいるカミラ少佐も、ただ青くなっているだけで何も言えない。
「現在までに、この新サイド4暗礁宙域から地球圏の各地へと、ジオン系MSの密輸が十件近く確認されている。今までに押収・確認されている密輸MSの多くはザクⅡF3のような新型機ではなく、ザクⅡF型やF2型といった旧型機が中心だが、そのほとんどがジオン本国での製造記録を持たないものだった。旧ジオニック社の正規品ではない、デッド・コピーのレプリカMS――形態は不明ながら、ルスラン・フリートは独自にMSを開発し、相当規模での新規量産を行うだけの能力を有している。今や我々は、そう結論せざるを得ないのだ」
「…………」
リードがそのまま押し黙る。一年戦争後にも決して絶えることのない「ジオン残党軍」の脅威。旧ジオン公国軍の人員と装備だけではなく、戦後に生産されたレプリカMSがその戦列に加わっている、との噂話は連邦軍でも絶えることがなかった。
だがこれは、規模の桁が違い過ぎる。かつてのデラーズ・フリートですら、少なくともMS隊の物量はこの水準には遥かに及ばなかったのだ。
一方でリドリー・フランクス大尉とジャクソン・ヘイズ大尉の二人は溜息を吐きながらも、静かに現実を受け入れていた。
これらの情報の大半はすでに、パブリク改級哨戒艇で任務中のトラキアへの合流を敢行したサブリナによって密かに、そして細部に至るまで、長くP-04から離れていたトラキアとアルマーズへ伝えられていたものだった。
トラキア隊にとって今回のブリーフィングは、入手可能なあらゆる情報資料を収集・分析しうる上級司令部から公式に与えられる情報とそれらの「答え合わせ」と、今後、自分たちがそれらを知っていることをどこまで公言できるのか、を測るためのものに過ぎない。
「敵さん相変わらず、絵に描いたように見事な待ち伏せをやってくれるねえ。教範に載せてやりたいよ」
「ですが、サブリナも相変わらず負けずにいい仕事をしています。悪いのは男癖だけではないらしい」
他人事のようにリンとマコトが小声で呟くと、隣に立つキーガンは唇を噛んで俯いた。彼もまたルスラン・フリートの旗艦部隊に殲滅されていった450戦隊のエース部隊と同様、ペズンの教導団出身者だったからだ。
「し、しかし――いくらなんでも、これほどの戦力差など前代未聞です。一年前にヨランダ・ウォレン准将が自ら率いてこられた大規模な増援を受け、今や我が新サイド4駐留艦隊の勢力はかつての比ではないほど充実しております。だというのに敵は、かつてのデラーズ・フリートに数倍するMS戦力を整備してきた。……一体どうやって……? ま、まさか。エゥーゴ? エゥーゴを支援しているという月のアナハイム・エレクトロニクスが、奴らに500機の大MS部隊を提供したのかっ!?」
「アナハイムも、そこまで暇ではないと思いますが……」
「とにかくっ! 現状は、まさに危機的状況です! すでに事態は、我が新サイド4駐留艦隊のみで対処できる範疇を大きく超えつつあります! エゥーゴの本隊と思しき新型艦も現れました。増援を……ティターンズが約束したという増援部隊の、さらに大幅な増強を要請しなければ!」
「心配はご無用。ティターンズはすでに、一騎当千の『特殊部隊』の派遣を確約しました」
戦闘記録映像を含む豊富な資料で作られた発表で取り乱すリードに、タニアが明言した。マコトが後列で眉を動かす。
「ほお――」
一騎当千。タニアが口にした景気のいい言葉に、マコトは7年前のア・バオア・クーで遥か遠方に見た、狂奔し絡み合う閃光の渦を思い出す。
噂では聞いていた。あの伝説に匹敵するニュータイプ兵を人工的に育成し、同時にその異能に相応しい超兵器を開発しようとする試みのことは。
「ニュータイプ研究所」なる怪しげな組織が地球圏にいくつも乱立し、戦災復興を最大の課題とする戦後世界で多額の予算を獲得しながらこの宇宙にも跋扈していることは、マコトもとうに知っていた。
ティターンズがその幾つかを抱き込みにかかっていること。そしてルスラン・フリート側もその幾つかを攻撃し、どうやら殲滅に成功しているらしいということも。
「詳細は申し上げられませんが、あの『アムロ・レイ』が最新鋭のニュータイプ専用機に搭乗したうえ、数人がかりで我々の援軍に来るようなもの、とご理解ください。今やニュータイプ研究において、我々連邦軍はジオン残党軍の遥か先を行っております。新生ニュータイプ部隊が敵の前衛を突破して中核を撃破すれば、あとの残兵なぞは烏合に過ぎません。我々が団結して最善を尽くせば、勝機は十二分なのです」
「おお! なんだ、それなら安心ですな。そういえば我々は先の戦いでルスランのニュータイプらしき敵にも遭遇しましたが、我がマカッサルの精強なる対空砲火で撃墜してやりました! いやあしかし、昔は気合を入れてやったものですが、あのアムロくんも出世しましたなあ」
どうでもいい武勇談をここぞとばかりに混ぜ込みながら満面の笑顔を浮かべるリードを前に、ソギルもタニアもニュータイプ部隊の派遣と引き換えに、ティターンズ一般部隊の増援がなくなった件については口を閉ざした。
その名を聞くだけで、味方にこうも大きな安心を与えてのける。本人が戦場へ出なくなってもう7年以上になるというのに、アムロ・レイのネームバリューは今なお実に凄まじい――マコトは無表情に眼前の光景を見つめていた。
「我々はこのティターンズからの増援部隊を交えて、新サイド4駐留艦隊の総力を挙げた、ルスラン・フリート討伐を目的とする任務部隊を編成します。エゥーゴの戦艦も宙域に入った今こそ、諸君らの一層の奮起を期待します」
そのエゥーゴ艦がティターンズの1個戦隊を殲滅した情報は第223戦隊相手にはおくびにも出さず、タニアは姿勢を正して冷たくソギルへ向き直った。
「ではソギル准将、よろしいですね? ――じ後の編成及び作戦計画は追って伝えます。各艦はまず整備と補給、そして乗員の休養に努めるように。それでは、解散とします」
ソギルが頷くやそう宣言して、タニアは未練もなく踵を返した。
リドリーが目の前を通る彼女と視線を合わせないよう目を逸らした。ヘイズとリンが敵意を込めた瞳をその背に向ける。マコトとタニアの目が一瞬合うが、タニアは未練も見せずに視線を切り、そのまま会議室の外へと消えた。
「任務部隊……となると、艦隊決戦ですか。いずれにせよ、まずは本艦MS隊の損耗補充ですな」
「マイデン大尉は全治1か月と聞いたぞ? 大破2機に中破4機、機体とパイロットの都合、どう付けたものか」
リードとカミラも席を立つと、キーガンもその後ろに続いて退室していく。会議室には手元の資料を眺めるソギルと、トラキア隊とアルマーズ隊だけが残った。
扉が閉まり、場に残ったのが一年戦争以来の『身内』だけになったところで、ソギルはふっと破顔してその場の四人を見渡した。
「――お帰り、諸君。P-04から離れたこの半年間、皆、本当によくやってくれた」
かつて一年戦争当時、この場の全員がトラキアに乗って戦った。
ルウム戦役で惨敗し、かろうじてルナツーへ後退した連邦艦隊と、そこに収容されたわずかなルウム難民。負傷し重体に陥ったソギル大尉は大手術の末、奇跡的に回復するや行動を開始した。
ソギルは自ら難民たちから志願兵を募って部隊を編制、混乱するルナツーで完成間近だったサラミス級巡洋艦トラキアを受領した。
それが第223戦隊――トラキア隊の始まりだった。
そしてトラキア隊は連邦軍の他部隊同様にMSを持たないまま、圧倒的優勢を誇るジオン公国軍を相手に地獄のようなゲリラ戦を繰り広げた。
トラキアは単艦ソギルの指揮下、ジオン艦隊の目を巧みに掻い潜り、地球圏の戦場を縦横無尽に泳ぎ回った。あらゆる手段を使ってジオン艦艇を撃沈し、あるいは接舷して白兵戦で制圧。劣勢の連邦宇宙軍がジオンに仕掛けた各種のゲリラ作戦の中でも、トラキア隊は傑出した戦果を挙げていった。
マコトもリンもボールやジムに乗る前は、ノーマルスーツ一つでトラキア陸戦隊の一員として戦っていた。その白兵戦を自ら先導し、ジオン兵たちをミカンの皮でも千切るように引き裂いていたのが、ソギルだった。
地球侵攻作戦を展開するジオンの伸びきった後方連絡線は大いに脅かされ、事態を重く見たジオン宇宙攻撃軍は、あの『赤い彗星』までもを受け身の対ゲリラ戦へ投入せざるを得ない状況に至る。
だが単艦とは信じられないほどの戦果を挙げていながら、トラキア隊は無名のままであった。理由はいくつかある。
一つは、手の内を隠し通したため。
徹底して存在を秘匿しながら行動し、いったん襲った敵は確実に殲滅することで証拠隠滅を徹底。トラキア隊は終戦までジオン軍に対してその正体を隠し通した。戦後に押収された公国軍関係部署の文書からも、トラキア隊の活動を認知していたと思しき記録はついに見つからなかった。ただトラキア隊が当時活動していた宙域で、「触雷」「原因不明の事故」などによって喪失したMSや艦船の記録が残るのみである。特殊作戦部隊として考えれば、無名は有名に大きく勝る。
もう一つは、連邦軍内部の力関係。当時の連邦軍は現在にも増して著しく硬直した、教条主義的な組織であった。艦隊主力がろくな戦果も挙げられないままルナツーに逼塞していた状況下である。どう考えても主流とは言い難い、怪しげな難民上がりの部隊による不透明なゲリラ戦での不可解な勝利など、とうてい組織として誇れるべき戦果とみなされる状況にはなかった。ただ薄気味悪いだけの存在とすら見なされていた。
そして何より決定的なのは、誰もが沈黙を守ったためだった。
トラキア隊は一兵卒に至るまで、誰もが堅く秘密を守った。ソギルという強烈なカリスマに率いられ、年端もいかない少年少女を多く含む新兵を主力としながら鉄の規律を持って戦ったトラキア隊は、当時の連邦軍にとって明らかな異端だった。
その異様さに脅威を感じた何人かの士官が団結の背景を探ろうとしたが、その結果は芳しくなかった。激しさを増す戦闘の中である者は戦死し、またある者は事故死して、そうした試みは自然消滅していった。
だから結局、今でも部外者には知られていない。トラキア隊がそこまでして戦い、果たそうとした真の目的が何だったのかは。
一年戦争が終わり、トラキア隊が旧ルウム暗礁宙域でジオン残党軍と戦い、のちにルウム農協となった難民の復興活動を支援してきた戦後の7年間も、それは変わらなかった。
連邦軍内部における、トラキア隊の扱いも変わらなかった。ジオン残党の巣窟と化した暗礁宙域でわざわざ危険な任務を買って出て、旧式装備のまま戦後もひたすら戦い続ける、腕は確からしいがかなり頭のおかしい連中。彼らを知る連邦軍の大半から、トラキア隊はそう思われていた。
だからこの連邦中央の目も届かない暗礁宙域で敵を討ちつつP-04という城を築き、彼らは静かに爪を研ぐことが出来ていたのだ。
――半年前、突如として予備役から復帰した老将、ヨランダ・ウォレン准将がP-04へと大軍を率いて来るまでは。
かつてトラキア隊の一員であったタニア・メーティス中佐が、その懐刀としてP-04へ戻ってくるまでは。
ヨランダはそれまでソギルの支配下にあったP-04に介入し、そこかしこに連邦軍中央の橋頭堡を築いて「目」を入れた。指揮系統を抑えてトラキア隊であった第223戦隊を改編し、ソギル子飼いの歴戦艦であったトラキアとアルマーズをP-04から引き離した。
ヨランダが率いてきた大軍は、不気味に存在感を増しつつあったルスラン・フリートに対する地球連邦の備えであると同時に――あるいはそれ以上に、ルウム農協と結びついたソギル一党を抑えるための憲兵であることは誰の目にも明らかだった。だからトラキアとアルマーズはこの半年、新サイド4暗礁宙域で行動していながら、P-04へは近寄ることも許されなかったのだ。
いつしかヨランダが率いてきた「外様」の増援部隊は「中央派」、ソギルが率いたトラキア隊やルウム農協の予備役兵たちは「現地派」と呼ばれるようになっていった。ヨランダら中央派は圧倒的な戦力を背景に現地派を監視し、ソギルからトラキアとアルマーズを取り上げて分断し、その勢力を削いだ。
だが今、その構図は再び崩れつつある。暗礁宙域を奪い合う他ならぬ宿敵ルスラン・フリートが見せた、予想を大きく上回る成長によって。
「リドル曹長のことは残念だった」
「また置いていかれてしまいました」
淡々とソギルに答えながら、ヘイズとリンはその瞳に黒い炎を灯していた。マコトはよく覚えている。それは一年戦争の日々にトラキア隊の誰もが共有していた、復讐の暗い炎だ。
「ですが今、我々はここに帰ってきました。また一つ『約束の日』は近づいた。約束を果たすことが出来れば、リドルに――今まで倒れていったすべての同士に報いることができます」
「リン君、逸ってはならない」
ソギルは静かに呟いた。傷面の中で剥き出しになった異形の右目とともに、優しく、諭すように。
「必ずや、我々は約束を果たす。しかしまだ、今日ではない。明日へと繋ぐ道をひとつひとつ、築き上げていかねばならない。――諸君。これからも、共に歩んでくれるな?」
「もちろんです、閣下」
「…………」
ヘイズとリン、そしてリドリーとマコトが頷くと、ソギルは満足げに微笑んで視線をリドリーとマコトへ向けた。
「さて。トラキアにはこのP-04で補給を終えたのち、MS格納庫の改修工事を予定している。格納定数を現行の4機運用から、マカッサルと同等の6機運用に移行してもらう」
「……!」
寝耳に水の発言に、マコトが思わず眦を上げた。当のリドリーもさすがに予想外だったのか、押し黙ったまま上官の顔をじっと見返す。
「リード君の方には後で私から話を通しておく。機体の手配と人選についても問題は無い。長らく待たせてすまなかったが、ようやく予算と工廠の目途が付いてね。モジュールはすでに揃っているから、工期は10日ほどの予定だ。フランクス大尉。その間、乗員諸君にはゆっくりとP-04の休暇を堪能してもらいたまえ」
「い、いえ。結構な話ではあるのですが、ずいぶんと、その……急な話ですな」
「ルスランの戦力増強が急激だからね。トラキアにはこれからも戦力の要になってもらわなくては困る。艦載機戦力の増強は必須だよ。いくらマコト君が一騎当千の強者でも、彼女一人にすべてを負わせるわけにもいかない。さっきの映像のゲルググが出てきたときは、君に押さえてもらいたい――その露払いが出来る態勢ぐらいは整えさせてもらいたいのだ」
「やめてください、閣下。私はエースですらないんですよ」
マコトが呆れたように肩を竦めてみせると、隣でリンが笑った。
「マコト、どしたの。今日、なんかずいぶん疲れてない?」
「そりゃまあ、なにぶん連戦でしたからね――実は私、か弱い乙女なもので」
「うわべの撃墜数に関係なく、間違いなく君は我々の切り札の一人だ。だからこそ、今は休んでもらわなくては困る。特に君はP-04を離れてから、もう半年も大切な人に会えていないのだろう? それは駄目だ。上官の一人として、私も責任を痛感している。混乱が重なった結果とはいえ、人として許されない」
にこやかに微笑むと、ソギルはリドリーに視線を移した。
「だから、フランクス大尉。マコト・ハヤカワ准尉に、今日から――いや、今すぐ10日間の有給休暇を付与したまえ。P-04基地司令として命ずる。これから退艦した後は別命あるまで、マコト・ハヤカワ准尉のトラキアへの接触を禁ずる。雑事に煩わされることなく一私人として、純粋な休暇を楽しむのだ」
「…………。……は?」
開いた口が塞がらなくなったマコトの横顔を見るのはいつ以来だろうな、とリドリー・フランクス大尉はぼんやりと思った。
※ 当面の間、ご感想いただいた方からの新規リクエストは凍結いたします。申し訳ございませんが、不死鳥のカケラのリクエスト消化完了までお待ちください。
※イラスト:はお様(http://www.pixiv.net/member.php?id=164461)